【男の娘】チンポ付き、声変わり前に日本一のアイドルを獲る 作:サボテニウム
アイドルグループ《純情☆ホワイトリリー》は、昨夜死んだ。
死因は未成年飲酒。
致命傷は彼氏発覚。
死体をバラバラにしたのは、メンバー五人が裏アカウントでファンを「財布」「臭い」「生きたATM」「チー牛」「弱者男性」と呼んでいた事実だった。
午後八時、センターの飲酒写真が流出。
午後九時、彼氏との温泉旅行が発覚。
午後十時、別のメンバーにも彼氏が三人いた。
午後十一時、メンバー同士が裏アカウントで互いの整形箇所を暴露。
午前零時、センターが缶チューハイ片手に釈明配信を開始。
午前一時、メンバー二人が配信へ乱入。
午前二時、殴り合い。
午前三時、解散。
三年間かけて育った清純派アイドルは、一晩で粗大ゴミになった。
ただし。
半年後に予約された日本武道館だけは、死ななかった。
◇
「借金総額、三億二千万円」
「国家予算かよ!」
高校の卒業証書を抱えて帰宅した天宮光は、玄関を開けて五分後、自分の人生が卒業より先に終了したことを知った。
居間では父と母が正座している。
その向かいには、黒いスーツを着た男が三人。
真ん中に座る男は三十代半ば。短く整えた髪に、表情の薄い顔。高そうな時計。高そうな靴。高そうなスーツ。
そして、安そうな他人の命。
男は借用書の束を指先で整えた。
「事業融資、投資損失、連帯保証、仮想通貨、健康器具、和牛の共同オーナー」
「最後のやつ何だよ、親父!」
「将来性があると言われて……」
「牛に将来預ける前に、息子の将来考えろ! 奨学金借りさせられたばかりだぞ!?」
「光、落ち着いて」
「母さんは黙ってろ! 何に使った!」
「水素で若返る布団」
「寝てる間に脳まで若返って赤ん坊になったのか!」
父親が肩を落とした。
母親が泣き始めた。
光は泣きたいのはこちらだと思った。
卒業したらアルバイトをしながら専門学校へ通う予定だった。
彼女も欲しかった。
できれば巨乳で優しい彼女が欲しかった。
もっと言えば、卒業祝いに女の子とイチャイチャしたかった。
それがどうだ。
家に帰れば借金三億。
イチャイチャどころか、借用書が束になって自分へ抱きついてきた。
「それで」
スーツの男が言った。
「返済方法だけど」
「あるのかよ」
「ある」
光は一瞬だけ希望を持った。
働けば返せるのかもしれない。
臓器を売れば――いや、三億は腎臓何個分だ。スペアまで売っても足りない。
男は光を見た。
じっと見た。
顔を見た。
首元を見た。
肩幅を見た。
腰を見た。
脚を見た。
「何だよ」
「声、もう一回」
「は?」
「何か喋って」
「だから何なんだよ、あんた」
光の声は高かった。
十八歳になっても、声変わりが一度も来ていない。
電話に出れば母親と間違われる。
中学では女子のふりをして友人の告白電話をさせられた。
高校ではカラオケに行くたび女性曲を入れられ、裏声でもないのに原曲キーで歌えることを笑われた。
小柄な体格。
白い肌。
整いすぎた女顔。
すべてがコンプレックスだった。
男は部下へ顔を向けた。
「センターの衣装、まだある?」
「処分してません」
「サイズ確認して」
「おい」
「たぶん入る」
「どこにだよ!」
「武道館」
「人間を会場に入れる時の目じゃねえだろ!」
男は名刺を置いた。
ドラゴンプロモーション代表取締役、獅子堂龍一。
表向きは芸能事務所。
裏向きは、どう見てもこちらだった。
「お前、顔いいからアイドルやれよ」
「……は?」
「美少女アイドル」
「俺は男だ!」
「知ってる」
「知ってて何で話を続けられるんだよ!」
「昨日まで女が五人いた」
「人数不足を俺の性別で補うな!」
獅子堂はスマートフォンを操作した。
画面を光へ向ける。
表示されていたのは、日本武道館の使用予定表だった。
日付は半年後。
公演名。
《純情☆ホワイトリリー 日本武道館単独公演》
「このグループ、昨日解散したやつだろ」
「詳しいね」
「ネット全部それだよ! 未成年飲酒! 彼氏! ファンの悪口! 最後はメンバー同士で殴り合ってたぞ!」
「元気だよね」
「解散理由を健康状態みたいに言うな!」
「武道館が空いた」
「キャンセルしろ!」
「違約金が高い」
「知らねえよ!」
「だから君が埋めて」
「知らねえよ!」
「借金、三億二千万」
「それは知ってるよ!」
「武道館まで百七十九日」
「それは知りたくなかったよ!」
獅子堂が一枚の紙を差し出した。
出演者欄にあった《純情☆ホワイトリリー》の名前には、白い修正テープが引かれていた。
その上に、黒いボールペンで書かれている。
《天宮ひかり》
「本人の許可を取る前に芸名を決めるな!」
「会場の許可は取ってある」
「俺より武道館の方が人権強えじゃねえか!」
光は紙を破ろうとした。
獅子堂の部下が、さりげなく光の手首を掴んだ。
握力だけで骨が内側へ謝罪した。
「痛い痛い痛い! 分かった! 紙には罪ねえ!」
手を離される。
光は手首を押さえながら獅子堂を睨んだ。
「半年で武道館なんか無理に決まってんだろ。前の奴らだって三年かかったんだぞ」
「今はゼロ」
「解散したからな」
「君もゼロ」
「だから何の勝負なんだよ!」
「先に一万人集めた方が勝ち」
「死体と競走させんな!」
「集まらなかったら」
獅子堂が、別の画面を見せる。
通販サイト。
コンクリートブロック。
注文数、三。
「東京湾ね」
「何で三個!?」
「君と両親」
「せめて俺だけ浮ける素材にしてくれ!」
「光!」
母親が泣きながら抱きついてきた。
「ごめんなさい! お母さんたちのせいで!」
「今さら母性出すな! 三億借りる前に出せ!」
「私、衣装なら作れるわ!」
「参加する気満々じゃねえか!」
父親も拳を握った。
「父さんも全力で応援する!」
「テメーは返済しろ!」
◇
その日のうちに、光はドラゴンプロモーションへ連行された。
芸能事務所は雑居ビルの二階にあった。
一階は金融会社。
三階は警備会社。
四階は何の会社か看板がなかった。
たぶん、知らない方が長生きできる。
「ここがレッスン室」
獅子堂に案内された部屋は倉庫だった。
壁一面に鏡。
床にはマット。
隅には段ボール。
日本刀。
金属バット。
ロープ。
「最後の三つ何に使うんだよ」
「芸能界は舐められたら終わりだから」
「終わらせ方が暴力一本じゃねえか!」
マネージャーとして紹介された男は、顔に傷があった。
撮影担当は、盗撮で二度捕まったことがあるらしい。
「何で採用してんだ!」
「撮影技術はある」
「犯罪実績をポートフォリオにすんな!」
そして衣装担当として、なぜか光の母親がいた。
「早かったな!」
「お母さん、昔から女の子の服を作るのが夢だったの」
「息子で夢を叶えるな!」
「光が女の子だったら着せたかった服、いっぱいあるのよ」
「十八年分の妄想を一日で吐き出すな!」
母親が衣装袋を開ける。
白を基調にしたドレス。
胸元にはリボン。
短いスカート。
昨夜解散した《純情☆ホワイトリリー》のセンター衣装だった。
「着て」
「嫌だ」
「借金」
「嫌だ」
「東京湾」
「チキショーー! 試着室どこだよコノヤローー!」
人間、命が惜しい時は着替えが早い。
十分後。
光は鏡の前に立っていた。
長いウィッグ。
薄い化粧。
華奢な肩を出した衣装。
スカートから伸びる細い脚。
鏡の中には、誰が見ても美少女がいた。
「……誰だ、この女」
「君」
「正直、抱ける」
「君」
「死にたい」
十八年間、自分の顔が嫌いだった。
女みたいだと笑われた。
声も嫌いだった。
男らしくなりたかった。
なのに完成した自分の女装姿は、腹立たしいほど好みだった。
「自家発電できて経済的だね」
「人のコンプレックスをエコ商品にすんな!」
母親が光の背中を確認する。
「少し胸が足りないわね」
「俺にあったら病院行きだよ!」
「詰め物を入れましょう」
「待て、股間の方も問題あるだろ」
室内が静かになった。
全員の視線が、光のスカートへ落ちた。
「見るな!」
獅子堂が言った。
「潰して」
「商品管理みたいに言うな! そこは俺の非売品だ!」
「武道館の障害物」
「一万人収容の責任を俺の息子に負わせんな!」
母親が何かを持って近づいてきた。
「何持ってんだ母さん」
「テーピング」
「実の息子を梱包するな!」
◇
歌唱審査。
音程は不安定。
ダンス審査。
三歩目で転倒。
笑顔審査。
「笑って」
「東京湾に沈む人間が笑えるか!」
元アイドルだという講師は、深くため息をついた。
「顔と声以外、全部ゼロです」
「やった!」
光は拳を握った。
「企画中止だろ! 俺には才能がない!」
「伸びしろしかないね」
獅子堂も拳を握った。
「崖の底を伸びしろって呼ぶな!」
「デビューは三日後」
「人の話聞いてた!?」
「前任者のSNSをそのまま使う」
「炎上跡地じゃねえか!」
「フォロワー八十万人」
「全員、石投げるために残ってんだろ!」
「注目は資産」
「火事場を駅前物件みたいに評価すんな!」
◇
三日後。
天宮ひかりの初配信が始まった。
場所は事務所の倉庫。
背景には白い布。
布の裏には日本刀。
カメラの横には獅子堂。
さらにその横には、失言した場合に止める役らしい強面の男。
止めるのが言論ではなく息の根になりそうだった。
前任グループの公式アカウントを使ったため、配信開始直後から視聴者が殺到した。
同時視聴者、一万二千人。
コメント欄は地獄だった。
《誰?》
《ホワイトリリー返せ》
《運営ふざけんな》
《かわいい》
《新メンバー?》
《一人しかいなくて草》
《どうせこいつも裏でファンの悪口言ってる》
光の前には台本が置かれていた。
『みんなの心を照らす一番星! 天宮ひかりです!』
光は台本を見た。
カメラを見た。
もう一度台本を見た。
「借金の闇に照らされた人身御供、天宮光です」
獅子堂の部下がむせた。
コメント欄が加速する。
《草》
《名前言ってるぞ》
《ひかりじゃないの?》
《闇深すぎる》
獅子堂が画面外から小声で言った。
「笑って」
「笑えるか! こっちは半年後に武道館だぞ!」
《は?》
《武道館?》
《この子一人で?》
《運営頭おかしい》
光は獅子堂を指差した。
「頭おかしいのはこいつだ! 昨日まで五人で立つ予定だった舞台を、俺一人で埋めろって言いやがった!」
獅子堂が静かに指を下ろさせる。
「事務所の悪口は」
「表で言う」
《前の奴らと違って裏表なくて草》
《信用できる》
《言ってること最悪なのに好感持てる》
《ていうか男みたいな名前だな》
光の背中に冷たい汗が流れた。
獅子堂が、カメラの死角からコンクリートブロックの写真を見せた。
光は即座に笑顔を作った。
「女の子でーす!」
《急に媚びて草》
《脅されてる?》
「脅されてないでーす!」
《目が死んでる》
《かわいい》
質問コメントが流れる。
《好きな男性のタイプは?》
光は固まった。
本当は女が好きだ。
巨乳で優しい女が好きだ。
黒崎麗奈のような美人なら、一晩のために全財産を投げ捨ててもいい。
その全財産を、親が三億二千万の借金へ先に投げ捨てていたが。
「好きなタイプは……」
獅子堂がカンペを出す。
『誠実で、優しい人』
「胸がでかくて優しい人」
獅子堂のカンペが床へ落ちた。
《女性が好きなの!?》
《百合営業きた》
《正直で好き》
《具体的に誰?》
「黒崎麗奈」
部屋が凍った。
光自身も凍った。
口が勝手に動いた。
「違う! アイドルとして尊敬してるって意味だ! 胸じゃねえぞ! いや胸も好きだけど今のなし!」
《切り抜き確定》
《黒崎麗奈の胸が好きな新人アイドル》
《最低で草》
《推すわ》
「推すな! 忘れろ!」
《もう切り抜いた》
《黒崎麗奈に送った》
「明日の朝刊載ったぞテメーー!!」
光はカメラへ身を乗り出した。
「俺の芸能人生、初配信で全国紙デビューじゃねえか! 夕刊出る前に火葬まで済むぞ!」
獅子堂が横から光の肩を押し戻す。
「座って」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「君の口」
「正論で殴るな!」
配信は、その後も事故の連続だった。
前任グループのファンをどう思うか尋ねられ、
「女を見る目がねえ」
と答えた。
チケットを買うか迷っていると言われ、
「迷ってる時間があったら財布出せ」
と答えた。
自分たちを金づるだと思っているのかと聞かれ、
「思ってる。こっちは一万人必要なんだぞ」
と答えた。
獅子堂が配信を強制終了した。
「何で切るんだよ!」
「十分」
「何が!」
「素材」
配信終了後、光の失言部分だけが即座に切り抜かれた。
タイトル。
『新生清純派アイドル、初配信でファンを金づる認定』
「死んだぞテメー!」
光は獅子堂へ掴みかかった。
「俺の芸能人生、デビュー日に通夜だ! 明日の朝刊に死亡広告出るぞ! 香典じゃなくてチケット買え!」
「いいね」
「何が!」
「今のも使う」
「死体から二本目の動画取るな!」
動画は一時間で百万再生された。
前任グループが裏でファンを馬鹿にしていた反動もあった。
表で堂々と悪態をつく光は、なぜか「裏表がない」「信頼できる」「口は悪いが正直」と評価された。
武道館チケットも、百七十二枚売れた。
「マジかよ……」
光は売上画面を見つめた。
自分を笑うためかもしれない。
炎上を見物したいだけかもしれない。
それでも百七十二人が金を払った。
画面の端に、メッセージが一件届いた。
《前のグループに裏切られて、もうアイドルは応援しないつもりでした。でも、あなたは嘘をつけなさそうなので、一枚買いました》
「……こいつ、見る目ねえな」
光は小さく呟いた。
だが、アカウント名を覚えた。
獅子堂が倉庫の壁へ、巨大な日めくりカレンダーを掛ける。
赤い文字。
『日本武道館まで、残り百七十六日』
その隣には座席表。
一万を超える空席。
光の喉が鳴った。
「これ、全部埋めるのか」
「うん」
「埋まらなかったら?」
「君が東京湾を埋める」
「俺一人で海洋土木させんな!」
獅子堂は座席表の一席を、赤いペンで塗った。
さらに百七十一席。
「今日の成果」
広大な白い座席表の中に、小さな赤い点が集まっている。
百七十二席。
残り、ほぼ全部。
光はそれを見上げた。
絶望的だった。
無理に決まっている。
自分は歌えない。
踊れない。
アイドルでもない。
そもそも男だ。
こんな馬鹿げた話、成功するはずがない。
「……獅子堂」
「何」
「俺が本当に満員にしたら、借金は全部消えるんだな」
「消す」
「女装も終わりだな」
「好きにして」
「東京湾もなしだな」
「寂しい?」
「テメーだけ沈めてやろうか」
光は座席表へ向き直った。
百七十二。
まだ顔も知らない。
なぜ買ったのかも分からない。
だが、金を払った。
自分を見るために。
「……一万人」
「できる?」
獅子堂の声には、期待も励ましもなかった。
ただ金額を確認するような響きだった。
光は鼻で笑った。
「やるしかねえだろ」
東京湾は冷たい。
光は泳げなかった。
ならば武道館を埋めるしかない。
夢でも希望でもない。
純粋な保身から始まる、日本一最低なアイドル活動だった。