ちなみにたいじキッズなのでたいじ視点で楽しんでます^_^
あとなんか評価に文字数制限つけちゃってたので外しました(*^^*)
第四話 機密ファイル
黒いファイルが開かれたのは、四人が食事を終えてからだった。
表紙の中央に記された赤い二文字。
――機密。
タウニーは先ほどから何度もそちらへ視線を送っていたが、ハヤトは急かされても手を伸ばさなかった。
「もういいでしょ?」
「何が」
「ファイル」
「食い終わったのか」
「終わった!」
「皿に残ってるそれは何だよ」
「……飾り?」
「野菜も食え」
「細かいなあ…」
結局、最後の一口まで食べさせられたタウニーが不満げにフォークを置く。
デウロもグラスを戻した。
「あたしも食べ終わったよ」
「こっちも」
セイカがナプキンを畳む。
三人を確認してから、ハヤトは黒いファイルを自分の前へ引き寄せた。
一見すれば、ごく普通の厚紙の表紙。
しかし右下へ指を置くと、内部に隠されていた認証装置が淡く発光した。
指紋や体温、脈拍。
複数の情報が照合され、小さな解錠音が鳴る。
「なんでそんなに厳重なの?」
「中身が中身だからな」
「代表室に保管してあっても?」
「会社の中でも危ないってさっき言ったろ。一枚岩じゃない」
ハヤトは表紙を開いた。
一枚目に現れたのは、一人の男の写真だった。
三十代半ばほど。日に焼けた顔に、少しくたびれた作業着。
その隣には一匹のヘルガーが座り、男の脚へ身体を預けている。
鋭い目つきに似合わず、穏やかな表情だった。
写真の下には氏名、年齢、住所、職業、家族構成、債務額、契約日。
次のページにも、別の人物。さらに次にも。
年齢も性別も職業も統一されていない。
ハヤトは八人分の資料を取り出し、テーブルへ並べた。
「ここ半年で、この八人が消えた」
「消えた?」
「返済を無視して逃げてるってだけじゃない。生活の痕跡を残したまま本人だけが消えたんだよ。夜逃げにしちゃ残してる荷物も多い」
最初の男の資料を指す。
「配送業者だった。仕事で使ってた車が壊れて、買い替えの費用として百八十万借りた。何度か支払いは遅れていたが、そのたび本人から連絡が来てる」
失踪する三日前にも、翌月の返済について相談していた。
勤務先には普通に出勤。家賃も支払っていた。
仕事道具も、服も、ほとんど部屋に残されたまま。
「それでも、突然怖くなって逃げた可能性はあるんじゃない?」
「一人だけなら俺もそう考えた」
二人目は飲食店の経営者。
消える前日まで厨房で働き、翌日の予約客のために仕込みを済ませていた。
三人目は大学の研究員。
失踪する一週間前、返済期間の延長が認められたばかり。
四人目のポケモン用品店主は、当日の朝に追加の商品を発注している。
五人目のタクシー運転手は、翌週に控えた娘の誕生日プレゼントを既に購入済み。
六人目の整備士は、翌日の仕事を友人へ手伝ってほしいと連絡していた。
七人目の警備員は、夜勤へ向かう途中で消息を絶つ。
八人目の女性は、退勤後に家族へ送った「今から帰る」という短いメッセージを最後に、端末の電源が切れていた。
「計画的に逃げた人たちには見えない」
セイカが言った。
「ああ」
「失踪後の記録は?」
「ない。端末、電子決済、交通機関、宿泊施設、ポケモンセンター。本人名義で使われた記録は一件も出てない」
「別名義で生活している可能性はあるねえ」
デウロが一枚を手に取る。
「当然ある。現金だけで暮らしてるかもしれないし、ミアレの外へ出た可能性も当然あるが…」
「それなら、完全に消えたとは言えない」
「だから最初は普通の債務逃れとして処理してたんだ」
一人、二人なら珍しくない。
借金を抱え、ある日突然いなくなる人間。
金融会社であれば何度も経験する。
だが、同じように生活の痕跡だけを残した人間が続いた。
しかも八人には、互いの面識がない。
住む場所も、職場も違う。
日常的に同じ店を利用していた形跡もない。
「それだけなら、まだ偶然で済ませられた」
ハヤトはファイルの奥から三枚の写真を取り出した。
一枚目。暗い路地で牙を剥くヘルガー。
口元から白い泡を吹き、瞳は異様なほど充血している。
首には、黒い金属製の器具。
二枚目はゴロンダ。
倉庫の壁を突き破り、瓦礫の中で複数のポケモンを相手に暴れている。
三枚目はガメノデス。
港近くの資材置き場で、積まれたコンテナを片端から吹き飛ばしていた。
タウニーの表情から、先ほどまでの軽さが消えた。
「この子たちは?」
「消えた債務者の手持ちに居たポケモンたちだ」
「ポケモン達だけ?本人たちは?」
「当然近辺で見つからなかった」
八人のうち三人、ポケモンが別の場所で発見されている。
残る五人については、本人だけでなく連れていたポケモンも消息不明。
ハヤトは、最初の男とヘルガーが並んだ写真を横へ置いた。
「このヘルガーは飼い主と十年以上一緒だった。家族の話じゃ、どこへ行くにも連れてたらしい」
穏やかな写真と暴走時の写真。
見比べれば同じ個体とは思えない。
「見つかった時、うちの回収班三人と、先に来てた警備員二人が怪我した。ポケモンも五体やられた」
「ヘルガー一匹に?」
「一匹だからって舐めるなよ」
「そうじゃなくて。そこまでして止められなかったの?」
「止まらなかったんだよ」
技を受けても立ち上がる。脚を傷めても、その脚で走る。
壁へ叩きつけられても、自分を守ろうとせず攻撃を続ける。
痛みを感じないというより、身体を守る本能そのものを無視させられているようだった。
ハヤトは透明な袋を置いた。
中には、黒く焼け焦げた小さな金属片。
内部には、紫がかった結晶のような物質が僅かに残っている。
「首についてた器具の破片だ」
「これが原因?」
「その可能性が高い。興奮作用、鎮痛作用、神経に作用する薬物も検出された」
「薬で暴れさせた?」
「それだけじゃ強さが説明できない」
暴走時に記録された技の威力が、本来の能力を大幅に上回っていた。
ゴロンダとガメノデスも同様。
単に興奮させただけでは、身体能力そのものがここまで跳ね上がる説明にはならない。
「その結晶は?」
セイカが尋ねた。
「外部のの研究所へ回した」
「正体は?」
「まだ分かってない」
そこでハヤトは一度、三人の顔を見る。
「ただ、どうもエネルギーの性質がメガストーンに近しいらしい」
三人の目つきが変わった。
単に、メガストーンという言葉を知っているからではない。
MZ団にとってメガエネルギーは、実際に何度も向き合ったものだ。
タウニーがヘルガーの写真を引き寄せる。
「……似てる」
「何に?」
「暴走メガシンカ」
デウロもゴロンダの写真へ視線を落とした。
「姿は変わっていない。でも、限界を無視して動き続けるところは似てるね」
「あの時のポケモンたちも、自分の身体が耐えられなくなっているのに止まれなかった」
セイカが続ける。
「外部から無理やり力を与えられているような状態だった」
「やっぱり、そう見えるか」
「だから、あたしたち?」
「ああ」
暴走メガシンカ事件を終わらせた、ミアレの英雄。
街で知らない者を探す方が難しい。当然、ハヤトも知っていた。
「お前らが強いのはまあ、分かってる。単に倒すだけじゃなく、暴走したポケモンを何度も救ってることもな」
「でも」
タウニーが写真を見比べる。
「暴走メガシンカは、もう収まってるはずだよ」
「ああ」
「あの事件が終わってから、同じ規模の暴走は確認されてない」
「そこだな。それに、姿が変わってる訳じゃない」
今回の三匹は、メガシンカしていない。メガストーンもない。
キーストーンも確認されていない。
トレーナーすら、その場にはいない。
それなのに、状態だけが酷似している。
「誰かが再現しようとしてる?」
「可能性はある」
「暴走メガシンカの時に残ったエネルギーを使ってるとか」
「それも分からない」
「今確実に言えるのは?」
「誰かが装置をつけて、ポケモンの力を無理やり引き出してる。それだけだ」
「……十分嫌だね」
タウニーが小さく呟く。
「だから、見つけても倒してそこで終わりじゃない」
ハヤトの声が少し強くなった。
「戦わなきゃ止められないなら仕方ない。それでも、こいつらは敵じゃない。利用されてるだけだ」
「分かってるよ」
タウニーが即答する。
「暴走してるポケモン自身が一番苦しいのは、あたしたちも見てきたから」
「あたしも同意だね」
デウロが頷く。セイカも異論を挟まない。
それを見て、ハヤトは短く言った。
「だから、お前らに頼んでる」
次に出されたのは、三通の書類だった。
それぞれ違う金融会社の名前。
書式も紙質も異なるが内容は同じ。
ミミッキュファイナンスから債権を譲り受けた。
以降はこちらへ返済せよ。
ハヤトの署名とミミッキュを模した社印。
「失踪者のうち五人には、消える前にこれが届いてる」
「本当に債権を売ったの?」
「いや、売ってねえ」
ハヤトは即答した。
「うちが債権を譲渡するなら、俺かミュールの承認がいる。だが俺達のどちらも譲渡してないし、その記録もない。この五件は今も全部うちが債権を持ってる」
「…偽造?」
「ああ、だろうな」
一見、本物と区別するのは難しい。
だが並べれば細かな違いが見える。
社章の角度や署名の筆順。
契約番号の配置の僅かなズレ、内部でしか使用しない識別記号。
「かなり精巧だねぇ」
デウロが一通を読む。
「あたしも、本物を見慣れてなければ信じちゃいそう」
「債務者なら普通に騙されるね」
「この三社が作った?」
タウニーが尋ねる。
「最初は俺もそう思った」
「最初は?」
「もう調べた」
三人が顔を上げる。
「いつ?」
「偽物が見つかった時点で」
「…普通に聞きに行ったの?」
ハヤトが一瞬、目を逸らす。
「……その、多少は手荒だったが」
「多少?」
「帳簿と契約書を全部出させた。社長と上の幹部も別々に調べた」
「それ、ただの調査なの?」
「金融屋同士なら普通だよ」
「絶対普通じゃないよ」
「向こうが先にポケモン出してきたし…仕方ないだろ」
「バトルしたの!?」
「正当防衛だ」
「勝った?」
「今はそこじゃねえだろ。…まあ勝ったけど」
表の帳簿だけではなく、裏帳簿や通信履歴、資金の移動経路や、保有する倉庫や車両、債務者名簿に至るまで、可能な範囲で徹底的に調べた。
「事件に関係するものは出なかった」
「証拠を消した可能性は?」
セイカが尋ねる。
「当然考えた。だから記録だけじゃ決めきれない」
「他には?」
「エスパータイプのポケモンも使った」
タウニーが僅かに目を見開く。
「心を読んだの?」
「当然何でもかんでも読めるわけじゃないがな。質問した時の感情の変化とか、記憶に触れた時の反応を見る程度だ」
質問者を変え、順番も変えた。
偽造書類を見せる前後の反応の違い。債務者の名前だけを告げた時。
暴走したポケモンの写真を見せた時。
社長と幹部は、それぞれ違う反応を示した。
自社の名前を勝手に使われたことへの怒り。
ミミッキュファイナンスが罠を仕掛けたのではないかという疑い。
事件とは関係のない別件の取引や裏帳簿を知られることへの動揺。
「でも、この件だけは本当に知らない反応だった」
「絶対?」
「絶対なんて言葉はうちの業界にはねえ」
記憶を操作されている可能性。エスパータイプを欺く手段。
全員が極端に優れた演技をしている可能性。
何一つ、完全なゼロにはできない。
「ただ、三社の社長と主要幹部が主導してる可能性はかなり低いと言えるだろうな」
「じゃあ、三社も名前を利用された?」
「たぶんな」
しかも偽造は、単に会社名を借りただけではない。
一社は紙の契約媒体で。
一社は暗号化された電子契約。
一社は債務者を事務所へ呼び出し、その場で手続きをする。
犯人は、それぞれの会社が普段採用している方式に合わせて接触していた。
「…三社とも、事前に調べられてる」
セイカが言った。
「ああ。契約書の形式、部署名、連絡方法、債権譲渡の手順まで把握されてる」
「外から眺めてるだけじゃ分からない情報だね」
「そういうこと」
三社の名前を騙る。ミミッキュファイナンスの債務者へ接触する。
その人間が消え、ポケモンだけが異常な状態で発見される。
そして、1連を外から見れば――。
「……ミミッキュファイナンスがやったように見える」
タウニーが呟く。
ハヤトは、小さな情報サイトや匿名掲示板の印刷を出した。
『借金を返せなくなった債務者が消されている』
『金融会社に薬を打たれたヘルガーが暴走した』
『例の社長が債務者のポケモンを実験に使っている』
「もう噂になってる……」
「まだ小さい。でも同じことが続けば、いずれ表に出る」
ミミッキュファイナンスは元々、世間から好意的に見られる会社ではない。
高い利息に厳しい契約。裏オフィス街にあり、その経営者は正体不明。
だからこそ、荒唐無稽な噂でも信じる者が出る。
「明らかに、うちの仕業に見せかけるために、うちの債務者を狙ってる」
ハヤトの声が低くなった。
「偶然、うちから借りてる奴が被害に遭ったんじゃない。最初からミミッキュファイナンスとの繋がりがある奴を選んでる」
「会社を潰したい?」
「その可能性もある」
「それに加えて三社へ疑いを向けさせて、そっちとも争わせる」
デウロが言う。
「あたしたちが別の金融屋に気を取られている間、本当の相手は動けるね」
「ああ。実際、かなり人員を使わされたしな」
「三社からも嫌われた」
セイカが付け加えた。
「……多少だよ、多少な」
「どれだけ手荒だったの?」
「…そこはどうでもいいだろ」
「かなりだね」
「うるせえな」
三社を完全に除外することもできない。
経営陣が知らなくても、もっとしたの社員が利用されている可能性はある。
元社員が情報を売ったかもしれない、知らずに車や倉庫を貸したかもしれない。
そうした経路までは、まだ潰しきれていない。
「だから、もう一度違う方向から見てほしいわけ」
「ハヤトの、ミミッキュファイナンスからの依頼だとは言わずに?」
「最初はそれで。俺の名前を出した瞬間、門を閉められる」
「何したの」
「調査だって言ってるだろ」
タウニーが疑わしそうな目を向ける。
ハヤトは無視した。
「ああ、それと、八人にはもう一つ共通点がある」
「同じ担当者?」
「いや」
「同じ窓口?」
「それも違う」
ハヤトは、各資料の隅に押された印を示した。
八件すべてに同じ文字。
――ミミッキュファイナンス東支社。
「全員、一度は契約関連で東支社を通ってる」
「どうして?」
「返済困難者向けの特別整理制度を、うちでは東支社がまとめて管理してる」
一時的な失業や事故、疾病。
事情があって返済を続けられなくなった債務者の契約を組み直す制度。
一定期間、利息を止めたり、月々の返済額を減らしたり、担保の回収を保留したりする。
「悪徳金融屋なのに?」
「何でもかんでも潰してたら金が戻ってこねえだろ」
「理由が金融屋だね」
「返せる状態にしといた方が得なんだよ」
「八人とも、その制度を利用した?」
「ああ」
「なら、東支社から情報が漏れた可能性は?」
セイカが尋ねた。
「ある。ただ、制度を使った債務者は他に何百人もいる。そのほとんどは消えてない」
「八人だけを選ぶ別の条件がある」
「それを探してる。まあ名簿からランダムに選ばれた可能性も否めないがな」
「この共通点に最初に気づいたのは?」
「東支社長のガントレ」
ハヤトは、一冊の報告書を取り出した。
八人の失踪時期と債務状況や家族への聞き取り、各人の共通点が整った形式でまとめられている。
「最初に、失踪が偶然じゃないかもしれないって言ってきたのもガントレ。この資料の半分はあいつが集めた」
「優秀な仲間がいるんだね」
デウロが報告書を捲る。
「ああ。仕事はできる。東支社を任せてる程度にはな」
「今回、あたしたちへ頼むことは?」
「言ってない」
「ガントレにも?」
「ああ」
「疑ってる?」
「そうじゃねえよ、別に」
ハヤトは即座に否定した。
「知る人間を増やしたくないだけだ」
ガントレ一人へ伝えたつもりでも、調査のために部下を動かせば、情報は別の人間へ渡る。
「東支社側はガントレに今まで通り調べさせる。お前らは別の角度から動く」
「調査結果は?」
「俺かミュールへ直接、直通の手段でだ」
「会社の端末は使わない?」
「なるべくな」
これまでにも、何度も先回りされている。倉庫へ向かえば、直前まで誰かがいた痕跡だけを残して空。
会う予定だった情報屋は前日に姿を消す。監視していた車は、調査開始の朝に廃車。装置に関係する可能性が出た工場は、社員が到着する前にもぬけの殻になっていた。
「社内に内通者がいる?」
「分からねえが可能性は高い」
社員かもしれないし、取引先かもしれない。
端末そのものが監視されている可能性もある。
「だから、会社の外にいる人間が必要だった」
セイカが言う。
「それでMZ団」
「そうだ」
タウニーが首を傾げる。
「でも、あたしたちが動いたら目立っちゃわない?」
「だから逆に使えるんだよ」
「目立つのに?」
「うちの社員が失踪者の家族へ聞き込みに行ったら、どうなると思う?」
「取り立てに来たと思われる」
「ああ」
「…MZ団なら、話を聞いてもらいやすいね」
デウロが答えた。
「そういうことだ、お前らなら信用がある」
ミアレの英雄で暴走メガシンカ事件を終わらせた者たち。
市民からの信用は、ミミッキュファイナンスとは比較にならない。
タウニーが少し首を傾げた。
「でも、外のトレーナーなら他にもいるでしょ?」
「…まあ、いるな」
「じゃあ、どうしてあたしたち?」
ハヤトは、何を今さらと言いたげに三人を見た。
「まず、お前らは強いらしいじゃねえか」
「そこは認めるんだ」
「認めるも何も、暴走メガシンカ事件を止めた連中だろ。ミアレで知らない奴の方が少ない」
単純な戦闘力だけではない。
暴走したポケモンを相手にしながら、周囲への被害を抑え、何度も事態を収束させてきた。
今回の相手もまた、力任せに倒せば済むとは限らない。
その経験を持つ人間は多くなかった。
「それに、お前らなら一般人も話を聞きやすい」
「なるほどねぇ」
デウロが頷く。
「強さと、表での信用」
「それだけ?」
タウニーが聞く。
ハヤトは一瞬黙った。
「…ま、今日はもう一個増えた」
「何が?」
「信用できそうだって理由」
三人が僅かに目を丸くする。
ハヤトは居心地悪そうに視線を逸らした。
「…ホテルと、その後事務所来てから」
「ホテルとその後?」
「お前がつくった借金なのに、デウロとセイカは最後まで残ってた」
タウニーが二人を見る。
保証団体の欄に名前を書かれていたとはいえ、本来なら二人まで最後まで付き合う必要はなかった。
少なくともハヤトには、そう見えた。
「本気で俺に三千万払えって言われてる時でも逃げなかったし、俺があんな脅し方しても、二人ともお前を置いて帰ろうとはしなかった」
「そりゃ帰らないよ」
デウロが即答する。
「何で」
「仲間だからね」
「そういうもの」
セイカも、当たり前のことのように言った。
ハヤトは二人を見る。
それから、タウニーを見る。
「……そういうもんなのか」
ハヤトは小さく呟いた。
理解したというよりも、まだ自分には馴染みのないものを確かめるような声だった。
しかし、そこで話は切った。
「それと、債務者だけじゃない。もう一つ見せる」
今度は、ミアレ周辺の地図を広げた。
赤と青、黄色。いくつもの印が散らばっている。
「赤が失踪場所。青が暴走ポケモン」
セイカが確認する。
「黄色は?」
「正体不明のエネルギー反応」
「装置と同じ?」
「一部が似てる」
黄色の印は、暴走ポケモンが発見された場所だけではない。
公園や地下水路。郊外や森林の近く。
ハヤトは何枚かの写真を並べた。
枯れかけていた木が、数日のうちに大量の花を咲かせた場所。
空き地を一気に覆った草。その一方では、突然葉を落とした森。
力を失った状態で発見された野生ポケモン。
「生命力が増えてる場所と、減ってる場所」
セイカが言った。
「ああ」
「……それで?」
ハヤトは少しだけ間を置いた。
「…そこで、俺は伝説のポケモンを疑った」
三人の視線が集まる。
「ゼルネアスと、イベルタル」
生命を分け与えると伝えられるゼルネアス。
生命を吸い取るとされるイベルタル。
「最初は、暴走メガシンカ事件の残留エネルギーを利用してるんだと思った」
「でも違う?」
「分からない。ただ、事件が収まった後に新しく出た反応もあるし、さっきも言ったがメガシンカしてる訳でもない」
「二体がミアレにいる証拠は?」
「ない」
「目撃情報は?」
「まともなものはない。眉唾な噂ばかりだ」
「じゃあ、ハヤトの推測?」
「ああ」
ハヤトはそこを誤魔化さなかった。
「装置のエネルギー源に二体の力を使ってるかもしれない。どっかから漏れたエネルギーを利用したのかもしれない。そもそも全く関係ないかもしれない」
「それでも疑った」
「確証はない。でも、関連性は少し感じる」
命が異常に満ちる場所。反対に、生命力が抜け落ちたような場所。
そして、メガストーンに近い反応を示す人工装置。
「無視するには、あまりに似たものが重なりすぎてる」
セイカが言った。
「ああ」
「だから最初、ゼルネアスとイベルタルを探せって言ったんだ」
タウニーが納得したように頷く。
「口実としても使えるしな」
「口実?さっきも言ってたけど」
「社内には、MZ団へ伝説のポケモン捜索を依頼したことにする」
MZ団がミアレ中を歩き回っても不自然ではない。
失踪者の家族へ会う、暴走現場を調べる。
三社へ接触する。そのすべて、伝説のポケモンを追っているように見せかける。
「本当に見つけたら?」
「事件との関係を調べる」
「捕まえる?」
「何で最初に捕獲なんだよ。…やりそうで怖えよ」
「強そうだから」
「お前、発想が野蛮すぎるだろ」
少しだけ空気が緩む。セイカが指を立てた。
「整理する」
一つ。
「消えた八人を探す」
「ああ」
二つ。
「名義を使われた三社を、犯人扱いせず別の角度から調べる」
三つ。
「暴走装置と、それを使う人間を追う」
四つ。
「同じ状態のポケモンを見つけたら、撃破より保護を優先」
五つ。
「生命エネルギーの異常も調べる。必要ならゼルネアスとイベルタルを追う」
「ああ」
「危険な場所を見つけたら?」
「勝手に深追いするな。俺かミュールにすぐ連絡しろ」
「ハヤトも」
「俺?」
「一人で動かない」
「俺は依頼主だぞ」
三人が黙ってハヤトを見る。
「……何だよ」
「一人で突っ走りそう」
「行かねえよ」
「本当に?」
「…たぶん」
「契約書に入れる」
「…何で俺まで契約に縛られなきゃいけねえ」
「あたしも賛成だね」
デウロが笑う。
「ミュールさんも賛成しそう」
タウニーまで続けた。
「チッ…。ミュールには言うなよめんどくせえから」
「それと、あらためて報酬は?」
デウロが尋ねる。
「借金を消す」
「元金も?」
「ああ」
「調査費と、移動費」
「出すよ」
「人間とポケモンの治療費」
「今回の仕事で負ったものなら全部」
「ホテルZに被害が出たら?」
「今回の件が原因なら直してやる」
「結構なんでも出すね」
タウニーが言う。
「命懸けになるかもしれない仕事を頼んでんだぞ。必要な金をケチってどうすんだよ」
「食費は?」
デウロが尋ねる。
「何でも必要経費にしようとすんな!…飯代ぐらい自分たちで用意しろよ」
「あたしは確認してるだけだよ」
「笑いながら言ってくんじゃねえ」
デウロが微かな苦笑を浮かべる。
セイカはしばらく契約内容を考えてから言った。
「依頼を受けるかは三人で決める」
「今ここでは?」
「返事しない。契約書も確認したい」
「そうか、分かった」
「意外と素直」
「何でも噛み付くわけじゃねえよ」
ハヤトは黒いファイルを閉じた。
「今日中にミュールへ作らせる」
「送ってくれる?」
「いや」
少し考えてから続ける。
「…明日の昼、俺がホテルZへ持ってく」
タウニーが顔を上げた。
「ハヤトが?」
「ああ」
「社員さんに頼めば?」
「今回の話を知ってる奴を増やしたくねえって言ったろ。それに、条項を変えるなら俺がいた方が早い」
「ミュールさんも?」
「たぶんな」
「じゃあ明日、ホテルで正式に決めるんだね」
「ああ」
「お昼ね」
「ああ」
「ご飯も一緒に食べる?」
「何で契約しに行って飯まで食うんだよ」
「ちょうどお昼だしいいじゃん!」
「俺が他人の作ったもん食えないって、さっき説明しただろ」
「自分で作って持ってくればいいじゃん」
「……」
「一緒に食べるだけなら問題ないでしょ?厨房も怖いなら作ってくれば解決だし」
ハヤトは一瞬、言葉に詰まった。
「……あくまで、仕事だからな」
「何が?」
「明日は仕事で行くって言ってんだよ」
「分かってるって」
「遊びに行くわけじゃねえからな」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「……ならいい」
妙に念を押すハヤトを見て、デウロが僅かに口元を緩めた。
「何だよ」
「あたしは何も言ってないよ」
「なら笑うな」
「明日の契約が楽しみだと思っただけ〜」
「絶対違うだろ…」
セイカが話を戻す。
「詳しい資料も明日?」
「専用端末を用意する。原本は渡さねえ」
「…GPSとかやめてよ?」
「…」
「却下ね」
「…危険な場所へ行った時に必要だろ!」
「緊急時だけ位置情報を送れるようにして」
「…それでも、まあ」
タウニーが感心したようにセイカを見る。
「すごい。金融屋と普通に交渉してる」
「契約書をちゃんと読まなかった結果が三千万だから」
「それ嫌味だろ」
「当然」
「性格悪いなこいつ…」
ハヤトは不満そうにファイルを鞄へ戻しかけた。
そこで。
「ああ、それと」
三人が見る。
ハヤトはタウニー、デウロ、セイカを順番に見た。
「明日、ポケモンの準備しとけよ」
「ポケモン?」
「お前らの勇名が事実か、俺が確かめてやる」
数秒。
タウニーが瞬きをする。セイカは無表情。
デウロだけが、少しだけ眉を上げた。
「……ハヤト」
「何だ」
「さっき、自分で言ってたよね?」
「何を」
「『お前らは強い』って」
「……」
「暴走メガシンカを何度も止めた実績があるから、あたしたちへ依頼するって」
「…その、それとこれは別だろ」
「どう別なの?」
「評判と、実際に俺が戦って確かめるのは違う」
答えだけは早かった。
いかにも、最初から用意していた理屈のように。
「へえ」
タウニーの口元が少しずつ上がる。
「…何だよ。ムカつく顔しやがって」
「別に〜?」
「絶対何かあるだろ」
「ハヤト、あたしたちとバトルしたいんでしょ!」
「……は?」
「バトルしたい?」
「…勇名を確かめるって言ってんだろ」
「強いのはもう知ってるのに?」
「だから実際に――」
「確認を言い訳にしてるだけでしょ」
セイカが淡々と割り込んだ。ハヤトの言葉が止まった。
「……違う」
「じゃあ、調査に必要ないならバトルしない?」
「……」
「しない?」
「……したいけど」
タウニーが吹き出した。
「やっぱり!」
「うるせえ!」
「めちゃくちゃバトルしたいんじゃん!」
「悪いかよ!」
「悪くないよ?最初からそう言えばいいのに」
「言ってるだろ! 勇名が――」
「その言い訳は、もう無理があるねぇ」
デウロが穏やかに笑う。
「あたしたちが強いことを知っていて、実績も信用している。それでも自分で戦いたい」
「だから!」
「要するに、戦ってみたいんでしょ?」
「……」
三人に見られる。ハヤトは目を逸らした。
数秒。
「……まあ」
「まあ?」
「……バトルは、したい」
「誰と?」
タウニーが楽しそうに尋ねる。
「お前らとだよ」
「何で?」
「何でって……」
ミアレを救った英雄。暴走メガシンカを鎮めてきたトレーナー。
そんな相手と戦えるなら、興味を持つのはトレーナーなら当然だ。
自分のポケモンたちがどこまで通用するのか直接確かめてみたい。
それ自体は何もおかしくない。それでも、今のハヤトが言い淀んでいる理由は別にあった。
「……それが」
「それが?」
「……お前らに依頼した、目当ての一つだったんだよ」
ぽつりと零れた。タウニーの目が丸くなる。
「え?」
「だから!」
言ってしまったことを誤魔化すように、ハヤトが声を荒らげる。
「お前らに仕事頼めば、会う理由できるだろ! そのついでにバトルもできるし!」
「ついで?」
「ついでだ!」
「今、目当てって言ったよね?」
「…言葉の綾だ!」
「便利な言葉だね」
セイカが言う。
「依頼した理由に、あたしたちとバトルしたかったのも入ってるってこと?」
「…主目的じゃねえからな!」
「入ってはいるんだ」
「……入ってるけど」
「素直だね」
「うるせえ!」
タウニーは堪えきれず笑った。
「何だよ!」
「だって」
三千万円の借金に黒塗りの車。裏オフィス街の厳重な代表室に連れていき、悪趣味な脅しをする。
最高級のレストランへと連れていき、今まで隠されていた失踪事件の調査を依頼する。
そこまで大掛かりな流れの中へ。
「『MZ団とバトルしたかった』が混ざってるの、面白すぎるでしょ」
「それだけのためにやったわけじゃねえ!」
「分かってるよ」
「本当に重要な仕事なんだぞ!」
「それも分かってるって」
「だったら笑うな!」
デウロも肩を僅かに揺らしている。
「でも、少し安心したよ」
「何が」
「ハヤトにも、年相応にやりたいことがあるんだね」
「年相応とか言うな」
「13か、14そこらでしょ。それなら普通でしょ」
セイカまで続けた。
「…お前ら、俺を何だと思ってんだ」
「悪徳金融屋」
タウニーが即答する。
「悪口じゃねえか!」
ひとしきり騒いだあと、タウニーが尋ねた。
「じゃあ明日、バトルして、その後契約?」
「契約が先だ」
「そこはちゃんとしてるんだ」
「当たり前だろ」
「誰から?」
「三人まとめてでもいいぞ」
「調子乗ってる!」
「英雄なんだろ。ビビってんじゃねえ」
「絶対後悔させるから!」
「…楽しみに、しとく」
その一言だけは、妙に素直だった。タウニーが僅かに目を丸くする。
ハヤト本人も、それに気づいたらしい。
「……何だよ」
「いや」
「何だ」
「本当に楽しみなんだなって」
「……悪いか」
「全然」
タウニーは笑った。今度は、からかうようなものではなかった。
ハヤトはそれが余計に居心地悪かったのか、露骨に視線を逸らす。
「それより」
セイカが話を戻した。
「依頼を受けなかった場合は?」
「元金は返してもらう」
「受けたら?」
「全部消すって言ったろ」
「調査に必要なものも?」
「全部出す」
タウニーが少し考えた。
「それってさ」
「何だよ」
「もうパトロンみたいじゃない?」
ハヤトの動きが止まった。
「……パトロン?」
「お金を出して、活動を支えてくれる人」
「…俺は仕事を頼むだけだろ」
「借金までなくして?」
「…それも報酬だ」
「必要なものも用意して?」
「必要経費だろ」
「明日は自分でホテルまで来る」
「契約のためにな」
「そのあとバトルもする」
「それは――」
「しかも、それが目当ての一つ」
「お前、それいつまで言う気だ!」
「結構、MZ団のこと好きなんじゃない?」
「違う!」
「即答」
「お前らが使えるからな!それだけ!」
「はいはい」
「何だ、その返事!」
タウニーは笑っている。デウロも小さく肩を揺らしている。
セイカまで僅かに目を細めていた。
三人の視線が、ひどく居心地悪い。
ハヤトは何か言い返そうとして――やめた。
金を出すして、必要なものを用意する。
仕事という理由を作り、バトルする口実も作る。
自分が三人へ関わる口実を、いつもの方法で整える。
それしか、今のハヤトには分からなかった。
「分かったよ!」
「何が?」
ハヤトは勢いよく立ち上がった。
「…その、どうせ金に困ってんだろ、お前ら!」
「言い方!」
「借金も無くす!調査に必要な金も俺が出す!ホテルだって、必要なもんがあるなら内容次第で面倒見てやる!」
タウニーが笑う。
「やっぱりパトロンじゃん」
ハヤトは三人を指差した。
「だから…──俺が、お前らのパトロンになってやる!」
ちょっと急いで書いたので表記揺れとか多いかも^^;
後々直していきます(ᵕ̈)و
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ようやく物語を動かしていけそうなのでこれからもよろしくお願いします!_(._.)_