ド田舎で魔術を修める転生者、人は彼女を魔女と呼ぶ 作:うぃっちくらふと
あの後、出てきた狼系獣人をサクッと騎士フレデリカがなんとかした。
もともと一人でも何とかできるくらいの強さだったことに加えて、私が身体強化をかけたものだから戦闘にすらならなかったのである。
一撃で首を切断して終わりだ。
首を狙ってくれたのはありがたかったね、後処理が楽になる。
討伐が終わった後は、村に帰った。
道中で色々と話を聞いたが、どうやらフレデリカは私の知恵を借りたいらしい。
フレデリカが仕えているアルバート・フォン・ディルシュタインは私の村を含むディルシュタイン領を収める伯爵様。
敏腕として有名で、私が生まれてこの方税関係で苦労したことないのは、アルバート伯爵の手腕が大きいだろう。
他にも色々と有名な話としては彼が人材マニアであるということ。
各地から優秀な人材を集めたり、話を聞いたりしているそうな。
私に声をかけなかったのは、私が村の外に出たがらないと調査で知っていたかららしい。
何とも気の利く人だこと。
ただ、フレデリカは具体的な内容を話さなかった。
腰を落ち着けてから話したいとのこと。
代わりと言わんばかりに、私という人間をやたらとフレデリカは知りたがる。
私のやってきたことはともかく、私の人格に面白いところはないと思うんだがな。
とか思いながら適当に応えているうちに、私達は村に到着した。
さて、色々村長に報告したら応対は任せて、私は魔物の肉を使って料理に挑戦しようかな。
フレデリカの方も、村長と話があるみたいだし。
○
フレデリカは、アルバート伯爵に仕える騎士だ。
剣の腕はピカイチで、少なくとも伯爵領でフレデリカに剣で敵うものはいない。
行き場のない自分を拾ってくれて、幼いうちから育ててくれたアルバート伯爵には父への敬愛に近い感情と恩義がある。
当然、忠誠もだ。
ただ、そんな自分の生き方が普通ではないということも、フレデリカはよく解っている。
多くの人々が思うような普通の生き方を、フレデリカはしていない。
少なくとも、肩を並べて歩く友人は側にいないし、今後作ることもないだろう。
それでもいいと思っていたのだ。
アルバート伯爵はよく言っていた。
才能は、孤独によって磨かれて、絆によって発露する。
曰く、才能を研磨するには時間が必要だ。
時間を作るには、周囲との関係を断ち、孤独にならなければならない。
しかしそれを世界に知らしめるとなれば、どうしたって他者との繋がりが必要だ。
全くもって矛盾していると、フレデリカは思う。
何より、その二つを高度に両立することは、どう考えても不可能だ。
自分にとって重要なのは、剣の腕ではなくアルバートの騎士である、剣の鍛錬だけに時間を使ってはいられない。
どこかで、妥協する必要がある。
そう思っていた。
ウィチタという少女に、出会うまでは。
噂には聞いていた。
山奥の、名前すらないような小さな村で魔術を研鑽する魔女。
誰も見たことのないような魔術を幾つも操り、その力を村の守護にしか使わないという。
稀有な人物であるということは、聞くだけでわかった。
魔術の方ではない、人柄の方だ。
孤独な人間は、周囲に頓着しない。
才能があって、一人で生きていけるならなおさらだ。
どうしてウィチタは、村を守ろうとするのだろう。
初めてあったときの印象は、地味な雰囲気の少女といったところ。
あまり手入れのされていない黒の髪と、痩せぎすな体。
おそらく見た目を整えれば、相応の美貌をのぞかせるのだろう。
しかし、本人にその意志はあまり無いように思えた。
話をしてみれば、おそらく十代後半程度だろう歳の割に受け答えは非常にしっかりしている。
こちらの意図を察し、それに答える機転もあった。
何より魔術の知識と実力は本物で、特にあの身体強化は破格と言っていい。
効果だけなら、最上級の魔術を使えば再現することは可能だろう。
しかし彼女はそれを、触媒も魔法陣もなしに、詠唱だけで行ってみせた。
魔物の討伐もすんなり終わって、思わずフレデリカは舌を巻いたものである。
――それから、ウィチタの案内で村を訪れ、村長と面会した。
年老いてはいるが、目に活力のある力強い印象の老婆だ。
そんな老婆が、ウィチタについてこう語ってくれた。
「あの子はね、特別なのさ。才能や性格って話じゃないよ、特別であるってことがあの子の個性なんだよ」
「個性……ですか」
「昔からあの子はあんな感じでね、とても子どもには見えない落ち着きようで、あたしゃ気味が悪いと思ったこともある。けどそれも、あの子にとっては当然のことみたいだ」
気味が悪いことに自覚的で、否定されることも受け入れている。
たしかにそれは、普通じゃない。
「だが、普通じゃないことを除けば、あの子はウィチタという一人の人間だ。……本当に、それだけなんだよ」
そして、そう語る老婆の顔は……どこか、孫を見つめる祖母の顔だ。
――それから、フレデリカは何人か村人と話をした。
「良く来てくれたねぇ、騎士様。ほらこれ、うちで作った菓子なんだ。ウィチタが作り方を教えてくれてね、砂糖が少なくても美味しいんだよ」
「これは……貴重なものではないのですか?」
「来てくれた人を歓迎するのは、当然なことだろう?」
善良な人だ。
人を疑うということを知らないような人。
自分の幸福を他人とお裾分けすることに躊躇いがない。
受け取ったお菓子は、はちみつ等の甘味料を上手くつかって、美味しく仕上げられていた。
話をしていると、そういう善良な人がこの村には多いように思えてくる。
気になるのは、彼らは自分たちに向けられた悪意をどうしているのか、ということだ。
「やっかみや嫉妬を受けることはあるかって? まぁ、確かにあるねぇ。うちはウィチタがすごく良くしてくれるから」
「大変ではないのですか?」
「別に、そう大変なことではないさ。だって相手はいつだって悪意を私たちに向けているわけじゃない。こっちが話しかけて、向こうにも応じる理由があるなら、ちゃんと答えてくれる。それで十分じゃないかい?」
ある意味で割り切っている、というべきか。
ただ、ある意味で目を見張るべきはその後だ。
「答えてくれないなら、その時はきちんとこちらの意思を伝えるだけさ。向こうがそれでも攻撃してくるなら対応するって感じかね。まぁ、大抵は村長やウィチタが自分から前に出てって、アタシらが対応するより前に何とかしちまうけど」
彼らは、ただ悪意にさらされていることを許容しているわけではない。
対話で全てを解決できると、本気で思っているわけではないのだ。
ウィチタはこの村を牧歌的で優しい人々しかいないと言っていた。
けど、その奥には譲れないものがたしかにあって、それを守る意思も持っている。
「どうしてそこまで、気高く生きようと思えるのです?」
「気高いのかい? これは」
「……ああ、そうですか」
自分がそういう評価をされると、思っても見ていない顔。
フレデリカは、これがこの村に善人が多い理由なのだと、察した。
しかし、村人は続ける。
「ああでも、そうだね。どうやって悪意に対応するのか、言葉にできるようになったのは最近かもしれないね」
――今までは漠然とそう思いながらも、言葉には出来ていなかった。
村の中で一番悪意に対して敏感な人間が、村長として率先して彼らを守っていたのだという。
彼らの中で、それを言語化できるようになったのは最近のことだ。
「多分……ウィチタがそうしてるからだろうね」
「ウィチタ殿が?」
「あの子は特別さ。人とは根本的に考え方も、生き方も違う。それでも善意を向けられたら善意で返してくれるし、悪意には強い意思で対応している」
そして、苦笑しながら村人は言った。
「羨ましかったんだろうね、そういうところが」
フレデリカはその後、夕食を誘われて村長の家に向かった。
ウィチタが用意したという、魔物の肉を使った料理は大変美味で、食べごたえもある。
それを村長やウィチタと食べながら、思う。
ウィチタは特別で、けれども特別なだけの人間だ。
才能は孤独によって磨かれ、絆によって発露する。
きっと特別なウィチタは、どこでも生きていけるのだろう。
周囲が善良で、恵まれた環境であるからこの場に留まることを選んだだけで。
しかしそれが、結果としてウィチタに影響された村人によって、ウィチタを支えることにもなった。
才能とは、ただ剣や魔術に適正があるだけでは発揮されず――環境を作る力を持つことで、初めて才能として開花することができるのだろう。
「ウィチタ殿」
「なんでしょうか、フレデリカ様」
ぽつりと、フレデリカはウィチタに告げる。
「――この村は、善い村ですね」
その言葉にウィチタは――
「ありがとうございます」
どこか嬉しそうに、自慢げに、薄く笑みを浮かべて返してみせた。