女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる   作:maki@

6 / 8
Vの始点/鮮血の記憶

「よし、じゃあ今日の授業はここまで。各自、きちんと復習をしておくように」

 

 昼休みを告げるチャイムが校内に鳴り響き、それまで静まり返っていた教室が一瞬にして喧噪に包まれる。

 

『お、やっと昼か。授業ってのは退屈だな』

 

(お前はそうかもしれんが、俺は普通に授業を受けてるんだよ)

 

 祓魔士関係の特殊な学園といえど、一般科目の授業が免除されるわけではない。定期テストは普通にやってくるし、赤点を取れば容赦のない補習が待っている。決して手を抜くことはできないのだ。

 

 呑気に脳内で欠伸を噛み殺す悪魔をよそに、午前中の授業内容を手早く頭の中で整理しておく。対魔局の仕事や如月家の家事で、人より勉強に割ける時間が限られている身の上だ。少しでも効率的に知識を脳内に詰め込んでおかなくてはならない。

 

『人間は大変だねぇ。ま、俺には関係ないけど』

 

(……まぁいい。昼にするか)

 

 思わず出かかった悪態を飲み込み、弁当箱を抱えて席を立とうとした、まさにその時だった。

 

 校内スピーカーから再びチャイムが鳴り、それに続いて、事務員らしき女性の硬い声がスピーカーから流れる。

 

『普通科二年、神代蓮さん。至急、学園長室まで来てください。繰り返します、普通科二年、神代蓮さん――』

 

 出しかけた足が止まる。教室中から好奇と羨望の視線が集まる――学園長は今日もよく慕われているようだ。

 

『おいおい、学園長室だってよ? 何かやらかしたか?』

 

(……心当たりは、ないが)

 

 『ディード』としての活動に関してなら、こんな方法で呼び出されるとも思えない。念のためスマホを確認するが、呼び出した人物からのメッセージは入っていなかった。わざわざ校内放送で呼び出す理由はなんだ……?

 

 周囲の突き刺すような注目を無視して教室を出る。俺の静かな昼休みは、遥か遠くへ行ってしまったらしい。

 

 

 

 校舎の最上階、学園長室の重厚な扉は、重々しい存在感を放っていた。

 

 磨き上げられた一級品の木製の扉に、鈍く光る真鍮のノッカー。三度ノックすると、中から「どうぞ、入りなさい」という、聞き慣れた落ち着いた声が返ってきた。

 

 扉を開けて入室すると、広い執務机に座っていたのは、学園長――如月薫子(きさらぎかおるこ)。高校生の娘がいるとは到底思えないほどに若々しいその容姿は、年を重ねても比較的若く見える女性が多い祓魔士の中でも、一際の美しさを保っていた。

 

 名門如月家の現当主にして、この如月学園の最高責任者。かつては優秀な祓魔士として活躍し、現在は対魔局最高幹部会の一員である。この人を表す権力的な肩書きはいくつもあるが――

 

「来てくれたわね、蓮」

 

 ――俺にとって一番身近な肩書は、『保護者』だった。

 

 当主は柔らかく笑って、応接用のソファを示した。

 

「座って」

 

「失礼します」

 

 勧められるままにソファに腰を下ろした。執務机の上には膨大な書類が積まれていたが、当主はそれを手早く脇に寄せ、俺の向かい側へと腰掛けた。

 

「それで、一体何の御用でしょうか。話なら、夜に屋敷でしてもよかったのでは?」

 

「あなたに個人的に聞きたいことがあってね。……ちょっと、紗夜には聞かれたくない内容なのよ」

 

 そう言って困ったように苦笑する。いよいよ話の内容に見当がつかない。

 

「……なるほど、承りましょう」

 

「……蓮、もう少し肩の力を抜いて頂戴? 今は学園長と生徒じゃないわ。ただの、保護者と子どもだと思って話して?」

 

「……わかりました」

 

 言われた通り、ほんの少しだけ力を抜く――だが、完全にリラックスすることなど、俺にはできなかった。

 

 当主――薫子さんが俺の顔をじっと見つめる。真っすぐに、俺の目の奥を射貫くように。

 

「――先日、ショッピングモールで起きた事件のことよ。いくつか報告が上がってきていたわ。現場で対応した祓魔士、事後の隠蔽に当たった人員、そして――偶然現場に居合わせた統制班の一人からも」

 

 切り出されたのは、桐生と遭遇したあの日の事。確かに、俺も報告を上げていたはずだ。

 

「えぇ。なにか、問題がありましたか?」

 

「いいえ? 客観的な事実に基づいた報告でよい出来だったわ――報告は、ね」

 

 こちらに向けられた目が細まる。報告に問題がないならなにが――?

 

「偶然にも現場にいたあなたは、そのまま一般人の避難誘導と人払いに動いた。ここまではいいわ。対応の内容も、目的も。その場での最善手と言えるでしょう――問題はその後。あなた、祓魔士と魔障憑きが戦闘しているポイントまで接近しているわね」

 

 ――なるほど。そこか。

 

「祓魔士の報告によれば、あなたが魔障憑きの性質を見出したことが勝利に大きく貢献した、となっているけれど……同時にその攻撃に曝された、ともあるわ。あなたの報告では気を失って、気づいたら安全な場所にいた、となっているけれど」

 

「えぇ、特にケガもなく。運がよかったのでしょう」

 

「それで済む問題じゃないのよ」

 

 ぴしゃり、と強い口調で言い切られる。

 

「あなたが対魔局での仕事に――魔障に強い思いを持っていることは理解しているつもりよ。でも、あなたは祓魔士じゃない。魔障と遭遇すれば無事では済まないことはわかっているでしょう?」

 

「ええ、重々気をつけています」

 

「気をつける、だけじゃ困るの。自分から危険に飛び込むような真似は、やめて」

 

 薫子さんの声のトーンが、わずかに低くなった。

 

「蓮。あなたを如月家に連れてきてから、五年になるわ」

 

「はい」

 

()()()()()があって……引き取った最初の頃のあなたは、ショックで声すら出せなかった。夜が来るたびに暗闇に怯え、ご飯もほとんど喉を通らなかったわ。それが、今はこんなに立派に――」

 

 薫子さんは俺を見つめた。それは決して俺を責めるような色ではなく、ただ純粋に心配が滲む瞳――きっと、これが『親』と呼ばれる人間の眼差しなのだろう。

 

「私はあなたを、本当の家族として如月家に迎え入れたいの……今でも、ずっとそう思っているわ」

 

 その言葉に宿る温もりは、本物だ。打算も偽りもない本物の愛情だということも、俺には痛いほど分かっていた。かつて親交があったとはいえ、血の繋がりも霊力適性もないただの男の俺を引き取り、ここまで育ててくれた。その恩を忘れたことはない。

 

 だからこそ――

 

「お気持ちは、本当にうれしいです」

 

 俺は静かに、しかし明確に一線を引いた。薫子さんの表情が、わずかに揺れ動く。

 

「……そう」

 

「薫子さんには……如月家には本当に世話になっています。もちろん、お嬢にも。これからも、できる限りのことで恩返しをしたい。そう思っています」

 

 家族というつながり(これ以上の温もり)は、今の俺には不要なのだ。そんな心地のいい温度に甘えてしまえば、この胸の奥で今も猛烈に燃え盛る感情が、鈍って消えてしまいそうだから。

 

『……お前、』

 

 声が何か言いかけた。しかし、その先の言葉は形にならずに消えた。

 

 薫子さんはしばらくの間、俺の目をじっと見つめていた。何かをさらに言おうとして、結局は諦めて口を閉ざした。代わりに、いつも通りの優しい微笑みを浮かべる。

 

「分かったわ。でも、危ないことはしないで。それだけは、お願いね」

 

 

 

 放課後、対魔局内の一室。

 

 室内に並ぶモニターの明かりの中、俺は端末を操作していた。

 

 画面に映し出されているのは、AI監視システムが自動処理したログデータだ。先日のモールでの戦闘動画は、ネット上では「無名サークルの自主製作CG映像」として無事に処理され、拡散・消費されている。

 

『もったいない……! カッコいいシーンが盛りだくさんだったのに、撮られてるのは桐生ちゃんばっかりじゃん!』

 

(そうなるように避難誘導と人払いをしてたんだが? 可能ならこの映像だって撮られないようにしたかったぐらいだ)

 

 この件で流出した映像はこんなところか。そのまま、俺が直接関わっていない事件の映像を確認していく。様々な魔障と祓魔士の戦いが、現実から虚構に差し替えられていく。

 

『へぇ。こうしてみると祓魔士ってのもピンキリなんだな』

 

(まぁ、そうだな。お嬢はかなりの上澄みだし、桐生も制御に難はあるが出力自体はトップクラスだろうよ)

 

 特に秀でた点のない祓魔士だと、一対一で魔障憑きを討伐することはまず不可能だ。二対一でも状況によっては危ういし、三対一でようやく、といった程度。

 

『俺たち、やっぱ強いんだな!』

 

(調子に乗るな。そこらの祓魔士より強いとしても、上位層にはまだ及ばない)

 

『そこはそれ、今後の成長に期待だよ! 強化変身はヒーローの華だぜ?』

 

(そうか。期待しないで待っておこう)

 

 脳内で唸りだした声を意識の外にやり、モニターに映されている映像と、それに関連する報告書を流し見していく。少しでも多くの情報を脳内に叩き込むことが、日ごろの仕事の能率、あるいは戦闘時の判断材料に繋がるのだ。

 

「……うん?」

 

 違和感。ひとつ前の映像に戻る。もう一つ戻る。改めて報告書を読み込む。今度は、隅々まで。

 

(なんだこれ? 三件連続で宿主が入院患者、だと?)

 

 宿主に病人が選ばれること自体は珍しいことではない。普通に生きている人間と比べて、生への執着や強い感情を持ちやすく、それを狙う魔障もいるからだ。しかし――

 

(流石に多すぎないか? 偶然、と斬り捨てていいものか……)

 

 不気味な違和感が、胸の奥に冷たく残った。

 

 

 

 

 一仕事終え、如月家への帰路を歩む。空は藍色に染まり、人通りがまばらになる時間帯。

 

『なぁ、蓮』

 

 いつになく神妙な声。先程まで騒いでいたのと同じ声とは思えないほどに。

 

(なんだ?)

 

『昼にさ、当主サマが言ってたこと、聞いてもいいか?』

 

(どの話だよ)

 

『……お前の昔の話だ』

 

 俺の過去。

 

(なんでそんなことを気にする?)

 

『ずっと気にはなってたんだ。ディードとして戦うためには、お前の精神――欲望や感情みたいな、俺達(魔障)のエネルギー源が必要だ。ある程度は俺が補ってるとしても、戦うたびにお前はそれを消費しているはず。なのに――』

 

(消耗しているように見えない、か?)

 

『そうだ。いくらなんでも普通じゃない。俺が言うのもなんだが、俺に付き合ってこんなことしてる間に干物になってるはずなんだよ』

 

(本当にお前が言うことじゃないな。常日頃ヒーローがどうのとうるさいくせに)

 

『誤魔化すな。関係あるんだろ?』

 

 関係は、ある。思い出すだけでも忌々しい、()()()。あの出来事が、今の俺を形作っているといっても過言ではない。

 

(それを知って、どうするんだ)

 

『わからない。でも、知っておきたい。なんだかんだ、俺はお前のことを気に入ってるからな。今後も付き合っていくうえで、大事なことだと思うんだ』

 

(もし、話さない、と言ったら?)

 

『それがお前の判断なら構わない。これ以上は聞かないし、これからも聞かない』

 

 随分と俺本位な答え。教える必要があるとは思えないが――

 

(まぁ、いい。この力(ディード)の礼代わりに聞かせてやる)

 

 教えてもいい、と思う程度には、俺はこいつに絆されていたらしい。

 

 未だ如月家までは遠く、過去を振り返るには十分だろう。

 

(あれは今から五年前。まだ俺が魔障の事も祓魔士の事も知らない、ただの馬鹿なガキだった頃の話だ)

 

 そして思い返す。全てを失った忌々しい血の記憶と、消えることのないこの胸に宿った熱の根源を。

 

 

 

 当時の俺は、自分で言うのもなんだがよくできた子供だったと思う。

 

 両親は家を空けがちだった。夜遅くに帰ってくる日もあれば、逆に夜になってからどこかへ出かける日もあった。不規則な生活、一人で家にいることが多かった俺は、自然と家の事をこなすようになっていった。

 

 といってもまだ小学生だった俺だ。大したことはできないし、クオリティも今とは比べ物にならなかった。炊事、洗濯、掃除。色々挑戦して、失敗して。少しずつ上達していった。

 

 あぁ、紗夜に手料理を作ったのもこの頃だったか。()()の訓練から逃げてきたと言う彼女にオムライスを振舞った。あの時の紗夜の笑顔が、俺に料理の喜びを教えてくれた。最初はレシピを見ながらでもうまくできなかったものの、両親は俺が作った拙い料理を、いつも本当に嬉しそうに美味しいと食べてくれたのを覚えている。

 

 世間一般の家族とは少し違う形だったかもしれない。しかし、俺にとって間違いなく幸せな日々()()()

 

 

 

 あの日、俺の十一歳の誕生日までは。

 

 

 

 両親は相変わらず忙しそうだったが、「この日だけは絶対に早く帰るからね」と、二人は何度も笑顔で約束してくれていた。帰り道には、誕生日のケーキも買ってきてくれるらしかった。久しぶりに家族三人でゆっくり過ごせる、そう胸を弾ませていたのを覚えている。

 

 当時の俺にできる、精一杯のご馳走を用意して二人の帰りを待っていた。

 

 

 

 十九時。約束の時間になっても二人は帰ってこなかった。

 

 

 

 二十時。まだ帰ってこない。冷めていく料理を見ながら電話をかけてみた。父さんも母さんも出なかった。

 

 

 

 二十一時。腕によりをかけた料理は、もうすっかり冷めてしまっていた。

 

 

 

 居ても立ってもいられなかった。確かに両親は忙しい人だったが、約束を破ることだけはなかったから。

 

 気付けば、俺は夜の街を走り出していた。当てもなく、闇雲に。そんなことで両親が見つかるはずがないのに。

 

 走って、走って、走って――当然、両親は見つからなかった。それどころか、街に人がいなかった。静かすぎる、夜の街。本来なら違和感を覚えて然るべき状況に、あの時の俺は疑問を抱かなかった。それどころではなかったから。

 

 それでも子供の体力など知れている。疲れ果てて、足が止まった。一度家に戻ろうかという考えがよぎった、その時だった。

 

 鼻を、匂いが通り抜けていった。

 

 鉄のような匂い。生ぬるくて、重たい。嗅ぎ慣れない匂いだったが、体が知っていた。これが何の匂いか、言葉にせずとも分かった。

 

 高架下の暗がりに、引き込まれるように足を進めた。

 

 そこにあったのは、巨大な血だまりだった。

 

 黒ずんだコンクリートの上に広がる、黒に近い赤の海。その凄惨な赤の中に、人が無造作に倒れていた。

 

 三人。

 

 父さんと――母さんと――もう一人。見覚えがある。よく家に遊びに来ていた如月のおじさん――紗夜の父親だった。

 

 俺は声も出せなかった。

 

 足の裏がコンクリートに根を張ったように、その場から一歩も動けなかった。呼吸が急速に荒くなる。頭の中が真っ白に染まり、目の前の現実を受け入れることを、全身の細胞が拒否していた。

 

 そして視線を上げた先、血だまりの向こうの闇の中に、人影が一つ、ぽつんと立っていた。

 

 

 

 息を荒らげ、血を流し――その手に、血を滴らせた刀を持った女性。

 

 

 

 現実離れしたその光景に、しかし思考が一つ一つを処理していく。

 

 

 

 父さんが、母さんが、おじさんが――血を流している。

 

 

 

 目の前の女の手には、血濡れの刀。

 

 

 

 俺は問うた。「おまえがやったのか」と。

 

 

 

 女は答えた。「自分が死なせた」と。

 

 

 

 ――それからのことは、あまりよく覚えていない。

 

 

 

 次に覚えているのは、後日、葬儀が行われた時の事。大勢の知らない大人が、涙を流しながら口々に棺桶に声をかけていた。会ったことのない人物ばかりだったが、両親は多くの人に慕われていたらしい。

 

 未だに現実感のない俺の隣には、紗夜がいた。彼女は既に自身の父親が死んだという現実を深く理解し、ボロボロと大粒の涙を流して泣いていた。

 

 俺には何も分からなかった。怒りも、悲しみも、なにもなかった。ただ、目の前で泣いている彼女を、放ってはおけなかった。気づけば、震える紗夜の小さな手を、ぎゅっと握りしめていた。驚いたようにこちらを見る、涙で潤んだ彼女の瞳。それが再び激しく決壊し、俺の胸に縋りつくようにして声を上げて泣いた。

 

 その瞬間、俺の視界もまた、急激に滲んだ。

 

 自分も大粒の涙を流しているのだと気づいたのは、しばらく経ってからだった。腕の中で弱弱しく震える少女の存在が、ようやく俺に、両親がもう二度と帰ってこないという事実を実感させたのだ。

 

 俺たちの様子を見た薫子さんが、二人まとめて壊れんばかりに強く抱きしめてくれた。俺が泣き、紗夜が泣き、きっと、薫子さんも声を殺して泣いていたのだろう。残された三人は、身を寄せ合ってその悲しみを受け止めようとしていた。

 

 

 

 ひとしきり泣いて、しばらく。葬儀も一段落した頃に、薫子さんが宣言した。「神代蓮を如月家で引き取る」と。

 

 それが、薫子さんが『当主』になり、紗夜が『お嬢』になった瞬間だった。

 

 

 

 如月家の庇護下に入った俺は、この世界の『裏』――魔障と祓魔士について知ることになった。

 

 そして、自分の両親が対魔局で働いていた、ということも。

 

 二人はともに元一般人だったが、偶然にも祓魔士と関わることになり、それぞれに才覚を発揮していたらしい。俺が息子だった(祓魔士になれない)こともあって、ある程度成長するまでは、と周囲の人間にも口止めしていたそうだ。

 

 親戚筋からは「オカルトに嵌った」と気味悪がられており、当主が俺を引き取る、と伝えた際は安堵の表情を浮かべていた。

 

 それ以来、俺は如月家で使用人の仕事をこなしつつ、対魔局の一員として世界の『裏』に足を踏み入れた。当主はその両方を渋ったが、俺の強い希望に根負けし、少しずつ受け入れてくれた。

 

 

 

 あれから、五年。

 

 

 

 今なら、あの血だまりにいた女が祓魔士であることも、両親を殺したのが彼女ではなく、魔障であることも頭では理解できる。だが、対魔局に入ってからこれまで、あの女を見たことはないし、両親の仇がどこにいるのかもわからないまま。俺の権限で許されるギリギリまで資料や記録を漁ってはみたが、何の成果もなかった。あの女が何者なのか、なぜあそこにいたのか。あの「自分が死なせた」という言葉の本意はなんなのか。あの夜に起きた全てが、未だにその片鱗すらつかめない。

 

 まるで見えない何かに邪魔されているかのような状況。手がかりもなく、向ける先の見つからないドロドロとした感情が募るばかり。

 

 そもそも仇を見つけたとしても、俺にどうこうできる存在ではない――()()()()()

 

 だが、どんな偶然か俺の手に転がり込んだ(ディード)。これがあれば、俺でもあの化け物どもと対等に戦える――両親の仇を、この手で直接討ち滅ぼせる。

 

 それまでは、この胸に宿る熱を忘れるわけにはいかない。この激情が、『ディード』を動かす原動力なのだから――

 

 

 

(――こんなところだ。満足か?)

 

『――そうだな。納得は、した』

 

 気付けば、屋敷の近くまで戻ってきていた。少し火照った頭を、夜風が冷ましていく。

 

(別にお前が気にすることじゃない。ただ、俺の始点が『そこ』にあるってだけだ。この復讐の『熱』が尽きない限り、俺は戦える)

 

『……蓮』

 

(なんだ)

 

『お前は、怖くないのか』

 

(何がだ)

 

『憎しみだけで動いていて。その復讐を果たした先には、何も残らないかもしれないのに……もしお前が死んだら、それでおしまいなんだぞ。お嬢サマや当主サマだって……』

 

 俺は少しの間、考えた。

 

(怖いかどうかは、分からない。ただ、やめる理由がない。俺は人を害する魔障を一匹残らず駆逐し、両親の仇を討つ。そのためのディードだ。俺が止まるのは、復讐を果たした時と、死ぬ時だけだ)

 

 しばらく、返答はなかった。それから、ぽつりと。

 

『……俺は『DEMON(魔障)』だから、人間の考えなんてよくわからない。でも――お前が死ぬのは嫌だ。それだけは言っておく』

 

(そうか)

 

『そうか、じゃない。約束しろ』

 

(善処しよう)

 

 屋敷の門を潜る。十分に頭は冷えた。しかし、胸の中の『熱』は変わらず燃えている。

 

 あの日の女の素性も、事件の真実も、まだ何も分からない。それでも、いつか必ず辿り着く。

 

 魔障()の力を利用して、魔障()を倒しながら。

 

 一歩ずつ、確実に。

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 

 星の光も月の光も入らない、地下深くの一室。

 

 蛍光灯が不気味に明滅するその部屋は、「生への渇望」に満ちていた。

 

「あ……が……生きたい……もっと……」

 

 立ち並ぶガラス管の内部。

 

 そこに鎮座していたのは、無数のコードに繋がれた異形の肉体だった。

 

「死にたく、ない……生きたい……」

 

 人為的にその在り方を歪められた生物達は、ガラスを内側から叩きながら、唸り声を漏らしていた。

 

「……まだ……もっと……生きる……」

 

「ぎぃ……あぁ……死んで、しまう……」

 

「まだ……やりたい、ことが……」

 

 狂気に満ちた光景の中、ただ一人、白衣を纏った男が、冷徹な観察者の瞳で見下ろしていた。

 

「素晴らしい……『生存欲』の精製効率は、順調に上がっている」

 

 男の呟きは、冷たい地下室の空気の中に静かに溶けていく。

 

 あまりにも悍ましい惨劇の種が、暗闇の中で着実に芽を吹き始めていた。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

評価バーに色がついていて感激しております。

感想、お気に入り、大変励みになりますので是非よろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。