【男の娘】チンポ付き、声変わり前に日本一のアイドルを獲る   作:サボテニウム

3 / 4
第3話 美少女アイドルにチンポが生えてて何が悪い。むしろお得だろ

 

 

 

 天宮ひかりが武道館チケットを千枚売った翌日。

 

 ドラゴンプロモーションの電話は、朝から鳴りやまなかった。

 

 テレビ出演。

 

 雑誌取材。

 

 ライブの依頼。

 

 企業案件。

 

 よく分からない健康食品のイメージキャラクター。

 

「最後のやつ断れ!」

 

 光は受話器を叩きつけた。

 

「ウチの母親が水素布団で三億作った直後だぞ! 健康食品の広告なんか出たら、親子二代で消費者庁に怒られるわ!」

 

 獅子堂は机の向こうで契約書をめくっていた。

 

「報酬、三百万」

 

「商品は何だ」

 

「飲むだけで身長が伸びる水」

 

「受けるな! 十八歳で声変わりもしてない俺が出たら逆効果だ!」

 

「小柄な君が宣伝するから説得力がある」

 

「飲んでも伸びなかった側の説得力だろ!」

 

 テレビ局から戻った光は、衣装のまま事務所へ直行させられていた。

 

 この一か月。

 

 朝は歌の練習。

 

 昼は営業。

 

 夕方はライブ。

 

 夜は配信。

 

 深夜は切り抜かれた自分の失言を見て眠れなくなる。

 

 休みはない。

 

 プライバシーもない。

 

 あるのは、日に日に増えていく武道館の赤い座席だけだった。

 

 販売済み、三千四百二十一席。

 

「増えるの早すぎないか?」

 

「穴開きショックTシャツが売れた」

 

「俺の太腿を刺した蜂が一番稼いでんじゃねえか!」

 

「次のグッズ」

 

 獅子堂が机へ箱を置いた。

 

 中には黄色と黒のペンライト。

 

 先端は蜂の形。

 

 スイッチを入れると、

 

『穴開きーショック!』

 

 光の声が流れた。

 

「何で俺の断末魔を収録したァァァ!」

 

「ライブで全員鳴らす」

 

「武道館一万人で俺の恥を大合唱させる気か!」

 

「一個、四千円」

 

「高え!」

 

「音声付き」

 

「俺の声、原価いくらだ!」

 

「ゼロ。事故映像から抜いた」

 

「人の悲鳴を天然資源みたいに採掘すんな!」

 

 獅子堂が販売開始のボタンを押す。

 

「押すな!」

 

「初回五千本」

 

「俺の意思より生産ラインが速えよ!」

 

 販売ページが公開される。

 

 十秒。

 

 百本。

 

 三十秒。

 

 五百本。

 

 一分。

 

 千本。

 

「マジかよ……」

 

「売れるね」

 

「こんなもん買う奴ら、頭に蜂刺さってんじゃねえのか?」

 

 その言葉も、撮影担当の鬼塚がしっかり録音していた。

 

 光はカメラに気づいた。

 

「待て。今の切り抜くなよ」

 

「もう予約投稿しました」

 

「出版前の週刊誌より仕事早えなテメー!」

 

     ◇

 

 人気が出るほど、光の仕事は増えた。

 

 最初は見向きもしなかった芸能関係者が、蜂の蜜に群がる虫のように寄ってくる。

 

 地方ショッピングモール。

 

 競艇場。

 

 パチンコ店。

 

 建設会社の慰安会。

 

 獅子堂の金融会社が金を貸している債務者の誕生日会。

 

「最後の仕事、祝ってる場合じゃねえだろ!」

 

 光は薄暗い居酒屋の座敷で、誕生日ケーキを前にした五十代の男を見た。

 

 男の左右には獅子堂の部下。

 

 逃げ道はない。

 

 ケーキの上には、

 

《祝・五十二歳》

 

 ではなく、

 

《今月の返済日まで、あと三日》

 

 と書かれている。

 

「どんなサプライズだよ!」

 

「光さんに歌ってもらえるなら、もう思い残すことはありません」

 

 債務者の男が涙ぐんだ。

 

「諦めるな! 思い残せ! 返済も残ってんだろ!」

 

 獅子堂が光へマイクを渡す。

 

「歌って」

 

「何を歌えばいいんだよ!」

 

「ハッピーバースデー」

 

「命日の前祝いみたいになるだろ!」

 

 結局、光は歌った。

 

 男は泣いた。

 

 獅子堂の部下も泣いた。

 

 なぜかその場で武道館チケットが十枚売れた。

 

「この人ら、借金あるんだぞ!」

 

「交際費」

 

「債務者から推し活費を搾るな!」

 

「分割にした」

 

「借金を借金で包むな! 金融ミルフィーユか!」

 

 光は十枚のチケットを奪い返し、男へ押しつけた。

 

「無理して買うな!」

 

「でも、ひかりちゃんの武道館を応援したいんです」

 

「先に自分の家賃応援しろ! 屋根があってから推せ!」

 

 その場面を撮影した映像が、翌日公開された。

 

『債務者へチケットを売らず、生活を優先させる天宮ひかり』

 

「俺、当たり前のこと言っただけだぞ!」

 

 コメント欄。

 

《推し活より生活を優先させるアイドル》

 

《本当にファンを家族だと思ってる》

 

《口は悪いけど優しい》

 

《五枚買うまでは家族じゃなかったの?》

 

「そこ掘り返すな!」

 

 動画公開から一日で、武道館チケットは二百枚売れた。

 

 借金を止めた結果、借金のない人間が買った。

 

「世の中どうなってんだ」

 

「信用が金になる」

 

 獅子堂が答えた。

 

「テメーが言うと、いい言葉が全部貸付広告に聞こえるわ」

 

     ◇

 

 武道館まで残り七十二日。

 

 黒崎麗奈との合同レッスンが始まった。

 

「何でこいつがいるんだよ」

 

 光はスタジオの鏡越しに麗奈を見た。

 

 麗奈はストレッチをしながら答える。

 

「私の事務所から頼まれたの。あなたを最低限テレビへ出せるくらいにしてほしいって」

 

「俺を野生動物の保護活動みたいに言うな!」

 

「今のあなた、顔と話題性だけだから」

 

「蜂にも稼いでもらってるぞ」

 

「自慢にならない」

 

 麗奈は相変わらず容赦がなかった。

 

 歌えば音を外した箇所を即座に指摘。

 

 踊れば姿勢を直す。

 

 光が休もうとすれば、

 

「武道館まで七十二日」

 

 と座席表を見せる。

 

「獅子堂と同じ脅し方すんな!」

 

「東京湾の画像もいる?」

 

「事務所を越えて共有されてんのかよ!」

 

 だが、麗奈の指導は的確だった。

 

 光の歌は少しずつ安定した。

 

 踊りも、以前のように三歩で転ばなくなった。

 

 五歩目までは持つ。

 

「成長したね」

 

「二歩で褒められる芸能界って何なんだ」

 

「あなたの基準だから」

 

「俺だけハードルが地面に埋まってんぞ!」

 

 休憩中。

 

 麗奈が隣へ座った。

 

 汗で張りついた髪を耳へかける。

 

 光は横目でその姿を見る。

 

 首筋。

 

 細い肩。

 

 スポーツウェアに包まれた胸。

 

 非常によろしくない。

 

 男としては。

 

「何見てるの?」

 

「人生のご褒美」

 

「殴るわよ」

 

「即座に没収された!」

 

 麗奈が水を飲む。

 

「ねえ。ひかりって、本当に男の人が苦手なの?」

 

 光は飲んでいた水を吹き出した。

 

「何でそうなる!」

 

「好きな男性のタイプを聞かれるたび、話を逸らすから」

 

「そりゃ――」

 

 男だからだ。

 

 男が好きな男のタイプを語れば、特殊な市場へ上場してしまう。

 

 かといって女が好きだと堂々と言えば、百合営業が加速する。

 

 どちらへ進んでも客層が増えるのが一番怖い。

 

「恋愛に興味ねえんだよ」

 

「初配信で私の胸が好きって言った人が?」

 

「あれは乳愛だ! 恋愛とは別腹だ!」

 

「最低」

 

「自覚はある!」

 

 麗奈は呆れながらも、少し笑った。

 

 光はその笑顔を見て、ふと黙る。

 

 かわいい。

 

 美人。

 

 そして近い。

 

 この状況だけなら、十八年間女に縁のなかった男の大勝利だった。

 

 今の自分が美少女アイドルでなければ。

 

 麗奈が光の額へ手を当てる。

 

「顔、赤いけど大丈夫?」

 

「触るな!」

 

 光は飛び退いた。

 

「何よ」

 

「汗! 汗で化粧落ちるから!」

 

 本当は別の場所が大丈夫ではなかった。

 

 麗奈に抱き寄せられたら、テーピングが一万人より先に決壊する。

 

「着替えてくる」

 

 麗奈が立ち上がる。

 

「ひかりも一緒に来る?」

 

 光の身体が硬直した。

 

「どこへ」

 

「更衣室」

 

 天国への扉が開いた。

 

 同時に、戸籍の火葬炉も開いた。

 

「い、行かない」

 

「どうして?」

 

「俺は汗を吸収して生きる生物だから!」

 

「気持ち悪い」

 

「自分でもそう思う!」

 

 麗奈が不思議そうに去っていく。

 

 獅子堂がスタジオの隅に立っていた。

 

「行けばよかったのに」

 

「男だってバレるだろ!」

 

「撮れ高はある」

 

「俺の下半身で特番組むな!」

 

 獅子堂は光の喉元を見る。

 

「声」

 

「何だよ」

 

「少しかすれてる」

 

 光は喉に手を当てた。

 

 朝から少し違和感があった。

 

 歌いすぎたせいだと思っていた。

 

「疲れてんだろ」

 

「病院」

 

「過保護かよ。気持ち悪いな」

 

「商品管理」

 

「心配されて一秒で台無しだよ!」

 

     ◇

 

 病院で、医師は光の喉を診察した。

 

「炎症はほとんどありません」

 

「じゃあ何でかすれたんです?」

 

 医師は少し考えた。

 

「声変わりの兆候かもしれません」

 

 光の目が輝いた。

 

「マジですか!?」

 

 十八年間。

 

 ずっと待っていた。

 

 男らしい声。

 

 電話で母親と間違われない声。

 

 カラオケで笑われない声。

 

 友人から「お前、本当に男か」と聞かれない声。

 

「やった……!」

 

 光は椅子から立ち上がった。

 

「ついに俺も男になれる!」

 

「もう戸籍上は男です」

 

「戸籍しか味方いなかったんですよ!」

 

 隣の獅子堂は無表情だった。

 

「止められますか」

 

「何を?」

 

「声変わり」

 

「人の成長を道路工事みたいに通行止めすんな!」

 

 医師が困惑する。

 

「声変わりを止める治療はできません。それに、兆候と断定もできません」

 

「いつ変わるんですか?」

 

「明日かもしれませんし、数年先かもしれません」

 

「どっちだよ!」

 

「個人差がありますから」

 

 獅子堂が予定表を見る。

 

「武道館まで七十日」

 

「医者を納期管理に巻き込むな!」

 

「声が変わったら損失」

 

「十八年待った成長を不良在庫扱いすんな!」

 

 光は喜びたいのか、焦るべきなのか分からなくなった。

 

 声変わりは、ずっと望んでいた。

 

 だが今は、その声で何千人もの客がチケットを買っている。

 

 武道館まで持たなければ。

 

 男としては誕生日。

 

 アイドルとしては命日。

 

「先生」

 

「はい」

 

「声変わりって、気合で延期できません?」

 

「できません」

 

「一万人に『今ちょっと成長期なんで延期します』って言えねえんだよ!」

 

「普通は成長を祝うところなんですが……」

 

「俺の人生、祝祭日と葬式が同日に来てんだよ!」

 

     ◇

 

 声変わり疑惑は、もちろん秘密にされた。

 

 獅子堂は光へ、

 

「喋りすぎないで」

 

 と命じた。

 

「俺から口を取ったら、顔とチンポしか残らねえぞ!」

 

「顔があればいい」

 

「俺の人格を添え物扱いすんな!」

 

 その日から配信時間は短縮。

 

 歌唱レッスンも制限。

 

 光は喉を守るため、筆談までさせられた。

 

 配信では、ホワイトボードへ文字を書く。

 

《今日は声を休めます》

 

 コメント。

 

《喉、大丈夫?》

 

《無理しないで》

 

《筆談ひかりちゃんかわいい》

 

 光は次の文字を書く。

 

《チケット買え》

 

《通常運転で安心した》

 

《喉を休めても営業は休まない》

 

《三枚買った》

 

「喋らない方が売れるね」

 

 獅子堂が言う。

 

 光はホワイトボードへ大きく書いた。

 

《テメーが黙れ》

 

 その画像もグッズになった。

 

「何でも売るなァァァ!」

 

 思わず叫んだ。

 

 獅子堂が眉をひそめる。

 

「喉」

 

「お前のせいで一回分減っただろ!」

 

     ◇

 

 武道館まで残り五十一日。

 

 販売済みチケット、五千二百十三枚。

 

 半分を越えた。

 

 その日の朝。

 

 光のスマートフォンへ、知らない番号から大量の通知が入った。

 

 SNSを開く。

 

 トレンド一位。

 

《天宮ひかり男疑惑》

 

「……は?」

 

 一件の投稿が、数万回拡散されていた。

 

《天宮ひかりの本名は天宮光。男子校卒業。男です》

 

 添付画像。

 

 高校の卒業アルバム。

 

 男子制服を着た光。

 

 名簿。

 

《天宮光》

 

 別の写真。

 

 カラオケ店で、男友達と肩を組む光。

 

 さらに、男子トイレへ入る後ろ姿。

 

「終わった」

 

 光の手からスマートフォンが落ちた。

 

「卒業アルバムが遺影に変わった……!」

 

 電話が鳴る。

 

 獅子堂。

 

「事務所へ来て」

 

「今、戸籍がネットに放火されてんだよ!」

 

「燃えてるね」

 

「見りゃ分かるわ!」

 

「注目は資産」

 

「今日は負債だ!」

 

 事務所へ着くと、社員全員が会議室に集まっていた。

 

 机には新聞。

 

 週刊誌。

 

 ネット記事。

 

『清純派美少女アイドル、実は男性か』

 

『借金三億アイドルに性別詐称疑惑』

 

『危険な真実は本当に股間にあった』

 

「蜂事件の伏線回収すんな!」

 

 光は記事を机へ叩きつけた。

 

「誰が流した!」

 

 鬼塚が答える。

 

「高校の同級生と思われます」

 

「卒業祝いに社会生命売りやがったな!」

 

 母親が震えている。

 

「どうしましょう、光」

 

「母さんのせいだろ!」

 

「私、何も流してないわよ!」

 

「三億作った時点で人生全部流れてんだよ!」

 

 父親が拳を握る。

 

「父さんが説明する!」

 

「テレビに出たら借金の詳細まで増える! 座ってろ!」

 

 獅子堂は無表情で記事を見ていた。

 

「会見する」

 

「何て言うんだよ」

 

「否定」

 

「証拠出てるぞ!」

 

「偽物」

 

「卒業アルバムまでCG扱いすんのか!」

 

「診断書も用意した」

 

 獅子堂が封筒を差し出す。

 

 光は中身を読む。

 

《性別証明書》

 

「こんな書類、医学界に存在すんのか?」

 

 下を見る。

 

《獅子堂アニマルクリニック》

 

「犬猫病院じゃねえか!」

 

「雌雄判定には強い」

 

「人類を診察させんな!」

 

「判定、雌」

 

「俺の股間より医師免許を疑え!」

 

 鬼塚が別の紙を出す。

 

「会見用の回答です」

 

 光は読む。

 

《男子校へ通っていた理由》

 

《芸能活動前の役作り》

 

《男子トイレを使っていた理由》

 

《女子トイレが混雑していたため》

 

《男性用下着の購入履歴》

 

《通気性を重視》

 

「誰が信じるんだよ!」

 

「押し切れば」

 

「記者会見を相撲と勘違いすんな!」

 

 獅子堂が光を見る。

 

「認めたら終わる」

 

 会議室が静まった。

 

「スポンサーは撤退。番組は降板。チケットも返金」

 

「……分かってる」

 

「五千人が離れる」

 

「分かってるよ」

 

 光は診断書を握りしめた。

 

 男だと認めるわけにはいかない。

 

 今までの苦労が全部消える。

 

 武道館も終わる。

 

 東京湾は――借金が返せていなければ、本当に待っている。

 

「否定する」

 

 光は言った。

 

「何が何でも誤魔化す」

 

 獅子堂がうなずく。

 

「売れる回答をして」

 

「俺の無実より売上優先すんな」

 

     ◇

 

 記者会見場には、百人近い記者が集まっていた。

 

 カメラ。

 

 照明。

 

 生配信。

 

 光は白いドレス姿で席へ座る。

 

 獅子堂は隣。

 

 鬼塚は壁際。

 

 テーブルの下には、念のためコンクリートブロックの写真が置かれている。

 

 逃げ場がない。

 

 司会者が説明を終える。

 

 質問が飛んだ。

 

「天宮さん。男子校へ通っていたという記録がありますが?」

 

 光は用意された回答を読む。

 

「女子力を鍛えるためです」

 

 会場がざわつく。

 

「男子校で?」

 

「男の中でしか磨けない女らしさもあります」

 

 何を言っているんだ俺は。

 

「男子トイレへ入る姿も撮影されています」

 

「女子トイレが混んでいました」

 

「周囲に人はいませんが」

 

「俺の心の中では混んでました」

 

 記者の目が冷たくなる。

 

「男性用下着の購入履歴については?」

 

「通気性です」

 

「股間部分の構造が異なりますが」

 

「夢を入れるスペースです」

 

 獅子堂が隣で小さく親指を立てた。

 

「褒めんな! 俺の信用が今、床下まで掘られてんだぞ!」

 

 つい口に出した。

 

 記者たちが一斉にペンを走らせる。

 

「今、『俺』とおっしゃいましたね?」

 

「一人称が俺の女です!」

 

「本名が天宮光という点は?」

 

「芸名です!」

 

「芸名は天宮ひかりでは?」

 

「光の方が裏芸名です!」

 

「裏芸名とは?」

 

「裏アカウントみたいなもんです!」

 

 自分で前任グループの傷口へ塩を塗った。

 

 会場がさらに騒がしくなる。

 

 別の記者が写真を掲げた。

 

 高校の水泳大会。

 

 上半身裸の光。

 

「こちらについては?」

 

「昔の俺です」

 

「現在と同一人物だと?」

 

「過去の俺は男でした」

 

 会場が止まった。

 

 獅子堂が初めて光を見る。

 

「現在は?」

 

 記者が聞く。

 

 光は汗だくになった。

 

「成長して……」

 

「性別が変わった?」

 

「人間には可能性がある!」

 

「医学的な説明を」

 

「可能性を医学で縛るな!」

 

 完全に負けていた。

 

 さらに決定的な画像がスクリーンへ映される。

 

 光の高校時代の健康診断票。

 

《性別:男》

 

 光は椅子の背にもたれた。

 

 もう無理だ。

 

 誤魔化せない。

 

 獅子堂を見る。

 

 いつもの無表情。

 

 光を助ける気配はない。

 

 そもそも、この男は最初から光を助けたことなど一度もなかった。

 

「最後に確認します」

 

 記者が言う。

 

「あなたは、男性ですか?」

 

 光は用意された原稿を見た。

 

《事実無根です》

 

 この一言を言えばいい。

 

 証拠があっても否定し続ければ、信じたいファンは信じるかもしれない。

 

 武道館へ行けるかもしれない。

 

 だが。

 

 前任のホワイトリリーは、裏でファンを馬鹿にしていた。

 

 表では清純を演じ、裏では嘘を吐いた。

 

 光は、あいつらと違って裏表がないから信用できると言われてきた。

 

 嘘だった。

 

 性別だけは、最初から嘘だった。

 

 記者席の向こうに、生配信のカメラが見える。

 

 五千人。

 

 光の悪態へ金を払った人間。

 

 歌詞を忘れた時、一緒に歌った人間。

 

 蜂に刺された時、本気で心配した人間。

 

 老人ホームで、半年生きると笑った人間。

 

 光は原稿を丸めた。

 

「男だよ」

 

 会場が爆発した。

 

 シャッター音。

 

 怒号。

 

 記者の声。

 

 獅子堂は動かない。

 

「俺は男だ」

 

 光はもう一度言った。

 

「十八歳。声変わりしてねえ。女みたいな顔で、女みたいな声で、親が借金三億作ったせいで美少女アイドルやらされてる」

 

 記者が立ち上がる。

 

「ファンを騙していたことについては!」

 

「騙してたよ!」

 

「悪質だという自覚は?」

 

「ある!」

 

「では謝罪を――」

 

「でもな!」

 

 光は机を叩いた。

 

「前の五人は清純派名乗って、酒飲んで、彼氏三人作って、ファンを裏でチー牛だの財布だの言ってた!」

 

 獅子堂が小声で言う。

 

「一人、彼氏は二人」

 

「訂正すんな! 誤差だ!」

 

 光はカメラを睨む。

 

「俺は男だ!」

 

「酒は飲んでねえ!」

 

「彼氏もいねえ!」

 

「ファンの悪口は――」

 

 一度言葉を切る。

 

「本人の前で言ってる!」

 

 会場の空気が変わった。

 

「どっちが清純だコノヤロー!」

 

 数秒の沈黙。

 

 どこかで記者が吹き出した。

 

 別の場所でも笑いが起きる。

 

 光は止まらなかった。

 

「ファンを金づるだと思ってる!」

 

「思ってるけど、借金してまで買う奴は止めた!」

 

「歌詞を忘れたら客に歌わせた!」

 

「蜂に刺されたら最低の駄洒落も言った!」

 

「胸がでかい女が好きだ!」

 

「黒崎麗奈の胸も好きだ!」

 

 獅子堂が光の袖を引いた。

 

「そこは不要」

 

「今日くらい全部吐かせろ!」

 

 光はカメラへ指を突きつける。

 

「半年も男に向かって『天使』『お姫様』『産んでくれてありがとう』とか言って金払ってたテメーらも同罪だ!」

 

「俺よりお前らの方が恥ずかしい!」

 

「胸張って生きろ!」

 

 記者席の後ろで拍手が起きた。

 

 誰かが笑っている。

 

 誰かが怒鳴っている。

 

 誰かが「最低だ」と叫んだ。

 

 光は息を切らした。

 

「武道館のチケットは、返したけりゃ返せ!」

 

「男を見る趣味はねえって奴も返せ!」

 

「騙されたって思う奴も返せ!」

 

 喉が震える。

 

「でも、まだ来るって奴がいるなら」

 

 光は一瞬だけ目を伏せた。

 

「俺は最後まで立つ」

 

 会場が静かになった。

 

「男でも、美少女でも、どっちでもいい」

 

「天宮ひかりを見たいって奴が一人でもいるなら」

 

「そいつから二千円取る!」

 

「最後で金に戻るな!」

 

 記者席からツッコミが飛んだ。

 

「武道館はもっと高い! 一枚九千八百円だ!」

 

 獅子堂が訂正した。

 

「今そこ宣伝すんな!」

 

 会見場に、初めて大きな笑いが起きた。

 

     ◇

 

 会見後。

 

 世界は光に優しくなかった。

 

 スポンサー三社が撤退。

 

 テレビ番組四本が降板。

 

 雑誌の表紙も取り消し。

 

 武道館チケットは、払い戻しが殺到した。

 

 五千二百十三枚。

 

 四千。

 

 三千。

 

 二千。

 

 数字が減っていく。

 

 翌朝。

 

 販売済み、千九百八十六枚。

 

「三千人消えた……」

 

 光は座席表を見上げた。

 

 赤く塗った席が、白へ戻されている。

 

 最初の頃よりは多い。

 

 だが、半分まで来ていた景色は消えた。

 

 母親が泣く。

 

「ごめんね、光」

 

「だから母さんが泣くと借金増えそうで怖えんだよ」

 

 父親が言う。

 

「父さんが武道館の席を全部買う!」

 

「何でまた借金する前提なんだ!」

 

 麗奈から連絡はない。

 

 事務所から接触を止められているらしい。

 

 光は椅子へ座り、顔を両手で覆った。

 

「終わったな」

 

 獅子堂が言った。

 

「テメーが言うと、本当に海へ連れていかれそうだからやめろ」

 

「辞める?」

 

 光は顔を上げる。

 

「辞めたら東京湾だろ」

 

「借金は返せた」

 

「……は?」

 

「配信、物販、広告、出演料。天宮家の元金と利息は回収済み」

 

 獅子堂が契約書を置く。

 

《完済》

 

 光は紙を見る。

 

 何度も見る。

 

「いつ返し終わった」

 

「二週間前」

 

「何で言わなかった!」

 

「言ったら辞めるかもしれない」

 

「当たり前だろ!」

 

「武道館が空く」

 

「俺の人生を空室対策に使うな!」

 

 光は完済証明書を握る。

 

 もう自由だった。

 

 女装する必要もない。

 

 アイドルを続ける必要もない。

 

 男だとバレる恐怖もない。

 

 東京湾もない。

 

「辞めてもいいんだな」

 

「好きにして」

 

 獅子堂は無表情だった。

 

 引き止めない。

 

 期待もしない。

 

 商品価値がなくなったから捨てるのか。

 

 それとも、本当に光へ選ばせているのか。

 

 分からない。

 

 光は立ち上がった。

 

「辞める」

 

 言った。

 

 これで終わり。

 

 普通の男へ戻る。

 

 専門学校へ行く。

 

 彼女を作る。

 

 黒崎麗奈のような美人は無理でも、優しくて胸の大きい女性と付き合う。

 

 もうスカートも履かない。

 

 股間をテーピングされない。

 

 蜂に刺されても堂々と脱げる。

 

 最高だ。

 

 光のスマートフォンが鳴った。

 

 メッセージ。

 

 シロユリ一筋十八年。

 

《男でも応援します。チケット、買い直しました》

 

 次。

 

 山本。

 

《生活費を確保したので一枚だけ買い直します》

 

 高齢者施設の老婆の孫。

 

《祖母が、約束したから行くと言っています》

 

 地下ライブでサビを歌った男。

 

《古参にされた責任を取ります》

 

 一枚。

 

 また一枚。

 

 返金で減り続けた数字が、止まった。

 

 千九百八十六。

 

 千九百八十七。

 

 千九百八十八。

 

 増え始める。

 

 光は画面を見つめた。

 

「……見る目ねえ奴ばっかだな」

 

 声が少し震えた。

 

 獅子堂が聞く。

 

「辞める?」

 

 光は座席表を見た。

 

 白い席が多い。

 

 あまりにも多い。

 

 でも、赤い席は残っている。

 

 男だと知った上で。

 

 騙されていたと知った上で。

 

 それでも金を払った人間がいる。

 

「武道館まで、あと何日だ」

 

「五十日」

 

「空席」

 

「八千くらい」

 

「細かく言え!」

 

「八千十一席」

 

「増えてんじゃねえか!」

 

「関係者席を調整した」

 

「このタイミングで敵を増やすな!」

 

 光は完済証明書を机へ置いた。

 

「辞めねえ」

 

「借金はない」

 

「知ってる」

 

「東京湾もない」

 

「分かってるよ」

 

 光は座席表の赤い点へ指を突きつけた。

 

「こいつらがいる」

 

「ファン?」

 

「金づるだ」

 

「最低だね」

 

「俺を男だって知っても逃げなかった、救いようのねえ金づるだ」

 

 光は鼻をすすった。

 

「ここまで付き合ったんだ。最後まで道連れにする」

 

 獅子堂が少しだけ目を細めた。

 

「売れるね」

 

「今さら商品評価すんな」

 

「じゃあ、続ける?」

 

 光は笑った。

 

「武道館、埋めるぞ」

 

 その直後。

 

 鬼塚が会議室へ飛び込んできた。

 

「大変です!」

 

「今度は何だ!」

 

「記者会見の発言が拡散されています!」

 

 画面を見せる。

 

 トレンド一位。

 

《俺よりお前らの方が恥ずかしい》

 

 トレンド二位。

 

《どっちが清純だ》

 

 トレンド三位。

 

《黒崎麗奈の胸》

 

「最後のやつ消せェェェェ!」

 

 さらに速報。

 

《黒崎麗奈、「私の胸の話は必要なかった」とコメント》

 

「本人コメント出しやがった!」

 

《ただし天宮ひかりの武道館は応援する》

 

 光の動きが止まった。

 

 武道館チケットの販売数が跳ね上がる。

 

 二千。

 

 二千五百。

 

 三千。

 

「麗奈のファンが流れてきてる」

 

 獅子堂が言った。

 

「今度は何目的だ」

 

「胸の説明を求めて」

 

「武道館を公開セクハラ裁判にすんな!」

 

 獅子堂がカメラを回す。

 

「今の使う」

 

「撮るな! 記者会見終わって五分で再犯すんな!」

 

 販売済みチケット、三千八百。

 

 武道館まで、残り五十日。

 

 男だとバレた。

 

 スポンサーも消えた。

 

 声変わりも迫っている。

 

 それでも天宮ひかりは、アイドルを辞めなかった。

 

 借金のためでもない。

 

 東京湾を避けるためでもない。

 

 自分を男だと知っても残った、救いようのない馬鹿たちを、全員まとめて武道館へ連れていくためだ。

 

「よし」

 

 光は座席表を睨んだ。

 

「残り六千二百人」

 

「どうする?」

 

「一人につき五枚買わせる」

 

「人数計算が合わない」

 

「うるせえ! アイドルに算数求めんな!」

 

 獅子堂が静かに答えた。

 

「君、高校卒業したよね」

 

「卒業アルバムが男バレに使われた時点で学歴は捨てた!」

 

 炎上はまだ終わっていない。

 

 武道館への道は、性別を失ってさらに燃え上がった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。