【男の娘】チンポ付き、声変わり前に日本一のアイドルを獲る 作:サボテニウム
天宮ひかりの初ライブは、デビュー配信から七日後に決まった。
会場は新宿の雑居ビル地下二階。
出演者十二組。
収容人数二百人。
持ち時間十分。
光のファンは十二人だった。
「武道館のチケット、百七十二枚売れたんじゃなかったのかよ!」
楽屋のパイプ椅子から立ち上がり、光は獅子堂へ詰め寄った。
「今日来たの十二人だぞ! 残り百六十人はどこ行った!」
「半年後に来る」
「俺を半年熟成させてから食う気か!」
「武道館の先行投資」
「アイドルを大豆先物みたいに買うな!」
獅子堂は光の衣装を確認した。
昨夜まで《純情☆ホワイトリリー》のセンターが着ていた白いドレス。
胸には詰め物。
股間にはテーピング。
頭には大きなリボン。
見た目だけなら完璧な美少女アイドル。
中身は今朝、巨乳グラビア雑誌を鞄の底へ隠してきた十八歳の男だった。
楽屋の壁に貼られた出演表には、色とりどりのグループ名が並んでいる。
《きゅるるん☆キャンディ》
《恋する放課後メロンソーダ》
《地下牢プリンセス》
《魔法少女になれなかったのでアイドルになりました》
そして一番下。
《純情☆ホワイトリリー》
光は出演表を引き剥がした。
「死んだグループの名前で出すな!」
「知名度がある」
「悪名だろ!」
「無名よりいい」
「食中毒で有名な店を居抜きで開店すんな!」
「今日から新生ホワイトリリー」
「俺一人だぞ!」
「一輪でも百合」
「雄しべ付きだけどな!」
「取れば完璧」
「朝っぱらから人の花粉工場を閉鎖すんな!」
衣装担当として付き添ってきた母親が、光のスカートを引っ張った。
「動かないで。股の縫い目を確認するから」
「親子で確認する場所じゃねえ!」
「激しく踊っても開かないように、二重に縫っておいたわ」
「開いた瞬間、ライブハウスが謝罪会見場に変わるからな!」
「安心して。中にも布を一枚足してあるから」
「実の息子を二重包装すんな!」
そこへマネージャーの鬼塚が入ってきた。
顔に大きな傷。
黒いスーツ。
サングラス。
アイドルの出番を知らせに来たというより、棺桶を閉めに来た男にしか見えなかった。
「天宮ひかりさん。出番まで五分です」
「その呼び方、背中がかゆくなるからやめろ」
「では天宮光さん」
「本名はもっとやめろ!」
「では商品」
「俺の人権、楽屋に置き忘れてねえか!?」
獅子堂がマイクを差し出す。
「歌詞、覚えた?」
「昨日、寝ないで覚えた」
「目の下にクマがある」
「命懸けの清純派なんだよ!」
「化粧で隠れる」
「俺の努力までファンデーションで埋めるな!」
◇
客席には百八十人ほどいた。
ほぼ全員、別のアイドル目当てだった。
カラフルなTシャツ。
大量のペンライト。
頭に鉢巻きを巻いた男。
全身へ缶バッジを装着し、歩くたびに祭囃子のような音を立てる男。
光を見に来た十二人だけが、前列の隅で白いペンライトを振っていた。
「ひかりちゃーん!」
「かわいいー!」
「今日も金づる扱いしてー!」
三人目は何に目覚めているんだ。
舞台袖で、光の足が止まった。
「無理だ」
獅子堂が背後に立つ。
「行って」
「百八十人いるんだぞ!」
「武道館は一万人」
「今ここで未来の死刑台見せんな!」
「十二人は君を見に来てる」
「残り百六十八人は俺が転ぶの待ってんだよ!」
「転べば盛り上がる」
「演者の骨折をサービス精神に数えるな!」
背中を押され、光はステージへ出た。
ライトが眩しい。
地下特有の湿った空気。
汗と香水と得体の知れない熱気。
まばらな拍手。
十二本の白い光だけが激しく揺れている。
光はマイクを握った。
「み、みんなの心を照らす……」
声が震える。
客席の奥から、男の声が飛んだ。
「声ちっさ!」
光の額に青筋が浮いた。
「初めてなんだから待てコノヤロー!」
会場から笑いが起きた。
「ひかりちゃん、いつもどおりだ!」
「いつもって何だ! 活動八日目だぞ!」
笑いが増えた。
曲のイントロが始まる。
光は慌てて歌い出した。
一番は、どうにか終えた。
歌はまだ不安定。
踊りは固い。
だが、十八年間嫌い続けた少女のような声だけは、会場の隅までよく通った。
客席の空気が少し変わる。
白以外のペンライトも、何本か曲に合わせて動き始めた。
二番。
光の頭から歌詞が消えた。
「――――」
伴奏だけが流れていく。
客席がざわついた。
光の背中に汗が噴き出す。
終わった。
初ライブで歌詞忘れ。
芸能人生が開店八日で閉店セールだ。
このまま黙っていれば、SNSへ一生残る。
《借金アイドル、ライブ中にフリーズ》
母校へ取材が行く。
担任がテレビでコメントする。
卒業アルバムの写真が全国へ流れる。
「何黙って見てんだテメーら!」
光は客席へ怒鳴った。
会場が静まる。
「歌詞忘れたんだよ! 知ってる奴、歌え!」
白いペンライトの十二人が叫んだ。
「まだ一回しか配信されてないよ!」
「一回で覚えろ! ファンだろ!」
「無茶言うな!」
「こっちは今、母校にマスコミが向かってんだよ!」
前列中央にいた別グループのファンが、笑いながら手を挙げた。
「サビなら分かる!」
「よし! 今日からお前、古参!」
「推してねえよ!」
「今決めろ! 入会金無料だ!」
「ファンクラブあるの?」
「今作る!」
サビが始まった。
十二人。
手を挙げた男。
面白がった周囲の客。
一人、また一人と歌声が増えていく。
光も途中から歌詞を思い出して加わった。
気づけば、会場の大半が手拍子をしていた。
曲が終わる。
思った以上に大きな拍手が返ってきた。
光は肩で息をしながら客席を見た。
助かった。
歌詞を忘れたのに、なぜか盛り上がった。
「ありが――」
舞台袖を見る。
獅子堂がスマートフォンを縦に構えている。
「撮影すんなコノヤロー!」
その叫びまで含め、十分後には動画が公開された。
『新人アイドル、初ライブで歌詞を忘れ、観客を強制入信させる』
「俺の失敗を無加工で産地直送すんな!」
光は獅子堂へ飛びかかった。
「普通は都合悪いとこ切るだろ!」
「全部都合いい」
「どんな編集脳してんだ!」
「再生数、伸びてる」
「俺の寿命は反比例してんだよ!」
獅子堂が画面を見せる。
《歌詞を忘れたことを隠さないの好き》
《客席を一瞬で巻き込んだ》
《観客参加型ライブとして完成度高い》
《他担をその場で古参認定する女》
《客を信頼して歌を預けたんだな》
「歌詞が飛んで丸投げしただけだ!」
「歴史は結果だけ見る」
「俺の黒歴史を世界遺産に登録すんな!」
◇
ライブ後の物販。
長机の上にチェキ券と武道館のチケットが並んでいた。
チェキ一枚、二千円。
「写真一枚で二千円!?」
「君と三十秒話せる」
「三十秒で二千円……一分四千円……一時間で二十四万……」
光の瞳に欲望の光が宿った。
「アイドルって儲かるな!」
「君の取り分は一割」
「九割どこ行った!」
「借金」
「俺の三十秒が三億のブラックホールに吸われてく!」
列には、光のファン十二人。
ライブで興味を持った客が九人。
合計二十一人。
最初の男が座る。
四十代くらい。
厚い眼鏡。
解散したホワイトリリーの古いTシャツ。
「初配信の後、メッセージを送った者です」
光は男の顔を見た。
「シロユリ一筋十八年」
男の顔が輝いた。
「覚えててくれたの!?」
「一番最初にチケット買った物好きだろ」
「嬉しい……!」
「アカウント名は盛りすぎだ。ホワイトリリー結成三年だぞ」
「その前の推しから合計して十八年で……」
「お前の人生、推しの死体が地層になってんな」
男はなぜか感動した。
「ひかりちゃんは、ファンのことをよく見てくれてるんだね」
「最初の百七十二人くらい覚えとかねえと、いつ逃げるか分かんねえからな」
「一人も失いたくないってこと……?」
「売上をだよ!」
次の客が座る。
「山本です。初配信で武道館チケット三枚買いました」
「今日はチェキ一枚?」
「はい」
「減ってんじゃねえか」
「え?」
「何かあったか。失業? 病気? 離婚? 親の借金?」
「最後だけ実体験ですよね?」
「借金してまで推すなよ」
獅子堂が横から名刺を差し出した。
「必要なら貸す」
「ファンを俺と同じ地獄へ落とすな!」
山本は目頭を押さえた。
「無理して買わなくていいって言ってくれるアイドル、初めてです」
「違う! 借金取りの怖さを知ってるだけだ!」
「僕の生活まで心配してくれて……」
「余裕ができたら五枚買え!」
「はい!」
「買わせるのかよ!」
隣の客がツッコんだ。
別の女性ファンが胸の前で手を組む。
「ファンを家族みたいに思ってくれてるんですね」
光は鼻で笑った。
「ファンは家族だ」
列がどよめいた。
「ひかりちゃん……!」
「五枚買うまではな」
「条件付きの血縁関係!」
なぜかチェキ券は追加で売れた。
正直に欲望を見せる人間は、たまに誠実だと誤解される。
獅子堂が札を数える。
「百四十六枚」
「二十九万二千円!」
「君の取り分、二万九千二百円」
「俺の笑顔、家電量販店のポイント還元か!」
「笑ってない写真も多い」
「テメーを見ると表情筋が死ぬんだよ!」
◇
翌週。
光は高齢者施設へ連れていかれた。
到着前から機嫌が悪かった。
「何で老人ホームでアイドル営業するんだよ」
「客」
「武道館まで来られるのか?」
「子供と孫がいる」
「だから?」
「老人一人に平均五人」
光の目つきが変わった。
「一人から五席……?」
「家族構成を聞いて」
「任せろ」
車のドアを開け、満面の笑顔で飛び出した。
「おじいちゃーん! おばあちゃーん! 長生きしてねー! 最低でも半年!」
「期限をつけるんじゃないよ」
車椅子の老人が苦笑した。
光は一人ずつ話を聞いた。
「お孫さん何人?」
「二人」
「年齢は?」
「二十三と二十七」
「結婚は?」
「上の子はしてるよ」
「配偶者込みで三席!」
「何を数えてるんだい?」
「家族の絆です!」
別の老婆へ移る。
「息子さんは?」
「三人」
「嫁は?」
「三人」
「孫は?」
「八人」
光の瞳に札束が舞った。
「おばあちゃん、今日から俺の祖母な」
「いきなりどうしたんだい」
「俺たち家族だろ!」
「五枚買うまでなんだろ?」
「ネット見てんのかよ!」
老人たちは予想以上に光を知っていた。
孫に動画を見せられた者。
ネットニュースで知った者。
前任のホワイトリリーを応援していた者。
「ひかりちゃんは裏表がないんだってね」
「性別以外はな」
「何か言ったかい?」
「清純派でーす!」
遠くで獅子堂がコンクリートブロックの画像を掲げている。
「老人ホームに地獄のカンペ持ち込むな!」
ミニライブが始まった。
老人たちは手拍子をしてくれた。
多少音を外しても笑う。
踊りを間違えても拍手する。
最前列の老人は、一曲目の途中で寝ていた。
「寝るな! 俺の歌に安眠効果つけた覚えねえぞ!」
老人が目を覚ます。
「死んだかと思ったじゃないか」
「縁起悪いこと言うな!」
「こっちの台詞だよ」
ライブ後、一人の老婆が光の手を握った。
「亡くなった主人が、昔歌手を目指してたの」
「へえ」
「夢を諦めてしまった。あなたは頑張ってね」
「俺も一週間前まで諦める以前に目指してなかったんだけどな」
「武道館、孫たちと行くよ」
光は少し黙った。
「……無理して来なくていいぞ。遠いし」
「来てほしくないのかい?」
「来てほしいけど、途中でくたばったら俺のライブが告別式になるだろ」
「口の悪い子だねえ」
老婆は楽しそうに笑った。
「だから最初に、長生きしてって言ってくれたんだろ?」
「チケットの有効期限まで生きろって意味だ!」
「はいはい」
「信じろよ!」
獅子堂が隣へ立った。
「今日、七十三席」
「マジか」
「老人と家族」
「家系図が全部座席表に見えてきた」
「最低だね」
「テメーが仕込んだ思想だろ!」
◇
事件は施設の庭で起きた。
老人たちとの記念撮影中、光のスカートの中へ何かが入った。
太腿に鋭い痛み。
「ギャアアアアッ!」
光はその場で飛び上がった。
「何!? どうしたの!?」
女性職員と、慰問を見に来た若い女性ファンが駆け寄る。
「蜂! 蜂が入った!」
「どこを刺されたの!?」
「足! かなり上!」
「見せて! 針が残ってるかも!」
女性ファンがスカートへ手を伸ばした。
光は両手で裾を押さえる。
「待て! そこは開封禁止だ!」
「命に関わるかもしれないのよ!」
「開けたら戸籍に関わる!」
「何言ってるの! 早く!」
「いやーーーん!」
男だとバレる。
蜂の毒より危険な事実が、スカートの下に一本ぶら下がっている。
「アナフィラキシーショックならぬ、穴開きーショックーーーッ!」
庭が静まり返った。
蜂の羽音だけが聞こえた。
女性ファンが真顔になった。
「……元気そうね」
「駄洒落だけ元気で肉体は重体だ!」
「下着の上から見るだけ!」
「その下着の下に芸能界最大のスキャンダルが隠れてんだよ!」
「何の話!?」
「今めくったら俺の股間が単独記者会見開くぞ!」
植え込みの向こうで、獅子堂がスマートフォンを構えた。
「いいね」
「撮るな! 俺の下半身にスポンサー付ける気か!」
「タイトルは『清純派アイドル、股間に危険な真実』」
「週刊誌が輪転機回し始めるだろうが!」
女性ファンが光へ飛びつく。
二人は芝生へ転がった。
スカートがめくれそうになる。
「視線を伏せろォォォ! 今日ここを墓場にしたくなきゃ全員目ェ閉じろ!」
光は両脚を交差させ、股間だけは完璧に守りながら顔面から芝生へ突っ込んだ。
駆けつけた看護師が蜂を追い出し、太腿を確認する。
刺されたのは外側。
毒針も残っていない。
「軽い腫れだけですね」
「助かった……」
光は芝生へ仰向けになった。
「俺も戸籍も生きてる……」
女性ファンが涙ぐんでいる。
「本当に心配したんだから」
「悪かったよ」
「あんな時まで笑わせようとして……」
「違う! パニックで語彙が死んだだけだ!」
「ファンを不安にさせないためだったんだね」
「俺が一番不安だったわ!」
動画はその日のうちに公開された。
『蜂に刺されてもファンを笑わせる天宮ひかり』
「事故を美談へ密輸すんな!」
再生数は五百万。
《穴開きショックで腹筋死んだ》
《危険な真実って何?》
《スカートを死守する姿が乙女》
《痛くても笑顔を忘れないプロ》
「乙女じゃねえ! 雄を死守してたんだよ!」
翌日には蜂を描いたTシャツが発売された。
背面には大きく、
《穴開きショック》
「俺の黒歴史を綿百パーセントで商品化すんな!」
「予約二千枚」
「武道館より先に俺の恥が完売してんじゃねえか!」
◇
蜂事件の翌日。
光はテレビ局へ連れてこられた。
若手アイドル歌唱対決。
「聞いてねえぞ!」
「昨日決まった」
「蜂でバズったからか!?」
「旬は短い」
「俺を朝獲れの鮮魚みたいに番組へ卸すな!」
控室へ向かう廊下。
前から、美しい少女が歩いてきた。
艶のある黒髪。
透き通る肌。
細い腰。
長い脚。
そして、初配信で光が全国へ好みだと発表してしまった胸。
黒崎麗奈。
光の足が止まった。
来た。
切り抜きが人間の姿を得て、こちらへ歩いてくる。
麗奈が目の前で止まる。
「あなたが天宮ひかり?」
「違います」
「衣装に名前が書いてあるけど」
胸元には大きく、
《天宮ひかり》
「拾った」
「着たまま?」
「拾った衣装は着るだろ」
「着ないわよ」
「都会は冷たいな」
「どこの文化なの?」
麗奈が腕を組んだ。
「私の胸が好きなんですって?」
光は獅子堂を振り返った。
「本人まで届いてんじゃねえか! 俺の性癖、宅配便より配達早えぞ!」
「人気者だね」
「欲しかった知名度と違う!」
麗奈は冷たい目で光を見た。
「私、あなたみたいな売り方、嫌い」
「俺も嫌いだよ!」
「無名なのに武道館を予約して、炎上で注目を集めて」
「俺が予約したんじゃねえ! 空いた墓穴に突っ込まれたんだ!」
「話題だけで武道館に立てるほど、アイドルは甘くないから」
光の胸の奥に、少しだけ火がついた。
麗奈の言うとおりだった。
顔と声だけ。
歌は下手。
踊りも下手。
人気が増えた理由は、失言と事故ばかり。
それを誰より分かっているのは、光だった。
「知ってるよ」
光は麗奈を睨み返した。
「だから半年で、どうにかするんだろ」
麗奈が少し目を見開いた。
言えた。
珍しく格好いい台詞が出た。
今日の自分は違う。
ここで黙っていれば、主人公になれる。
「それに」
光の視線が、一瞬だけ麗奈の胸へ落ちた。
「実物の方がでかいな」
乾いた音が廊下へ響いた。
麗奈の平手で、光の顔が真横を向いた。
「決め台詞の賞味期限、三秒かよォォォ!」
光は頬を押さえて叫んだ。
「今の一発で俺の好感度が上場廃止だ! セクハラ銘柄として監理ポスト入りだぞ!」
麗奈は顔を真っ赤にして歩き去る。
獅子堂は光の無様な姿を撮影していた。
「いい画」
「そのスマホ、テメーの喉から取り出してやろうか!」
◇
歌唱対決は、黒崎麗奈の圧勝だった。
審査員票、零対五。
観客票も大差。
麗奈の歌は完璧だった。
音程。
声量。
表情。
振り付け。
光とは何もかも違う。
「これが本物かよ……」
舞台袖のモニターを見つめ、光は唇を噛んだ。
「負けたね」
獅子堂が言った。
「見りゃ分かる」
「でも検索数は勝った」
「何でだよ」
「胸を見て殴られたから」
「俺の実力、セクハラより集客力ねえのか!」
「武道館チケット、四百枚追加」
「マジで?」
「麗奈のファンが、君をもう一度殴らせるために買ってる」
「観客席を復讐者で埋めるな!」
「客は客」
「興行倫理を入り口で捨ててくんな!」
番組終了後。
麗奈が近づいてきた。
光は反射的に両手で顔を守った。
「もう殴らないわよ」
「本当か?」
「今日の歌、ひどかった」
「殴ってくれ。その方が傷が浅い」
「でも、逃げなかったところは少しだけ見直した」
麗奈が顔を近づける。
「半年でどこまで行けるか、見ててあげる」
いい匂い。
顔が近い。
胸も近い。
男としては天国。
美少女アイドルとしては即身仏。
光は勢いよく後ずさった。
「離れろ!」
「何よ。私を意識してるの?」
「してるよ! 主に下半身と社会生命が!」
「……そう」
麗奈の頬が少し赤くなった。
完全に別の意味で受け取られた。
光の背筋を汗が流れる。
遠くで獅子堂が撮影していた。
「撮るな! 百合営業じゃ済まねえんだぞ!」
「話題になる」
「俺には余計な雄しべがあるんだよ!」
麗奈が振り返る。
「雄しべ?」
「花の話! ホワイトリリーだから!」
「植物に詳しいのね」
「中学理科が俺の戸籍を守った!」
麗奈は首を傾げながら去っていった。
光は廊下へ崩れ落ちた。
「一日に何回死線くぐらせんだ……」
獅子堂がタブレットを見せる。
販売済みチケット。
千九十枚。
武道館まで、残り百五十四日。
「千人……」
座席表の赤い点が、初めて四桁へ届いた。
まだ九割近くが白い。
それでも、一週間前より確実に広がっている。
歌詞を忘れた。
客へ歌わせた。
チェキを押し売りした。
老人を家族込みの座席数で数えた。
蜂に刺されて最低の駄洒落を叫んだ。
憧れのアイドルの胸を見て殴られた。
何一つまともなことをしていない。
それなのに、客だけは増えていた。
「……アイドルって何なんだろうな」
「金になる人」
「テメーに聞いた俺が悪かったよ」
獅子堂が白い座席を指す。
「あと九千」
「分かってる」
「できる?」
光は座席表を睨んだ。
「九千人の金づるを探しゃいいんだろ」
獅子堂が少し目を細める。
「いいね」
「褒めるな。今のは最低の台詞だ」
「投稿する」
「待て! 今のはオフレコだ!」
数分後。
《ファンを金づると呼ぶアイドル、武道館チケット千枚突破》
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光はスマートフォンを握り締めた。
「インターネットに俺専用の晒し台でもあんのかコノヤローーーッ!」
武道館への道は、今日も順調に燃えていた。