【2章完結まで毎日更新】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
(神代君、大丈夫かなぁ――いや、私に心配する資格なんかないか……)
視界を埋め尽くすのは、様々にその身を異形へと変えた魔障憑き――『アルゴス』の社員たちの群れ。交錯する怒号、刃が肉を裂く湿った音、空気を灼く霊力の残香。対魔局が誇る祓魔士たちが総力を挙げて立ち向かう大乱闘の只中で、私の心だけが重く沈み込んでいた。
胸を占めているのは、目の前の死線ではない。自らの手で縄をかけ、泥を塗ってしまった一人の後輩――神代蓮のことだった。
自分の選択が間違っていたとは思わない。対魔局の一員として、組織の正義と大局に従った結果だ。
――けれど。
彼を拘束したあの日から、胸を刺す灼熱の罪悪感が消えた瞬間など一度もなかった。もっと別の道はなかったのか。彼を守り、穏やかに手を結ぶ未来は描けなかったのか。
いま自分が踏みしめているのが、まさにあの苦い決断を下した因縁の地であるからこそ、過去の影が執拗に脳裏を焼き払っていく。
「――鈴音ッ!! 行ったぞ!」
「――っ! はいは~い。お任せあれ~!」
鋭く鼓膜を突く警告。反射的に霊力を『鳴鈴』に流し込み、澄んだ鈴の音とともに私に向かってきていた三体の魔障憑きを切り捨てる。
一呼吸吐くと、瞬きの間に凛姉さんが隣に滑り込んできた。全身から放つ闘気が、空気をビリビリと痺れさせる。
「落ち込んでいるのはわかるが――集中しろ」
「……ごめんなさ~い」
「これだけの規模の戦いだ。いくら周辺の人払いが済んでいると言っても、何が起きるかわからない」
私たちが今いるのは、『アルゴス』のビル。大規模な決戦を予見していた対魔局は、予めこの周辺を封鎖し、最低限の予備戦力を残した全祓魔士を動員した。普段の任務なら多くても5~6人程度の集団で臨むところ、こちらの戦力は100を超えている――それでも、圧倒的な数の差はあるが。
『――戦闘班、聞こえるか。今回指揮を執る桐生天音だ』
装着したインカムから通信。後方に陣取る総指揮官――天姉の声だ。聞き慣れた声の、聞き慣れない声色で、戦局が伝えられた。
『地下にこの騒動の首謀者、アガレスという魔障が出現した。報告によれば、地上、およびビル内に蠢く諸君らの敵は――総勢一万』
(一万!? いくらなんでも多すぎるよ~!?)
『厳しい戦いになるだろう。だが、ここで食い止めなければ、次に流れるのは無辜の民の血だ。故に――一体残らず殲滅しろ。以上だ』
「――随分と無茶を言ってくれるな……だが、やるしかないぞ」
バチン、と空気を弾くような音が響き、隣から凛姉さんの気配が消失した。直後、前方に群がっていた魔障憑きたちの首が、まるで目に見えない刃の嵐に巻き込まれたかのように次々と宙を舞う。
「――私も頑張らないと~!」
頬を強めに叩き、自らの内に眠る霊力を鼓舞する。視界に入る濁った気配を片端から斬り伏せる――そう覚悟を決めた、次の瞬間だった。
「『刃波』ぃぃぃぃぃぃっ!!!」
――世界が、極光に染まった。
それは、あらゆるものを消失させる光の奔流だった。
一直線に空間を穿つ巨大な光柱は、進路上に存在した数十体の魔障憑きを影ごと呑み込み、高熱の波紋を残して走り去る。
「……うわぁ~」
光が霧散した後に残されたのは、溶解しボロボロになった階層の床と、白煙を上げる壁。そして、魔障を引き剥がされて転がる宿主たちの姿だけだった。
「――鈴姉!」
「琴音ちゃん――」
そんな大規模な破壊をまき散らしたのは、姉妹の末っ子、琴音ちゃん。本来ならその成長を喜ぶべきなのだが――
(――複雑な気分~)
神代君を捕縛した時点で、妹から嫌われる覚悟はしていた。彼女にとっては大好きなヒーローと、慕っている先輩。その両方を取り上げてしまったようなものだったから。しかし、すべての事情を打ち明けた夜、琴音ちゃんが見せたのは涙でも恨みでもなかった。
『――私、強くなります。それで、今度は私が傍でディード様を――先輩を守ります』
驚愕と悲しみに濡れながらも、その瞳に宿っていたのは、どこまでも純粋で折り折れない「強さへの意思」だった。
それからというもの、ただでさえ著しかった成長はさらに加速した。膨大な霊力の制御はもちろん、元から規格外だった出力すら増していった。
妹が強くなるその一歩一歩が、私の犯した罪と地続きであるという事実が、私の中に不甲斐ない気まずさを生み出していた。
「さっきの、天姉の通信聞きましたか!? 急いで全部倒して、地下に向かいましょう! きっと、神代先輩もそこにいるはずです!」
どこまでも眩しく、どこまでも真っ直ぐに。
戦場に咲く一輪の花のように叫ぶ妹を見て――私は、どうしても抑えきれなくなった。こんな切迫した状況で口にするべきではないと分かりながらも
「琴音ちゃんは――私の事、恨んでないの~?」
ずっと、胸の奥底に澱のように溜まっていた問い。
もし「恨んでいる」と言われたら心は砕けるだろうし、気を遣って誤魔化されても傷つくはずだ。逃げ場がないと知りながら、言葉は滑り落ちてしまった。
「……全く思うところがない、とは言いません」
琴音ちゃんが足を止め、真っ直ぐな視線で私を射貫いた。
「ディード様が――先輩が、苦しい状況に置かれているのは鈴姉の行動の結果ですから」
「なら――!」
「でも!」
思わず漏れた私の情けない声を、凛とした大声が鋭く遮る。
「だとしても、鈴姉を責める権利があるのは神代先輩だけです。私にも、如月先輩にも、それはないんですよ。祓魔士に対してはともかく、ディード様が対魔局に友好的ではなかったのは事実ですから」
「そ、れは――」
「……それに、鈴姉はずっと自分を責めてます。そうじゃなきゃ、そんな今にも泣き出しそうな顔、するはずないじゃないですか。気付いてないんですか? 鈴姉、あの日から一度も笑ってないんですよ?」
「――っ」
「だから、私は鈴姉を責めたりはしません。鈴姉自身が一番自分を責めてるんですから。そして――必ず神代先輩を助けます。先輩のために――鈴姉が、また笑えるように」
言葉が出なかった。この妹は、いつの間にかこんなにも立派に成長していたのか。
(……ずっと、私が琴音ちゃんを守るんだと思ってた。でも、もうそんな必要もないんだね~)
「……そっか~。うん、よし!」
胸の奥を重く塞いでいた霧が、琴音ちゃんの言葉によって消えていく。すっと心が軽くなり、足元に力が戻ってきた。
(……そうだ。今、私がするべきなのは落ち込むことなんかじゃない)
彼が私をどう思っているかはわからない。開口一番恨み言を言われたって不思議じゃない――でも、それは私が彼を救うために走り出さない理由には、ならない!
「行くよ~琴音ちゃん! さっさと全部倒して、神代君を助けに~!!」
「はいっ! 全力で行きます!」
手の中で『鳴鈴』がリン、と鳴る。琴音ちゃんの『煌剣』が眩い光を放つ。ここからは正真正銘、全力の戦闘だ。
「――あ、でもさっきみたいな大きいのは慎重にね~? フレンドリーファイアは厳禁だよ~?」
「しませんよ!? もーっ!」
「さて、この程度の雑兵で私の相手をするつもりかね?」
凄まじい威圧感。薄暗い地下駐車場に突如として放たれたアガレスの魔力は、どこか息苦しさを感じさせるほどの圧力を持っていた。
「……蓮。ここは私達が食い止めるから、早く地上に逃げなさい。対魔局の指揮所があるわ」
「ですが、俺は……! 俺のせいで……!!」
俺がディードとして活動を続けていたから――それをアガレスに暴かれたからこうなっているのだ。自分だけおめおめと逃げるわけには……!
「馬鹿言わないで! 今のあんたに何ができるの!? いいから、さっさと行けぇっ!!」
「――っ! すみません!」
お嬢のいつにない怒号。それに背中を押され、躓きながら走り出す。
「――させるか! ここで死んでおけぇ!!」
「こっちの台詞よ……! あいつに手は出させない!」
背後で弾ける、耳を裂くような衝撃音。激突する霊力と魔力の嵐が背中を打つ。それに振り返ることなく、俺は地下に差し込む一筋の光――地上へと続くスロープをがむしゃらに駆け上がり、眩い太陽の下へと飛び出す――だが。
(人が……誰もいない……!?)
本来なら巨大な『アルゴス』のビルを囲み、無数のビジネスマンや車が行き交うはずのオフィス街。それが今は、静まり返った巨大な空箱のように佇んでいた。
お嬢の言っていた指揮所はどこだ――周囲を見回した、その時。
「――蓮! こっちだ!」
数日ぶりに聞く声。それに視線を向けると、少し離れた位置に複数の大型テントと装甲トレーラーが固まっていた。そして、そこからアルマがこちらに手を振っている。
「アルマ!」
恐らく、あれが指揮所なのだろう。とにかく、今は状況の確認が最優先だ。疲労を訴える脚に喝を入れ、急いで駆け込む。
「無事だったか……! 何がどうなってる? 俺と別れてから何があったんだ」
「それは――」
「――私から話そう」
アルマの言葉を遮り、テントの奥から一人の女性が歩み出てきた。艶やかな黒髪を背に流す、隙のない凛々しい佇まいの女性。その鋭い眼光が俺を射抜く。
「あなたは?」
「桐生天音。対魔局最高司令部の末席に名を連ねている者だ。今回の作戦の指揮官でもある――妹たちが世話になったな」
(この人が……)
『桐生の三姉妹』と呼ばれる祓魔士姉妹の長女にして、現役を退いた後も司令部で活躍しているという女傑。
「君とは色々と話したいこともあるが――事態が事態だ。今の状況を説明するからすぐに頭に叩き込め」
「はい、お願いします!」
「君が拘束されている間に、局員を襲撃した魔障憑きや、『アルゴス』で暴れていた魔障憑きの宿主について調査が進んだ――結果、例外なく『アルゴス』の社員だと判明した」
「アガレス――一連の騒ぎの首謀者は『アルゴス』のトップ。妙に統制の取れた行動はそういうことですか」
別に宿主が雇われているからどうなるってものでもないだろうが、何かしらの手段で従わせていたんだろう。
「そうだ。それで『アルゴス』に疑いの目が向いた頃――千歳CEOから君への引き抜きを求める連絡が届いた。不審に思った我々は、より注意深く『アルゴス』を調べていたんだが――」
そこでちらり、と視線が脇に逸れる。その先にいたのは、静かの事の成り行きを見守っているアルマ。
「突如、興味深い情報がもたらされた――魔障の、『宿主を喰ってなり替わる』という生態がな」
どうやら、こいつはきっちり仕事を果たしてくれたらしい。
「当然我々は大混乱だ。この少女の話によれば、5年前以前に現れた魔障でそういったことをした個体はいないはずとのことだが……逆に言えば、それ以降の魔障がどこで人の皮を被って息を潜めているかわからないからな」
「……そうですね。俺も、実際に遭遇しましたし」
「ゾディア、という個体の話だな。そういったこともあって、我々は一つの仮説を立てたのだ。『千歳CEOは、既に魔障になり替わられているのではないか』とな」
「それで、さっきの芝居を打った、と」
「あぁ、そして結果は知っての通り。『アルゴス』の社員が魔障憑きとなっていることも考慮して、あらかじめ周辺の人払いと最大限の祓魔士の配備は済ませている。まさか、敵が一万なんて数だとは思わなかったがな――っと、少し待て」
天音さんが言葉を切り、耳元のインカムへ意識を集中させる。その整った顔立ちが、目に見えて険しく歪んでいく。それが如実に戦況の急速な悪化を物語っていた。
「……悪い知らせだ。地下で暴れているアガレスが予想以上に強力だったらしい。送り込んだ祓魔士が既に半壊状態だ」
「っ、お嬢……!」
血の気が引く。こうしてはいられない、急いで戻らないと――!
「――待ちなさい」
「っ!?」
駆け出そうとした肩を、強い力で掴み留められる。振り返ると、見覚えのある白衣が目に入った。
「白石先輩……?」
「少し待ってなさい――すぐに済むから」
そう言うと、先輩は慣れた手つきで俺の全身を触診し始める。
「……やっぱり、完治はしてないわね? それに、傷が増えてる。これじゃ、戦闘なんてしたらすぐに――」
「――それでも、行かないと。お嬢が、いやお嬢だけじゃない。懸命に戦う祓魔士の人たちだって! 俺の手で、一つでも助けられる命があるなら!」
「――それで、あなたが死んでも?」
吐き出された声は、掠れていた。
先輩の瞳は、底知れない暗闇に沈んでいる。まるで、俺が死ぬと確信しているかのように絶望を漂わせていた。
「……俺は死にません。必ず、生きて帰ってきます」
「そんな言葉で――!」
「だから! だから……戻ってきたら、また先輩のお世話になってもいいですか? 無事で戻ってくるなんてことは言えません。でも、必ず生きて戻りますから」
それが、俺があの部屋で考えていたことの一つ。俺一人の力でできないことだとしても、周りの力を借りればできるかもしれない。結局心配をかけてしまうのは心苦しいが――今俺に出せる答えが、これだった。
「……駄目よ。言葉だけで信じられるものじゃないわ」
「――そうですか」
だったら、仕方ない。先輩を振り切ってでも――
「だから、行動で示しなさい。そのためだったら、協力する」
そう言って差し出してきたのは――小包?
「これは?」
「私が調合した痛み止めと活力剤の混合薬。合法ギリギリの効き目と副作用がキツいやつよ。服用すれば、数分間は一定以上の痛覚をほぼ完璧に遮断できる。ある程度は疲労も無視できるわ。そのかわり、効果が切れた後はとんでもない痛みでのたうちまわることになるけど」
副作用の怖さに目をつぶれば、今の俺にとっては願ってもない薬。
「生きてさえいれば、必ず私が治す。そのために私は医者になったんだから。だから――自分で言ったことは守りなさい。私に、あなたを信じさせて……!」
縋るように叫ぶ先輩の瞳。そこに宿っていた闇が、微かに揺らいでいた。
「わかりました。必ず、守りますから!」
「――話は済んだか?」
「――っ、ひゃい!」
「……すみません」
遠慮気味に声が掛けられ、ここが指揮所であったことを思い出す。そうだ、急がないと――!
「神代蓮。誤魔化しても無駄だからはっきり言うが……対魔局は、まだ完全に君を信頼したわけではない。だが――君の相棒は魔障であるというのにその敵であるはずの我々に歩み寄ってきた。君を救うためにな」
「アルマが……」
「……なんだよ。当たり前だろ?」
視線をやれば、どこか照れ臭そうにそっぽを向く。
「故に、今回は君を信じる。我々に協力してほしい」
「言われるまでもないです。魔障憑きを倒し、人を守る――その一点において、俺は間違いなく対魔局の一員ですから」
「……これが、琴音が信奉するヒーロー、ということか――地上、ビル内部での戦闘はこちらが優位だ。地下の援護を頼む」
「了解しました――アルマッ!!」
「――やっと出番か! んっ!」
満面の笑みと共に、こちらに拳を突き出して来る。相棒が何を求めているのかは、明白だった。
「もう一度、頼むぞ」
「任せろ! そっちも、最高のヒーローを頼むぜ?」
コツン、と拳同士がぶつかる。一瞬の接触の後、触れていた感覚が消え、手の中には数日ぶりに見た俺たちを繋ぐ絆の具現が。
『ディードライバー!!』
そのまま装着し、アンプルを取り出す。
『DESIRE!』
『DAEMON!』
「――変身っ!!」
『OVERLAY――ッ!!』
『DEMON'S・END!! DEED!! UNITY!!!』
『We're the HERO!!』
「さぁ、行くぞ!!」
もう一度、さっきは逃げてきた道を遡る。胸の中に、「守る」という言葉の意味を抱きながら。
(流石に、これは厳しい……!)
「どうしたぁ! 雁首揃えて向かってきた結果がこれか!?」
蓮を逃がしてから数分。既に戦線は崩壊していた。敵は一体。対してこちらの人数は優に二十を超えていた。だというのに――
「『刃波』!」「『穿突』!!」「『穿突』っ!」
「無駄ぁ!」
複数人で取り囲んで攻撃しても、文字通り背中についた目が一切の不意打ちを許さない。絶え間なく繰り出される攻撃を捌き、時には魔力を放って反撃してくる。そんなことを繰り返しているうちに――
「さぁ、もはや貴様一人だな」
「くっ……!」
立っているのは私一人。周囲では倒れ伏した祓魔士たちが、うめき声をあげている。
(多人数であることの利点が少なすぎた……! このままじゃ、勝てない!)
「貴様とあの祓魔士がいなければ、こんな騒ぎを起こさずに済んだのだがな……」
余裕ぶっているのか、突然アガレスがそんなことを言い出した。
「……何の話よ」
「前回の『アルゴス』の一件。貴様らさえいなければあそこで話は終わっていたのだ。イレギュラー一つ消す為に、私が五年間積み上げた基盤を手放す必要もなかったというのに……全く、とんだ損失だよ」
「――知った事じゃないわね。魔障の苦労なんてどうだっていいわ。あんたは倒す、蓮は守る。それで終わりよ」
「ふん、その震えた足でか? ――もう限界だろう」
「それは、私が蓮を諦める理由にはならないのよ……!」
確かに、今にも膝から力が抜けそうだ。気を抜けば、私も他の祓魔士同様に地面に転がることになる。だとしても――蓮を害する、と明白に言い切ったこいつを、許すわけは行かない。
「これで終いだ。早くあのイレギュラーを追わんといかんのでな」
奴の手に魔力が収束していく。もはやそれを躱す術はなく、私にできるのは、残った全力を次の一撃に込めるだけ。
「――死ねぇっ!!」
「『刃波』ぃ!!!」
放たれた赤黒い魔力の波に、こちらも全力の一撃を叩き込む。
(……駄目! 押し返せない!)
一瞬の拮抗。そして、渾身の一撃は砕け散り、そのまま私を飲み込もうと赤と黒の波が迫り――
「――お嬢っ!!」
『DESIRE SLASH!!』
――それよりも前に、黒い背中が割り込んだ。流れ込む赤と黒を、蒼の光が分断する。
「れ、ん……?」
余力も使い果たし、ペタリと地面に座り込む。それでも、私がまだ生きているのは、目の前で蒼の刃を振るった彼のおかげで――
「すみません、遅くなりました」
(なんで……!)
逃がしたはずだった。今度こそ、私が守るのだと、決意して。それなのに――
(なんで私、この背中に安心してるの……!?)
私を救ったその背中は、間違いなく『ヒーロー』だった。
「――なんだ。私に殺されるためにわざわざ戻ってきたのか?」
「馬鹿言うな――倒しに来たんだよ」
『BOOST!』
蓮が腰のバックルを叩く。全身から赤と金の粒子を撒き散らしたと思うと、次の瞬間には視界からその姿が消えていた。
(速っ――!?)
「お、らぁ!」
「見えているぞ!」
しかし、あの百眼の魔人に死角という概念は存在しない。どれだけ速く動こうと、その視線から逃れることは不可能。
「まだだ……もっといける!」
『BOOST!!』
赤の軌跡を残し、蓮がアガレスの周囲を駆け回る。響く打撃音と、それに対処するアガレス。しかし、徐々に対応に遅れが見え始めていた。
「おのれ……!?」
「見えてようが、追いつけなきゃ同じだろ!」
『BOOST!!!』
三度響く音。霊力の尽きた私の目には、もはや赤い線が躍っているようにしか見えない。しかし、確実にアガレスの身体にダメージが入っていくのがわかる。
『THREE』
「っ! 知っているぞ! それが貴様が加速できる限界時間だな!」
「これで決めればいい話だ!」
『CHARGE ONE! TWO!! THREE!!!』
『FULL CHARGE!!! IGNITION!!!』
「――そうだな。決まれば、なぁ!!」
防戦一方だったアガレスが突如として防御姿勢を解く。そして、そのまま掌を向ける――蓮ではなく、私に。
「なっ――!?」
「――チッ!」
攻撃が来る。それがわかっていても、私の身体は動いてくれなくて。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
気付いた時には、目の前に激しい赤の光を撒き散らす背中があって。
『BOOST!!! DEED・FINISH!!!』
光が破裂する。あまりの眩しさと衝撃に、目を瞑った。
「流石に、肝が冷えたぞ……!」
聞こえてくる声に目を開くと、まず感じたのは地下に届くはずのない日の光。全身傷だらけのアガレスの後方に、地上までつながる大穴が空いていた。そして、それを作り出したであろう蓮は――
「くっ、そ……!」
力を使い果たしたのか。黒い装甲が消え、元の服装に戻っている。
「まさか、余波だけでここまでのダメージを負うとは思わなかったが――これで詰みだ」
「まだだ……俺は――ぐっ!」
立ち上がろうとする蓮だったが、びくりと身体を震わせたかと思うと再び倒れる。
(傷が――!?)
脳裏をよぎるのは、
「蓮……!」
必死に手を伸ばす。それでも、地面を這う私の手が届くよりも、アガレスが蓮に手をかける方が圧倒的に早くて。
倒れ込んだ蓮の首を掴み、そのまま持ち上げる。蓮は苦し気にアガレスの腕をつかむが、ただの人間の力でなんとかできるものではない。
「う、ぐ……っ!?」
「ではな、イレギュラー。せいぜい苦しんで死ね」
「駄目……駄目ぇぇぇぇぇっ!!」
叫んだところで何も変わらない。アガレスの手に力がこもり――
「先輩から……離れろぉぉぉぉぉぉっ!!!」
その腕を、閃光が掠めた。
「ぐっ!? 私の知覚外からの攻撃だと……!?」
突然の攻撃に動揺したのか、蓮を掴む腕から力が抜ける。そのまま、蓮が落下していき――
「――っと! 琴音、上出来だ!」
「はいっ!」
一瞬のうちに現れた女性がそれを受け止める。そして次の瞬間には私の隣まで蓮を抱えて後退してきていた。
「次から、次へと……!」
「いや~? もう一人いるんだな~これが~」
物陰から響いた声。そしてそこから放たれたのは幾重にも枝分かれした霊力の束。それに追われ、アガレスは私たちから距離を取った。
「あなた達、は……!」
「桐生凛音だ……妹たちが世話になったな」
「彼には用事があるから~、やらせないよ~?」
「すみません、お待たせしました! 桐生琴音、これより戦線に加わります!」
後に、『桐生の三姉妹』改め、『桐生の四姉妹』と呼ばれる心強い味方が、アガレスの前に立ち塞がった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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