「お前たちがセイラム副長の言っていた追加人員か。俺はシーゲル・グランバッツ。第四中隊の隊長、つまり、今回のお前たちの指揮官になる」
南通りにある三階建ての建物、騎士団にも繋がりがあるという物流倉庫の一室で、自己紹介したのは禿頭の大男だった。
エイジより頭ひとつ背が高く、身体つきもがっしりして、岩をまとったような風貌だ。
肩留めの紋様から子爵相当の騎士、闘爵の地位にある人物だとも分かる。
騎士の爵位持ちは領地こそないが、剣都の内政にも発言権がある役職だ。
無論、セイラムのほうがその立場でも上だが、エイジたち平団員からすれば見上げて首の痛い重役なのは変わらない。
そして著しく礼を失すれば、痛んだ首ごと跳ね飛ばされることもあり得る。
「第十六小隊のベックです。大鷲のシーゲル殿ですね? お会いできて光栄ですが、みな粗忽者ゆえ敬礼は省略させてください、あっさりとボロが出て笑われそうだ……早速ですが、我々の仕事は?」
進み出て一礼したのはベックだった。
小隊の代表が挨拶するのは当然だが、まったく物怖じせずしれっと話を進めているのは、さすがの強心臓だ。
シーゲル騎士は面白くもなさそうに鼻を鳴らし、やや横柄に告げた。
「今すぐには、ない。現在他の隊が周辺住民に聞き込みをしているが、タロン騎士の目撃情報すらろくに集まらず難航している。人員だけ増えても持て余すのが実情だ」
「ここって倉庫ですよね? じゃあ荷運びの手伝いでもしていましょうか?」
と、そんなことを言ったのはシャルルだった。
げっ、とエイジは苦い顔をした。
内心ではベックや、プラムも同じ心地だったろう。
案の定――というべきか、シーゲル騎士はあからさまな嫌味を言ってきた。
「心がけは立派だが、騎士が市民の仕事をするのは推奨されない。理由は色々だが、一番大きいのは『仕事を奪うのは良いことではない』からだ。例外を作るべきではない……そうした常識を知らないあたり、お前が編入されたばかりだという新人の騎士か?」
「あっ、はい! 私、シャルルロッテっていいます――」
「上官に発言、及び名乗るのは相手の許しがあった後だ。先のベックと違い、今回、私はお前に許可を出していない」
「あっ、えっ、えーと」
露骨に当てこすりをされて、シャルルがあたふたと困って両手を振る。
ベックが前に出て弁解を引き継いだ。
「し、シーゲル様。彼女は新米の、新しく配属された騎士でありまして……騎士世界の礼儀作法を知らないのは、仕方のないことで」
「ベック・チーク。今度はお前か? 発言の許しなく口を開くのは」
「あっ、あー、えーと、これはそういう、まあ純粋にそんな意図ではなくてですね……」
が、シーゲル騎士の口調は棘を増すばかりである。
とりつく島もない、というやつだ。
地位のある騎士を相手にすれば、実はよくあることなのだが……それでもムカつく光景だ。
シーゲル騎士は、いいや、シーゲルはこれ見よがしに大げさなため息をついてみせた。
「やれやれだ。まったく、セイラム副長にも困ったものだな。こんな使えん連中を寄越して私に押しつけるとは」
「おいオッサン。今の物言いは副長殿に言いつけるが、構わないんだよな?」
「なんだと?」
「エイジ!? 馬鹿、よせって!」
ベックが、慌てて今度はこっちを遮るが、既に遅かった。
エイジは小馬鹿にした笑みを浮かべ、シーゲルの驚き顔を見据えた。
「地位に任せて新人イビリしてる
シーゲルの禿げた眉がぴくりと動く。
それでも余裕を崩し切ることはなく、威圧的な声が応えた。
「よく吠える口だ。野良犬紛いの若造が、私が剣でなく政治だけで成り上がったとでも思っているのか? そのふざけた思い上がりは叩き伏せて調教してやらねばならんなぁ」
「そっちこそよく回る口だぜ、犬はどっちだハゲ野郎。ハゲの犬とか可愛げなさすぎなんだよ、鳴かしてやるからとっとと始めようぜ。剣を抜けよ、半端者相手に抜けるもんならな――」
「ワン!」
出し抜けに。
本当に犬が鳴いた――鳴き真似をしたのは、シャルルだった。
堂々と胸を張った気をつけの姿勢で、いっそ誇らしげなほどキラキラ表情を輝かせて、一触触発の空気に割り込んでくる。
ベックですら動揺したままの状況で、なのにまったく動じていない様子のシャルルに、シーゲルが怪訝に訊ねた。
「ええと……今のはお前の、その、なんだ。発言か?」
「そうです! いえ、ワンです! 犬の話と聞いて、故郷では鳴き真似が得意だったことを思い出しまして!」
「なんで?」
素で訊き返すシーゲルだが――いや、はっきり戸惑った様子で、なぜかエイジに訊いてきたのだが。
そんなものエイジのほうこそ知りたかった。
張り詰めていた空気が弛緩する。
それを見越していたように、シャルルが敬礼してみせながら口を開いた。
「失礼しました、シーゲル様。なにぶん若輩の身なので、騎士の常識を欠いた発言は寛大にお見逃しください。そういった知識はこれから、隊のみんな、セイラム様、それにもちろん、この任務ではシーゲル様からも学ばせていただきます。先の指摘は私の未熟を憂いてのことと心得ました。ひとつ学んだのだから、次は間違えません」
「…………」
立て板に水に言葉を継ぐシャルルに、シーゲルが沈黙する。
もちろん、完璧な答えだったわけではない……むしろまた作法を間違えている箇所がふたつはあったが、それを指摘することもなく。
結局、シーゲルはそれ以上なにかを言う気が失せたらしい。
嫌味な態度も横柄さも丁寧にしまい込んで、きびすを返した。
「――心がけは分かった。ならばよく励め、シャルルロッテ。ベック、後で一階の北端にある臨時司令室に来い。任務の現状を話しておく」
「りょ、了解しました」
急に振られた話に、どうにか返事したベックを尻目に、シーゲルは退室していった。
ドアが閉まると……
わずかに残っていた緊張が完全に解けて、残った全員の肩がどっと落ちた。
特に板挟みになっていたベックの心労が大きく、どさっと床に膝をついてデカいため息をこぼすほどだった。
「し、しっ、死ぬかと思った……いきなり青の剣士ストレスかかりすぎだろ……」
「あの、ごめんなさいベック君。私のせいで変な空気にしちゃって」
「いや、悪いのは俺だよシャルルちゃん。位のある騎士との接し方は事前に教えとくべきだった。くっそ、このくらいは予想できたトラブルだったんだけどな……」
「ううん。私が不勉強なのは私の責任だもん。なんでも背負い込むことないし、押しつけるつもりなんか、もっとないよ」
「うう、優しさが身にしみる……ていうか胃にしみる。こんな人間できてる子と小隊が組めるのって、やっぱ俺ってめっちゃ幸運なのかも……」
なにやら僥倖を噛み締めて、ひとりうずくまったままうなずいているベック。
それはともかく、エイジは言った。
「にしてもお前、あの突然のワン! ってなんなんだよ。あんな場じゃなかったらずっこけてたぞ、俺」
「えへへ? えっとね、つい咄嗟に思いつきで、場を和ませようかと思って。変だったかな?」
「いーやもうっ、超ファインプレーでしたよシャルルちゃん! 空気読めなさと気遣いの、そのギリギリ見事な境目だったッス。まさにワザマエ、お見事ッスね」
猛烈に褒めまくるプラムは、言うほど疲弊した様子もない。
あんな状況を楽しんでいたなら普通は問題だが、エイジからすればむしろ頼もしい。
自分とチームを組むなら、そのくらいの胆力があってくれなければむしろ困る。
などと、満足げにアホの後輩を眺めていると。
「エーイージぃぃー……」
一瞬、目を離した隙に立ち上がっていたベックに、真横から肩を掴まれた。
ギリギリと締め上げる手の力から逃げられず、仕方なしに振り返って返事する。
「なんだよ? 丸く収まったんだから問題ないだろ、結果的に」
「お前がやらかした不始末だろーが! 火に油ってレベルじゃねーぞ、危うく本気で刃傷沙汰が起きるとこだ! しかも最後まで謝らねーし!」
「いや、あのオッサンがさっさと去っちまったから、タイミングなかったし……それに俺、ああいうノリ嫌いなんだよ。ちょっと立場があるからって偉そうにしやがって」
「ちょっとどころじゃない立場があるし、偉そうどころか偉いんだよ! それに、騎士が礼儀に厳しいのは今さらだろ! 組織ってやつは上下社会のほうが合理的に回るからそうなってるんだよ、いい加減分かれよお前もそれくらいー!」
へーいへい、と適当にうなずいていると、「お前も司令室まで来て謝れよ、ったく……」と心底呆れられてしまったが。
そんなやりとりが終わったところで。
「あの、ね。エイジ君」
おずおず、と声をかけてきたのはシャルルだった。
ちょっとだけ顔を伏せて、心なしか頬を赤くして、指先で三つ編みをいじりながら小さく言ってくる。
「さっきはありがとう。あの、シーゲル様から守ってくれて。嬉しかったよ、優しいんだね、相変わらず。昔のこと思い出しちゃってた……」
「あん? いや、別に俺は……ただ、気に食わないと思ったから、食って掛かっただけで」
「私がいじめられるの、見てて嫌だった?」
「そうじゃねえよ! だから、あのハゲ……じゃなくて、シーゲル騎士の態度と上から目線な物の言い方が」
「エイジくーん!」
「どわあっ!?」
なにがなにやら、感極まったようにがばーっ! と抱きついてくるシャルル。
勢いに、というより不意打ちに対応できず、エイジは彼女もろとも床に転がされた。
そのまますりすりと頬ずりしてくるシャルルに辟易して、エイジは叫んだ。
「だから、違うってんだろ! 勘違いすんな! 立派でもないことやって感謝されるとか、筋が違うっつーか……気持ち悪いんだよ!」
「そりゃまあ、いつも立派じゃないことやっては怒られてますからね、先輩は。なるほどなー、こういうリアクションには案外弱いんすね……今度私も試してみよっと」
「いらん感心してないで、助けろプラム! ぐっ、くそ、妙に力が強くて剥がせないぃ……!」
そんな感じでわちゃわちゃやっていると、ベックが半眼を向けて言ってきた。
「偽悪的なんだよなー、エイジは。行動は問題だらけだけど、根は悪いやつじゃなくて、そのくせ素直じゃないからお礼の類は言われ慣れてない。素直に受け取っとけよ。ストレートに女の子に好かれるの、悪い気分じゃないだろ?」
「床に肩から押しつけられる体勢じゃなけりゃな! あーもー汚れる! ていうか、剣帯がガツガツ当たって超痛い!」
どうにか勢いを取り戻し、抱きつくシャルルの顔をぐいーっと押し返すと、エイジは告げた。
「あれは、そう……俺はお前の、教育係だからな! いわば部下、手下、手先! それが悪しざまに言われてたから、喧嘩の売り方を教えてやった……的な!」
「うっわー。これまた見苦しい言い訳ッスねー」
「しかも不良の流儀を仕込むな、新人に」
「なるほど! 今度私から喧嘩を売る時は、さっきのエイジ君を真似すればいいんだね!」
どうやら納得(?)したらしいシャルルが、ようやく退いてくれた。
ぱっと立ち上がるシャルルに続いて、エイジも埃を払いながら地に足をつけた。
……なんのことはない戯れとはいえ、一方的にやられたことに多少凹みつつ。
気を取り直して告げる。
「じゃあ、ベック。後は頼むな」
「は? エイジお前、話聞いてたか? シーゲル騎士の司令室に謝りに行けって」
「そんなもん、向こうだって気にしちゃいねーよ。あの野郎の爵位は伊達や粋狂じゃない。細かいことをいちいち気にするタマなら、あんな研ぎ澄まされた剣気は纏ってない」
そんなことより、と続ける。
「知ってるだろ? 南大通り、ここいらへんにはあいつの……"路地裏"のやつの棲家がある。情報が欲しいなら行ってみる価値はあるだろう。どうせ暇だってシーゲルも言ってたし」
「だからって勝手に行動するなよ、馬鹿。状況も進捗も分かってないのに、いきなり非合法の手段に出るやつがあるか」
「非合法はないだろ。ただの
「それはお前……いや、そうなんだけどさ」
煮え切らない口調で、ベック。
言わんとすることも分かる。
だから、エイジは口実と言い訳を口にした。
「シーゲル騎士には、俺が新人のために巡回に出たって話にしとけばいい。教育係としちゃ街の案内も仕事だ。特に南通り近辺は道が入り組んでる、巡回ひとつこなすにも土地勘を身に着けさせるのは当然だろ」
「妙に仕事熱心じゃないか。いつもはもっとやる気なさげにしてるのに」
「……行方不明になった騎士の家族構成、覚えてるか?」
訊ねると、ベックは視線を上向けて、思い出すように口にした。
「確か、既婚だったな。妻ひとりに、子どもがふたり」
「五歳と七歳の息子だった。親がいなくなれば不安な年ごろだ。なるべくなら早く見つけてやりたい」
「それは、確かにな。お前がそう感じたなら任せるさ。やれやれ、腐れ縁ってのはこういう時ばっかり面倒を押しつけられる……」
言うべきことを言って、エイジは悪友に背を向けた。
と、歩き出す気配のないシャルルに呼びかける。
「話は聞いてたろ。"巡回"に出るからお前も来い、シャルル。剣都内での当面の仕事場だ、仕事の仕方を教えてやる」
「わっ、はい! わーい、エイジ君と一緒ー!」
無邪気に喜ぶところではないのだが……
まあいいか、とエイジは軽く流した。
ベックも退室するために歩き出す。
さっき言われた通り、シーゲル騎士のところへ向かうのだろう。
で、ひとり残されそうになったプラムが慌てて言った。
「え、え? ちょっと先輩方、私はどうすればいいんすか? 見知らぬ場所で置いてけぼりッスか!?」
「荷物番してろ。剣を含めて装備一式持ってきてるのに、紛失でもしたら大問題だ」
「ええー! そりゃないッスよー!」
不満たらたらなプラムの声が、倉庫の窓から昼空に響いていった。
で。
「あのー。エイジ君? 仕事を教えてくれるって……」
若干、というか、かなりあからさまに不安げに、シャルルが言ってきた。
言わんとするところは分かる。
今ふたりが歩いているのは、人同士がすれ違うのがやっとの、建物の間の狭い路地だ。
よけきれないほどゴミが散らばっているから歩くのも大変だし、かといってどんな汚物が潜んでいるか分からないから、踏み荒らしていくのも気が引ける。
まして、シャルルのブーツはほとんど新品だろうから、躊躇するのも当然だ。
おっかなびっくり、のろのろと後ろをついてくるシャルルに、エイジは振り返って告げた。
「いいか、新人。騎士の仕事の基本は足だ。戦闘はもちろんそうだし、三色の剣でも重要なのは足運びの違いから意識すること。でもって、華やかなイメージとは裏腹に、騎士は地味な仕事が意外なぐらい、ていうか嫌ってほど多い」
「そりゃあ、お仕事が地味なのは私も分かってるよ。でもたぶんこれはそういうことじゃないと……汚れた裏通りが騎士の仕事場じゃないのは、それはそうだと思うんだけど」
「毒草地帯や沼地を行進することなら結構あるけどな。今のうちに慣れられてラッキーじゃないか。練習だと思え」
「はーい……うわっ、べとべとしたの踏んだー!」
言ったそばから悲鳴を上げるシャルルに、呆れ気味に嘆息しつつ。
それから、五分と経たないうちに目的地に着いた。
見た目にはどうということのない建物……の、窓。
路地の行き止まりにあるのに、ここだけ窓を向けているのが不自然な様相ではあるが。
片開きの鎧戸が閉まっていて、その脇には"七色羽の不死鳥亭"という表札? がかかっている。
名前負けも甚だしいが、わざわざこんなところに文句をつけにくる輩もいないだろう。
「……ここは?」
つぶやくシャルルには、人の気配はうかがえなかったのだろう。
エイジは構わず鎧戸を手で叩いた。
右手で三回と、左手で一回、それからまた右手で一回。
その動作自体には大した意味はないが。
「ヘイらっしゃああぁぁあい! 不死鳥亭へようこそシャケなベイベーすなわちイクラあっても足りやしねえ! どんなご用命もすぐにご用意、お呼びとあれば即参上ォーム!」
「わきゃあっ!?」
小さく悲鳴を上げて飛び上がるシャルルとは裏腹に、エイジは冷めた目で視線を下げた。
閉まったままの鎧戸でなく、その下の……側溝と外壁の間、半地下になった箇所に嵌まった鉄格子を掴んで、テンション高く叫ぶ痩せぎすの男がいる。
髪と髭が繋がるまで伸ばした風貌だが、それでも清潔に整えているのは、一応これが客商売だからか。
いやこれをどう傍から見れば接客やサービスの仕事だと思えるのか、かなり疑わしくはあったが。
ともかくエイジはその痩せた男に言った。
「久しぶりだな"路地裏"。相変わらずそこに住んでるのか」
「だって地上は危ねえもん。たまに取り締まりの騎士とか巡回してるし。上に窓があったら普通はそっち見るだろ、だから地下は安全なんだ」
「雨が降ったら大変そうだけど……」
「雨漏りなんかどこの田舎でも大変だろ。その点うちは安心だ。手製の排水装置で居住スペースは床も壁も濡れないように設計してある」
「戻れなくなる前に地上に帰ってこいよ。なんかお前、会うたびに鳥っていうかモグラみたいになってる気がするから」
「同感だな。仲間意識でもあるのか、たまに本当に迷い込んでくるマジモグラもいる。この都会でどうやって生きてるんだあいつら」
冗談ともつかないことを真顔で言ってくる。
窓のような格子から、こちらを見上げる位置関係で。
エイジは話しやすいようにその場にかがみ込んだ。
シャルルは……しばし迷ってから、少し後ろで同じ体勢に。
その顔を見てだろう、路地裏の男が言ってきた。
「その娘、新人か? 見ない顔だが、連れてきたのか?」
「ああ。この街に来たばかりだ。なるべく剣都を見せてやりたくて」
「ふーむ」
関心がある風でもないが、唸って首をひねる。
しばしそうしてから、男はあっさりと話を続けた。
「ま、よかろうもん。それよりエイジ、お前がここに来た理由なら察しがついてる。行方不明だという騎士を探してるんだろう?」
「……なんで知ってる? 誰かに話した覚えはないんだけど」
「人の口より早い耳を持っていないと、情報屋なんか務まらんよ。特にこの剣都ではな。早速仕事の話をしよう」
と、格子の隙間を器用に縫って、手を差し出してくる男。
「言っとくが、今回の情報は値千金だ。安く済ませるつもりはないぜ」
「ちょ、ちょっとエイジ君! もしかしてお金払うの!? そういうのって……えーと、後で怒られたりするやつだよね!? それになんだか、すごく騎士団っぽくない気がする!」
「いや、こいつはそういうのじゃないんだ。変わり者でな。情報の見返りは金じゃなくて、騎士団の"備品"を差し出せってんだよ。変なやつだろ?」
無理もないが、分かりやすく早とちりするシャルルに苦笑して告げる。
ほえ? と首を傾げる新人騎士に、路地裏が続けた。
「まあ、横流しと言ったらそれまでなんだが、そういうのともちっとばかし違うんだよ、お嬢ちゃん。俺が求めてるのは剣や鎧――じゃなくて、それが壊れた欠片だったり、汚れて廃棄される制服だったり、コップや爪切りなんかの小物、なんなら子ども時代の似顔絵だっていい。分かりやすく言やぁ騎士マニアってとこだ。騎士団にゆかりのあるアイテムならなんでも受け付け、ってなもんよ」
「は、はあ……色んな人がいるんですねえ。剣都って」
「だろ? でもなぜか情報屋の腕は確かだから重宝してる。それで、安くないって、今回はなにを支払わせるんだ?」
一応、さっき本人が言っていたような、廃棄される予定の鉄片や壊れた小物も、いくつか用意してきているが。
路地裏は首を横に振った。
それから、こちらに突き出す腕をさらに伸ばしてきて、
「今回の情報は中古品じゃ売れねえ。だから、今お前さんたちが身に着けてる、騎士団の正装のボタンが欲しい。壊れてない新品のやつがな」
「……思ったよりガメてくるな。マジネタか?」
「これで嘘八百なら、情報屋の沽券に関わる。ボタンふたつ。それだけの価値はあると保証するぜー」
と言われても、正直服のボタンの価値なんて、どのくらいなのか分からないが。
そこを決めるのが完全に"七色羽の不死鳥亭"基準になってしまうのが、この路地裏情報屋の数少ない欠点だった。
さすがに躊躇する……フリをして、男の顔を眺めて値踏みする。
嘘を言っている様子はないが、すぐに渡せば次に買い叩かれる心配がなくもない。
困るほどの実害もないが、棄てるものであっても盗品の数が増えると、次第に手間になってくるのもまた道理で。
「そういうことなら――分かりました! 私のボタンでよければ、おふたつ、差し上げましょう。ちょっと待ってくださいね、今ちぎっちゃうので」
「ばっ、おま」
と、エイジが考え終わる前に、シャルルが安請け合いしてしまった。
しかも言葉通り、自分の制服に手をかけて、ふん、ふんっとボタンを引き剥がしにかかっている。
あーもー! とエイジは内心で叫んで、シャルルを制止した。
「やめろ馬鹿! このシャルロッテが! 俺を放っといて勝手に判断して先走るな!」
「え? でも、ボタンのひとつふたつで事件解決に進展があるなら、正直躊躇う理由ないですよね? 嘘ってことはないみたいだし……」
「お前なあ、少しは人を疑うことを覚えろよ! それに、巡回から帰ってシーゲル騎士に会ったら、どんな言い訳するんだよ。ただでさえさっきの件で目をつけられてるのに、また嫌味の口実にされるつもりか?」
「あ、そっか。騎士は身だしなみも大事だよね。みっともない姿を中隊長に見せたら、今度こそ呆れられちゃうかも……」
「もう呆れてんだよなあ! 俺がなあ! お前の天然ボケっぷりになあ!」
とにかくシャルルの手を止めてから、エイジは自身の制服から手早くボタンふたつをむしり取った。
あっ、と声を上げるシャルルは無視して、それを情報屋の手にさっさと乗せて渡す。
「うっひょー、毎度! すっげこれすっげえ、マジモンの騎士のボタンじゃん! テンションブチ上がるぅぅううう!」
「マニアな子どもかよ、お前……」
心底からの呆れ声とともに、肩を落とす。
服が着崩れてきて邪魔ったらしいが、それを気にする気分にもなれない。
が、背後からのシャルルの視線は無視できるものではなかった。
「……なんだよ。俺はいいんだよ、どうせシーゲル騎士には気に入られてないからな。ちょっと嫌味言われるかもだけど、こっちだって売り言葉に買い言葉で喧嘩しようなんてもう思わねえよ」
「あ、うん。そんな心配はしてないよ。けど……ごめん、やっぱり嬉しくて。エイジ君は変わってないなあ、ずっと私を守ってくれるんだなあ、って」
「……なんの話なんだか。ボタンの一個や二個で大げさな。それに、教育係の義務だって言ってるだろ」
ばつが悪いような心地で、シャルルの赤らんだ頬から目を逸らす。
と、逃げた視線の先で、路地裏男と目が合った。
男は半眼でこちらを眺めやってから、嘆息する。
「青臭いラブコメやってるとこ悪いんだが、そろそろ情報を話していいか? いや、気にしなくても構いやしねえんだけど、そういうノリって傍から見てるとケツが痒くなるっつーか……」
「うるっせえ! さっさと知ってること教えろ馬鹿! この馬ー鹿!」
照れ隠しの自覚はあったが、めちゃくちゃ罵って先を急かした。
路地裏の情報屋は半眼を引っ込めて(ただし冷めた視線の温度はそのままだったが)ともかく話し始めた。
口を開けば、その目には玄人の鋭い光が灯っていた。
「行方不明の上級騎士――タロン・イゼルマン、南通り一帯の工事を取り仕切ってたのは知ってるだろうが、消息が途絶えたのは一週間前の夜だ。だが俺の情報によりゃ、それらしき人物がほんの三日前に例の南区画の工事現場で目撃されてるんだ。真夜中に、ぽつんとひとりで立ってるところをな」
「……なんだそりゃ? 情報元は誰なんだ?」
「複数の証言からの帰納法だよ。お前さんのような若い騎士には説明してもまだ分からんだろうが、情報ってのは複数の流れから必要な部分を抜き出して、その組み合わせから導き出す。あえて言うなら、直接の証言は酔っぱらいの寝言だよ」
「ボタン返せクソったれ」
「まあ聞けよボーイ。本題はここからだから」
こちらをたしなめてから、路地裏は続けた。
にわかには信じがたい内容を。
「道端の酔っぱらいは言った。その騎士はある建物を長いこと見上げてたが、しばらくするとガクガクと震え出した。突然の寒さに凍えたみたいに。だが違った。先週のその日は熱帯夜だ、悪夢を見るにはうってつけのな。酔っぱらいが見たのはまさに悪夢だ――騎士はひとしきり身体を震わせると、おぞましい雄叫びを上げた。夜空に響く悪声に酔っぱらいが身をすくませると、さらに信じられないことが起こった。騎士の身体が、突然三倍近くに膨れ上がったんだと」
「なんだと?」
「ああ、疑う気持ちは分かるぜ。酔っぱらいの見た夢、ってオチじゃねえから安心しな。タロン騎士――とおぼしき人物は、背中からデカい翼を生やして、夜空へ飛び去っていったそうだ……もっと疑わしいな。が、この怪しい空飛ぶ怪物については、それらしい影と音を見聞きしたってやつが他に六人いる。裏付けとしちゃそれなり以上の信憑性だよ、これは」
「…………」
行方不明の騎士が、化け物になって夜空に消えた。
どう聞いても眉唾というか、いいとこ、尾ひれのついた噂話だとしか思えないが。
なのに、なぜだろうか。
エイジにはそれが、単なる噂やでまかせとは思えなかった。
(あり得ないと……単純に、そう言い切っていいのか?)
それこそ、噂と大差ない直感や、根拠のない勘でしかないが。
どうしても違和感が拭い切れない。
それは、たとえばそう、騎士団の教えに云うような――
こんな街の隅、薄い影の内にでも、"翳り"は潜んでいるかもしれないのだから。
「エイジ君? えっと、どうしたの?」
「シャルル。この話、しばらくは誰にも言うな」
背後から呼びかけてくるシャルルに、エイジは釘を差した。
疑問の声が返ってくる。
「でも、結構大事な手がかりなんじゃ? タロン騎士本人かは分からないし、本当かも怪しいかもだけど。それでも、目撃情報のひとつには違いないんだし、共有したほうが」
「話したって誰も信じない。笑い話にされるのがオチだ。いや……それは別にいいとしても、やっぱり、個人的に気になる。なにか……うまく言えないが」
自分でも掴めない感触を、具体的な言葉にできないもどかしさ。
仕方なくそれはそのまま飲み込んで、エイジはしゃがみ込んでいた腰を上げた。
路地裏に背を向けて、告げる。
「ありがとうよ。参考になった。また情報が必要になったら来るぜ」
「あいよ、毎度、また今度。"七色羽の不死鳥亭"ご贔屓にお願いしやーす」
歩き出すと、シャルルも路地裏に一礼してからついてきた。
追いついてから言ってくる。
「エイジ君。ボタン、ありがとうね」
「だからいいって。俺が必要だからやったことだ。それに、新人の真新しい制服をほつれさせるのも気が引けるしな」
「それもだけど。なんていうのかな。エイジ君がそうやって守ってくれるから、つい甘えちゃうんだよ?」
「はあ? なに言ってんだ、お前……」
「えへへ。でも、次からは気をつける。新米らしく、ちゃんと学んでいかないとね」
「それはそうしてくれると助かるけどな。実際、早いとこ独り立ちしてもらわないと、いつまでも教育係なんてごめんだし」
守るうんぬんの勘違いについては、いちいち触れないことにした。
……正直なところ、その言葉を聞くたびに、ちくちくと胸の古傷が痛んではいたが。
それは自分個人の問題でしかない。
騎士団に馴染もうとせず、孤独に剣を振るうことで誤魔化していた、泥のように苦い痛み――
シャルルに刺々しくしてしまうのは、単なる八つ当たりだといい加減気づいた頃だった。