次の日の早朝、店主は他の少女達が起きるよりも早くに厨房に来ていた
(さて、カレーは寝かせておくとして…どうするか。…ん?)
厨房の机を見ると、1枚の紙が置かれていた
『おいしかったです。
よくできましたね』
「・・・変わった手紙だな」
店主がそれを読んでいると、厨房の扉が開かれた。その音の方を見ると、遠野ハンナが厨房に入ってきた
「おはようございますわ、店主さん」
「ああ、おはようハンナ。早いな」
「店主さんほどじゃありませんわ…あら、それは?」
「ああ、誰かが書いてくれたらしい。…よく見ると、ご飯もカレーも少し減っているな」
「あら…昨夜はみんなよく眠っていたはずですのに…」
「そうなのか?」
「ええ。部屋に戻ったあとすぐにみなさんの寝息が聞こえてきましたから、おそらく間違いありませんわ」
「そうか。不思議なこともあったもんだな」
「そうですわね…それで?今日は何を作るんですの?」
「ああ、昨晩の余りの米を使っておにぎりと…適当に山菜の味噌汁でも作るとしよう」
店主は紙を折りたたんでポケットにしまい込んだ
「…本当に好きですのね。おにぎりと味噌汁」
「ああ。料理を作れるようになってから初めて作った思い出の料理だからな。それに食べやすくて美味い」
「それに関しては同意ですわ。おにぎりの具は?」
「梅干しとおかかだ。具材は荷物の中に入ってる」
「わかりましたわ」
ハンナは店主の持ってきたリュックから梅干しと調味料一式を取り出した
「おにぎりの方は任せるぞ」
「ええ、おまかせあれ!」
そうして2人は調理を始めた
〜〜〜
「う〜ん…ふああ…おはよう、ハンナくん…ハンナくん?」
レイアが目を醒めると、そこには同室のハンナの姿はなく、独房の鍵は開いていた
「どこに行ったのだろう…?」
レイアは独房から出て、牢屋敷を探すことにした
1階に上がると、何やらいい香りがレイアの花をくすぐった
「…ふむ?この香りは…昨晩嗅いだものとは違うが、何かこう…心地の良い香りだね」
レイアがその香りを辿ると、昨晩と同じように厨房にたどり着いた
「ふむ…あの人が何かやってるようだね…と、あれは…ハンナくん?」
レイアは目を疑った
店主の隣でハンナが白い物体を手に取ってそれを握っていた
「あれは…なんだろう?」
レイアは厨房の入り口から観察を始めた
〜〜〜
「昨晩のやつだから少し硬いが、大丈夫か」
「ええ、問題ないですわ。…いっつも馬鹿力の相手をしてましたからね」
「…拉致られてから数日しか経ってないはずだが…」
「あ…そ、それは…」
「まぁいい。それほど仲のいい友人ができたんだろう?喜ばしいことじゃないか、いい土産話ができたな。帰ったらあいつらに話してやるといい」
「…ええ、そうですわね」
「そして…おい、そこで見てる奴。入ってくるといい」
「え?」
店主が声をかけると、入り口からおずおずとレイアが入ってきた
「…気がついていたんだね」
「ああ。自然界では獲物に気づかなきゃ生きていけないからな」
「君は一体何と戦っていたんだい?」
「野生生物とな。それより手伝え」
「え?」
「おにぎりを握るのを手伝え。ハンナ、やり方を教えてやるといい」
「はいはい。レイアさん、こっちにきて欲しいですの」
「あ、ああ…」
「あ、それより先にまずは手を洗ってくださいます?そこの水道で」
「わかったよ。…これは?」
レイアは蛇口に吊られているネットに入った固形の物体を見て疑問を抱いた
「固形の石鹸ですの。水を濡らした手で擦れば泡立ちますのよ」
「へぇ、こんなのがあるんだ…今までは泡の石鹸しか使ったことが無かったから、知らなかったよ」
レイアは手を洗った
「それで、何をすればいいのかな?悪いけど、これまでの人生でこう言ったことはしたことがなくてね」
「なにもレイピアで投げられたリンゴを突けっていうわけじゃありませんわ。おにぎりを作りますのよ」
「・・・おにぎり?」
「このお米を握って作るんですの。こうやって…」
ハンナは米を取り形を整えた
「そして、中心部に具材を入れる」
形を整えた米の中心に梅干しを入れ、そこに米を追加で取って握り、再度形を整えた
「…これで、完成ですのよ」
「おお…!手際がいいね」
「当たり前ですわ。何度も繰り返して握ってきたんですもの。レイアさんにもできますわ」
「じゃ、じゃあ…」
レイアは米を手に取った
「…案外固くて、それでいて少し柔らかいね」
「昨晩のものを使ってますから」
「それでいて、弾力もある…握るのに少し力がいるね。たしか、こう…あっ」
レイアは力を入れすぎたのか、思ったより小さくなってしまった
「こ、これは…」
「ああ、力を入れすぎましたのね。私もよくやりましたわ」
「えっと、次は具材を入れて…これを、被せるように…あ、あれ?」
「今度は力を入れなさすぎですわね。お米がぽろぽろと…」
「う、うぐぅ・・・」
こうしてレイアが握ったおにぎりは、それ以降も形が不揃いなおにぎりを量産し続けた
〜〜〜
「…ん、これくらいだろう。ハンナ、そっちは…」
店主がハンナの方を向くと、そこにはハンナが握ったであろう綺麗な形をしたおにぎりと、レイアが握ったであろう形が不揃いなおにぎりが揃っていた
「…ふむ」
「あ、店主さん。そっちはいいんですの?」
「ああ、こっちは問題ない。…で、そっちは…」
ハンナの後ろで、レイアは体育座りをして項垂れていた。厨房の端で頭も伏せていて、落ち込んでいるようだ
「…なぁハンナ」
「聞かないでくださいまし」
「…はぁ。おいレイア。顔を上げろ」
「なんだい?…笑いたまえ、簡単だと思ったら思ったより難しくて失敗作を量産してしまった私を笑いたまえよ…」
「はぁ…ハンナ、レイアが作ったのをくれ」
「いいですわよ」
ハンナはレイアが握ったおにぎりを店主に渡して、店主はそれを一口食べた
「あ、それは…」
「…なんだ、美味いじゃないか」
「え…?」
「大したもんだな。多少形は悪いが…まぁ些細なことだ。ハンナ、食ってみるといい」
「ええ、それじゃあひとつ」
ハンナもレイアの作ったおにぎりを一口食べた
「あら、ぜんぜん食べれますわよ」
「そ、そう…なの、かい?」
「ほれ、自分で食ってみるといい」
ハンナはレイアにおにぎりを手渡した。レイアは目を瞑って手渡されたおにぎりを一口食べると目が見開かれて、困惑した表情を浮かべた
「え…え?これ…私、が?」
「ああ、お前が自身の手で握ったものだ。…どうだ」
「…おい、しい」
「ああ、そうだな。特に初めて自分で作ったものだ、より美味いだろうさ。そうだろうハンナ」
「ええ。自分で作った料理を食べると、格段に美味しく感じますわね」
「…だ、そうだ」
「…そ、そう、か…」
「…よっし、それじゃあ再度手を洗ってくれ。そしたらこれらを食堂に持っていく」
「これらを…これらって、その…私の握ったのを!?」
「ああ、せっかく作ったのなら食べないとな」
「い、いやいや…私が握ったのは、その…失敗作で。ハンナくんか握ったものの方が、その…」
「はぁ〜〜〜…」
レイアの言葉に、ハンナは大きくため息をついた
「は、ハンナくん…?」
「あのねぇ、レイアさん?あれが失敗作?とんでもありませんわ」
「え?何を…」
「あんなのは失敗作でもなんでもありませんわ。そもそも、料理に失敗作なんてものはないんですのよ。それにたとえ失敗しても、それを改善できれば問題ないですの」
「は、ハンナくん…」
「…ほれ、運ぶから早よ手伝え」
「あ、ああ!任せたまえ!」
そう言ってレイアへおにぎりがなったお盆を持って厨房から出て行った
「…お前も言うようになったな」
「ええ。…あんな顔をしたレイアさん、見てられませんもの」
「そうか…んじゃ、俺たちも行くか」
「ええ、そうですわね」
店主とハンナもそれぞれ料理を持って、厨房を出た
〜〜〜
その日の朝食、食堂では賑わっていた
「おいしい…!ハンナちゃん、これって…?」
「おお!おにぎりですね!おいしいです!」
「手に持ちやすくて食べやすいね…この汁物も美味しい」
「ズズズ…熱い」
店主とハンナはそれを少し離れたところから見ながら朝食を食べていた
「…やっぱり、こうして他の方々が美味しく食べているのを見るのもいいものですわね」
「そうだな。そして…」
少女達が食べているおにぎりには、ハンナが握った形が整っているおにぎをも、レイアが握った形が不揃いなおにぎりも、少女達は気にせずに食べていた
「…あれを見て、失敗作だなんて思うか?」
「全く思いませんわ。…ズズズ、ふぅ」
「…いいだろうか」
店主とハンナが話しながら食べていると、そこにレイアが料理を持って近づいてきた
「ああ、いいぞ」
「いいですわよ」
「ありがとう」
レイアは料理を乗せたお盆を机に置き、席についた
「…まさか、あんな失敗作でもみんな手に取って食べてくれるとは思わなかったよ」
「ハンナも言ってたと思うが、あんなのが失敗作なわけないだろう」
「…店主さんがこれまでやってきた中で、失敗作だと思ったものは何かな?」
「これまでにこの世に作り出された料理全て(ただし自分が作ったものは除く)」
「ええ…?」
「気にしない方がいいですわよレイアさん。これに関しては私も完全に同意ですわ」
「ハンナ君まで!?」
「これまでに食べてきたものと店主さんと作ったものとを比べたらこの世界の食べ物はカス同然ですわ」
「ハンナくん!?」
「それによ…俺にとって、お前らみたいな育ち盛りが美味い飯食って喜んでるのを見るのが、1番の報酬だ」
「…」
店主の言葉に、レイアは言葉を失った
「…ほれ、さっさと食っちまえ」
「あ、ああ」
レイアはおにぎりを食べ始めた
そして食べ終えると席をたった
「…私も、たまに…手伝ってもいいかな」
「構わん。邪魔しにこないのなら歓迎しよう」
「そうか。…ありがとう」
そう言ってレイアはその場を去った
ぶ ん な げ
タグにボーイズラブがあったので消しました。何を考えたんだ俺よ…