「あーははははは! うひっ、ひははははっひーいひははふほはー、きぃーっひっひっひ……! ぶはっ、ぶわははははぶはっはー、ぶわはははははー!!」
プラムの笑いが部屋に、本部二階の会議室に響いている。
いや、笑いというか、ほぼ猿叫めいた奇声であるが。
笑いのドツボにハマって、大ウケしながら床を転げ回り、壁に当たって跳ね返ると逆側の壁に激突するのを繰り返して。
とにかく、人としてどうかと思うレベルで大笑しまくっていた。
その様を見下ろしながら、エイジはわなわなと唇とともに全身を震わせていた。
屈辱的すぎて口も開けない。
なにせそのプラムの笑いは、元凶は、はっきりときっぱりエイジ自身だったから。
より正確には、その過去の出来事ではあるのだが……
だからこそ涙を呑む心地で耐えるしかないとも言える。
俗に、未来は無限の可能性に満ちているが、
プラムが笑いを抑えきれない様子のまま、それでも一応転げ回るのを一旦止めてエイジを見上げてきた。
というか、机の脚に身体ががつっと引っかかって、勝手に止まっただけっぽかったが。
「ひー、ひー……! じゃ、じゃあなんすか。先輩は昔、シャルルちゃんに会ったことがあって? その家に何日かお世話になった幼なじみで? その時に、ぷっ、くく、くくく……! つまりその、要は、剣を教えてあげていたと……ぷー!」
「別に、それはおかしいことないだろ。確かにちょっと、ちょっとだけ、出会い頭におかしな事態になってたけど……」
「ちょっとで済んだら世話ねぇーっんすよねぇーっ! あはははは、なんスかなんスか『お前に名乗る名などない!』ビシィッ! って! マジでなんスか、私を笑い殺す気ッスか、ひゃーははははー!」
「うがーっ! だーから話すの嫌だったんだよ! それをお前、人の恥ずか死ものの黒歴史を根掘り葉掘りと、遠慮も加減もなく深掘りしやがって!」
「いや笑うだろこれは。エイジ、お前ってやつは……面白いやつとは知ってたが、これほどとは予想もしてなかったぞ?」
と、横合いから――エイジからひとつ空けて隣の席から言ってきたのは、これまた顔なじみの騎士だった。
ベック・チーク。
額の鉢金と、ひとつにまとめて垂らした縛り髪が特徴の、落ち着いた物腰の少年だ。
やや吊り目気味だが愛嬌のある顔立ちで、街の女子によく声をかけに行っているらしい。
そんな軟派な印象をそのまま声音に乗せて、ベックはエイジに続けてくる。
「まあ、出会い頭の……くくっ、おかしな決めゼリフはともかくとして、その続きも大概オモロだろ。なんだよ『最強の騎士の名前を付けようぜ!』って。どんな頭してたらその発想とセリフ出てくんの?」
「うるせーな、ベック! 子どもの頃の話だろ!」
「だからなおさら笑えるんだろー? 天然記念物ものの馬鹿……いや、変態……いや芸人? 騎士団の上層部に申請すれば、カブキ天下御免の赦しだってもらえるぜ?」
「いらねーよ! 珍妙な称号を
ぎゃーぎゃーと三人、わめいてやり合う。
といっても、叫んでいるのはエイジひとりだけで、一方的にやられっぱなしの状況だったが。
で。
「に、してもー……ちょっと気になってたんすけど、例のあの、ほら。最強の必殺剣の名前」
「言うなよ。絶対に名前は出すなよ!」
「じゃあ端折りますけど。なんたら『アークセイバー』って、騎士団では特別で有名な名前じゃないッスか?」
「――――」
プラムの口から出た当然の指摘に、エイジは思わず口ごもった。
予想していなかったわけではないが、正直、都合よく気づかれないことを期待していたのだ。
ベックが引き継いだ。
「ああ、プラムちゃんは模擬戦で立会人を務めたから見てたんだっけ? その新人の天才の子が、光の剣を使ったっていうとこ」
「はいッス。っていっても、セイラム様から他言は控えるように言われてるんすけど。そりゃまあ前代未聞ッスからね、騎士の家の出でもない、なんの変哲もない農村出身の素人が、いきなり騎士団の奥義を使いこなしてるんすから。噂になったらシャルルちゃん、孤立しちゃうかもしんないッス」
「そこは妥当な判断だろうな。正直、俺でも嫉妬しちまうような話だし。ま、それはそれとして、そのシャルルちゃんの剣のルーツは――エイジ、お前ってことになるよな? そこらへんはどうなんだ? 説明つきそうか?」
「それは……」
思わず口ごもりそうになってから、下手に誤魔化すほうが危ないと思い直す。
全部を話す必要はないが、なるべくそのまま答えることにした。
「俺の家が、そもそも『アークセイバー家』の流れを汲んでるんだよ。いわゆる『名家の傍流』ってやつで。で、俺には親戚の兄貴がいたんだが、その人が光の剣の使い手だったんだ。とんでもない達人だった。だから昔の俺は、それを真似っこして遊んでたんだ」
「でー、その真似っこの真似っこを特訓してたシャルルちゃんが、たまたま『光の剣』に覚醒したと。とんでもない奇跡ッスけど、筋は通ってるッスね。藪から棒で降って湧いた話ですけど、それでもそこらへんが発端になってる感じ」
「アークセイバー家は騎士の名門だからな。光の剣士を何人も輩出してる。エイジがその親戚ってのも初めて聞いたけど、その剣技のごっこ遊びから本物が現れたのか……まあ、とんでもない話だけど、源流が同じっていうことなら、あながちない話でもないのかもしれねえ」
実際、自分としてもそう言うしかない。
エイジ自身、シャルルのこと自体を忘れかけていたのに、それが半ば伝説とも言える光の剣を引っ提げて会いに来るなんて、想像できるわけないだろう。
ベックが苦笑して言葉を継いだ。
「で、若手のエースのエイジ様としちゃ、
「うっせ。この場の全員、シャルルの剣と比べれば似たり寄ったりで大差ないだろ。
「――そういう卑下は感心しないな。騎士ならば飽くことなく向上心を持てと、朝礼ではいつも教えているぞ。お前はサボってるが」
不意に部屋の外から聞こえてきた声に、室内の三人は姿勢を正した。
プラムなどは極端なもので、寝転がっていた床から速やかに跳び上がって自席に着いたほどだ。
ドアが開く。
姿を見せたのは予想通りふたりの女性、セイラムとシャルルだった。
ふたりとも騎士の正装である――セイラムは位が上なこともあって、その左肩にはマント状の飾り布を着けている。
シャルルは昨日見たままの格好だが、さすがに模擬戦で着いた埃や汚れは綺麗に拭ってある。
相変わらずの鮮やかすぎるほどの金髪金目は、見ていると二重の意味で目が痛い。
セイラムの後ろから元気に手を振ってくるが、エイジはそっぽを向いて無視を決め込んだ。
問題児だらけのメンバーの誰に対してかは分からないが、セイラムがやれやれと嘆息した。
そうして噛んで含めるように告げてくる。
「自分を低く見積もるのも論外だが、騎士団の三色の剣――攻撃の赤の"勇猛さ"、防御の青の"忠義心"、そして変化と速度の白の剣が象徴する"無私の名誉"。これらは等しく騎士がその心に掲げるべき徳目であり、ひとつとして欠かせないものだ。そこに差異はあっても優劣はない。我々四光騎士団が連携を重視するのも、お互いに足りないものを補い合い、戦場において隙を作らずら最大限の強みを発揮するための――」
「おはようございます、副長殿! 本日もご機嫌麗しゅうございますね!」
くどくどした説法に嫌気が差して、エイジは強引に割り込んだ。
セイラムが露骨に顔をしかめる。
が、話の本筋を逸れかけていたのは自覚したのだろう。
こほんとひとつ咳払いしてから、改めて口を開いた。
「遅刻者がいないのは感心だ。エイジ、ベック、プラム、それにシャルル――今日からお前たちには、四人でチームを組んでもらう。正式名称としては『第十六小隊』になる。といっても、本格的な作戦実行部隊というよりは、見習いのような立場だと思っていい」
「いよいよ俺らも、小隊を組むところまで来ましたか。扱いに困る問題児を寄せ集めて、適当に扱ってる感もありますがねー」
肩をすくめて冗談めかしたのは、ベックだった。
まあ……この錚々たる
手がつけられない暴れん坊のエイジ、軟派騎士で有名なベック、命令にこそ従うがイタズラ好きで通っているプラム、そして、ド新人のシャルル。
マトモなチームとして機能するとは、その一員ながら到底思えない。
セイラムはいちいち反応しなかった。
というより半ば予想していたのだろう、用意していたようになめらかに言葉を返した。
「そうだな。だからまずは地道で簡単な任務を続けて、評価を固めてもらう。悪い言い方をすれば小間使いだ。お前たちは、なんというか、今までだいぶろくでもなかった。それが急に治って良くなるとは正直まったく思っていない」
「あのー、セイラム様……エイジ君たち、そんなにひどかったんですか……?」
後ろからおずおずと挙手して、シャルル。
どんよりした目で振り返って、セイラムが暗く返答した。
「お前だけが頼りだ、シャルル。たぶん苦労するが、品行方正に頑張ってくれ」
「は、はあ」
「よろしくねー、シャルルちゃん」
「あ、うん、こちらこそよろしくプラムちゃん」
女子隊員繋がりということでか、早々にそこのふたりは仲良くなっているようだ。
まあ、エイジとしては正直、この中ならベックと組むのが一番やりやすいので、あそこのふたりと自然と別れられそうなのは好都合である。
打算的にそんなことまで考えながら、エイジはセイラムに訊ねた。
「それで、副長殿。こうして俺たちが集められたっていうのは単なる顔合わせなんですか? それとも、早速なにか任務が……?」
「さすがに察しがいいのはお前の美点だな、エイジ。そうだ、お前たちにはやってもらうことがある。そのために騎士装備一式を揃えた状態で集まってもらった」
「危なっかしいのは勘弁ですよ、セイラム様。なにせ急造チームの上に、まだ騎士自体にも不慣れな新人がいる。戦闘で連携が取れるとは思えないでしょ、このメンバーで」
「当然だベック。言ったろう、まずは小間使いから始めてもらうことになる」
と、セイラムが部屋の中央の机に一枚の紙片を置いた。
全員でそれをのぞき込む……そこに描かれているのは、どうやら男性の騎士の精巧な似顔絵のようだった。
歳はセイラムより少し上くらいだろう、これといった特徴はないが、壮年らしい落ち着きがうかがえる。
全員が顔を覚えた頃を見計らってだろう。
セイラムがさらに紙の資料を机に広げ、各々がそれに目を通した。
「タロン・イゼルマン。私とは所属も階級も違うが、上級騎士のひとりだ。詳細な説明は不要なので省く、興味があれば手元の資料を見ろ。重要なのは、彼が現在行方不明になっているということだ」
端的に告げるセイラムの声。
行方不明、という不穏な言葉に、反応したのはベックだった。
「つまり、このタロン上級騎士を捜し出すことが任務だと。生死は分かりますか? 魔物の討伐に向かったという話なら、俺らにはその確保は荷が重すぎる」
「それはない。彼が消息を絶ったのは、この剣都内でのことだ。南通りの区画整理が行われていることはみな知っているな? 彼はその件で騎士団側から派遣された人員のひとりだ」
「街中で行方不明ぃ……?」
疑わしく声を上げたのは、エイジだった。
そのもの、疑わしげに眉根を寄せて、セイラムに訊く。
「それ、俺たちの仕事なんですか? いや、人捜しが嫌だとかそんなことじゃなくて。こういうのって大抵、汚職とか収賄とか、そんなようなオチがつく話なんじゃ」
「口を慎め、エイジ。それは根拠もなく口にしていい事柄じゃない。お前の立場以上に、タロン騎士の立場をまず考えろ」
「……すみません。あまりに軽率でした」
失言を悟って、素直に謝罪する。
なんの情報も疑惑もないまま騎士に犯罪の疑いをかけるのは、確かに筋道が違いすぎる。
沈黙したエイジに代わって、再びベックが口を開く。
「情報がなさすぎますね。手元の資料ったって、ただ経歴が書き連ねてあるだけじゃ手がかりにもならない。一応ざっと見た感じ、不自然な点はなさそうですが」
呆れてしまうのは、ベックが既に資料に目を通し終えていること以上に、おそらく『改竄などの形跡がないか』まで見通していることだ。
ベックの、騎士としてとかはまったく関係ない特技というか、能力である。
本人いわく、裏通りのお店で遊んでいるうちに、そういった怪しいものにはかなり鼻が利くようになっていたらしい。
とんでもない不良の経歴だが、これでもベック自身は『清貧な騎士』を自称してはばからず、自ら汚い金や手段に手をつけたことは生涯一度もないらしい。
まあ、普通それは『やらかしてるやつ』の言い訳なのだが、不正の形跡がこれまで本当にひとつも見つかっていないのは、どちらの意味の本物とも取れる。
ともかく。
「えっと……思うんですけど、これ、私たち向きの任務じゃあ、ない……ですよね? だって、騎士は騎士であって探偵さんじゃないし、特に私は新人だから経験だってないんですよ? それを急に人捜しだなんて……」
シャルルが言ったことは真っ当だった。
タロンが騎士団関係者だとはいえ、新人のチームにいきなり行方捜しを丸投げされてもどうしようもない。
途方に暮れる、というやつだ。
「ああ、もちろんお前たちだけに一任するわけではない。先んじて、ベテランのチームがタロンの捜索に当たっているところだ。お前たちは先任のチームと合流して、その指示に従って捜査を手伝ってほしい」
「あー、なるほど、そういう」
ようやく得心がいって、エイジはうなずいた。
確かにそれは小間使いだし、要は先任たちの指示通りに動けばそれでいいわけだ。
地味で地道で、しかも成功の保証もないが、逆に失敗したからといって自分たちの失点にもならない。
あくまで主体は先に任務に当たっている騎士たちで、その雑用係や手伝いと言える。
最後にセイラムが告げた。
「このメンバーの小隊長はベック、お前だ。理由は言わずもがなだが、青の剣の使い手がまとめ役には最も向いている。お前はお前で問題児だが、それだけにこの癖のあるメンバーをまとめるだけの能力も十分だろう」
「うーわ、さり気なく重荷。毎度のこのポジションだけは肩が凝りますよ、そりゃ向き不向きを考えれば仕方ないですけども」
「我慢しろ。私も我慢してる。普段からな」
「分かってますよ。そりゃもう、セイラム様ほどの青の剣の使い手、かつ騎士団きっての苦労人に言われたら、断れませんて……」
ベックはエイジ同様の問題児だが、セイラムに頭が上がらないのは悪友同士の共通点でもある。
普段面倒をかけすぎているせいで、いざという時には頼みも命令も断れない。
人情とはそういうものだ。
「じゃ、そういうわけで!」
ぱんっと手を打ち叩いて注目を集めたのは、プラムだった。
で、なにを言うのかと思えば、こんなことだ。
「チーム、『黒歴史小隊』の初任務ッスよ! 気合入れて行っきましょー、先輩っ!」
「ただの『第十六小隊』だろうが! 勝手に命名すんな!」
「えーでもー、『黒歴史小隊』のほうが覚えやすいし、可愛くていいじゃないッスかー?」
「いーつーまーでー引っ張るつもりだー、このアホ後輩! このアホ、お前本当にこのアホー!」
「い
「あははは、エイジ君、みんなにすっごく好かれてるんだね! 昔とちっとも変わってなくて、嬉しいなあ」
呑気にぽやっと言うシャルルの声に、部屋で手の空いている人間は揃って呆れて嘆息した。