女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
夜の街に、二つの人影が躍る。
一つは漆黒の装甲に身を包んだ者――
もう一つは、全身の筋肉が肥大化した異形――魔障憑き。
『おい蓮! やっぱりこいつ、なんかおかしいぞ!』
(わかってる……! とにかく、今はこいつを倒す!)
夜、街が寝静まる頃。俺は先日覚えた違和感の正体を探っていた。
異様に増えている病人や入院している人が宿主になるケース。その原因の調査だった。
報告があったポイントの周辺を散策していたところに、突然この魔障憑きが襲い掛かってきたのだ。
「ふっ! はぁっ!!」
「ぎゃっ!? ぐうっ!」
(……硬い! 文字通り筋肉の鎧ってわけか。だったら!)
『ディードバスター!!』
「これなら、どうだ!」
トリガーを引き、全身に弾丸の雨を降らせる。躱す素振りすら見せないその身体に、次々と着弾しては火花を散らす。これで多少は怯んで――
「ガアアアアアッ! 生きさせろぉぉぉッ!」
「なにっ!?」
一切勢いを緩めず、そのまま突進してくる。その目には理性が一切残っていなかった。血走った眼球は眼孔から溢れんばかりに見開かれ、焦点が合っているのかも怪しい。完全に暴走状態だ。
『なんだこいつ! 滅茶苦茶しやがる!』
「それなら!」
『SWORD MODE!』
バスターを変形。突っ込んでくる奴の軌道をよく見て、すれ違うように一閃。
「そらっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!? 痛い! 痛いぃぃ!?」
奴自身の突進の勢いも加えた一撃は、膨張した筋肉ごとその肉体を切り裂く。生々しい感触と共に、体液をまき散らしながらもんどりうって倒れる魔障憑き。
「よくも、よくもぉ!!」
しかし、それでも間を空けずに立ち上がって来る。
『蓮! ここはでかいのをぶち込んだ方が良いだろ!』
(珍しく同感だ。一気に決める!)
『DESIRE!』
『SWORD CHARGE!』
アンプルをバスターに叩き込み、待機状態に入る。もう一度、カウンターで叩き込んでやる……!
そして、奴が動いた――俺に背を向けて。
「あ……あが……強い……嫌だ……っ! 死にたく、ない!」
「――はぁっ!?」
『逃げたぁ!? そんなのありか!?』
さっきまでの勢いが嘘のように、迷いのない逃走。その驚異的な脚力でブロック塀を飛び越え、闇の奥へと逃走した。
「待て!」
慌てて追いかけようと踏み出したが、既に気配は夜の闇へと紛れてしまっている。
(狂ったように獲物を攻撃して、捕食が無理だと悟った瞬間に逃走を選ぶ、だと……?)
先ほどの様子を加味しても、まともな思考で動いているとは思えない。そう、まるで本能で動く野生動物のような――
(やっぱり普通の個体じゃない……一体、何が起きている?)
違和感が確信に変わる。しかし、その正体までは、未だ闇の中だった。
翌日、昼休み。
昼食もそこそこに、俺は宿直室で情報統制班の端末を叩いていた。調べるのは、増え続けている異様な魔障憑きに関する報告。
(昨日遭遇したような個体と、似たようなケースが何件か。その中でも討伐に至った例では大半が何かしらの理由で入院や通院を行っている……)
『なんか不気味だな……推理パートは得意じゃないんだが』
(なら静かにしてろ)
やはり、なにかあるのか。ここまで共通項が出てくるのは人為的なものを感じざるを得ない。
「――蓮? さっきから何を見てるの?」
思考の海に潜りかけたところを、背後からの声が呼び止める。
「ちょっと、気になることがあってな。気にしなくていい」
「ふぅん?」
同じく昼食をとった後の紗夜だった。普段通り完全にだらけるモードに入っていたはずの彼女は、俺の言葉を無視するかのように画面をのぞき込んでくる。
「……蓮。あなた、これ――」
「なんだ?」
「うーん、いや、でも……余計なことに首を突っ込むよりはマシ、か……」
いきなりうんうんと唸りだす。そして葛藤の上に口を開いた。
「これから話すことは本来あなたに知らされる情報じゃないんだけど……」
「いいのか? 上の方で止められてる内容ってことだろ?」
「その調べものをしてる時点で、あんたなら遅かれ早かれ気付くでしょ。それならここで伝えておいた方が余計なことしないでしょうし」
「褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ……」
「釘を刺してるの。あんた、昨日も夜に出かけてたでしょ。やめなさい、って言ってるのに」
『バレてるじゃん』
(うるさい……)
「申し訳ありません。どうしても気になって」
「こんなときだけ使用人の皮を被るのはやめなさい。まぁ、そういうことだから。知りたいことは教えてあげるからおとなしくしてなさい、ってことよ」
まぁ、教えてもらえるなら素直に聞いておこう。俺の権限では知り得ない情報も含まれているかもしれない。
「いいわね? 夜の外出はしない、それを約束するなら話してあげる」
「……わかった。教えてくれ」
『いいのか?』
(いざとなったら反故にするしかないだろうな。まぁ、しばらくはおとなしくしておこう)
そう答えると、紗夜はゆっくりと語りだした。
「――最近、妙な魔障憑きが増えているわ。共通しているのは、理性がないみたいな本能的で半狂乱といってもいい挙動を取ること。そして、その宿主に選ばれているのが病気や怪我の影響で、『健康』や『生』に強い執着を見せている人ってこと」
「あぁ。そこまでは俺も理解してる。提出された報告書にも書いてあった」
「これまでにない状況よ。異様な個体が出現することはそう珍しいことでもなかったけど……ここまで共通項を持ったケースはないわ。上層部は、今回の事態に対して本格的に捜査を始めるみたいね」
そこまで話すと、紗夜は一度言葉を切った。それから、少し言い辛そうに、
「そして、もう一つ。今回の事態が発生したのは、ある一体の魔障が現れてから。だから、その魔障についても本腰を入れて調べることになったわ」
「ある魔障?」
「――『黒づくめ』。コードネームは本人が名乗った、って言う『ディード』に決定したわ」
「――っ!」
思わず息を呑む。表情は、取り繕えただろうか。
「度々、お前の愚――もとい、話に出てきていたやつか」
「えぇ。魔障を倒す魔障。祓魔士を――人を守る魔障。はっきり言って異様さならこっちの方が上よ。桐生さんみたいに、実際に助けられた、って人は擁護派だけど……そうじゃない、特に上の人は不穏分子と見てる」
『うーむ。やっぱり、もっとヒーローらしく振舞うべきだな! 余計な疑いをもたれないためにもさ』
(それはお前の趣味だろうが。本格的に対魔局が敵対するならともかく……まだその段階じゃない)
「一旦こんなところかしら。異常個体とディード。目下、この二つが対魔局の標的ね。これで満足したかしら?」
「なるほど……違和感は解消できた、かな。また何かわかったら――」
「駄目に決まってるでしょ……と言いたいところだけど、そうしたらあんたまた変なところに首突っ込みそうね。私がいいと判断したら教えてあげる。だからあんたは――」
「わかってる、おとなしくしておくさ……しばらくは」
情報が向こうから入ってくるなら動く必要もないだろう。必要な情報が揃うまでは約束通りおとなしくしておくか。
「本当に、ほんっとに! 約束しなさいね!」
そうやって念押しする声と共に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。最後に分かれる瞬間まで、紗夜の目線が俺を逃すことはなかった。かなり、動きづらくなるな……
その日の放課後、珍しく対魔局での仕事もなかった俺は、まだ周囲が明るい時間帯に如月家の屋敷への帰路を歩んでいた。
(時間もあるし、食材の買い出しでもして、ちょっと凝った夕食にでもするか……)
今日はいろいろと話を聞けたし、お嬢の機嫌を取っておくのも悪くないだろう。そうとなればスーパーに寄って――
ドカァンッ!!
「――っ!?」
『なんだぁ!?』
突如、路地裏からなにかが砕け散る激しい破壊音が響き渡った。
予定を変更し、音の出どころへと駆ける。片手間に対魔局に通報、人払いの手配をしておく。
(たまに時間ができたと思ったらこれか!)
『ヒーローは事件を引き寄せてしまうものだからな――っと! 蓮、右だ!』
「くっ……あぁぁぁッ!?」
「ぐおっ!」
視線を向けた先、悲鳴とともに、人影が吹き飛んできた。なんとか受け止めるも、勢いを殺しきれずに地面に転がる。
「大丈夫ですか!?」
霊衣を着ている、祓魔士だ。しかし、全身に傷を負っているだけではなく、その手に握られた霊刀にはひびが入っており、今にも消えそうになっていた。
「君、は……いけない。逃げ、て――」
その言葉を言い切る前に意識が落ちる。物陰に彼女を寝かせていると、路地の奥、粉塵の舞うその場所から下手人が現れた。
「殺す……生きるのに、邪魔な奴は、全部……!」
(あいつは、昨日の……?)
『いやいやいや! 一日でイメチェンしすぎだろ!』
そこにいたのはおそらく昨夜遭遇した魔障憑き。しかし、その風貌は様変わりしていた・
「あぁぁぁ……熱い……体が、燃える……死にたくない……邪魔する奴は……殺す!」
昨夜よりもさらに肥大化した筋肉は、人型ではあったシルエットを完全に人外のものにしていた。あまりにも太い腕、巨体。アンバランスに小さい頭部。『筋肉の鎧』ではなく『筋肉の塊』だった。
「何だ、お前! 邪魔するなら、お前も……!」
(俺のことを覚えてない? いや、夜だったから顔までは見られてなかったのか?)
『悠長に考えてる場合か! さっさと変身しろ!』
『ディードライバー!!』
腰に直接ドライバーが顕現する。迫る魔障憑きを前に、アンプルを装填してバックルを叩く!
『DESIRE!』
『DEMON!』
「変身っ!!」
『OVERLAY――ッ!!』
『D・D・O!! ディード!!!』
『I'm a HERO!』
「ガアアアアッ! 生、生をぉぉぉッ!」
「うぉっ!?」
『昨日よりも速い!』
変身と同時、巨大化した腕を振りかぶりつつ襲いかかってくる。本能に任せた狂暴な振り下ろし。だが、乱雑さを補って余りある圧倒的な質量とスピードが迫る。
「ぬうっ……!」
腕部装甲越しにその拳を受け止める。強烈な一撃。大きく吹き飛ばされ、思わず両腕を振る。
(重い! こんな攻撃受けてたら先に腕が持っていかれそうだ!)
受け止めた腕がしびれている。格闘戦は昨夜以上に不利を被りそうだ。
『昨日みたいに斬っちまえ!』
『ディードバスター!!』
「せいっ!」
「ぐらぁっ!」
「ぐっ!?」
カウンター気味に刃を走らせる。しかし、返ってきたのは肉を割く感触とは程遠い、あまりにも硬質な物。反撃の拳をなんとか躱すが、その風圧だけでもたたらを踏まされる。
(これ、斬れるのか……!?)
見た目以上に硬度が増している。普通に斬りかかっていても、ダメージが通らない……!
『特撮ならこういう相手には何かしらの弱点があって然るべきだけど……』
(
『GUN MODE!』
昨日以上にまんべんなく全身を撃つ。どこか一カ所でも、守りの薄い箇所があれば――
「――っ!? ぐぅっ!?」
『蓮! 今の!』
(あぁ……守ったな。
本能で動いているこいつが庇うってことは間違いなくそこが急所。
(必殺技を、収束させて撃ち抜く!)
『了解!』
『DESIRE!』
『GUN CHARGE!』
アンプルをバスター―に叩きこむ。赤の光が銃口に集まり――普段以上に細く収束されていく。
『DESIRE SHOOTING!!』
「がぁぁぁぁぁ! くそ! くそぉ! お前ぇ!!」
真紅のレーザーがやつの首筋を撃ち抜く。
もがき苦しみ、体内から紫色の光が漏れ出してくる。
『あの光――どこかで……』
(……? まぁいい。このまま押し切る。もう逃がさない!
)
隙を晒したままの魔障憑き。昨夜のように逃げられる前に、ここで倒しきる!
『CHARGE ONE! TWO!! THREE!!! FULL CHARGE!!!』
素早くバックルに戻したアンプルを押し込むこと、三回。急速に光が右足に収束していく。
「お前、危険! 死にたくない!!」
「いいや、ここで死んでおけ!」
『ディード・フィニッシュ!!!』
こちらに背を向けて、駆けだそうとする魔障憑きに向かって跳ぶ。狙いは、
そのまま振りかぶった右足で、渾身のボレーキックと共に収束させた漆黒の光を叩き込んだ。
一瞬の静寂。そして、轟音と共に魔障憑きの肉体は爆発に飲み込まれていった……
「がふっ!? く、そ…… もっと、もっと生きたかったのに……」
悲痛な断末魔とともに、その巨体が砂のように崩壊していく。
「ふう……なんとか倒せたな……ん?」
崩れ去る肉体、内部から現れた宿主の男性――その首のあたりから、コロリと何かが転がり落ちた。
それは、ある意味では見慣れた、しかし異様な物体。
『アン……プル……?』
細長いガラス管の中に、怪しい蛍光色の薬品が半分ほど残された――アンプルのような物体。
「これは……?」
しゃがみ込み、そのアンプルへ手を伸ばそうとした瞬間――
「――っと!」
カシャン、と乾いた音を立てて、ガラス管は一瞬で細かい粉末状の灰となり、中身は瞬く間に霧散した。まるで最初から何もなかったかのように、全ての痕跡が消えている。
(アンプル……? ディードの変身に使ってるのと似た形状に見えたが……)
『この命を何とも思わない扱い……まさか、な』
(なにか知っているのか)
『心当たりは、ある。でもちょっとだけ待ってくれ。色々と整理したい……』
神妙な――少し震えた声。緊張とも違う、こいつから初めて感じるこれは……恐怖?
勝利の喜びはどこにもなく、不吉な予感だけが、薄暗くなってきた路地裏に静かに残されていた。
とある部屋で、モニターの光が揺れていた。
緑色の複雑なコードデータが、何枚ものスクリーンを絶え間なくスクロールしていく。バイタル波形、魔力出力の強制引き上げ数値、そして現場の戦闘ログ。すべてがシステムによって整然と記録されていた。
白衣に身を包んだ影が、コンソールを操作していた。
通知音と共に、画面の隅に文字列が表示される。
『プロトタイプデバイス24:完全自壊・ロスト成功』
「ふむ……」
影が口を開いた。低く、静かな声だった。
「自壊プログラムは想定通りに機能した。肉体改造、精神操作のデータも、すべて回収完了。それに」
影の視線が、別のモニターに移った。そこには漆黒の戦士の戦闘映像が静止していた。
「あの、黒い虫ケラめ。存外に優秀じゃないか。こちらの用意した実験体を、あの手際で処理するとは。戦闘の観察データとしては……上々だ」
影は静かに笑った。
机の上に、一つの物体があった。
透明なアンプルに収められた、禍々しい光を放つ何か。内部で脈動する不気味な光が、緑色から赤色に波打っていた。
「プロトタイプのテストはすべて終了した」
影がそのアンプルを手に取り、光に透かして見た。
「痛覚の遮断。肉体の改造強化。趣向の方向性の改変に、自意識の浅薄化。魔力出力の強制引き上げ。自壊プログラムによる証拠隠滅。エトセトラエトセトラ。すべての機能が実証された。いよいよ、我が研究の完成だ」
影の口元が、暗闇の中でゆっくりと裂けるように歪んだ。
「さあ、実践へと移行しよう。すべては、我が大いなる『生』のために」
哄笑が、閉め切られた部屋に響いた。
静かに、しかし確実に、破滅のカウントダウンが刻まれ始めていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
感想、お気に入り、大変励みになりますので是非よろしくお願いいたします。