桐藤ハルは走り出す 作:コンテンダーは良いぞおじさん
再出発…なんか違う感も否めませんが取り敢えずやっていこうと思います…
「ひ、ひいぃぃ!?」
怯えたように後ずさるトリニティの生徒を前にして誰にともなく呟く。
「一撃必殺って良いよね」
手元に握りしめた拳銃…と呼んでいいのか少し悩む
「大口径、大火力。無駄弾を使わずに必中させる」
グリップから2つに分かれた銃身からガキュン、と弾き出された空薬莢が宙を舞った。
それを何となしに目で追う。
硝煙の香りが辺りを包んだ…まぁ、既に死屍累々な現状でその匂いがしない場所なんてないけど。
「私はそこに浪漫を感じる」
左手に握りしめた弾丸を開放された銃身に丁寧に込め直す。
既に5発撃った後の熱を持った銃身がチリチリと音を立てながら銃弾を飲み込んでいく。
「たった一発。弾倉も無く、リロードするにも一手間掛かるこの工程が」
喋り続ける私を遠巻きに見る野次馬連中の怯えている様子を見て呆れてしまう。
これだけ隙を晒しているにも関わらず何もしないのか貴様らは。
直接敵対した訳では無いにしろ貴様らはコイツら側だろうが。
「私に実感を与えてくれる」
まだ熱を持ったままの銃身を掴んで銃弾を飲み込んだ銃身を定位置へと戻す。
ガチリ、と銃身がロックされたのを確認して下手人へと構え直した。
「私が人を撃ったって事を忘れさせない様にしてくれる」
でもアンタ達相手なら悪いとは思わないね、と呟いて引鉄を引いた。
拳銃の銃声とは思えない炸裂音を立てて発射された弾丸は敵対者の頭蓋を叩いて
「死にはしないんだから安いものでしょ」
せいぜい起きてからも少しの間頭がクラクラする程度。
…つくづくヘイローとは不可思議なものである。
人によって形が異なり、これを持つ
「ね?だからそう興奮しないでよ」
気絶した生徒達を囲むように存在した野次馬をかき分ける様に現れた知り合いに微笑みながら。
「羽川さん」
「これは…!?」
私を挟んで反対側には気絶した生徒が計6人。
ピクリとも動かないそいつらの制服は至って綺麗なものだ。
全て頭への一撃で気絶させたから当たり前の事ではあるが。
反撃で受けた銃弾の後が生々しく残るズタボロになった私の制服を見て僅かに息を呑んだ羽川さんが問いを投げかけてきた。
「…桐藤さん。これは、貴女が?」
「…この状況でもそう聞いてくれるんだ」
思わず少し驚いてしまった。
現場を見れば一目瞭然にも関わらず断定してこないのは冷静に、公平に物事を見ようとする姿勢からだろう。
正義実現委員会のこう言う所は非常に好感が持てる。
でも悲しいかな…今は見たままなんだよね。
「そうだよ。全員私が撃った」
隠すことでもない。
野次馬してる連中も目にしていた事だ。
「一体何故こんな事を…?」
「いい加減、我慢の限界でさ」
訥々と語る。
「口を開けば嫌味、陰口のオンパレード。動いたかと思えば陰湿な嫌がらせに虐め。私へのそれはまぁ良しとしても…」
周りの子達にそれをされちゃあ黙ってられない。
「それなら私達に知らせてくれれば…」
と何処か悔いるような声を上げる羽川さんに冷たく返す。
「それで捕まえても反省文数枚で出てこれるじゃない」
トリニティではよくある事だから、と。
「この子達、前にも補導されてるんだよ?」
多分覚えてないよね?
「まぁ、数多くいる逮捕者の内の数人なんて記憶してる訳もないだろうけどさ」
そう続けて少し眉間に皺が寄った羽川さんの目を見ながら
「それでも反省なんかしてない。
次は簡単にバレないようにしないとね、だなんて嘯いて。
それを知った時に私がどう思ったか分かる?
「貴女達の
形だけの反省、申し訳程度の謹慎。
それで釈放される現状の何処に正義があると言うのか。
入学後から感じていた諦観を補強する形で愛想が尽きた。
出会った数少ない良い人たちと天秤に掛けてもダメだった。
此処に居たら私は本心から笑えない。
「この連中の同類はそこら中にいる」
遠巻きに見つめる野次馬共をぐるりと見渡すと視線が向いた端から目線を逸らす根性なし共。
囲むだけ囲んで物見遊山だ。
まるで公開処刑を見る貴族の様な気持ちで居たんだろう。
最初のうちは撮影してる奴までいたんだから。
「もううんざりだ…中身がこんなだと知っていたなら進学先に選ばなかったのに」
栄光あるトリニティ総合学園。
キヴォトスにおける三大学園の一つ。
綺羅びやかで慎ましい淑女の園。
その裏側で行われている醜い暗闘を見せないことで保った張りぼての栄光。
最早詐欺だろうこれは。
「…続きは取り調べ室でお聞きします」
私の独白を聞いて苦い顔になった羽川さんが私に手を伸ばしたのを払い除ける。
目を見開いた羽川さんに伝える。
「知ったことか。姉様に伝えておいてよ…私は降りるってさ」
上着のポケットから取り出した退学届を放り投げる。
ひらひらと舞うそれに目が行った瞬間に次の行動を起こす。
「全部、どうでも良くなっちゃったわ」
私は、私の好きなように生きさせてもらう。
そう告げるとともにスカートの端からスモークグレネードを落として視界を奪う。
「ッ!?待ちなさい!!」
「嫌だね!」
そういうが速いか脚に力を込めて一気に野次馬共を飛び越える。
個人的には貴女達の事は嫌いじゃなかったよ、と呟きながら。
「それで、ハルは?」
ティーパーティーのテラスで報告を聞いて力が抜けた足を奮い立たせながら何とか体裁を保って椅子に腰掛ける。
震える手を隠すように握りしめながら。
「以前逃走中です…すみません」
頭を下げる正義実現委員会の副長…羽川ハスミに声を荒げそうになるのを抑えてゆっくりと目の前のカップを手に取る。
「………冷めてしまいましたね」
この場に呼んだ妹が座るはずだった空席を見つめながら呟く。
「現在学区内と他学区への境に検問を敷いて捜索しておりますが…」
現況の報告を受けながら手渡された退学届を指先でなぞる。
(それほどまでに思い詰めさせてしまっていたのですか?)
キヴォトスにおける学籍とは国籍に等しい。
それを手放しても構わないと思うほどの事が合ったのか?
一体何故?と言う疑問が頭を埋め尽くす。
いくら考えても答えなんて出てこなかった。
最後に話した内容が何なのかすら思い出せない事に気付いて呆然とするまでは。
(もっと話す機会を設けるべきでした…!)
後悔先に立たずとは言うが正にその通りである。
フィリウス派の長になり、ティーパーティーを差配する立場になって。
そこに連邦生徒会長の失踪が重なり上へ下へと混乱する学内を纏めるために寝食を削る生活をしていたとは言え。
あの子からのメッセージに返信する暇も無いほどに忙しかった、というのは言い訳にもならないのだから。
あちらから繋ごうとしてくれていた手が伸ばされなくなったのは既に一ヶ月前以上も前で。
ようやく一段落したから、と招待した席にあの子の姿は無い。
「…どういたしますか?」
報告を終えたハスミさんへ向き直り
「この件はまだ伏せておいて下さい…私が直接、真意を問いただすまでは」
絞り出すように告げた言葉に頷いたのをみて少し安堵する。
(時間の問題ではありますが…)
不特定多数の目の前で退学を宣言したのだ。
箝口令を敷いた所で人の口に戸は建てられない。
噂になることは避けられないだろう。
「学区内で捕らえる様に周知して下さい。…襲撃犯を、他学区に逃がしてはトリニティの名折れです」
実の妹を襲撃犯呼ばわりしなければならない立場に、そうせざるを得ない今の私の不甲斐なさにやるせない怒りを抱きながら。
「了解しました」
軽く頭を下げたハスミさんが席を辞したのを見送って。
完全に力が抜けた私は背もたれに寄りかかる様に崩れ落ちた。
「うわー…滅茶苦茶警戒されてるぅ…」
正実を撒いて学区ギリギリの森の中に身を潜めていると山狩よろしく大動員された正実の生徒達を見つけて思わず眉間に皺が寄った。
(まぁ、6人も弾けばそうもなるか)
それでも我慢ならなかったのだから仕方がない。
開き直りではあるがそもそも水が合わなかったのだろう。
…姉様はちゃんと退学届を受け取ってくれただろうか?
ハスミさんは律儀な人だからほぼ間違いなく渡してくれると思うが…正直すんなり行かせてもらえる可能性は低いと思ってはいた。
(ティーパーティーの首領、三人の首長の一人である姉様の身内の退学だもんなぁ…)
ぶっちゃけスキャンダルもいいところだ。
身内が自分の治める学園の生徒を弾いて逃走、退学するだなんて前代未聞だろう。
今となってはどうとも思えないが。
入学してから数ヶ月間、最初の内はまだメッセージに返信もあった。
端末を起動してモモトークを開く。
他愛ないやり取りが残った履歴を眺めながらスクロールして行くと段々と返事が短くなっていくのがありありと分かる。
最後の方に至っては返事をくれていない。
何なら既読すらついてない。
「所詮はその程度って事だよね」
人間関係は相互に歩み寄らねば維持できない鎖だ。
簡単に千切れないように見えて切れるときは一瞬で千切れる。
それは家族であろうと変わらない。
最早他人と変わらない人の為に自分を殺してまで所属し続けるなんて冗談じゃ無い。
機内モードにして探知されない様にしていた端末を少し名残惜しく思いながら電源を落とす。
暗くなった画面に映る自分の顔を見て薄く笑いながら握り潰した。
少しの抵抗の後、バキバキと音を立ててひしゃげた端末だった物を木陰に捨てて手に付いた破片を払う。
さようなら、一ヶ月分の給料。
トリニティに入学してから始めてやったバイト代で買った端末に祈りを捧げる。
これから先は君を連れて行くわけには行かないんだ…追跡されちゃうからね。
心の中でひしゃげた端末に謝罪しながら次の行動を考える。
兎にも角にもトリニティを脱出しなければ話にならない。
逃亡先の候補は主に二つ。
ブラックマーケットかゲヘナだ。
ブラックマーケットなら学籍が無くても生活出来るのは実体験済み。
賃金は中抜きされまくってしょっぱいし治安も最悪。
後は詐欺やら強盗やらが多いから安寧とは程遠い。
その代わり力が全てな無法者達の楽園だから私でも生きて行けると踏んでいるが。
ゲヘナなら学籍の再取得は比較的容易いと聞く。
治安はブラックマーケットに毛が生えた程度だが治安維持組織である風紀委員会の力が強く、凶悪犯罪なんかはすぐに鎮圧されるらしい。
その辺のヘルメット団なんかもゲヘナの学籍を手に入れて最低限のセーフティネットを敷いている位には緩い。
…節操なく学籍を与えてるせいで治安が一定以上にならないという欠点もあるが、今の私にとっては渡りに船であるのは間違いない。
何よりどちらもトリニティと犬猿の仲だというのが良い。
追求の手が伸ばしにくいのは魅力的である。
どちらに行くにしてもこの包囲網を越えなければならないんだけど…
(私、大物相手ならそれなりにやれるけど対多数だとジリ貧なんだよなぁ…)
相棒として選んだ銃は時代に逆行したかのような単発式だ。
そもそも戦闘用ではなく競技用として考えられて作られたであろうシンプルな構造は故障も少なく、多少乱暴に扱おうと問題ない頑丈さがウリである。
大口径に改造した銃身から放つ弾丸は比類ない威力を誇るのも素晴らしい…が、いかんせん再装填に時間が掛かるのだ。
生まれ持った頑丈な身体で耐えながら一発当てて勝つ。
そんな脳筋戦法しか出来ない私では数を揃えた精鋭相手では分が悪い。
幾ら頑丈とは言え数十発、数百発と集中砲火されてはひとたまりもないのである。
(静かに、バレないように抜ける方法かぁ…噂に聞くブラックマーケットに出没してたトリニティ生の話が本当なら隠れ道位ありそうなものだけど…)
トリニティは歴史が古いだけあってそこらに歴史的建造物が残っている。
その中には地下通路でどこかに繋がっている物もある、なんて眉唾な話も…いや、シスターフッドの子から聞いただけの知識を元に賭けに出るのは危険すぎるか。
(…はぁ。気が進まないけどやっぱり砂漠ルートかなぁ)
碌な準備も無いまま砂漠越えは自殺行為に近いが…外周に沿って進むならまだ目はある。
音がならないように軽く頬を叩いて気合を入れる。
行くとしますか…アビドス砂漠!
マイルドに…マイルドに…!