第64異邦落着群 ~百人いた転生者は、夜明けには十八人になった~ 作:ハイヨゴミ
18人で岩場を離れてから、まだそれほど進んでいなかった。
先頭の相良が足を止める。
「後ろ、止まってる」
振り返ると、アミナを乗せた担架が道の中央へ下ろされていた。野上さんとパクが左右に退き、久保田さんがアミナの顔を覗き込んでいる。
昨夜から続いていた指先の震えが、腕全体へ広がっていた。呼吸は細かく、胸が浅く上下している。
「瀬川君、来てください」
俺は列を抜け、担架の横へ膝をついた。
アミナの額には汗が浮かんでいる。身体は震えているのに、皮膚へ触れると熱かった。
久保田さんが首へ指を当てる。
「脈が速い。アミナ、聞こえますか」
言葉は通じない。エマが名前を呼び、短い言葉を何度も繰り返した。
アミナの瞼が僅かに動く。唇も開いたが、息が漏れただけだった。
「身体を横へ向けます。肩を持って」
「はい」
俺が上半身を支え、久保田さんが腰を動かす。
アミナの身体を横向きにした直後、激しく咳き込んだ。口から唾液と、赤い実の欠片らしいものが落ちる。
最初の日に食べた実。鳥に似た生き物が食べていたから、安全だと思った。
食べた直後には、大きな異常が出なかった。それだけで、止めるのが遅れた。
「息をして」
久保田さんが自分の胸へ手を当て、大きく息を吸う仕草を見せる。
アミナはそれを見ていた。一度だけ、大きく息を吸った。
喉の奥で音が鳴る。
そのあと、胸が動かなくなった。
「アミナ?」
エマが顔を近づける。
久保田さんがアミナを仰向けへ戻した。
「瀬川君、頭側へ。顎を上げてください」
言われたとおりにする。
久保田さんは胸の中央へ両手を重ねた。身体が沈むほど強く押す。
一度。二度。
一定の間隔で、胸を押し続ける。アミナの身体が担架の上で揺れた。
イサベルがルシアの顔を自分の胸へ押しつける。凛は杖代わりの枝を握り、動かなかった。新堂も、吊った右手を胸元へ抱えたまま見ている。
「代わります」
野上さんが言った。
「まだ大丈夫です」
久保田さんは止めなかった。
胸を押す。気道を確保する。呼吸を確認する。再び胸を押す。
俺の簡易止血は、何も教えてくれなかった。
血を止める手順は分かる。傷を固定する方法も分かる。だが、身体の中へ回った毒を抜く方法も、止まった心臓を動かす方法も、俺は持っていなかった。
森の上から、鳥に似た鳴き声が聞こえる。
アミナが見たものと同じ種類かもしれない。その鳥は、今日もどこかで赤い実を食べているのだろう。
アミナの胸は、自分では一度も動かなかった。
久保田さんが首へ指を当てる。また胸を押す。もう一度、脈を確かめる。
やがて、両腕が止まった。
手首へ指を置いたまま、長い時間俯いている。
「……亡くなりました」
意味が分からない者にも、久保田さんの顔で伝わった。
エマがアミナの目を閉じる。顔へ毛布をかけようとして、手を止めた。それが誰の毛布だったのか分からなくなったのかもしれない。
久保田さんが受け取り、顔だけを覆った。
18人で岩場を出た。
その数は、次の休憩場所へ着く前に17人になった。
◇
道の中央へ身体を置いたままにはできなかった。
パクと野上さんが周囲を調べ、2つの大岩に挟まれた窪みを見つけた。ダニエルも斜面へ手をつき、地面の傾きと岩の亀裂を確認する。
3人が何度か指を差し合い、最後には同じ場所を示した。
深い墓を掘れる道具はない。土も、太い根に覆われていた。
俺たちは窪みへアミナを横たえた。
エマが紙を広げる。久保田さんが、分かる範囲の経過を伝えた。
赤い実。甘い匂い。鳥に似た生き物の食痕。舌の痺れ。吐き気。指先の震え。発汗。呼吸の異常。心停止。
林さんが別の紙へ同じ内容を書き写した。
「死亡した時間は?」
エマが紙を指す。
「分かりません」
久保田さんが答える。
「時計がないので、太陽の位置と、岩場を出てからの距離だけ残してください」
エマは地図へ新しい印をつけた。
「赤い実があった場所にも、印があります」
大きく斜線を引いた場所を示す。
俺は落ち葉の上に残っていた実の欠片を、枝で布へ移した。
「それも持っていくの?」
凛が尋ねる。
「同じ実を見つけた時に、見比べられる」
「触って大丈夫?」
「素手では触らない」
布を何重にも巻き、ほかの食料とは別の袋へ入れた。
何が危険か分からない。だから、何を食べたのかだけでも残しておく。
アミナの身体へ枝と葉を重ね、最後に持ち上げられる大きさの石を積んだ。獣が掘り返そうと思えば、簡単に崩せる。
それでも何もしないよりはよかった。
アミナが持っていた水袋と毛布は回収した。
死者の物を取ることへの抵抗は、最初の夜より小さくなっていた。慣れたわけではない。必要だと分かってしまっただけだ。
出発しようとした時、ルシアが母親の手を離れた。
道の脇に咲いていた小さな白い花を一輪摘み、石の隙間へ置く。
イサベルは急かさず、娘が戻ってくるまで待った。
言葉は通じない。それでも、エマがアミナの名前をもう一度口にすると、イサベルも同じように繰り返した。
「アミナ・ハダド」
少し違う発音だった。
それでも、名前だと分かった。
◇
空になった担架には、荷物を載せた。毛布の中央が、歩くたびに沈む。
アミナがいなくなった分だけ移動は速くなるはずだった。
誰もそのことを口にはしなかった。
罠の持ち主が通ったと思われる痕跡を追い、森を進む。
切られた枝。踏み固められた草。古い縄の切れ端。
道と呼べるほど広くはないが、獣が偶然通っただけには見えない。
相良が先頭を歩く。早川さんは列の横へ回り、前と中央を行き来していた。
三浦さんは最後尾に近い位置で、何度も後ろを振り返る。
「17」
時々、小さく人数を数えた。
新しい数だった。
凛は杖へ体重を預けながら歩いている。前へ進むこと自体はできるが、根を越えるたびに顔をしかめた。
「痛むなら言ってください」
久保田さんが横から声をかける。
「さっきと同じ」
「さっきが、どの程度か分かりません」
「歩ける程度」
「歩けなくなる前に教えてください」
「分かってる」
凛はそう答えた直後、少し速度を落とした。久保田さんの言葉を完全に無視するつもりではないらしい。
しばらく進むと、パクが右手を上げた。
道の横にある、少し高い場所を指している。平らな岩盤が斜面から突き出し、その下へ乾いた空間ができていた。
ダニエルが岩の上を見上げ、地面へ転がっている石を拾う。石を岩壁へ当て、音を確かめた。次に斜面へ指を走らせ、水が流れた跡を示す。
「休める場所?」
宮前さんが聞く。
言葉の通じないパクとダニエルは、同じ場所を示して頷いた。
野上さんも周囲を確認する。
「長く泊まるには入口が広すぎる。ただ、休憩と作業には使える」
全員が高みへ移動した。
入口から周囲を見渡せる。地面は乾いており、血や泥の匂いも薄い。
「ここで、あれを見ます」
藤崎さんが、布に包まれた小動物を指した。
罠にかかっていた、兎に似た生き物。耳は短く、後ろ脚だけが太い。
「時間が経つほど、食べられるかどうか判断しにくくなります」
「解体できますか」
久保田さんが尋ねる。
「生前は料理人でした。店もやっていました」
藤崎さんは小型ナイフを取り出した。
「この動物を扱ったことはありません。でも、調理と解体の技能を取りました」
「技能で分かる?」
「試します」
パクが使えそうな枝を2本拾う。野上さんと一緒に組み、縄を結んで簡単な台を作った。
言葉を交わしてはいない。藤崎さんが高さを手で示すと、パクが結び目を一段下へ移す。
小動物の後ろ脚を吊り、地面から浮かせた。
藤崎さんはナイフを握ったまま、しばらく動かなかった。
「どうしました?」
「知ってるんです」
自分の手を見下ろす。
「どこへ刃を入れて、どちらへ向ければ内臓を傷つけないか。頭の中じゃなくて、手が知ってる」
「俺の止血も同じでした」
「自分で覚えたことじゃないのに、前からやってたみたいで」
「気持ち悪いですよね」
「かなり」
藤崎さんは息を吐き、最初の切れ目を入れた。
皮だけを浅く切る。指を差し込み、刃先が内側を傷つけないよう外へ向ける。
そこからの動きは速かった。
皮を剥がし、腹を開く。生温かい匂いが広がった。
空腹だったはずなのに、まだ食べ物には見えない。
久保田さんが横から内臓を確認する。
「形は違いますが、心臓と肺に近いものは分かります」
「食べていた物も見ます」
藤崎さんが胃らしい袋を切り離した。
中には、細かく砕かれた草と木の実が詰まっている。
「草を食べる動物か」
相良が言った。
「だから安全とは限りません」
久保田さんがすぐに返す。
アミナが死んだばかりだった。
動物が食べられる物と、人間が食べられる物は同じではない。
「これ、見てください」
藤崎さんの手が止まる。
肝臓に似た黒い臓器の表面が、僅かに動いた。
白い糸のような虫が一本、切れ目から顔を出している。さらに奥にも、何本か絡まっていた。
宮前さんが顔を逸らす。
「急に食欲なくなったんだけど」
「内臓は使いません」
藤崎さんが即答した。
「肉も、生では絶対に食べない。火を通しても安全とは言い切れません」
久保田さんが筋肉の切断面を調べる。
「見える範囲では、肉に虫はいません。ただ、見えないからいないとは限らない」
「瀬川」
相良が俺を見る。
「危険察知は?」
黒い臓器へ近づく。
胃の奥に、強い不快感が広がった。森の中で常に残っている重さとは違う。舌の奥へ苦いものが触れたような感覚。
臓器から離れると、少し弱くなる。
次に、切り分けられた後ろ脚の肉へ近づいた。
反応はある。だが、内臓ほど強くない。
「内臓の方が明らかに強いです。肉は弱い」
「じゃあ、肉は食べられる?」
凛が尋ねる。
「そこまでは分からない」
「何に反応してるかも?」
「寄生虫なのか、毒なのか、腐り始めてるのかも分からない」
凛は肉と俺を交互に見る。
「便利そうで、本当に微妙だね」
「知ってる」
生存術も危険察知も、安全を保証する能力ではない。判断材料が一つ増えるだけだ。
それでも、何もないよりはましだった。
「内臓は捨てる」
野上さんが言う。
「肉はどうする」
「少量だけ試すのがいいと思います」
俺は答えた。
「薄く切って、中心まで火を通す。最初に食べる人数を絞って、時間を置く」
「アミナさんみたいな遅い毒なら、すぐには分かりません」
久保田さんが言った。
「はい。だから全員では食べない。試した人に症状が出ても、残りが動けるようにする」
「最初に食べる人は?」
「調理した私が食べます」
藤崎さんが答えた。
「味や舌の痺れ、匂いの異常は、私が一番分かりやすいと思います」
「次は俺が」
相良が言う。
「持って帰った側だから」
「責任を取る順番で毒見を決めるのは違う」
俺が言う。
「なら誰が食べる?」
「俺が食べます」
久保田さんが眉を寄せる。
「瀬川君まで食べる理由は?」
「食べる前と後で、危険察知の反応が変わるか確かめられます」
「それで毒を防げるとは限りません」
「分かってます。でも藤崎さん一人より、分かることは増えます」
宮前さんが片手を上げた。
「俺でもいいよ。運は81あるし」
「宮前さんが無事でも、肉が安全なのか運で外れたのか分からなくなる」
「自分の能力なのに、こういう時は邪魔だな」
「邪魔ではないだろ」
相良が言う。
「生きてる時点で役に立ってるかもしれない」
「それ、本人にも分からないやつだから、褒められても反応に困るんだよね」
宮前さんは手を下ろした。
◇
肉は薄く切り、火の上で長く焼いた。
表面が黒くなり、脂がほとんど落ちるまで待つ。生肉を扱った石と、焼けた肉を置く石は離した。
凛が平たい石を2枚運び、一方へ枝で大きな印をつける。
「こっちが焼いた方」
言葉の分からないルシアにも見えるよう、何度も指を差して示した。ルシアは真剣な顔で頷く。
新堂は左手で細い枝を持ち、火の端に座っていた。
「右手、動かそうとするなよ」
早川さんが言う。
「動かしてない」
「今、肉を取ろうとした」
「左手で取るつもりだった」
「目は右を見てた」
「細かいな」
「見張ってるからな」
新堂は不満そうに左手だけで肉を返した。
藤崎さんが最初の一切れを取る。
すぐには口へ入れず、匂いを確かめた。次に唇へ触れ、舌先へ少しだけ当てる。
時間を置いてから、小さく噛んだ。
「どうですか」
久保田さんが尋ねる。
「硬いです」
「それ以外は?」
「今のところ、強い苦味も痺れもありません」
時間をかけて飲み込む。
久保田さんが脈と瞳を確認する。すぐに異常は出なかった。
次は俺だった。
焦げた肉を口へ入れる。
塩気はない。獣臭く、何度噛んでも筋が残る。
危険察知は消えない。ただ、急に強くなることもなかった。
「どう?」
相良が聞く。
「変化はない」
「味は?」
「食べ物の味はする」
「褒めてないだろ、それ」
「昨日からまともに食べてないから、十分褒めてる」
藤崎さんが少しだけ笑った。
俺たちはしばらく動かず、身体の変化を待った。
吐き気。痺れ。震え。呼吸。
何も起きない。
もちろん、安全だと決まったわけではない。それでも小さな一切れを、次は野上さんと久保田さんが食べた。
残りはすぐ全員へ配らず、薄く切って火の近くへ並べる。
「乾かして持っていけるか試します」
藤崎さんが言った。
「今日中に症状が出なければ、少しずつ食べる人数を増やします」
「名前はどうする?」
凛が小動物を見る。
「名前?」
「毎回、兎みたいなやつって言うの長くない?」
「現地の人間に聞くまで、それでいいでしょう」
林さんが答える。
「同じように見えて、別の種類かもしれません」
「じゃあ、兎みたいなやつ1号」
「増やす前提にしないでください」
藤崎さんに言われ、凛は黙った。
少しして、ルシアが乾かしている肉を指差す。イサベルが娘の手を下げた。
まだ食べさせないという意味は伝わったらしい。ルシアは残念そうに火を見つめた。
◇
休憩を終え、人が通った痕跡を追う。
道は少しずつはっきりしていった。地面から盛り上がった太い根が切られている。泥の深い場所には平たい石が置かれ、斜面には簡単な段差が作られていた。
獣道ではない。
誰かが何度も通るために、手を入れている。
パクが石の沈み方を確かめ、危ない場所では手を上げて全員を止める。ダニエルは岩の割れ目や水の流れを見て、迂回する方向を示した。
エマは歩いた距離と曲がった方向を紙へ残す。林さんは、切られた枝の高さや刃物の形を記録している。
「17」
最後尾から三浦さんの声が聞こえる。
宮前さんが振り返った。
「ちゃんといますよ」
「今いることと、次に数えなくていいことは別だ」
「毎回数えるんですか」
「減ってから気づくよりはいい」
宮前さんは何も言い返さず、前へ向き直った。
しばらくすると、凛の歩幅が小さくなった。
久保田さんがすぐ気づく。
「痛み、強くなりましたね」
「少しだけ」
「さっきと同じでは?」
「さっきより少し強い」
「止まりましょう」
「まだ歩ける」
「歩けなくなるまで歩く話はしていません」
野上さんが荷物を載せていた担架を下ろした。
「凛、乗れ」
「嫌だ」
「荷物を分ける。今乗らないと、夜に全員でお前を担ぐことになる」
「自分で歩ける」
「今はな」
凛は野上さんを睨んだ。野上さんは視線を逸らさなかった。
「自分が歩けることと、全員が先へ進めることは別だ」
しばらくして、凛が杖を地面へ置いた。
「少しだけだから」
「分かった」
「脚が戻ったら降りる」
「久保田さんが決める」
「私の脚なんだけど」
「だから壊す前に他人の意見を聞け」
凛は不満そうなまま、担架へ座った。
歩ける者が荷物を分けて持つ。藤崎さんは乾かしている肉を、火の熱が残った石ごと布へ包んだ。
再び歩き出す。
森の光が、少しずつ弱くなってきた。
その時、先頭の相良が右手を上げた。
1本の木に、長方形の板が打ちつけられている。腐食した金具。平らに削られた木の表面。
そこへ、見たことのない文字が何行も刻まれていた。
「文字だ」
宮前さんが言った。
「読める人いる?」
返事はなかった。
林さんが板へ近づき、文字の形を紙へ写し始める。エマも地図へ位置を記録した。
俺は少し離れた場所から、板を見ていた。
曲線と直線が組み合わさった、知らない記号。
それなのに、目で追っているうちに、形が意味へ変わっていく。
文字を覚えた感覚はない。読める理由も分からない。
ただ、内容だけが頭へ入ってきた。
「……
自分の声に、全員が振り返る。
「読めるのか?」
相良が尋ねた。
もう一度、板を見る。
「
矢印の横に続く文字を読む。
「
その言葉を口にした瞬間、集団の空気が変わった。
「監視門って何?」
凛が担架から身を起こす。
「門なら、壁か施設があるんじゃないか」
野上さんが言う。
「人がいる可能性は高い」
「どうして読めるんだよ」
新堂が俺を見る。
「白い場所で、言語技能を取りました」
「先に言えよ」
「使えるか分からなかった。地球の外国語は分からなかったし、こっちの文字を見るのも初めてだった」
「言葉も話せるのか?」
相良が尋ねる。
「日常会話と簡単な読み書きだけ。そう書かれてました」
「どこまでが簡単なんですか」
林さんが板の文字を指す。
「分かりません」
「文字ごとの音は?」
「今は、意味がそのまま入ってきます。どこまで正確なのかも分からない」
林さんは板と俺を交互に見た。何か質問したそうだったが、先に野上さんが尋ねる。
「ほかには何て書いてある」
板の下部へ視線を移す。
「日没前に巡回を終え、監視門へ帰還せよ」
全員が空を見上げた。
枝葉に覆われ、太陽は見えない。それでも、森の光が夕方へ近づいていることは分かる。
「距離は?」
新堂が聞く。
「書いてない」
「走れば間に合うかもしれない」
「怪我人と子どもがいる」
早川さんが答える。
「暗くなってから泊まる場所を探す方が危ない」
三浦さんが道の先を見る。
「現地の巡回員も、日没前に帰れと書いてる。夜にこの道を進む前提じゃない」
「でも、人がいるんだろ」
新堂は矢印を見た。
「多分」
俺が答える。
「監視門が今も使われていれば」
「また多分か」
「古い板かもしれない。放棄されてるかもしれない。絶対に人がいるとは言えない」
「それでも、今までよりましだ」
相良が言った。
誰も否定しなかった。
森へ来てから初めて、目的地の名前を手に入れた。
人が作った道。日没を警戒する文章。帰る先として書かれた監視門。
俺たちが助かる場所とは限らない。
それでも、森の外へつながる可能性はあった。
◇
監視門へ進む前に、今夜を越す場所を探した。
巡回路から大きく外れず、木々の間を調べる。
パクが斜面の上にある岩を指した。
2枚の大岩が寄りかかり、下へ浅い空間を作っている。最初の岩場より狭く、入口も一つではない。横に細い隙間がある。
ダニエルが岩壁を叩き、上部を見上げる。野上さんは倒れた木の位置と、枝を組めそうな場所を確認した。
「完璧ではない」
野上さんが言う。
「だが、暗くなるまでに見つかる中ではましだ」
「17人入れる?」
宮前さんが中を覗く。
「横になれるのは怪我人と子どもだけだな」
「一晩立ってても死にはしないよ」
「眠って倒れたら邪魔になる」
「言い方が本当に現場なんだよな」
不満を言いながらも、宮前さんは入口へ運ぶ枝を拾った。
全員で野営の準備を始める。
入口を枝で狭める。隙間へ石を置く。火を外から見えにくい位置に作る。生肉を扱った布と、清潔な布を分ける。乾かした肉は火の近くへ吊るす。
最初の夜に比べれば、何をすればいいかは少し分かっていた。
だから安全だとは、誰も言わなかった。
久保田さんが入口の横へ座り、紙を広げる。
名前を一人ずつ読み上げた。
17人。
アミナの名前は呼ばれなかった。
代わりに、紙の別の場所へ書かれている。
死亡。
赤い実。
道の途中。
石を積んだ場所。
俺は標識があった方向を見る。木々に隠れ、もう板は見えない。
それでも、刻まれていた矢印の向きは覚えている。
北部第三監視門。
明日、そこへ着けば、人に会えるかもしれない。人に会えば、助けてもらえるかもしれない。
そう考えてから、白い空間の女を思い出した。
人の姿をしているものが、こちらを助けるとは限らない。
18人で最初の岩場を出た。
二度目の夜を迎える場所へ着いたのは、17人だった。