中二病を拗らせると碌なことがない 作:勘違い好き
あの日から三日、俺は「無理なく組織から距離を置く方法」について、大真面目に検討していた。
検索履歴には我ながら笑えないワードが並んだ。「サークル 円満 脱退 方法」「熱心すぎる後輩 距離の置き方」。ほかにも「厨二病 卒業 気まずい」「元後輩 疎遠 なり方」など、情けない検索が続いた。極めつけは深夜テンションで打ち込んだ「契約書 効力 解除 血判」だ。俺は一体何を調べているんだ。
結局ネットの海のどこを探しても、「自分で作った疑似宗教めいた組織からの円満脱退法」なんて記事は見つからなかった。
最終的に俺がたどり着いた結論は地味なものだ。距離を置くと悟らせず、しかし関わる時間を物理的に減らす。理由は、誰もが納得せざるを得ない、極めて健全なもの――「勉強」だ。
◇
土日を組織を抜ける方法の考察に費やした後の月曜、俺は努めて疲れた顔を作り、切り出した。
「今度の中間、ちょっとやばくてさ。しばらく降臨の儀、休み気味になるかも」
我ながら完璧な作戦だと思っていた。誰にも角が立たない、模範的な理由だ。だが、返ってきた反応は予想を大きく超えていた。
「中間試験、ですか」
天野の目の色が変わった。
「承知しました。……では、今日から試験対策に切り替えましょう」
「は? いや、俺は別に――」
「盟主の学業を守るのも、我々の務めです」
翌日から、俺の机には天野特製の学習計画表が置かれるようになった。教科ごとに色分けされ、休憩時間の秒数まで指定されている異常な精度の代物だ。しかも「本日の達成率」を報告する欄まである。ちなみに欄の隅には「達成率百パーセントを三日連続で記録した場合、特別休暇を検討します」という制度まであった、凝りすぎだろこいつ……
「勉強、か」
玄が窓際で腕を組む。もったいぶった前置きに身構えたが、続いた言葉は存外まともだった。
「暗記科目は、寝る直前にやると定着率が上がるらしいぞ。……この学び舎の、五年分の過去問も貸してやる」
「なんでお前が五年分の過去問、個人で持ってるんだよ」
「聞くな」
食い気味に返され、それ以上追及するのをやめる。そういえば昔から妙な伝手持ってるんだよな……
その一方、鈴の「協力」は方向性がやや違った。
「王様、これ差し入れ。頭良くなるやつ」
手渡されたのは、どう見てもただのラムネ菓子だった。しかも、俺が集中しようとするたびに横から「ねえこれ何て読むの?」「休憩しよ」と話しかけてくる。集中力という集中力を、根こそぎ持っていかれた。
肝心の試験本番、俺はほとんど寝不足のまま教室の席に着いていた。三人がかりの「サポート」によって予定を詰め込んだ結果、当初の目的は全く達成される気配がなかった。
後日試験結果が返ってきたが、点数はというと可もなく不可もなく、いつも通りだった。それでも三人は、まるで俺が偉業でも成し遂げたかのように労いの言葉をかけてくる。
「盟主様の努力の成果ですね」
本当に心の底から嬉しそうに言うものだから、俺は何も言えなくなってしまう。会う頻度が減るどころか、中間試験によって以前にもまして俺らの距離は近づいた気がした。
◇
中間が終わっても、俺は懲りていなかった。
次に試したのは、「俺がいなくても回る組織」の構築だった。「たまには俺抜きで会議を進めてもいいんじゃないか」などと提案し、今までの会議の結論がほぼ俺の意見に依存している現状を改善しようとした
「……盟主様が、そのようなことを?」
真っ先に反応したのは天野だった。心なしか、声が震えている。
「いや、別に深い意味はなくてだな」
「まさか、我々に何か不手際があったのでしょうか」
「盟主の座を退かれるおつもりでは」
玄まで真顔で聞いてくる。しまった、と思った時にはもう遅かった。三人の顔つきが、明らかに深刻な方向に傾いていく。
「そんなわけないだろ! ただの気分転換の話だ!」
慌てて否定すると、三人はあからさまにほっとした顔をした。だが同時に、俺への忠誠心のようなものが、また一段階分厚くなった気配があった。
「盟主様がお困りでないなら、何よりです」
天野は納得したように微笑んだが、その日を境に、三人が俺の顔色を窺う頻度が明らかに増えた。下手なことを言うたびに、余計な不安を煽ってしまう。もう、うかつに独り言も言えないかもしれない。
◇
流石にことを急ぎすぎたかと反省し、今度は一歩ずつ進めようと考えた。はじめは小さな部分から、徐々に重要な選択や行動をあいつらだけで決めれるように仕向ける。そして俺抜きで組織が回るようになった段階で静かにフェードアウトという算段だ。
「今日から、細かいことはお前らで決めてくれ。いちいち俺に聞く必要はない」
「……承知いたしました」
天野が神妙に頷く。今回はうまく行きそうだと思ったが、その考えが間違いだったとわかるのはすぐの事だった。
一週間後の「降臨の儀」。部屋に入ると、異様な空気が漂っていた。
「――ですから、拠点の掃除当番は曜日で決めるのが公平だと申し上げています」
「掃除の頻度そのものが多すぎると言っている。俺たちは清掃業者ではない」
「使う者が綺麗に保つのは道理でしょう」
「道理、道理と。貴様はそればかりだな」
天野と玄が、顔が触れ合うほどの至近距離で睨み合っている。俺的にはどうでもいいだろと思うレベルの話題だが、二人の間に漂う空気は一触即発と言えるほど緊迫していた。
鈴だけが我関せずと机の上で寝転がっている。
「あ、王様おかえりー。この二人、もう小一時間こんな感じだよ」
「小一時間て……」
俺が声を発した瞬間、天野と玄の視線が同時にこちらを向いた。
「盟主様、いかがお考えですか」
「そうだ、盟主の裁定を仰ぎたい」
結局、結論が俺に丸投げになっている状況にため息をつく。俺が一言「週替わりでいいだろ」と言った瞬間、あれほど張り詰めていた空気が嘘のように霧散した。
「仰せの通りに」
「ふん、盟主の令ならば仕方ない」
この時点で先が思いやられる状況だったが、俺の計画の綻びはそれだけに留まらなかった。
「――そもそも、鈴が毎回菓子だけ持ってきて何もしないのはどうなのか、という話をしている」
別の日には、玄が鈴に苦言を呈した。
「え、あたし普通に和みを提供してるじゃん。和みも立派な仕事でしょ」
「和みが仕事になるなら、俺たちはとうに国を回している」
玄の苦言をひらひらと受け流す鈴を見て、天野まで参戦し始める。俺はその日も結局、「鈴は俺からの個人的な任務を任せている」の一言で場を収める羽目になった。
下手に自分たちで決めてくれといったことで、三人の間で論争が起きてから俺に結論を求めてくるという二度手間が発生する羽目に。しかも、この手の「相談待ち」案件は掃除当番だけに留まらなかった。差し入れの菓子に何を持ってくるか、部室のBGMを何にするか、些細なことすべてに「盟主様のご判断を」が付いて回るようになった。
◇
三つの作戦が軒並み失敗したところで、俺は方針を変えることにした。今度は「物理的に近づけない状況」を作る作戦だ。
「今週末、親戚の集まりがあってさ。しばらく忙しくなるかも」
でまかせだった。特に予定なんてないし、そもそも俺に親戚と呼べる人間は少ない。集まりなんてもってのほかだ。ただ、これなら誰にも角が立たないし、確認しようもない。完璧な嘘のはずだった。
「左様でしたか。……お気をつけて」
天野はあっさり引き下がった。拍子抜けするほどあっさりとした反応に、俺は逆に不安になった。その不安は、週末に的中する。
土曜の昼、家のインターホンが鳴った。出てみると、そこに立っていたのは紙袋を抱えた鈴だった。
「王様、これ差し入れ。親戚付き合いって疲れるでしょ」
「な――なんでここがわかった」
「前に一回、送ってったことあるじゃん。覚えてないの?」
まったく覚えがなかった。だが今、それを問い詰める余裕はない。玄関先には母がいて、興味津々にこちらを覗き込んでいたからだ。
「あら、蓮の……お友達?」
「ただの、その、部活の――」
しどろもどろになる俺をよそに、鈴は母に向かって完璧な猫かぶりの挨拶をしてみせた。「いつも王様にはお世話になってます」のくだりだけは、慌てて「王様」ではなく「部長」に言い換えさせた。もし喋らせようものなら、同級生に自分を「王様」と呼ばせる奇人の出来上がりだ。
母が奥に引っ込んだ後、俺は声を潜めて鈴に詰め寄った。
「頼むから、次からは連絡してから来てくれ……」
「えー、サプライズのつもりだったのに」
悪びれもせず笑う鈴に、俺はそれ以上何も言えなくなる。物理的に距離を置く作戦は、初日にして自宅の住所ごと突破された。
その夜、夕食の席で母から「さっきの子、可愛い子じゃない」と聞かれ、俺は盛大にむせた。
「ただの部活の同輩だから」
「ふうん」
母の目が明らかに何かを疑っている。この手のことは説明すればするほど怪しまれると思い、俺はそれ以上何も言わないことにした。勘違いはもう十分である。
翌朝、妹からも「昨日の人誰? お兄ちゃんそういう人と絡むタイプだったんだ」と探りを入れられた。詳しい追及を受ける前に、俺は逃げるように家を出て事なきを得た。ただし状況は悪化の一途をたどっている。
◇
そんなある日の休日、俺は駅前の書店で天野と鉢合わせした。
「あれ、天野じゃん。こんなとこで何して――」
言いかけて、彼女の手元を見て固まった。少女漫画の新刊を、真剣な顔で吟味している。腕にかけられたかごには、一冊や二冊じゃきかないほどの漫画が積まれていた。
「……勇者、少女漫画読むんだ」
「いけませんか」
心外だと言わんばかりに聞き返されて、俺は慌てて首を振った。
「いや、別に。ただ、意外だなって」
「学び舎では見せない顔、というやつです」
学び舎で見せない顔が現在満載な俺としては少しドキッとするセリフだ。少し慌てて話題を変える。
「ちなみに何読んでるんだ?」
「今日のお目当てはタイムリープ系の、幼馴染との恋愛ものです。三周目でようやく両想いになる巻なので、気合を入れて買いに来ました」
いたずらっぽく笑う天野は、旧校舎で見る「聖騎士」の顔とは、ほんの少しだけ違って見えた。ただの、漫画好きの同級生の顔だ。
そのまま少しだけ、お勧めの漫画について立ち話をした。他愛のない、普通の会話だった。普通すぎて、逆に落ち着かなかった。
こいつは、俺が本当に組織を抜けることになったらどうするんだろうか。多分、悲しむだろう、もしかしたら泣くかもしれない。なんだか心が少しだけチクチクした。
偶然とは重なるもので、その帰り道で玄とも出会った。とあるコンビニの前を通りかかった俺は、レジで商品のバーコードを読み取っている玄が視界の端に入った。
思わずこっそりコンビニの中に入り、物陰から観察を始めてしまった。すると、時々尊大な物言いが表に出るものの基本真面目に仕事に従事している姿が確認できた。それでいいのか魔王……
鈴には、鈴でまた別の一面があった。
ある日の「降臨の儀」、俺が机に突っ伏していると、鈴が何も言わずに毛布を掛けてくれたことがあった。
「……気づいてたのか」
「そりゃ気づくよ、ずっと近くにいるし」
からかうわけでもなく、いつになく静かな声だった。それだけ言うと、鈴はまた机の上に戻って、いつも通りの調子でスマホをいじり始めた。
深い意味はないのかもしれないし、ただ世話焼きなだけかもしれない。それでも、その毛布の重みだけは、妙に長く肩に残った。
「あー、失敗した……」
ベッドの上に寝転んで呻く。少しばかり、三人のことを深く知りすぎた。天野は漫画好きの女子高生で、玄は真面目にバイトしている普通の高校生で、鈴は距離感がバグっているだけの、多分ただの世話焼き。
「なんだかなあ……」
計画が上手くいかないだけでなく、「黄昏の使徒」から抜けるという俺自身の意思が揺らいでいる気がした。中二病患者だろうが何だろうが、半年間もの期間を一緒に過ごしていたら大なり小なり情というものは湧く。これはまずい。
流石に一人で考えるのも限界を感じ、俺は思い切って数少ない「普通」の友人に相談してみることにした。もちろん、詳細は伏せて。
「なんかさ、仲間……というか友達が、構いすぎてきたりしたらどうしたらいいと思う」
「え、それ贅沢な悩みじゃね? 俺なんか最近みんな冷たくてさあ」
「いや、そういうことじゃなくて――」
色々と説明を続けたが、詳細を伏せたままではやはり上手く実情を伝えることが出来ず、何なら女の子に慕われているという自慢に受け取られる始末。最終的には、「まあ、時間が解決するんじゃね」という当たり障りのない一言で会話は終わった。時間が解決する、絶対に嘘だな……
◇
その日の帰り道、改めて「フェードアウト作戦」の成果を確認してみた。
三人との接触時間は激増した。責任の分散を試みた結果、三人の忠誠心はむしろ増した。組織運営の権限移譲を試みた結果、俺の一存で全てが決まる構図がより強固になった。
「……駄目だこりゃ」
頭を抱え、俺はため息と一緒に小さく呟いた。
「次はどうすっかな……」
この二週間で新しく手に入れたものは、山積みの参考書と、自宅住所が割れているという事実くらいだ。得たものが多すぎて笑いが込み上げてくるな。次の作戦の内容は、まだ何一つ決まってない。それでも、諦めるという選択肢は、なぜか頭に浮かばない。いい加減諦めがついてもいいはずなのだが……何故なのかはわからなかった。
窓の外はすっかり暗くなっていた。机の上には、天野特製の学習計画表と、玄に借りた過去問と、鈴がくれたラムネの空き袋が、雑然と積み上がっている。俺はそれを片付ける気力もなく、しばらくぼんやり眺めていた。