「彼らは答えを出せますかねえ」
市長室を辞したリェイルとアレシュは、グレンデルを安置している都市の
グレンデルの周囲を歩き回って各部の
彼らに《錆鼠》の駆逐を依頼するかどうか、今一度都市上層部で話し合いたいというゲニフの意を汲んだためだ。
「出すも出さぬも、この都市の選択です」
「それはそうなんですけどね。……あ、右脚少し浮かせてください。はぁ、砂噛んでる」
パイロットシートに腰かけるアレシュの回答に肩を竦めながらも、リェイルはルーチンの点検をこなしていく。グレンデルの操縦がアレシュの役割ならば、グレンデルの整備はもっぱらリェイルの領分であった。
腰に据えた整備用ポーチから工具類を取り出し、緩んだボルトを締め、砂を掻きだし、可動部に作動油を継ぎ足す。その手さばきに淀みはない。
「アレシュ、ローラーモードへの変更はスムーズですか?」
「引っかかりが消えました。さすがですねリェイル」
「見れば誰だって気づけますよ。でも誉め言葉は素直に受け取っておきます」
少しのむず痒さを覚え、リェイルはグレンデルから視線を外す。
向かいには、下半身の装甲が破壊されてひしゃげてしまった小型の機動甲冑が置かれている。まだ稼働している都市保有の機動甲冑と同型のそれであった。
そのフォルムを見て、リェイルの口からは自然と型式名称が吐いて出た。
「
リェイルの言葉に、いつの間にかコクピットから降りてきていたアレシュが頷く。
「はい。まだ《ゴブリン》を運用しているとなると、なかなかこの都市の懐事情も察せられます」
「荒野の流行りは第三世代の《コボルト》に置き換わってますしねえ」
言いながら、リェイルは《ゴブリン》の元へ歩を進めた。背伸びしながらあちこちを見やり、装甲を叩きながら明るい声で言う。
「でも、ちゃんと大事に使われてますね。特にこのパッチワークは職人芸ですよ」
「だろう!?」
「わっ」
急に自分の言葉へ同意する声が聞こえ、リェイルは思わず後ずさった。そして彼女を庇うように、音もなくアレシュが隣に立つ。
二人の視線は、《ゴブリン》の肩口辺りに立っている小柄なシルエットを捉えていた。
十二、三歳くらいの男児だ。キャップを後ろ向きに被り、オイルと砂に塗れたツナギを身に纏うその姿は、子供と言えどもメカニックとしての姿を想起させる。
彼は年相応の身軽さでひょいひょいと
「姉ちゃん、このパッチの難しさがわかるのか!?」
「もちろん。オーバーパッチじゃなくてフラットパッチですもの。ここまで綺麗に仕上げるのは相当な腕ですよ」
「わかるねえ、姉ちゃん!」
嬉しそうに笑った少年が、鼻を掻いて言った。
「俺、テッドってんだ。そこの甲冑、姉ちゃんたちの?」
「ええ。わたしはリェイル、こちらはアレシュ。あの子はグレンデル。わたしたちの大事な相棒です」
「グレンデルかー! かっけー!」
テッドの素直な反応に、リェイルが思わず吹き出す。アレシュは変わりなかったが、心なしか目尻が下がっているように見えた。犬とか子供とかには結構甘いたちだということを、リェイルはよく知っている。
「この《ゴブリン》は、テッドが整備しているんですか?」
「ん? あぁ……まあ、俺……ってよりは、父ちゃんだけど」
「まあ。お父様はどちらに?」
「……家で寝込んでる」
一気にしゅん、としたテッドの様子を見て、二人は顔を見合わせた。テッドの落ち込みようは、ただ事ではなさそうだったからだ。
「よければ詳しく聞かせてもらえませんか、テッド?」
「……でも、姉ちゃんたちは部外者だろ?」
先ほどとは打って変わって遠慮がちなテッドを安心させるように、リェイルは優しく微笑んだ。
「聞く内容次第で、当事者にもなる存在ですよ」
「リェイル」
「情報収集も大事でしょう、アレシュ」
リェイルの有無を言わせぬ口ぶりに、アレシュは口を噤む。
テッドは二人のやり取りを目を白黒させながら見ていたが、リェイルが笑顔のまま黙って待っていることに気付くと、やがておずおずと口を開き始めた。
「……この前、《錆鼠》のヤツらがやって来たんだけど、自分たちの機動甲冑の整備をしろって言ってきたんだ。当然、みんな断った」
歯を食い縛るテッド。
「ただでさえ食料とか水とか奪われてるのに、そんなことまでやってやる義理なんてないだろ? でも、そしたら街の人を順番に殺すとか言い始めて……っ」
「……続けて」
「そ、それで、都市で一番の腕利きの父ちゃんがヤツらの甲冑を整備してやることになったんだ。三日も帰ってこなかった。そんで……全部終わったら――」
「終わったら?」
「整備を名乗り出るのが遅い、って……ヤツら、父ちゃんの足を折って都市の中に放り込みやがった……」
「外道め」
アレシュが低く唸るように鋭く発する。
リェイルも何かを噛み締めるような面持ちで、両脚を叩き潰され傾いたままの《ゴブリン》を見つめていた。
「……この《ゴブリン》は、その時に破壊されたのですか?」
「うん……父ちゃんはヤツらのアジトで整備させられてたんだけど、コイツで行き来してたから」
「アジトまでの足に使われ、そのまま破壊された、か……」
顎に手を当て、リェイルはしばし考えに耽る。
その沈黙を破ったのはアレシュだった。
「テッド。君はこの《ゴブリン》の整備をしていたのか?」
「え? うん……こいつを直して、父ちゃんの仇を討とうと思って」
アレシュから口を開くとは思っていなかったのか、少し驚いた顔のテッドが答える。だが、アレシュの口から出たのは無慈悲な一言だった。
「無理だ」
「なっ、そんなのやってみなきゃわかんねえだろ!」
「わかる。そう言って死んでいった者たちを幾度も目にしてきたからな」
アレシュの返答に、テッドが息を呑む。
「じゃあ、どうしろってんだよ……」
「君の父親はまだ生きているのだろう。復讐を志すのはまだ早い」
そう言って、アレシュはテッドの頭を軽く撫でた。その大きな手の温もりにテッドは唇を噛み、
「……くそ」
堪えていた涙が、ぽろりと零れ落ちた。
「……テッド。《ゴブリン》のコクピットに入ってもよいですか?」
そこで、今まで黙りこくっていたリェイルが突如口を開く。
「あ、ああ、いいけど……壊さないでよ」
「ありがとう、ご心配なく。灯は入れますけど」
言うが早いか、《ゴブリン》の腰部付近に存在するコクピットへ向かうリェイル。装甲を身軽に飛び跳ね駆け上っていく様子に、テッドは目を剥いた。アレシュは無言でリェイルの下に位置する。
開きっぱなしだったコクピットに滑り込んだリェイルは、コンソールを軽く叩き、電源を予備電源に切り替えた。アラートを飛ばしてサブモニターの一枚を起動すると、そこに映った情報を捉えてにやりと笑う。
「《錆鼠》も詰めが甘いですね。コクピットを残すなんて」
モニターを睨め付けながら、コンソールのキーボードをリズミカルに叩くリェイル。
「ほら、素人だからログを消す発想もない」
数分ののち、整備用ポーチから可搬式メモリを取り出して《ゴブリン》のコンソールに接続。モニターに映した情報をメモリへコピーする。
リェイルが探し出したのは、この《ゴブリン》の記録《・・》だ。機動甲冑のエーテル炉の停止地点と起動地点は、自動的に座標が保存される。加えて、敵味方識別装置のログも残っていた。
「アレシュ。敵は
「了解」
「じゃ降ります」
言って、リェイルはさも当然かのようにコクピットから身を投げ出した。
顔色一つ変えず落下地点へ半歩だけ移動したアレシュが、慣れた動作で受け止める。そのまま何事もなかったようにリェイルを地面へ降ろした。
二人の恥ずかしげもない距離感に、逆に一連の流れを見ているテッドがドキマギしてしまう始末だった。
「……さて。わたしたちも一度作戦会議ですかね、アレシュ」
「はい」
「作戦会議って、姉ちゃん、どうするつもりだよ?」
「明日になってのお楽しみ。それじゃあね、テッド」
その日の晩。アレシュとリェイルは、ゲニフに借りた小さな部屋で向かい合っていた。
簡素な部屋だ。二人分の寝台と、小さな机と椅子。
それだけだったが、屋根がある。トタン製とはいえ、壁もある。
荒野を旅する者たちにとっては、上等な部屋と言えた。
「依頼を受けるつもりですか?」
アレシュが尋ねる。リェイルはベッドに腰かけながら足をパタパタと動かし、悪戯げに笑った。
「受けたいんでしょう?」
「…………」
「報酬次第ですよ、何事もね。わたしたちは、傭兵ですから」
両手の爪を照明に翳しながら、リェイルは独り言つ。
「……ただ、ああいう話を聞いて見捨てられるほど、商売人にもなれませんけどね」
「存じています」
「傭兵としては中途半端って自覚はあるんですけどね~~~」
頭を抱えながら、リェイルはベッドに横たわる。
アレシュは彼女から視線を外し、偽らざる本音を語った。
「私には好ましく映りますが」
「はぁ……顔色ひとつ変えないでよくもまあ。これだから困りますよ」
ピンと来ていない様子のアレシュに、リェイルは何度目かも数えていないため息を返すことで返事とした。
「まあともかく、明日起きたら市長に会いに行きましょう」
翌朝。再び市長室を訪れた二人に対し、ゲニフは困惑しきりであった。
「依頼を……受けてくれると言うのかの?」
「はい」
リェイルが頷く。
「じゃが……四機の機動甲冑を相手取る際の適正価格というものは、その……」
もごもごと言い淀むゲニフ。機動甲冑は一機だけでもかなりの戦力として数えることが出来る。
いくら傭兵崩れが運用しているとはいえ、それを四機抱える《錆鼠》を相手取った際の適正料金は、この小さな都市で賄いきれる金額とは思えなかった。
食糧、燃料との折半を考えても、余剰分は《錆鼠》に強奪されているがゆえにそれも厳しい。
昨日都市上層部で寝る間も惜しんで話し合いをしたが、結論は出なかったのだ。
「機動甲冑一機を相手取る際の適正価格は……そうですね、十万メルクが相場でしょうか」
「十万メルク……今回は四機じゃから……」
「四十万メルクが適正価格になります」
ゲニフの顔色が目に見えて悪くなる。
四十万メルク。この小さな都市には重い対価だ。
贅沢さえしなければ四人家族が一年間は暮らせる額だった。
「それは……払えぬ」
「でしょうね」
「じゃが、どうにか工面するから……、え?」
あっさりと言ってのけるリェイル。
ゲニフが問い返すと、リェイルはいたって真面目な顔で言葉を続けた。
「まぁ、傭兵の報酬が
「は、はぁ……」
ややトーンの変わった言葉に、ゲニフは間の抜けた相槌しか返せなかった。
そんな市長の困惑をさておいて、リェイルはにっこりと笑った。
「報酬は、お風呂でいいですよ」
「……なんじゃと?」
「この街のお風呂を、好きなだけ使わせてください。ああ、今後立ち寄った際は、その時も自由に」
「それだけ……かの?」
「お言葉ですね、ゲニフ市長」
リェイルは目の端を吊りあげた。そこには荒野を旅する少女の怒りがあった。
「四日です」
「な、なにがじゃ……?」
なにかはわからないが、少女の逆鱗に触れたであろうことを察したゲニフが恐る恐る尋ねる。
「わたしたちは、四日もの間、お風呂に入れていません。死活問題です」
ゲニフの顔には、明らかにこう書かれていた。
――思っていた傭兵の交渉と違う。
だが実際、目の前の少女が望んだものは温かい湯なのだ。
「……はは」
ゲニフは笑った。底が見えぬ冷徹さを見せたかと思えば、年頃の少女らしく風呂を所望する。この傭兵少女のアンバランスさが、少しおかしかった。
「ははは、変わった傭兵じゃのう。その程度でよければ、喜んで提供しようぞ」
「お支払いいただけると?」
「うむ。すべてが終わったあかつきにはいくらでも湯浴みしていってくれ。もちろん、今後も無償で湯を提供させてもらうとも」
「では契約成立ですね。契約書をまとめましょう」
リェイルは満足そうに頷き、手早く契約書をまとめていった。
傭兵としての経験値を感じさせるその様子に、ゲニフも感心しきりであった。
「ところで、なんじゃが」
契約書の末尾に互いの判を押し終えたところで、ゲニフは少々気が引けたような面持ちで尋ねた。
「勝算は……あるのかの?」
「まあ。市長は勝ちも見込めない傭兵に都市の命運を託されたのですか?」
「いや、すまぬ、そういうつもりで言ったのではないのじゃが……」
リェイルはくすくすと笑った。
「まだこちらに、風は流れてきていないようですね」
「……?」
「《グレニアの亡霊》。わたしたちのことを、皆はそう呼びます」
ゲニフが息を呑んだ。
「グレニア……やはり君たちはあの……」
リェイルは市長室の窓から、荒野の向こうを見た。
その先に、《錆鼠》たちが潜む廃墟群がある。
「――鼠狩りは十八番ですから」
リェイルが冷たく嗤う。
ゲニフは、この笑みが自分たちへ向けられたものでないことに、心の底から安堵した。