女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる   作:maki@

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Rの精勤/如月家次期当主

「――はぁ」

 

 早朝。ため息をつく俺の目の前には、「ガス漏れ事故のため立ち入り禁止」の看板。

 

 昨夜、スマホに届いたテキストは極めて簡潔な一行だった。『現場処理、早朝のうちに』。後は位置情報が一つ添えられているだけ。送信者の名前はない。俺が所属する魔障対策局【情報統制班】からの連絡はいつもそうだ。

 

(三日連続で同じ文章なのは流石にどうなんだ)

 

 そんな不満を飲み込み、封鎖用のロープをくぐる。しばらく歩くと、今回の『現場』が目に入ってきた。

 

「ふむ……」

 

 高架下のコンクリートに、爪痕が残っていた。

 

 幅は指三本分。深さは五センチを超える。四本が等間隔に並んだ溝は、コンクリートに賽の目を描くように刻まれている。

 

(昨日と同じ――いや、深いな)

 

 頭の中で昨日、一昨日と見た同様の痕跡と照らし合わせる。日を追うごとにその深さが増している。

 

『大方、宿主の侵食率が上がったんだろ。それで少しずつ魔障としての膂力に寄ってる。あまりのんびりしている猶予はないぞ』

 

(と言っても今の俺(統制班)にできることなんてこの爪痕を隠すくらいだからな。魔障憑きの捜索と対処は戦闘班の管轄だ)

 

 工具箱から補修材を取り出した。コンクリート用の特殊な充填剤。抉られた溝を埋めて、コテで表面を平らにならしていく。完璧には元に戻らないが、通りすがりの一般人に気づかれない程度にはカモフラージュできる。本格的な補修は、対魔局の息のかかった業者に任せる。

 

 作業を淡々とこなしながら、俺は壁の溝を細かく観察していた。

 

 断面は驚くほど鋭い。爪の先端が刃物のように研がれているのだろう。あるいは欲望の性質上、そういった異形の形状へと収束していった結果に他ならなかった。指先を溝に沿わせると、見た目以上にその凶悪な深さを実感する。視線を下に向ければ、点々と抉られた形跡のある芝生。

 

(この地面の形跡――脚力もそれなりに強い個体か。中々骨が折れそうだな。しっかり報告しておこう)

 

『悠長だなぁ? どうせお前、ここまでの痕跡からこの魔障の性質はある程度見当がついてるだろうが。さっさと俺たち(ディード)が倒さないと、侵食が完了するかもしれないぞ?』

 

(お前は俺を戦わせたいだけだろうが。普通に上に報告すればそれで十分なんだよ。戦闘班に任せておけばいい)

 

 追加の補修材を壁の深い溝に押し込みながら、脳内でデータを積み上げていく。破壊の規模、足跡とみられる形跡の幅。爪痕の間隔と長さ。敵の身体スペックを逆算し、その予測値を算出する。戦う人間のために一つでも多くの情報を。この仕事を始めた頃から変わらない、習慣の一つ。

 

 戦う力を持たない俺にとって、これこそが『戦い』だった。

 

 

 

 眠い目を擦って午前中の授業を終えた昼休み。俺は宿直室のデスクに腰を落として、端末のキーボードを叩いていた。

 

 昔は名目通りの用途で使われていたらしいこの部屋も、現代では無用の長物。今となってはお嬢(学園長の娘)が我が物顔で休憩室扱いする部屋となっていた。俺も、そのおこぼれにあずかる形で部屋の鍵を所持している。

 

 端末の画面に表示されているのは、対魔局への報告書のテキストファイル。朝の現場状況、推定される魔障憑きの身体スペック、欲望のモチーフと行動パターンの推測。事実とそれに基づく確度の高い推測。必要な情報だけを簡潔にまとめる。

 

(主な攻撃は鋭利な爪による近接格闘。現場に残された足跡から、一跳びで4~5mほどは跳躍できると思われる。対処する際は間合いと視線に注意されたし。連日の痕跡から考えると――)

 

 一通り書き終えて暗号化ファイルを添付し、送信。

 

 返信は来ない。来たこともない。

 

『毎度思うけど、ずいぶんドライな職場だな。挨拶の一つもありゃしない』

 

(俺の直属の上長が誰なのかも知らないし、他の人員と顔を合わせることも多くない。バックアップの、それも学生の雑用なんてのはそんなもんだ)

 

『そんなもんって……人間の組織ならお互いの名前くらい把握するもんじゃないのか、普通』

 

(対魔局は普通の組織じゃない。警察庁と防衛省の裏で極秘に運営されている機関で、一般人はおろか政治家の大半も存在すら知らない。祓魔士として戦う戦闘班ならともかく、裏で動く男は顔も名前も必要とされない代わりの効く人員。そういう構造なんだよ)

 

『……それでいいのか。それで腹も立たないのか』

 

 珍しく真剣な声色。今の会話に思う所でもあったのだろうか。

 

(別に、怒る意味がない。身体的構造に伴う合理的な役割分担の結果だ)

 

『……そうか』

 

 それ以上の追及はなかった。思考を打ち切り、端末を閉じる。

 

「……蓮? 終わったの?」

 

 背後から声。室内に設置された仮眠用のベッドで寝転がっていたお嬢だ。昼休みはここで一緒に昼食を摂るのが習慣だった。

 

「はい、終わりまし――」

 

 鋭い視線。

 

「――終わった。待たせたな」

 

 俺の返答に満足げに頷くと、紗夜は立ち上がってテーブルに向かう。他の生徒がいないとはいえ、学園の一室でまでこの振舞い(幼馴染)を求めるのはやめてほしいのだが……

 

 嘆息しつつ昼食――流石に時間がなかったので普段より手抜きだが――の準備を始める。

 

「先に食べててもよかったんだぞ?」

 

「私が好きで待ってるんだからいいの。お母様もよく言うじゃない。『食事はできるだけ一緒に』って」

 

「まぁ、それはそうなんだが……」

 

「いいから、早く食べましょう? もうお腹ペコペコよ」

 

「はいはい、もうちょっとだけ待っててくれ」

 

 そうして持ち込んだ弁当を広げて昼食を終え、しばらく経った頃。

 

 紗夜は食後のお茶を飲みながら、窓の外の景色をじっと見つめていた。

 

「今夜、学園周辺の夜間見回り担当になったのよね」

 

「パトロールか」

 

「新人の教育を兼ねた見回りだけどね」

 

 俺は自分のカップにもお茶を注ぎながら、頭の中で地図を展開した。ここ三日の現場の位置と、学園周辺の夜間パトロールエリアの位置関係。

 

 ……可能性は、高い。

 

「ひとつ、耳に入れておきたいことがある」

 

「なにかしら?」

 

「ここ三日、毎朝俺が駆り出されてるのは知ってるよな?」

 

「ええ。おかげで朝食は味気ない食パンだし、お母さまも若干ご機嫌斜めよ」

 

「……その時の現場の話なんだが」

 

「おい、無視か」

 

 俺にどうしろと。文句なら連日仕事を下ろしてくる対魔局にどうぞ。

 

「……それで、三日連続で似たような爪痕が残されてたんだ。まるで縄張りでも示すみたいにな」

 

 思い起こすのは少しずつ深くなる、しかしほぼ確実に同じ魔障が刻んだ形の爪痕。

 

「同一犯ってこと?」

 

「おそらくは。しかも、日に日に爪痕が深くなってる。宿主の侵食が進んでるんだろう」

 

「へえ。わざわざそれを今言うってことは……」

 

「三か所の位置から推定すると、今夜から明日にかけて、学園近辺のエリアに現れる可能性が高い」

 

「……なるほど。ちょっと面倒な話が出てきたわね……」

 

「いつ侵食が完了するかもわからん。できれば今夜中に討伐しておいた方が良いと思う。身体的なスペックは高いが――紗夜ならそう苦戦もしないはずだ」

 

「ふうん」

 

 紗夜はカップを傾け、目を細める。

 

「頭には入れておくわ。新人はいるけど、その分サポートの人員も多いから討伐自体はできるでしょ」

 

「ぜひ討伐してくれ。俺の安眠のためにも」

 

「……そうね。俄然やる気が出てきたわ。お母さまの不機嫌と質素な朝食とおさらばするためにも、ね」

 

 目をぎらつかせ、拳を握る紗夜。彼女の頑張り次第で俺の明朝の行動が決まるのだ。本当に頑張ってほしい。

 

『いや、お前が自分で行けばいい話なのでは?』

 

 わざわざ祓魔士とかち合うとわかってる場所に行く馬鹿がいるか。

 

 

 

(いるんだよなぁ……)

 

『蓮、早く変身するぞ! あの魔障憑きもう負けそうだ!』

 

 夜の高架下は、深い霧で白く濁っていた。その霧の向こう、複数の人影が文字通り激しい火花を散らしている。時折漏れ出るまばゆい光は、祓魔士たちの霊力の輝きだろう。

 

(尚更俺が行く必要はないだろ。流石お嬢だ、綺麗に追い詰めてる)

 

 俺は別の高架の上、手すりから身を乗り出して、その戦況を静かに観察していた。変身はしていない。あくまで最悪の事態に備えた様子見の予定だ。

 

『じゃあ何のためにわざわざ来たんだよ!』

 

(一応の確認、かな)

 

 万が一お嬢があの魔障憑きを取り逃がしたら、明日も朝から仕事だ。できればそれは避けたい。夕食の際、それとなく話を振った時の当主の機嫌の悪そうな顔は予想以上だった。明日の朝は三人揃っての朝食にしなければ。

 

 濃い霧の中でも、お嬢の無駄のない動きはよく見えた。霊衣を纏い、霊刀『残月』を構えて、静かに間合いを測っている。お嬢と魔障憑きを囲むように、他の祓魔士が包囲網を敷いていた。

 

 魔障憑きが動いた。高架の太い柱を蹴り、目にも留まらぬ速度で直線的に突進する。

 

 対するお嬢は右に半歩だけ、滑らかに動いた――ように見える。流石に完璧には見えないが。

 

 しかしそのわずかな移動だけで、一直線に閃く凶悪な爪撃が空を切る。

 

 すれ違いざまに『残月』が鮮やかに翻った。魔障憑きは右腕を押さえ、大きくよろめく。ここまでの戦闘で、すでにその体には無数の切り傷が刻まれていることだろう。

 

『戦ってるとこは初めて見たけど――お嬢サマ強いな!』

 

(あぁ。おそらくは『独占欲』……それも身体能力に特化した魔障憑きを、こうも手玉に取るとは)

 

 強い。本当に強い。魔障憑きは速度を活かした直線の突進を何度も繰り返すが、お嬢はその都度、わずかな動作で軌道を外し、手痛い反撃を入れ続けた。一度も正面から攻撃を受けていない。

 

 これが如月紗夜――如月家の次期当主だ。その辺の魔障憑きなど、相手にもならない。俺が最後に見た時よりも、更に強くなっている。

 

 そのうち、魔障憑きの動きが目に見えて鈍ってきた。何度も斬られ、体力を削られている。もはや詰み一歩手前だ。

 

(まぁ、これなら心配いらなかったか……ん?)

 

 その時、魔障憑きが不自然な動きを見せた。これまで愚直に突進を繰り返していたのに、突然周囲に視線を巡らせている。そして、その視線が一点で止まった。

 

 包囲網の一角。高架下の端に、新人らしい祓魔士が一人、気圧されたように立ち尽くしているのが俺にも見えた。

 

(……まずいか?)

 

 魔障憑きが標的を変えた。

 

 お嬢が即座に追う。しかし距離があった。霊力の強化があるとはいえ、速度に秀でた異形に追いつくのは容易ではない。

 

 魔障憑きは一直線に新人らしき祓魔士へ向かって加速する。新人は迫り来る速度と圧力に気圧され、構えを崩した。次の瞬間、全力の突進が新人に叩き込まれ、大きく弾き飛ばされた。

 

 包囲網の一角に穴が開く。魔障憑きは迷わずそこへ走り込んだ。

 

『おい蓮! あいつ逃げるぞ!』

 

(わかってる!)

 

 お嬢が追いかける。他の祓魔士も動いた。しかし魔障憑きは霧の中であっという間に距離を離していく。逃走する方向は――あっちか。

 

 俺は手すりから離れ、懐からアンプルを取り出した。

 

「……仕方ない、行くぞ」

 

 『DESIRE!』

 

 今夜の安眠は、自分の手で勝ち取るしかないらしい。

 

 

 

 

 

 

 霧に濡れた路地を、一体の魔障憑きが駆けていた。全身に傷を負い、しかしその健脚に陰りは見えない。

 

 背後からの気配が薄れ、追跡を振り切ったと判断したのか、その速度が僅かに落ちる。高架下から抜け、細い路地を直線に走り、次の角を曲がれば――

 

 その時、暗がりから、影が立った。まるで行く手を塞ぐように。

 

 漆黒の装甲。赤い眼光。

 

 『D・D・O!! ディード!!!』

 

 『I'm a HERO!』

 

 奇怪な機械音声の残響と共にそこに立っていたのは、魔障憑きにとっての『終わり』だった。

 

 

 

 

 

 

(なんとか間に合ったか)

 

『お待ちかねのヒーロータイムだ! 華麗にいくぜ?』

 

(そんなもんは知らん。お嬢たちが追いつく前に……さっさと片を付ける!)

 

「……なんだ、お前は」

 

 魔障憑きが速度を落として止まった。進路に現れた予想外の障害を警戒している。

 

『――っ!! 蓮、蓮!! 今だ! あの台詞を言うときだぞ!』

 

(うるさっ!? なんだいきなり!)

 

『いいから! こういう時はこう言うんだよ!』

 

(……それに何の意味があるんだ)

 

『俺のテンションが上がる! 引いてはディードの戦闘力もちょっと上がるぞ!』

 

「おい! 黙ってないで何とか言ったらどうだ!? 轢き潰すぞ!」

 

……まぁいいか。別に減るもんでもない。

 

 

 

「――通りすがりのヒーローだ。覚えなくていい」

 

 

 

「――はぁ? なんだそりゃ!」

 

『うっひょー!! まさかこれを言える日が来るとは!』

 

 絶句する魔障憑き。そりゃそうだ。言った本人もよくわかってないんだから。喜んでるのは脳内で騒ぎ続けているこいつだけだ。

 

(おい、さっさとやるぞ! バスターだ!)

 

『あいよっ! 今日の俺は出力二割増しだぜ!』

 

ディードバスター!!

 

「はっ!」

 

 手の中に現れた巨大な銃。牽制がてら弾をばらまいてみる。

 

「ちっ! おらぁ!」

 

 いくらかは当たっているものの、強引にこちらに迫って来る。

 

(効果が薄いか……なら!)

 

 射撃を中止し、銃口側に左手を添える。そのまま銃口から柄の先端が一直線になるように傾けた。

 

『SWORD MODE!』

 

 銃口側のパーツが展開し、折り畳まれていた黒い刃が鋭く伸長する。魔力を帯びた刀身が妖しく輝く、一振りの剣が完成した。

 

「訳の分からないやつ……! 邪魔するなら容赦しねぇぞ!」

 

「……来いっ!」

 

 先程も見た、最高速の突進。まっすぐに、迷いなく、全力で。こちらを吹き飛ばそうとする動き。

 

 だが、俺は動かなかった。

 

 脳裏に走るのはこれを捌いていたお嬢の無駄のない動き。

 

「おらぁぁぁっ!」

 

「――ここだっ!」

 

 直撃の寸前、半歩だけ体をずらす。

 

 魔障憑きの爪が空を切った。すれ違いざま、黒い刀身が鋭く閃く。

 

「ぐっ!?」

 

『おぉ! 今のかっこいいな!』

 

 重い一撃を脇腹へと叩き込むと、魔障憑きはガクリと足を止めた。そのままよろめいて、壁に手をつく。お嬢との戦闘で、体力の大半を使い果たしていたようだ。

 

「一気に決める!」

 

『DESIRE!』

 

 バックルからアンプルを取り出す。刀身の裏側、バスターのスリットに挿入した。

 

『SWORD CHARGE!』

 

 刀身に莫大な力が収束していく。黒かった刀身が青白い光に包まれる。魔障憑きが体勢を立て直そうとして――しかし、俺の方が早い。

 

「――終わりだっ!!」

 

 トリガーを引き絞り、一閃。

 

 

 

『DESIRE SLASH!!』

 

 

 

 光の斬撃が闇を打ち祓う。魔障の形が引き剥がされ、霧散した。路地裏に倒れこんだのは、傷一つない一般人の女性だった。

 

 倒れた女性の呼吸を確認、問題なし。気を失っているだけのようだ。

 

(ひとまずはなんとかなったか――っと)

 

 遠くから足音が来る――速い。お嬢が先行して追い付いてきたか。

 

(逃げるぞ)

 

『即決! もうちょっとカッコよくいかないか?』

 

(馬鹿言うな。正体がバレるリスクを背負う必要がどこにある)

 

 そうこうしている内に曲がり角からお嬢が現れた。全力で追ってきたようで息は乱れ、他の祓魔士も追随していない。

 

「――っ! あんた!」

 

(……追いつかれたか。仕方ない)

 

「――そこの女性が宿主だ。後は任せる」

 

「は!? いや、ちょっと待ちなさ――」

 

 返答を待たずに跳躍。壁を蹴りながら全力で遠ざかる。

 

(追っては――来てないな。なら、適当にもう少し流して、っと)

 

 住宅地の区画をいくつか越え、別の路地裏に着地する。後ろに気配はない。

 

『UNLAY……』

 

「ふぅ……」

 

 漆黒の装甲が静かに解けた。壁に背を預けて息を整える。夜の冷えた空気が頬を冷ましていく。

 

 通りに出ると見覚えのある車が通りすぎる。情報統制班の回収部隊。魔障憑きから分離された一般人の確保と記憶処理――後は彼らの仕事だ。

 

 一息ついて、如月家に向けて歩き出す。道すがらスマホを確認するが、特に新しい仕事の指令もない。どうやら、今夜はゆっくり眠れそうだ。

 

 

 

 ――帰宅後にお嬢から『黒づくめ』に関する愚痴に付き合わされることを、この時の俺は知る由もない。睡眠時間は削られ、結局翌日も眠い目を擦って活動することになるのだった……




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