女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる   作:maki@

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異世界のD/黒の異分子

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 夜の廃倉庫は、死の匂いで満ちていた。

 

 錆びた鉄骨が月光を鋭く切り取り、コンクリートの床には黒ずんだ染みが点々と続いている。かつて何かを保管していたはずの棚は軒並み倒され、その残骸の中に、一人の少女が膝をついていた。

 

 その装いは、一見すると巫女服に近い。しかし、随所に入れられた動きを妨げないためのスリットや、各部位に編み込まれた鈍色の防具が、彼女が魔を討つ者――『祓魔士(ふつまし)』であることを雄弁に物語っている。ただし、傷つき血が滲むその姿は、とても戦闘を継続できる状態には見えないが。

 

「クックック……いよいよ万事休す、ってところか?」

 

 祓魔士と対峙する影は、もはや人の形を留めていなかった。

 

 それは異形に憑りつかれ、溢れ出た生体エネルギーを燃料として全て奪われた、憐れな人間の末路だった。

 

 上半身だけが不気味に人間に酷似した、奇妙な複合体。十本以上の腕が蠢き、それぞれの先端には歪な爪が狂わしく生え揃っている。人間の欲望や感情を捕食し、現世に寄生する怪物。

 

 『Dimensional Endemic Majestic Origin Nature』――『DEMON』。あるいは『魔障』。この世界とは異なる次元から現れるとされる、人類の敵。

 

 魔障が嗤う。人の喉を模した器官から絞り出される声は、かつてその持ち主だった男の声色を引きずっていて、それが却って不気味だった。

 

「霊力はもう底をついているだろう? せっかくの綺麗な体をこれ以上傷つけないためにも、ここらで諦めておけよ。そうすれば一思いに終わらせてやる」

 

「誰が、魔障なんかに……! 私は、あなたを倒すために来たんです!」

 

 魔障の誘い。祓魔士はそれをはねのけた。立てない膝を叱咤して、頭を上げた。しかし、そこまでだった。

 

「そうかい。なら、無残なオブジェにしてやるよぉ!」

 

 魔障が叫ぶ。次の瞬間、影が跳んだ。十本の爪が収束し、槍のように祓魔士へ向かう。

 

 そのまま、異形の爪が少女の柔肌を引き裂こうとし――

 

 

 

 『DESIRE SHOOTING!!』

 

 

 

「ぐはっ!?」

 

「――え?」

 

 唐突に、闇夜の死線にはおよそ似つかわしくない『異質な音』が響き渡った。刹那、魔障の巨体が空中で苛烈に撃ち落とされる。

 

「誰だ! いいところで邪魔しやがって……!

 

 魔障が周囲に視線を巡らせる。その目が闖入者を捉えるよりも早く。

 

 

 

 『DESIRE!』

 

 

 

 再び、異質な音声が廃倉庫に響いた。

 

 魔障の動きが、止まった。

 

 少女もまた、目を見開いたまま動けなかった。

 

 両者の視線が音のした方向へと向けられる。

 

 音の出所は、倉庫の入口付近。いつからそこにいたのか、人影が一つ、立っていた。

 

 顔立ちは闇に紛れてよく見えない。しかし身に纏った学生服らしい装いから見るに、年若い、おそらく高校生程度の少年。その手には不自然に発光する物体が握られている。

 

 その腰に巻かれていたのは、異様な存在感を放つ黒いベルト。精緻かつ無骨な、およそ現代の技術体系には存在しないような巨大なバックル。

 

「あなたは……いや、逃げてください! 男性に戦える相手じゃ――!」

 

 祓魔士の声が悲痛に響く。この世界において、魔障に抗えるのは年若い女性のみ。それが、祓魔士の常識だった。

 

 しかし、少年は無言で歩み寄る。その道中、右手に持った物体をバックルの中央へと迷いなく装填した。

 

 

 

 『DEMON!』

 

 

 

 重厚な音が、空間を圧するように震わせた。

 

 低く、腹の底に響く駆動音。それは心臓の鼓動に似ていて、しかし明確に機械的な、廃倉庫の錆びた空気をまるごと塗り替えるような圧倒的な質量を持っていた。

 

「なんなんだ、お前はぁぁぁ!」

 

 無防備に近づいてくる少年に向けて、逆上した魔障の爪が殺到する。

 

「『収集欲』、といったところか」

 

 声がした。少年は、襲い来る爪の軌道をほんの僅か、横にずれることで躱す。寸分の狂いなく見切った動作が、少年を絶死の領域から逃れさせていた。

 

「これならそう手間はかからないな、さっさと――うるさい、早く帰って寝たいんだよ。明日も早いんだぞ――知らん、俺には関係ない」

 

 少年は、誰の目にも映らない『何か』と口論するように毒づく。

 

「抵抗すんな、さっさと死ねぇ!!」

 

「……死ぬのはお前だ」

 

 興奮した魔障の叫びに、少年がぼそりと答える。

 

 同時に、その右手がバックルの側面へと伸びた。

 

 

 

「――変身」

 

 

 

 掌が、バックルを軽く叩く。

 

 

 『OVERLAY――ッ!!』

 

 

 光が、爆ぜた。

 

 漆黒の装甲が、少年の全身を覆った。

 

 複雑な造形でも奇抜な色使いでもない。ただひたすらに、「強い者の形」として収束した漆黒のスーツと装甲。バイザーの奥から、鋭く赤い光が静かに灯った。

 

 

 

 『D・D・O!! ディード!!!』

 

 

 

 甲高い機械音声が、その戦士の名を告げた。

 

「な、んだ。なんなんだ、お前はぁっ!?」

 

 当然とも言える魔障の疑問。偶然にも、その答えは先ほどから甲高い声を上げているベルトから最後に吐き出される。

 

 

 

 『I'm a HERO!』

 

 

 

 魔障が怯む。本能的に理解してしまった。目の前に立つ漆黒の戦士が、先ほどまでの圧倒的な捕食者としての自身の立場を脅かしている、と。

 

「……さっさと決める」

 

 漆黒の戦士が口を開いた。声は仮面を通して変質しているが、先ほどの少年のものとほぼ同じ、酷く平坦で冷徹なトーンだった。

 

 グローブに包まれた指がバックルに伸びる。その上部を押し込んだ。

 

 『CHARGE ONE!

 

 バックルに装填された物体が激しく発光する。同時に、空間を圧するような待機音が鳴り響いた。

 

「くそっ!」

 

 堂々と歩み寄る黒の人型に、魔障の爪が迫る。得体のしれない相手への恐怖を振り払うように、乱雑に。

 

「無駄だ。そんなもんが当たるか――いいんだよ、これが一番合理的だ」

 

 腕を振り、容易くその爪の軌道を逸らす。また誰かと会話するような声を漏らしつつ、その手がバックルに伸びる。

 

 『CHARGE TWO!!

 

「ちっ! 訳が分からねぇ! こいつだけでも……!」

 

「え? きゃっ!」

 

 思わず見入っていた少女をその爪で器用に捕獲する。そのまま捉えた獲物を引き寄せるよりも早く――

 

「……逃がすと思うのか?」

 

「なっ!?」

 

 『CHARGE THREE!!! FULL CHARGE!!!

 

 三度鳴り響く音。魔障の懐に、漆黒の戦士が踏み込んでいた。バックルに添えられた掌が、上部から右側面に移動する。

 

「お前、いつの間に!?」

 

「終わりだ」

 

 驚愕する魔障を無視して、バックルを叩いた。光が人型の足に収束していく。

 

 

 

 『ディード・フィニッシュ!!!』

 

 

 

 叩いた勢いのままに回転し、足裏を叩き込む。

 

 溜め込まれた光が爆ぜ、異形の巨体を完全に飲み込んだ。

 

 

 

 廃倉庫を、静寂が包み込む。

 

 光が収まったそこには、無言でたたずむ漆黒の戦士と、茫然としている少女。そして意識を失った一人の男の姿がある。

 

 男の胸が上下していることを確認すると、戦士は無言で踵を返し――

 

「待ってください!」

 

 呼び止める声に、その足が止まる。

 

「あなたは……祓魔士、ですか」

 

「……違う」

 

「じゃあ、魔障ですか」

 

「……」

 

 沈黙。

 

 ため息をひとつ、口を開いた。

 

 

 

「――ヒーロー、らしい」

 

 

 

 その言葉を最後に、その姿は夜の闇へ溶けていった。

 

 残された祓魔士の少女は、ただその背中が消えた入口を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 目覚ましが鳴る前に、静かに瞼が開いた。

 

 五時四十五分。屋敷の離れに割り当てられた六畳一間、ベッドから上体を起こして窓の外を確認する。そこには、雲一つない晴天が広がっていた。朝の空気を吸い込みながら、脳内で今日やるべきことをリストアップしていく。それが俺――神代蓮(かみしろれん)の朝の習慣だった。

 

『お、起きたか』

 

 頭の中から、声がした。

 

 物理的な音ではない。頭蓋の内側に直接響く、骨伝導にも似た感覚。

 

「……なんだ」

 

『蓮が寝ている間に、昨日の戦闘について整理しておいてやったんだよ! 少しは感謝したらどうだ?』

 

「その『整理』に、お前の主観にまみれたヒーローの感想文が混ざっていなければそうする気も起きるんだがな」

 

『何言ってんだ! なんのために俺がお前に力を貸してると思ってる!?』

 

「お前の趣味に口を出すつもりはない。だが、それを押し付けるのはやめろ」

 

 ある日を境に、俺の頭に住み着いたこいつは、名もなき魔障の一体。『模倣』を司る、と説明したこの魔障は、どうにも自身の趣味を優先する傾向が強い。

 

「俺は魔障と戦う力が欲しい。お前は自分の力を使う相方が欲しい。それだけの関係だろうが」

 

『ドライだねぇ? もっと仲良くやろうぜ、相棒」

 

「誰が相棒だ」

 

 差し込まれる戯言を聞き流し、洗面台の前で顔を洗う。鏡に映った黒髪の少年は、いつも通り目つきが悪かった。

 

「……あの祓魔士の子は、大丈夫だったか」

 

 そこまで重傷、というようには見えなかったが、心配ではある。零れた独り言に返ってきたのはそっけない言葉。

 

『さぁな。興味ない』

 

「お前なぁ……」

 

『あれは俺たちの戦いを盛り上げるだけの舞台装置だ。その後の事なんかどうでもいい』

 

 人にドライだのなんだの言う割に、こいつにはこういう所がある。本質的に自分の欲望――『ヒーロー』とやらにしか興味がないのだ。

 

 制服に袖を通しながら、スケジュールを頭の中で確認する。

 

 六時に台所に入り、朝食の準備。七時にお嬢を起こす。食事を済ませ、八時に登校。放課後は『仕事』。

 

 話に聞くような『普通の高校生』の生活とは違うそれは、しかし数年前から習慣化した一日のルーティーンでもある。

 

 俺が世話になっている家――如月家は、祓魔士の名門だ。

 

 代々優秀な祓魔士を輩出してきた家系で、俺はその屋敷の離れに使用人として暮らしている――ただの使用人、というには少し特殊な事情があるが。

 

 俺がここに来たのは五年前だ。十一歳の時。両親が死んで、天涯孤独になって、行くあてがなくなった時に、如月家の現当主が引き取ってくれた。情けか、あるいは別の計算があってのことかは知らない。ただ俺は引き取られ、以来ここで暮らしている。

 

 着替えを終え、最後にもう一度鏡を確認。特に異常はなし。

 

「よし、行くか」

 

 今日も、いつもと変わらない一日が始まる。

 

 

 

 台所に入ると、手早く調理を始める。今日の朝食は焼き魚、卵焼き、サラダ、味噌汁。

 

 切る、混ぜる、焼く、盛り付ける。作業を脳内で分解し、最適化された手順に再構成していく。

 

『毎朝思うけど、よくそんな機械みたいなことできるよな』

 

「ただの慣れだ。やろうと思えば誰だってできる……よし」

 

 一通りの調理を終え、足を向ける先は、お嬢――如月紗夜の寝室だ。

 

 

 

 七時ちょうどに、部屋の扉を叩いた。

 

「お嬢、朝食の準備ができました」

 

 返答なし。

 

 想定内だ。

 

「お嬢」

 

 二回目。

 

 ごそ、という音と、低い唸り声。

 

「――お嬢!」

 

 三回目。

 

「……わかった、わかったから」

 

 くぐもった声。まだ布団の中から出ていないのが声の質で分かる。

 

 廊下で待つこと数分、扉が開いた。腰まで伸びた見事な黒髪をなびかせた、制服姿の少女。

 

「おはよう……蓮」

 

「はい、おはようございます。お嬢」

 

 如月紗夜(きさらぎさや)。如月家次期当主にして、すでに前線で高い実力を誇るエリート祓魔士。

 

『相変わらず正統派美少女、って感じだなあ。腰まで伸びた綺麗な黒髪にかわいい顔。出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでる。スタイル抜群だ』

 

(やかましい)

 

「蓮」

 

 俺が脳内での格闘を行っていると、お嬢が声をかけてくる。

 

「……昨夜、遅かったみたいだけど。どこに行っていたの?」

 

 魔障との戦闘を終え、帰宅したのは日付が変わる直前だったか。怪しまれても仕方ないが……

 

「散歩ですよ。少し、外の空気が吸いたくなりまして」

 

「この所、多いわよね? それも、あんなに遅くまで」

 

「マイブーム、というやつです」

 

 お嬢は俺の顔をしばらく見つめていたが、小さくため息をついた。

 

「……あまり心配させないで。あなたは祓魔士じゃないんだから。魔障に遭遇したら、無事じゃすまないのよ」

 

「――わかっていますよ、お嬢。俺の立場は、十分に弁えているつもりです」

 

 お嬢は俺の顔をしばらく見た。探るような目だった。如月家のお嬢様として、また優秀な祓魔士として、彼女の観察眼は非常に鋭い。

 

「……今日は、まっすぐ帰ってきなさい」

 

 それだけ言って、彼女は階段を下りていった。

 

「承知しました」

 

 気づいているのか、いないのか。少なくとも今朝のところは許されたらしい。お嬢を追って、俺も階段を下りていくのだった。

 

 

 

「じゃあ蓮、またお昼にね」

 

「はい、本日もお気を付けて」

 

 学園に到着し、お嬢と別れる。俺とお嬢はクラスが――住む世界が違う。

 

 歩き出したお嬢の傍には待ってましたと言わんばかりに多くの人間が集まる。その陰で俺は一人、自身の教室へと歩を進める。それが毎朝の光景だった。

 

 俺とお嬢が通う私立如月学園は祓魔士の家系が多く通う私立校だ。

 

 表向きは普通の進学校だが、実態は祓魔士関係の育成機関としての側面が強い。在籍する生徒の大半が祓魔士の関係者で、その中でも前線適性――祓魔士の才能を持つ女子生徒は「特科」、それ以外、主に男子生徒と適性の低い女子生徒は「普通科」に振り分けられる。

 

 そう、祓魔士になれるのは女性のみなのだ。研究によると男女の生態の違いや加齢などで変わるようだが……要は『新しい命を宿すための循環』の中で生み出されるもの、それを『霊力』として出力しているらしい。故に、男性では逆立ちしても祓魔士になることはできない。

 

 加えて、霊力は成人前後で全盛期を迎え、そこからは緩やかに衰えていくとされている。そのため、学生であっても容赦なく戦力として計上される。そしてそれは、俺のような普通科の生徒でも変わらない。

 

 祓魔士や魔障の存在を社会から隠蔽するための工作活動や、戦闘で負った傷の治療、便利な道具の開発など、学園の生徒はそれぞれの適性や才能に沿って『仕事』を割り振られる。

 

 過去には祓魔士に対する魔女狩りのような行為もあったらしく、上層部は徹底して自分たちと魔障の存在を隠匿しようとする。

 

 戦う女性(祓魔士)と、戦えない男性(雑用)。社会の裏に広がるそんな世界が、俺の居場所だった。

 

 

 

「――さて、こんなところか。今日は早めに切り上げないとな」

 

 放課後、俺は今日の『仕事』に従事していた。

 

 魔障対策局――通称『対魔局』。その中の情報統制班に所属する俺の仕事は大きく分けると二つだ。

 

 一つは魔障の痕跡を物理的に消去する仕事。そもそも魔障に関する情報を一般人の目に入れないための工作。

 

 今しがた終わらせたのはもう一つの仕事。目の前のモニターに表示されているのはSNSの様々な書き込みだった。

 

『なんだこれ!? すごいもん撮れた!』

 

『CGじゃん』

 

『作り物乙』

 

『でもこの映像いいな』

 

『エフェクトの重低音がリアルすぎる』

 

『普通に映画として出せるレベル』

 

 一番上に表示されているのは、祓魔士と魔障――その戦いを偶然撮影した一般人の投稿。しかし、その投稿には「AI生成」のタグがつけられていて、リプライは映像の完成度の高さに感嘆する物がほとんどだ。

 

 これがもう一つの仕事。ほぼすべての人間が高性能なカメラ(スマホ)を所持している現代において、完全な隠蔽は不可能に近い。だが、高度に発展した技術を持っているのはこちらも同じことだ。AIを用いた監視網。そこに引っかかった投稿を改ざんし、その存在を虚構にする。

 

 今も一つの真実を創作物に貶める工作を終わらせたところだった。

 

(これもいつまで通用するんだか……また新しい手段を生み出すだけなんだろうが)

 

 ため息を一つ、端末の電源を切り、立ち上がる。

 

『おっ、今日は終わりか』

 

(あぁ、朝もお嬢に釘を刺されたしな。さっさと帰って夕飯の支度にするとしよう)

 

 同僚に軽くあいさつし、対魔局を出る。外は既に日が沈みつつあり、薄暗い空が頭上に広がっていた。

 

『それにしても本当に退屈だな。もっと俺たちの力を発揮できるようにならないもんか?』

 

(そうそうなってたまるか。本来は祓魔士だけで片付くはずなんだよ。昨日は放っておいたらまずそうだったから介入したが……)

 

 変身して戦えば戦うだけ、対魔局に捕捉される危険は高まる。こちらに敵対の意思はないが、相手がどう感じるかはわからない。

 

(お前は魔障で、俺はそれに寄生された宿主。傍から見たらそれが真実だ。俺もお前も、見つかったらタダじゃすまないんだぞ)

 

『だってこのままじゃ超カッコいい俺たちの雄姿を誰も知らないままだろー?』

 

 それでいい、と言っているのがわからないのだろうか、こいつは。

 

 呆れながら帰路を歩いていた時だった。

 

「――っ!?」

 

 突然、ポケットの中のスマホが振動する。これは――

 

『おっ! 近場で魔障出現か! しかも近くに祓魔士はいない!』

 

 画面に表示されたのは現場周辺の人払いの指令。非戦闘員はそれなりの数近くにいるが、一番近い祓魔士は――どう見積もっても10分はかかる。

 

(露骨にうれしそうにしやがって……仕方ないか)

 

 スマホをポケットに押し込み、走り出す。流石に俺たちの存在を隠すことよりは一般人の安全が優先だ。それ以前に、周辺の避難誘導は俺の通常業務でもある。

 

 懐の硬い感触を意識しながら、現場に急行するのだった。

 

 

 

『おっ、あれか!』

 

(よりによってこんな大通りか……! 野次馬に撮影されたら後処理が面倒だぞ)

 

 辿り着いたのは普段なら多くの人が行き交う街の通り。既に人払いが進んでいるのかほとんど人影はなく、無人の空間で一体の異形が暴威を振りまいていた。

 

「なんで獲物がいない!? こっちの世界なら喰い放題って話じゃなかったのかよ!」

 

 勝手なことを叫びながら周囲に衝撃波を放つ。『破壊欲』かなにかか「お母さん、どこぉ……?」――っ!?

 

 物陰から観察していた俺の視界に、人払いを抜けてきたのか一人の少女が入り込んだ。親とはぐれたのか、頻りに周囲を見回している。そして、それが魔障の目にも入った。

 

「――おぉ? 小さいが、上手そうな餌がいるじゃねぇか」

 

(おい、やるぞ)

 

『へぇ。お前がやる気なんて珍しいな』

 

 可能なら祓魔士を待つつもりだったがそうも言ってられない。あの魔障を放っておけば少女は間違いなく喰い物にされるだろう。

 

 今、それを止められるのは――

 

「俺しかいないなら俺がやるしかないだろうが!」

 

『よっしゃ! ヒーローの登場だ!』

 

 歓喜の声と共に手の中にズシリとした重みが生まれる。俺が戦うための力――『ディードライバー』。それを腰に押し付けると、ベルトが展開され、ガチリと固定された。

 

 『ディードライバー!!』

 

 懐から、小さな棒状のカプセル――『デザイアンプル』を取り出し、上部のスイッチを押して起動する。

 

 『DESIRE!』

 

 アンプルが発光し、音声が流れる。手早くドライバーに挿入し――

 

 『DEMON!』

 

 

 

「――変身っ!」

 

 

 

 バックルの右側面を叩く。そして爆発的に光が放たれた。

 

 『OVERLAY――ッ!!』

 

 『D・D・O!! ディード!!!』

 

 『I'm a HERO!』

 

 いつも通り騒がしい音と共に全身に漆黒のスーツが装着される。これが、『ディード』。今も頭の中で騒がしい魔障の欲望の具現であり、俺が脳内にこいつを飼うことを良しとした理由だ。

 

 変身が完了すると同時、魔障の前に躍り出る。

 

「あん? なんだお前――同類か?」

 

「生憎、子供を喰うような趣味はない。お前の敵だ」

 

「――なら、死ねぇ!」

 

 振りかぶられる腕。その動作が完了する前に、少女を抱えて距離をとる。

 

「きゃっ!」

 

「っと! 立てるか? あっちに逃げな」

 

「う、うん!」

 

 他の局員がいるであろう方向に逃がす。これで目につく目撃者はいなくなった。とはいえ、こんな街中だ。どこに目があるかわからない。それなら――

 

(おい、今回はお前の趣味に付き合ってやる)

 

『はぁ? どういうことだよ』

 

(映画の撮影にでも見えるように、派手に戦ってやるって言ってるんだよ。いつもお前が言うみたいにな)

 

『マジか!? 俄然楽しみになってきた! 演出はこの俺に任せろ!』

 

(不安だ……)

 

『まずは開幕のポージングだ! 右手を大きく前に突き出して、首を少し傾ける! カメラのフレームを意識しろ!』

 

(どこだよカメラ……こう、か? 無駄な動きが多いな)

 

 あえて大振りの、ヒーローらしい見得を切るような構えをとる。

 

「わけのわからんやつめ!」

 

「ふっ!」

 

 魔障が突進してくる。普段なら最小限のステップで死角に回り込むところだが、今回はあえて大げさに躱す。大きく身体をひねり、敵の爪撃を回避。これでいいのか?

 

『いいねえ! 次はカウンターだ! 拳を引いて、一拍おいてから思い切りブチ込め!』

 

(了解)

 

「ちょろちょろ逃げやがって……!」

 

「なら、正面から行ってやるよ」

 

 苛立ちに任せた大振りを躱して懐に潜り込む。こちらも大きく拳を引くが、既に攻撃を外して体勢の崩れた魔障にこれを躱せる道理はない。

 

「はぁっ!」

 

「ガァァァァッ!?」

 

 大げさな、しかし全力の拳が、魔障の顔面を真っ直ぐに捉えた。肉を叩く生々しい感覚と共に、大きく魔障を怯ませる。

 

『うーん、上出来! こいつ相手じゃ苦戦もしなさそうだし……トドメの必殺技だな。チャージしながら近づくんだ、ゆっくりな!』

 

(さっさと決めればよくないか?)

 

『お前はいつもあっさり終わらせ過ぎなんだよ! こういう「遅さ」が余裕と格を見せつけるんだ!』

 

(わからん……まぁ、いい)

 

 『CHARGE ONE!

 

 脳内のやかましい指示に従い、威圧感が出るように意識しながら歩み寄る。

 

 『CHARGE TWO!!

 

「くそっ! なんなんだよお前ぇ!?」

 

「最初に言ったろ――お前の敵だ」

 

 『CHARGE THREE!!! FULL CHARGE!!!

 

『よし、高く跳び上がって必殺キックだ!』

 

(普通に蹴った方が強いだろ)

 

『そんなわけないだろ! 仮にそうだったとしても俺がそうはさせない!』

 

(なら、しっかり決めろよ!)

 

「これで終わりだ!」

 

 全力で跳ぶ。重力に引かれ、完全に静止した瞬間。

 

 『ディード・フィニッシュ!!!』

 

 バックルを叩いてエネルギーを集約。不可思議な力を背に感じながら、右足をまっすぐ伸ばして斜めに急降下していく。

 

「――はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「――ギャアァアァァァァッ!?」

 

 必殺の一撃が魔障へと叩き込まれ、大爆発の光と共に異形が完全に霧散した。まだ宿主を見つけていなかった魔障が倒された後には、塵一つ残っていない。

 

 着地し、爆煙を背にゆっくりと立ち上がる。こんな感じでいいんだろうか?

 

『――最っ高だ!! これだよ! こういうのを求めてたんだよ!』

 

 これでいいらしい。万が一この戦闘の映像が流出しても上手く改ざんできそうだ。さっさと変身を解除して元の配置に戻らないと――

 

 そう思考した刹那。

 

 背後から、凍りつくような冷たい殺気と、凄まじい霊力の波動が吹き荒れた。

 

「――そこまでよ。動かないで」

 

「――っ!」

 

 凛とした、しかし明確な敵意を孕んだ声。

 

 聞き覚えのある声。マスクの下で冷や汗をかきながらゆっくりと振り返る。

 

 爆煙の向こうから現れたのは、長い黒髪をなびかせ、息を呑むほどに美しい日本刀――霊刀『残月』を突き付ける、お嬢だった。

 

「通報を受けて駆け付けてみれば――随分と変わった見た目の魔障ね。あなたは、何?」

 

『これ、お嬢サマは俺たちが騒ぎの犯人だと思ってないか?』

 

(この光景だけ見たらそうなるだろうが……まずいな)

 

「答えなさい。さもないと……ここで斬るわよ」

 

 鈍く輝く切っ先を前に、俺はこの状況を切り抜ける方法を全力で模索するのだった。




ここまでお読みいただきありがとうございます。
前作同様、各章を書き終えてから毎日投稿する形で連載していきますので、よろしければお付き合いください。

感想、お気に入り、大変励みになりますので是非よろしくお願いいたします。
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