生命を編む者   作:ズンドロ

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魔女のありふれた一日

 ある路地裏で少女が泣いていた。彼女は別に悪いことはしていないし、別れ話をした後でもない。ただ少しおつかいをお願いされて、言いつけを少しやぶって人通りの少ない近道を通っただけだ。彼女を複数人の柄の悪い男たちが囲んでいる。

 

「お嬢ちゃん、ちょっぴり俺らにお手伝いしてほしいんだ」

「ひっでえ。この間やりすぎて自殺しちまったじゃんかよ」

「うっせえ今回は優しくするぞ…………ほんとにウィジランテたちこねえのな」

 

 少女の口に布が詰め込まれる。一人も助けに来ない。ウィジランテたちは既に国家の監視下にあり、ヒーローと綿密な計算ネットワーク下で活動しているからだ。彼らは価値が高いルートを巡回する。この道のような犯罪件数も少なく、人通りもほとんどない場所は、巡回の優先順位から外れていた。

 

「安心しな。俺ら経験ほーふだから」

「ほらいつものだ。付けろよ」

「わーかってる。お楽しみは最後だろ?」

 

 少女は身じろぎをして逃げようとする。だがしっかりとつかまれた体は動きもしない。口に詰め込まれた布が唾液を吸って嫌な感触になってきた。

 少女の視界の端を、半透明の何かがふわりと横切った。

 

(クラゲ?)

 

 水族館で見るような、ライトアップされたミズクラゲだ。それの傘に腫瘍のようなものができていた。否、それは胚だ。その胚が瞬きをする間にも成長を始めた。二つに分かれ、それが四つに分かれた。分裂が加速し形を成し始める。そして胎児の形になったとき停止をした。

 その胎児と少女の視線があう。乱暴されそうになっていることさえ、意識の外へ押しやられた。

 

「「「助けてほしい?」」」

 

 見上げると、数えるのも億劫になるほどの胎児が、それぞれクラゲの中から少女を見つめていた。少女は数センチ首を縦に振った。そしてその声を聞いた男たちは上を見上げ動きが止まった。そして一人の男が隣の男に視線を向ける。

 

「……………は?お前、俺をだまそうとしてないよな?」

「いや、…編集はしたことあって……だから何だよコレ?」

 

 胎児がクラゲの傘からこぼれ落ちる。次の瞬間、それは雨のように少女と男たちへ降り注いだ。そして一点に向けて蠕動を始める。少女の近くにいるクラゲが胎児を集め始めた。誰一人動けず、ただその異様な光景を見守っているしかなかった。

 クラゲが大きくなり、胎児が融け白い骨組みを作り出す。そして神経が骨組みに合わせて繁茂する。肉が人間の女の形を成し始めた。クラゲの触手が変色し、変形し服と化した。最後にクラゲの傘が帽子に変化して、女の白い手がその帽子を自分の頭に被せる。

 

「いいでしょう。助けてあげますよ」

「なんなんだお前は、何だお前は?」

 

 女が一歩進む。男たちは少女から手を放して、一歩後ずさりした。女は男たちを一瞥すらしない。女の白くて細い手が少女の口から布を取り去った。女は足を曲げ、少女と視線を合わせる。少女は恐怖で固まり、口を開くことはできなかった。

 

「本当に助けてほしいですか?」

 

 かろうじて少女は頷いた。そして女は微笑みを浮かべたまま少女の顔を撫でる。そして。

 

パアッン

「人に問われたら言葉で返しましょうね」

 

 平手打ちを少女に放った。少女の小さな体はいともたやすく地面を転がる。それを女はいとおしそうに見ていた。女は倒れこむ少女に手を伸ばし、また口を開く。

 

「本当に助けてほしい?」

「はい……………はい。助けて」

「わかりました。助けてあげます」

 

 そうして少女を起き上がらせた女は男たちに視線を向ける。一人の男が前に出てきた。

 

「ただの女だ。ビビる必要もねえ。囲め」

「いえ、もう終わっていますよ」

「なに……………なんだぁああ」

 

 男たちの肌に鱗が生え、首筋に線が走った。一人の男の呼吸が引っかかるのを感じた。違和感を覚えた男が首筋に触れると赤い襞が露出した。

 

「近くの公園に池がありますので、そこで暮らしてください」

 

 男の一人が反射的に瞬きをしようとした。しかし瞼が閉じない。男が手で触れてみると、瞼が無くなっていることに気が付いた。触れようとした手が思うように開かない。指の間が引きつるような違和感を覚え、男は自分の手を見た。水かきがそこにはあった。男は反射的に深く息を吸い込もうとした。胸が上下するばかりで息が入らない。

 

「早くしないと窒息してしまいますよ」

 

 男の一人が駆け出した、他の男たちもそれにつられるようにその男の後を追う。

 女は踵を返して夜の道に消えた。少女はただそれを呆然と見ていた。

 

 

 私は行きつけのカフェでのんびりとした時間を過ごしていた。しかし、急な客人が来ました。連絡は入れてほしいのですけど。

 

「あら、警視さん。なにか用ですか?」

「犬谷公園の池で不審な生物が見つかった……今度は何にした」

 

 不思議なことをいう警視さんですね。見ての通り魚でしょう。いえ、私の口から聞いて確認しないといけないのでしたね。

 

「魚です。病気にならないようにしてありますので放っておいても大丈夫ですよ」

「……………そうか。後で連絡をする。ヒトに戻す協力要請が出るかもしれん」

「わかりました。コーヒー代支払っておいてくださいね」

 

 警視さんがコーヒーを飲み干し、机に二千円を置いて去っていった。返事くらいはしてほしいのですが。無視されたようで寂しいです。

 

「店員さん。チョコレートケーキ一つお願いします」

「かしこまりました。店長チョコケーキ一つ」

 

 私は少しあくびをして、窓の外を見る。灰色の寒空の下で車が行き交っていた。ここからの眺めは変わりませんね。

 

「チョコレートケーキです。これはサービスのミルクティーです」

「あら、いいんですか」

 

 思わぬ幸福が転がり込んできましたね。チョコレートケーキを一口、それからミルクティーも。甘いチョコレートの味がミルクティーの優しい風味に溶けていく。

 

「ふぅ。ごちそうさまでした。店員さんお会計を」

「二千三百円です……………丁度いただきました。またのご来店をお待ちしています」

 

 カフェから出ると、からっ風が身に染みますね。コートを目深にかぶった人たちが早足で道を歩いて行きます。

 そうだ、図書館で借りた本を返さなければ。そろそろ期限だったと思います。

 

 枝を伸ばす。翼が実る。私は羽ばたき、家路を急ぎました。

 

 

 

 私は警察署の近くにある釣り堀に呼ばれました。まったく警察は人使いが荒いですね。警視さんと見知らぬ女性が釣り堀の近くのベンチに座っていました。私を認識すると立ち上がり、釣り堀の一つを指さします。その中に人影が移動していました。

 

「例のがこの中にいる。治せるか?」

「あら?知能は無くしていないはずなのですが」

「彼らを日常生活を送れるようにしてほしい」

 

 魚として日常生活を送っているでしょうに。何を直せと?それに私を見たら底に逃げてしまいました。彼等は私を恐れていますね。ちょっと悪事を止めさせただけで。少し傷ついてしまいます。

 

「ああ、言い方がマズかったな。彼らを刑務所で過ごさせるような生態にしてほしい」

「なるほど。しました」

 

 私は彼等の鰓をなくし、肺を作りあげます。浮き上がってきた彼らの水かきもなくしましょう。不便でしょうから。あとは乾燥しないように瞼を付けて。これで十分ですね。

 

「先輩。これが人なんですか。半魚人みたいなんですけど。あの人何なんですか」

「これから長い付き合いになる」

「嘘でしょ」

 

 新人さんでしたか。ちょっと生態がかわったくらいで大げさですね。

 何人かの警察の方が駐車場から降りてきた。警察官たちは彼等に手錠を掛け、そのまま連行していった。

 

「オオアオオアオアイ」

「モモモ モ」

「しっかり歩け」

 

 おっと、声帯を戻すのを忘れていました。供述に必要なので戻しておきましょう。あと皮膚もついでに乾燥に強くしておきましょうか。

 

「あの女を逮捕しろ」

「息ができる。俺生きてるよお母さん」

「余計な口を開くな。暴れるな」

 

 警察の方々は大変ですね。あのような乱暴な人たちと相対する必要があるのですから。それに、釣り堀の水で濡れたままの人たちと肩を組んで寒くないのでしょうか。

 

「胚咲。こいつが今日からお前の担当刑事だ。連絡はこいつにしろ」

「え、マジすか先輩冗談と言ってください。嘘ですよね?……………っす。足土 学っす」

「足土さん。これからお願いしますね」

 

 楽しそうな刑事さんが担当になりましたね。と言っても、私のような善良な一市民に警察が関わることなど、そうそうあるはずもないですが。

 

「胚咲さん?その手に持っているのは何ですか。ずっと気になっていたんですけど」

「ああ、通りすがりの人の腫瘍です。悪性のものだったので早めに取り除きました。いらないので、あげます」

「えっ。い、いやいやいやいや」

 

 私は足土さんに腫瘍を渡し、釣り堀から出て行きます。今日のお昼は何にしましょうか。

 

「先輩どうすればいいんですか?コレ」

「汚いものをこっちに向けるな。あっ、お前のスーツに血付いてるぞ」

「あ”-新品なのに」

 

 久しぶりに焼肉にしましょうか。ホルモンとか頼みましょう。

 

 

 なんで私は見知らぬ人から見知らぬ人の腫瘍を貰ったんだろう。私は努力をして刑事になった。この国で一番の大学を出て、一番の成績で警察の門戸を叩いたのに、なんでこんなことになったんだろう。そういえば配属先を先生に言ったとき、不思議な顔でご飯奢ってもらったけ。先生、知っていたならもっと早く言って欲しかったっす。

 

「あいつは、胚咲は異常能力犯罪対策室の中で一番の新人が担当になるから、問題があったら他の奴に質問とかしろな。間違ってもやめるんじゃないぞ」

「なんでそうなるんですか。普通、もっと安全な人を最初に付けるんじゃないすか?」

「本当に対応を間違えても死にはしないからだ。………そういうわけで新人が対応する。他の奴はどうしても破ったら殺す線引きがあるからな。異常能力者はだいたいそうだ」

 

 私、入る所間違えたかな?国家公務員になって両親とか滅茶苦茶喜んで、私もお世話になった警察の恩返しができるとか思ってたんだけど。あれ、なんで、人肉を素手で持っているんだろ。

 

「安心しろ、対策室の奴らは親身になってお前を逃がさ………助ける」

「今、逃がさないとか言いかけましたよね。先輩こっちを見るっす」

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