【2章完結まで毎日更新】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
(空気が重苦しいな……無理もないことだが)
「それで、局員への襲撃は完全に無くなったのだな?」
「はい。少なくとも、ここ数日は一件も報告されておりません」
対魔局最高司令部の会合。私――桐生天音も参加しているその会議では、現在対魔局を大きく騒がせている件についての議論が交わされていた。
「謎の黒き戦士『ディード』――その正体が対魔局内部の人間だったとはな……」
手元の資料には、先日捕縛に成功した、一人の少年の顔写真と詳細なデータが記載されている。
(神代蓮――琴音が慕っていた男子生徒、か……)
いつも明るい末の妹が、花がほころぶような最高の笑顔で彼の話をしていた光景が脳裏をよぎる。まさか、このような歪な形で彼と向き合うことになるとは思わなかったが――何より、私など比べ物にならないほどの衝撃と絶望に打ちのめされている人物が、この場にいた。
「……一応聞かせて言おう――如月当主。何か申し開きは?」
皇司令が冷徹な視線を向けた先、神代蓮の保護者――如月家当主、薫子さん。
「……いいえ。私の不徳の致すところです。知らぬこととはいえ、如月家の保護下にある者の行い。どのような処分もお受けいたします」
表向きは淡々と告げる薫子さんだったが、その整った顔立ちには隠しきれない色濃い疲労と悲壮感が刻まれていた。神代蓮がディードの正体として拘束されて以降、彼女が彼を救うために公私問わず奔走していることは周知の事実だ。愛する息子同然の存在なのだ、当然の行動だろう。
「この者が捕らえられてから、魔障憑きによる局員への襲撃は途絶えた。明確な因果関係があると見て間違いないが――それについては?」
「……その件に関しましては、彼自身も幾度となく魔障憑きの急襲を受けている、と報告を受けております。一連の襲撃の目的が彼に――ひいてはディードに関係していることは確かでしょうが……彼を加害者(犯人)側であると断定するのは早計かと」
「……なるほど。
指名を受け、天城さん――対魔局内の不祥事や一般人の口封じを司る監察部門の長である男性が重々しく起立した。
「あまり芳しくはありませんね。ディードの力の源泉については一切の黙秘。これまでの単独活動の目的については『魔障憑きを倒すため』の一点張りです……彼自身の負傷も考慮すると、強硬な手段に出られないことも大きな障壁となっております」
まあ、そうなるだろう。彼を直接捕縛した鈴音すら、「かなり酷いケガを負っていた」と零していたのだから――
「……強引な手段、ですって?」
「――っ!」
瞬間、会議室内の空気が凍りつき、凄まじい殺気が爆ぜた。
現役の第一線祓魔士など一人もいないはずの空間で、死の圧力を撒き散らしているのは――如月当主。その瞳は冷酷な刃となって天城を射抜いており、射すくめられた天城さんは顔を白く強張らせていた。
「正当な聴取の域を超え、彼に危害を加えるというのなら――彼の保護者として、如月家として、黙っているわけにはいきません」
「……如月当主、殺気を収めて。あなたのそれは、実戦を経験していない人間には毒が強すぎる」
「ですが……!」
「天城、『そういった手段』は一切認めない。確固たる証拠もないまま彼に危害を加えれば、それは取り調べではなくただの私刑だ」
殺気立つ薫子さんを静かになだめつつ、皇司令は冷徹に釘を刺した。手元の資料を掲げ、全員に向けて力強く宣言する。
「神代蓮が何を意図して動いていたかは未だ不透明だ。だが、この資料にある通り、彼が情報統制班の一員として対魔局に貢献してきたことは揺るがぬ事実。ゆえに、我々の側から無用に敵意を向けることは固く禁ずる」
「……それで、よろしいのですね?」
「あぁ。少なくとも、彼が人類の敵である、という結論が出るまではな」
「……わかりました。引き続き、
「如月当主も、それで異論はないな? 依然として、彼が目的不明の不確定分子であることに変わりはないのだから」
「――ええ。公正なるご対応を……切にお願い申し上げます」
長きにわたり築かれてきた秩序の只中へ、突如として放り込まれた
彼を人類を救う味方だと信じる者。魔障に連なる危険な敵だと危ぶむ者。判断を保留する者。
そして私は――
(私はどう動くべきか……琴音、鈴音――お前たちには何が見えていた……?)
様々な思惑が交錯し、結果として最高司令部は暫定的な静観を決めた。
――この脆い均衡が崩れるとすれば、それは「外部」からの介入があった時に他ならないだろう。
「……もう一度聞く。君のその力はどうやって手に入れたものだ?」
「……黙秘します」
何度くり返したか分からない、不毛なやり取りだった。『ここ』に連れてこられて数日、俺は同じ問答を反芻する無機質な日々を送っていた。
『蓮……』
(黙ってろ。これは俺の決断だ)
脳内でアルマが不安げな声を上げるのも何度目か。だが、こいつの存在を対魔局に明かすことはできない。
(少なくとも、今の俺の状況を考えれば、対魔局はディードを味方だとは思っていない。そんな状況でお前のことを話してみろ――良くて監禁からの実験体、最悪の場合は即討伐だぞ)
『でも、このままじゃお前が……』
(大丈夫だ。司令部だって馬鹿じゃない。俺を軟禁し続けるメリットがないことはわかってるはずだ)
『アルゴス』の一件の後。俺が意識を取り戻したのは対魔局の施設内にある窓のない一室だった。出入りが制限され、外部との接触が絶たれた部屋で、俺は軟禁生活を送っていた。
「……あのなぁ――別に我々だって君をどうこうしたくてこんなことをしてるわけじゃないんだぞ?」
「それは俺が何も答えていないからでしょう。そちらの望まぬ答えを吐いたら即処罰、なんてことにならない保証はない」
「だが、このままじゃ解放もできない。もう少し歩み寄らないか?」
「…………」
「また黙りか……っと」
聴取役の男性がため息を吐くのと同時、アラームが甲高く鳴り響いた。それは、今日の聴取の終わりを告げる音。
「今日も進展なしか……天城さんがなんて言うか――」
うんざりした顔でぼやきながら男が退室していく。それと入れ替わりに入ってくる、白衣の女性。
「――っ、先輩!?」
「……随分とやんちゃしたみたいね」
白石先輩だった。どこか呆れたような、それでいて苛立ちを滲ませた目でこちらの全身を観察する。
「なんでここに……」
「たまたまよ。この施設の医務室担当はローテーションなの。今日と明日は私」
聴取の後は、簡単なバイタルチェックと手当てを受けるのが日課となっていた。捕まる直前に受けた攻撃の傷はかなり深く、その治療を受けている。
「……さ、はやく脱ぎなさい」
「あの、先輩……怒ってます?」
さっきから先輩の雰囲気が酷く刺々しい。声のトーンもどこかぶっきらぼうで――
「……怒ってるか、ですって? ――当たり前でしょうっ!!」
耳を突く怒号。
いつも冷静でアンニュイな先輩が初めて見せた、感情の爆発だった。
「言ったはずよ! 自分の命を粗末にするような行動はするなと!」
「先輩……」
「誰かを庇って傷つくって行為は――その『誰か』の心に傷を残すことだってあるの!」
その叫びは本心から――彼女自身の明確な実感から出てきているような、真に迫ったもの。
「如月さんの気持ちを考えたことある!? 彼女だけじゃない、桐生さんだって!」
「それ、は……」
「無いでしょう!? 如月さんは泣いていたわ! 『ずっと隣で守っているつもりだったのに、私が守られてしまった』って! 桐生さんだってずっと悔しそうに沈み込んでいる! 『もっと上手いやり方はなかったのか』って!」
(お嬢……桐生先輩……)
「……私は医者よ。戦いの心得なんてないし、あなたの判断が戦術として正しいかどうかなんてわからない。でも、これだけは言えるわ――身体に傷が残らなくても、心が血を流しているのなら……それは『守った』とは言わないのよっ!!」
「心の……傷」
「守るなら、両方完璧に守り抜きなさい! 身体も、心も! 相手も、自分もよ!」
『…………』
言葉はない。だが、アルマが深くうなずいたような気がした。もしかして、俺は今もアルマを守ったつもりで、その心を傷つけているんだろうか。
「……さ、早く脱ぎなさい。安静に、って言ったのに追加で拵えてきた傷を診せてもらうわ」
「はい……先輩」
「何」
「ありがとうございます。俺、もう少し考えてみます」
「はいはい。まあ、あなたが今一番考えるべきは、どうやってこの部屋から脱出するかだと思うけれどね」
「それは俺の力じゃどうにも……」
それから、手際よく包帯が巻き直され、背中の痛みが和らいでいく。先輩曰く、『傷は塞がりつつあるけど、油断は禁物』だそうだ。処置を終え、道具を片付けた先輩が扉へ手をかける。
「それじゃ、私はこれで。くれぐれも――く れ ぐ れ も! 安静にしておくこと!」
「……はい」
「よろしい。それじゃ、また明日」
バタン、と扉が閉まる。再び外界から遮断された静かな室内が戻ってくる。だが――今の俺には、向き合うべき相手がいた。
(……アルマ)
『……なんだ』
(さっきの、先輩の話)
身体を守ることと、心を守ることは違う。そんなこと、今まで考えたこともなかった。
『……別に、俺は自分が傷ついた、なんて思ってない』
(なら、今お前は何を感じてるんだ)
『――俺も、蓮の力になりたい。こうして蓮に守られるだけじゃなく、蓮を守りたい』
(それは――)
『わかってる。お前は「ディードの力だけで十分だ」って思ってる。でも、そうじゃないんだよ』
こいつにしては珍しい、落ち着いた、諭すようなゆっくりとした口調。
『お前が誰かを守りたいと思うように、お前のその背中を見て、助けたい、力になりたいって思うやつもいるってことだ』
(俺を……)
『いい機会だ。よーく考えろ。俺の知るヒーローたちも、みんな通った道だ』
そう言い残すと、アルマはそれっきり口を閉ざした。
(俺はどうすればいい? 多分、同じ状況になったら俺は同じ行動をする。でも、それじゃ先輩が言ってた通り、心までは守れない……)
静かな部屋の中、邪魔するものは何もない。結論が出るまで、俺は深く、どこまでも深く考え込むのだった。
そして、翌朝。
(これで、いいのか……? この答えで合ってるのか……?)
一晩、じっくり考えた。そして自分なりの答えを見つけ出した。
(先輩は今日も来ると言っていた。そこで、相談してみるか……)
――コンコン
(っと、先にこっちだな)
一旦ここまでの思考を棚上げし、頭を切り替える。まずは、いつも通りの聴取からだ。
「……おはよう」
「おはようございます……どうかしましたか?」
いつもと同じ担当者。だが、どこか雰囲気が妙だ。納得がいっていない、というか、座りが悪い、というような。いつもなら持っているはずの、聴取内容を書き留める記録用タブレットも持っていない。
「……まだ本決定ではないが――君をこの部屋から出すことになるかもしれない」
「――はい?」
「なんでも、『アルゴス』の千歳CEOが随分君を気に入ったようでね。今すぐにでも引き抜きたい、と打診があったらしい」
「……凄いですね。理由を聞いてもまるで納得できない」
「私もだよ。まったく、何考えてるんだか――」
(なんで俺を……? まさか、俺がディードであるとわかったから? そんなもの、『アルゴス』になんのメリットがあるって言うんだ)
魔障憑きと戦う戦力が欲しいなら、対魔局に働きかけるだけでいくらでも手に入るだろうに。
「とにかく、今日の聴取はなし。いつも通り医師の診察を受けたら、部屋で待機だ」
「はぁ……」
それだけ言うと、あっさりと部屋を出ていく。肩透かしを食らったような気分になりながら、少し時間を潰し――
「……昨日ぶりね」
白石先輩が医療キットを抱えて入室してきた。
「昨日はごめんなさい。感情的になって色々と言いすぎたわ」
「いえ、むしろ考える機会をくれてありがとうございます」
「……? なんだかいい表情ね」
「そうですかね……? まぁ、自分の中で色々と整理がついたと言いますか、そんな感じです」
少なくとも、昨日に比べれば間違いなく思考はクリアだ。そして、やるべきことも見えた。
「……まぁいいわ。とりあえず、さっさと診察を始めましょう」
「よろしくお願いします」
昨日の焼き直しのように、手際よく処置される。
「よし、これで終わり」
「――先輩」
「何かしら?」
「一つ……お願いがあるんです。とても無茶なものが」
「……とりあえず、聞くだけ聞いてあげる」
『本当にいいんだな?』
(あぁ。今の俺にできる、最善の手だと思う)
俺は深く息を吸い込み、心を定めて告げた。
「
「……はい?」
(まさか、こんなことになるなんて……)
対魔局からの帰路。私は鈍い頭痛を感じながらとある目的地に向かって歩いていた――
「白石パイセン、こっちだ」
――一人の少女を連れて。
(神代君も、とんでもない爆弾を押し付けてくれたものね)
私を先導するように歩くこの少女――アルマ、と言ったか。神代君の『お願い』というのは、彼女を如月家まで送り届けることだった。
「あそこに放り込まれた時にも考えたんだけどな? 流石に俺一人で誰にも見つからずに抜け出すのは無理だろってなったんだ」
「そりゃそうでしょうね……」
美しい金の髪は嫌でも人目を引くし、黒いワンピースから覗く肢体は作り物のように完成されている。どうやったって隠密行動には向いていない。
「でも、本当に良かったの? あなたがいないと彼、変身できないんじゃ……」
「そこは賭けだけどな。一応対魔局の中にいるわけだし、そうそう変身しないといけない状況にもならないだろう、って」
あのディードの力の源が、こんな少女だったとは――いや、少女の見た目をしているだけで、種族的には魔障であるらしいが。
「すれ違うくらいならともかく、流石に面と向かったら俺が人間じゃないってのは多分簡単にバレる。その時のために、事情を知ってる人が必要なんだ」
「まぁ、そのくらいは協力するけど……私だって、彼には早く自由になってほしいし」
あれこれと説教じみたことをしてしまったが、私個人としては間違いなく命を救ってくれた恩人なのだ。助けになれるのなら、協力は惜しまない。
「よし、到着!」
「ここが如月家……」
目の前に広がる、重厚な日本建築の屋敷。ここが、如月さんや神代君が住む家か。
「お嬢サマは……ん? 本邸じゃないのか。こっちだな」
「居場所が分かるの?」
「流石に普段から接してる相手だからな。うっすらと霊力を感じるくらいはできる」
「そういうものなのね……」
これは私が祓魔士じゃないからわからないことなのだろうか。迷いなく敷地内を進む少女の後を追う。そして、たどり着いたのは――
「……おいおい、離れじゃん」
「ここに如月さんがいるの?」
「まぁ、そうだな……一応、ここは蓮の私室なんだが」
「……よほど、追い詰められてるのかしらね」
「とにかく、入るしかない――たのもー!」
ガラリと戸が開く。
悲痛な表情で泣き叫び、神代君の名前を連呼する――それが、私が最後に見た如月さんの姿だ。あれから少し経ったとはいえ、どこまで落ち着いたか……
「……誰?」
暗がりから現れた如月さんは、痛々しいほどにやつれていた。いつもなら艶やかに輝く黒髪はボサボサで、瞳からは光が失われている。
「白石先輩と――蓮、じゃないわね」
「俺はアルマ。蓮の――相棒だ。顔が似てるのは気にするな」
「あなた……人間じゃないわよね。まさか、あなたが――」
無気力だった如月さんが俄かに殺気立つ。多少体調が落ち込んでいようと、優秀な祓魔士である彼女の気迫は凄まじいものだった。
「――全部、話す。俺のことも、蓮のことも――ディードのことも。だから――力を貸してくれ」
それを正面から受け止め、金の少女は堂々と言い放った。全ては、己の相棒の願いを叶えるために。
(アルマのやつ、上手くやってくれたか……?)
アルマを白石先輩に預けてから数日。日課だった不毛な聴取もなくなり、話し相手もいなくなった俺は、軟禁部屋でゆっくりと身体の傷を癒していた。
既にある程度痛みも引き、もう間も無く完治といったところ。だが、それはそれだけの期間、アルマが実体化しているということで――
(魔力は保ってるのか……?)
アルマとの間にある、目に見えない薄らとした繋がりのようなもの。それが、日に日にその存在感を失っていくのがわかる――恐らく、猶予はそう長くない。
「……出ろ、神代蓮」
焦燥がピークに達しようとしていた時、突如として俺の軟禁生活が終わりを告げた。
「……もういいんですか?」
「不本意なことにな。どうも、最高司令部の方で動きがあったようだ」
不満を隠そうともしない様子の局員。まぁ、延々と黙秘を続けていた
(とはいえ司令部が動いた……? 俺の想定よりも、動きが大きい。なにか、予想外の変数があったか)
「とりあえず、これを着けてもらう」
「これは……?」
差し出されたのは黒い腕輪のようなもの。無骨な見た目以外、特筆する特徴もない、シンプルなデザイン。
「魔力を抑える装備だそうだ。既に魔障憑きとして暴れてる個体には無意味だが、魔力が励起していないなら、それを封じることができるらしい」
「そんなものが?」
「私も初めて見た。普段は倉庫で埃被ってるような骨董品だよ」
そんな装備、技術的に可能なのか……? 霊力ならまだしも、魔力なんてサンプルを採って研究するのも一苦労だろうに。
「いいからさっさと着けろ。それとも、できない理由でもあるのか?」
「いえ。普通に腕に着ければ?」
「あぁ、それでいい」
装着した腕輪からは、特になにも感じ取れない。だが、話通りならこれで魔力が抑えられているはずだ――そもそも、俺自身に魔力なんて欠片もないが。
「…………」
「――っ?」
一瞬、腕輪から静電気のような刺激。だが、それは本当に一瞬のことで、目を向けた頃には何事もないように沈黙していた。
「……よし、じゃあ行くぞ」
「はぁ……」
局員は目を細めて俺を観察した後、扉を開いた。久方振りの部屋の外。案内の元、施設内を移動した俺が辿り着いたのは――
「――駐車場?」
薄暗い地下の駐車場だった。目の前には黒塗りの窓を設えた一台の乗用車。そして、その側に待機している祓魔師だった。
「ほら、連れてきたぞ」
「はい、お疲れ様です。ここからはこちらで」
「あぁ。これが例の物だ……しくじるなよ」
「えぇ、もちろん」
(なんだあれ……? スイッチ……?)
手渡されるのは、何かのスイッチだろうか。それを懐にしまい、祓魔師がこちらに目を向ける。
「では、こちらへ」
「えっと……これからどこに連れていかれるんです?」
「教えられません。依然、あなたは潔白というわけではないので」
後部座席に押し込められ、目隠しを装着される。
(随分厳重だな……)
こうなってはできることもない。行き先が処刑場のような場所でないことを祈りながら、動き出す車の振動を感じるのだった。
「……降りなさい」
「――っ!」
しばらく車に揺られ、目的地に到着したらしい。車を降ろされると、目隠しを外され、久しぶりの光に目を細める。
(また駐車場……? ここは一体……)
少しずつ慣れてきた視界。先ほどとは少し違うが、また地下駐車場らしき風景が目に入って来る。
「――やぁ、壮健そうでなによりだ」
聞き覚えのある声。そこで俺を待っていたのは千歳さんだった。
「……どういうことです?」
「スカウト――いや、今回は明確に引き抜きだね」
確かに、軟禁中にそのようなことを聞いた気がするが……まさか、本気で?
「そう不思議そうな顔をすることもないだろう? 勇敢に戦い、私の身を守ろうとした若者を気に入るのは当然の話だ」
「そんなことで……?」
「言っておくが、君に拒否権はないぞ。既に対魔局とも話はついている」
その言葉に振り向けば、俺をここまで連れてきた祓魔士の女性は視線を伏せる。
「……そういうことだ。加えて言えば、これは先日の『アルゴス』社内で起きた混戦の手打ちでもある――平たく言えば、君は売られた、ということだ」
「そん、な……ことが? 如月家だって黙ってはなかったでしょう」
いくらなんでも、話が急すぎる。俺は、まだ対魔局を離れるわけには――
「――問答は後でも良いだろう。まずは、神代君をこちらに渡してもらおうか」
「――えぇ。ほら、行きなさい」
「ちょっ!?」
混乱が収まらないまま、背中を押された俺は千歳さんに向かってつんのめる。慌ててバランスをとろうと、両手を前に出し――
――バチンッ!!
「っ痛!?」
「っ!」
謎の力に弾かれる。そのまま完全に体勢を崩した俺は、派手に尻餅をついて地面へ転がった。
「……なんだね? 今のは」
千歳さんの眉が吊り上がる。だが、睨まれても俺にだって今のがなんなのかはわからない。そうなれば、自然と視線はこの場にいるもう一人に集まり――
「――皇司令」
『あぁ、ご苦労』
俺を連れてきた祓魔士は、タブレットのようなものをこちらに――正確には千歳さんに向けていた。タブレットからは通話相手らしき女性の声も聞こえてくる。口ぶりから考えると、対魔局でもかなり上の人間のようだが……
『さて、千歳玲央。これから私がする質問に嘘偽りなく答えてもらおう』
「……いつになく強気じゃないか。いつもの平身低頭な口調はどうした」
『そちらもとってつけたような殊勝な態度はやめているだろう?』
「こんな訳の分からない催しに付き合わされてはね。相応に覚悟していると思ってもいいのかな?」
『それはそちらの返答次第だ。なぁ? 千歳玲央――いや、人類の敵よ」
「……何の話だ?」
『まぁ、そう答えるだろうとは思っていた。おい、神代蓮。そこにいるんだろう?』
「へ? あ、はい」
突然名前を呼ばれて我に返る。完全に空気に飲まれていた。
『お前、自分が『アルゴス』に引き抜かれるほど優秀な人材だと思うか?』
「それは……思いませんけど」
『そう。そして、そんな飛びぬけて優秀というわけでもないそんな高校生が、『アルゴス』なんて大企業に何度も誘われるわけがない』
間違ってはないけども、癪に障る言い方だ。
「…………」
千歳さんの反論はない。タブレットから、女性の淡々とした声だけが響いている。
『一度目はわかる。私が実感することは無いだろうが……母親というものは子を愛し、慈しむものらしいからな』
――何の話だろうか。俺の疑問を置き去りに、話は進んでいく。
『二度目も理解できなくはない。実際、数名の局員が『アルゴス』への移籍を申し出てきていた』
これはわかる。襲撃の被害者たちが移籍を希望していた、という話だ。
『だが、三度目はやりすぎたな。学生である彼に対して、卒業後の進路としてではなく、即時の引き抜きを希望するなど――あまりにも不自然だ。流石に疑いの目も向くというものだろう』
「――それで? 結局、私に何が言いたい」
『だから試させてもらった。神代蓮という餌を撒いて、お前が尻尾を出すかどうかをな。結果は――言うまでもないだろう?』
「補足しておくと、彼が装着している腕輪は、起動すると魔力に反応して反発する装置です。神代君自身に対しての反応が微細であることは既に確認済み――つまり、先ほど『何』に反応したかは明白、ということです」
(聞いてた話と違う……!)
魔力を抑えるのではなく、反発する装置とは。だが、それが反応したということは。
『こうして目の当たりにするまでは半信半疑だったが――まさか、本当に魔障が人に化けているとはな』
こいつは、
「――クックック……ハハハハハ!!!」
千歳さん――千歳は、狂ったように笑いながら目を剝いた。
「正直、見くびっていたよ! 私という支援者の言いなりになるしかない、お飾りのトップだとね!」
これまでに見た底知れない微笑みの奥に隠されていた、魔障としての本性が露わになっている。
「そう……全てはそこのイレギュラーを消去するための計画だったのだ!」
「俺を……?」
「『DEMON』の力を宿しながら、『DEMON』を狩る人間! それをあぶりだす為に、あんな非効率な襲撃を繰り返した!」
もはや隠すことなどないと言わんばかりに、千歳は高らかに己の計画を叫ぶ。
「本命が見つかればそれでよし! そうでなくとも、痛めつけた人間が対魔局からこちらに鞍替えをすれば、我が社は潤う!」
「被害者が命までは奪われなかったのはそのためか……!」
「それを繰り返し――ようやく貴様を見つけたのだ! 後は私の根城に誘い出し始末するだけ。そして、疲弊させ、不意を打った――あと一歩で達成されるはずだったのだがな」
俺の正体が暴かれるきっかけとなったあの一撃もこいつの仕業か……! お嬢や先輩が近くにいなければ、危ないところだったらしい。
『だが、そうはならなかった。そして、今後もそうはならない――ここでお前は終わりだ』
「終わる? 私が? ――あまり調子に乗るなよ」
声色が変わる。途端、千歳から巨大な魔力が吹き荒れる。
「私の正体を見抜いたからなんだと言うんだ。貴様ら対魔局は裏から傀儡にしてやろうかと思っていたが――やめだ」
千歳の肉体がメリメリと音を立てて崩壊し、膨張していく。人間社会へ擬態するための皮膚が裂け、内側から真の姿が露わにになる。
「ここでイレギュラーは消す――その次は貴様ら全員根絶やしにしてやる。『支配』を司る百眼の魔人――このアガレスの手でなぁ!!」
千歳玲央としての姿より二回りほど大きくなった肉体。その全身の皮膚には、ぎょろぎょろと不気味に動き続ける無数の巨大な眼球が埋め込まれていた。
「何人たりとも逃がしはしない――跪け」
「――っ!?」
「くっ……!?」
千歳――アガレスの全身から突如として放たれた高密度の魔力。抵抗もできず、吹き飛ばされてコンクリートの上を転がりまわる。痛みと衝撃で身動きのできない俺に、アガレスが悠然と歩み寄る。
(アルマがいないと変身はできない……! どうやって切り抜ける……!?)
「ふん。最初からこうしておけばよかったのだ――死ね」
俺の前に立ち止まったアガレスは、その拳を高く振り上げ――
『――勝ち誇るのは少し早いな』
「『刃波』ぃぃぃっっ!!!」
「――っ!」
寸前で大きく後方へと飛び退いた。一瞬前まで奴がいた地点を、鋭い霊力の刃が切り裂いていく。
「――蓮っ!!」
「お嬢……!?」
俺を救ってくれた一撃は、後方からお嬢が放ったものだったらしい。久しぶりに再会した彼女は――目が怖かった。ギラギラと輝いていて、凄まじい迫力を放っている。
「……言いたいことは山ほど、本当に山ほどあるけど……! 今は置いておく! すぐに逃げなさい!」
「ですが……!」
「させると思うか? たかが祓魔士一人で何ができる!」
『――一人だと思うのか?』
地面に落ちているタブレットからの声が合図だった。
「――チィッ!?」
咄嗟に身を固めたアガレスの全身に殺到する、無数の霊力の刃。いつの間にか、祓魔士の大群がアガレスを取り囲んでいた。
「――鬱陶しいっ!!」
アガレスが全身の眼球から魔力波を撒き散らす。一時的に自身への攻撃を弾き飛ばし、大きくため息を吐きだした。
「……いいだろう。貴様らがそういうつもりなら、こちらも全力で応じてやる――戦争だ」
その言葉と同時、ここからは地面に阻まれて見えないはずの『アルゴス』から、あまりにも多くの気配が発せられた。地鳴りにも似た、腹に響くような振動が伝わってくる。
「『アルゴス』本社ビル。社員数一万――その全てが、貴様らの敵だっ!!」
文字通りの万魔殿。過去に例を見ない規模で、魔障と人間の戦争が幕を開けた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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