【2章完結まで毎日更新】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
「はぁ……今日もえらい目に遭った……」
疲弊し切った身体を引きずり、俺は自室のベッドへドサリと倒れ込んだ。夜の街で突如発生した魔障憑きとの遭遇戦、そしてその直後に始まった祓魔士との過酷な鬼ごっこを切り抜けた代償だった。
「今日はちゃんとトドメまで刺せたんだから、まだマシな方だろ! 最近は途中で邪魔が入って逃げるばっかりじゃないか!」
ポンッ、と軽い破裂音とともに、頭の上から不満たらたらの声が飛び出してきた。黒のワンピースを身に纏った小柄な少女。俺の粘り強い説得の成果として、ようやく「全裸ではなく服を着て実体化する」ということを覚えたアルマだ。
「仕方ないだろ? まさか祓魔士が魔障憑きじゃなくてこっちを優先して狙ってくるようになるなんてな」
「全く、敵かそうじゃないかの区別もつけられないのか!? これほどスタイリッシュでカッコいいヒーローを敵扱いするなんて、目が腐ってるぞ!」
ぷくーっと頬を膨らませて吐き捨てる。
最近のアルマは、とにかく機嫌が悪い。理由は明確で、俺たちが『ディード』として活動する上での制約が、日増しに重くなっているからだ。
お嬢から聞いた話によれば、対魔局の最高司令部がディードを「正体不明の不穏分子・要警戒対象」として正式に認定したらしい。『怪しいヤツではあるけれど、そこまで敵視しなくてもいいのに……』とお嬢自身は困惑気味に零していたが、組織の上層部は甘い考えを捨てたようだ。
その結果、最近は変身して戦闘に入っても、どこからともなく祓魔士が乱入してきて撤退を余儀なくされることが増えた。現場に残された魔障憑きはちゃんと討伐しているため、人々の平穏という面では大きな問題はない。ただ――俺個人が少し動きにくくなっているだけだ。そして、ヒーローとして活躍したいアルマからすればそれこそが不満なのだろう。
「最近は巡回してる祓魔士の数も多いし、変身する機会自体が少ないってのに……!」
「良い事だろうが。それだけ、魔障の脅威から世界を守る戦力があるってことなんだから」
「俺たちの活躍の機会が減らされてるじゃん! たまに変身しても邪魔ばっかりされるし!」
遭遇、変身、乱入、撤退。これが最も多いパターン。アルマのストレスもたまるし、俺としてもちゃんと魔障憑きが討伐されたかを確認するまで不安が残る形。
次に多いのは俺たちが魔障憑きを討伐した直後に祓魔士が現着するパターン。これ自体は以前からあったが、数が増えてきている。戦闘の疲労を抱えて撤退戦が始まるため、消耗が一番激しいのがこの形だ。
そして最後がそもそも変身しないパターン。ディードを警戒するために祓魔士自体の数が増えていて、俺が出張る前に彼女らが魔障を討伐して決着がつく形。
これらのケースが増えていて、アルマの「かっこよく活躍したい」欲がまるで満たされなくなっている。
(……正直、ここまで組織を挙げて敵視されるとは思っていなかったな)
先日のSNS上でのバズり動画が、対魔局で問題になっているのは間違いない。一応、これまでは極力組織の利益を損なわないよう、影に徹して動いてきたつもりだったのだが……
「ふんっ! 次こそは俺たちの凄さを見せつけて、敵じゃないってわからせてやるからな!」
鼻息を荒くしたアルマは、机の上のタブレット端末を引っ掴むと、特撮番組のアーカイブ動画を再生し始めた。こうして画面に集中している間だけは機嫌が直るのだが、そろそろこいつの忍耐も限界が近そうだ。
「……俺は寝るからな。分かってると思うが……」
「静かに過ごす、誰かに見つかる前にちゃんと隠れる、だろ?」
「あぁ。くれぐれもそこだけは頼むぞ」
「あいよ。おやすみ~」
イヤホンを耳に装着し、画面のヒーローに目を輝かせる少女を尻目に、俺は重い瞼を閉じ、泥のような睡眠へと意識を投げ出した。
「そうか。今回も捕獲には失敗したか」
「申し訳ありません。どうにも逃げ足が速く……」
対魔局本部、重厚な調度品で統一された最高司令官執務室。広大なデスクの前で、部下からの報告に耳を傾ける皇鏡華の姿があった。
「だが、着実に情報は集まってきているな。あの『ディード』と称される者は、魔障憑きに対しては明確な殺意をもって攻撃を加えているが、我々祓魔士に対しては一切の手を出していない。それどころか、こちらが攻撃姿勢を見せると即座に撤退を選ぶ……」
「ええ。実際に現場で刃を交えた隊員たちからも『明確な敵意や悪意を感じない』と、困惑の声が上がり始めています」
「なるほど……もうしばらく、今の体制で様子を見る」
「よろしいのですか?」
「どちらにせよ、奴と意思疎通ができていないことは事実だ。討伐するか、引き入れるか……もう少し判断材料が欲しい」
「かしこまりました。失礼いたします」
「ああ、ご苦労だったな」
部下が深く一礼して退室し、広い執務室に一人残された鏡華は、深く椅子の背もたれに身体を預け、長いため息を吐き出した。
「はぁ……どうにもつかめないな。魔力を帯びている以上、あの存在の本質は魔障に近いはず。それなのにこちらに対する敵意はなく、それどころか街や人を守ろうとしている、か。一体どういう目的で――」
思索の海に沈もうとした瞬間、デスクに置かれた専用端末が甲高い電子音を鳴らした。
「――私だ」
『失礼いたします。『アルゴス』の
「繋いでくれ」
「承知いたしました」
短いノイズの直後、スピーカー越しに滑らかで若い男の声が響いた。
『夜分遅くにすみません。皇司令』
「いえ、ご用件は」
『……相変わらず、クールなことで』
「性分なもので。気分を害しましたか?」
『いいや? 早速本題に入らせてもらいましょう……今年も例の件、頼めますか?』
「――っ、はい。準備を進めておきます。なにか、ご希望はありますか?」
『任せますよ。あなたの選んだ子達なら、きっと優秀でしょうからね――あぁ、いや。一つだけ条件を。今年は男子を中心に選んでいただけると』
「では、そのように。他に何か?」
『いや、それだけです。よろしく頼みますよ』
「えぇ、それでは」
最低限のやり取りを済ませ、通話を切る。僅かな会話だけだというのに、鏡華の肩にはずっしりとした重みが感じられた。大きくため息を吐き出すと、再び受話器に手をかける。
「私だ。すまないが今年の学生たちの選出を――」
窓の外に広がる不夜城の街並みを見つめながら、対魔の長の夜は静かに更けていくのだった。
「ここが、『アルゴス』か……」
状況が変わらず、アルマがストレスを溜め続ける日々を送っていた俺の元に、対魔局からとある指令が届いた。
『対魔局提携企業『アルゴス』にて、特別面談を受けてくること』
添付されていたのは日時と場所のみ。何のための面談なのか、なぜ一方的な指名で俺が選ばれたのか、一切の背景は書かれていなかった。
(『アルゴス』といえば、最先端のAI技術とITインフラで世界のトップを走る巨大複合企業だ。俺が統制班で使っている、怪異隠蔽用の最新型検閲システムも、アルゴスからの技術提供で作られていたはずだが……)
現代社会におけるデジタル面での隠蔽に多大な貢献をしている企業、それが『アルゴス』だ。技術面だけでなく、資金提供という意味でもかなりの協力がされていたはず。
(考えられるとしたら……将来有望な学生を早期に自社へ引き込むための、青田買いの面談か? だとしてもなんで俺が選ばれたんだか……)
考えても答えは出ない。指名された以上、辞退という選択肢はないのだ。
覚悟を決めて、目の前にそびえたつビルへと足を踏み入れる。受付に名前と面談に来た旨を伝えれば、一人の洗練された社員に案内され、セキュリティで厳重に保護された専用エレベーターへと乗せられた。そのまま一気に最上階近くのフロアへと連行される。
「では、こちらでお待ちください」
「はぁ……」
案内されたのは、息をのむような眺望が広がるVIP用の応接室だった。
手触りだけで一級品と分かる重厚な革張りのソファに腰を下ろし、静寂の中で待つこと数分。ノックの音とともに、一人の男が入室してきた。
「やぁ、よく来てくれたね」
柔和な笑みをたたえ、親しみやすい雰囲気を纏った男。だが、その整った顔立ちの奥、底知れない凄みを感じさせる瞳が目についた。
対面のソファに腰掛けた男は、手元のタブレットに表示された資料を細い指先でスワイプしながら、俺をじっと見つめてくる。
「神代蓮君、か。如月学園の二年生で、情報統制班所属……おっ、我が社のシステムも使ってくれているんだね」
「えぇ、まぁ……」
どうやらあそこには俺の情報がまとめられているらしい。それも、対魔局が作成したであろう、詳細なものが。そんなものを持っているこの男は一体何者なのか。俺が無意識に警戒の視線を向けると、男は「おっと」と短く喉を鳴らして笑った。
「失礼、自己紹介がまだだったね。私は
「……はい!?」
流石に驚きを隠せない。たかが一学生の面談に、世界のIT業界を牛耳る大企業のトップ自らが現れるなど、誰が予想できるだろうか。
「驚かせてしまってすまないね。私が名乗ると、大抵の学生は似たような反応を返して来るよ」
「……それは、そうでしょう。いきなりあなたほどの地位の方が現れたら、誰だって狼狽えますよ」
「まあ、これは半分私の趣味みたいなものでね。刺激的な人間と対話するのが好きなんだよ。さて――」
千歳さんは足を組み、穏やかな笑みを絶やさないまま、まっすぐに俺の瞳を射抜いた。
「それで、今日来てもらった目的なんだけど……まぁ、端的に言えば引き抜きだね」
「――随分明け透けに言うんですね」
「隠したって仕方ないだろう? それに、ここに呼ばれるレベルの学生なら薄々察していたんじゃないか?」
「まぁ、多少は……」
まさか正面から堂々と告げられるとは思わなかったが。
「我が社は対魔局に対して莫大な資金と技術を提供している。その見返りとして、毎年優秀な若者と接触する権利を得ているのさ。君は、対魔局が選んだ『特に価値のある人材』の一人、ということになる」
「なるほど……ここは光栄です、と言っておいた方がいいですかね」
「いいと思うよ? 実際、ここに呼ばれる学生は年に10人もいないからね」
対魔局が直接的に引き抜きを認めている、ということなのだろうか。そんなことをしている人手の余裕はないと思っていたが。
「そう身構えないでほしいな。私は君という人間の『本質』が見たいだけだ。君の思想や価値観が私に――我が社の理念に適合するかどうかをね」
「そう、ですか……」
「さて、早速だが――」
そうして、いくらかの質問が投げかけられる。現状の仕事で困っていることはないか、どのようなことを心掛けているか――様々な内容に答えていった。
そして――千歳さんはタブレットを机に置くと、妖しい光を宿した瞳で俺を覗き込んできた。
「では、次の質問だ。神代君――君は、現在の対魔局が行っている『魔障の隠蔽工作』が、あとどれくらい持ち堪えられると考えているかね?」
「……あまり、猶予はないかと。御社のシステムを運用している立場から申し上げれば心苦しいですが」
実際、現場の感覚としては限界が近い。前回のディードのバズりもそうだが、それ以上にテクノロジーの進化速度が異常なのだ。
「街を歩く全ての人間が、4K動画を即座に撮影できる
「そうだね。最近もなにか大きな話題になっていたようだし、私も同じ意見だ――では、どうすればいいと思う?」
「どうすれば、ですか……」
「なんだっていいよ。実現可能かどうかすらも考える必要はない。君なら、この詰みかけた状況でどうやってこの問題を解決する?」
魔障の存在を完璧に隠し通す方法。思考を巡らせるが、どう転んでも対症療法にしかならない。ならば――
「……非現実的な極論ですが。『この世界から全ての魔障を排除・死滅させる』ことでしょうか」
「ほう?」
「隠し切れないのなら、隠す対象そのものをこの世から消し去ればいい。世界から怪異が一匹残らず根絶されれば――隠蔽する必要そのものが無くなります」
「なるほど……確かに、一つの正解かもしれないね」
(実際、それに意味があるかはわからないが……魔王とやらが代替わりするたびにこっちの世界に魔障どもが雪崩れ込んでくるなら、結局はこれも対症療法にしかならないだろうし)
「……千歳さんはどう考えているんですか?」
「うん? そうだね……仮定の議論として、あえて過激な思想を語るのだとしたら――」
そこまで言うと、千歳さんは身を乗り出し、吐息が届くほどの距離で、恐ろしいほど綺麗な笑みを深めた。
「すべての情報を包み隠さず『公開』してしまえば、隠す苦労そのものがなくなるんじゃないかな?」
「……は?」
「世界中の人々に魔障の存在を正しく認識させ、恐怖と欲望を加速させることで人類の団結を図る――まぁ、対魔局の『人々の平穏を守る』という理念とは真っ向から対立する極論だけどね」
部屋の空気が凍りついたような錯覚。千歳さんは妖艶な雰囲気を漂わせたまま、ゆっくりと背もたれへ身体を戻した。
「……随分と過激ですね」
「だから前置きはしただろう? それにね……もし仮に情報が全開示されたとして、祓魔士とは異なるアプローチで魔障と戦う『新しい人間』が現れる可能性だってゼロではない……そう、最近話題になっている彼、とかね。知っているかい?」
(――っ!?)
心臓が一瞬、跳ね上がった。
知らん顔を決め込むのは簡単だ。だが、相手は世界の情報を握るアルゴスの頂点。ここで不自然な嘘をついて裏を取られれば、余計な疑いを招くリスクが高すぎる。
「……ディード、という人物のことですか?」
「……ほう! へぇ……君は知っていたのか」
「えぇ、まぁ。話は聞いていますよ。祓魔士でもないのに魔障憑きを討伐している謎の存在だとか」
嘘ではない。実際、お嬢や桐生から嫌というほど聞かされている。片や愚痴で、片や称賛の声だが。
「君以外の学生にも同じことを聞いてみたんだが……どうも知らない子も多くてね。少し意外だったよ」
「祓魔士の知り合いがいないなら、後方要員が知らなくても無理はないでしょう」
「そうかもしれないね。しかし、自分が関わっている世界の『構造変化』には、常に敏感にアンテナを張っておくべきだ。私はそういった視野の広い人材を求めている……そういう意味では神代君、君への評価は跳ね上がったよ」
「それは、どうも」
「どうだい? 君さえよければ、将来我が社に来てもらってもいい、とすら思っているよ」
「……過分な評価、痛み入ります。ですが、既に将来をどうするかは決めていますから」
少なくとも、両親の仇を見つけるまでは対魔局から離れるわけにはいかない。そうでなくても、如月家にはまだまだ恩を返しきれていないのだから、なおさらだ。
「そうか……気が変わったら連絡してくれたまえ。では今日はこの辺にしておこうか」
「失礼いたします」
深く一礼し、応接室を後にする。扉が閉まるその瞬間まで、背中に感じる千歳さんの視線が俺から外れることは無かった。
(妙に迫力のある人だったな……あの若さで大企業のCEOってのも頷ける話だ)
帰り道。先程の会話を思い返す。あれが、人の上に立つ人間の雰囲気、ということなのだろう。
(『魔障の情報を公開する』なんて、とんでもないことも言っていたが……どこまで本気なんだか)
単なる仮定の議論には聞こえなかった。対魔局に多大な技術提供をしている以上、魔障の恐怖も十分に理解しているはずだ。それを世界に開示するなど、社会の崩壊を招くだけだと思うのだが……
(まぁ、もう関わることも無いだろ。それよりも対魔局の捜索網の方をどうにかしないと……本当に身動きが取れなくなる)
このままではディードとしての活動がまるでできない。魔障と戦う機会が減れば、それだけ戦闘の勘は鈍るし、いざというときに戦えなくなるかもしれない。早めに解決しておきたいが……
(素直に名乗り出て、アルマがどういう扱いになるかわからん。せめて、当主以外にも司令部の人間に渡りをつけられればな……)
だが、一介の学生に過ぎない俺にそんな伝手はない。どうしたものかと頭を悩ませながら、人の少ない高架下の暗がりへ差し掛かった、その時――
『――蓮! 魔障憑きだ! 近いぞ!』
「――へっ? ……うおぉぉぉぉ!?」
「チッ! 外したか……」
突然脳内に響いた警告に咄嗟に周囲を警戒すれば、突然視界に影がかかった。反射的に身をかわした瞬間、ついさっきまで俺が立っていた場所に、一体の魔障憑きが着地していた。
「アルマ!」
『おう!』
『ディードライバー!!』
周囲に人の気配はない。祓魔士の乱入が気がかりだが、このままやられるわけにもいかない。
「何の用か知らないが――」
『DESIRE!』
「襲ってくるなら、容赦はしない!」
『DAEMON!』
『さぁ、今日はちゃんと決着まで戦わせてくれよ……?』
(俺に言われても困るんだが……)
「変身っ!!」
『OVERLAY――ッ!!』
『DEMON'S・END!! DEED!! UNITY!!!』
『We're the HERO!!』
「なんだその恰好!? お前、ただの人間じゃないのか!」
「お前達には他者との情報共有って概念が無いのか?」
『あるわけないだろ。全員自分の欲望を満たすことで頭いっぱいだよ』
まぁ、その方が人類としてはありがたいからいいか。
「邪魔が入る前に、さっさと終わらせるぞ!」
『BOOST!』
バックルの側面を
「――ハッ!」
「ぐぁっ!?」
それでも尚余りある速度が体に宿る。魔障憑きの反応を許さない機動力で、その全身を撃ち据えていく。
『THREE』
『よっし! 制御もバッチリだ! この調子なら今回はいけるか!?』
アルマの声を聞き流しながら、加速が切れる寸前まで打撃を叩き込む。相手が何の欲望をモチーフにしているかなどは関係ない。何もさせずに一方的に倒せば、考える必要はないのだから。
(よし、ここで思いっきり打ち上げて――)
「ぐおぉぉぉっ!?」
強烈なアッパーカットで魔障憑きを上空へ弾き飛ばし、その落下地点で静かに軸足を固める。
あとは落ちてくる無防備な的に、必殺の一撃を叩き込むだけだ。
『CHARGE ONE! TWO!! THREE!!!
『FULL CHARGE!!!』
「これで、決める!」
『DEED・FINISH!!!』
落下してきた魔障憑きを全力で蹴り飛ばす。黄金の輝きを纏った一撃が、一瞬のうちに魔障憑きの肉体を消し飛ばす。煙の中から無事に宿主の男性が出てくるのを見届け、一息つこうとしたところで――
「見つけた~!」
高架下に響く声。
(――逃げるぞ!)
『久しぶりの勝利の余韻がっ!?』
遠方から現れた祓魔士を目にして、即決で撤退を始める。ここで手間取れば、数分以内に包囲網が完成することを俺は身をもって知っているのだ。
「あっ!? 待って~!?」
(待てるか!?)
『BOOST!』
なりふり構っていられない。ここは完璧に撒かないと……!
『BOOST!!』
『……うん? あの顔、誰かに似てるような――』
(考えるのは後にしろ。急ぐぞ!)
制御できるギリギリの速度で走り出す。瞬きの間に、俺は現場から離脱するのだった……
「あぁ~、行っちゃったぁ~。やっと会えたから、お話聞いてみたかったのにぃ~」
誰もいなくなった高架下で、細身の霊刀を肩に担ぎながら、のんびりとした声を上げたのは桐生家三女・桐生鈴音だった。
「――鈴音! 奴は!?」
路地裏の影から素早く躍り出てきたのは、鋭い眼光を光らせる次女・桐生凛音。現在の対魔局において、高い実力を評価されている二人の祓魔士は、可愛い末っ子が信奉する『ディード』を捕獲する指令を遂行中だった。
「逃げられちゃった~。琴音ちゃんがあれだけ熱弁する『ディード
「それを客観的に判断するためにも、一度身柄を拘束して話を聴取する必要がある。最高司令部も動いていることだしな」
「凛姉さんがやれば~、あっさり捕まえられるんじゃないの~?」
「どうだろうな。ここまで対魔局の包囲を破り続けてきたんだ。もし私でも駄目だとすれば――」
「いよいよ、正攻法じゃ駄目かもね~。そうなる前に捕まってほしい所だよ~」
揃ってため息をつく姉妹の元に、もう一人猛スピードで接近する少女。
「凛姉ぇぇ! 鈴姉ぇぇ! ディード様は!? ディード様はどこですかぁぁぁ!?」
熱情のままに叫びながら疾走する
「琴音ちゃ~ん! もういないから焦らなくていいよ~!」
「そんなぁ!?」
(……琴音、お前は本当にあの男に騙されていないのだろうな? もし妹を惑わす悪党ならば、私は容赦なく斬るが――)
落胆して膝をつく妹の姿を、凛音は複雑な表情で見つめていた。
「うぅ……次こそ、ディード様が私たちの味方だって証明してみせますから! 待っていてくださいね! ディード様っ!!」
(……この子がこれほどまでに信じ切っているのだ。あの黒い男……少しは信じてやっても良いのかもしれないな)
夜が近づく街の片隅で、凛音は微かに口元を緩め、沈む夕日を見送るのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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