【2章完結まで毎日更新】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
「――変身っ!!」
『OVERLAY――ッ!!』
『DEMON'S・END!! DEED!! UNITY!!!』
『We're the HERO!!』
「速攻で片づけて仕事に戻るぞ……!」
『よっしゃ、行くぜ!』
『『ディードバスター!!』』
「くそっ! まさか、こいつが……!」
静まり返った夜の路地裏。
数分前に倒された魔障憑きが遺した残骸と痕跡を消去するため、統制班として作業を行っていた俺の前に、またしても一体の凶暴な魔障憑きが躍り出てきた。
(最近は祓魔士だけじゃなく魔障に邪魔されることも増えてきたか……?)
『活躍の機会が奪われてる分、向こうから出向いてくれてるんだろ! 願ったり叶ったりじゃないか!』
(そんなわけあるか)
偶然かもしれないが、魔障憑きとの遭遇戦の頻度が高くなっている気がする。そして、それはそのまま祓魔士に捕捉される可能性の上昇にもつながっていて――
「――せいっ!」
「ぐっ! くそっ、
(……当たり、だと?)
二本のバスターから繰り出される、怒涛の斬撃。相手に何かさせる暇を与えず、このまま一気に押し切る――!
「――っ! 調子に、乗るなぁぁぁ!!」
「うぐっ!?」
魔障憑きが身を縮こませた瞬間、その全身から禍々しい黒紫色の魔力が爆破的な衝撃波となって撒き散らされた。不意を突かれ、強引に距離をとらされる。
「目的は果たした……! ここまでだ!」
『はぁ!? おい蓮、アイツ逃げる気だぞ!』
「逃がすかよ……!」
奴の言う「目的」とやらが何かはわからないが、わざわざ見逃す理由もない。
『『GUN MODE!』』
手首を鋭くスナップさせ、両手のバスターを一瞬で変形させる。
二刀流から二丁拳銃のスタイルへと瞬時にシフトし、踵を返して疾走する魔障憑きの背中へ向けて、魔弾の連射を叩き込む。
「ぐっ……! まだだ!」
「っ! 翼!?」
全身に弾丸の雨を浴びながらも、魔障憑きは足を止めなかった。それどころか、その背肉を突き破るようにして、どす黒い二枚の巨大な翼が展開される。どうやら『飛行・飛翔』のような欲望を苗床にした個体らしい。
『蓮! これを使え!』
「これは……」
アルマの声と共に目の前に浮かぶのは見慣れた――否、見慣れていたアンプル。『
『せっかくバスターが二本あるんだ、必殺技も倍増しでやっちまえ!』
「――そういうことか!」
二丁のバスターを右手にまとめ、左手で眼前のアンプルをつかみ取る。そのままドライバーに装填している『ユニティ』用のアンプルも引き抜き――
起動し、光を放ち始めた二つのアンプルを、それぞれのバスターのスリットへ力任せに叩き込む!
『うおぉぉぉぉ! 来た来たぁ! 絶好のシャッターチャンスの予感!!』
「お前が何を企んでるか知らないが――ここで仕留めるっ!!」
「なっ……くそっ!!」
色合いの微妙に異なる二筋の真紅の光が、二つの銃口へ向けて渦を巻くように収束していく。死線を感じ取った魔障憑きが、焦燥に駆られて地面を蹴り、夜空へと大きく飛び立った。
だが――もう遅い。光を臨界まで充填させた二丁のバスターを上空へ掲げ、トリガーを引き絞る!
「ぐ、あぁぁぁぁ!?」
解き放たれた二条の光が、羽ばたこうとする両翼を正確に撃ち抜いた。重力に逆らう手段を失った魔障憑きが、絶叫とともに落下していく。
「ここだっ!」
『BOOST!』
バックルを力強く叩き、瞬きの間に落下地点に飛び込む。そして――
『二段構えか! いいねぇ!』
瞬時にバスターを剣モードへ再変形させ、アンプルを再装填。
二本の刀身が、目も眩むような蒼穹の輝きに包まれる。光の膨張により、刃そのものが一回り巨大化したかのようにも見えた。
「これで……終わりだぁぁっ!!」
「ガ、ハっ……!? 申し訳、ありま……!」
交差する蒼き十文字の斬撃。
直後、猛烈な爆炎と大気の震動とともに、魔障憑きの禍々しい気配が完全に消滅した。爆煙の中から叩きつけられた宿主の女性をすかさず抱き止め、バイタルを確認する――脈拍良好。特に外傷もない。
『――最っ高だ!! 俺の想像通り……いや、想像以上の絵面だったぞ!』
(そりゃどうも……バスター二本による同時必殺か。予備動作と隙は大きいが、威力は十二分だな。それにしても――)
さっきの魔障憑きが気になることを言っていた。
(裏で糸を引いている何者かがいる。なら、その目的はなんだ……?)
間違いなく爽快な勝利。しかし、その後には不穏な気配と言いようのない不安が残されていた。
「――由々しき事態だ」
開口一番そう言い放ったのは、対魔局最高司令の皇鏡華。司令部の人間を集めた会合は、重苦しい緊迫感に支配されていた。
「ここ数日、対魔局の構成員が相次いで魔障憑きに襲撃を受けている。如月当主、詳細を」
「……はい」
指名を受け、凛とした一人の女性――如月家当主、薫子が立ち上がる。
「現在までに確認されている被害者は、計14名。内訳は技術開発部から7名、情報統制班から5名、医療班から2名です。一人で移動している最中を狙われたケースや、屋外での支援任務中に強襲されるケースが中心となっており、幸いなことに死者こそ出ていませんが、数週間から数か月の入院、治療が余儀なくされる重傷です」
対魔局の非戦闘員に対する魔障憑きの襲撃。魔障憑きに抗う術など持ち合わせていない彼らは、抵抗することもできずに痛めつけられ、病院のベッドへ送られている。
「現場の調査や被害者への聴取によれば、襲撃してきた魔障憑き達は、被害者を嬲るように痛めつけつつ……どこか相手の反応を確かめているような観察行為を行っていたとのこと。明らかに何らかの意図をもって実行されていると見て間違いないかと思われますが――」
「その目的が一切見えてこない、と。そもそも、欲望のままに動く奴らが一つの目的のために組織立って行動することなどあり得るのですか?」
「――桐生さん」
薫子の言葉を引き継ぎ、険しい表情で疑問を呈したのは桐生家当主、桐生天音。
「私が現役だった頃にはそのような統合された動きを見せる魔障は聞いたことが無い。あるいは、更に前の時代――皆さんの時代ではあったのでしょうか?」
「……少なくとも、私の記憶には無いわ」
薫子が静かに首を振る。
「だからこそ、読めない。単なる偶然で片付けるには被害が出始めたタイミングが揃いすぎている」
「目的が分からない、それでもなんらかの意図を感じるからには対策はしないといけない、そういうことですか」
「……その通りだ」
そこで、ここまで沈黙を守っていた鏡華が冷徹な声を響かせた。全員の視線が、円卓の首座へと集中する。
「このまま指を咥えて見ている訳にはいかない。人員が削がれ、対魔局の力が弱まれば、それだけ民衆の安全が脅かされる――故に、だ」
鏡華は言葉を一度切り、一同を氷のような眼光で見回した。
「――局員への護衛体制を敷く。
「……それは」
誰かの声が上がる。それが誰か判別できないほど、その場にいる全員が、鏡華の発言の真意を悟り、苦々しい表情を浮かべていた。
「『優先順位』を付ける、ということですか? 人間の命に」
「全ての局員に護衛を付ける、というわけにもいかない。護衛に戦力を割きすぎて本業である魔障討伐が疎かになっては、本末転倒だ。それに……例の『ディード』捜索網にも人員を割いている。戦力は無限ではない」
「しかし……!」
「これは決定事項だ」
尚も食い下がろうとする声を、バッサリと切り捨てる。
「綺麗事だけで世界は守れない。我々には、先人が血を流して繋いできた平穏を、次世代へ引き継ぐ責務がある。時にそれが非情な決断となろうとも、それを下すのが対魔局のトップである司令部の――私の役目だ」
会議室に重苦しい沈黙が落ちる。合理的には鏡華の判断が正しい。だが、胸の奥にある「人間としての正義感」が、その残酷な決定に悲鳴を上げていた。
(優先順位……私は――)
それは、元歴戦の祓魔士であり、今は母親でもある薫子も同様で――その胸中は大きく揺れ動いていた。
「護衛任務、か」
「えぇ」
昼休み、宿直室での食事を終えた紗夜は、どこか不満そうに呟いた。
「なんでも、最近対魔局の人間――それも非戦闘員が襲われてるらしくてね?それの対策で一部の局員に祓魔士を護衛として付かせる、ってことになったのよ」
「なんで魔障憑きがそんなことを……? というか、あいつら組織立った行動なんてできたのか」
「その辺りは何もわからないって。ただ、このまま何の手も打たずに後方支援の局員が削られていくのは痛手だから――」
「護衛が必要になって、その任務がお前にも回ってきた、と」
「そうなのよね……どうせ誰かの護衛だって言うなら、私はあんたに張りついておきたいくらいなんだけど」
「俺に護衛? まさか」
俺は苦笑しながらお茶を口に含んだ。
どうせ護衛がつくとしても、白石先輩のように若くして画期的な医療実績を上げているような『超・優秀な人材』が優先されるに決まっている。
「全ての局員に護衛なんて付けられるわけがない。ある程度取捨選択はするだろ。そうなったら、俺は
「……そんな風に言わないでよ」
紗夜が眉を顰める。彼女からすればそうかもしれないが、客観的に見て俺は替えの効く存在でしかないだろう。
「紗夜もわかってるだろ? 組織において『替えの効かない優秀な人間』と『いくらでも代わりのいる人間』なら、どちらを優先して守るべきかなんて考えるまでもない」
「そういう問題じゃないの!」
紗夜がピシャリと言い放ち、真っ直ぐな瞳で俺を射抜いてきた。
「私があんたを守りたいと思う理由に、あんたが組織にとって優秀かどうかなんて、これっぽっちも関係ないわ」
「……紗夜」
「私にとって、あんたは大切な『家族』なの。あんたが傷ついたり、いなくなったりするなんて……想像するだけで息が止まりそうなの。それが、祓魔士としてではなく、ただの『如月紗夜』としての本音」
「……その気持ちは、素直に嬉しいよ。でもな、それが組織ってものだろ。個人の感情に流されてちゃ、秩序は維持できない」
「――だったら、私が心配しなくて済むようにしてほしいのだけど? 間違っても魔障憑きに襲われたりしないように」
「それは襲ってくる側に言ってくれないとな……まぁ、そうなったらなんとか逃げるさ。」
「……もしまた前みたいに大怪我なんかしたら、今度こそ一切目を離さないからね」
「それは困る。気を付けないとな」
前に入院した時の紗夜の様子を思い出す。病室のベッドの横に張り付き、トイレに行くことすら監視されるようなあの極限状態は、二度と味わいたくない。
「……本当に、自分の身の安全を第一に動いてね?」
「あぁ、もちろん。別に俺も望んで怪我したいわけじゃないからな。それに、俺が襲われるとは限らないし」
「それが一番よ。私も心穏やかでいられるわ」
もし俺が襲撃されても変身して戦えばいい。それでも勝てない相手だと厳しいが……逃げるだけなら、なんとかなるはずだ。いざとなれば制御度外視で限界まで加速すればいいし。
(そもそもディードの力で勝てないような個体が相手なら、そこらの祓魔士がいたところで変わらないだろうし……)
人目が増えて、変身し辛くなるだけになりかねない。いない方がマシというものだ。
「全く……ただでさえ最近はディードの捜索で忙しいのに、面倒な案件が降ってきたものだわ」
「……あんまり芳しくないのか? そっちの方は」
「進展はないわね。以前よりは接近することも増えたけど、一度も捕縛はできず。前に話した金色っぽい姿になってからは、一層逃げ足が速くなってるし、正攻法じゃ難しいかもね」
「でも、捜索自体は継続するんだな」
襲撃の件で人手がそっちに集中すれば、今ほどの窮屈さはなくなるんだが。
「そうみたいよ。そのせいでかなり祓魔士の手が塞がってきてて、お母様も悩んでたみたいだし」
「あぁ、それで今朝もあんなに難しい顔を……」
思い返すのは今朝の食卓。どこか思い悩んでいるように見えたのはそれ関係か。ディードの件で心労をかけているのは非常に申し訳ない気持ちになるが、敵対するような素振りを見せられている以上、こちらから歩み寄るのは難しい。正直に名乗り出たとして、俺もアルマもただで済むとは考えづらいし。
「現場の祓魔士の間では、『ディードは本当に敵なのか?』って疑問の声も多くなってきてるみたいだけど……今のところ、司令部は対応を変えるつもりはないみたいね」
対魔局がそのスタンスを崩さない以上、俺と祓魔士たちの鬼ごっこは、まだまだ終わりそうにない。口に流し込んだお茶と共に、漏れ出そうだったため息を飲み込むのだった。
放課後。今日も今日とて現れた魔障憑きとの戦闘を社会から切り離すべく、人払いの作業に従事していた。
(それにしても……対魔局の非戦闘員が襲われる、か)
作業の片手間、思考を巡らせる。
『そもそも魔障をまとめて従わせるなんて、普通じゃない気がするけどな。基本的に自分の欲望を満たすためだけに生きてるような奴らだし……少なくとも、そこらのやつにできることじゃない』
(だよなぁ……)
一体どんな手段で統制を取っているのか。いっそのことすべてが偶然で、黒幕なんていないと言われた方がよほど納得がいくのだが。
(だが……昨夜の魔障憑きが漏らした『当たり』という言葉。それに『目的を果たした』という撤退理由……そして最期の謝罪)
やはり、後ろで手を引いている存在がいる。それが何者かはわからないが、数日前から頻発していた偶発的な戦闘がその存在の計画通りだとすれば――
『まぁ、難しいことは置いておこうぜ! それより、昨日の素晴らしい戦闘についてだな……』
堰を切ったように興奮しだすアルマの声に適当な相槌を返しながら、作業の手を止めることなく思考を加速させていく。
非戦闘員への襲撃が何らかの意図を持った組織的な行動だとして、その目的は何だ?
被害に遭った局員たちの状況は様々だ。作業中、帰宅途中、単独移動中……統一性がない。そして何より不可解なのは、襲撃者は局員を痛めつけるだけで、殺害まではしていないという点――つまり、連中は対魔局の局員を殺したい、というわけではない?
(おい、アルマ)
『――からこそ、あそこでのダブル必殺が……うん? なんか言ったか?』
(一つ聞きたいんだが……魔障の側に宿主以外の人間――それも自分たちの敵である局員を生かしておく理由って、何か思いつくか? 散々痛めつけた挙句、放置して立ち去るような)
『うーん……宿主の欲望が『救命』とかならもしかしたら? でも、それならそもそも襲ったりもしないと思うし……わからん!』
(つまり、普通の魔障ならあり得ない行動なわけだ)
であれば、そこにもなにか因果があるはずだ。局員を襲い、しかし殺すことなく撤退する。この理解できない行動の裏に隠された奴らの目的はなんだ……?
対魔局の戦力を削る――なくはないがそれならちゃんと殺しておくべきだろう。
尋問で情報を聞き出す――それならどこかに監禁でもした方が効率的だ。わざわざ放置していく理由がない。
ただ嗜虐的に遊んでいるだけ――邪悪極まりないが、今のところはこれが一番あり得るか? 幼い子供がそうするように、弱い生物を甚振って楽しんでいる可能性。
(だが、一般市民への被害が増えたという報告はない。狙いは明確に対魔局の人間だけだ。昨夜の奴は、俺のことを
『――蓮っ!!』
「は?」
突然脳内に響いたアルマの大声に思考を打ち切られる。咄嗟に周囲に視線をやると――
「今回の標的はっけーん……」
「なんだ、お前……?」
路地の奥から、揺れる影が現れた。
ふらふらとおぼつかない足取りで、痩せこけた男が近づいてきていた。それだけならただの不審者だが――
「――あんた、銃刀法って知ってるか?」
「知らんなぁ……人間のルールかぁ?」
(また魔障憑きか……!)
男の衣服の袖口から突き出していたのは、見るもおぞましい巨大な金属刃だった。
純粋に切れ味を追求するのではなく、相手の肉を削ぎ、最大の苦痛を与えるためだけに設計された、悪意に満ちた鋸状の凶刃。
「お前の悲鳴は……どんな風に響くのかなぁ!? 聞かせてくれよぉぉ!!」
「――っとぉ!?」
酒に酔ったような千鳥足からは想像もつかない爆発的な踏み込み。迫る刃を、紙一重の差で身体を捻って回避し、バックステップで距離を取る。
「あーん? 避けたかぁ……? 今までの獲物とは違うなぁ……?」
「……お前、これまでにも何人か襲ってるな? それも、対魔局の人間を」
「あぁ? そうだなぁ……」
間合いを測りながら冷たく問い詰める。間違いなく、一連の襲撃に関わっている。
「みーんなイイ声で鳴いてくれたぞぉ!? 『痛い』『助けて』『やめてぇ』ってなぁぁ!!」
『こいつ……イかれてるのか?』
(いや……狂ってはいるが、言語による意思疎通は成立している。ゾディアの実験体のように完全に理性を喪失しているわけじゃない)
正気であるようには見えないが、言語能力は残っているようだ。なら、もう少し情報を引き出せないか……?
「なんのためにこんなことしてやがる。誰の指示だ?」
「さぁ? 俺はただ、お前をぐちゃぐちゃにしたいだけさぁ!」
「ちっ! ダメか!」
『蓮!』
突進してくる怪異を間一髪でかわす。これ以上の情報収集は危険すぎる。
「――仕方ないか!」
意を決し、ポケットのアンプルへ手を伸ばそうとした――その瞬間。
「――そこまでよ」
キンッ――!!
路地裏に響き渡る、美しくも苛烈な金属音。
「……は?」
俺を切り刻もうとしていた鋸刃が、根元から綺麗に切断され、地面へ落ちて乾いた音を立てた。突然の出来事に、狂乱の声を上げていた魔障憑きも、変身の姿勢に入っていた俺も、等しく動きを止める。
静寂が支配する路地裏。
俺と魔障憑きの間に颯爽と割り込んできたのは――
「――お嬢!?」
「……話は後よ。下がってなさい」
夕暮れの光を照り返す霊刀『残月』を手に、毅然と立ち塞がるお嬢の背中だった。彼女は俺を背後に庇い、鋭い眼光で魔障憑きの動きを圧している。
「……チッ! 邪魔が入ったぁ! 祓魔士に用はないんだよ!」
我に返った魔障憑きが即座に踵を返す。その言葉の通り、祓魔士には何の用もないらしい。
「……逃がすわけ、ないでしょう」
お嬢が『残月』を低く腰だめに構える。瞬間、刃全体に溢れんばかりの純白の霊光が凝縮され――
「『刃波』」
一閃。
解き放たれた光の波動が、逃げる魔障憑きの背中を完璧に撃ち抜いた。
「ガハッ……!?」
苦悶の声とともに倒れこみ、そのままその存在を虚空に散らしていく魔障憑き。その最期まで油断なく見届けるお嬢の佇まいは、間違いなく若手屈指の優秀な祓魔士のそれだった。
『……相変わらず、最高にカッコいい背中だなあ』
(へぇ? お前がそんなことを言うとはな)
普段からヒーローのことにしか興味がないアルマから、意外な感想が出てきた。てっきり、また活躍の機会が奪われたとでも騒ぐものかと思っていたが……
『前にもこの背中に助けられたからな。目標の一つで、憧れだよ』
前、というと俺たちが実験体に負けた時の話か? そういえば、あのときもそんなこと言ってたような。俺自身は気絶していてまるで覚えてないが、そういうことか。
「――蓮っ!!」
そんなことを考えていると、残月を消したお嬢が弾かれたようにこちらへ振り返り、駆け寄ってきた。
「怪我は……怪我はない!? 痛むところはない!?」
「え、えぇ。おかげさまで。助かりました」
「よかった……っ! 間に合った……本当に、よかった……!」
俺の肩を強く掴み、心底安堵したように胸を撫で下ろす姿。
そこには先ほどの戦士の面影はなく、年相応の、心配して泣きそうになっている少女の顔があった。
(――あぁ、ここまで想われていたのか)
その落差に、俺は今更ながら、彼女がどれほど本気で俺の身を案じてくれていたのかを痛感させられる。
「……ですが、どうしてここに? 今日は本部で護衛対象の説明を聞いて、そのまま任務に入ると……」
「えぇ。だからこそ、私はここにいるのよ」
「……まさか」
胸の中に嫌な予感が過る。お嬢は万感の笑みを浮かべ、俺の手をぎゅっと握りしめた――もう離さない、と言わんばかりに。
「正式に、対魔局最高司令部から指示が出たわ。神代蓮を『要護衛対象』として認定する、ってね」
「……はいぃぃっ!?」
「これで、もう片時もあんたから目を離さずに済むわ……安心してね、蓮。これからは私が、ずっとあんたの隣で守り続けてあげるから」
『……あれ? これ詰んだか? もう変身できないんじゃ……』
心底嬉しそうに、花がほころぶような最高の笑顔を見せるお嬢。
対照的に、俺の脳内は自身の混乱とアルマの絶望で埋め尽くされていくのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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