女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
「はっはぁ! そんなんじゃ俺には当たらないぞ!」
その魔障憑きの姿は、一言で言えば奇妙だった。
外見は普通の成人男性に近い。しかし、その周囲の空間が不自然に歪んでいた。同じ人物が二重三重の残像となってブレて見える。床のタイルまでが揺れているように錯覚する。どこに実体があるのか、目視ではまるで判断できない。
(狙いが定まらない……よりによってこういう性質の魔障憑き……!)
「『刃波』っ!」
焦りを押し殺して霊力を一気に練り上げ、霊刀『煌剣』を鋭く振り抜く。その軌道に沿って、眩い光の斬撃が飛んだ。その軌道の先には、こちらを小馬鹿にしたように嘲笑う魔障憑き。間違いなく直撃コース――だが、手応えもなくすり抜けた。
残像に命中したらしく、霊力の衝撃は虚しく霧散する。魔障憑きが、さらに不気味な嗤い声を上げた。
「確かに強い力だ。でも当たらなきゃ意味ないよな?」
「くっ……!」
もう一撃。今度は残像にすら当たらない見当はずれの軌道。冷たい汗が頬を伝って滴り落ちる。
「おいおい、どこ狙ってるんだ?」
「――だったら、直接斬ってあげます! 『
持てる霊力を一気に刀身へと流し込み、煌剣を強化する。過剰な光を纏った大剣は、明るいフロアの中でも凄まじい輝きを放っていた。
力強く踏み込む。有り余る霊力で強化した体は、一歩で魔障憑きの眼前へと私を運んでくれた。
「――なにっ!?」
「はぁぁぁぁっ!!」
驚愕の表情を浮かべた魔障憑きの胴体を、斜め一閃に斬り伏せる。よし、これで――
「――なぁんちゃって」
「え? ――きゃあっ!?」
直後、背中に強烈な衝撃。つんのめるようにして激しく転がり、背後を振り返れば、確かに今しがた斬ったはずの魔障憑きが陽炎のように揺らめいて消えていく。これは、幻影……!
そのさらに奥から、本体と思われる異形がまたしても醜く嗤っていた。
溜め込んだ霊力も、衝撃で霧散してしまう。戦闘が始まってから今に至るまで、ずっと手玉に取られ続けている。
「おいおい、そんなもんかぁ!? 勇ましく飛び出してきた割には一回も攻撃を当てられてないじゃないか! そんなんじゃ俺に憑りつかれた『この身体』を救うなんてできないぜ? 『ヒーロー』失格だなぁ!?」
「――っ」
魔障憑きの、騒がしい煽りの言葉。向こうに深い意図はなかっただろうが、その言葉は偶然にも、私の心の一番脆いところを、痛烈に抉り抜いた。
(ヒーロー、失格……そう、ですよね。自分の力もまともに制御できない、魔障に憑りつかれた人も助けられない。もしここにいるのがお姉ちゃん達や、如月先輩なら、こんなやつとっくに……)
『煌剣』を握る手から、じわりと力が抜けていく。零れ落ちそうになる霊刀を慌てて握り直すものの、指先にはまるで力が入らない。じわりと這い上がってきた敗北の予感が、足元から私の身体を冷酷に絡めとっていった。
俺は人々の避難誘導を終えて、柱の陰から状況を観察していた。残像、そして幻影を生み出す能力――『虚飾』、あるいは『虚栄』の類だろう。
『おい蓮! 桐生ちゃんが危ない! 早く変身しろ!』
(黙ってろ! 今このまま行っても、翻弄される人間が増えるだけだ! 今は少しでもあの幻影を見破るヒントを……!)
幻影の法則を探す。その間にも桐生が傷つき、精神的に追い詰められていく――歯を強く噛み締める。それでも、今無策で行くわけにはいかない。
(早く、早く……!)
どれが本物で、どれが偽物か。そもそも本物は視界内にあるのか。並び立つ残像を見ている分には、外見上の違いは特にないように見える――いや。
天井を確認する。モール内を隅々まで明るく照らす、無数の強力な照明器具が今も稼働している。
視線を戦場へと戻す。必死に抗う桐生の姿に歯噛みしつつ、その周囲をうごめく魔障憑きの輪郭を凝視する――
桐生が霊刀を輝かせる。『纏刃』による強化。その凄まじい出力は、もう一つの照明がフロアに現れたかのよう――それでも、
桐生が魔障憑き――その幻影を斬る。背後から音もなく現れる魔障憑き。その足元には、確かに
(これだ!)
ようやく見つけた。後はこれを桐生に伝えて――
『蓮、なんかやばいぞ!』
(――まずい!)
魔障憑きと何事か話し、動揺する桐生。その全身から闘志が急速に抜けていくのが、遠目からでもはっきりと分かった。無防備に隙を晒すその姿は、まるで敗北を待つだけの被食者のよう。
「桐生!」
「先輩!?」
思わず、柱の陰から声を張り上げた。桐生が驚愕に目を見開いて、こちらを振り返る。
「影を見ろ! 幻影の足元には
桐生の視線が、一瞬で天井の照明へ、そして床へと素早く動いた。
「……分かりました!」
僅かに戦意を取り戻す桐生。だが、今のやりとりで、魔障憑きもまた俺の存在を完全に視認した。奴の手から、狂暴な魔力の塊が放たれる。
「余計なことをっ!」
(やばっ!?)
慌てて頭を抱えて身をかがめる。辛うじて直撃を外れた攻撃は、俺のすぐ背後にあったモールの壁を凄まじい音を立てて崩壊させる。巻き上がった大量の粉塵が、一瞬にして周囲を真っ白に埋め尽くしていった。
「ただの人間風情がぁ……! そんなに死にたいなら先に殺してやる! 出てこい!」
「――やらせません!」
粉塵で見えなくなった神代先輩に向けて、さらに追撃の魔力を放とうとする魔障憑き。その射線の前に、私は死に物狂いで躍り出た。まだ手は震えている――だが、胸の奥にはそれを遥かに上回る激情が渦巻いていた。
(私が不甲斐ないばかりに、戦えない先輩をこんな危険に晒してしまった。情けない姿を見せたばかりにこんなところまで先輩を来させてしまった。もう、これ以上は傷つけさせない!)
「どけぇ! どうせお前の攻撃なんぞ当たらないんだよ!」
そう言ってこちらに殴りかかる魔障憑き――だが、その足元に
(……幻影!)
ブラフを無視し、鋭く視線を巡らせる。だが、粉塵のせいで床がよく見えない。見つからない。その間に幻影の拳が、私の身体をすり抜けていった。本体は一体どこに……!
焦りが隠せない。神代先輩の安否も未だ確認できていないのだ。一秒でも早くこいつを討伐して、先輩の元に戻らなければならないのに。
『D・D・O!! ディード!!!』
『I'm a HERO!』
「――がはっ!?」
「っ!?」
直後、背後から突然、聞き覚えのある機械音声と魔障憑きの苦悶の声。立ち込める粉塵を突き破り、魔障憑きが凄まじい勢いで吹き飛ばされてきた。
(この、変身アイテムみたいな音……っ! まさか!?)
巻き上がっていた煙が、風に流れてようやく晴れる。
バイザーの奥から赤い眼光を不気味に輝かせ、何かを殴り飛ばした姿勢のまま佇む、漆黒のスーツを纏った人影。
いつかの夜の廃倉庫で、私を救ってくれたあの『ヒーロー』が、確かにそこに立っていた。
(危ねぇーーっ! 普通に死ぬとこだった!)
『だが、良い! 良いぞ! 今の登場は滅茶苦茶良い! ここ最近で一番の出来だ!』
仮面の下で冷や汗をかく俺と、脳内で興奮しながら絶賛する声。視界不良の粉塵の中から不意打ち気味に襲い掛かってきた魔障憑きを、何とか力任せに殴り飛ばしたが少しでもタイミングが遅れていればこちらがやられていた。
(――ん?)
早鐘を打つ鼓動を落ち着かせながら周囲を確認していると、大きく目を見開いてこちらを見つめる桐生と目が合った。
「あな、たは……」
茫然と、しかしどこか潤んだ瞳。お嬢が
「――大丈夫か?」
「は、はい! ありがとうございます! あの、私! あなたに会えたら言いたいことがたくさん――!」
なぜか興奮しながら詰め寄ってくる桐生。その背後で、先程吹き飛ばした魔障憑きが忌々し気に立ち上がった。
「……話なら後で。まずはあいつを倒すぞ」
「わかりましたっ!」
元気に返事をした瞬間、彼女は即座に振り返って煌剣の霊力を爆発的に高めていく。その後ろ姿には先程までの迷いはなく、眩い活力にみなぎっていた。
(急に元気になったな。さっきまで今にも死にそうな顔をしてたくせに)
『本当にお前は人間の、特に女の子のファン心理ってやつを何もわかってないなぁ? 今のお前は、ピンチに駆けつけた超かっこいい本物のヒーローなんだぞ? それと直接言葉を交わせるなんて……! 俺が桐生ちゃんの位置になりたいくらいだ! 羨ましい!』
(なんで魔障のお前に人間の心理を説かれてるんだ? 俺は……)
なんなんだこいつら。なんなんだこのテンション。もしかして俺がおかしいのか?
「クソが! 次から次へと邪魔しやがってぇ……! なんなんだお前! 何者だ!?」
『蓮、蓮! また来たぞ! 分かってるな!?』
(……またやるのか?)
『当たり前だろ! 何者かと問われたらこう答えろと古来より決まってるんだ! 桐生ちゃんだって絶対に知ってるはずだぞ!!』
いつもより脳内での騒ぎ方がひどい。よほどテンションが上がっているらしい。ここにさらに油を注ぐのは怖いが、出力が上がるというのなら仕方ない。
「――通りすがりのヒーローだ。覚えなくていい」
「はぁ!?なんだそりゃ、意味がわからねぇ!」
「はぁうっ!? 今のはっ!? なんて、完璧な……!」
意味不明な名乗りに当然のごとくキレる魔障憑きと、何故か胸を押さえて激しくのけぞり、顔を真っ赤にして振り返る桐生。危ないから前見ろ。
『いいな、いいなぁ! 俺もこれ正面から生で見たかったなぁ!』
(もういい、早く行くぞ!)
『よっしゃ、今回は観客もいることだし、とびきりかっこよく頼むぞ、相棒!』
『ディードバスター!!』
虚空から顕現させたバスターを、正面から構える。今、目の前に立っている魔障憑きは間違いなく影を持つ実体だ。奴は俺の乱入によって完全に頭に血が上り、幻影を出すことすら忘れて怒り狂っている。
トリガーを引くと、放たれた弾丸が、次々に魔障憑きの肉体へと命中していった。
「がっ! ぐぅっ、おのれぇ!?」
「わ、わぁ! わぁぁぁっ! すごい、カッコいい!」
怯む魔障憑きと、何故か歓声を上げる桐生。本当に何なんだ、この妙な状況は……
「――いい加減に、しろぉぉぉっ!」
「――っ」
「なっ!?」
弾雨に耐えかねた魔障憑きが、突然、全身から強烈な目眩ましを放つ。
思わず閉じた目を再び開くと、そこにはフロア全体を埋め尽くすほどの、夥しい数の魔障憑きの幻影が整列していた。
「「「もう絶対に許さねぇ。お前ら二人、ここで死んでいけぇ!」」」
「こんなに、たくさん……!」
『流石に面倒だな! ここまで多いと影を見るのも一苦労だぞ』
声は反響し、出所の特定も難しい。
(……試してみるか)
『DESIRE!』
『GUN CHARGE!』
アンプルをバスターに装填。銃口に赤の光が収束していく。
「とりあえず、薙ぎ払ってやる!」
『DESIRE SHOOTING!!』
解放された光の奔流が、数えきれないほどの幻影を飲み込んでいく。当然、手ごたえはない。
「「「そんな適当な攻撃が当たるか!」」」
「最初から当てるつもりなんかない」
今ので奴が生み出す幻影の特性はあらかた把握できた。
どれだけ幻影をばらまこうと本体は一つ。後はそれを見抜くだけだ。
そのためのカギは――隣にいる。
「き――そこの君」
「へ? あ、はい!私、桐生琴音と言いますです、はい!」
(なんでそこで吃る?)
「桐生……さん。あの刀を光らせるやつ、できるか?」
「『纏刃』のことですね! はいっ! お任せください!」
「よし……今だ!」
「『纏刃』ぁっ!!」
大きく跳びあがると同時に、背後からフロア全体の霧を吹き飛ばすようなまばゆい光が放たれ始めた。やはり、凄まじい出力だ。
「なっ!? まぶしっ……くそ!」
正面から突然発される強い光だ。当然目をかばう――かばう必要のある本体だけが。
並び立つ無数の幻影の中、正面から突然発せられた極大の光に対し、露骨に「目をかばう」動作を見せた奴が、空間の奥に一人だけ存在した。幻影には反射の防衛反応など存在しない。それはさっきの攻撃で何の反応も示さなかったことから明白。眩しさを感じて目をかばうのは、肉体を持つ本物だけだ。
そして、その目をかばった個体の足元には、色濃い影がくっきりと床に浮かび上がっていた。
「――そこか」
「がっ!? このっ!?」
本体に向けてバスターを打ち込む。当然碌な防御もできず、その全身を滅多打ちにしていく。
『CHARGE ONE!』
バスターを投げ捨て、壁を蹴って一気に本体の懐へと接近。その跳躍の間にも、バックルのコアを深く押し込んでいく。
『CHARGE TWO!!』
「くっ! 舐めるな、やらせるかぁっ!」
ようやく強烈な光に目が慣れたのか、接近する俺を視認する魔障憑き。だが――。
「もう遅い! これで終わりだ!」
――既に俺はバックルを叩き、エネルギーを拳に収束させている。
『ディード・クラッシュ!!!』
「おらぁ!」
「ぐおぉっ!?」
光を纏った拳が、魔障憑きの胴体を真っ直ぐに打ち上げる。奴の体は放物線を描いて宙を舞い、ショッピングモールの広大な吹き抜け空間へと、無防備な状態で打ち上げられていった。
「今だ、桐生さん!」
「へ!? でも、私じゃ……!」
「そんな奴の攻撃、今更当たるかぁ!」
そう叫び、空中に凄まじい数の幻影を生み出す魔障憑き。
「そんな!? ど、どれを狙えば……!」
「狙わなくていい!」
「えぇっ!?」
戸惑う桐生。しかし、彼女に『狙い』なんて不要だと、昨日見た俺は知っている。
「あのあたりの空間全部、全力で薙ぎ払えっ!」
「――っ! はいっ!」
背後で、莫大な霊力が膨れ上がる。
無意識にかけていたであろうリミッターすら外した、彼女の全力の輝き。
「全力で行きます――『刃波』ぃぃっ!!」
「ふ、ざけ……!?」
そして、解き放たれた極大の斬撃。
それはもはや『線』の攻撃ではなく、空間そのものを埋め尽くす『面』の質量と化していた。圧倒的な光の濁流が、宙を舞う魔障憑きの全身を、無数の幻影ごと完全に飲み込んでいった。
「よっ、と!」
魔障の形が完全に引き剥がされ、上空から落下してきた宿主の男の身体を、俺は正面からしっかりと受け止めた。床に横たわらせ、バイタルを確認。気を失ってはいるが、目立った外傷はないようだ。無事に魔障を分離できたらしい――正直、何かしらの怪我がないか不安になるほどすさまじい威力だった。
「あ、あの……」
「ん?」
男性の安全を確保し終えると、自身の霊刀を握りしめたままの桐生が、背後から震える声で話しかけてきた。
「何で、最後の一撃を私に……? あなた自身でも十分倒せたのに」
『そうだぞー? どうやってもかっこいい画になっただろうに』
「別に大した理由はないが……」
俺は仮面の奥から、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
「強いて言うなら、君の手で倒すべきだと思ったから、かな」
「私の、手で?」
「そうだ」
首をかしげる桐生。だが、あの時の俺にはこの選択肢しか思いつかなかった。
「さっきの一撃、凄かったよ。でも、君はそんなにすごい力を持ってるのに、自信がなさそうに見えたから。少しでも自分の力を信じられるように、ってね。君はテレビの前でヒーローを応援するだけの子供じゃない。誰かのために立ち上がれる、立派な一人の『ヒーロー』なんだから」
魔障憑きが出現したと判断した瞬間、ただの一秒の躊躇もなく、自分の弱さを振り切って真っ先に戦場へと駆け出した彼女の横顔は、間違いなく『ヒーロー』だった。だから、そのヒーローがどんなにすごい人なのか、本人にも知ってほしかったのだ。
「私が、『ヒーロー』……?」
『あっ! 馬鹿お前!? 蓮、ストップ!』
(――なんだよ?)
いきなり脳内で焦りだす気配。何事かと思っていると、突然、桐生は小さな肩を激しく震わせ始めた。その瞳は、今にも決壊しそうなほど潤んでいる。
(えっ、ちょっ!? なんでそんな泣きそうになってる!? なんか変なこと言ったか!?)
「私、ヒーローなんでしょうか? 今日も、あの日も、あなたにこうして助けられてばかりなのに……」
「あの日、というのがいつかは知らないけど……少なくとも、俺の目には今日の君が戦う姿は、誰かのために戦うヒーローに見えた。たった一人で大勢の人のために立ち上がっていた。キミの頑張りがあったから、勝てたんだ」
『あーあ、知らねえぞ、俺は。ファンガールの熱意を見誤ったな』
(さっきから何なんだお前。何の話をしてるんだ)
呆れ果てたような声に首をひねる。その間に、桐生は何か大きな決意を秘めたように意を決して顔を上げ、こちらに一歩詰め寄ると、勢いよくその場で頭を下げた。
「あの! 今日も、それにあの廃倉庫の時も! 助けてくれてありがとうございました!」
「廃倉庫……あぁ、『収集欲』の時か。君が、あの時の祓魔士だったのか」
「はい! あの日から、ずっとお礼を言いたくて! やっと、やっと言えました……」
「俺がやりたくてやってることだ。気にしなくていい」
顔を上げた桐生の目のぎらつきは、尋常ではなかった。先程ヒーローについて熱弁を振るっていた時よりも、さらに深く、危ういほどの純粋な輝きが、そこには宿っていた。
「あのっ、お名前を……あなたのお名前を聞かせてくれませんか!?」
(おい、なんなんだこれ! お前、何が起きてるかわかってるんだろ、助けろ!)
『黙って答えろ。自業自得だ』
いつも騒がしいくらい騒いでいるくせに、呆れた声で切り捨てやがった。その間にも、桐生はすがるような目でこちらを見つめている。
(まぁ、名前くらいはいいか)
「『ディード』。魔障どもの敵だ」
「ディード
……様? なんだ? どんどん妖しい雰囲気が……!
「――桐生さん! 無事っ!? ってあんた!」
「――っ!」
「如月先輩! ――あぁ、ディード様!? お待ちください!」
遠くの破壊痕の向こうから、お嬢の凛とした声。反射的に、俺はその場から最速での離脱を試みる。今回の件では、『神代蓮』が一般人の避難誘導のために現場にいることがお嬢にも知られている。一刻も早く物陰に隠れて変身を解き、合流しなければ怪しまれる。
「『黒づくめ』! 待ちなさい!」
「先輩! 『黒づくめ』、じゃないです! 『ディード』様ですよ!!」
「ディード様!? ちょっとどういうこと!?」
(今の内だな、撤退だ)
『全く……責任とれよ?』
(だからなんのだよ……!)
意味不明な状況に頭を抱えながら、俺は急いでその場から離れるのだった……
「あっ! 神代先輩! 神代先輩の安否も確認しないと!」
「ねぇ、ちょっと! どういうことなの!? というか蓮になにかあったの!?」
諸々の後処理を終えた後、モールからの帰り道。いつものようにお嬢の
「今日ね、モールにまたあの黒づくめが出現したのよ! またあいつに先を越されたわ! しかも、何故か桐生さんはアイツに誑し込まれて、『ディード様』だなんて盲信し始めてるし……! 次こそは必ず正体を暴いて――」
「はあ、それは大変でしたね」
「なんでそんな他人事なの!?」
「ここ最近、連日似たような話を聞いてますし……なんなら、下手したら明日も聞けそうですし」
「今! 聞きなさい!」
ヒートアップしていくお嬢。どうにかならないかと頭を巡らせていた時、ふとあることを思い出した。
「そういえばお嬢。こんな話を小耳にはさんだのですが」
「……何よ」
「なんでも特科の生徒の間で、俺の書く報告書やプロファイリングがすごく役に立つって評判らしいですね?」
「えっ……? あ、それ……」
「なんでも、どこかの『ご主人様』が『私の使用人は優秀なのよ』って外で嬉しそうに自慢して回ってるおかげだとか」
「な、ななな……!? だ、誰がそんなことっ!?」
唐突に自分へ飛び火してきた事実に、お嬢の顔が一瞬で林檎のように真っ赤に染まる。うろたえながら両手をバタバタと振る姿には、普段の凛々しい祓魔士の面影などない。
「き、桐生さんね!? 余計なことを……っ! ち、違うわよ! 私はただ、使用人が使えないと私の面子に関わるから、客観的な事実を述べただけで――っ!」
「へぇ、つまり客観的に見てもお役に立てている、と。まあ、外で褒めてもらえるくらいには十分に働けているようで何よりです」
「~っ! し、知らないっ!!」
真っ赤になった顔を背け、早足で先を歩いていくお嬢。
(……やれやれ)
まあ、たまにはこれくらいの意地悪もバチは当たらないだろう。苦笑しつつ俺は静かにお嬢の後を追うのだった。
「ディード様……」
その日の夜、自室で日課である特撮作品の再視聴中だった私の頭の中は、画面に映し出されるヒーローの活躍ではなく、あの漆黒のヒーローのことでいっぱいだった。
いつもなら画面に食い入るように見ているはずの、至福の時間。しかし、頭に浮かぶのは実際に言葉を交わしたあのヒーローの事ばかり。
『君はテレビの前でヒーローを応援するだけの子供じゃない。誰かのために立ち上がれる、立派な一人の『ヒーロー』なんだから』
(私が、ヒーロー、ですか――)
とうとう視聴を一時停止し、私はベッドの上で枕を強く抱きしめたまま、たまらずゴロゴロとのたうち回った。顔から火が出るほどに、胸の奥が熱い。
「――っ! ~~~~っ!!」
『少なくとも、俺の目には今日の君が戦う姿は誰かのために戦うヒーローに見えた。たった一人で大勢の人のために立ち上がっていた。キミの頑張りがあったから、勝てたんだ』
「~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
思い出すたびに胸の中が温かい『何か』で満たされていく。その感情の正体は、まだ今の私には掴めないけれど。ベッドの上で激しく足をバタつかせながら、私の胸の奥には、今までにない一つの強固な決意が、確かに芽生えていた。
(もっと、もっと強くなろう。胸を張ってあの人の隣に立てるように。いつか、自信をもって『ヒーロー』だって名乗れるように!)
強くなる。その理由が、一つ増えた。そんな、熱い一日の終わりだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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