女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる 作:maki@
「――それで、やっぱりまた変な魔障憑きが夜に出たって――」
「でも、別にそこまで強いってわけでもないんでしょ?」
「いやいや、あの硬さは面倒でしょ」
「気でも狂ったみたいに襲ってくるの、怖いわ」
「なんか、遺留品によくわからない機械があったって噂も……」
「……随分と噂が広まっているみたいね」
月曜日、朝の登校中。隣を歩くお嬢が、冷ややかな声で呟いた。
朝の爽やかな日差しとは裏腹に、すれ違う生徒たちの間では不穏な噂話が囁かれている。
「前に話していた異常な個体の件ですか。お嬢は遭遇したんですか?」
「まだ。話には聞いているけど、私の前には現れないのよね」
ゾディアの実験体は着々とその数を増やしているらしい。俺も短期間のうちに2度遭遇しているし、無視できない事態だ。
「……昨日、お母様――対魔局の幹部会からも正式にお達しがあったわ。件の異常個体を最優先で警戒し、逃がすことなく即座に討伐せよ、ってね」
「上の方も本腰を入れた、ということでしょうか」
「それだけ被害が広がってるのよ。私の前に出てくれば即斬るのに……」
物騒なことを言い出したな……実際、お嬢ならそれができるだろうから恐ろしい。
「あなたも、しばらくは大人しくしてなさい? 夜の散歩だの、長時間の残業だのは控えるように」
「――はい。承知しました」
返事だけは殊勝にしておく。この約束を守ることは、できないだろうけど。そんな内心が見透かされたのか、お嬢は目を細めてこちらを見据える。
「……今回の件、かなり危険度が高いわ。報告にある限り、異常個体は正気を失ったように見境なく暴れるらしいの。近づく者は全部なぎ倒す勢いでね」
「なにかしらの要因でそうなっている……? 自然発生なのか、人為的なものなのか。もしそうなら目的は――」
そう、そこがわからない。ゾディアの実験体であることは分かったが、その意図が読めない。情報の出どころが出どころだけに、誰かと相談することもできやしない。考えこもうとする俺の眼前に、すっと細い指が入り込む。
「理由なんてどうでもいいわ。そういう傾向にある、だからこそ早急に狩りつくさないといけない。それだけよ」
自信と自負に溢れた表情。その堂々とした態度と、あれこれ考える自分を比べて苦笑してしまう。
「――えぇ、全くです。おちおち散歩もできやしない」
「それに関しては魔障がいる限りはずっとやめてほしいんだけどね……!?」
俺だって、
「……お母さまも言っていたと思うけど。私たちはあなたに、危ないことはしないでほしいのよ?」
そうやって諭すように言う姿は親子でそっくりだ。
「ええ、それは重々、存じています」
「なら――」
「ですが」
俺は歩みを止めず、前を見据えたまま静かに言葉を継いだ。
「……あんな思いをする子どもが一人でも減るなら――災いを齎す魔障が一匹でもこの世界から消えるなら。俺は止まりませんし、多少の危険も冒します。」
「っ……!」
『…………』
お嬢が息を呑む気配がした。俺の胸の奥で燻り続ける『熱』が、ほんの少し漏れ出てしまった。しかし、紛れもなく俺の本心でもある。対魔局に入った時から変わらない、俺の行動指針。
「……そう」
「えぇ、こればっかりは譲れません。とはいえ、別に俺も死にたいわけじゃないですから。ちゃんと引き際は見極めますよ」
「あなたのことだからそこは疑っていないけど……」
「ちなみに件の異常個体ですが、おそらく『生』に関する欲望が関係しています。狂暴性は増していますが、こちらの出方への対応は単調になりがちですね。また、本能的な動きが多くみられ、場合によっては逃走を図ることもあるそうなのでご注意ください。魔力や身体能力の向上も見られますが……基本的にお嬢の実力なら、後れを取ることはないでしょう」
「――明らかに報告内容や現場の痕跡からわかるレベルじゃないじゃない! 情報は、ありがたくもらっておくけどね!」
「――あぁ、後、首筋が弱点なことが多そうです」
「本当に、そういうところよ……!」
「今日は絶対に寄り道せずに帰ること!」と更に釘を刺すお嬢と別れ、俺は普通科の教室へと向かう。これだけ言われたら仕方ない。流石に今日くらいは大人しくしておこう――
――と、言った先からこれだ。
(まさかいきなり残業になるとはな……)
その日の夜。隠蔽工作に予定以上の時間を取られ、夜の街に取り残された俺は、静まり返った路地を歩いていた。暴れまわる実験体の被害は、留まるところを知らないようだ。
『…………』
一日中、脳内は不気味なほど静かだった。昨日の戦いの後、殻に閉じこもったように何も話さない。あの時感じた手応えの軽さ――その原因を確かめるべく、声をかけようとしたその時だった。
「――っ!?」
ぐにゃりと、前方の暗がりから「何か」が湧き出してきた。
「死に……たく……ない……! お前、吸わせろぉぉぉッ!!」
異形の叫びが夜空に響く。
そこにいたのは、人間の形を辛うじて保っているだけの怪物だった。肉体には太いアンプル状の器官がグツグツと脈動しながら埋め込まれており、蛍光色の怪しい液体が皮膚を透過して発光している。
(くそっ! おい、やれるか!?)
『っ、あ、あぁ……!』
『ディードライバー!!』
僅かに遅れた声とともに、腰に重厚な金属の質量が顕現する。
不安要素は多いが、やるしかない!
『DESIRE!』
『DEMON!』
「変身……!」
『OVERLAY――ッ!!』
『D・D・O!! ディード!!!』
『I'm a HERO!』
漆黒の装甲が全身を包み込む。だが――普段なら全身にみなぎる力をあまり感じ取れない。ベルトが吐き出す音声はどこか細く、不安を覗かせていた。
「命を……命を寄越せぇぇッ!!」
「ぐっ!? なんだ、これ……!?」
実験体が肥大化した巨体で突進してくる。単調なその動きを余裕をもって躱す――はずが、躱しきれず腕に掠った。鈍重極まりない動き。そして俺を驚かせたのはそれだけではなかった。
『魔力が、力が吸われてる!』
(この脱力感はそういうことか……!)
掠った部分から更に力が抜けるような感覚。どうやら、接触した相手から魔力を吸い取るらしい。
「もっと、もっと寄こせぇ!!」
「これ以上持ってかれてたまるか!」
『ディードバスター!!』
本来なら射撃で牽制したいところ。だが、
『SWORD MODE!』
「叩き斬る……!」
今度は外さない。彼我の速度差を考慮した、紙一重で繰り出すカウンターの刃が実験体の腕の肉を大きく切り裂く。
「あはははっ! 効かなぁい! 死なないぞぉぉッ!」
実験体の肉体に埋め込まれたアンプルが不気味に光った。削り取られた箇所から薬品が噴き出し、一瞬で傷が修復されていく。常軌を逸した再生力。
(再生が早すぎる……! あのアンプルのせいか!?)
『れ、蓮……!』
「くそっ!」
どこか怯えたような声を無視して、何度も斬りつける。そのたびに傷は再生し、僅かな接触と共になけなしの魔力が奪われていく。
焦りが募る。敗北の予感がすぐ背後まで迫ってきている。
(再生されるなら、それが間に合わないほどの一撃を叩き込むしかない……が、今の俺にやれるのか……?)
それこそ、昨日も必殺技で倒しきれずに窮地に陥ったところだ。今回は倒せる、なんて都合のいい想定はできない。
撤退――不可能。今の俺の全速力は明らかに奴に劣っている。
救援――望み薄。通報すらできていない。ここで戦闘が発生していることを知る者はいない。
討伐――僅かだが可能性はある。奇跡的に出力が足りれば倒しきれるかもしれない。
(奴も実験体なら、首に急所があるはずだ。そこに全力を叩き込むしか……)
『蓮、ダメだ……逃げた方が――』
(できるならやってる! 奴より俺の方が遅い以上、どこかで追いつかれる! せめて多少はダメージを負わせないと撤退すらできん!)
弱腰の声を一蹴し、バックルに手を伸ばす。限りなく可能性は低いが、この一撃に賭けるしか道がない。
『CHARGE ONE!』
「諦めてぇ、俺に全部寄こせ!」
『CHARGE TWO!!』
「誰が諦めるか……!」
『CHARGE THREE!!! FULL CHARGE!!!』
『う、うわぁぁぁぁぁ!?』
『ディード・フィニッシュ!!!』
もはや、それは必殺と言える力を秘めてはいなかった。収束するはずの光は散り、渾身の蹴りは実験体の身体を僅かに抉り取るだけにとどまった。それどころか――
「こっちの番だなぁ!」
「がはっ!?」
一瞬で再生していく肉体。そして隙を晒している俺の身体を強烈に打ち据える拳。
(やばい、反撃の暇が、ない!)
殴られ、蹴られ、碌に防御も回避もできずにダメージだけが蓄積していく。そして、最後に――
「捕まえたぁ! もらうぞ、全部!」
「ぐっ、離せっ!?」
足が掴まれ、そのまま持ち上げられる。
当然、そこから急速に魔力の簒奪が行われていく。
(不味い、不味い不味い! このままだと本当に――)
『あ、あぁ……! 蓮、蓮!』
装甲が消えていく。俺がディードとして戦うための力が奪われていく。
「ふぅ、ご馳走様でした……! じゃあ、終わりだ!」
「ぐっ!」
全身の装甲が完全に消失し、その分の隙間から捕まっていた足が抜ける。自由の身になった俺は、しかし戦う力の全てを失っていた。
『蓮! 逃げろ! 蓮!!』
(無茶、言うな……)
体が動かない。全身傷だらけで、まるで力が入らない。俺の頭を掴んだ実験体にも、何の抵抗もできずにされるがまま。
「最後はこのまま頭を砕いてやるぅ! 派手に死をぶちまけろ!」
(くそ、ここまで、なのか……? もう、意識が……)
「――蓮っ!!」
視界が黒く染まる中、俺が最後に認識したのは誰かの声。そして僅かな浮遊感と柔らかい感触。その正体を理解する前に、俺の意識は闇に融けていった……
俺のせいだ。
『おい……おい、蓮! しっかりしろ!』
俺が中途半端な気持ちでいたから、蓮をこんな目に遭わせた。必死に戦っていたこいつの足を、俺の弱さが引っ張ったんだ。
確かに実験体は強かった。でも、ちゃんと必殺技を叩き込めば、逃げるくらいはできたはずだった。なのに、俺が怯えて、肝心なところで魔力が細くなって……
「さぁ、どんな形につぶれるかなぁ!?」
蓮は気絶し、ピクリとも動かない。実験体はその体を弄ぶように左右に揺らしている。そんな最悪の現実が、目の前に広がっていた。
どっちかにすべきだったんだ。本物のヒーローとして、どんな恐怖にも負けない勇気をもって戦うのか。それとも、無力な存在として、一生泥水をすすりながら逃げ回るのか。
中途半端にヒーローに憧れて、その形だけを『模倣』して、戦った。心の奥底で怯えていた情けない自分から、都合よく目を背けて――その代償が、これだ。
「……」
蓮は動かない。まだ微かに息はあるけれど、それも時間の問題だ。
――覚悟を、決めるべきなんだろう。
ここまで俺の拙い『ヒーローごっこ』に、文句を言いながらも付き合ってくれた大切な相棒を、ここで見殺しにすることなんてできない。たとえ逆立ちしたって敵わないとしても……今度こそ、俺自身の魂を燃やして最後まで抗わなければならない。きっと、俺が憧れた『ヒーロー』なら、泥塗れになってでもそうする。
それでも、身体が動かなかった。
蓮の肉体から這い出て、俺自身の力で戦おうとしても、魂の根元が恐怖で硬直してついてこない。
(なんでだよ! どうして動けないんだよ、俺の身体……!!)
恐怖が俺を縛り付けていた。ゾディアへの恐怖、こいつに立ち向かう恐怖……死ぬ、ということに対する恐怖。
「じゃあな! 俺の養分になってくれてありがとよ!」
実験体の手に力が入り始める。それが頂点に達した時、ただの人間でしかない蓮の命は間違いなく途絶える――それでも、俺は一歩を踏み出せない。
あぁ、やっぱり、俺なんかじゃヒーローには――
「――蓮っ!!」
「ぐっ!?」
(――え?)
夜の闇を切り裂く、甲高い金属音。蓮の頭を掴んでいた腕は宙を舞い、落下する蓮を優しく受け止める。
「どこのどいつかは知らないけれど――」
聞き覚えのある、凛とした、しかし怒りに震える声。蓮を抱きかかえ、凄まじい霊力の波動を放ちながら実験体を威圧するその背中。
「
霊衣を身に纏った祓魔士――如月紗夜の背中は、大切な物を守る『ヒーロー』の背中そのものだった。
「ガあぁぁぁ!? 腕が……俺の生がぁぁッ!?」
ようやく現実を認識したのか、遅れて耳障りな悲鳴を上げる魔障憑き。その間に新たな腕が傷口から生えてきていた。だが、そんなものはどうでもいい。
(あれだけ大人しくしていなさいと言ったのに……! よりによって、その当日に襲われるなんてどういうことよ!)
私の腕の中には、傷つき、気を失った
激しい怒り、焦り、そして後悔が脳内を渦巻いている。
祓魔士として、いかなる時も平静であれと叩き込まれてきたけれど――『家族』に牙を向けられ、今にも命を奪おうとする姿を目にした瞬間、そんな教えなど消し飛んでしまった。今にも暴れだしそうな感情を、改めて走らせる冷徹な戦術判断で辛うじて制御する。
距離をとった魔障憑きを鋭い視線で警戒しつつ、素早く蓮を寝かせて、その容態を確認する。全身傷だらけではあるけれど……胸は僅かに上下している。
(間に合った、か)
ひとまず最悪の事態は免れたことに安堵する。とはいえ、目に見えない内臓に損傷を負っている可能性もある。早々に目の前の魔障憑きを討伐しないと……!
「なんだお前、邪魔するなぁ!」
「――『纏刃』」
魔障憑きが直線的に突進してくる。今朝、蓮が教えてくれた通りの、本能的なあまりにも単純で読みやすい軌道。
躱すまでも、動くまでもない。そもそも背後に横たわる蓮から離れる気など、毛頭ない。『残月』に霊力を一気に注ぎ込み、眩い刃を形成する。
「お前の力も、もら――」
突き出される巨腕。どこか生々しく光るそれを、私は正面から叩き切る。
「――は?」
「この手が蓮を傷つけたのね? そんなもの――」
切り落とされた腕がゆっくりと地面に落ちる――寸前、返す刀で放った『刃波』がそれを跡形もなく消し去る。
「――この世界に塵も残さないわ」
どうせ再生するのだろうが、容赦してやる義理もない。
「死、ぬ……? これじゃ、死ぬ!?」
「終わりよ。さっさと宿主を解放しなさい」
「嫌だ……嫌だぁぁぁ!」
敵わないと見るや反転して逃げ出そうとする。これも蓮の情報通り。そして、そんなことを許すわけがない。
「その命で贖いなさい。誰の家族に手を出したのか思い知れ」
「『
無様に逃げるその首に全力で叩き込む。鋭く伸長した霊力の針が突き刺さった。
「が、ぎ、あ……!」
直撃した魔障憑きは、僅かにもがくような動作を見せた後、一瞬にして黒い霧となって霧散していった。中から転がり出たのは、どこにでもいるような普通の一般男性。そして――
「――これが……」
男の傍らに転がった、小さな筒のような機械。事前情報にあった、異常個体から発見されるという謎の物体。拾い上げようとしたそれは、私の指先が触れるよりも早く、静かに塵となって夜風に消えた。
(あの物体、気にはなるけれど……今はそれより!)
入り込みかけた思考を即座に打ち切る。すぐに振り返り、倒れている蓮の容態を改めて確認する。
「蓮! 蓮、聞こえる!? 返事をして!?」
脈を確認する。息を確認する。先程も確認したはずのそれが、続いていることに一息つく。それでも、意識のない蓮を見ていると言いようのない不安に襲われる。
『家族』を失う。昔日に負った痛みが、私の胸を再び襲った。
「とにかく、早く専門の医療班に……!」
退魔局の端末を操作し、救急と、宿主の回収を依頼する。耳元でミシリ、という音。端末を握りしめる私の手には、知らず知らずのうちに強い力が込められていた――。
(あれには、なれない)
俺は、その圧倒的な光景をただ見ていた。蓮の中で――安全な場所で、呆けるように見つめていた。
誰かのために、勇敢に立ち向かう勇気。守るべき大切な物のために、刃を振るえる力。それが本物のヒーローの形だということを、俺は知っていた。
ずっと憧れていた形だった。テレビの画面の中からそのまま出てきたような、無敵のヒーローの姿だった。
(俺は、あんな風にできない)
自分は、その場所に立てなかった。守るどころか、足を引っ張った。恐怖に負けて、力を出せなかった。大切な相棒を、失ってしまうところだった。
(結局、どれだけ形を『模倣』したって、俺は……)
お嬢サマの毅然とした背中は、俺がこれまでに見た、どのヒーローの背中よりも遥かに眩しかった。
あまりにも眩しすぎて――もう、直視できなかった。
「ほう? これは……」
とある部屋、大量の機材に埋め尽くされたその一室で、一人の男が低く声を上げた。
男が視線を向ける先、モニターに映されていたのは――
「実験体どもに仕込んでおいたカメラか……稼働データの足しになれば、程度に思っていたが思わぬ拾い物だな」
漆黒のスーツを纏って魔障たちを阻んでいた戦士が敗北し、その正体――黒髪の少年の姿を晒す映像だった。
「まさかこんな子供が……それに、この力は――まさか『模倣』か?」
どこか見覚えのある力。男の脳裏に、少し前に
「ククク……他の連中には伏せておくか。こいつは実験のし甲斐がある……あぁ、胸が躍るな」
男はほくそ笑む。己のあくなき欲望を満たす、新たな『玩具』の発見に胸を躍らせていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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