【2章完結】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる   作:maki@

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治療と混戦と最悪の露見

「――はい、これで処置は終わり」

 

「ありがとうございます」

 

 鼻を突くツンとした消毒液の匂い。以前もお世話になった病院の診察室。白石先輩に背中の傷を処置してもらい、一息つく。

 

「大した怪我じゃなくて本当に良かった。数日安静にしてれば問題なく完治するはずよ」

 

「数日、ですか……」

 

「――まさかとは思うけど。また戦おうなんて考えてないわよね?」

 

「少なくとも俺は考えてないですけど……またさっきみたいなことになったらと思うと、そうも言ってられませんから」

 

 四体の魔障憑きによる連続襲撃。どうにか切り抜けたものの、背中に刻まれた傷と疲労は、確実に俺の動きを鈍らせていた。日常生活ならまだしも、戦闘となったら間違いなく影響が出てくる。奴らの襲撃の目的が俺だと確定した以上、これ以上の襲撃はないなどという楽観はできない。

 

「ディード、だっけ? その正体を探るのが奴らの目的……」

 

「えぇ。だからこそ、若い男性ばかりが狙われていた。痛めつけていたのも、耐えきれずに変身するかどうかを確かめでもしてたんでしょう――トドメを刺さずに放置していった理由まではわかりませんが」

 

「で、その正体不明の不審人物の中身が神代君だった、と」

 

「……まぁ、そうなります」

 

 目の前で変身した以上、当然ではあるが先輩にはそれを知られてしまっている。

 

「お嬢たちには――」

 

「言わないわよ。如月さんだけじゃなく、誰にも」

 

「いいんですか?」

 

「あなたは秘密にしておきたいんでしょう? こうして体を張ってまで助けてくれたんだし、そのくらいは、ね」

 

「助かりま――むぐっ」

 

「ただし」

 

 感謝を述べようとした俺の口を、先輩の細く冷たい指先が優しく押さえつけた。

 

「あんな無茶な真似は、二度としないで。自分を投げ打って他人を優先するような……自分の命を粗末にするような真似だけは」

 

 そう告げる先輩の瞳はまっすぐで――しかし、どこか陰りが揺らめいていた。

 

「……善処します」

 

「……今はそれでいいわ。改めて、もし怪我をしたらすぐ私に連絡しなさい。魔障憑きと戦って怪我した、なんて誰にも言えないんでしょう?」

 

「えぇ、まぁ……」

 

「こうして秘密を知っちゃった以上、協力はする。でも、さっき言ったことを守らないようなら――」

 

 瞳の中の陰りが、ゾッとするような暗い光に変貌する。

 

「私にも考えがあるから……それこそ、如月さんに事情を話してでも、ね」

 

「……肝に銘じます」

 

「よろしい。それじゃ、今日はこれでおしまい。帰っていいわ」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 ひらりと手を振る先輩に一礼し、診察室を後にする。

 

 待合室の長椅子には、心配そうな表情のお嬢と、相変わらず掴みどころのない桐生先輩が並んで腰掛けていた。

 

「お待たせしました」

 

「あっ……蓮。どうだった……?」

 

「しばらく安静にしてれば問題ないそうです」

 

「そう……大事じゃなくて、本当によかった……」

 

「神代君が軽傷で済んだのは良い事だけど~如月さんも怪我人だからね~?」

 

 お嬢はあの爆発を操る魔障憑きとの戦闘で無理をしたらしく、全身に軽い火傷を負っていた。幸いにも特に傷跡が残ったりはしないそうだが――

 

「この程度、大したことありません。そんなことよりも、私が傍にいながら蓮が怪我をしたことの方が、よっぽど重要です」

 

「う~ん、そうかなぁ~?」

 

「はい。それに、さっきの推測が本当なら、今後も蓮が狙われる可能性は高い。気を抜いてはいられませんから」

 

「司令部にも報告はしたから~護衛の体制はもう少し見直されるかもね~。人数を増やすとか~」

 

 四人で話し合った推測。それは、最近の襲撃の目的が『何らかの条件に合致する人物を探している』ということ。そして、その条件は若い男性にしか合致しないと思われること、だ。

 

(流石にディードがどうこう、ってのは当事者以外が知ってると不自然すぎるからな。この辺りがちょうどいい塩梅だろ)

 

「人数が増えるなら、より心強いですね――っと」

 

 ポケットでスマホが激しく振動する。画面に表示された通知のタイトルを目にし、俺は思わず眉をひそめた。

 

(『アルゴス』より、再面談の打診?)

 

「なんだこれ?」

 

「どうしたの?」

 

「前にやった面談を、もう一回やり直したい、と……」

 

 しかも、当日に話した千歳CEOの意向のようだ。しかも、既に対魔局の方で承認が下りているらしい。

 

「へ~、すごい買われてるんだね~」

 

「うーん……でもこれ、日付が明日ですね。随分と急な話です」

 

「なら、今日は急いで帰りましょうか。少しでも体を休めておかないと」

 

「まぁ、そうですね……」

 

 違和感はあるが、それが対魔局の指示ならわざわざ逆らう理由もない。俺は静かに頷き、病院を後にした。

 

 

 

(流石にまだ痛むな……)

 

 翌日、指定された時間に、俺は再び『アルゴス』のビルを訪れていた。

 

「すみませんお嬢。桐生先輩も」

 

「気にしないで。これも任務よ」

 

「うんうん~! 私、初めてこんな大きいビルに入ったよ~」

 

 隣にはお嬢と桐生先輩。先輩の予想通り、対魔局による護衛体制の見直しが行われ、女性局員や、ベテランの男性局員についていた護衛を再分配することとなった。

 

 その結果、こうして先輩が追加の護衛として派遣されたのだ。

 

(とはいえ、随分と対応が早いな……?)

 

 それだけ上もこの件を重く見ているということだろうか。

 

「それで? 今日はどういう流れなのかしら」

 

「前と同じならこのビルの上層にある応接室に案内されると思うんですけど――」

 

 前回同様、フロントで名前と用件を伝える。

 

「では、こちらへ。付き添いの方々は別室でお待ちください」

 

 二人と別れ、見覚えのある応接室に通される。今回は、千歳さんが既に室内で待っていた。

 

「やぁ。わざわざ来てもらってすまないね」

 

「いえ……驚きはしましたが」

 

 相変わらず、底知れない笑みをたたえた美しい顔立ち。さて、今回の目的は一体何なのか……

 

「本題に入る前に――最近、物騒な噂があるらしいね? なんでも対魔局の局員が襲われてるとか」

 

「……えぇ。よくご存じですね」

 

 一応は対魔局内部の情報なのだが。彼が持つ情報網にかかれば、筒抜けということか。

 

「まぁ、このくらいはね。何人か私が目を付けていた学生も被害に遭ったらしいんだよ」

 

「……なるほど」

 

「随分怖い目に遭ったんだろうね。対魔局よりも、我が社で働くことを希望する子も何人か出てきたんだ。そこで、君の気持ちにも変化があったのではないかと思い、改めて面談の場を設けさせてもらったわけだ」

 

(そりゃ、祓魔士でもないのに魔障憑きに積極的に襲われたら怯えもするか)

 

 なんなら痛めつけるように攻撃されたらしいし、その恐怖はより一層大きかっただろう。

 

「神代君はどうだい? 少なくとも大怪我を負っているようには見えないけど」

 

「まぁ、何度か襲われはしましたが……軽傷程度で済んでいます」

 

「それは結構。どうだい? 前回から気が変わったりは――」

 

「申し訳ありませんが、特には」

 

「そうかい? なら、本題に入ろうか――」

 

 そこからは、前と似たような話が続いた。違ったのは、少しだけディードに関する質問が増えたくらいか。

 

「なるほど……じゃあ、つい昨日、君も例のディードとやらに助けられたわけだ」

 

「えぇ」

 

「間近で見て、率直にどう思った?」

 

「……少なくとも、人類にとっての悪や敵ではない、と」

 

「ほう……?」

 

 興味深げに身を乗り出して来る。

 

「彼は懸命に俺と、一緒にいた先輩を守ってくれました。もし人類に敵対するつもりなら、あんなに必死にはならないように思います」

 

「ふむ……それなら――」

 

 千歳さんが何事か続けようとした時だった。

 

 

 

 ピシッ――

 

 

 

「……?」

 

 妙な音に、視線を巡らせる。音がした方向には、窓しか――

 

『蓮っ! 窓の外!!』

 

 

 

 ドガシャアァァァンッッ!!!

 

 

 

「なっ!?」

 

 悲鳴のような破壊音とともに、無数のガラスの破片を撒き散らして、『何か』が室内に転がり込んでくる。

 

「魔障憑き……!? それも、昨日の!?」

 

「また会ったなぁ!?」

 

 黒い羽を撒き散らし、鉤爪をぎらつかせる鳥型の魔障憑き――昨日、最初に襲撃してきた内の一体。桐生先輩は逃がしてしまったと言っていたけど――昨日の今日でまた来るとは!

 

「――はっ? なんだ、これは……!?」

 

「っ! 千歳さん!」

 

 突然の出来事に立ち尽くしている千歳さんを背に庇う。この人に何かあったら、対魔局全体に影響が出かねない……!

 

「あいつの狙いは俺です! 千歳さんは逃げてください!」

 

「えっ? あ、あぁ……!?」

 

 混乱したまま、出口に向かって走り出す千歳さん。後はこいつをここに引き付けないと……!

 

 

 

「……どうした? 変身しないのか?」

 

 

 

「――っ!?」

 

「え……!?」

 

 魔障憑きが発したその言葉に、俺の思考と千歳さんの足が同時に止まる。まさか、こいつ……!

 

「……何のことだ」

 

「とぼけるなよ。お前があの黒い戦士なのは昨日見てるんだよ!」

 

(やられた……!)

 

 こいつ、昨日先輩から逃げた後に俺が戦うところを見ていたのか!

 

「ど、どういうことだね神代君……!? 君が、あのディード……!?」

 

「くっ……! 良いから千歳さんは早く安全な場所へ! 別室に俺の護衛の祓魔士がいますから、彼女たちを呼んできてください!」

 

「あ、あぁ! わかった!」

 

 正体どうこう以前に、この人がいる室内で戦うわけにはいかない。とにかく早く逃げてもらわないと。

 

(アルマ!)

 

『やれるのか!?』

 

(やるしかないんだよ! お嬢と先輩は別室だ! 待ってる場合じゃない!)

 

 『ディードライバー!!』

 

 未だに背中は痛むが、やむを得ない。

 

 『DESIRE!』

 

(白石先輩に怒られるな……)

 

 『DAEMON!』

 

「――変身っ!!」

 

 『OVERLAY――ッ!!』

 

 『DEMON'S・END!! DEED!! UNITY!!!』

 

 『We're the HERO!!』

 

「最速で片づける……!」

 

 俺の身体が動く間に、決着をつけるしかない!

 

 

 

 

 

 

「っ! 先輩!」

 

「魔障憑きだね~。行くよ~!」

 

 別室で蓮を待っていた私と桐生先輩は、ほぼ同時に凄まじい邪気を察知して跳ね起きた。

 

「蓮はどこに――! あの人は!」

 

「っ! 君たちが神代君の護衛かい!?」

 

 前方から走ってくるスーツの男性。こちらを視認すると、大慌てで近づいてきた。

 

「そうです~。彼はどこですか~?」

 

「上の階、突き当りの応接室だ! 魔障憑きがいきなり窓から……!」

 

「っ! 先に行きます!」

 

「あっ!? ちょっと~!?」

 

 それ以上の言葉は耳に入らなかった。全力で廊下を駆け、蓮の元を目指す。そうして踏み出した一歩目だった。

 

 

 

 ――ドゴォォォンッッ!!!

 

 

 

「っ!?」

 

 突然真横の壁が吹き飛ぶ。咄嗟に身をかがめて躱すと、そこから現れたのは――

 

「カッカッカ…… 騒がしいなぁ?」

 

「魔障憑き……!?」

 

 なぜここに? 蓮はどうなった? こいつも襲撃犯?

 

 

 

 ――ドカァァンッ!!

 

 

 

「今度は何!?」

 

 混乱する私の前で、さらに奥の通路から別の爆破音が炸裂する。

 

「これはこれは……祓魔士がこんなところに何の用だ」

 

「また!? どうなってるの!」

 

 さらに新手が。

 

(同時に二体……! もし蓮のところに出たってやつが別の個体なら三体……!?)

 

 身焦燥で思考が麻痺しかけたその時――しゃらん、と清らかな鈴の音が廊下に響き渡った。

 

「『刃波:第二』~っ!!」

 

 間延びした掛け声とともに、空間を切り裂く霊光が二筋、交差するように放たれた。

 

「がっ!?」

 

「な、に……!」

 

 二体の魔障憑きが逃げる間もなく両断され、黒い粒子となって消滅していく。どさりと倒れ込んだのは、スーツ姿の宿主たち。

 

「先輩!」

 

「如月さん! この人――千歳さんを安全なところに~! 神代君はこっちでなんとかするから~!」

 

「でも!」

 

「まだ本調子じゃないでしょ~? 先輩に任せておきな~?」

 

 確かに、まだ昨日の消耗は抜けきっていない。先輩にお願いするのが合理的なのはわかる。でも――!

 

「やっぱり私が――っ!? これは!」

 

「そうだと思ったんだよね~」

 

 反論しようとした瞬間、更に複数の魔障憑きの気配が。

 

「流石にこの数は今の如月さんじゃ厳しいでしょ~?」

 

「――っ! すぐに戻りますから!」

 

「わっ! ちょっと!」

 

 千歳さんの腕を引っ掴んで、来た道を戻っていく。その間にも増えていく魔障憑きの気配に唇を噛みながら、急ぎ下階に繋がるエレベーターに駆けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 『DEED・FINISH!!!』

 

「ぐ、は――!」

 

「隙ありっ! おらぁっ!」

 

「チッ……!?」

 

 黄金の光を纏った右足が魔障憑きを粉砕する。しかし、息つく暇もなく新手の攻撃が飛んでくる。なんとか防御するが、その衝撃が背中の傷を打ち付け、視界が明滅する。

 

『何体いるんだよ!?』

 

(今ので六体目……! 殴ってきたのが七体目! どうなってんだ!)

 

 応接室で最初の鳥のような個体を倒し、廊下に出た俺を待っていたのは更なる魔障憑きたちの姿だった。

 

 倒しても倒しても、次々と新しい敵が襲ってくる。終わりの見えない連戦に、敗北の予感が少しずつ足元から昇ってきていた。

 

(いつ終わるかわからんから、むやみに体力も消耗できないし……!)

 

『でも、一体一体は大したことない! 踏ん張れ!』

 

 確かにどの個体もはっきり言って貧弱だが……これだけ数がいれば話は別だ。着実に俺を追い詰めてきている。

 

 ――しゃらん。

 

(この音は――!)

 

「『穿突:第一』~!」

 

 通路の奥から迸った光が、目の前の魔障憑きを一撃で消し去る。周囲に倒れ伏す宿主たちを確認して、現れた桐生先輩はこちらに霊刀を向けた。

 

「色々と聞きたいことがあるんだけど~、緊急時だから二つだけにするね~? この辺で高校生の男の子見なかった~?」

 

 俺のことだろう。先輩からすれば、ディードは正体不明の存在だ。目の前にいるのが探し人だとは思うまい。

 

「……さっき、下の階に逃がした」

 

「う~ん、入れ違いになっちゃったか~。それじゃもう一つ~。これをやったのはあなた~?」

 

「そうだ。いきなり襲ってきたから迎撃した。全員、息はある――こっちからも聞かせてもらう。どういう状況だ?」

 

「わかんない~。とにかく魔障憑きが大量に出てきてるよ~。ここに来るまでに十体は倒したはず~」

 

『いくらなんでも多すぎるだろ!?』

 

 状況が狂いすぎている。だが、ここで立ち止まって会話を続けている余裕はない。

 

「とにかく、一度下に降りないか? そちらの探し人もきっといるはずだ」

 

「そうだね~。ひとまずはそれでいいよ~。後でもう少しお話聞かせてね~?」

 

「状況次第だ。行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

(どうなってるの……!? なんでここまでの数の魔障憑きが、一度に出てくるわけ!?)

 

 千歳さんを連れ、なんとか地上階にたどり着いた私を待っていたのは、フロア中にいる魔障憑きの大群だった。

 

「私の会社が……!」

 

「くっ……! 流石に、このままじゃ……!」

 

 ここまで下りてくる間にも複数の魔障憑きと刃を交えてきた。ここにいる全員を相手するには、体力と霊力の消耗が激しすぎる。

 

(とにかく、背後を取られるのは絶対に駄目。壁を背にして、この人も守って――!)

 

 背中の壁に千歳代表を庇い、『残月』を構えた――その時。

 

 

 

「――伏せろっ!!」

 

 

『『DESIRE SHOOTING!!』』

 

 

 

「っ!?」

 

「うおっ!?」

 

 突如聞こえてきた叫びに、千歳さんの頭を押さえて床へ伏せる。

 

 直後、頭上を真紅の極光が通過していき――

 

「……よし、かなり数は減ったか」

 

 顔を上げた時には、あれだけいた魔障憑きがその数を大きく減らしていた。

 

「今のは――」

 

「如月さ~ん! 無事~!?」

 

「桐生先輩!?」

 

 蓮を探しに行ったはずの先輩が、なぜここに? それに、隣にいるのは――!

 

「ディード……!? なんでここに!?」

 

「話は後だ。まずはここをなんとかしないと」

 

 『『SWORD MODE!』』

 

「そうだね~。如月さん、いける~?」

 

「――はいっ!」

 

 三者三様、それぞれの刀剣を構え、魔障憑きへと駆け出す。フロア内の掃討が完了するまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

「これで最後~!」

 

 最後の一体を桐生先輩が倒した後、周囲は死屍累々といった光景だった。実際に死んでいる人間はいないだろうがそれほどの数の宿主たちが転がされている。

 

「よし、もう大丈夫か」

 

「――待って~?」

 

 さりげなくこの場を後にしようとしたディードを、先輩が呼び止める――霊刀を突き付けて。

 

「ちょっ、先輩!?」

 

「ごめんね~如月さん。でも、まだこの人に聞いておかないといけないことがあるから~」

 

「……なんだ?」

 

 

 

「『下に逃がした』って言ってた私の後輩君が~、どこにも見当たらないんだけど~?」

 

 

 

「……は?」

 

 何を言っているのか。

 

「どういうことですか……!?」

 

「この人がね~? 神代君は自分が助けて下の階に逃がしたって言ってたんだけど~。いないよねぇ~?」

 

 血の気が引いていくのが分かる。蓮が見つかっていない?

 

(逃げている最中に別の魔障憑きに襲われた? それとも、そもそもディードが嘘をついて――)

 

「……既に建物の外に逃げたんじゃないか? 連絡手段くらい持ってないのか」

 

「っ! そうだ、電話……!」

 

 急いで蓮のスマホに電話をかける。1コール、2コール、3コール……!

 

「出て……お願い……!」

 

 祈るようにその時を待つ。しかし、一向に蓮は通話に出なくて。

 

「――駄目みたいだけど~?」

 

「今は出られない状況なのか……?」

 

 妙(・)に(・)腰(・)の(・)あ(・)た(・)り(・)を(・)気(・)に(・)し(・)な(・)が(・)ら(・)、ディードが飄々と言う。その様子に思わず頭に血が上った。

 

「あなた……!」

 

「――待って!」

 

 先輩が叫ぶ。それと同時、視界の端で何かが光って――

 

 

 

「危ない――っ!?」

 

 

 

「きゃっ……!?」

 

「わっ……!?」

 

 ドンッという衝撃とともに、尻餅をつく。それと同時に、一際大きな魔力の気配と、何かが炸裂するような音。

 

「何が……」

 

 反射的に閉じた目を開くと、そこにあったのは――

 

 

 

「ぐ、あ――」

 

 

 

 全身のいたるところから火花を散らし、力なく膝をつくディードの姿。その奥には、私と同じく座り込んだ桐生先輩の姿も見える。

 

(助けられた!? 今のは一体……!?)

 

 思考がまとまらない。しかし、現実は私の混乱が収まるのを待ってはくれなかった。

 

 ディードの全身が光に包まれる。そして、傷ついた装甲が少しずつ融けるように消えていき――

 

 

 

 ヴヴヴヴヴヴーッ! ヴヴヴヴヴヴーッ!

 

 

 

 最初に聞こえてきたのは、着信を知らせるスマホのバイブレーション。

 

 そして――ドサリ、と人間が倒れる音。

 

 やがて、その人影を覆う光が完全に融け消えて――

 

 

 

「――――れ……ん……?」

 

 

 

 そこから現れたのは、誰よりも探していた人で――誰よりもそこにいてほしくない人だった。

 

 

 

 

 

 

 呆然としている如月さんを置いて、先程の魔力の反応を探る――どうやら、既に身を隠したようだ。最低限の警戒を続けつつ、改めて視線を倒れ伏す少年に向ける。

 

(本当にこうなっちゃったか~)

 

 覚悟はしていた。状況こそ予想外だったものの、この結末自体は想像の範疇だったからだ。

 

 昨日の時点で、対魔局の護衛対象に挙げられていたのは20名。そこから女性や高齢の男性を除き、更にこれまで一度も襲撃を受けていない局員も除くと、残り3名。そして、その中の2名は、他の人が襲われた際に巻き込まれた形でしか襲撃を受けていなかった。

 

 ――ここのところ毎日ですよ。お嬢が全部追い払ってくれていますけどね。

 

 神代蓮だけが、あまりにも多くの回数襲撃されている。

 

 ――被害者の中で、「当(・)た(・)り(・)」というような単語を聞いた方はいませんでしたか?

 

 ――……いいえ。むしろ何人かは「は(・)ず(・)れ(・)」と落胆されたなんて話をしていたわ

 

 雛乃ちゃんが聞いたことのない情報。それはつまり、これまで襲撃された人間と、彼は何かが違う――彼自身が当(・)た(・)り(・)であるという証左。

 

 ――……事情が変わった。ここは逃げさせてもらうぞ。

 

 私の足止めにこだわっていた魔障憑きが、あっさりと撤退を選んだ。そして、その方向には――

 

 ――この辺り、すごい荒れ具合だね~。何があったの~?

 

 ――二人で逃げているところにまた別の魔障憑きが来て……黒い戦士が倒していったの。神代君は、私を庇って……

 

 荒れ果てた路地裏と、ひどく疲れてはいるものの軽傷の神代君。

 

 雛乃ちゃんが彼を庇った理由はわからないけど……以前聞いた彼女の過去を思えば、そう不思議でもない。

 

「蓮! 嘘でしょ……蓮っ!!」

 

 血を流して倒れる少年の身体を抱きしめ、狂ったように叫び続ける如月さん。

 

 ……私だって、本当はこんな残酷な暴かれ方をしてほしくなかった。

 

 可愛い妹が憧れ、救われたヒーロー。そして如月さんが命がけで愛している少年。

 

 できることなら、もっと穏やかな形で彼の正体を守り、対魔局との橋渡しをしてあげたかった。

 

 だが――もう、それは叶わない。

 

 これほどの大規模な戦闘。ビルの監視カメラに残された映像。そして目の前で変身が解けた決定的な瞬間。

 

 神代蓮とディードを結びつける証拠があまりにも多すぎる。もはや、隠すことなどできない。

 

「――如月さん。悪いけど~彼を拘束するね~?」

 

 だからせめて、精一杯恨んでほしい。対魔局の『ディードを捕らえろ』という命令にただ従う私を。妹があれだけ楽しそうに語っていたヒーローを、恩人だと慕っていた彼を、咎人に貶める私を――そんな自分を憐れんでしまう、私を。

 




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