【2章完結】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
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(…………ん)
意識が浮上する。どこかふわふわとした微睡から、全身の感覚が正常に働き始め――
「――――っ!?!?!?」
体中を激痛が駆け巡った。
あまりの激痛に神経が悲鳴を上げ、無意識にベッドの上でのたうち回る。だが、その振動がさらに傷口を刺激するという凄惨な負の連鎖。
『おっ、起きたか、蓮』
(アルマか……! なんだ、何がどうなってる……!?)
『とりあえず、起きたらナースコール? ってのを押せって白石パイセンが言ってたぞ』
(そ、そうか……っ!)
首を傾ければ、枕元にそれらしきボタンが見える。それに手を伸ばそうとして――気付く。手が、動かない。先程あれだけ跳ね回ったというのに、今は鈍い痛みを返して来るだけだ。
(すまんアルマ……! 実体化して押してくれ……!)
『しょうがねぇなぁ。俺も結構ギリギリだから、本当に押すだけだぞ?』
ポンッという軽い音と共に枕元にアルマが現れる――一糸まとわぬ全裸で。アルマはそれを意にも介さず、動けない俺の眼前にその滑らかな白い肌を堂々と晒しながら、その小さな手でナースコールを押した。
「お前っ、あれほど服は着ろと……!」
「だから、マジでギリギリなんだって。ほら、押したぞ」
「ちょっ、待て! そんな恰好で――!」
「神代君! 目が覚め――」
アルマがナースコールを押してから、わずか数秒。部屋の前に待機していたのではないかと思うほどの速度で扉が開いた。
「お、来たな。じゃ、俺はこれで」
固まったまま絶句する俺と白石先輩を置き去りに、あっけらかんと言い放ったアルマは光の粒子となって俺の身体の中へ消えていった。
病室に流れる、凍りついたような地獄の沈黙――先に動いたのは、白石先輩だった。
「……随分とお盛んね?」
「違います誤解ですっ!!」
ひどい誤解だった。全身の痛みも忘れ、思わず叫んでしまう。
「気にしなくていいわよ……? 男の子だものね。そういったこともあるわよね。大丈夫、分かってるから」
「違いますって! アルマのやつ、妙なところで人間の感性とズレてるから、あれを恥ずかしい恰好だと思ってないんです!」
『だって実際恥ずかしくないしな』
(だとしても! こういうことが起こるから、ちゃんと服を着ろと言ってるんだよ!!)
『はいはい、以後気を付けまーす。じゃ、パイセンも来たし、俺は寝るからな』
(あ、おい待て! せめて先輩の誤解を解いてから――!)
――本当に寝やがった。この状況、どうすればいいんだよ。
「――んんっ! まぁ、神代君の特殊な性癖の話は置いておいて……」
「俺としては置いておきたい話ではないですが……!?」
「置いておいて! ――まずは、無事に目覚めて良かったわ」
そう言って安堵の表情を浮かべる先輩。アルマのせいで妙な雰囲気になったが、そういった話をするために呼んだのだった。
「えっと……そもそも、俺ってどういう状況なんでしょう?」
ここで目覚める前の記憶は――アガレスを倒したところで途切れているような。
「『アルゴス』で起きた魔障憑きの大群と対魔局の戦闘が終わって、あなたを含む負傷者をこの病院に運び込んで――大体半日と言った所ね」
「なるほど……ちなみに、負傷者って――」
どれほどの犠牲が出たのだろうか。俺は地下にしかいなかったが、ビル内部も激戦だったらしいし、あるいは――
「――状況を把握した最初の質問がそれ? 普通は自分の身体のことでしょうに……」
白石先輩は眉をひそめて呆れて見せたが、その表情に悲壮感はない。どうやら、最悪の事態は免れたらしい。
「負傷者は大体30名くらい。内20名ほどは敵の首魁、アガレスとの戦闘による負傷。あなたや如月さんがここに含まれるわ」
「お嬢も、ですか」
「疲労こそあれど、軽傷だったから処置だけして帰したけどね。で、残りがビルに突入した祓魔士たち。こっちはほとんどかすり傷レベルね。同じく即日帰宅。なんでも、数が多いばっかりで大した魔障憑きはいなかったそうよ。おかげで奇跡的に死者はゼロで――一番の重傷者が神代君、あなたよ」
「……まぁ、そんな気はしていました」
一万の魔障憑きが現れたにしては、死者ゼロというのはできすぎなくらいの結果だ。問題は俺自身か……
「……それで、俺のこの状態は一体? まるで身体が動かないんですが」
「身体が動かないのはあなたがまた無茶をしたからでしょうね。私が渡した薬は、あくまで痛みや疲労を先送りにするだけのもの。それを服用した上で、更に無茶やったって聞いたわよ」
「……まぁ、そうせざるを得なかったというか――」
「今回は私も背中を押したようなものだしとやかくは言わない。ただ、しばらくは入院ね。経過観察と――ついでに、あの薬の副作用のデータも取らせてもらうわ。滅多に取れるものじゃないから」
「わかりました」
一通りの説明を終えると、先輩は小さく息を吐き出し、ベッドの脇のパイプ椅子に深々と腰掛けた。
「――本当に、生きててよかった。いきなり地面を蹴破った挙句、空中であなたが生身に戻ったときは生きた心地がしなかったわ」
「俺もですよ……凛音さんがいなきゃ、どうなってたか――」
「……凛音さん?」
「知りませんか? 桐生家の祓魔士で――」
「いえ、それは知っているのだけれど――まぁいいわ」
何か妙な棘のある反応……これ以上深掘りしない方が賢明だろう。
「とにかく、あなたは約束を守って帰ってきた……それで十分よ」
「……約束しましたからね。身体だけじゃなく、心もちゃんと守るって」
「えぇ。あなたを信じてよかった……だから次は私の番よ。必ず、あなたを完璧に治す」
そこには単に俺の生存を喜んでいるだけとは思えない感情が滲んでいた。以前からあった、この重みの源泉は何なのだろう。
「聞いていいのかわからないですけど――なにか、思うところがあったんですか?」
「――そうね、深くは言わないけれど。昔、あなたによく似たバカな人がいたの。誰かのために、って自分を省みずに走り回って、傷ついて――最期には、私を庇って死んでしまった、そんな人が」
「……それで、『心も守れ』ですか」
「えぇ――勘違いしないでほしいのだけど、今の私にとっては既に過去の事よ。ただ、目の前で同じような馬鹿な真似をしている後輩には、釘を刺そうと思っただけ」
そう話す先輩の顔には、確かに陰りはない。その割には俺に説教してくれた時の表情は真に迫るものがあったが――
(もし、俺が生き残ったことが、少しでも先輩が抱えてたものを軽くできたのなら、嬉しい――自意識過剰だ、って言われるだろうけど)
「それじゃ、私は行くわね。入院中は引き続き私が主治医だから、何かあったらすぐに呼びなさい」
「はい、よろしくお願いします。白石先輩」
「……雛乃でいいわ」
「はい?」
「呼び方。親しい人間にはそう呼ばせてるの。それなりに付き合いも増えたし、ね」
「はぁ……わかりました。雛乃先輩」
「ん。よろしい。それじゃあ、お大事にね」
扉が閉まる。出ていく直前、先輩の耳が赤く染まっているように見えたが――まさか、照れていたのだろうか。
(いやいや、ないな。先輩に限って……っと)
――コンコンコン
益体もない思考を打ち消すように、控えめなノックの音が響いた。
「どうぞ」
「っ! 蓮、起きたのね」
「お嬢……」
「とりあえず……無事でよかったわ」
「すみません、ご心配をおかけして――」
「あぁ、いいのいいの。わざわざ謝らなくても」
「へっ?」
てっきりまた怒られるかと思っていたんだが。お嬢の声色は妙に優しく、明るい。
「自分から謝らなくてもいいわ――今から、私が一つずつ問い詰めるから」
訂正、一瞬で声のトーンが氷点下まで落ちた。めちゃくちゃ怒っている。
「まずは何からいきましょうか。ディードの件を隠していたこと? 素知らぬ顔で私とディードについて話していたこと? あれだけ言ったのに、私に隠れて夜に出歩いてたこと? どれがいい?」
「えっと……」
「隠し事は無意味と思いなさい。あんたがディードになってからのことは、一通りアルマから聞き出してるんだから」
(怖い怖い怖い怖い! アルマのやつ、何をどこまで話したんだ……!?)
ベッドの上から動けない無防備な今の俺にとって、お嬢の放つ静かな圧迫感は恐怖以外の何物でもなかった。
「ディードについて隠していたことについては……すみませんでした。流石に魔障を体内に飼っている、とは言い出せず……」
「そうね。もし言われていたら即座にあの子を斬ってたでしょうね。そうすればあんたが危ない行動をすることも無くなってたでしょうし」
「で、ですよね……」
やはり俺の判断は間違っていなかったらしい。
「それで? 他に言うことは?」
「……言いつけを守らず出歩いてすみません?」
「えぇ、そうよ。ディードの力を得たのはいい。それで自分の身を守るのもいい。でも、自分から危険に飛び込むのはおかしいわよね?」
「そ、それはその……パトロール、的な?」
「それは祓魔士の仕事よ――昨日言ってた、『人探し』のためかしら」
「……はい。見つかるかも、と思うとどうしても……」
相手は恐らく祓魔士だ。日中に街中を出歩くより、夜に探した方が見つかる確率は高い。
「『人探し』ねぇ……アルマもそこについてはぼかしてたけど――話す気はないの?」
「――ないです。こればっかりは、絶対に」
ここは譲れない。話すとしても、それはせめて決着がついてからだ。
「……そう。それじゃ次」
「まだ、ありますか……?」
「これが一番大事よ――これからも、戦うつもり?」
ここまで俺を咎めるような鋭い視線だったお嬢が、ふと瞳を揺らし、縋り付くような弱々しい気配を見せた。
きっと、お嬢は『否』という答えを望んでいるのだろう――だが、俺の答えは決まっている。
「……必要がある、と俺が判断すれば、そうなります」
「それは、自衛目的……だけじゃないわよね」
「そうですね。もちろん自衛もしますが――目の前で誰かが魔障に襲われているなら、俺は迷わず手を伸ばします」
「――そう。わかったわ」
……? もっと反論されるかと思ったが。
「なによその不思議そうな顔は……止めないわよ。どうせ私がどれだけ泣いて引き止めても、あんたは行くんでしょう?」
「それはまぁ、そうですけど」
「それに、『人探し』だけなら考えたけど、『人助け』でもあるみたいだしね。だから――やり方を変えることにしたの」
「やり方、ですか?」
「えぇ――あんたが元気になったら、徹底的にあんたを鍛える」
「――はい?」
「前々から思ってたのよ。それが昨日の戦いで確信に変わったわ――あんた、戦い方が下手」
「そ、そんなはっきり……」
「事実でしょ。一見無駄がない、合理的な行動に見えるけど。それは裏を返せば読みやすい単純な動きでしかない。そこらの魔障憑きならまだしも、今回みたいに強力な魔障と戦うなら、ちゃんとした戦闘技術を身に付けるべきよ」
バッサリと言い捨てられる。そりゃ、体は鍛えてたけど戦い方なんて学んだことも無いし、素人なりにやってただけだからな……
「あんたが危険に首を突っ込むのはもう仕方ない。だから――それを跳ね除けられるくらい強くなりなさい。そうすれば、見逃してあげる」
「……はい!」
「厳しくいくから覚悟しておきなさい――それじゃ、今日は帰るわ」
「えっ」
「……なによ?」
「……いえ、てっきり前みたいにずっと居座るのかと」
前に入院した時は強権を振りかざしてまで俺の傍を離れなかった。そんなお嬢があっさりと帰ろうとするとは。
「――何? もしかして私がいないと寂しいのかしら?」
「違いますから……!」
露骨ににやつくんじゃない。
「一応、私も怪我人だからね。ほどほどにしておくわ――その分、帰ってきたらみっちりしごいてあげる」
「……お手柔らかにお願いします」
「嫌よ。一切手抜きはしない。全力で叩き込むから、せいぜい頑張ることね」
捨て台詞を残し、お嬢は颯爽と病室を後にした。退院後のことを思うと少しだけ気が重いが、一番身近な人間に対しての特大の隠し事がなくなった点を加味すれば、差し引きはプラスか。
(ひとまずはさっさと身体を治す。後のことは後になってから考えるか……)
とにかく、今は身体を休める。瞼を下ろし、穏やかな微睡の中へと意識を浸していった。
――コココン!
(――ん)
どのくらいの時間眠っただろうか。激しいノックの音が、俺の意識を現実へと引き上げた。
(ん……多少はマシになったか?)
先程に比べるとわずかだが身体が動く。流石に動き回るのは無理そうだが、ベッドの上でならある程度自由がききそうだ。
――コココン!
「っと! どうぞ!」
身の回りの確認をしていると、再びノック音が。そういえば、それで目覚めたのだった。
「失礼します!」
「お邪魔するね~」
「琴音……もう少し静かにだな」
「大勢で押しかけてしまってすまないな」
ガラリと扉が開き、賑やかな足音とともに入ってきたのは桐生家の四人姉妹。天音さんは入り口のあたりで立ち止まり、最初に桐生が枕元に近寄ってきた。
「先輩、お加減はいかがですか?」
「まだ身体は重いけど――怪我自体は大したことないらしい」
「それはなによりだよ~」
「君が落ちてきたときは驚いたが――無事でよかった」
「いえ、凛音さんがいなかったら普通に死んでましたから。改めて、本当にありがとうございました」
「気にするな。対魔局を蝕んでいた巨悪を倒した男を、あんなところで失うわけにもいかないだろう」
あの高さから落下すれば、生身の人間など一瞬でひき肉だ。本当に凛音さんは命の恩人である。
「「…………」」
「ん? 桐生に、先輩まで。どうかしました?」
「……いえ、もう少し様子を見ることにします――それより! 先輩がディード様だったんですね!?」
「……あっ」
目がやばい。桐生の瞳に、爛々と妖しい光が宿っている。昨日は戦闘の真っ最中だったからそんな暇はなかったが、こうして落ち着いた状態で桐生と向き合うと、明らかに言葉にこもった熱量が高い。
「まさか、私の一番の推しであるディード様と先輩が同一人物だったなんて……! 私、お二人のおかげで凄く強くなったんですよ! なので、ご本人にちゃんと感謝を伝えたいと思っていたんですが――」
「ま、待て……」
「いえ、それだけじゃないですよね……昨日お見せいただいた新しい力についても語っておきたいですし――とにかく! お話したいことがたくさんあるんです!」
「――そのくらいにしておけ。彼はまだ万全じゃないんだぞ」
「り、凛音さん……!」
「……そう、ですね。では、退院後に改めて!」
(すごい、一気に鎮火した)
これが姉妹のという関係性から生まれる言葉の力なのか。それにしては妙に桐生が凛音さんを見る視線に棘が含まれている気がするが。
「――じゃあ~、次は私の番だね~」
「……先輩」
続いて歩み出てきたのは桐生先輩――語尾の伸ばし方はいつも通りだが、その瞳にはどこか影があった。
「まず最初に~、君に謝っておかなきゃいけないんだ~」
「……? なにを、です?」
先輩に謝られるようなことがあっただろうか。
「君の正体を暴いて~、対魔局に引き渡して閉じ込めちゃったこと~。私、すごく後悔してるんだよ~?」
「……あぁ、そういうことですか」
そういえば、そんなこともあったか。激動の展開ばかりで忘れていたが、雛乃先輩もそんなことを言っていた。俺を捕縛した桐生先輩が、気に病んでいた、と。
「別に謝られるようなことじゃないでしょう? 先輩は自分の仕事をこなしただけですし。悪いのは正体を隠して動いていた俺の方です」
「でも~、私がうまくやれば、もっと平和的に君と対魔局を繋げられたんじゃないか、って思ってね~」
「うーん……」
どうにも居心地が悪い。俺としては全面的にこちらに非があると思っているのだが、先輩は先輩で責任を感じてしまっているらしい。困っていると、再び凛音さんから助け船が出された。
「神代君、鈴音の謝罪を受け入れてやってくれないか? 君を捕縛した日から、家でもずっとこんな調子でな」
「と、言われても……」
俺は一体何を許せばいいのだろうか。
「鈴音を助けると思って、頼む」
「……わかりました。先輩」
「なに~?」
「正直、俺は全く気にしていませんし、謝られる理由もないと思っていますが――先輩が俺に申し訳なく思っているということは理解しました。なので――貸し一つ、ということでいかがでしょうか」
このあたりの着地点が一番収まりが良いだろう。できるだけ後腐れはなくしておきたい。
「……それでいいの~?」
「先輩がそれで納得できるなら、俺は構いません」
「……そっか~。うん、わかったよ~! 必ず力になるから、なんでも言ってね~?」
「……軽々しく『なんでも』とか言わない方がいいですよ」
「え~? だって君は悪い事しないでしょ~? あ、連絡先交換しとこっか~!」
無邪気な笑顔でスマホを取り出す先輩。この人、プライベートだとこんなに警戒心薄い人だったのか。接している時間のほとんどが鉄火場だったから気付かなかった。
「さて、鈴音が満足したところで――我々は引き上げるとしよう。押しかけてすまなかったな」
「いえ、凛音さんも、わざわざありがとうございました」
「構わないさ。妹たちが世話になったようだし――私としても、一度しっかりと見てみたかったからな。家でも対魔局でも噂になっていた噂の『ヒーロー』のことを」
「そう言われると少し気恥ずかしいですね……俺自身は『ヒーロー』だなんて胸を張れる人間ではないので」
「そんなことはない。もう少し自分のことを大切にしてほしいとは思ったが――誰かのために立ち上がる君の姿は、間違いなく尊いものだったよ」
「凛音さん……」
この人とは会ってまだ間もない。だからこそ、凛音さんからの賞賛には含みが無かった。
「ではな。さっきも言ったが、自分はもう少し大切にするんだぞ――琴音、鈴音、行くぞ」
「……凛姉、待ってください」
「うん~。ちょっとだけ待ってね~?」
……なんだ? 二人から、なにか底知れない圧を感じる。これは――?
「……先輩。凛姉のことはなんて呼んでますか?」
「へっ? いや、普通に『凛音さん』だけど」
「じゃあ~、天姉さんは~?」
「……『天音さん』?」
入口のところで静かに見守っていた天音さんに視線を向ける。
「……好きに呼べばいい」
「では……私は?」
「桐生」
「なんでですか!?」
「えっ、なにが!?」
「私は~?」
「桐生先輩」
「なんで~~??」
「いや、こっちが『なんで?』ですけど……!?」
一体、何を突っかかってきてるんだ。
「私、この中では一番先輩との付き合い長いですよね!?」
「……まぁそうだな」
一か月と少しくらいだけど。
「なのになんで私は『桐生』で、凛姉と天姉は名前呼びなんですか! おかしいでしょう!?」
「だって『桐生』って呼んだら誰のことかわからないだろ……? 先輩は『先輩』で呼び分けられるけど」
「そういうとこだぞ~!」
「だからなにがです……!?」
「――神代君、そういうところだぞ」
「凛音さんまで……!?」
奥では天音さんも明らかに呆れた目を向けてきている。どうやら、この部屋に俺の味方はいないらしい。
「どうやら先輩は全く理解できていないようなのではっきり言いますが――」
「あぁ、頼む。まるでわからん」
「――不公平だ、という話です!」
「私たちも~! 名前で呼べ~!」
雛乃先輩といい、今日は似たようなことを言われる日だな……
「……はぁ。なるほど。では『琴音』に『鈴音先輩』ということで」
別に呼び方に拘りはない。その程度なら……
「「…………」」
視線を向けると、二人は同時に顔を耳まで真っ赤に染めて黙りこくった。
「――照れるぐらいなら言うんじゃないよ……」
「……コホン。二人とも、もういいな? 今度こそ失礼する」
「あ、はい。お疲れ様です」
「まったく……ほら、行くぞ」
顔を真っ赤にした琴音と鈴音先輩の首根っこを掴み、凛音さんが引きずりながら退室していった。
病室に残されたのは俺と――天音さん。
「さて、入院中の身には悪いが、もうしばらく付き合ってもらうぞ」
「それは構いませんが――」
「まず初めに、アガレスの討伐への協力、感謝する」
「ちょっ!? やめてください!」
そう言って深く頭を下げる。感謝と言っても、俺は俺のために戦っただけだ。
「君と君の相棒がいなければ、いつの日か対魔局はアガレス――千歳の傀儡と化していただろう。奴はそれだけの影響力を持ちつつあった。それを考えれば、当然のことだ」
「いや、でも……」
「私個人としては、君に極めて好意的な立場だ。妹たちも君をすっかり気に入っているようだしな。今後とも仲良くしてやってほしい」
「こちらこそ……?」
「そして――ここから先は別の人間に代わろう。今後の君と対魔局の関係について、相応しい人物に話していただく」
そういって天音さんは病室の扉を開く。そこから現れたのは――
「――失礼する」
(――――は?)
流れるような銀の髪をなびかせる、圧倒的な威厳を纏った妙齢の女性。
その顔を目にした瞬間――俺の全身の血が、一瞬で沸騰した。
「こうして会うのは初めてだな。対魔局司令官の皇鏡華だ」
「――あ……っえ……?」
「……大丈夫か? 少し妹たちに付き合わせ過ぎたか」
「……いえ、問題ありません。初めまして、神代蓮です」
この女性が、対魔局の頂点。この、女性が。
「まずは感謝と謝罪を。先程桐生が言ったように、君たちがいなければ、我々は千歳の思うままになっていた。そして、魔障と戦う同士を、疑いの目で見てしまった。すまなかった」
「いえ……俺自身、怪しい動きをしていた自覚はありますから」
「後日改めて、お互いの保有する情報をすり合わせたいとは思っているが、今の君には酷だろう。今日は顔見せだけにしておこう」
「そのために、対魔局のトップがわざわざ……?」
「それだけ、君という存在を重要視しているということだ。それに、輝夜さん――君の母君には昔世話になった。私としても、君とは友好的な関係を築きたいと思っている」
「……そう、ですか」
「まぁ、今日は本当に顔見せだけだ。ここで失礼するとしよう。詳しい話は後日、場を改めて」
それだけ言い残し、皇司令は退室していく。ピンと伸びた背筋と、隙のない足運び。洗練されたの戦闘者の振舞いだった。
「まぁ、そういうことだ……本当に大丈夫か? 顔色が悪いが――」
「……少し、驚いてしまって」
「無理もないか。私も行くよ。ゆっくり休んでくれ」
「えぇ。ありがとうございました」
天音さんも去り、騒がしかった病室に静寂が戻る。だが、俺の内心は嵐のように荒れ狂っていた。
(……
ようやく。ようやくだ。どれだけの年月を経ようが、脳裏に焼き付いたあの顔を、忘れるわけがない。
全身が燃えるように熱い。全細胞が歓喜と怒りに打ち震えていた。
(やっと見つけた――あの女を)
皇鏡華。対魔局の司令官を名乗ったあの女性は――5年前のあの日、血の海に沈む両親の傍にいた、あの女と同じ顔だった。
「あー、もしもし? 聞こえてます?」
『聞こえている……わざわざ直接連絡を寄越すということは――『支配』が逝ったか』
世界の片隅と片隅を繋ぐ通話。
「そういうことです。これで私が把握している限り、魔王の座に届きうる、力ある『DEMON』は我々だけになりました」
『
「お察しの通り、例の戦士――名前はディード、というらしいですよ」
明るく軽い声と、厳格で厳かな声が会話を続ける。
『そうか……! ならば、私がもらう。異論はないな?』
「えぇ、どうぞご自由に。邪魔はしませんとも」
『貴様は久方ぶりの好敵手となるか――ディード……!』
興奮を隠せない様子のまま、通話が一方的に切断された。残された女性は小さく息を吐き出す。
「ディード……予想以上の逸材だ。もう少し、調べておいた方がいいかな?」
カタカタ、とキーボードを叩き始める。高度に発達した情報化社会では、パソコン一つで世界中と情報のやり取りができる。そして、この女性にとって、その方法は――
「……よし、始めますか――雑談配信を!」
動画配信、であった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第二章完結となります。
今回同様、第三章が書きあがり次第、連載を再開いたしますので、是非お気に入り登録をしてお待ちください。少し立て込んでおり、今回以上にお待たせしてしまうかもしれませんが、10月中に更新再開できるよう、鋭意執筆中です……!
ここまでの感想、評価も是非よろしくお願いいたします。
それでは、次章もお楽しみに……