悪徳金融ミミッキュファイナンス   作:あるるるるるるるるる

3 / 3
お気に入り7件もありがとうございます!\(^_^)/
励みになります( ᴗ ̫ᴗ )


メインミッション3 悪党との食卓

第三話 悪党との食卓

 

再び黒塗りの車へ乗せられた三人は、先ほどよりも落ち着きがなかった。

 

行き先について尋ねても、ハヤトは答えない。

代表室を出る際に「話の続きは食事をしながらでいいだろ」とは言っていたが、つい数十分前まで三千万円の返済を迫られていた身である。

 

しかも、若い女、美少女、強いトレーナーには需要がある――などと、悪趣味極まりない脅しまで受けたばかりだった。

 

あれが冗談だったからといって、目の前の少年をすぐに信用できるはずもない。

 

車は裏オフィス街を抜け、徐々にミアレ中心部の華やかな区画へ入っていく。

 

雨に濡れた窓の向こうを、高級ブランドの店舗や歴史あるホテルが流れていった。

色鮮やかな傘を差した観光客。大きなガラス窓の向こうで食事を楽しむ人々。

 

街灯や看板の光が、濡れた舗道へ長く反射している。

ほんの少し前までいた裏オフィス街とは、まるで別の街のようだった。

 

「ねえ」

 

タウニーが不安そうに前方を覗き込む。

 

「本当に食事なんだよね?」

 

向かいの座席に腰掛けたハヤトは、窓の外へ目を向けたまま答えた。

 

「そう言っただろ」

 

「このまま別の債務者のところへ取り立てに行く、とかじゃないよね?」

 

「行かねえよ」

 

「本当に?」

 

「何回聞くんだよ」

 

「だって、あんたの言うこと、どこまで信じていいか分かんないし!」

 

「借金の話で嘘は言ってない」

 

「それ以外でとんでもない嘘ついたでしょ!」

 

「あれは冗談だ」

 

「冗談で済ませるなし!」

 

タウニーが声を上げる。

ハヤトは面倒そうに耳へ指を入れた。

 

「車の中で騒ぐな。うるさい」

 

「誰のせいだと思ってるの!」

 

「お前の声がでかいせい」

 

「そうじゃない!」

 

タウニーはなおも文句を続けようとしたが、隣に座るセイカが片手で制した。

 

「少し静かにして」

 

「セイカまで!?」

 

「今、現在地を確認してる」

 

セイカは手元の端末に地図を表示していた。

画面と窓の外を交互に見比べる。

 

しばらくして、眉が僅かに寄った。

 

「……妨害されてる」

 

「え?」

 

「位置情報」

 

タウニーが端末を覗き込む。

 

画面上の現在地は、数ブロック前の交差点で止まったままだった。車は既に何度も角を曲がっているはずなのに、表示はほとんど動いていない。

 

「車に乗ってから、不正確になってる」

 

タウニーの顔へ、再び警戒が浮かんだ。

運転席の方を見てから、声を潜める。

 

「食事に行くだけなのに、そこまでする?」

 

「用心だよ用心」

 

ハヤトが言った。

 

「これから行く店の周辺は、通信も位置情報も外から拾いにくくなってる。それに重ねて車両内でのGPSを切ってる」

 

「どうして?」

 

「そういう奴が使う店だから」

 

「そういう奴って?」

 

「偉い奴とか、他人に聞かれたくない話がある奴」

 

「ますます怖いんだけど」

 

タウニーが身を縮める。

セイカは窓の外に流れる建物を眺めながら、警戒を緩めなかった。

 

車が曲がった道や、通過した店の特徴を一つずつ記憶している。

 

「行き先を知られたくないというより、誰と会って何を話したかを知られたくないんだろうねえ」

 

「まあな」

 

「会社の代表室では話せない内容?」

 

「それも後で話す」

 

「後で、ばっかりだねぇ」

 

「だから飯食いながら話すって言っただろ」

 

「食事が喉を通る状況ならいいんですけどねぇ」

 

デウロは柔らかな調子で言ったが、その目は笑っていなかった。

ハヤトは一度だけデウロへ視線を向ける。

 

何かを見透かされているような気がしたのか、僅かに顔を顰めてから、再び窓の外へ目を戻した。

 

やがて車は速度を落とし、一棟の建物の前で静かに停車した。

タウニーは窓越しにそれを見上げ、呆然と瞬きをする。

 

「……ここ?」

 

格式のある石造りの外観。外は雨なのに汚れ一つ見当たらない階段。

 

入口には、予約客を迎えるためのスタッフが並んでいる。

ミアレでも指折りの五つ星レストランだった。

MSBCのメンバーもよく利用するレストランだ。

 

料理の質だけではない。

 

客の情報を決して外部へ漏らさず、要望次第では入店記録すら残さないことで、一部の富裕層や要人から絶大な信頼を得ている店だった。

 

「ここ、予約半年待ちって聞いたことある」

 

車を降りながら、タウニーが建物を見上げる。

 

「三千万返せって言う人が、こんなところでご馳走してくれるの?」

 

「払うのがあっちとは限らない」

 

セイカが淡々と言った。

タウニーの顔が、一瞬で青くなる。

 

「えっ」

 

「冗談」

 

「セイカまでやめてよ!」

 

ハヤトが車の扉を閉めながら振り返る。

 

「払わせねえよ。お前らに払えるわけないだろ」

 

「そこは安心させるところなのに、何で一言余計なの!?」

 

「事実だろ」

 

「またそれ!」

 

入口に立つ支配人は、ハヤトの姿を認めるなり、予約名を確認することもなく深々と頭を下げた。

 

「お待ちしておりました」

 

「ああ」

 

「ミュール様より伺っております。お部屋と食材の準備は、すべて完了しております」

 

「分かった」

 

支配人の言葉に、セイカの視線が僅かに動いた。

 

「食材?」

 

しかしハヤトは答えず、先に建物へ入っていく。

 

「ちょっと、無視しないでよ」

 

「中に入れば分かる」

 

「そればっかり!」

 

通されたのは、一般客が利用するフロアではなかった。

華やかな食堂を通ることもなく、裏手にある細い通路を進む。

 

その先には、一見すると従業員用にしか見えない扉があった。

支配人が鍵を差し込み、扉の奥に設けられた専用エレベーターへ四人を案内する。

 

「本当にレストランなんだよね?」

 

タウニーが小声で尋ねる。

 

「ここまで来てまだ疑うのか」

 

「普通のレストランに、鍵がないと入れないエレベーターなんてないよ!」

 

「普通じゃない店だからな」

 

「その言い方が怖いんだってば!」

 

エレベーターは、ほとんど音も立てずに上昇した。

最上階で扉が開く。

 

その先に設けられた個室は、レストランの一室というより、小さな迎賓館に近かった。

 

厚い扉に、足音を吸収する絨毯、外側から室内を覗くことのできない特殊な窓。

 

中央には四人用の大きなテーブルが置かれ、白い食器と銀のカトラリーが等間隔に並べられている。

本来ならミアレの夜景を一望できるはずの大窓には、分厚いカーテンが掛けられていた。

 

さらに、部屋の奥にはもう一つ扉がある。

支配人がそれを開くと、中から姿を現したのは、小規模ながら本格的な調理設備を備えた専用厨房と、高価そうなダイニングテーブルだった。

 

磨き上げられた調理台には、用途ごとに分けられた包丁、火力を細かく調整できるコンロが備え付けられている

壁際には冷蔵設備が設けられ、銀色の容器がいくつも並んでいる。

 

「厨房付き……?」

 

タウニーが目を丸くする。

 

「この個室のご利用者様専用となっております」

 

支配人はそう答えると、冷蔵庫の前へ歩いた。

 

「ご指定いただいた食材は、すべて未開封の状態で搬入しております。搬入口からこちらへ運ばれるまでの記録も、端末に保存しております」

 

「検査は?」

 

ハヤトが尋ねる。

 

「簡易検査は完了しております。ただし、ご指示どおり、開封は一切行っておりません」

 

「調理器具は」

 

「前回のご利用後、施錠した状態で保管しております。ハヤト様の登録情報がなければ、収納棚を開けることはできません」

 

「分かった。もういい」

 

ハヤトは厨房内を見回す。

支配人は深く頭を下げた。

 

「皆様のお料理は、準備が整い次第お運びいたします。何かございましたら、卓上の呼び出し装置をお使いください」

 

「ああ」

 

支配人とスタッフが退出する。

厚い扉が閉じた直後、小さな施錠音が室内へ響いた。

 

「……ずいぶん厳重だねぇ」

 

デウロが呟く。

 

「話を聞かれたくないだけなら、代表室でも十分だったはずです」

 

セイカは厨房と食卓を見比べる。

 

「それに、食材を未開封の状態で運ばせて、調理器具まで別に保管してる」

 

ハヤトは上着を脱ぎ、椅子の背へ掛けた。

白いシャツの袖を肘まで捲る。

 

そのまま厨房へ入ると、入口脇に置かれていた消毒液を手へ擦り込み、さらに流水で指先から手首まで丁寧に洗い始めた。

 

「何してるの?」

 

タウニーが首を傾げる。

 

「見て分かんねえのか。料理するんだよ」

 

「誰が?」

 

「俺が」

 

「五つ星レストランに来て?」

 

「場所を借りてるだけだ」

 

「料理人さんに作ってもらわないの?」

 

「俺の分はな。お前らの分は後で来るって言ってたろ」

 

ハヤトはタオルで手を拭くと、冷蔵設備の前へ立った。

銀色の容器を一つずつ取り出す。

 

巻かれている封印帯の番号を、手元の端末に記録された番号と照合する。

容器の表面を光に翳す。針を通した跡や、目立たない傷がないか、帯が一度剥がされて貼り直されていないか、接着部分の幅に不自然な違いはないか。

 

確認を終えても、すぐには開けない。

小さな秤へ容器を置き、記録された重量と一致していることを確かめる。

さらに調理器具を収めた棚へ手を触れた。指紋と脈拍を読み取る認証装置が作動し、短い電子音とともに扉が開く。

 

中から取り出した包丁を、光へ翳す。刃だけでなく、柄の継ぎ目まで確かめる。

 

鍋やまな板、ボウル、調味料を量るための小さな匙。

どれも、使う前に一度ずつ目視で確認した。

 

タウニーは、初めこそ珍しそうに眺めていた。

しかし、確認があまりにも長く続くため、次第に表情から好奇心が消えていく。

 

「……そこまで見る必要ある?」

 

ハヤトの手が止まった。

 

「ある」

 

「お店の人が検査したって言ってたよ」

 

「他人の検査なんか信用できるか」

 

「でも、ミュールさんが手配したんでしょ?」

 

「あいつが手配したことと、ここへ運ばれるまで誰も触ってないことは別だろ」

 

「ミュールさんのことも信用してないの?」

 

「そういう話じゃねえよ」

 

ハヤトは帯の端へ専用の刃を入れ、慎重に切り開く。

容器の中には、整えられた野菜と肉が入っていた。

 

それらを取り出しながらも、一つずつ匂いを確かめ、断面に変色がないかを確認する。

好みが細かいという程度ではない。料理へ取りかかる前に行う確認としては、明らかに異常だった。

 

「店の料理が嫌いなの?」

 

タウニーが尋ねる。

 

「別に」

 

「料理人さんの腕を信用してない?」

 

「そうじゃない」

 

「じゃあ、何で自分で作るの?」

 

「他人が作ったものは食わない」

 

「どうして?」

 

「食えないから」

 

ハヤトの声が少しだけ低くなる。

 

それ以上は聞くな。言葉よりも、横顔がそう告げていた。

 

タウニーは口を閉じる。

デウロは厨房の入口へ立ったまま、ハヤトの手元を静かに観察していた。

 

好き嫌いではない。料理人への侮辱でもない。食材の封が切られていないこと。調理器具に何も塗られていないこと。料理が完成するまで、自分以外の手が一切加わっていないこと。

 

そのすべてを自分の目で確かめなければ、口へ運ぶことができない。

そういう人間の動きだった。

 

ハヤトは肉を切り分け、温めた鍋へ油を落とした。手際は慣れている。

 

包丁の動きに迷いがなく、材料を切る順番も、火を入れる時間も、最初から決まっているようだった。

少年が身につけている技術としては、あまりにも生活に馴染みすぎている。

 

「料理、得意なんだ」

 

タウニーが言った。

 

「毎日やってりゃ嫌でも慣れる」

 

「毎日、自分で作ってるの?」

 

「ああ」

 

「会社の偉い人なら、専属の料理人とか雇えそうなのに」

 

「雇ったところで食えねえから意味ない」

 

肉の表面が焼ける音が、厨房へ広がる。

香ばしい匂いが個室に流れ、空腹だったタウニーの視線が鍋へ吸い寄せられた。

 

ハヤトは横目でそれに気づく。

 

「お前の分じゃねえぞ」

 

「見てただけだし」

 

「顔に食いたいって書いてある」

 

「書いてない!」

 

「後で店の料理が来るだろ」

 

「そっちの方が絶対おいしいし!」

 

「じゃあ見るなよ」

 

「見てない!」

 

言い合う二人を見て、デウロが小さく息を吐いた。

先ほど会社で見せていたハヤトとは、明らかに違う。

 

債権者として三人を見下ろしていた時のような圧がない。

 

年齢に似合わない高級な服も、会社の頂点に立つ肩書きもそのままなのに、厨房に立ってタウニーと口喧嘩をする姿だけは、年相応の少年に見えた。

 

やがて、三人のための料理が運び込まれた。

 

前菜。温かなスープ。焼き上げられた魚。

 

料理を置いたスタッフは、ハヤトの食器には一切触れなかった。

それどころか、厨房へ視線を向けることさえ避けているようだった。

 

この店では、ハヤトが自ら調理することも、それを誰も手伝ってはならないことも、既に共有されているらしい。

 

スタッフが退室したあと、タウニーは目の前の料理へ手を伸ばしかける。

しかし途中で止まり、ハヤトを見る。

 

「食べていいの?」

 

「何で俺に聞くんだよ」

 

「だって、毒とか入ってないよね?」

 

冗談めかして言ったつもりだった。だが、ハヤトの手が一瞬止まる。

 

ほんの僅かな変化。それでもセイカは見逃さなかった。

 

「タウニー」

 

「え?」

 

「そういう冗談、やめて」

 

「ごめんごめん」

 

タウニーは素直に謝り、視線を料理へ落とした。

ハヤトは何も言わず、完成した自分の料理を一枚の皿へ盛りつける。

 

火を止める。使った調理器具をテーブルから離れた位置へ置く。

 

皿を運ぶ時でさえ、誰にも触れさせなかった。

自分で食卓へ運び、三人の向かい側へ腰掛ける。

 

しかし、すぐには口をつけない。

皿を目の高さまで持ち上げ、料理の表面を確認すると、その香りを確かめる。離れていた時間は一度もない。誰も厨房には入っていない。

 

それでも、最後の確認をせずにはいられないらしい。

 

「……昔、何かあったの?」

 

セイカが尋ねた。ハヤトは皿を置いた。

 

「何もねえよ」

 

「何もない人は、包丁の柄まで調べない」

 

「用心してるだけだ」

 

「どうして、そこまで用心する必要があるの?」

 

「お前には関係ない」

 

「今から一緒に仕事をさせるつもりなら、関係なくはない」

 

セイカは目を逸らさない。

 

「食事を取れない場所があるなら、行動にも影響する。途中で倒れられても困る」

 

「倒れねえよ」

 

「食べなければ倒れる」

 

「別に必要なら何日かくらい食わなくても動ける」

 

「そういう問題じゃない」

 

言い返そうとしたハヤトの口が止まる。

セイカの言葉は責めているのではない。憐れんでいるわけでもない。

 

ただ、これから共に行動する可能性のある相手として、必要なことを確認しようとしている。

それが分かったからこそ、ハヤトは余計に答えに困ったようだった。

 

フォークを指先で弄ぶ。

いつものように契約や金を持ち出して、話を打ち切ることもできた。

だが、今の三人は債務者としてここに座っているわけではない。

 

自分が仕事を頼むために、呼び出した相手だった。

 

「……毒を、異物を盛られたことがある」

 

ようやく、ハヤトが言った。タウニーの手が止まる。

デウロの表情から、僅かに残っていた笑みが消えた。

 

「一回?」

 

セイカが尋ねる。

 

「何回か」

 

「何回かって……」

 

「覚えてねえよ。何度もあったから」

 

あまりにも淡々とした答えだった。だからこそ、その異常さが際立つ。

 

「最初は、会社を始めた頃」

 

ハヤトは皿へ視線を落としたまま続けた。

 

「まだ会社とは言っても名ばかりだったがな。俺がガキだったし、取引の邪魔になるって思った奴がいた。食事に混ぜられた。次は飲み物。その次は、風邪薬」

 

「社員に?」

 

「外の奴も、中の奴もいた」

 

「会社の中の人まで……?」

 

3人の表情が曇る。タウニーの声が震える。

 

「会社を大きくすれば、敵も増える。俺を殺せば会社を乗っ取れると思った奴もいたし、契約を潰せると思った奴もいた」

 

「それで、何度も死にかけた?」

 

「まあな。でも別に死んでねえだろ」

 

「死にかけたか聞いてるの」

 

「……何度かはな。そりゃ、毒だし」

 

タウニーは何も言えなくなった。

目の前にいるのは、自分よりも年下の少年だ。

 

会社の社長。自分たちには三千万円の債権を持つ金融屋。

裏社会の人間たちから恐れられる存在。

そうした肩書きばかりが先に見えていた。

 

けれど、その会社を立ち上げたのは今よりずっと子供の頃。

子供だからと侮られないように振る舞いながら、同時に、自分を消そうとする大人たちの中で生きてきた。

 

「病院には?」

 

「そりゃ何度かな」

 

「それから、他の人が作ったものが食べられなくなった?」

 

「……まあ」

 

「毒が入ってないって分かってても?」

 

「頭では分かっててもな…」

 

ハヤトはフォークを握る。

 

「食おうとすると、身体が止まる。匂い嗅いだだけで吐くこともある」

 

怒っているような口調だった。誰かへ向けている怒りではない。

自分の身体が、自分の意思に従わないことへの苛立ち。

 

「だから、外では食わない。必要なら自分で作る。それだけだ」

 

「それだけって……」

 

タウニーは言いかけて、言葉を呑み込んだ。

安易に可哀想だと言えば、きっとハヤトは怒る。

 

自分でも、それが適切な言葉ではないと分かっていた。

代わりに、目の前の料理へ視線を落とす。

 

「じゃあ、どうしてこの店にしたの?」

 

「厨房が使えるから」

 

「それだけ?」

 

「他にもある。防音も通信妨害もあるし、店の人間は客の話を外でしない」

 

「でも、あたしたちならホテルでも食事できたよ」

 

「ホテルでお前らが作ったもの、俺は食えねえだろ」

 

「ハヤトが自分の分だけ作ればいいじゃん」

 

「初対面の相手の台所なんか使えるか」

 

「じゃあ、会社の厨房は?」

 

「誰が手加えてるか分かんねえだろ」

 

そこでタウニーは、ようやく気づいたように顔を上げた。

 

「ここにしたの、あたしたちに食事を出すためでもある?」

 

ハヤトの眉が動く。

 

「…別に」

 

「自分はどこでも食べられないけど、あたしたちにはちゃんとした料理を食べさせようとした?」

 

「話が長くなるから、飯でも食いながらって言っただけだ」

 

「でも、普通の店じゃなくて、こんな高いところを取った」

 

「ミュールが勝手に選んだ」

 

「ハヤトが任せたんでしょ?」

 

「うるせえな。食いたくないなら食わなくていいぞ」

 

「食べる!」

 

タウニーは即座にスープへ手を伸ばした。

一口飲んだ瞬間、目を大きく見開く。

 

「おいしい……!」

 

先ほどまでの重い空気を忘れたような声だった。

 

「すごい、おいしい! デウロも飲んでみて!」

 

「あたしの前にも同じものがあるよ」

 

「あ、そっか」

 

「単純」

 

セイカが呟く。しかし彼女もようやく料理へ手をつける。

デウロもスープを一口味わい、小さく頷いた。

 

「これは、確かに美味しいねぇ」

 

「でしょ!?」

 

「お前が作ったみたいに言うなよ」

 

ハヤトが自分の料理を食べながら言う。

 

「いいじゃん、同じテーブルで食べてるんだから」

 

「意味分かんねえ」

 

「ハヤトのも、おいしい?」

 

「普通」

 

「ちょっと食べてみたい」

 

「駄目だ」

 

「一口くらい!」

 

「駄目だって言ってんだろ」

 

「ケチ!」

 

「他人が箸つけたら、もう俺が食えなくなるんだよ」

 

「あっ……」

 

タウニーの顔が固まる。

先ほど聞いたばかりの事情を思い出し、気まずそうに肩を縮めた。

 

「…ごめん」

 

「分かればいい」

 

ハヤトは怒るでもなく、自分の皿を少しだけ遠ざけた。

タウニーはそれ以上欲しがらなかった。

 

四人がそれぞれ料理を口へ運ぶ。同じ食卓に座ってはいる。

だが、ハヤトだけは、自分で選び、自分で確認し、自分で調理したものを食べている。

 

他人と同じ場所で食事をするために、ここまでの準備が必要になる。

それは、同じ食卓を囲んでいるという事実と、ハヤトが抱える隔たりを同時に示しているようだった。

 

「それで」

 

セイカが食器を置く。

 

「食事の理由は分かった」

 

「理由って言うほどじゃねえよ」

 

「じゃあ、次」

 

「…ああ」

 

「ゼルネアスとイベルタル」

 

室内の空気が、僅かに変わる。タウニーも食事の手を止めた。

 

「見つけたら、借金は全部なし」

 

一つずつ確かめるように言葉を置く。

 

「それだけの条件を出してまで、あんたは二体を探してる。でも、捕まえたいわけじゃないんでしょ?」

 

「ああ」

 

「見つけたあと、どうするつもりなの?」

 

「……」

 

「保護するの? 誰かに渡すの? それとも、何かさせたいの?」

 

ハヤトの返事がない。

会社で三千万円もの債権について話していた時よりも、明らかに困った顔をしている。

 

「黙ってたら分かんないよ」

 

「いや、その……」

 

ハヤトが視線を彷徨わせる。

食器、窓、自分の手元。

タウニーたちと目を合わせようとしない。

 

「あー……」

 

「うん」

 

「いや、あれなんだけど」

 

「だから何?」

 

「それ、ただの口実なんだ」

 

三人の動きが止まった。

 

「…………口実?」

 

タウニーが聞き返す。

 

「ゼルネアスとイベルタルを探すのが?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、あの資料は嘘?」

 

「資料は本物だ。ミアレ周辺で変な反応が出てるのも本当」

 

「でも、二体を探すこと自体が本当の目的じゃない」

 

セイカが言う。

 

「ああ」

 

「どうして、そんな回りくどいことをしたの?」

 

「……やり方が分かんなかったんだよ」

 

「何の?」

 

「人に仕事を頼むやり方」

 

タウニーが目を丸くする。デウロも僅かに眉を上げた。

ハヤトは食器を置く。

 

会社で見せていた、年齢を感じさせない金融屋の顔ではない。

自分でも言葉をどう並べればいいのか分からず、苛立っている少年の顔だった。

 

「俺、まだガキだから」

 

「知ってる」

 

「…最後まで聞よ」

 

「はいはい」

 

「下手に出たら舐められるんだよ。社員にも、取引先にも、他の金融屋にも」

 

言葉が少しずつ早くなる。

 

「普通に頼んだって、ガキが何言ってんだって思われる。断られたり、条件を吊り上げられたり、逆にこっちの弱みを探られる」

 

「だから、相手が断れない状態を先に作る?」

 

セイカが尋ねる。

 

「金か契約か、何か握ってから話す。その方が早いし、分かりやすい。今まではそれで困らなかった」

 

「それで、あたしたちにも同じことをしたの?」

 

「……そう」

 

「三千万の借金を突きつけて?」

 

「そう」

 

「売り飛ばすみたいな脅しをして?」

 

「それは、その……」

 

ハヤトの顔が僅かに赤くなる。

 

「ムキになったというか、テンション上がってというか…」

 

「何に?」

 

「お前らが、ずっと悪徳業者みたいに言うから」

 

「悪徳業者でしょ!」

 

「だから、だったらそれっぽくやってやろうと思って」

 

「子供じゃん!」

 

「子供だよ! 今そう言ってるだろ!」

 

思わず声を荒らげたあと、ハヤト自身が一番驚いたように口を閉じる。

タウニーも目を丸くしていた。数秒間の沈黙。

 

デウロが口元へ手を当てる。

 

「何だよ」

 

「いやぁ。会社にいた時より、今の方がずっと子供らしいと思って」

 

「笑うな」

 

「笑ってないよぉ」

 

「口元が笑ってる」

 

「これは普段からですう」

 

「嘘つけ…」

 

セイカはハヤトをじっと見つめている。

 

「さっきの脅しも、事前に考えてたの?」

 

「……」

 

「考えてたんだ」

 

「少しだけだ」

 

「どのくらい?」

 

「ホテルへ行く途中で、何を言うか考えたくらい」

 

「それで、途中から楽しくなった?」

 

タウニーが問い詰める。

 

「……ちょっとって言ってるだろ」

 

「最低!」

 

「悪かったよ!」

 

ハヤトが言い返す。だが、その直後、視線を落とした。

 

「その……悪かった」

 

今度の声は小さい。タウニーの動きが止まる。

 

「怖がらせたこと」

 

ハヤトは言葉を探すように、途切れ途切れに続ける。

 

「別に、あそこまでやらなくてもよかったとは思ってる。やり方が分かんなかったのも本当だし、途中でムキになったのも本当だ」

 

会社の社長が債務者へ向ける言葉ではない。

ただの少年が、自分のやり方を間違えた相手へ向ける、不器用な謝罪だった。

 

「借金があるのは本当だけど、ホテルを取るつもりも、お前らやポケモンをどうにかするつもりもない」

 

「最初から?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、あたしたちが本気で怖がってるのを見て、笑ったのは?」

 

「……それも悪かった」

 

「本当に?」

 

「何回言わせるんだよ」

 

「ちゃんと謝れてないから」

 

「今謝っただろ」

 

「目を見てない」

 

「細かいな、お前!」

 

「会社の社長じゃなくて、ハヤトとして謝って」

 

タウニーは譲らなかった。ハヤトは一度、深く息を吐く。

顔を上げる。

 

タウニーと目を合わせた。

 

「……悪かった」

 

先ほどより、はっきりした声だった。

 

「俺の都合で、お前らを怖がらせた。断られるのが嫌で借金を使ったし、途中で調子に乗った」

 

「もうやらない?」

 

「お前らにはやらない」

 

「他の人にはやるんだ」

 

「仕事なら必要な時もあるだろ」

 

「そこは直さないんだ……」

 

「金融屋だからな」

 

「便利な言葉みたいに使うなって、デウロに言われてたでしょ」

 

タウニーが呆れたように息を吐く。

それでも、会社にいた時ほどの警戒は残っていない。

 

「まあ……謝ったから、今はいい」

 

「今は?」

 

「一生忘れないけど」

 

「面倒くせえな、お前」

 

「一生言うって最初に言ったでしょ」

 

「本当に言うつもりだったのかよ」

 

デウロが小さく笑った。

セイカも、僅かに表情を緩めている。

 

ハヤトはそれに気づくと、どこか居心地が悪そうに自分の皿へ視線を落とした。

 

「それで」

 

セイカが話を戻す。

 

「ゼルネアスとイベルタルの捜索が口実なら、本当に頼みたいことは何?」

 

ハヤトの手が止まる。窓の外では、雨に滲んだミアレの光が揺れていた。

 

ホテルZへ現れた金融屋。三千万円へ膨らんだ借金。

伝説のポケモンの捜索。

 

それらはすべて、三人をこの食卓へ座らせるために、ハヤトが用意した入口にすぎなかった。

 

「……それを、今から話す」

 

ハヤトは椅子の脇へ置いていた黒い鞄へ手を伸ばす。

厳重に留められた金具を外し、一冊の薄いファイルを取り出した。

 

表紙には、会社名も、債務者の名前も書かれていない。

ただ中央に、赤い文字で一つだけ記されていた。

 

――機密。

 

ハヤトはそれを、まだ開かずにテーブルへ置いた。

 

「食い終わったら、本題に入る。…冷める前に食えよ、ここ高えんだから」

 

タウニー、デウロ、セイカの視線が、黒いファイルへ集まる。

そこに何が記されているのか。

 

なぜ、会社の社員にも警察にも相談できず、出会ったばかりの三人を借金まで利用して呼び寄せたのか。

 

その答えは、閉ざされた表紙の向こうにあった。

 




新シーズン何使おうかなあ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:30文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

神域の料理人が往く食戟のソーマ(作者:あさやん&あさやん)(原作:食戟のソーマ)

▼【グルメ界】の『エリア6』に住む『貝王 ジャイアントシェル』。その中にある文明『ブルーグリル』で、気が遠くなるほどの長きに渡り『魂の交換』を行ってきた男。▼『美味なる食材』と『優れた調理技術』を求め『人間界』『グルメ界』と旅を続け………………遂には【食戟のソーマ】の世界までやってきてしまう。▼全ては『人生のフルコース』を完成させるために!!!▼※【トリコ】…


総合評価:7693/評価:8.04/連載:34話/更新日時:2026年07月31日(金) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>