ド田舎で魔術を修める転生者、人は彼女を魔女と呼ぶ 作:うぃっちくらふと
魔術というのは素晴らしい技術だ。
この世界に転生した時、私はまず真っ先にそう感じた。
魔力さえあれば、だれでも超常的な現象を起こすことができる。
火を起こしたり、水を出したり、光を生み出したり。
どれも非常に便利なものばかりだ。
何より、この何もない山奥の寒村でも修練ができるということ。
やり方は独学になってしまうが、私には前世の記憶に端を発する、オタク的な発想力がある。
物語の設定考察にどっぷりハマったこともある身だ。
適性は、高い方だと言えるだろう。
一つだけ問題があるとすれば、あまり同年代と交流を保たず、魔術の練習ばかりしているせいで村の中で孤立気味だったということか。
村の人はいい人ばかりだ。
こんな孤立気味の私でも、村人として受け入れてくれる。
そもそも親のいない私へ優しく接してくれる時点で、ありがたいとしか言えない人たちである。
とはいえ、そんな彼らへの恩返しの方法は単純だ。
魔術で役に立てばいい。
幸いにも八歳になる頃には、一端に魔術を使えるようになっていたため、村の中での私の立場は確立されていた。
困った時に助けてくれる、小さな魔術師の女の子。
女の子、という部分に若干引っかかりを感じるところはなくもないけれど、純然たる事実なのでしょうがない。
ただ、結果としてそんな村人たちの評判が他所へ流れていくうちに、私の呼び名が”魔女”になるだなんて思いもしなかった。
とはいえ、そんなことはどうでもいい。
私にとって大事なことは二つだけ。
魔術の修練と、私を見捨てず育ててくれた村の人達に報いることと、そして魔術の修練だけだ。
◯
私の家は、所狭しと魔術に関する書き物が散乱している。
自分で書き上げたものだ。
幸い、魔術の存在ゆえか紙はそこまで貴重ではない。
というか、途中から村の負担になることを避けるため、自分で作るようになった。
なのでこうして、好きに書き散らしているわけだ。
「ん……ふああ」
机に突っ伏して眠っていた私は、ゆっくり目を覚ますと体を伸ばす。
腕のしびれと身体の軋みがひどいものの、問題はない。
「”治癒の光”」
かるく魔術を行使すると、途端にそれらの不調がどこかへ飛んでいく。
あとに残ることもない。
これのおかげで、この村に腰痛で悩む老人は存在しないのだ。
「……流石に、そろそろ掃除しないとまずいかな」
それから朝食を取ろうとして、足の踏み場もない部屋の現状を直視。
まぁ掃除は後でいいかと棚上げ。
適当にパンとジャムで朝食を済ませて、魔術の修練に戻ろうとする。
「ウィチタおねえちゃーん」
しかしそんな私の思いを他所に、一人の少女が扉をノックして声をかけてくる。
来てしまったか……と覚悟する私。
村の困りごとで呼びに来たなら問題ない。
けど、部屋の掃除をするために来たのであれば、頭が痛いのだ。
何一つ言い訳のできない惨状が、眼の前に広がってるからな。
それはそれとして。
「どうしたんだよ、リノ」
「ちょっとね、おばばが呼んでるの」
「村長……今度は何のようだぁ? わかった、ちょっと支度するから外で待ってて」
「はーい……おねえちゃん、部屋を見られたいから外でまたせてるわけじゃないよね」
「ははは」
笑ってごまかした! とリノの声が聞こえてくるが気にしない。
私はささっとローブを羽織ると、ウィチタとともに外へ出る。
「おや、ウィチタちゃんじゃないかい、こんな朝早くから珍しいね」
「おはようレダおばさん。村長の呼び出しだよ、また何かあったんかな」
「さぁねえ、私は何も聞いてないけど」
「おねえちゃーん、こっちこっち」
「解ってるって」
外に出れば、村人達は朝早くからそれぞれの仕事を始めている。
下手したら昼まで起きてこない私とは、生活サイクルが全く違うな。
村は、山に囲まれた何もない寒村だ。
道も整備されてないし、井戸も一つしかない。
一応、このあたりでしか取れない珍しい薬草があるもんで、最低限の生活は成り立っているけれど。
それすら、空の機嫌次第で立ち行かなくなる危険性を常にはらんでいる。
というか、この薬草を取るための集落は他にもあって、特別なところはなにもない。
ただ、底抜けに村人たちが優しいこと以外は、本当に何もない村だった。
「村長、来たよ」
「おばばー、おはよー」
何かあったときの集会所を兼ねているために、村の中で一番おおきな石造りの家の戸をノックする。
すると、不機嫌そうな老婆が、扉の奥から顔をのぞかせた。
「ふん、来たかい。相変わらず身だしなみって概念がないんだねお前さんは」
「別に外の人に見られるわけでもないだろ。いいんだよ、やろうと思えばすぐに整えられるし。私は魔術が最優先なんだ」
「ま、その点は助かってるけども……」
この村で、村長は一番偏屈で一言多い。
ただ、その代わりに牧歌的な人しかいないこの村が、悪徳な商人から身を守るには彼女の存在が不可欠だ。
もうすでにだいぶ年だけど、孫のリノがしっかりものだから問題はないだろう。
あと三十年は死にそうにないしな。
「またなんぞ、失礼なことでも考えてる顔だね」
「そんなことないって――それで?」
「……村の外に魔物が出た。まだ男衆しか知らんが……悪いけど頼めるかい、ウィチタ」
「動物系の魔物だといいんだけど」
さて、どうやら要件というのは私にしかどうにかできないものらしい。
そういうことであれば、さっさとなんとかすることにしよう。
なに、私にとっても悪い話じゃない。
実戦で魔術を使う機会っていうのは、こんなド田舎じゃ貴重だからな。
■
普通、魔物をどうにかするのは村の男たちの仕事だ。
狩りをして野生動物を糧とする以上、その中に魔物が混じっているのは当然のこと。
ただ、時折どうしても手に負えない魔物が出てくるわけで。
普通なら、他所から冒険者を呼びつつ、その間に被害が出ないよう祈るしかない。
だけどこの村に限っては……まぁ、私がいる。
おかげさまで、冒険者を雇う金も必要ないし、待っている間の被害も心配いらないのだ。
結果として周囲の村からは嫉妬されているけれど、そういうのをどうにかするのは村長の仕事。
私が気にすることじゃない。
「魔物の魔力は……あっちか」
魔物は名前の通り魔から生まれ、魔力を多く有する。
普通の魔物とは根本的に違う成り立ちをしていて、厄介なものも多い。
そういう相手に、どうやって魔術を通すのか考えるのも楽しみの一つ。
これが動物系ならなおよし、だ。
肉は食べられるし皮も使える。
最悪なのはアンデッド系で、臭いし使えるところはないし、たまに再生能力がたかくて倒しにくい。
できれば、ごちそうにありつきたいところ。
――なんだけど。
「……これ、魔物以外の魔力?」
ふと、ありえない痕跡を発見した。
覚えのない魔力だ、これは。
私は村の人の魔力をすべて区別できる。
だからこの魔力は、よそ者の魔力。
一体誰だ? 流石に無視するわけにもいかない。
慎重に、魔物と人を両方警戒しつつ進む。
風の魔術を使って、音を消すことも忘れない。
そうして進むこと、しばし――
「……誰だ、アレ」
一言で言えば、女騎士。
白い高価そうな鎧を身にまとった、美しい金髪の女がそこにいる。
背丈は平均程度で、私よりは高い。
体型もがっしりしていて、多分だいぶスタイルもいいんじゃないか?
いや、私の背丈が平均以下で、痩せぎすなだけかもしれないが。
とはいえ、何をしているかは一瞬で判別できた。
――魔物を追っているんだ。
地面にしゃがみこんで、じっくりと足跡を観察しているらしい。
さすがに、こんな場所でこんなことをしている人物が、悪人ということはないと思いたい。
そう考えて私は――
「何をしているんですか」
姿を表すことにした。
「……君は?」
「ウィチタといいます。こんな森の奥で一人というのは関心しませんよ」
「それは、君も同じに思えるが……」
「私は近くの村の人間です」
「……そうか」
姿を表した理由は、姿を表さずに声をかけるより向こうが警戒しないから。
完全に姿を消して後をつけることもできるが、そんなことをしたら警戒される。
姿を見せずに声をかけるのも同様だ。
悪いやつなら、私の見た目を見れば大抵の場合は油断する……というのもあった。
しかし女騎士は、そんな私にたいして毅然とした態度で立ち上がり、視線を合わせる。
すると――
「私の名はフレデリカ。君たちの村を治める領主、アルバート・フォン・ディルシュタイン様に仕える騎士だ」
堂々たる名乗りを上げた後、こういった。
「この村には、魔女と呼ばれる者がいると聞いた。――その者に、頼みたいことがある」
ああ、これはなんというか。
厄介事が降って湧いたな……というか。
ついにこの時が来てしまった……というか。
どちらにせよ、私は内心ため息を付く。
動き出した時計の針は、きっと私には止められないものだからだ。