シオリア記〜この国は如何にして成ったのか〜 作:くいあらためよ
「まず、村長」
ガルドは壁に立てかけてあった槍を手に取り、椅子へ腰を下ろした。
「俺はこの村に来て初めて、ゴブリンとの戦いを見た」
そう言いながら、 足を組み顎に手を当てる。
「足りないものがある」
「足りないもの?」
「何だと思う?」
ミューズは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「武器か?」
「半分正解だな」
ガルドはにやりと笑った。
「ただし、立派な剣だの弓だの、そういう話じゃねぇ」
そう言って差し出したのは、一本の槍だった。
「槍?」
どこにでもありそうな、ごく普通の槍だ。だが次の瞬間、ミューズが勢いよく立ち上がった。
「そうか!」
「気付いたか」
ガルドは満足そうに頷く。
「ゴブリンの間合いに入らずに攻撃する、ってことだろ!」
「その通りだ」
ガルドは槍を肩に担いだ。
「今回ケガした連中は全員、柵の近くまで寄りすぎていた。逆に狩人たちはどうだった?」
ミューズは戦いを思い返す。
「あまりケガしてなかったな」
「だろ? あいつらには弓があったからだ。つまり——」
「ゴブリンより遠くから攻撃できる武器を増やせばいい」
「そういうことだ。槍なら作るのも安いしな」
「なるほどな……」
ミューズの目が輝いた。
『アウトレンジ戦法か』
エリオは心の中でつぶやく。現代人から見れば当然の発想かもしれない。だがこの村の人間は農民だ。戦争の知識など持っていない。ゴブリンが現れれば、剣や斧を持って正面から殴り合う。それが当たり前だった。
「それに、槍のいいところはもう一つある」
「なんだ?」
「訓練が簡単だ」
ミューズは黙った。ガルドの言いたいことを理解したからだ。剣の達人を育てるには長い年月が必要になる。だが槍は違う。短期間でも一定の戦力になる。
「村人全員を兵士にする気か?」
「違うな」
ガルドはゆっくり首を振った。そして真面目な顔で言った。
「村人が死なないようにするんだ」
しばらくして、ガルドはミューズと数人の若者を連れ、村の柵沿いまでやってきた。
「昔な」
ガルドは槍を肩に担ぐ。
「俺は王都のお偉い貴族様に雇われて、でっけぇ戦争に参加したことがある。だがある村で、俺たちはひでぇ負け方をした」
「負けた?」
「相手は農民ばっかりだ。兵士でもねぇ。畑を耕してた連中だ」
ガルドはそこで目元を歪めた。
「さて、なんで俺たちは負けたと思う?」
村人たちは考え込む。しばらくして誰かが答えた。
「弓ですか?」
「惜しいな」
ガルドは槍を軽く持ち上げる。
「答えはこいつだ」
『また槍かよ』
エリオは思う。だがミューズはすぐに気づいた。
「槍で近寄れなくされたのか?」
「正解だ、村長」
ガルドは嬉しそうに笑った。次の瞬間、柵の内側へ回り込む。
シュッ!
槍が柵の隙間から飛び出した。
シュッ! シュッ!
何度も、何度も。
「こうやってな!」
突く。引く。突く。引く。単純な動作だった。しかし柵の外にいた若者は思わず後ずさる。
「うわっ!」
「だろ? 相手からすりゃ怖ぇんだよ」
再び槍を突き出す。
「近づけば刺される。しかし近づかなければ攻略できないから、近づかざるを得ない。結局、近寄れねぇ」
ガルドは槍を肩に戻した。
「俺らも散々苦しめられた」
ミューズは壊れた柵を見つめる。先ほどまで、ここにゴブリンたちが群がっていた。
「なるほどな……」
「今回ケガした連中も同じだ。柵の近くまで寄りすぎていた。逆に狩人たちはあまりケガしてなかっただろ?」
「ああ。弓があったからな」
「そういうことだ。弓や槍みたいに、相手より先に攻撃できる武器を増やす。それだけで変わる」
「それだけで、か?」
「変わるとも」
ガルドは柵を軽く叩いた。
「柵の間から槍を出して、ひたすら突いて引く。これだけだ。派手さはねぇ。だが、生き残る確率はぐっと上がる」
ミューズはしばらく黙ったまま柵を見つめていた。脳裏には今日の戦いが浮かんでいる。怪我をした村人。泣いていた家族。領主からの派兵拒否。もし、この方法で少しでも被害を減らせるなら——。
『あぁ……』
エリオは思った。ミューズは今、村人を一人でも多く生き残らせる方法を探している。決して、神話に語られるような派手さも偉大さもない。ただ、今を必死に生きている、自分と同じ人間なんだ、と。
ガルドとの話し合いの後、ミューズはすぐに動いた。
まず取り掛かったのは槍の量産だった。不幸中の幸いと言うべきか、ゴブリンの中には短剣や剣を持っている個体がいる。討伐したゴブリンから回収した武器を長い木の棒へ取り付ける。それだけの簡素な作りだったが、それでも十分な武器になった。
村人たちも総出で作業を手伝う。一本、また一本。少しずつ武器が増えていく。
さらにガルドの助言で、防壁の強化にも着手した。ただの柵だけでは心許ない。柵の隙間を板で補強し、ゴブリンがよじ登りにくい構造へ変えていく。
「ダン、木材を頼む」
「任せろ!」
ダンは豪快に笑った。
「木こりの本領発揮ってやつだな!」
そう言うや否や、斧を担いで森へ向かう。そして——。
バキィン!
ドゴォン!
大木が次々と倒れていく。
『いやいやいやいや……』
エリオは思わず呆れた。
『なんなんだ、あの人……』
普通の人間なら何人も必要な作業量を、ダンは一人でこなしている。しかも楽しそうに。
『やっぱり化け物じゃねえか。人力チェーンソーかよ』
ダンはその日のうちに必要な木材の大半を切り出してしまった。村人たちも慣れているらしく、誰も驚いていない。
一方でミューズは別の準備も進めていた。次の襲撃に備えた偵察だ。ゴブリンがどこから現れるのか。何匹いるのか。いつ動いているのか。知らなければ守りようがない。
そこで選ばれたのが、村で唯一の狩人親子だった。
「頼めるか?」
「もちろんだ」
父親が頷く。隣では息子も弓を抱えていた。最近はゴブリン騒ぎで満足に狩りへも行けていない。二人ともやる気十分だった。
「何かわかったらすぐ報告する」
「頼んだ」
親子は森の中へ消えていく。
村に戻ると、あちこちから槌の音が聞こえた。柵を補強する者。槍を作る者。傷の癒えた者は訓練を始めている。昨日までとは違う空気だった。
『なんだろうな』
エリオは村を見つめる。まだ何も解決していない。ゴブリンはいる。状況は依然として厳しいままだ。領主の援軍も期待できない。それでも——。
『シオン村が、少しだけ元気になってる』
希望というには小さい。だが確かに、昨日までは無かったものだった。
そしてミューズもまた、それを感じていた。
(まだ終わっちゃいねぇ)
建国の英雄としてではない。一人の村長として、ミューズは村の未来を見据えていた。
その後も村では様々な出来事があった。
偵察に出ていた狩人親子が、久しぶりに大きな猪を仕留めてきたり。
「今日は肉だぞー!」
という声に、子供たちが歓声を上げたり。あるいは——。
「やっぱ槍より斧だろ」
とダンが駄々をこねたり。
「斧の方が一撃が重い!」
「だからゴブリンに近づかなくて済むように槍を使うんだろ」
「でも斧の方がかっこいい!」
「そこじゃねぇ」
ガルドに呆れられていた。
そんな小さな出来事を重ねながらも、村は少しずつ変わっていく。壊れた柵は補強され、槍は増え、見張りの制度も整っていく。まだ問題は何も解決していない。それでも確かに、前へ進んでいた。
「村長」
ある日、ガルドが声をかけてきた。
「なんだ?」
「そうだ。これをやる」
そう言って投げ渡されたのは、見慣れない武器だった。木製の弓を横向きにしたような構造。中央には短い矢を番える溝がある。
『クロスボウ……』
エリオは思わず目を見張る。教科書や映像では見たことがある。だが実物を見るのは初めてだった。
「これは?」
「昔、戦友から貰った武器だ。俺にはどうも合わなくてな。だから村長にやる」
「いいのか?」
「構わねぇよ。ただし矢は普通の弓より短い。そこだけ間違えるなよ」
ミューズは何度か頷く。そしてクロスボウを持ち上げた。不思議なことに、初めて手にしたはずなのに、やけにしっくりきた。肩へ当てる。照準を合わせる。引き金に指を掛ける。まるで昔から使っていた武器のようだった。
『気に入ったみたいだな』
エリオはそう思った。ミューズ自身も気づいていないかもしれない。だが、その手は自然と馴染んでいる。
「へぇ」
ミューズは小さく笑った。
「面白い武器だな、これ」
ガルドも満足そうに頷いた。
その日の夜だった。
慌ただしい足音と共に、狩人の親子が村へ戻ってくる。
「ミューズさん!」
息を切らした狩人の父親が駆け寄った。
「動きました!」
ゴブリンたちが再び襲いからんと村へやってきた
次話は明日の17時予定