女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
「――これで終わりだ!」
『CHARGE THREE!!! FULL CHARGE!!!』
『ディード・フィニッシュ!!!』
「がぁぁぁぁっ!!」
渾身の蹴りを叩き込んだ魔障憑きが光に飲まれる。煙が晴れた路地裏には、魔障から分離・解放された一人の女性が倒れていた。
『うーん、今回も実に良い画だ!』
「よし、さっさと――」
「見つけたっ! 今日という今日は――!」
現場での人払いの作業中に、突如として俺の前に現れた魔障憑き。討伐し、急いで撤収しようとした瞬間、遠くから猛烈な勢いで駆け寄ってくるお嬢の姿――と、隣にもう一人?
(早いな! 日に日に追いつかれるのが早くなってないか!?)
『こっちも逃げるのに慣れてきたけど、向こうも追いかけるのに慣れてきたんだろうな。そろそろ観念してかっこよく自己紹介するべきなんじゃないか?』
(馬鹿言うな……まだ十分に距離がある。逃げられるな)
追いつかれたとはいえ、視認されたばかりだ。このまま逃げればなんとか……
「っ! また逃げる気ね! 桐生さんっ!」
「ほ、本当にやるんですかぁ!?」
『……なんだ? 何か嫌な予感が――』
(ん? あの子、前にどこかで……って、なんだあの光!?)
お嬢が最短距離でこちらに迫る中、急停止したもう一人の少女が霊刀を構えた。お嬢の『残月』とは比べ物にならない、もはや大剣と評するべき巨大な刀身の切っ先から漏れ出る白銀の光は、闇夜の路地裏を一瞬にして白昼堂々のごとく照らし出していく。
(おいおい、純粋な出力だけならお嬢すら超えてないか!?)
『流石に食らったらまずいぞ、蓮!』
(わかってる! 何とか躱すしかない!)
「大人しく止まりなさい! さもないと『アレ』が火を噴くわよ!」
(馬鹿言ってんじゃないぞ!?)
あんなのを見せられて止まると思っているのだろうか、この主人は。そうしている間にも更に輝きが増していく。これ普通に遠くの一般人にも見えるレベルの光量なのでは……? 隠蔽が面倒になる気配がしてきた。だが、今はそれよりも自身の身の安全を守らなければ。
「……止まる気は無さそうね。桐生さん!」
「うぅ、ご、ごめんなさーいっ! 『
『蓮、後ろから来る……ぞ?』
(――あれ?)
背後から強烈なプレッシャーが迫る。なんとか回避しようと振り向くと、巨大な霊力の塊が――俺に当たらない軌道で放たれたのが見えた。
そのまま俺から離れた地点に着弾し、轟音と共に激しく粉塵が舞い上がる。
「……あれ?」
思わず足を止めて呆然と振り返るお嬢。俺もあまりの事象に足を止めそちらを見る。二人の視線が重なった地点には、頭を抱えて地面にうずくまり、情けないうめき声をあげる祓魔士の姿があった。
「あうぅ、どうして私はいつも……!」
(なんで外れたんだ……? まぁいいか、好都合だ)
立ち込める砂煙に紛れ、追手から逃れる。
「あっ!? 待ちなさい!」
(あんなもん当たったらシャレにならん。早いとこ振り切るぞ!)
『賛成だ。流石にあれはやばい』
闇夜に紛れて気配を消し、三次元的な軌道で追手との距離を離していく。
『これ、帰ったらまた『いつもの』じゃないのか?』
「……あぁ、こればっかりは仕方ない。甘んじて受け入れよう」
俺たちの脳裏に浮かぶのは『黒づくめ』を取り逃がした日のお嬢の姿。
『ディード』が魔障憑きを倒した後は、お嬢の愚痴に延々と付き合う夜が待っている。戦って、逃げて、愚痴られる。ここ最近でパターン化された、一連の流れであった。そうこうしているうちに、本来の持ち場――人払いの工作現場に戻る。
『UNLAY……』
「ふぅ……ん?」
変身を解き一息ついたところで、ポケットの中のスマホが震える。
「……え゛」
『どうした?』
「戻るぞ……」
そこに表示されていたのはつい先ほど見た巨大な破壊痕と、『修復、お願いね?』の文字だった。
「逃がしたか……」
「うぅ、すみません……」
砂煙が立ち込める中、『黒づくめ』の気配が完全に消えたことを確認した。気落ちした表情の桐生さんが霊刀『煌剣』を収めて合流してくる。
「話には聞いていたけど……本当にすごい威力ね」
「……言ってもいいんですよ? 『力だけだ』って」
「そんなこと言わないわよ……制御の訓練は必要だけどね?」
「はいぃ……」
間違いなく威力だけなら私以上。まともに当たればそこらの魔障憑きなら一撃で倒してもおかしくないほどの出力だった――その分地面に刻まれた破壊痕も凄まじいけれど。とりあえず近くで現場作業をしているはずの使用人を呼び出しておく。
「……また、お礼を言えませんでした」
「さっきの『黒づくめ』に助けられたって話?」
「はい。最近のあの人の行動を見るに、きっと間違いないと思うんです!」
「そうね……」
確かに、あの『黒づくめ』の行動は結果として私たち祓魔士に多くの益をもたらしている。魔障憑きの迅速な討伐、前線の祓魔士の救出。行動の結果だけを見れば、間違いなく味方と言っていい。しかし――
「こちらと話をしようとしない、正体も明かさない。その理由がわからないのよね……」
目的が同じなら、素直に協力体制を構築するのが合理的。そうできない理由でもあるのかしら……?
「私はそこもダークヒーローみたいでカッコいいと思いますけどねっ!」
「そうそ……え?」
聞き間違いだろうか? あの黒一色の不審者がカッコいい?
「闇夜に紛れ、日夜人間を襲う魔障を人知れず狩る戦士……推せます」
「そ、そう……あ、蓮! こっちよ! 早く来なさい!」
瞳を輝かせ、しかしどこか妖しい気配を醸し出す後輩から目をそらし、こちらに向かってくる蓮――なぜかこちらは対照的に死んだ魚のような酷く濁った眼をしている――に声をかけるのだった。
『おい、蓮! 早く起きろ! 始まっちまうだろうが!』
「うる、せぇ……!」
日曜日の朝、頭の中でけたたましく騒ぎ立てる声で目が覚めた。
八時五十分。普段の俺ならとっくに起きて使用人の仕事をしている時間だが――
「ただでさえ昨日はお嬢の無茶ぶりと愚痴で遅かったんだ……! もう少し寝かせろ……」
如月家の仕事も無い。対魔局からの仕事も緊急でなければ無い。週に一度だけの、完全な休日。最近、その聖域を侵すやつがいる。
『何言ってんだ! 日曜の朝だぞ! テレビの前で待機する以外に優先すべきことなんかこの世界には無いっ!!』
「そんなことねぇだろ……」
布団を被り直して二度寝を試みるものの、脳内の声は一向に吠えるのをやめない。諦めて身体を起こし、洗面台で顔を洗う。キッチンで冷水を一杯喉に流し込んでから、ソファに腰を下ろしてテレビの電源を入れた。
八時五十八分。画面の中では、カラフルなスーツを纏ったヒーローたちが、「この後すぐ!」のナレーションと共にポーズを決めていた。
『いよいよだ……! このために今週も頑張ったんだからな!』
「お前は基本騒いでるだけで動くのも考えるのも俺の仕事だろうが」
『誰の力で『ディード』に変身してると思ってる。俺は十分に働いてるだろ?』
「ちっ……!」
否定はできない。こいつの力がなければ、俺は無力な人間に過ぎないのだから。これからも魔障憑きと戦っていくなら、俺にはこいつが必要なのだ。
『よし! 今日も引き締まった素晴らしいアクションだ! 見ろ蓮、あのキックの軌道! 完璧に腰が入ってる!』
「うるさい。観るなら黙って観てろ」
『言われなくても! うっひょー!』
黙ってないじゃねぇか。
俺もなんとなく、画面を眺めてみる。
変身ヒーローが怪人を蹴り飛ばし、必殺技の構えを取る。効果音と光が弾けて、怪人が爆発する。子供向けの、単純な構図だ。
しかし、流し見ているだけでも戦闘シーン以外にも演出に力を入れているのがわかる。登場人物たちの苦悩や葛藤、喜びが、子供たちにもわかりやすいように表現されていた――そういえば、幼いころにこういった物を見た記憶は無い。俺が子供の頃は、何をしてたんだったか。
(……ん)
テレビの中で爽快なエンディング曲が流れ始めた。
『今週も最高だった……!』
満足げな気配が伝わってきた。今週もしっかり堪能したらしい。
そのまま画面はCMへと切り替わる。先程テレビのヒーローが使用していた派手な武器や変身アイテムの玩具の販促。そして――。
『蓮』
(……なんだ、その妙に改まった声は)
後に続く言葉は予想できるが、聞かないわけにもいかない。
『行くぞ!』
テレビに映し出されていたのは『本日11時より、ショッピングモール特設ステージにて、ヒーローショー開催!』の文字。その下にはご丁寧にここから徒歩五分ほどの位置にある会場の地図が表示されていた。
「行かない」
『行くぞ』
「行く理由がない」
『テレビの画面越しじゃない、本物のヒーローの息吹をナマで感じるチャンスだぞ! ステージの臨場感、子供たちの歓声、爆発エフェクトの匂い……! 俺たちの今後のためにも、絶対に行くべきだ!』
「関係ないだろ」
『ある! 主に俺のテンションが上がる!』
「――はぁぁぁぁぁぁ……」
世の父親というものは、全員がこんな苦労を背負っているのだろうか。静かな休日の予定が、音を立てて崩れていく気配がした。
ショッピングモールの特設ステージは、予想以上の人だかりだった。
『おお、凄い人だ! 流石は我らがヒーローだな!』
(……そうだな)
小さい子供とその親。微笑ましい家族連れの波。ステージの前は子供たちが最前列を陣取っていた。流石に大人の俺が前に出るのは邪魔というものだ。俺は最後方の壁際に立ち、ぼんやりとステージを眺めた。
そして、きらびやかにショーが始まった。
カラフルなスーツを纏ったヒーローたちが颯爽と登場すると、会場の子供たちから割れんばかりの歓声が上がった。悪役の怪人が現れ、お約束の戦いが始まる。効果音がモール内に響き渡り、ライトが激しく点滅した。
『うわあ……! すごい……!』
脳内で悪魔が感動していた。声に湿り気があった。泣いているのかもしれない。
(そんなに見たかったのか)
『当たり前だろ……! 映像と全然違う……! 魂に響く生の迫力がある……!』
(……まあ、悪くはないな)
『っ! やっと蓮も分かってきたか!』
俺も、内心では認めざるを得なかった。画面越しとは確かに質感が違う。スーツアクターの動きの重さや、打撃の効果音に合わせた照明の点滅の振動が、映像では伝わらない本物の熱量を持っていた。
(――ん?)
ショーが佳境に差し掛かった頃、視界の端に引っかかるものがあった。
観覧エリアの前方。子供たちの後ろに立つ、一人の女子。女児というには明らかに大きい。しかし――
「……!!」
前のめりになって、ステージに食い入るように見ていた。
周囲の子供たちと同じか、それ以上の熱量で。
(……あの子は、昨夜の――)
その後ろ姿に気を取られている内に、ショーが終わった。
『いやぁ……来てよかった! ありがとう、蓮!』
(そりゃ何よりだ。じゃあ、帰るか)
拍手の中、人がはけ始める。俺も壁際から離れ、立ち去ろうと――
「ん、あ! 神代先輩!?」
遅かった。
振り返ると、目を丸くした少女が立っていた。昨夜は暗闇の中でよく見えなかったが、モールの明るい照明の下で見ると、思いのほか小柄で活発そうな少女だった。肩口で揃えられた鮮やかな茶髪を揺らす姿は、昨夜あの巨大な霊刀を振り回していた人物とは俄かには信じがたい。
『うおっ、この子も近くで見るとデカいな……祓魔士ってのはみんなそうなのか?』
下世話な話はやめろ、と言いたいところだが、実際ある程度の相関性はあるらしい。霊力を多く生み出す祓魔士には、そういった
さて、例にもれず一部に立派な物を持ったこの少女は確か……
「……桐生、だったか?」
「は、はい! 特科一年の桐生琴音です! 昨日はありがとうございました!」
「神代蓮だ。昨日のことは……気にしなくていい。あれも俺の仕事だ――お嬢の無茶ぶりは、勘弁してほしいが」
ハキハキとした明るい声。勢いよく頭を下げ感謝を述べる姿勢。気持ちのいいほどに『元気』という言葉が似合っていた。
「先輩とちゃんと話すのは初めてで……あ、でも、先輩の噂は、かねがね!」
「噂?」
「はい! 対魔局に提出されてる先輩の報告書、特科の生徒の間で評判なんです。状況整理とプロファイリングが凄く分かりやすくて、事前に読んでおくと現場での余裕が全然違うって!」
普段同じ空間にいる同僚――普通科の連中からは贔屓だのお嬢の腰巾着だのと陰口を叩かれるばかりだが……こうして評価されているというのは存外、嬉しいものだ。
「それと……如月先輩が、先輩のことをよく褒めてるのを耳にするので」
「……お嬢が? 俺を?」
「はい。任務の時にもらったアドバイスが的確だったって、珍しく嬉しそうに話してました」
ほんの少し、こそばゆい気持ち。
(お嬢が俺のことを外で……? まあいい。それより)
「お前も、ヒーローショーを見に来てたのか」
「……『も』?」
気恥ずかしさから話題を変えようとして選んだその一言が、致命的なミスだった。
桐生の目が変わった。後輩の祓魔士から、一人の熱狂的な趣味人に。
「もしかして、好きなんですか、先輩も!? ヒーロー……っ!」
「いや俺は別に――」
「私、ずっと好きで! 特撮の変身シーンの様式美ってあるじゃないですか! アイテムを起動して、音声が鳴って、光が弾けて、スーツが纏われる瞬間の、あの溜めと解放のリズム感!」
「ちょっと待て」
「あと必殺技のチャージ演出! 段階的に音が大きくなっていく構成って完璧だと思うんですよ! 特に三段階チャージから最大出力に移行する時の音声の――」
「落ち着け」
荒れ狂う桐生。同時に、俺の脳内でももう一人のヒーロー好きが爆発していた。
『分かる……! 分かる、分かるぞ少女――いや、桐生ちゃんよ……!!! やっと分かってくれる人間に出会えた……!! ヒーローは最高なんだ!!』
(お前も落ち着け)
桐生は止まらなかった。特撮の様式美、変身ヒーローの存在意義、正義の味方の哲学。言葉が滝のように溢れ出してくる。半分以上は俺には文脈すら分からない固有名詞だったが、彼女の持つその熱量だけははっきりと伝わってきた。
途中から、俺は一定の間隔で頷くだけの機械になっていた。
「それに、最近は現実でも私の『推し』が――あっ!?」
ひとしきり語り終えた後、彼女はハッと我に返り、みるみるうちに表情をしぼませていった。
「……すみません。暴走しちゃって」
「いや、別に構わないが……好きなんだな」
「そう、ですね。好きです。悪を倒し、弱者を救う――テレビの中のヒーローに憧れたんです」
そう語る桐生の顔は、先程とは比べ物にならないほど暗く沈んでいた。
『ただ憧れてる、って感じじゃなさそうだな……』
(あまり、関わる気はなかったんだが……)
目の前で今にも消え入りそうな気配を醸し出す年下の少女。それを見捨てられるほど、俺は冷徹ではなかったらしい。周囲を見回し、それを見つける。
「あー……ちょっと、休憩しないか? あれだけ喋って喉も乾いただろ。そこの喫茶店でも入ろう」
「――へ?」
「良いんですか? 私、如月先輩に怒られたりしません……?」
「別にお嬢は関係ないだろ。偶然会った学園の後輩をお茶に誘った。それだけだ」
「うーん……?」
どこかためらい、遠慮するような桐生を強引に連れ込み、席に着く。コーヒーを注文し、一息ついた頃。
(さて、どう切り出したもんか)
ほとんど考えなしにここまで来たが、いざ話をしようと思うとそのとっかかりが無いことに気付く。
『ふっ……お困りのようだな』
(なんだ? 何か考えでもあるのか)
『ここは俺に任せておけ! 小粋なヒーロートークで切り出すんだ!』
到底うまくいくとは思えない――が、俺にはわからない同族意識があるのだろうか。えらく自信満々に提案してくる話題を試してみることにした。
「桐生は……いつからヒーローが好きだったんだ?」
「いつから、ですか?」
(おい本当にこれでいいのか!? さっきこの話題で沈んだばかりだろ!?)
『まぁ見てなって。今に俺に感謝することになるから』
俺の問いかけに目を丸くした桐生は窓の外を見つめるようにどこか遠い目をして、ぽつり、と口を開いた。
「……私が初めて『ヒーロー』というものに触れたのは、小学校の高学年頃でした。桐生家の人間として、ちょうど祓魔士としての訓練が本格化した時期です」
(……マジか。本当に話し始めてくれたぞ)
『だから言ったろ?』
「先輩は桐生の家のことについて知ってますか?」
「俺達より少し上の世代に飛び切り優秀な祓魔士を複数輩出した名家……ぐらいなら」
「はい。私はそんな桐生家の四女。上の姉たちは既に退魔局でも頭角を現しています。でも、私は……」
桐生は手元のカップを凝視し、小さく身を縮めた。どんどんと表情が暗くなっていく。ここが根か。
「私、霊力出力だけが無駄に高くて、でも制御が全然できないんです……]
「それが、昨日の大穴の原因か」
コクリ、とうなずく。
「それで悩んでいた時、偶然出会ったんです。『ヒーロー』に」
『……』
さっきから妙に脳内が静かだ。なにか思うところでもあるのか?
「それは、まさに私の理想でした。どれほど強大で恐ろしい力であっても、完璧に制御して、誰かを絶対に守り抜く――そんな姿が、世界の何よりも輝いて見えました。私もいつか、あのヒーローのようになりたいって、そう思って必死に追いかけていたら、いつの間にか特撮が大好きになっていました。でも……」
カップを握る指が白くなっている。
「高校生になった今も、私は何も制御できないままで。ただ霊力を叩きつけることしかできなくて……それじゃあ、周囲を巻き込む危険がある。守るべきものまで、この手で傷つけてしまうかもしれない。誰かをこの手で守りたくて祓魔士になったのに……誰のことも守れないような、そんな役立たずな力しか、私にはないんです」
そこで、言葉が途切れた。
『……蓮』
(分かってる)
打ち明けてくれた、彼女の深い傷。どうにか力になってやりたいと、俺の胸の奥が静かに動き出した、その瞬間だった。
金属が真っ二つに曲がるような、悍ましい破砕音。
次いで、モールのガラスが一斉に割れ散る爆音。
「――きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
一瞬の静寂の後、ショッピングモールの一角から、人々の凄まじい悲鳴が沸き上がった。人々の叫び声と怒号が、一気にフロアを埋め尽くしていく。
「――魔障憑きっ!?」
「――っ!」
俺が判断するより早く、桐生が弾かれるように動いていた。霊衣を纏い、霊力を練り始める。先程までの萎びた少女の面影は完全に消え去り、真っ直ぐで鋭い、一人の祓魔士の目へと変わっていた。
「神代先輩!」
「分かってる! お前は先に行け!」
「はいっ!」
桐生は一直線に、悲鳴が響く場所――騒ぎの方向へ走った。
『蓮! 桐生ちゃん一人で行かせていいのか!? 俺達も……!』
(流石に今回は俺も介入すべきだと思うが……! まずは一般人の避難誘導と協力要請! 少しでも被害を減らすのが先決だ! 戦うのはその後!)
スマホを取り出す。コール先は俺が唯一、即座に連絡できる退魔士。数回のコール音の後、通話がつながる。
『もしもし。蓮? 珍しいじゃない。なにかー』
電話越しだからかどこか上ずったような声。しかしそんなことを気にしている余裕はない。
「お嬢! ショッピングモールで魔障憑きが出現しました! 現在、現場に居合わせた特科一年の桐生が単独で対処に向かっています! 至急応援を!」
『――すぐに人員を動かすわ! あなたは……』
「可能な範囲で避難誘導を行います! そのまま隠蔽も!」
『お願いね。あなたも桐生さんも、くれぐれも無茶だけはしないように』
「はい!」
通話を打ち切り、逃げ惑う人の波をかき分けていく。逃げるべき安全な方向を、大声で叫び続けた。この規模のパニックの誘導は久しぶりだ。事態が収束した後の隠蔽には苦労するだろうが……今は少しでも被害を減らすことを優先する。
「ガス爆発の恐れがあります! 落ち着いて、焦らずにあちらから建物の外に!」
大混乱の真っ只中だ。誰が何を叫んでいるかなどわからない。私服姿の男子が避難誘導をしていようがそれを不審に思うよりもその声が耳に入る方が遥かに早い。
少しずつ人の流れが出来上がっていく中、それに逆らうように奥へと足を進める。
お嬢に連絡してからまだ五分もたっていない。お嬢から退魔庁に連絡が行き、出動するまではもう少しかかる。桐生一人で、そこまで持ちこたえられるか……!?
『おい、蓮! 急げ!』
(わかってる……! 黙ってろ!)
パニックの熱気と破砕音が渦巻く中、脳内で狂わしく叫ぶ声に、俺は思わず歯を強く噛みしめた。
今は俺のやるべきことをやるしかない。大きく息を吸い込んで、声を張り上げながら進んでいった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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