【2章完結まで毎日更新】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
感想、評価も是非是非よろしくお願いします!
「う~ん、中々粘るね~」
私の視線の先には、全身に傷を負い、肩で息をする二体の魔障憑き。鱗は砕け、翼は随分と羽が減って小さくなった。もう一息で倒せる、といったところ。
(如月さんが言うには~、襲ってくる魔障憑きは祓魔士に遭うとすぐ逃げるらしいのに~)
「くそっ、強い……!」
「まだだ、まだ合図がない……!」
(……合図~?)
そういえば、先程から戦闘のテンポが歪だった。必死でこちらの攻撃を凌ぐばかりで、向こうからこちらに向けられる攻撃がほとんどない――まるで、
(単純にこっちの攻撃を捌くのに手一杯なんだと思ってたけど~、そもそもの目的が違うのかな~?)
そもそもが一対二なのだ。いくら私が一対多に向いてるとは言っても、手数の差を完璧にひっくり返すことはできない。
だというのに、最初に神代君や雛乃ちゃんに向けられた攻撃を防いで以降、私はロクに防御していない。ということは――
「ねぇ~。さっきから何かを待ってるの~?」
「……どうだろうな」
「あは~。誤魔化すのへたっぴだね~」
明らかに何らかの意図をもって、この場所で私を足止めし、時間を稼いでいる。
(ここで私を足止めしてるのは~、逃がした三人の方に他の個体が襲撃をかけるためかな~?)
最初は「流石にそこまでの連携は取れないだろう」と高を括っていたが、ここまで理性的な統制を見せられると、別動隊が存在すると考える方が自然だ。
(如月さんの実力が評判通りなら~、並の魔障憑き程度は問題ないだろうけど~)
あるいは私と同様に足止めを食らっている可能性もある。そうなれば、残るのは戦う力を持たない二人だけだ。
「う~ん、仕方ないか~」
このままじっくり削り殺すつもりだったが、向こうの術中に嵌っている可能性があるなら悠長なことはしていられない。
「特別だよ~? ――一気に終わらせてあげる」
体内の霊力を高める。手の中で、霊刀『
「くっ……!?」
「くそ、まだか、まだなのか……!」
「何を待ってるかは知らないけど~、ここで終わるから関係ないよね~?」
――しゃらん。
『鳴鈴』が美しく鳴く。込めた霊力によって音色を変えるこの霊刀は、複雑な霊力操作をするための補助具であり、様々な技を繰り出すための「譜面」だった。
「『穿突:第三』~っ!」
「ぐっ!? こんなもんどうやって……!」
「避けられるわけないだろ! がはっ!?」
解き放たれた霊力は私の意思に応じて幾重にも枝分かれし、標的を決して逃がさないよう、包囲する軌道を描きながら二体に殺到する。普通の魔障憑きならそのまま討伐できるだけの威力を込めているが――
「ぐっ、あぁ……!? まだ、まだぁ!」
(……う~ん、どうにも硬いなぁ~? 容易に討伐されないための防御力と~、護衛対象を引き剥がすための遠距離攻撃を両方備えた個体が選ばれてるのかな~?)
「でも~、これで終わりだよ~?」
――しゃん、しゃららん。
それは、滅多に奏でることのない異質の音色。燃費が悪く、それでいて過剰火力な使い勝手の悪い譜面。だが、この状況においてはこれこそが最適解。
霊力を込めた『鳴鈴』が薄く光を纏う。そして、それを携えたまま魔障憑きに接近し――
「っ!? なんだ、急に近づいて――!?」
「なにか、やばい気配だぞ!?」
鳥型を狙った突きだったが、割り込んできた鱗型の魔障憑きが肉壁となって遮る。
高密度に研ぎ澄まされた『鳴鈴』の刀身が、ぞぶり、と分厚い鱗を容易く貫通し、その体内に深く突き刺さった。
「ぐふっ……!?」
「おっと~? なら、君から消すね~? 『纏刃:反転』~」
『鳴鈴』に収束させた膨大な霊力の制御を
「……っあ――」
断末魔は小さく。内側から全身をズタズタに破壊された魔障憑きが沈黙し、気絶した宿主が転がり出てくる。
(うん、問題なしだ~。魔障の肉体が前面に出てくるくらいの侵食度じゃないと、宿主まで傷つけかねないのも使い勝手悪い技なんだよね~)
「順番は前後したけど~、次は君の番だよ~?」
「この化物め……!」
「失礼な~。私はれっきとした人間だし~、理由なく他人を傷つけたりしないから~」
味方がやられたというのに、鳥型の個体は未だに撤退する素振りを見せない。
「自分たちの命より~、私の足止めの方が大事なんだ~?」
「――そうだ、と言えば見逃してくれるのか?」
「そんなわけないじゃん~。早く君を殺して、君のお仲間に襲われてるっぽい友達と後輩を助けに行かないと~」
「……なら、もうひと踏ん張りさせてもらおうか――っ!」
「うん~?」
不自然に魔障憑きの視線が遠くに逸れた。
「……事情が変わった。ここは逃げさせてもらうぞ」
「っ!? 待て~!」
先程までの奮戦が嘘のように、鳥型は巨大な翼を羽ばたかせて空へと垂直跳躍した。流石に空を飛んで逃げられたら、追いつくことは不可能だろう。
「『穿突』~っ!!」
「ぐっ! この程度ぉ!」
咄嗟に放った一撃が魔障憑きの身体を掠めるも、空から叩き落すには至らない。多少ふらつきながらも、魔障憑きはその場を飛び去っていく。逃げたのは、先程不自然な注目をした方角。
(あっちは~三人を逃がした方向に近いかな~? とにかく、急いで合流しないと~!)
まずは合流が最優先。友人と後輩たちの無事を願いながら、全力で駆け出すのだった。
「そらそらぁ! すぐに倒すんじゃなかったのかぁ!?」
「このっ……!!」
路地裏に絶え間なく響き渡る爆砕音。
コンクリートの壁は抉れ、アスファルトは融解し、立ち込める黒煙が視界を奪う。
(こいつ、さっきから近づかせないような立ち回りばかり……!)
こちらが踏み込もうとすれば足元に爆破。遠距離からの『刃波』も『穿突』も爆破で相殺、軽減されて決定打にならない。しかも――
(こっちを攻撃する気がないじゃない……! もっと攻めてきてくれたらカウンターも狙えるのに!)
あえて隙を作って誘ってみても、まるで喰いついてこない。あくまでもこちらへの牽制と防御のみに全力を注いでいる。
「くっ! このぉ!」
「おっと、そこは通行止めだ!」
私が間合いを詰め、奴が足元を爆破して後退させる。先ほどからその不毛なループの繰り返しだった。
(急がないと――蓮が危ないのにっ!)
今、蓮の傍に彼を守ってくれる人間はいない。もし、敵の新手が蓮を襲ったら――
「――『穿突』っ!!」
「っとお!? 危ない危ない!」
(嫌……! 嫌よ! また、あんな思いをするなんて……!!)
脳裏をよぎる、傷だらけで倒れた蓮の姿。胸を締め付ける恐怖と焦燥が、私の剣技から繊細さを奪っていくのが自分でも分かった。
(分かっていても……割り切れるわけがないでしょう……!)
また、蓮が傷ついてしまう。それも、前のように私の知らない場所で、ではない。傍にいたのに、守れる場所にいたはずなのに、守ると誓ったはずなのに――私の力不足のせいでそうなってしまう。
「そんなこと、させるわけないでしょ……!」
「あん? なんだ、いきなり。頭おかしくなったか?」
もはや猶予はない。今この瞬間にも蓮の身に危険が迫っているかもしれないのだ。
(こいつ……爆破で威力を減衰させているだけで、素の耐久力は大したことない。接近さえできれば、斬れる。なら――)
頭の中で、戦術的な思考が天秤を揺らす。『時間がかかるが安全な戦い方』と『危険だが迅速な勝利をもぎ取る戦い方』。それらの重みが天秤を揺らし――
(考えるまでも、ないわ……!)
『蓮の危機』という要素が、一瞬で天秤の均衡を破壊した。普段なら取らないリスクを取る理由が、あまりにも大きかった。
「――悪いけど、これ以上あんたに付き合ってる暇はないの」
「だから何だってんだ? お前は俺に近づくことすらできてないだろうが!」
「えぇ。だから――ここからは正真正銘、『全力』であんたを倒す」
覚悟は決まった。いや、とっくの昔に決まっていた。五年前のあの日から、私が剣を握る理由は変わらない。
(私が、蓮を守る。もう、あいつから何一つ奪わせない!)
「『纏刃』!」
「なに……!?」
霊力を『残月』の刀身に叩き込む。そして、身に纏った霊衣にも、普段以上に霊力を流す。これで、準備は整った。
「――行くわよ」
「っ! させるか!」
こちらの踏み込みに合わせて、足元で炸裂する爆発。先程までの光景の焼き増し――とはならない。
「ぐっ……あぁぁぁぁぁ!」
「んなっ!? 正気か!?」
衝撃を踏みつぶし、さらに一歩踏み込む。爆炎が私の全身を焦がし、爆風が後方に押し戻そうとする。脳が危険信号を鳴らし、生存本能が「後退しろ」と悲鳴を上げる。
だが、そんなことは関係ない。
「くそっ、本当に頭がおかしくなってやがる……!」
「がっ!? あ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」
連続する爆発の中を、強引に突き進む。熱が、衝撃が、全身を襲う。だが、それは足を止める理由にはならない。
絶えず霊衣に霊力を流し、破損と修復を繰り返し続ける。
(あと、少し……!!)
距離が詰まっていく。全身の傷を代償に、遠かった魔障憑きが、もう目の前に。
「くそっ! くそっ!? ふざけんな、なんなんだお前ぇ!?」
「――終わりよ!」
ここにたどり着くまでに霊力を注ぎ続けた『残月』が眩く輝く。この一撃で絶対に仕留めるための、過剰にすら見える出力。
「……が、は――!」
全霊を込めた一太刀が、魔障憑きを両断する。全身から火花を散らし、倒れ込んだ魔障憑きは――爆発した。
「きゃっ――!?」
勝利した一瞬の気の緩みに、その衝撃が叩き込まれる。消耗にふらつく足ではそれに耐えることなどできず、吹き飛ばされる。
(まだ、倒れるわけには……!)
ここからなのだ。蓮を探して、その安全を確保するまでは休むことなどできない。だが、自身の身を省みない強引な突貫は、予想以上に私から戦う力を奪い取っていて――
(宿主は――無事)
なんとか立ち上がり、状況を確認する。激しい爆発だったが、宿主の男性は巻き込まれずに済んだらしい。魔障憑きの肉体に込められていたあの爆発する粒子に引火した形だったのだろう。後は、蓮がどこに逃げたか――
――パンッ。
「あれは――」
少し離れた上空に、何かが撃ちあがった。それはまるで信号弾のようで、意図はわからないが、そこに『何か』があることだけは明白だ。
「急がないと……蓮――!」
ふらつく身体を引きずりながら歩き出す。全ては、『家族』を守るため――
「さて、まずはっと」
目の前に立つ液状の魔障憑きが、いきなり自身の粘着質な腕の一部を引きちぎると、上空に向けて勢いよく射出した。
パンッ。
上空に打ちあがったそれは、乾いた破裂音を響かせながらはじけ飛ぶ。
「……なんのつもりだ?」
「お前が知る必要はないことだよ――ここで死ぬんだからな!」
間髪入れずに接近してくる。先程の行為の意味は気になるが、まずはこの魔障憑きを倒すことに集中しなければならない。
『蓮! あいつの身体……!』
(あぁ、見るからに『物理攻撃無効』って感じだな)
こちらの反撃など欠片も考慮していないような、隙だらけの突進。だが、恐らくはそもそも脅威ではないと確信しているのだろう。あの半透明で流動するような身体に、通常の打撃は通らないと思った方がよさそうだ。
「そらぁっ!」
「チッ!」
掴みかかってくる動きを見切って紙一重で躱す。体裁きは大したことないが――試しに地面に転がっている石を蹴り飛ばす。奴はそれに対して構えすらせず――
「そんなものは効かん!」
(やっぱりか……)
石ころは怪異の体表に触れた瞬間、ジュウと煙を上げて消滅した。
『どうする!? 攻め手がないぞ!』
(あぁ。それに、厄介なのはそれだけじゃない)
「どうした? 来ないのか?」
流体怪異は俺と対峙しながらも、時折、斜め後方の物陰へ嘲笑うような視線を向けていた。
「神代君……」
物陰に隠れた先輩が不安げにこちらを見つめている。もしもこちらが隙を見せれば、先輩に危害を加える気かもしれない。今はまだ俺を警戒している様子だが、もし先輩に向かわれたら、こちらに止める手段はない。
(とにかく、色々試すしかない!)
『よし、ならまずはこれだろ!』
『ディードバスター!!』
「これでも喰らえ!」
奴の全身に弾丸を撃ち込んでいく。もしかしたら、どこかに攻撃が通る部位があるかもしれない。
「効かんなぁ! その程度か!?」
『くそぉ! 駄目か!』
(まだだ!)
『DESIRE!』
以前のアンプルを取り出し、バスターに叩き込む。ただの弾丸なら無意味でも、これなら――
『GUN CHARGE!』
収束する真紅の光。それを無視して再び突進してくる魔障憑きに向けて、トリガーを引く――!
『DESIRE SHOOTING!!』
放たれた光が流体の中心を撃ち抜く。通り抜けた後にはぽっかりと風穴が空いていて――
「無駄ぁ!」
「これも駄目か……!」
即座に周囲から隙間が埋められる。何事もなかったかのようにこちらに迫りくる魔障憑きを再び躱すが――
(このままじゃ勝てないぞ……!?)
有効打がない。射撃も光線も無意味、試してはいないが斬撃も通らない可能性が高い。下手に接近して反撃されても困る。打撃なんてもってのほかだ。そのまま取り込まれて溶かされるのがオチだろう。
(アルマ! なにか案はないか!? お前お得意の特撮知識でもいい!)
『ありがちなのは高熱で蒸発させるとか、逆に凍らせて砕くとかだけど……』
(そんなこと、俺たちにできるのか!?)
『いや……無理だ。後は……体内のどこかにあるかもしれない核を攻撃するとか』
(結局それしかないか……)
先程の攻撃ではそれらしきものは見つけられなかった。そもそも、存在するかどうかもわからないが。
「……お前、もしかして打つ手なしか?」
「――どうだろうな」
動き出さないこちらを不審に思ったのか、そんなことを問いかけてくる。もし事実だと見抜かれたら、一気に不利になる……!
(とにかく、『身体のどこかに核はある』と仮定して考えるしかない!)
『核があったとして、作品によっては体内を自由に移動できるパターンもある。見つけるのは難しいぞ!』
実際、さっきバスターを全身に打ち込んだがまるで意味をなさなかった。身体の中央を撃ち抜いた必殺技も、躱す気配すらなかったし……自由に動かせると思った方がいいか。
(だが、こいつから感じる気配はゾディアほどじゃない。まだ宿主の侵食が完了していないなら、魔障の肉体が前面に出ていたとしても、どこかにそれを保管している部位があるはず! それが核だろ!)
希望的観測も含んだ推測。これが外れていたら本当に打つ手がない。
『核を見つけられないなら……全身を同時に叩くしかないぞ』
(それはそれで難題だが……いや、
『そういうことだ! 行くぞ!』
『ディードバスター!!』
アルマの掛け声とともに二丁目のバスターが手の中に収まる。
「それが通用しないのは分かってるだろうが!」
「だったら受けてみろ!」
相変わらず奴の動きは鈍い。時間は十分にある。
バックルから引き抜いたアンプルを新しいバスターに放り込む!
直角を描くように二丁のバスターを重ね合わせ、銃口同士を近づける。本来別々に収束するはずの二つの紅が、混じり合い、その光を強めていく。
『うーん、想定通り! イメトレの成果ばっちりだ!!』
ここ最近、戦闘できなかった間にアルマと考えたいくつかの攻撃。その中の一つがこれだった。
相乗効果で合算以上に高められたエネルギーを、あの余裕面に叩き込む!
「喰らえっ!」
「何ぃっ!?」
先程とは比べ物にならない規模の極光。それは奴の全身を飲み込んでなお余りあるもので――
「くっ!」
遅れて回避行動に入った魔障憑きの身体の大半を飲み込んだ。僅かに捉えきれなかった部位が地面に転がり、そこから急速に身体を再生していく。
「はぁ、はぁ……!」
「――躱したな?」
「っ!」
これまで、俺の攻撃の全てをその身で受けていた魔障憑きが、初めて躱そうとした。つまり――今の一撃は奴に届きうる!
『よっし!! 戦い方は決まったな!』
(あぁ、なんとかして、奴の全身を同時に破壊する!)
「チッ! 話が変わったな……」
焦りを見せた流体怪異が、激しく視線を泳がせる。そして――物陰に隠れる白石先輩の姿に目を止めた。
「最低限の目的は果たしたし……
(――まずいっ!)
奴の触手が隠れていた先輩に向けられる。
『蓮っ!』
(わかってる!)
絶対にそんなことはさせない。もう二度と、俺の目の前で魔障に誰かを殺させたりは――
私の頭は混乱で埋め尽くされていた。
(神代君が、例の「不穏分子」……!?)
対魔局で噂になっている漆黒の戦士。私が対応した祓魔士にも、何人か彼を見た、という人がいた。
そういった人たちが言うには、危ない所を助けてもらっただとか、一般人に被害が出ないように守っていただとか、好意的な意見が多かった。だからこそ、私も味方だと思っていたけれど――
『もし、不審な人物を見かけたら直ちに連絡するように』
『はぁ、わかりました』
対魔局からの通達では、『不穏分子の疑いあり』とのことで。万が一それらしき人物を見かけたり、何らかの情報を掴んだら報告せよ、という指示が下った。
ただ、私自身は直接魔障憑きと関わることもないし、話半分程度に聞いていた。それがまさか、最近気にかけていた後輩だったなんて。
「無駄ぁ!」
「これも駄目か……!」
目の前で変身した彼は、スライムのような魔障憑きと懸命に戦っていた。攻撃が通用しないながらも、試行錯誤しているのが傍目にもわかる。
(そっか、あの怪我は襲われた時じゃなくて、こうして戦っている時の――)
彼が大怪我で担ぎ込まれてきたときのことを思い出す。それからも、事あるごとに怪我をしては、私が治療してきた。そんな彼の怪我の原因が、目の前で繰り広げられているこれなのだろう。
「喰らえっ!」
「きゃっ!?」
凄まじい衝撃と光に、思わず目を覆う。
「はぁ、はぁ……!」
「――躱したな?」
再び目を開くと、そこにいたのは消耗した様子の魔障憑きと、不敵にそれを見つめる漆黒の戦士。
(――凄い。祓魔士でもないのに、こんなに……)
思わずその光景に見入ってしまっていた、そんな時だった。
「っ――!?」
目が合った。
「最低限の目的は果たしたし……
突然、魔障憑きがこちらに触手を伸ばす。逃げなければ。そう思うのに、足が竦んで動かない。私は咄嗟に目を瞑り、訪れるであろう激痛に身をこわばらせた。
「…………?」
しかし、いつまでも来ない衝撃に、恐る恐る目を開けた私の視界に飛び込んできたのは――
「がっ! は……っ!」
「――えっ?」
私に覆いかぶさるようにして苦悶の声を上げる、漆黒の戦士の姿だった。
「大丈夫、ですか……!」
『ヒナちゃん……大丈夫……?』
「――っ! あ……!」
視界がダブる。過去に置き去ったはずの、忌々しい記憶と、目の前の光景が重なった。
「へぇ? かっこいいなぁ! ヒーロー気取りか!?」
「ぐっ! くぅ……!」
呆けていた私めがけてまた触手が放たれ、それを背中で受け止める
「っ! 駄目! 私は良いから、避けなさい!」
「そうは、いかないでしょう……! 先輩は、俺が守ります……!!」
『ヒナちゃんは……私が……守って……あげ――』
血を吐くように、力強く言い放つ彼の姿に、また記憶が想起される。私を庇い、倒れ込む「あの人」の姿。それをなぞるように、目の前の彼もゆっくりと崩れ落ちていく。
「はぁ、はぁ……!」
「――とんだラッキーだ! これで大目標まで達成できた!」
(そんな、また、私が……!?)
「はっ……はっ……!」
「さぁて、標的は死んだし、後はお楽しみを――」
トラウマが再燃する。身体が動かず、ただ成り行きを見守ることしかできない。笑いながら近づいてくる魔障憑きにも、なにもできず。そしてその手がこちらに伸ばされ――
「――誰が、死んだって……?」
再び、私の視界を『黒』が埋め尽くした。
『おい蓮! 大丈夫か!?』
(大丈夫なわけねぇだろ……!)
背中が燃えるように痛む。気合と根性でなんとか立ち上がったが、そう長くはもたない。
「あ……神代、君……」
「先輩、もう少しだけ待っててください……すぐに終わらせますから」
ひとまず、先輩は無事のようだ。激しく動揺している様子だが、いきなり命の危機になれば無理もないだろう。
「まさか、まだ立つとはな……だが、もう限界だろ?」
「――ハッ! お前を倒すくらいには、ちょうどいいハンデだろ……!」
精一杯の虚勢を張る。正直、今の状態でこいつ相手に有効打を入れるのは厳しいが――
「だ、駄目……! 怪我が――!」
「……問題ないですよ」
ここで俺が倒れれば、俺だけじゃなく先輩までこいつの手にかかることになる。それだけで、立ち上がる理由には十分すぎた。
(勝負は一瞬だ。最大出力なら、十分こいつを殺しきれるはず……!)
『そうかもしれないけど――いけるのか? 結局一度も試してないぞ』
(やれなきゃ死ぬだけだ。だったら、やってみせる!)
『切り札』として二人で考えた一撃。それに賭ける。
「とっとと沈めぇ!」
「沈むかよ……!」
奴の触手が迫る。
『BOOST!』
バックルを叩く。加速した拳を触手に向けて繰り出し――寸前で止める。
「っ!? なにが……!?」
触れていないはずの触手が弾け飛ぶ。本人は動揺しているが、これ自体は何の種も仕掛けもない力技に過ぎない。ただ、
(できるとは思ってたが――いざやってみると自分でも引くな)
『いいじゃん! このまま押し込んでやれ!』
『BOOST!!』
「おらぁ!」
「くそっ! ふざけた攻撃を……!」
『BOOST!!!』
以前制御を誤って以来の全開駆動。だが、今回は問題ない――もう、ここから動かないからだ。
『CHARGE ONE! TWO!! THREE!!!』
『FULL CHARGE!!! IGNITION!!!』
右拳が太陽のように赤熱化する。
余剰魔力が圧縮され、眩い赤と金の光粒子が渦を巻く!
「この凄まじい魔力……何をする気だ!?」
「お前を倒す気だよ――これで決める!!」
『BOOST!!! DEED・FINISH!!!』
バックルを叩き、拳を突き出す――
「っ――!」
回避どころか防御すらも許さない、壮絶な光の奔流が解き放たれる。なすすべなく飲み込まれた魔障憑きは、断末魔すら上げることなくその全身を焼失させた。
力を使い切ったことで加速状態が途切れる。さらに――
『UNLAY……』
「はぁ、あ……」
「神代君!」
正真正銘の全力を使い果たし、変身すら保てなくなる。膝から崩れ落ちる俺を、白石先輩が必死で抱き留めてくれた。
「先輩……怪我は……?」
「ないわよっ! あなたが……あなたが、守ってくれたから……!」
涙ぐんだ声。よもや魔障憑きの攻撃が当たっていたのかと不安になったが、無事でよかった。
「さっきの、宿主の人――」
「――っあなたは……! 大丈夫、ちゃんと息をしてるみたい」
一瞬、声に怒気が宿る。しかし、それを飲み込んで教えてくれた事実に、ようやく緊張が解けた。瞬間、全身を襲う凄まじい疲労感と、背中を中心とした激痛。
「よかっ――っ
「もう! 今は自分の怪我を気にしなさい! 私なんか庇うから……!」
『ヒーローポイントは滅茶苦茶高かったけど、俺もあれは無茶しすぎだと思うぞ。お前ならもうちょっとうまくやれたろ』
「気づいたら、身体が動いてたんですよ……」
『その答えも滅茶苦茶良いんだけどな……』
好き勝手なことを言うアルマを半ば意識から追い出す。今はこいつの相手をしているだけの余裕はない。そして、少しずつ意識が途切れ始めて――
「――蓮っ!!!」
聞き慣れた声の悲痛な叫びに、必死で意識を保つ。
「お嬢……?」
「私もいるよ~」
「桐生さん! 良い所に……!」
それぞれの相手を討伐し終えたのだろう。お嬢と桐生先輩が合流してくる。
『割とギリギリのタイミングだったな』
(危ない所だった……)
良くて疲労困憊のまま逃亡開始、最悪の場合はそのまま正体が暴かれるところだった。ただ、それも白石先輩次第ではあるが――
「この辺り、すごい荒れ具合だね~。何があったの~?」
「二人で逃げているところにまた別の魔障憑きが来て……黒い戦士が倒していったの。神代君は、私を庇って……」
「またディードか~」
――ひとまず、誤魔化してくれるようだ。
「蓮は!? 大丈夫なんですか!?」
「大した事、ありませんよ……」
全身を覆う疲労感さえ抜けば、怪我自体はそれほどでもない。少し休めば問題ないだろう。
「それは
「……おっけ~。私と如月さんで倒した魔障憑きの宿主さんも回収しないとだしね~」
慌ただしく動くお嬢たちの姿を、俺は薄れゆく視界で見つめていた。
「…………」
やけに空を気にする桐生先輩の様子が気にかかったが、それに言及するだけの体力は、俺に残されていなかった。
――とある一室。二つの人影が密会を行っていた。
「――というわけで、あの戦士の正体が掴めました」
「ご苦労。下がって良いぞ」
「はっ……アガレス様、今回の件は――」
「あぁ、後日、きちんと報酬を出そう」
「ありがとうございます。それでは……」
片方の人影――鳥のような見た目の異形が退室していく。残されたのは、異形ではない一人の人間。
「随分と手間をかけさせてくれたが……これでようやく
椅子に腰かけ、ため息を吐き出す。このために、多くの手駒を失った。その損失に見合う成果を上げなければならない。
「早急に事を進めよう。私の邪魔をするイレギュラーは、ここで確実に消す」
暗い室内で、一つの悪意が胎動する。ただ一人の少年を消すためだけの作戦が、闇の中で組み上げられていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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