【一章完結】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる   作:maki@

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邂逅するZ/別たれた二人

「……? ――っ!」

 

 目が覚めた瞬間、認識したのは全身を灼くような酷い鈍痛だった。

 

 身体を微かに動かそうとするだけで、骨格の関節の一つ一つが悲鳴を上げるように激しく軋む。視線だけを辛うじて左右に巡らせ、状況の把握を試みる。見慣れない白い天井。鼻腔を突く消毒液の匂い。ここは――どこかの病室?

 

「俺は、一体……」

 

『――っ! 起きたか、蓮!』

 

 脳内から響くどこか悲痛な声。それを聞いて、急速に記憶が蘇った。

 

(――あぁ、そうか。俺、あの実験体に負けて……待て、なんで生きてる?)

 

 魔力を強奪し、過剰な再生を繰り返していたあの魔障憑き。敗北した以上は、そのまま殺されるものと思っていたが……。

 

『あぁ、それは――』

 

 その原因を知る前に、ガラリと音を立てて病室の扉が開く。

 

「――蓮っ!」

 

 ノックもなく入ってきたのはお嬢だった……少しだけ、目の縁が赤いように見える。

 

「目が覚めたのね……! よかった……本当によかった……っ」

 

 小走りで駆け寄ってくる彼女の声は、安堵に震えていた。どうやら、随分と心配をかけてしまっていたらしい。

 

「お嬢、ここは――」

 

「ここは対魔局の息がかかった病院よ――蓮、何があったか、覚えてる?」

 

 どういう状況かはわからないが、一番『それらしい』状況は――

 

「……帰り道に、魔障に襲われた、でしょうか。その後の記憶は曖昧で、気づいたらここで寝ていました」

 

「そうよ。あたしが駆け付けた時には、本当に殺される寸前だった」

 

 先ほどの涙ぐんだ安堵の表情が引っ込み、今度は俺を咎めるような、険しい顔に変わる。

 

「あれほど夜は大人しくしていなさいと言ったのに……! とうとうこんな、本当に命に関わるなんて! 私が、私がもしあと一歩遅れていたら、あなたは――!」

 

 当然の反応だった。お嬢からすれば『戦う力もない使用人が、夜中にのこのこと出歩いて魔障に襲われ、死にかけた』以外の何物でもない。それも、わざわざ釘を刺したその日の出来事なのだから、本当に救えない。

 

「……すみません」

 

「……とにかく、無事でよかったわ。今、病院の人を呼んでくるわね」

 

 彼女は弱々しく、しかし存在を確かめるように俺の手を強く握りしめると、足早に部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる音が響き、病室に静寂が落ちる。

 

(おい)

 

返事がなかった。

 

(聞こえてるだろ)

 

『……あぁ』

 

 返ってきた声は、ひどく小さかった。

 

 いつもの騒がしさはどこへやら、今にも溶けて消え入りそうな、沈痛な声。

 

(さっきの話だと、あの実験体はお嬢が?)

 

『そうだ。お前がとどめを刺されるってところに割り込んできて、あっという間に倒した』

 

(そうか……)

 

 いくら不調とはいえ、俺が圧倒された相手を瞬殺、か。多少力を手に入れたところで、まだまだお嬢には遠く及ばないらしい。

 

 今回は運がよかった。でも、次はわからない。敗北はそのまま死に直結しかねない事象なのだと改めて心に刻む。

 

 だが、それは立ち止まる理由にはならない。

 

(次は、次こそは負けない。お前も――)

 

『……無理だ、蓮』

 

(……なに?)

 

『怖い。もう怖いんだ。思い出すだけで、心が震える。俺じゃあんな風に……お嬢サマのようには、なれない。俺は、ヒーローなんかじゃなかった。ただの、まがい物なんだ』

 

 声が、震えていた。本心から怯えているとわかる。あれほど熱心に語っていた『ヒーロー』すらも、見失ってしまっている。

 

(お前は――)

 

 何を言えばいいかわからない。でも、何か言わなければならない気がして――

 

コンコンコン。

 

「失礼するわよ」

 

「――っ!」

 

 ノックと共に病室の扉が開いた。見慣れた如月学園の制服、その上に白衣を羽織った女性。眼鏡の奥の視線が俺を一瞥した後に近づいてくる。

 

「具合はどう? 痛むところは……いや、全身痛むか」

 

「そう、ですね……正直動くのも億劫です」

 

 推定医者――首元にかかった名札には「白石雛乃」と書かれている――は、手元にある資料に目を落とす。

 

「全身の打撲、擦過傷、重度の疲労……それなりに重傷だけども魔障憑きに襲われてこの程度で済むのは幸運ね」

 

「お嬢に感謝しないといけませんね。危うく死ぬところだったそうですし」

 

 そう答えると、呆れたような半目を向けられる。

 

「そうね。如月さんがほとんど半狂乱で通報してくる程度には死ぬところだったみたいね」

 

「…………」

 

「あなたが自分のことを気に留めないのは勝手だけれど。あなたの周りにいる人までそうとは限らないわよ」

 

 思い起こされるのは先程のお嬢の様子。安堵の表情と俺を咎める言動。きっと当主にも心配をかけてしまっただろうことは想像に難くない。

 

「失言でした。気を付けます」

 

「よろしい。あぁ、そうそう。自己紹介が遅れたけれど、私は白石雛乃(しらいしひなの)。学園ではあなたの先輩で、入院中はあなたの主治医でもあるわ。よろしく」

 

「白石先輩、ですか……学生の内から医師とは、凄いですね」

 

「正式な医師ってわけじゃないけどね。ここ、対魔局の傘下の病院だから。魔障関係の患者に限り、特例で私が診ることになってるの」

 

 そう言うと、先輩はベッドの傍を離れていく。

 

「ひとまず元気そうだし、会話も問題ないみたいね。しばらくは体の治療とリハビリで入院してもらうから。じゃあね」

 

 病室の扉を開け、去っていく先輩と入れ違いにお嬢が再び入って来る。

 

「……お嬢、ご心配をおかけしてすみませんでした。後、助けてくれてありがとうございます」

 

「…………」

 

「まず最初に言うべきでした。俺は――」

 

「――はあぁぁぁぁぁ」

 

 深い深い溜息に言葉の先を遮られる。僅かに俯いたお嬢は、顔を上げるとどこか振り切れたような表情で。

 

「色々と言いたいことはある。でも、あなたが生きていて本当に良かった。心の底から安心した。今は、それでいいわ」

 

 そう告げるお嬢の目はまっすぐで――どこか妖しい光を宿していた。

 

 

 

 異常は、すぐにわかった。

 

『蓮、調子はどう?』

 

『蓮、なにかほしいものはある?』

 

『――っ!? 蓮! どこにいたの!? ――リハビリ、ですって? ……私がいる時以外、出歩くのはやめなさい』

 

『蓮』

 

『蓮?』

 

『蓮!』

 

 

 

『お願い、蓮。お願いだから、もう危ないことはしないで。これ以上、私から『家族』を、大切な人を奪わないで……』

 

 

 

(過保護すぎる……)

 

 俺がヘマをしたのは認める。心配をかけたのも。だが、流石にこれはやりすぎではないだろうか?学園で授業を受ける時間と、祓魔士の任務に出る時間。それ以外のほぼすべての時間を、お嬢は俺の病室で過ごしていた。

 

 どこに行くにも、何をするにも付きっ切り。それどころか、対魔局傘下の病院であるのをいいことに、如月家の強権を振りかざして面会時間が過ぎた後も居座る始末。最初の二、三日は微笑ましく見ていた白石先輩も、いつ診察に来ても俺の傍にいるお嬢に、次第にその顔を引き攣らせていった。

 

『周りに心配をかけるなとは言ったけども……如月さんは神代君を随分と気にかけているのね』

 

『家族ですから。当然です』

 

『へ、へぇ……』

 

(この時間だけは一息付けるな……)

 

 日中、学生が勉学に励む時間だけはお嬢も、そして白石先輩もここには来ない。この時間帯だけは、()()で話ができる。

 

 そう、二人で、だ。

 

(――なぁ、そろそろちゃんと話さないか?)

 

『……なにをだよ。俺はヒーローにはなれない。ディードも、もう終わり。それだけだ』

 

 取り付く島もない。何度かこうして話し合いを求めているが、こいつは「もう戦わない」の一点張りだ。

 

(それでいいのか? 負けたままで終わっても?)

 

『勝てるわけないだろ。あいつが作った実験体にすら勝てなかった。次に戦ったら今度こそお前も死ぬかもしれない。戦う意味なんて――』

 

コンコンコン。

 

「――っ!?」

 

 ノックの音が響く。時計に目をやったがまだ昼過ぎ。ここを訪れる人なんて――

 

「……どうぞ」

 

「――失礼するよ」

 

 入ってきたのは白衣を纏った初老の男性と、数人の医師や看護師。

 

「――あぁ、院長回診ですか」

 

「うむ。少々付き合ってもらうよ」

 

 そう言うと俺の全身を軽く一瞥する院長。傍らの男性はカルテらしきものを確認しつつ、会話を交わしていた。

 

(何事かと思ったが……まぁ、そう時間もかからないだろ)

 

『……………………』

 

 ……妙だ。普段から俺が誰かと話している時は静かにしていることが多いとはいえ、その時とは雰囲気が違う。まるで、「誰か」に見つかることを恐れて隠れているような――

 

「……うん。経過は良好なようだ」

 

「主治医の腕がいいんでしょうね」

 

「神代君の担当は白石先生だったね。彼女は優秀だ。今すぐにでも正式に引き抜きたいくらいだよ」

 

 俺が院長と世間話を交わしている間も、息を押し殺すような気配だけが伝わってくる。こいつは一体、何に怯えているんだ……?

 

「――院長、そろそろ……」

 

「うむ。では、安静にな。程なく退院できるだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 付き添いの医師に促され、病室を後にする院長。それに続くように他の人たちも退室していく。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 最後に退室しようとした男性が振り返る。俺のカルテを持っていた医師だ。

 

 スッと俺のベッドに近づいた医師は、俺の肩に軽く触れて、

 

「妙な強張りが残ってるようだ。リハビリの時はここを重点的にやってもらうと良い」

 

 そんな助言。確かに肩に違和感はある。

 

「……ご丁寧にどうも――」

 

 素直に礼を返そうとして――

 

 

 

『――ひ、っ、あ、ああああああああああああっっっ!!!???』

 

 

 

 脳内で凄まじい絶叫が爆発した。

 

(――っ!?)

 

『あ、あ、あああああっ……!!』

 

 今まで聞いたことのない声色の悲鳴だった。

 

 単なる恐怖でも、苦痛でもない。もっと根源的な、自己の存在そのものを削り取られるような、精神が狂乱する叫び。

 

(おい、どうした!? 何があった!)

 

『これ……あ、あいつ……あいつだ……! この気配……ゾディアだ……! あ、あぁぁぁっ!!』

 

(……っ!? この男が、ゾディア……!?)

 

「――どうかしたのか? 強張りが増したようだが」

 

「――っ!」

 

 その声に、意識が内側から外側へ向き直る。医師――咄嗟に確認した名札には「真木零士」とある――が、目を細めて俺を見つめていた。俺の反応を観察するかのように、しっかりと。

 

「……いえ、急に傷が痛んだだけです」

 

「そうか。では、くれぐれも――お大事に」

 

 真木は満足そうに微笑むと、病室を出ていく――見るべきものは見た、とでもいうような表情と共に。

 

(あいつがゾディア――実験体を生み出している魔障だとするなら、今のは、まさか俺の正体(ディード)に気付いて……!?)

 

 背中を冷や汗が伝う。胸を突き刺す焦燥と、脳蓋の内側から伝わってくる狂わしい悲鳴が、俺の思考をかき乱していった。

 

 

 

 結局、その後はまるで頭が働かなかった。ゾディアーー真木に正体がバレているかもしれないという懸念、そして真木との接触以降、前にも増して怯えている気配が伝わってくる脳内。突然もたらされた情報はあまりに大きく、放課後になって現れたお嬢と何を話したのかも定かではない。

 

 それでも夜になり、今日も面会時間を超過した上でお嬢が帰宅すれば、また静寂が病室に満ちる。

 

 ベッドに横たわり、意識を内側に向ける。

 

(なぁ)

 

『……』

 

(あの男がゾディアで間違いないんだな。奴が、最近の実験体騒動の黒幕なんだな)

 

『……あぁ、そうだ。あの気配……間違いない』

 

 見た目は完全に男性の医師だった。どうやって化けているのか……仮にも対魔局傘下の病院で勤務するとは、大胆な行動をとるものだ。だが、正体が割れたのは向こうも同じ。

 

(何の手がかりもなかったところに、わざわざ姿を晒してくれるとはな。奴を倒せば、この騒ぎも終わる。好都合だ)

 

 結論は見えた。奴を倒せば、目下の問題は解決する。問題は――

 

 

 

『……勝てるわけないだろ』

 

 

 

(――何?)

 

 ――ディード()が奴に勝てるのか、だ。

 

『勝てるわけないんだよ! お前は、あいつの恐ろしさを何も知らない……! あいつの残酷さも、非情さも、狂気も! 生半可なものじゃないんだ!』

 

(だったらどうする。さっきので恐らくこっちの正体は割れてる。奴がいつ襲ってくるかもわからないままで、コソコソ逃げ隠れするつもりか?)

 

 それは、俺にとっては純然たる事実の積み上げだった。論理的に考えて、奴を倒すのが最もシンプルな問題解決の手段のはずだった――そこに、こいつの気持ちのことなど勘定されていなかった。

 

(お前が奴に虐げられていたのは聞いたが……実際に戦うのは俺だ。お前は、これまで通り力を発揮すればいい。むしろ、最近の不調の方をだな――)

 

 だから、だろう。淡々と論理を組み上げていく中で、こいつの傷を抉ったことに気づけなかったのは。

 

 

 

『……あぁ、そうだな』

 

 

 

 どこか自嘲するような、吐き捨てるような声だった。

 

『ディードとして戦ってるのはお前だよ、蓮。俺は、ただ『力』を提供してるだけ……ヒーローになった気分でいただけだ』

 

(なんだ。いきなり、何の話を……)

 

『俺にとって、『ディード』は、理想だったんだよ……っ! テレビの中で見た、命を懸けて誰かを守る憧れのヒーローの形を『模倣』してさ、俺みたいな空っぽの落ちこぼれでも本物のヒーローに、強くなれたような気がしたんだ……!』

 

 話が見えない。だが、なにか致命的な、不可逆の破局に向かっている予感が俺の胸を締め付ける。

 

『でも、結局命を懸けて戦っているのは神代蓮っていう一人の人間だけでさ……! 俺自身は虐げられていたあの頃から、何一つ変わってない臆病な弱虫のままだ!』

 

 言葉が止まらない。制止する隙が見つからないまま、どんどんと感情を溢れさせていく。

 

 

 

『全部俺のせいだ! 俺がいるから、お前はそうやって戦いに飛び込むんだ! 俺の心が弱いから、お前(ディード)を勝たせられなかった! 俺さえいなくなれば……お前はもう、こんな死ぬような目に遭わなくて済むんだよ!!』

 

(待て、それは――!)

 

 

『もう嫌なんだよ! 蓮のバカ! 俺は、お前の戦う道具じゃない! 俺はお前に……死んでほしくないんだよっ!!!』

 

 声が、爆発した。

 

(待っ――ぐっ!?)

 

 脳内で、何かが決定的に弾けた。これまで結ばれていた『繋がり』が、強引に引きちぎられる感覚。

 

 同時に胸の奥から、ドス黒い魔力の波動が溢れ出した。

 

「――はぁ、はぁ……!! なに、が……!」

 

 息を呑む俺の視界の端、何かが動いていた。

 

 俺の身体から抜け出した何か。霧のような、輪郭の定まらない不気味な黒い影――以前に一度だけ見た、こいつの本体。

 

 それが、目の前に立っていた。

 

「……お前」

 

 俺の声に、黒い影が、ゆっくりと振り返った。

 

 そこに顔はなかった。目も、鼻も、口も、なにもない。当然、表情も読めなかった。

 

 ただ、一瞬だけ。

 

 その輪郭が大きく揺れた気がした。

 

 

 

「――さよなら、蓮」

 

 

 

 いつも脳内から響いていた声が現実の耳に届く。影は窓を開け、そこから夜の街へと去っていった。

 

 部屋に、静寂が落ちる。見た目通り俺一人しかいない病室は、何一つ変わっていないのに広く感じた。

 

 まだ、手元にはアンプルがあった。それは、俺とあいつがこれまで一緒に過ごしていた証拠。しかし――

 

『      』

 

 起動しようとしても、何の反応も示さない。光を放つこともなく、音を発することもない。あいつがいない以上、ドライバーもない。もう、『ディード』が現れることは、ない。

 

 変身能力を失った。魔障と戦う力を失った――両親の仇を討つという宿願から、大きく遠のいた。

 

(俺は、なにを……)

 

 物言わぬアンプルを握りしめる。窓の外、あいつが消えた夜の空は、厚い雲に覆われて星の一つも見えない暗闇に染まっていた。




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