【一章完結】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
「――ろ! れ……!」
(……なん、だ?)
「起きろ! 早くしないと――」
声が聞こえる。耳元でやかましく騒ぎ立てる声が。それにつられるように意識が急速に浮上していき――
「――が、は……っ!?」
瞼が開くよりも前に、みぞおちに叩き込まれた質量に激しくむせこんだ。
みぞおちを直撃した凄まじい衝撃に、身体が強制的に覚醒させられる。
激しく咳き込みながら視界を開くと、そこには眩しいほどの白と金が広がっていた。
「全く、やっと起きたか!」
「お前なぁ……!!」
腹の上に我が物顔で居座っていたのは、先日、自らの実体を確立した相棒――アルマだった。
痛む腹を押さえ、壁の時計を確認する。現在の時刻は、午前八時五十分。今日は日曜日、完全な休日だ。それを思い出すと同時に、俺の上から降りた『少女』が悪びれもせずに言い放った。
「なんだよ? もうすぐ始まるってのにグースカ寝てる方が悪いんだろ? むしろ感謝してほしいもんだ」
「起こし方ってもんがあるだろうが……!!」
腰まで届く鮮やかな金髪を乱暴に揺らし、得意げな笑みを浮かべるアルマ。
自由に動ける人間の姿を手に入れたこいつは、それ以来、呆れるほど奔放に過ごしていた。自分自身の肉体で人間の娯楽――当然、その大部分は特撮ヒーローに関する物だが――を楽しむこいつの笑顔は、見ているこちらが毒気を抜かれるほど輝いている。だが――
「――その恰好だけは何とかしろ、と言ったはずだが」
「これが一番楽なんだよ! 別にいいだろ?」
「駄目だからやめろと言っているんだが」
彼女が身に纏っているのは、俺が普段使っている白の無地のカッターシャツ、ただ一枚きりだった。
アルマの小柄な体躯に対して、俺のシャツは明らかにサイズが大きすぎる。袖は完全に余っているし、乱雑に留められたボタンはかけ違いになっていた。
なにより、薄い布切れ一枚では、こいつの体格に見合わない身体のラインがまるで隠せていない。鎖骨の覗く胸元は大きく開いていて、裾からは健康的な太腿が眩しく露出している。
――正直、目の毒でしかない。中身がこいつだから辛うじて平常心を保てているものの、健康的な高校生には刺激が強すぎる。
「服を魔力で形成するのって、意外と神経使うんだぞー? そんなことに無駄なエネルギーを使って、いざって時に戦えなくなったら困るだろ?」
「なら、そもそも実体化しなければいい。今まで通り脳内に引っ込んでいれば魔力の消費もないだろうが」
「そんなことできるか! 折角自由に動ける体を手に入れたんだ、これまで画面見れなかった作品を全部履修しないと!」
こうなったらこちらで服を用意するしかないのだろうか? だが、俺が女性用の服を購入するのは流石にハードルが高い。お嬢や当主に見つかったらとんでもないことになる。そもそもこいつに最低限の羞恥心や慎みがあれば問題ないのだが……
「――なんだよ?」
本人は袖に隠れた手をパタパタとさせながら、微塵も恥じらう様子がない。
(――っ!)
文句を言いかけた俺の胸の奥で、ズキリと鈍い痛みが走る。ゾディアとの戦い、それも生身で受けた攻撃の余波は数日たった今もなお、俺の身体を蝕んでいる。なんとか隠してはいるものの、本調子まではまだ遠そうだ。
「――って、あっ! こんなことしてる場合じゃない! もう始まっちまうぞ! 蓮も早く来い!」
とてて、と軽い足取りでテレビの前のソファへと走っていくアルマ。
(まぁ、こいつとこうして笑顔で過ごせてるなら、安い買い物だったな)
「……ったく、俺が座るスペースは空けておけよ」
苦笑しつつ痛む腹をさすり、俺は洗面台へ向けて重い足取りを踏み出した。
『来週もまた見てくれよな!』
「――今週も最高だった……!! 来週が待ちきれないな!」
「まぁ、そうだな」
テレビの中でヒーローが手を振っている。画面の横で、ソファの上で身を乗り出して熱弁するアルマに付き合い、俺は隣で静かに茶を啜っていた。
こいつに付き合って観始めた特撮番組だったが、今では俺も思いのほか惹き込まれていた。アルマのように純粋なアクションの華やかさに熱狂するよりは、登場人物たちの葛藤やドラマの展開に奥深さを感じてのことだったが。
(子供だまし、なんて言えたものじゃないな……)
「そうだろ!? ようやくお前も分かってきたか! なら、俺と一緒に深夜の過去作全話マラソンを――!」
「馬鹿言うな。お前と違って俺には昼間のまっとうな生活があるんだよ」
そう、身体を得てからというもの、こいつは俺に契約させた動画配信サービスを使い、毎晩徹夜で過去の特撮番組を貪るように視聴している。そして昼間は以前のように俺の脳内に戻り、俺が学園に通っている間にのうのうと惰眠を貪っているのだ。
「だって昼間はヒマなんだよ! 授業は退屈だし、蓮の中じゃ何もできないし! これは時間の有効活用なんだ!」
「昼夜逆転生活を自慢するな。全く、お前は――」
俺が盛大なため息を吐き出そうとした――まさに、その瞬間だった。
――タッ、タッ。
(――っ!? 足音……!)
廊下の向こうから、こちらへ近づいてくる足音が聞こえた。
今日は休日、このタイミングで離れに来る人間は、お嬢か、当主の二択だ。どちらにせよ、部屋に
「アルマ、早く戻れ!」
「くっ! これからさっきの戦闘シーンをリピートするつもりだったのにぃ!」
悔しそうに叫んだ次の瞬間、アルマの身体が眩い光の粒子となってその場から消散した。
現実の空間から肉体の質量が消え去り、俺の頭蓋の内側へと、いつもの騒がしい気配が滑り込んでくる。アルマが羽織っていた俺のカッターシャツがパサリと床に落ち――その直後。
離れのドアがバンッ!と強い勢いで開け放たれた。
「――蓮!?」
踏み込んできたのは、私服姿のお嬢だった。鋭い眼光で部屋の隅々を素早く見回している。
『あ、危ねぇーーっ! セーフ!? セーフだな!?』
(お前が脱ぎ散らかしたシャツが床に落ちてるんだが……)
脳内のアルマに悪態をつきつつ、俺は努めて平然としたポーカーフェイスを作った。
「……おはようございます、お嬢。朝からどうされたのですか?」
「……ねぇ蓮。今、この部屋から誰かと話しているような声が聞こえなかったかしら?」
「テレビの音でしょう。見ての通り、ここには俺一人です」
「……本当かしら? 隠すとためにならないわよ」
疑わしげに部屋の奥やクローゼットへ視線を向けるお嬢。だが、どれだけ探そうと彼女が探している存在は、すでに現実には存在しない。
「俺がお嬢に隠し事なんて……」
『してるだろ』
「してるでしょう?」
内外から同時に容赦ないツッコミが飛んでくる。アルマはともかく、お嬢は何故そこまで確信を持って言えるんだよ……!
「最近の蓮は、絶対に何かを隠してる。明らかに妙な行動が増えてるわ。この前だって、ちょっと私が目を離したらふらふらと出歩いて……!」
お嬢が一歩を踏み出し、俺の右手を強く握りしめた。
その拍子に、服の下の打撲痕へと鈍い痛みが走り抜ける。息が止まりそうになるのを、歯を食いしばって喉の奥で耐え切る。
「蓮。何回言っても分からないみたいだから言うけども。危ないことはしないで。あなたは私が守るから、ね?」
聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように言う。至極当然の忠告ではあるが……その瞳には、怒りよりも深い、痛々しいほどの強迫的な焦燥が宿っていた。
『相変わらず、愛されてるな』
(これはそういうのじゃないだろ。まぁ、心配をかけていること自体は悪いと思ってるが……)
それでも、俺は止まるわけにはいかない。
真木零士という男の皮を被っていた魔障、ゾディア。
あいつが言い放った言葉が、俺の胸の奥で重く冷たく渦巻いていた。
『内側がなくなった空洞に、私たちは入り込む。その人間の記憶、経験、関係性――人生全てをいただくのさ』
魔障は人間の
あの言葉が真実なら……あの日、俺の目の前で父と母を死なせたと言ったあの女。あの女も、ただの祓魔士ではなく、その内に魔障が潜んでいる可能性がある。
5年越しにようやく手に入れた一つの手がかり。このままディードとしての戦いを続けていれば、いつか本当に両親の仇に手が届くかもしれない。
その時、俺は――
「……蓮? 聞いているの?」
「――あぁ、すみません。少しぼーっとしていました」
お嬢の言葉に、深まりかけた思考を打ち切る。
「……これ以上あなたが勝手な行動をとるなら、私にも考えがあるから」
「考え、ですか」
「ええ。例えば対魔局を辞めさせて、文字通りの使用人になってもらう、とかね」
(それは困るな……)
だが、お嬢の目は本気だった。もしまた大怪我でも負えば、本当に魔障と関わる全てから引き離されるだろう。
『やっぱり、大事にされてるじゃないか』
(だとしても、俺はお嬢の人形じゃない。俺には俺の意思がある。お嬢には悪いが……)
ようやく一歩前進したのだ。こんなところで止まれるわけがない。
お嬢の追及を躱しつつ、今一度決意を固めるのだった。
翌日、月曜日。放課後に資料の運搬を命じられ、それを終えた帰り、俺は教室への道を進んでいた。
(……中々痛みが引かない)
制服のシャツの下、包帯をきつく巻いた胸元が、一歩踏み出すたびにズキズキと痛む。
登校時もお嬢の視線を警戒し、極力普通を装って歩いていたが、生身で魔障の攻撃を受けた代償は甘くない。本当は休んでしまいたいくらいなのだが……
(そうなったらお嬢が原因を突き止めに来る。隠しきれるわけがない)
ただでさえ事実上の最後通告を受けているのだ。絶対にバレるわけにはいかない。
(しばらくは大人しくしておくしかない、か。怪しまれない程度に楽をさせてもらって――)
「――っと……すみません」
考え事をしていたからだろう。不意に曲がり角から出てきた人影と接触しかける。
「こちらこそ――あら、神代君?」
そこにいたのは見覚えのある女子生徒――入院していた間の主治医、白石先輩。
「白石先輩。お怪我はありませんか?」
「えぇ、ぶつかったわけじゃないしね――その後、どうかしら?」
「あーっと……」
どう答えたものか。「退院してすぐ、また怪我しました」なんて言えるわけがない。
「まぁ、変わりなく。先輩の治療がよかったんでしょうね」
「……ふぅん。なら、いいのだけど」
「えぇ。では、俺はこれで」
なんとか切り抜けたらしい。妙なボロが出る前にここは退散しよう。
(危なかった。本当に学園の先輩だったんだな……)
別に疑っていたわけではないが、入院中に接していた印象から、どうにも医者というイメージの方が、強――
「待ちなさい」
「っ!?」
背後から腕を掴まれる。不意の接触と、それに伴う痛みが全身を強張らせた。
「せ、先輩? まだなにか?」
振り返ると、眼鏡の奥の目を細めてこちらを観察する先輩の姿が。その目は学園の後輩に向けるものではなく、患者を診る目だった。
「…………」
「先輩……?」
「…………えいっ」
「――っ!?!?」
するりと伸びてきた手が腹に突き刺さる。大した威力もなく、普通ならじゃれ合いの範疇に収まるような行動。しかし――
「ぐおぉぉぉ……!!」
「……これは予想以上ね」
今の俺にとっては甚大なダメージを与える一撃へと変貌している。膝をつくまではいかずとも、思わず悶絶してしまう。こうなっては、誤魔化すのも不可能だろう。
「なぜ、わかったんです……?」
「私が普段どれだけの怪我人を診ていると思う?あなたの動きが健康な人間のそれじゃないことなんて一目でわかるわ」
「な、なるほど……」
「まぁ、今のでそこまで痛むほどとは思わなかったわ。そこはごめんなさい」
「いえ、急だったので驚きはしましたが……このくらいなら」
「――慣れてる、とでも言うのかしら?」
「えぇ、まぁ。それこそ、この間も先輩のお世話になったばかりですしね」
確かに痛むが、魔障と戦っていれば嫌でもこの程度の衝撃は受ける。単発の痛みならそれほどは――
「――来なさい」
「えっ、ちょっ!?」
再び俺の手を掴むと、先輩はずんずんとどこかへ俺を引っ張っていく。有無を言わせぬその様子は、どこか鬼気迫るようにも感じられた。
「そこに座ってなさい」
「はい……ここ、保健室……じゃないですよね?」
白石先輩に連れ込まれた一室。消毒液の匂いが充満するこの部屋は、しかし俺の知る学園の保健室とは違う部屋だった。
「ええ。私、こう見えても優秀だから。自由に使える部屋を特別にもらってるの。名目上は第二保健室、ということになってるわ」
「お、おぉ……」
学生の身ながら医療現場で働いてもいる先輩だからこその特権、ということか。完全にコネで宿直室を占拠する俺やお嬢とは違うらしい。
「さ、脱いで」
「へっ?」
「制服、脱ぎなさい」
淡々と言い放った先輩の手にはいくつかの瓶と包帯。
「……手当、してくれるんですか」
「そのためにわざわざ連れて来たんだけど? ほら、早く」
再度急かしてくる言葉に追い立てられ、慌ててジャケットとシャツを脱ぐ。その下から現れた俺の身体を見て、先輩は深いため息をこぼした。
「――これ、神代君が自分でやったの?」
「……まぁ、そうですね」
「…………全然駄目。全部取るわよ」
そう言うと、ところどころ解れていた包帯を端から外し始める。誰かに頼るわけにもいかず、どうしても無理な背中などはアルマにやらせたが、先輩の目には適わなかったらしい。
「これは……」
そうして改めて露わになった俺の身体には、濃い内出血の痕が複数。さらに数々の擦り傷が刻まれている――そして、過去に負った傷跡も。
(変身できるようになってすぐの頃は本当に毎回ギリギリの戦いだったからな……)
先輩は少しだけ驚いた顔をした後、瓶から出した薬を塗りこんでいく。
「……なにも、聞かないんですね」
「聞いてほしいの?」
「それは……」
先輩は薄く溜め息をつき、手を止めないままに続けた。
「私は前にもあなたを診てる。あなたの身体に多くの傷が刻まれてることも。それが単に魔障に襲われた、というには妙なものがあることも――あなたがそれを隠したがっていることも。全部わかってるわ」
「――――」
絶句する。そこまで見抜かれていたのか、と。
「その上で、あなたが聞かれたくないことを詮索するつもりはない。私の仕事は傷を治すことであって、患者の事情に首を突っ込むことじゃないもの。注意くらいはするけどね」
薬を塗り終わり、包帯を全身に巻いていく。自力で巻いた時とは違う、確かなフィット感があった。
「私はあなたの事情には踏み込まない。でも、目の前の怪我人を看過したりもしないわ。あなたが自分の怪我を他人に――如月さんに知られたくないというなら、手当くらいはしてあげる」
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。でも、一番は怪我をしないことだから。自分から危険に飛び込むような真似は、やめておきなさい」
「…………はい」
俺の返答にため息をつきつつ、最後の包帯を巻き終える。
「……守る気はなさそうね。ほどほどにしておかないと、いつか本当に死ぬわよ」
「……死にませんよ。いえ、死ねません。俺が死んだらとんでもなく悲しむ人がいることは、理解してるつもりですから」
制服を着直しながら、そう告げる俺を見る先輩の目には、どこか複雑な感情が浮かんでいるように見えた。
「……そう。まぁ、さっき言ったように何かあれば手当はしてあげるわ。はい」
そう言ってスマホを向けてくる。
「……?」
「連絡先。教えておくから」
「あぁ、なるほど」
「よし。それじゃお大事に。その連絡先を使わなくて済むことを願ってるわ」
「助かりました。連絡先の方は……善処します」
「よろしい。でも、使うのをためらうのだけはやめなさいね。怪我をしたなら、必ず連絡すること」
「はい。本当にありがとうございました」
ひらりと手を振る先輩に一礼し、第二保健室を出る。
(流石はプロだな。痛みがかなりマシだ)
明らかに体が軽い。ちゃんとした薬と丁寧な処置で、ここまで劇的に変わるものなのか。
これなら、お嬢に悟られる危険もかなり減ることだろう。足取りは軽く、帰路を辿るのだった。
「――終わったぁぁ」
夕飯の片づけを終え、離れの自室に戻る。使用人としての仕事を終え、ささやかな休息の時間だ。
(お嬢にも当主にも見抜かれはしなかったけど……明らかに注視されてたな)
先輩の手当のおかげか、普段通りに振舞えていたはずだったが、やはり先日の夜間外出が響いているのだろう。退院してすぐの出来事だっただけに、これまで以上に目に留まったらしい。
「――ふぅ」
張り詰めていた緊張の糸をほどくように、深いため息を一つ。パチリ、と壁のスイッチを押し、部屋に明かりを灯す。暗闇が瞬く間に取り払われ、眩しさに目を細める。
その、一瞬の静寂の直後だった。
目の前の空間に、前触れもなく眩い光の粒子が溢れ出した。
「うおっ!? なんだ――」
「いやぁ、よく寝た! これで自由だ!」
光の渦の中心から飛び出してきたのは、金髪の少女――アルマ。それだけなら、特に問題はない。
だが、次の瞬間、俺の思考は完全にフリーズすることになった。視界に移りこんだ眩しい程の肌色によって。
「……おい、お前。おい」
「ん? あぁ、忘れてた忘れてた」
思い出したようにノロノロとクローゼットに向かうアルマ。咄嗟に視線を逸らすが、光に照らされた彼女の肉体は、何にも遮られることなくその全てが俺の目に焼き付いていた。
(勘弁してくれ……)
こいつは本当に自分の身体に対して無頓着すぎる。その美しい肢体を何とも思わず、こうして無防備に振舞うのだから質が悪い。
「――よし、いいぞ~」
「全く、お前というやつ、は――」
アルマの声に視線を戻すと、そこには昨日も見たシャツ一枚の姿が。なんなら前を留めていない分、さらに刺激的な絵面になっている。
「せめてちゃんと着ろ!」
「えー? 別にいいだろ、誰に見られるでもないのに」
「俺が見てるだろうが……!」
「……今更? お前、前から何度も俺の身体見てるじゃん」
「――は?」
意味不明な言い分に絶句する。まるで人を変態かのようにいいやがって……!
「お前がどう思ってたか知らないけどな? 俺にとってはこの姿だろうと前の姿だろうと俺は俺なんだよ」
「――おい、まさかあの影みたいな姿のことを言ってるのか」
「そうだぞ? あれだって立派な俺だし、あの時も服なんか着てなかったろ?」
「流石にそれとこれとは違うだろうが……っ!」
あんな輪郭もはっきりしない霧みたいな影と、今の人間の少女の姿を同一視するんじゃない。
「いいからちゃんと隠せ!」
「へいへい……とうっ!」
「……ったく」
衣擦れの音がしたかと思えば、掛け声とともに俺のベッドへ豪快に飛び込むアルマ。ぶかぶかの白い布切れから覗く太腿の境界線は相変わらず目に毒だったが、諦めのため息とともに、俺もベッドの端へと静かに腰を下ろした。
(しかし、現実と俺の脳内を自在に行き来できるようになるとはな……)
魔障が力を高めるには同族を喰うか、他生命体の精神を喰うかの二択。実体化が可能になったタイミングを考えれば、ゾディアの魔力を吸収した、と見るべきだろうか。
(だが、俺はそんなことをしようとはしていない。恐らくはアルマ自身も、だ)
理由の分からない現象は不気味極まりないが……現状は実害はない。こいつの奔放な行動には困るが……その程度だ。
「……なぁ、お前、魔王になる気はあるのか?」
「なんだ? いきなり」
タブレットに手を伸ばしていたアルマが振り返る。こいつ、また徹夜で特撮を見る気だったな……
「ゾディアを倒した。それを境に実体化できるようになった。お前、倒した魔障の力を取り込んでるんじゃないのか?」
「うーん……俺自身は強くなった感覚無いんだけどな。それに、魔王にも興味ない」
他の魔障が世界を越えてまで求める魔王の座を、あっさりと切り捨てる。
「そもそも俺はゾディアに連れてこられただけだしな。それに、魔界に特撮は無いんだ。俺は絶対に帰らないぞ」
「……お前はそういうやつだったな」
「昔はそうでもなかったぞ? それだけ、あの日に見た光景が俺を変えたってことだ……なぁ、蓮」
「ん?」
アルマがふと、真面目な顔になって俺を見つめた。
「俺たち、出会ってからまだ二ヶ月かそこらなんだよな」
「……そうだな。それがどうかしたか?」
「いや、ふと思い出してさ。お前と出会った時の事。覚えてるか?」
「あぁ、忘れられるわけないだろ。あんな衝撃的な記憶、そうそうないぞ」
自然と、俺たちは『あの日』を思い出す。
初めて俺が
雨が降っていた。冷たい雫が容赦なく身体を打つ。
「はぁ、はぁ……!」
行く当てもなく裏路地を彷徨っていた。身を隠し、なけなしの魔力で存在を保ちながら。
ゾディアの元から逃げ出して、数日。つまり、魔力の供給が途絶えてから、それだけの期間が過ぎている。他よりも脆弱な『DEMON』にとって、それは自身が消滅する瀬戸際であることを意味していた。
元々、自分自身の欲望なんてものはなかった。誰かを模倣するだけの、『DEMON』のなり損ないだった。だが、今は違う。
(
先ほど見たものが頭から離れない。電器店で見た、画面の中の正義の味方の姿が。誰かのために戦う、ヒーローの背中が。
それが、空っぽだった俺に芽生えた、生まれて初めての欲望だった。
(この欲望を満たすまでは、消えるわけにはいかない)
ふらつく体を叱咤し、一歩ずつ歩みを進める。しかし、現実は甘くなかった。
「はぁ、はぁ……! お前、同族だろ! 悪いが喰わせてもらうぞ……」
「――っ!」
見つかった。弱い『DEMON』だった。何かから逃げて来たのかその身体はボロボロで、吹けば飛ぶような弱者だった――俺が、こいつ以下の弱者でさえなければ。
(こんなところで、消えたくない!)
必死に逃げた。冷たい雨の中を、生き延びるために。逃げて、逃げて――
「っ!?」
「うおっ!? 大丈夫か!?」
何個目かの曲がり角を抜けた先で、出会ったんだ。お前に――
とある雨の夜のことだった。近道をしようと路地裏を活用して帰宅していた時。
「っ!?」
「うおっ!? 大丈夫か!?」
曲がり角から飛び出してきた
顔は見えないが、ぼろぼろの布に身を包み、忙しなく周囲を警戒するその様子は、どう見ても『何か』から逃げてきたように映る。
「おい、大丈夫か――っ!?」
思わず声をかけようとしたその時、背後から迫る異様な存在感に気付いた。
「見つけたぁぁ……!」
「魔障……!?」
そこにいたのは一体の魔障。これまでに何度か遭遇した魔障憑きと比べると気配が薄いが――紛れもなく、霊力もないただの人間が太刀打ちできる相手ではない。両腕に備えた長い爪は、容易く人体を切り裂くだろう。
「人間までいるじゃねぇか……! 宿主と餌、同時に手に入るなんて、ツキが回ってきたか!」
(……? 餌、だと?)
不可解なことを言いながらにじり寄ってくる。このままでは俺もこの子も被害者の仲間入りだ!
「――ちっ! 逃げるぞ!」
「え!? あっ、おう!」
咄嗟に子どもの手を握って走り出す。大通りはダメだ。
(落ち着け、魔障と遭遇するのは初めてじゃない。上手く逃げながら対魔局に一報入れる。それでいい――問題は、俺一人じゃないこと!)
「なぁ、どうやって逃げる気だ!? このままじゃ……!」
「大丈夫だ、今はとにかく走れ!」
握った小さな手の感触を確かめる。一人ならともかく、こんな小さな子どもを連れて魔障から逃げるのは厳しい……!
「逃げるなぁ! さっさと喰わせろ!」
(なにっ!?)
逃げ込もうとした路地の先に、背後から衝撃波が投げ込まれる。
「くそっ!?」
咄嗟に進路を変える。しかし、そのたびに前を塞がれ、また進路を変える。それを繰り返し――
「――おらっ! 追いかけっこは終わりだ!!」
「なっ!? ぐっ!」
「う、うわぁ!?」
突然の衝撃。身体が派手に吹き飛び、路地裏の行き止まりへと転がされる。
(まずい、さっきの子は――!)
痛む体を無視して、急いで立ち上がる。俺はまだしも、小さな子どもが晒されていい暴威ではなかった。しかし――
「う、うぅ……」
「――は?」
俺の目に飛び込んできたのは、見覚えのあるぼろ布から這い出す、
突然のことだらけで気付かなかった。この子――いや、こいつ、まさか……
「俺は、やっと自分の欲望を見つけたんだ! こんなところで終われるか!」
(……最悪だ)
魔障から子どもを守っていたつもりが、その子供も同族だったらしい。あまりにも弱弱しい気配だが、紛れもなく人類の敵だった。
「まずはお前を喰って魔力を補充させてもらう……! その後はそこの人間も……!」
「くそ……! 嫌だ、嫌だ! まだ、俺は……!」
喰うものと喰われるもの。魔障同士の争いとそれに巻き込まれた
「おい、何の真似だ?」
「……さてな」
気付けば、立ち上がっていた。自分でも理由がわからない。合理的に考えればまるで意味のない、自身の生存を遠ざけるだけの愚行。それでも、小さく震える影を見ていると、体が勝手に動いていた。理不尽に命を奪おうとする魔障を、看過できなかった。
「お前は後で、と言ったつもりだったんだが……そんなに俺に喰われたいなら先に死ぬか?」
「やってみろ。俺がお前に侵食されるのが先か、お前が祓魔士に討伐されるのが先か、勝負だ」
二体の化物の間に立ちふさがる。俺はここで寄生されるだろうが……願わくば、侵食が完了する前にこいつが討伐され、無事に解放されることを。
「いいぜ。だったらぎりぎりまで痛めつけてから乗っ取ってやる。泣き言を言うなら早めにな?」
(なんなんだ、こいつ……)
傷ついていくその背中を、俺は地面に這いつくばって見ていた。
「おらおら! そんなもんか? さっきの威勢はどうした!」
「ぐっ! 好き勝手いいやがって……!」
偶然出会っただけの人間が、俺を狙っていた『DEMON』に嬲られている。普段なら弱者の位置にいるであろう怪物は、更なる弱者を前に残虐性を発揮していた。
放っておけば、俺が喰われている間に逃げられたかもしれないのに。
さっきまではともかく、俺が人間じゃないことも分かってるはずなのに。
勝てるはずのない相手に向かって、何度も拳を振るう。容易く弾かれ、異形の爪が浅くその身を切り裂いた。
「――っ! まだ、まだぁ!!」
(――あぁ、そうか。こいつ……)
その傷だらけの背中と、脳に焼き付いた『あの背中』が重なる。
誰かを守る、『ヒーロー』の背中が。
だから、俺は――
「が、は……」
「――終わりか」
全身が激しく軋む。切り傷も、打撲も、もはや痛まない部位を探す方が難しい。
(なんでこんなに必死になってるんだ……)
必要のない苦しみだ。しかも、これだけやっても未来は変わらず、俺も背後の魔障もこいつの餌食になるだけだ。それなのに――
「――おいおい、これ以上は本当に死ぬぞ? その身体は俺がもらうんだからよぉ……あんまり無理すんじゃねぇよ」
「知るかよ……!これは俺の身体だ。無茶しようがどうしようが俺の勝手だろうが!」
立ち上がってしまう。なにかに突き動かされるように。
(流石にそろそろ限界だ……救援も呼べていない、詰んだか……?)
勝手に動く身体を他所に、思考はどこまでも冷静だった。残念ながらそれが行動に反映されることはなかったが。
「おい」
「うん?」
一歩踏み出した俺の手を、背後から何かがつかんだ。
「お前、死ぬぞ」
「はぁ?」
そこにいたのは黒い影――魔障だった。
「わかってるだろ。勝てるわけがない。俺とお前は出会ったばかりだ。なのに、なんでそんなになってまで戦う?」
「……知らん。体が勝手に動いたんだよ」
「……そうか、なぁ、
「――何?」
「なんだ? 今更お前らで話し合って何の意味がある?」
馬鹿にするように笑う魔障。完全に油断しているのか、この会話を止めるつもりはないようだ。
「このままじゃ俺もお前も死ぬだけだ。だが――お前が望むなら、戦う力が手に入るかもしれない」
「力、か」
その言葉の意図は分からないが、意味は分かった。力、戦う力。それが欲しいか、だと?
「手に、入るのか。魔障を殺せる、力が……」
ずっと焦がれていた。俺が男に生まれた時点で、叶わない願いだとわかっていても、諦められなかった。
「――欲しい! ずっと、ずっと望んでたんだ! やつらと戦うための力を!!」
「……わかった」
そう言って俯くと、影が突然、激しく蠢きだした。
「――っ!?」
「――なんだ!?」
俺も、対峙する魔障も、突然様子の変わった影に動揺する。平静なのは、自身の身体を急激に変化させている影だけだった。
「――これは『取引』だ」
「お前が生き残るための力を。戦う力をやる。だから、俺に見せてみろ。お前の戦う姿を」
「お前が、俺が
わけのわからない言葉と共に、影が収束して俺の手の中に納まる。見覚えのない、不思議な黒い物体。
「なんだ? 何が起きた!?」
対峙する魔障が警戒するように距離をとった。さっきまでの余裕はどこにもなく、どこか怯えるような素振りにさえ見えた。
『そいつを腰に装着しろ!』
「! 喋った!?」
『早く!』
「あぁもう、意味わかんねぇ……!」
謎の喋る物体に急かされ、言われるがままに腰へとそれを押し付ける。
「うおっ!?」
突然物体の左右からベルトが伸びガチリ、と腰に固定された。
『ディードライバー!!』
「なんだ!? なんなんだこれ!」
『ほら、次だ! アンプルを起動しろ!』
「アンプルって……これか!」
今度は頭の中から直接声がする。気付けば、手の中にまた知らない物体が握られていた。
『DESIRE!』
『そいつをドライバーに挿して、バックルを叩け! 変身だ!』
「へ、変身? こうか?」
『DEMON!』
謎の物体をスロットに挿入する。ドクン、ドクン、と鼓動のような音が周囲に響き渡る。
『もっと気合入れて叫ぶんだよ! ほら、いけ!』
「――こうなりゃやけだ! やってやるよ!!」
やかましい声に促され、俺は声を張り上げてバックルを強く叩きこむ。
「――変身っ!!!」
『OVERLAY――ッ!!』
漆黒の光と共に、俺の身体を何かが包み込んでいく。
『D・D・O!! ディード!!!』
『I'm a HERO!』
『うん! 会心の出来だ!』
「これは、一体……」
脳内から満足げな声が届くが、俺は困惑しきりだった。全身に装着された漆黒のスーツ。どこからともなく溢れ出す力。何一つ理解はできないが――ここにいるのは俺たちだけではない。
「な、なんなんだ、その姿!」
悪魔がこちらにその爪を向ける。しかし、その先端は小さく震えていた。
『これが俺たちの力! 人間の欲望と悪魔の力を重ね合わせた戦士――『ディード』だ!』
何が起きたのかはわからない。だが、間違いなくこの身体には、目の前の敵と戦うだけの力が満ちていることはわかる。
(訳が分からないことばかりだが――これなら!)
「よくも痛めつけてくれたな……! お返しだ!」
「がっ!? なんだ、なんなんだ!?」
踏み込んで、拳を振るう。先程までならなんのダメージも発生させなかったそれが、大きく魔障の身体を吹き飛ばす。
『そいつはとっくに瀕死だ! 必殺技を叩き込め!』
「ひ、必殺技?」
『バックルに装填したアンプルを押しこめ!』
「こうか!?」
『CHARGE ONE!』
『もう一回!』
『CHARGE TWO!!』
『さらにもう一回だ!』
『CHARGE THREE!!! FULL CHARGE!!!』
「なんなんだお前はぁぁぁぁっ!」
『最後にバックルを叩け! 必殺キックをぶち込んでやれ!』
「必殺キック!?!?!?」
困惑する俺を他所に、今日一番のエネルギーが光と共に右足に集まる。
半狂乱になって突っ込んでくる魔障相手に、外すことは、ない!
「これで終わりだ!」
『ディード・フィニッシュ!!!』
「ぐ、ああぁぁぁぁ!!」
魔障の身体が光に飲み込まれ、そのまま消失する。その場残されたのは、
「?????」
念願の力を手に入れ、しかし首を捻っている俺と。
『ヒューッ! イカしてるぅ!!』
脳内から響く謎の声だけだった……
そして、俺はディードになった――やかましい同居人と共に。
「わけもわからないままにあの魔障を倒して、俺は魔障と戦う力を――目的を果たせる力を手に入れた」
「お前は俺に『ヒーロー』を見せてくれて――あのゾディアも倒しちまった」
ベッドの上で、膝を抱えたアルマがいたずらっぽく笑った。
「お前が俺に『アルマ』って名前をくれたから、俺を本物にしてくれたから、俺は今、こうして生きていられる……ありがとうな、蓮。これからもよろしく、相棒」
魔障らしくない、あまりにも素直で、優しい全肯定の言葉。気恥ずかしくなったのか、こちらに背中を向けてベッドに寝転がるアルマ。
「――こちらこそ。空虚だった俺に力を、復讐以外の戦う理由をくれたからこそ、こうして生きていける。これからも頼むぞ、相棒」
俺たちのささやかな、穏やかな夜が、静かに更けていくのだった。
――同時刻。画面が、暗闇の中に立ち上がった。
システム音声が無機質に告げる。接続一、接続二――無機質なシステム音声が暗号化接続の完了を告げるなか、三つのウィンドウが静かに立ち上がっていた。整然とした執務室、暗い空間、そして明るく雑多な部屋。明るい部屋を背景に、女が口を開いた。
「――『生存』が消えたよ。下手人は例の黒づくめの戦士だ」
『フン。あの男を討ったか、面白い。やつを沈めるほどの骨がある戦士が現れるとはな』
薄暗い空間から響いたのは、冷酷な、しかしどこか興奮を隠せない声。
『あの男は研究に傾倒していたが、その力だけは本物だった。それを下すとは……直々に試してやりたいものだな。私の渇きを潤す好敵手足りうるかもしれん』
『感情で動くな、『闘争』。これ以上の不確定因子の活動は、来たる戴冠の日における雑音にしかならん』
そう切り捨てたのは、見た目にそぐわない威厳を纏った青年。書類に目を通しながらも、視線だけをチラリと画面に向けた。
『こちらで手を打つとしよう。こいつはここで潰す。邪魔はするなよ』
『好きにしろ。それで潰れるならそれまでの戦士だっただけのことだ。だが、もし『知識』すら退けるなら――その時は私がもらう』
『そうはならん。俺が負けることなど万に一つもありはしないのだからな』
それを最後に、二つのウィンドウが消える。再び静寂が戻った部屋の中で、女は手の中のデバイスを弄ぶ。
手元で妖しく赤黒く明滅するそれは――女が秘密裏に回収した、『生存』の研究成果であるアンプル。
「さぁて、これからどうなるかな? 楽しませてくれよ?」
狂気的な笑みを浮かべながら、女はモニターを眺める。その視線は、底知れない期待と愉悦に満ちていた――
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第一章完結となります。
第二章が書きあがり次第、連載を再開いたしますので、是非お気に入り登録をしてお待ちください。プロットは完成していますので来月中には更新予定です。
第一章の感想、評価も是非よろしくお願いいたします。
それでは、次章もお楽しみに……