女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
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第一章も折り返し、今後もよろしくお願いします!
昨夜から、頭の中が異様に静かだった。
『…………』
対魔局での仕事を終え、屋敷に帰る道中。普段ならやかましく騒ぎ立てているはずの声がまるで聞こえてこない。
考えを整理したい、と言ったきり、こうしてずっと考え込んだまま、何も話さなかった。まぁ、別に静かなのはいいことなんだが……どこか物足りないような、不思議な感覚。
(おい、そろそろ知っていることを聞かせろ。昨日のアンプル、あれは何だったんだ?)
『……あ、えっと……あれは――』
か細く、絞り出すような声。それでも、なんとか言葉を紡ごうとして――
(――っ!)
それよりも早く、ポケットの中で振動。
(魔障が出現。場所は――すぐそこ!?)
丁度歩いていた遊歩道の内側。公園内に魔障が出現したらしい。即座に周辺を確認。僅かに人通りがある。
(悪い、話は後だ。まずは仕事を――)
『あ、あぁ。わかった……』
(……?)
妙に聞き分けがいい。普段なら『早く変身して戦え!』くらいは言ってきそうなものだが。だが、その疑問を解消するのは今じゃない。まずは一般人の避難を誘導するため、走り出すのだった。
「お疲れ様でした」
「そっちもご苦労様。後片づけ、よろしくね」
出現した魔障は、近場にいた祓魔士によって早々に討伐された。宿主を発見する前だったのか、現場に残されたのは僅かながらの破壊痕のみ。これなら処理も簡単で済む。
道具なしでできる範囲の補修を済ませ、残りは後詰めの人員に引き継ぐ。どこか久しぶりにすら感じる、単純な統制班の仕事。最近は変身して戦ってばかりだったが……たまにはこのくらい楽な現場があってもいいだろう。まぁ、物足りない、とでも文句を言いそうなやつはいるが……
『…………』
相変わらず何も話さない。多大なる違和感を残しつつ、改めて家路を辿るのだった。
翌日、日曜日。如月家の敷地内にある離れの自室。
ここ二か月ほどで習慣になってしまった、休日の朝の風景。
ソファに腰を下ろしてテレビの電源を入れる。
画面の中ではヒーローたちが鮮やかな活躍を見せていて、派手なアクションやエフェクトで飾り付けられた、迫力のある戦闘シーンが映し出されている。
そして、お決まりの台詞とともに放たれた必殺技が怪人を爆散させる。いつもならここで大はしゃぎする声と共に番組を終えるところ。
だが、今朝は少し違っていた。
『…………』
昨日から、あるいは一昨日の夜から。黙り込んだ声は今も沈黙を保っていた。
そして、画面の中でも異変が。
主人公と、これまで共に肩を並べて戦ってきた相棒が、向かい合って叫んでいた。怒りではなく、悲しみでもなく、お互いの信じるものが根本から食い違ってしまったという、どうにもならない顔をして。
『お前の正義は、俺の正義じゃない』
そのセリフを最後に、相棒がヒーローに背を向けた。
エンディング曲が流れ始めた。
(……随分と静かだな。いつもならうるさいくらい騒ぐだろ)
ソファに深く座り込みながら、俺は静かに脳内で問いかけた。
『……なあ、蓮』
ぽつりと、掠れた声が返ってきた。こちらの問いかけに対する答えではなかったが、その真剣な声色に、思わず息を呑む。
(……どうした)
『色々と、聞いてほしいことがある――いいか?』
(……あぁ)
俺はテレビの電源を切った。もう、ヒーローは映っていなかった。
(それで、聞いてほしいことってのは?)
散歩がてら、街まで出てきた。部屋でゆっくり話すという手もあったが――少し賑やかな方がいい、と本人が希望したからだ。当てもなく歩を進めながら、話を促す。
『蓮、『DEMON』はどうして人間に寄生すると思う?』
そうやって静かに話し始める。意図の見えない問い。
(何の話だ。それがこの前の異常な個体の話に繋がるのか?)
『そういうわけじゃない。ただ、その前に知っておくべきことがあるってだけだ』
前提知識、ということか。魔障が人間に寄生する理由……
(――人間の精神的なエネルギー、欲望や、感情を喰うためだろ?)
『それはあくまで手段なんだよ。『DEMON』の目的はその先にある』
宿主の精神を喰らった、その先。精神を喰い尽くされ、侵食され切った人間はその命を失う、とされているが――それだけではない、ということか。
『自分の糧にしやすいエネルギーを吸収し、力を高める。そしてその果てに――魔王になる』
(魔王、だと?)
『そうだ。『DEMON』の故郷――魔界。この人間界と隣接するもう一つの世界を統べる、次代の王になるために、やつらは己の力を高めている』
(魔界の、魔障たちの王――文字通りの『魔王』ってわけだ)
『あぁ、前魔王が崩御――正確には失踪したのがおよそ五年前
(五年、前……)
『これがお前の過去と関係あるかはわからない。だからそこは省くぞ。重要なのは、魔王という統治者が消えたことだ。統制を失った『DEMON』は、それぞれが自分勝手に動き始めた。それこそこっちの世界で暴れたり、な』
(待て。そもそも魔障の存在は少なくとも百年、文献や資料の解釈次第じゃ千年近く前から観測されてる。時系列が合わない)
古くから伝わる伝承や伝説に登場する怪物。日本なら妖怪や鬼。海外なら吸血鬼や悪魔。そういった人外の正体は魔障だと考えられている。5年前どころの話ではない。
『魔王が健在の間は、その侵攻にも秩序が――ルールがあった。もちろんそれに従わない奴もいたとは思うが――基本的に大群で同時に世界を渡っていた』
(――それが、百鬼夜行やワイルドハントの元か!)
怪物が大挙して押し寄せる災害。それは魔王という統治者によってコントロールされていた侵略だったのか。
『当時の侵攻の目的も今と変わらないらしい。違うのは、魔王が健在だったこと。次代の魔王を引き継ぐのに相応しい『DEMON』を決めるための『レース』だったんだと』
(そんなもん、なんでこっちの世界でやる必要があるんだ。そっちで勝手にやってればいいだろ)
『さっきも言ったろ。力を高めるためだ。『DEMON』が強くなるための手段は基本的に二つ。人間のような精神エネルギーを発する生物から喰うか、あるいは同種の存在を喰うかだ』
(――は?)
『共喰いだよ。魔界の中で力を高めるなら共喰いしかないんだ。王を決めるための戦いで、統治するべき民を喰うわけにはいかないだろ? だから代わりの手段としてこっちの世界に来てるんだ』
聞けば聞くほど傍迷惑な話だ。こちらの世界に何一つ利がない。
(なら、お前もそのために来たのか?)
こいつだって魔障の一体であることは事実。なら、こいつも魔王を……?
『――違う』
だが、返ってきたのは明確な否定だった。どこか重苦しい、かすれた声。
『ここからは俺自身の話だ。俺がこの世界に来たのは自分の意思じゃない。ある『DEMON』に連れてこられたんだ』
(つまり、そいつがこの前の異常個体に関係してるってことか)
『そういうことになる……俺はな、魔界にいた頃……『空っぽ』だったんだ』
そうして語りだしたのは自身の過去。
(空っぽ……?)
『『DEMON』ならだれでも持っているようなもの――それを二つ、持たずに生まれた。一つは魔力。もう一つは自分自身のモチーフとなる欲望だ』
自分のことのはずなのに、どこか他人事のような口調。あまりにも寒々しい独白だった。
(……お前は『模倣』じゃないのか?)
こいつは自身をそう説明したはず。それが違うということだろうか。
『『
(それ、は……)
『そもそも俺がどこから来たのかもわからないんだ。気付いた時には魔界の片隅にいた。親もいない、名前もない。魔力も、欲望すらもない。そんな『空っぽ』だったんだよ、俺は。でも――』
平坦だった声に苦しみが滲む。ここまでの内容以上の物が、これから語られるのだろう。
『そんな時……ある『DEMON』が現れた。名前はゾディア、『生』を求める研究者。あいつは俺の特異な性質を聞きつけて――実験台として、都合のいい人工の魔力を詰め込もうとした』
(生体、実験……)
『当然、まともな実験じゃない。だからあいつは、こっちの世界に俺を連れてきてから実行に移した。そうすれば実験の内容が露見することはないからな。そして、俺は僅かながらに魔力を得ることになった』
魔力を得たことになんの喜びも見出していない、苦しげな声。
『ある時、脱出の機会があった。理由はわからないけど、監視の目がなくなったんだ。すぐに逃げ出したよ。魔界ならまだしも、人間界ならゾディアから隠れられるって。当てもなく、目的もなく。ただ、実験の苦しみから逃げ出したんだ』
見知らぬ世界に、寄る辺もなく一人。それは想像を絶するほどの孤独だったのではないか。
『逃げて、逃げて、逃げて……そんな時、偶然見たんだ』
声のトーンが、わずかに熱を帯びた。
(何を)
『ヒーローだよ』
あぁ、きっとこれが、こいつの原点なのだ。
『電器店のウィンドウに、テレビモニターが並んでいた。その画面の中で、変身ヒーローが戦っていた』
(特撮か)
『そうだ。俺には何の予備知識もなかった。ただ、吸い寄せられるように画面を眺めていた。悪役が現れて、人々が逃げて、ヒーローが立ち向かっていく。そんな単純な話だ。でも……』
また、少しの間があった。
『自分の欲望すら持てないまがい物の俺から見たら、命を燃やして誰かのために戦うその姿が、眩しくて仕方なかった。俺にはないものを全部持っているように見えた』
言葉が、静かに紡がれる。
『テレビの中のヒーローだって、人間が作ったスーツを着ただけの、作られた虚構だ。まがい物さ。だけど、あの時の俺には、彼らが紛れもない『本物』に思えたんだ。――何者でもない俺でも、あの姿を模倣すれば、本物のヒーローになれるんじゃないかって、本気で信じるくらいにはな……馬鹿みたいな話だろ。空っぽの落ちこぼれが、テレビを見てヒーローに憧れたなんてさ』
俺は何も言わなかった。いや、言えなかった。
『その直後だ、別の『DEMON』に見つかった。祓魔士にやられたんだろうな。そいつは弱ってた。今にも消えそうで――俺を喰うことで力を取り戻そうとした』
(それは、あの時の……)
『そうだ。瀕死の『DEMON』にすら抵抗できない俺は、自分の死を予感して――お前と出会った』
こいつと出会った、あの夜。俺の運命が変わった夜。
『俺はお前と
(それは、つまり)
『ゾディアが使っていた薬品の匂いと、脈打つ魔力の波形……昨日見たあのアンプルからは、あいつの気配を感じた。最近増えてるっていう異常個体、あれはきっとあいつの実験体なんだ』
そこまで言って、少しためらうような気配を醸し出す。次につなげる言葉に迷うような雰囲気が。だから、こちらから聞いてみることにした。
(お前はどうしたいんだ? そのゾディアって魔障と戦うことになるとして、立ち向かうのか、それとも……逃げるのか)
『逃げたく、ない。だって、『ヒーロー』は絶対に逃げない。どんなに強い相手でも、どんなに怖くても、必ず戦って、最後には勝つ。でも……あいつの前に立った時、自分の心が戦えるかがわからないんだ。今でも、思い出すだけで震えるほど、怖い』
震える声。あのアンプルを見たときと同じ、こいつには珍しい恐怖の感情だった。
(……そうか)
『……失望したろ。カッコいいヒーロー気取りの俺が、本当はただの臆病者だったなんてさ……』
(そうかもな)
『――っ!』
俺は冷徹に、しかしハッキリと告げた。息を呑む気配が伝わってくるが、構わずに言葉を続ける。
(……別に、それでもいいんじゃないか?)
『え?』
(そもそも、毎回言っているが俺は別に『ヒーロー』ってものにこだわりはない。俺の目的は両親の仇を取ることで、『ディード』はそのための手段でしかない。そして、
言いながら、俺はそれが正確な事実の整理だと思っていた。俺が求めているのは魔障と戦うための力。それを生み出すシステムである『ディード』だ。
(お前が逃げ出したいって言うならそれでもよかった。でも立ち向かう気があるのなら……俺が戦うだけだ)
『そう、だな。戦うのは俺じゃ、ない……』
この判断が致命的な間違いだった、と知るのはもう少し後――ディードが、初めて敗北した時だった。
「はぁっ!!」
『ディード・スマッシュ!!!』
真昼の路地裏、どこか薄暗いその空間を閃光が走る。
「効か、ねぇ! 俺は、死なない!」
「ちぃっ!」
漆黒の装甲に身を包んだ俺と、魔障憑きの戦闘。様々な情報を叩き込まれた俺が、考えをまとめるべく、大通りの喧騒を離れて路地に入ったところに現れたこいつは、先日遭遇した異常な魔障憑きと似た気配を放っていた。今しがた叩き込んだ渾身の拳も、何事もなかったかのように立ち上がってくる。
(また実験体か!? 戦いにくい……!)
『――蓮、距離をとれ!』
『ディードバスター!!』
脳内の助言と共に、手の中に銃形態のバスターが顕現する。
弾丸をばらまきながら大きくバックステップ。しかし、敵はその弾雨を無視して凄まじい勢いで突っ込んでくる。
(やはり銃は効果が薄い……! ここは!)
『SWORD MODE!』
横に跳んで突進の軸を外す。すれ違いざま、鋭利に変形させた刀身でその胴体を深く切り裂いた。確かな手応えが手元に残る。前回の実験体ほどの硬さでは、ない!
「痛い……死ぬ、死にたくないぃ!!」
(……ここは一気に決める!)
振り返って再び突進してくる巨体を受け流し、俺はバックルに手を添える。打ち込むのは、全力の一発。
『CHARGE ONE! TWO!! THREE!!! FULL CHARGE!!!』
右足へ、漆黒の光が溢れんばかりに収束していく。
『ま、待って、蓮――』
その瞬間だった。
何かが、決定的にずれた。
うまく言語化できない感覚だった。いつもなら力が満ちる瞬間に、どこかワンテンポ遅れるような、魔力の循環に微妙な齟齬が生じるような――そして、脳内の気配が、一瞬恐怖で縮こまったような、そんな違和感。
「死なない、死なないぞ! お前が、死ね!」
その違和感の正体を確かめるよりも早く、三度戻ってきた巨体が眼前に迫る。
「――っ!」
『ディード・フィニッシュ!!!』
想定通り、カウンター気味にその横っ面へ蹴りを叩き込む――が、手応えが明らかに軽い。倒しきれていない!
「まだ、だぁぁぁ!!」
「くっ!?」
吹き飛ぶはずの敵が強引に踏みとどまり、再び突っ込んできた。こちらの体勢は崩れていて、回避しきれずに押し潰される。
「捕まえたぁ……いただきます!」
両腕を万力のような力で掴まれ、コンクリートの地面に激しく押し倒された。そのままガバリと、人の限界を超えて裂けた大口が開く。こちらの肩口へ、牙が容赦なく突き立てられた。
「がっ、ぐぅ! 俺を喰うつもりか……! 離、せ!」
装甲ごと、俺の肉を食いちぎらんとする凄まじい咬合力。ある程度は自由な両足で何度もその腹を蹴り上げるが、硬質な筋肉の壁の前では大した効果を発揮しない。
「逃がさない! このまま、美味しくいただく……! そうすれば、俺は死から離れられる!」
「お断り、だ!」
それでも僅かに生じた隙間に、折りたたんだ両膝を無理やりねじ込む。そのまま、全身のバネを爆発させて全力で蹴り飛ばした。
「ぎゃっ!?」
「はぁ、はぁ……! 今度こそ、終わりだ!」
『DESIRE!』
コアを引き抜き、バスターに差し込む……だが、やはりおかしい。心なしか、刃を彩る青い光が細く、弱い。
『SWORD CHARGE!』
違和感はあるが今は戦闘中だ。とにかく、これで決める……!
『DESIRE SLASH!!』
「せぇいっ!!」
「ぐあぁぁっ!?」
首筋を狙ってバスターを一閃。光の刃が実験体を切り裂き、今度こそ、その全身が崩壊していった。
「ふぅ……っと、これは……」
排出された宿主とアンプル。回収は――
「――っ、また自壊か」
手が触れる前にまた粉々になる。徹底して証拠を残さないようにしているらしい。
『UNLAY……』
『…………』
なんとかなった。だが……薄氷の勝利だ。頭の中は、まるで誰もいないかのような不気味な静寂に包まれていた。
何か決定的なズレを感じながらも、接近してくる複数の足音を察知した俺は、急ぎその場からの離脱を開始するのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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