第64異邦落着群 ~百人いた転生者は、夜明けには十八人になった~   作:ハイヨゴミ

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第四話 十八人の朝

 朝になっても、18という数字は増えなかった。

 

 昨夜まで岩場の周囲を行き来していた声は消えている。白い霧は地面の近くに残っていたが、枝葉の隙間から薄い光が差し込み、暗闇に隠れていた木々の奥まで見えるようになっていた。

 

 鳥に似た鳴き声が、遠くから聞こえる。

 

 夜が終わった。

 

 それだけで、森が安全になったように錯覚しそうになる。

 

「もう一度、名前を確認します」

 

 久保田さんが岩壁に背を預けたまま言った。ほとんど眠っていないはずなのに、声ははっきりしている。

 

 エマが膝の上へ紙を広げ、林さんがその隣に座った。紙には、名前だけでなく、怪我をした場所、食べた物、岩場へ来た方向まで書き込まれている。

 

「呼ばれたら返事をしてください。本人が答えられない場合は、近くの人が教えてください」

 

 一人ずつ名前が呼ばれる。返事が返るたび、エマが名前の横へ印をつけた。

 

 俺の番が来た時、声を出すだけなのに少し緊張した。

 

「瀬川直人」

 

「はい」

 

 名前の横へ線が引かれる。

 

 18人。

 

 昨日の夜を生き残った人数と同じだった。ただし、全員が自力で動けるわけではない。

 

 三浦さんは左目を布で覆っている。出血は止まっているが、布の下がどうなっているのかは本人にも分からない。

 

 凛の右膝は大きく腫れ、岩へ手をつかなければ立ち上がれない。新堂の右手は黒く変色し、指先がほとんど動いていなかった。ダニエルは左脚を引きずっている。

 

 アミナはエマへ身体を預けたまま、目を開けることもできていない。久保田さんが名前を呼ぶと、僅かに唇が動いたが、返事にはならなかった。

 

 エマが代わりに頷く。

 

「アミナ・ハダド。生存」

 

 林さんが紙へ書き足した。

 

 生存。

 

 その言葉が、必要以上に重く聞こえた。

 

「亡くなった人についても、分かる範囲で残したいです」

 

 久保田さんが言った。

 

 岩場の内外には、朝を迎えられなかった人間がいる。脚へ枝が刺さっていた若い男。炎を止められず、自分の身体まで焼いた男。岩場へ逃げ込む途中で引きずられた者。

 

 名前を聞けなかった人間が多い。

 

「顔や服装だけでも書きます」

 

 林さんが答える。

 

「後で名前が分かった時に、結びつけられるかもしれません」

 

「後って、あるのかな」

 

 凛が呟いた。

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 三浦さんが残った右目で紙を見た。

 

「なくても書く」

 

「どうして?」

 

「なくなった時に、何がなくなったか分からなくなる」

 

 それだけ言い、入口の方を向く。残った視界を補うように、顔ごと左右へ動かしていた。

 

     ◇

 

 岩場の中には、死者が残した物が集められていた。

 

 水袋、毛布、刃物、火打ち道具。使い方の分からない金属片や、途中で折れた武器もある。

 

「持ち主が分かる物と、分からない物を分けます」

 

 宮前さんが言った。昨夜から大きな怪我をしていない数少ない一人だった。

 

 地面へ布を2枚広げ、片方へ持ち主が分かる物、もう片方へ不明な物を置いていく。

 

「これ、誰の水袋?」

 

 返事がない。

 

「じゃあ、持ち主不明」

 

 エマが紙へ印をつける。

 

 宮前さんは次に、柄の折れた小さな斧を持ち上げた。

 

「これは?」

 

「入口にいた男が使ってた」

 

 相良が答える。

 

「名前は?」

 

「聞いてない」

 

「じゃあ、服装だけでも」

 

 林さんが記録する。

 

 死者の物を奪っている。地球にいた頃なら、そう感じたと思う。

 

 だが、毛布は夜を越すために必要だった。水袋がなければ、川へ戻る回数が増える。刃物がなければ、縄も枝も切れない。

 

 誰かが使わなければ、持ち主と一緒に森へ残るだけだった。

 

 藤崎さんが、火傷で亡くなった男の毛布を持ち上げた。

 

「焦げていない部分は使えます」

 

 臭いを確かめ、焼けた箇所をナイフで切り落とす。

 

「汚れた布は、煮れば包帯にもできます。今は捨てない方がいい」

 

 久保田さんが頷いた。

 

「血がついた布と、清潔な布は分けてください」

 

 2人は昨夜までほとんど話していなかったはずだ。それでも、必要な作業を前にすると、自然に役割が決まっていく。

 

 パクと野上さんは、岩場の外へ死体を運んだ。相良と早川さんが前後を警戒する。

 

 俺も手伝おうとしたが、久保田さんに掌を見られ、先に傷を洗うよう言われた。

 

「この程度なら大丈夫です」

 

「黒い液体が何か分かりません」

 

「水がもったいない」

 

「感染して動けなくなる方が、もっともったいないです」

 

 言い返せず、水で掌を洗う。皮膚が剥がれた部分へ水が触れ、遅れて痛みが走った。

 

 痛覚への耐性を取っていても、痛くないわけではない。我慢して動ける時間が少し延びるだけだった。

 

 死体は、岩場から少し離れた窪地へ集めた。深い穴を掘れる道具はない。枝と大きな葉を重ね、最後に顔が見えないよう覆う。

 

 墓とは呼べなかった。

 

 それでも、岩場の入口へ放置するよりはましだった。

 

 作業を終えて戻る途中、俺は森を見回した。

 

 朝なら、昨夜よりは動きやすい。18人いる。相良と早川さんがいる。新堂の雷も、完全に使えなくなったわけではない。危険察知もある。

 

 昨夜よりは、少し安全になったのではないか。

 

「人数が増えた分、遅くなる」

 

 三浦さんが言った。

 

 俺の考えを読んだわけではない。全員の歩き方を見ていただけだった。

 

「脚を痛めてるのが3人。片手が使えないのが1人。自力で座れないのが1人。まともに寝た奴もいない」

 

 残った右目で森の奥を見る。

 

「18人いるから安全になったわけじゃない。18人全員を動かさなきゃならなくなった」

 

「……そうですね」

 

「一人で歩くよりはましだ」

 

 三浦さんは続けた。

 

「ただ、ましなのと安全なのは違う」

 

 それだけ言い、後方を確認する。数歩進むたび、全員がついてきているかを数えていた。

 

     ◇

 

「ここに残るのは危険だと思う」

 

 全員が岩場へ戻った後、野上さんが言った。

 

 地面には血が染みている。化け物の黒い液体、死んだ人間の血、捨て切れなかった内臓や虫の残骸。

 

「夜までに匂いが消えるとは思えない。また同じ場所を守れる保証もない」

 

「でも、外へ出たら守る壁がない」

 

 新堂が答えた。久保田さんの処置を受け、右手を布で吊っている。

 

「今夜までに別の場所が見つからなかったら、ここへ戻るしかないだろ」

 

「だから、先に周囲を確認する」

 

「全員で?」

 

「怪我人を連れて歩けば、探索にならない」

 

 野上さんは地面へ枝で簡単な図を描いた。中央に岩場。その横に川。昨日、別の生存者が来た方向を何本かの線で示す。

 

「短時間だけ外へ出る。戻れる距離までだ。食べ物、水、人が通った痕跡。何か一つでも見つける」

 

「俺も行く」

 

 新堂が言った。

 

「右手が動かない」

 

「左で撃てる」

 

「撃った後に歩けなくなっただろ」

 

 早川さんが即座に返す。

 

「今度は出力を落とす」

 

「今度があるかどうかを確かめに行くんだ。お前の実験をしに行くんじゃない」

 

「じゃあ、あんたが行けばいいだろ」

 

「私は残る」

 

 早川さんはアミナと凛を見た。

 

「ここへ何か来た時、前へ立てる人間が必要だ」

 

 新堂は口を閉じた。

 

 凛も行きたそうにしていたが、立ち上がろうとしただけで膝が崩れた。

 

「私なら、すぐ見て戻れる」

 

「戻れないから、その脚になったんだろ」

 

 野上さんの言葉に、凛が顔を上げる。

 

「言い方」

 

「事実だ」

 

「野上さん、女子にモテなかったでしょ」

 

「結婚はしてた」

 

「うわ、奥さん優しい人だったんだ」

 

「何でそうなる」

 

 言い返しながらも、野上さんの声は少しだけ弱くなった。

 

 凛はそれ以上、同行を主張しなかった。

 

 探索へ出るのは6人になった。

 

 相良。俺。エマ。林さん。ダニエル。宮前さん。

 

「どうして俺?」

 

 宮前さんが自分を指す。

 

「動けるから」

 

 野上さんが答える。

 

「それだけ?」

 

「荷物も持てる」

 

「ほかに褒めるところない?」

 

 宮前さんは不満そうだったが、荷物を背負った。

 

 相良が剣を持つ。刃は欠け、ところどころ曲がっている。

 

「前は俺が行く」

 

「一人で離れないで」

 

 俺が言う。

 

「分かってる」

 

「昨夜、5匹倒したんだろ」

 

「だから分かってる。一匹を斬ってる間に、後ろへ入られた」

 

 相良は一度、岩場の18人を見た。

 

「今回は倒すために行くんじゃない」

 

     ◇

 

 岩場を出ると、朝の森は昨夜とは別の場所に見えた。

 

 幹には深い裂け目があり、地面には大きな動物の足跡が残っている。遠くまで見える分、隠れている場所の多さも分かった。

 

 相良が先頭。その少し後ろを俺が歩く。

 

 エマは歩いた方向と時間を紙へ記録し、特徴のある根や岩を簡単な図にしていた。林さんは細い布を枝へ結ぶ。帰る方向からだけ見える位置を選び、同じ高さへ揃えている。

 

 ダニエルは地面や岩を見ながら進む。言葉は通じない。それでも、柔らかい地面へ足を置かないよう手で示し、落ち葉の下に空洞がある場所を枝で確かめていた。

 

「何を見てるんだろう」

 

 宮前さんが小声で言う。

 

「地面の硬さじゃないですか」

 

「瀬川、分かるの?」

 

「分からない」

 

「またそれ?」

 

「分からないものを、分かるって言う方が危ない」

 

「その言い方、三浦さんみたい」

 

 まだ一晩しか一緒にいない。

 

 それでも、少し嫌だった。

 

 しばらく進むと、葉の大きな植物が群生している場所に出た。地面近くから広がる葉には、青い筋が何本も走っている。

 

 中央には、拳ほどの球根が半分だけ土から出ていた。

 

「食べられそう?」

 

 宮前さんが尋ねる。

 

 俺は植物へ近づいた。

 

 生存術から、確信のない知識が浮かぶ。水分の多い球根。強い苦味や刺激臭はない。ただし、この世界固有の植物であるため、安全性は判断できない。

 

「食べられるとは言えません。水分はありそうです」

 

「危険察知は?」

 

「反応は弱いです。でも、安全って意味じゃない」

 

「便利なのか不便なのか分からないな」

 

「本人が一番そう思ってます」

 

 相良が一株を掘り出そうとする。

 

 林さんが腕を掴んだ。

 

「全部取らない方がいいです」

 

「どうして?」

 

「毒だった場合も、薬だった場合も、比較する物が必要になります。生えていた場所も残した方がいい」

 

 エマも頷き、位置を紙へ記録した。

 

 球根を2つだけ掘り出す。残りには触れない。

 

 宮前さんが球根を布へ包み、荷物の中へ入れた。

 

「食べ物だといいな」

 

「毒かもしれない」

 

「林さん、もう少し期待を持たせてくれてもよくない?」

 

「期待と記録は別です」

 

「この集団、真面目な人多くない?」

 

「宮前さんが軽いだけだろ」

 

 相良が言った。

 

「俺、これでも仕事では進行管理してたんだけど」

 

「何の?」

 

「イベントとか、舞台とか、結婚式」

 

「それで何の技能を取ったんですか」

 

 俺が尋ねる。

 

「細かいのをいくつか。交渉とか、人の顔を覚えるやつとか」

 

 少し間を置く。

 

「あと、運を上げた」

 

「どれくらい?」

 

「81」

 

 全員の足が止まった。

 

「凛ほどじゃないけど、結構高いでしょ」

 

「どうして運なんですか」

 

「準備しても事故で死んだから」

 

 宮前さんは軽い口調のまま答えた。

 

「次は、準備で避けられないやつを避けられたらいいなって」

 

 それ以上は話さず、先へ進む。

 

 大きな怪我がないのも、昨夜ここまで辿り着けたのも、運のおかげなのかもしれない。本人に聞いても、分からないのだろう。

 

     ◇

 

 少し先で、道らしいものが2つへ分かれていた。

 

 左は泥が深く、草が何本も倒れている。右は地面が乾き、歩きやすそうだった。

 

「右だな」

 

 相良が言う。

 

「待って」

 

 宮前さんが足を止める。

 

「どうしました?」

 

「右、嫌な感じがする」

 

 俺は右側を見る。

 

 危険察知は反応している。ただし、森へ出てから一度も完全には消えていない。右が特別に強いのか、自信がなかった。

 

「運の能力で分かるんですか」

 

「そんな説明はなかった」

 

「じゃあ何が嫌なんだ」

 

 相良が尋ねる。

 

「分からない。でも、右へ行く気がしない」

 

 相良は乾いた道を見る。

 

 俺も周囲を確かめた。右側には、動物の足跡がない。歩きやすいのに、草も枝もほとんど乱れていなかった。

 

 道の横に立つ大木の一部だけ、樹皮が不自然に乾いている。

 

「左へ行こう」

 

 俺が言った。

 

「理由は?」

 

「右には足跡がない。あの幹も、夕方に見た化け物と似てる」

 

 相良はしばらく木を見た。

 

 剣を抜かず、左の道へ入る。

 

 泥へ足が沈む。宮前さんが何度か滑り、そのたびに木へ手をついた。

 

「こっち、歩きにくいんだけど」

 

「右がよかった?」

 

「それを聞かれると嫌」

 

 分かれ道から距離を取ったところで、後方から樹皮が擦れる音が聞こえた。

 

 全員が振り返る。

 

 右の道にあった大木。乾いていた樹皮の一部が、ゆっくりと持ち上がる。

 

 長い前脚が、幹の表面から離れた。

 

 平たい身体が張りついている。

 

 俺たちには気づいていない。

 

 動物が通らなかったのではない。

 

 通った動物が、残らなかったのかもしれない。

 

 相良が俺と宮前さんを交互に見る。

 

「今のは、どっちが気づいたことになる?」

 

「俺じゃない?」

 

 宮前さんが答える。

 

「理由は説明できないけど」

 

「役に立つな」

 

「もっと褒めていいよ」

 

「自分で使い方が分かってからな」

 

     ◇

 

 さらに進むと、木々の間が僅かに開けた。

 

 地面に、細い縄が落ちている。

 

 自然に切れた(つる)ではなかった。細い繊維を何本も編み、輪の形へ結んである。

 

 縄の先は、しなった枝へつながっていた。

 

「罠です」

 

 林さんが言った。

 

 輪の中では、小さな動物が息絶えていた。

 

 兎に似ている。ただし耳は短く、後ろ脚だけが異様に太い。首へ縄が深く食い込み、身体はまだ完全には冷えていなかった。

 

 相良が周囲へ剣を向ける。

 

「持ち主が近くにいるかもしれない」

 

 ダニエルが地面へ膝をついた。縄の結び目を調べ、枝の切断面へ指を当てる。

 

 その後、自分たちが歩いてきた方向と、別の方向を交互に示した。

 

 エマも隣へしゃがみ込み、何度か言葉を交わす。俺には内容が分からない。

 

 林さんが2人の身振りと、僅かに理解できる単語を拾った。

 

「縄自体は古い。でも、結び直した跡と、枝を切った新しい跡があるみたいです」

 

「今も使われてる?」

 

「少なくとも、放置されて何年も経っている罠ではないと思います」

 

 林さんは結び目を近くで見る。

 

「自然にはできません」

 

「人間がいる」

 

 宮前さんが言った。

 

「人間とは限らない」

 

 俺が答える。

 

「道具を使える生き物かもしれない」

 

「昨日の声を真似るやつが作った可能性は?」

 

「低いと思います」

 

 林さんが言った。

 

「あれは声を繰り返していただけです。縄を編んで、罠を作って、定期的に直しているなら、別の能力が必要です」

 

 希望が膨らみかけた空気が、少し落ち着く。

 

 それでも、森で初めて見つけた明確な人工物だった。

 

「これ、どうする?」

 

 宮前さんが小動物を見る。

 

「持ち帰る」

 

 相良が答えた。

 

「藤崎さんなら、食べられるか確認できるかもしれない」

 

「罠の獲物を盗むことになるけど」

 

「持ち主が戻ったら返す」

 

「もう死んでるよ」

 

「別の物で返す」

 

「言葉が通じればね」

 

 それでも、置いていくという意見は出なかった。全員が空腹だった。

 

 相良が縄を緩め、小動物を外す。狩ったわけではない。誰かが仕掛けた罠へかかり、既に死んでいたものを持ち帰るだけだ。

 

 宮前さんが布で包み、荷物へ括りつけた。

 

 エマは罠の位置を地図へ記録する。林さんは結び目を紙へ描き、周囲に残っていた刃物の跡も記録した。

 

 切られた枝は、同じ方向へ続いている。

 

「これを追う?」

 

 宮前さんが尋ねる。

 

 相良が空を見る。枝葉の間から見える光は、まだ明るい。

 

「先に戻る」

 

「ここまで来たのに?」

 

「戻れるうちに戻るための探索だ」

 

 相良は罠の持ち主が進んだ方向を見た。

 

「全員を連れてくるかどうかは、戻って決める」

 

     ◇

 

 帰り道では、林さんが結んだ布と、エマの地図を確認しながら進んだ。それでも、一度だけ分かれ道を通り過ぎた。

 

 三浦さんが来ていれば、どう判断しただろう。

 

 そう考えたところで、自分がもう人数や目印を意識していることに気づいた。

 

 岩場へ近づくと、早川さんの声がした。

 

「止まれ。誰だ」

 

「瀬川です。6人全員います」

 

 返事の前に人数を言う。

 

 霧の向こうから早川さんが姿を現した。俺たちの顔を一人ずつ確認し、槍を下げる。

 

「遅い」

 

「予定どおりの範囲です」

 

「待ってる側は長いんだよ」

 

 岩場へ戻る。

 

 凛が最初に荷物へ括られた小動物を見つけた。

 

「何それ」

 

「罠にかかってた」

 

「捕まえたの?」

 

「俺たちが捕まえたんじゃない」

 

 宮前さんが荷物を下ろす。

 

「誰かが作った罠にかかって、死んでた」

 

「誰かって、人?」

 

「まだ分からない」

 

 藤崎さんが小動物へ近づき、布の上から身体を確かめた。

 

「時間を置くほど傷みます。食べるなら、早く処理した方がいいです」

 

「食べられる?」

 

「中を見ないと分かりません。見ても、安全だとは言い切れません」

 

 久保田さんも小動物を見る。

 

「寄生虫や毒がある可能性があります」

 

「じゃあ、食べない?」

 

 凛が尋ねる。

 

「判断するために解体します」

 

 藤崎さんは小型ナイフを手に取った。

 

 その手つきには迷いがなかった。実際にこの種類を解体した経験はないはずだ。それでも、刃を入れる場所を知っているように見えた。

 

 野上さんが罠と枝の痕跡について聞く。

 

 林さんが記録を見せ、エマが地図を広げた。

 

「刃物の跡は、この方向へ続いていました」

 

「人が通った道か」

 

「道と呼べるほどではありません。でも、同じ方向へ何度も枝が切られています」

 

「罠の持ち主に会えば、襲われるかもしれない」

 

 新堂が言った。

 

「こっちは怪我人だらけだ」

 

「ここに残っても、夜になればまた襲われる」

 

 早川さんが返す。

 

「少なくとも、罠を作った相手は道具を使う。森の化け物より話が通じる可能性はある」

 

「敵だったら?」

 

「逃げる」

 

「凛を連れて?」

 

 凛が睨む。

 

「私を荷物みたいに言わないで」

 

「実際、今は運ぶ側だろ」

 

「新堂より軽いし」

 

「何で俺と比べるんだよ」

 

 2人の声を聞きながら、野上さんは地面へ置いた枝を確認していた。

 

「担架を2つ作る」

 

「2つ?」

 

「アミナ用と、荷物用だ。凛は歩けるところまで歩け。無理になったら荷物を降ろして乗せる」

 

「最初から乗せないの?」

 

 久保田さんが尋ねる。

 

「担ぐ人間が先に潰れる。凛の脚を悪化させない範囲で歩かせる」

 

 久保田さんは少し考え、凛の膝を確認した。

 

「短い距離なら。ただし、痛みが強くなったらすぐ言ってください」

 

「分かった」

 

 凛は珍しく素直に答えた。

 

 パクが枝を選び、2本ずつ並べる。野上さんが縄を結ぶ。

 

 言葉は通じなくても、どの太さが必要か、どこへ力がかかるかは2人とも分かっているらしい。

 

 パクが一度結び目を引き、首を横に振る。別の位置へ縄を回す。

 

 野上さんも確認し、今度は頷いた。

 

 毛布を枝の間へ渡し、アミナを乗せる。

 

 アミナは目を開けたが、周囲を見ているようには見えなかった。

 

 久保田さんが呼びかける。返事はない。

 

「急いだ方がいい」

 

 声が低くなった。

 

「次に夜を迎える前に、少しでも今より安全な場所へ移ります」

 

 誰も反対しなかった。

 

     ◇

 

 岩場を離れる前に、久保田さんがもう一度名前を読み上げた。

 

 18人。

 

 一人ずつ返事をする。アミナの代わりに、エマが手を上げた。

 

 三浦さんは最後尾に立ち、返事をした人間を順番に見ている。

 

 相良と早川さんが先頭へ出た。野上さんとパクがアミナの担架を持つ。藤崎さんは罠にかかった小動物と、使えそうな調理道具を運ぶ。

 

 新堂は右手を吊り、左手で荷物を持った。凛は枝を杖代わりにして立つ。イサベルはルシアの手を握った。

 

 俺は岩場を振り返った。

 

 一晩だけ、俺たちを守った場所。同じ一晩で、何人も死んだ場所。

 

 戻ってくるかもしれない。二度と戻らないかもしれない。

 

「行くぞ」

 

 野上さんが歩き始める。

 

 目指すのは、罠と刃物の跡が続いていた方向。そこに人間がいる保証はない。安全な場所へ続いている保証もない。

 

 希望は、道ではなかった。

 

 それでも、立ち止まったまま夜を待つよりはよかった。

 

 俺たちは18人で、最初の岩場を離れた。

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