デジモンアドベンチャー Re:Life   作:ステルス兄貴

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一話 デジタルワールドへ‥‥

 

 

1999年8月1日。

 

世間がノストラダムスの世紀末予言だ、新しいミレニアムだと騒ぎ立てる中、本州から離れた小さな島「初音島」にある病院のとある病室の時間は、どこまでも静かに、そして残酷に流れていた。

 

初音島にある水越総合病院の一室に、彼女――石田ミコトはいた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

窓の外では、島の名物である「一年中枯れない桜」が、季節外れの淡いピンク色の花びらをハラハラと潮風に散らせている。

 

しかし、その美しい景色も、ミコトの凍りついた心を溶かすことはできなかった。

 

「私が、病気を持って生まれちゃったから……」

 

白い天井を見つめて、ミコトはぽつりと呟いた。

 

彼女の家族は、四年前にバラバラになっていた。

 

生まれつき病弱なミコトの看病を巡って両親の不仲が決定的なものとなり、等々両親は離婚という決断を下した。

 

双子の兄であるタケルは母親の高石奈津子に引き取られ、ミコトは長兄のヤマトと共に父親の石田裕明に引き取られた。

 

しかし、テレビ局の報道記者として東京で忙しく働く父親は、初音島の病院にミコトを預けたきり、滅多に顔を見せることもないし連絡もしてこない。

 

母親の奈津子もジャーナリストの仕事の傍ら、シングルマザーとしてタケルを育てているためか、ミコトの現状を気に留める余裕もないのか、母親からも見舞いや連絡の類はない。

 

二人の兄たちもまだ小学生と言う事で、東京から離れた離島である初音島に来ることは物理的に難しく、更に学校生活が充実しているのか、ミコトの存在を忘れているみたいに連絡をする素振りもない。

 

都会の空気よりも離島の澄んだ空気の方が病弱なミコトの身体に良いという医師の勧めだったとはいえ、家族から置き去りにされた寂しさはどうしても拭えなかった。

 

それは当然の事で彼女はまだ小学二年生‥‥

 

まだまだ親に甘えたい年頃である。

 

なによりミコトの心を今も鋭く突き刺しているのは、別れ際に双子の兄であるタケルからぶつけられた言葉だった。

 

『ミコトなんて、死んじゃえばいいんだ!! お前がいるから、パパとママは喧嘩してお兄ちゃんと離れる事になったんだ!!』

 

まだ幼い子供ゆえの残酷な無邪気で正直な兄からの言葉‥‥

 

(……私は、生きていちゃいけなかったのかな……?)

 

孤独と病弱な体で生まれて来てしまった罪悪感‥‥そのトゲは、幼いミコトの心を深く閉ざさせていた。

 

家族との繋がり、外の世界との繋がりを物理的に断たれた彼女の唯一の「窓」は、ベッド脇のサイドテーブルに置かれたノートパソコンだけだった。

 

ミコトはサイドテールから分厚いグレーの筐体をしたWindows 98のノートパソコンを手に取り、そのままパソコンを起動すると、チャットソフトを開く。

 

病院関係者以外で話せる唯一の相手、それは『COLEO』というハンドルネームの、自分より二つ年上の小学生の男の子だった。

 

ミコトは自分がいる島の名前から『HATUNE』と言うハンドルネームを名乗っていた。

 

そして画面に残る、昨夜のやり取りを愛おしむように見返す。

 

 

HATUNE:『明日からキャンプなんだっけ?』

 

COLEO:『はい。子供会のサマーキャンプです』

 

HATUNE:『楽しみ?』

 

COLEO:『どうでしょう……』

 

HATUNE:『不安なの?』

 

COLEO:『はい。知らない人も多いですし……』

 

HATUNE:『COLEOさん、人見知りっぽいもんね』

 

COLEO:『その点は否定できませんね……』

 

HATUNE:『でも、知っている人も居るんでしょう?』

 

COLEO:『はい。サッカー部の先輩が二人います。一人はムードメーカーで賑やかな人で、もう一人は面倒見のいい頼りになる人です』

 

HATUNE:『そっか……いいなぁ。キャンプ』

 

COLEO:『HATUNEさんはキャンプに行ったことないんですか?』

 

HATUNE:『うん……ずっと病院生活だし』

 

COLEO:『す、すみません』

 

HATUNE:『ん? なんで謝るの? 楽しんできてよ、キャンプ。くれぐれも遭難しないでね(笑)』

 

COLEO:『先輩たちが居るので大丈夫だと思います。帰ったら写真やどんな事をしたのか、お話しますね』

 

HATUNE:『うん、約束ね』

 

 

「COLEOさん……もう、キャンプに出掛けたかな?」

 

ミコトが希望のない目で窓の外を見つめていたその頃‥‥

 

初音島から離れた東京・お台場では、子供たちを乗せたバスが都会のビル群を離れ、険しい山奥へと入っていた。

 

賑やかな車内の片隅で、泉光子郎はノートパソコンを開き、PHSとケーブルで繋いでチャットに文字を打ち込んでいた。

 

ピコン。

 

ミコトの画面に新着メッセージが跳ねる。

 

COLEO:『今、バスの中に居ます』

 

ミコトは思わず口元を緩め、キーボードを叩いた。

 

HATUNE:『ちゃんと行ったんだ(笑)』

 

COLEO:『申し込んでしまったいじょう、行かない理由もありませんし……』

 

HATUNE:『場所は何処?海?山?』

 

COLEO:『山です。それもかなりの山奥ですね。電波も少し不安定です』

 

HATUNE:『というか、キャンプなのにパソコンを持って行くんだ(笑)』

 

COLEO:『一応、調べ物も出来ますから』

 

HATUNE:『絶対キャンプで使わないでしょう?それ(笑)』

 

COLEO:『そうでしょうか? でも、持っていると落ち着くんです』

 

HATUNE:『あーそれはなんか分かるかも。お守りみたいな感じ?』

 

COLEO:『近いかもしれません……あ』

 

HATUNE:『?』

 

COLEO:『やっぱり山奥のせいか電波が……』

 

そこで画面がピタリと止まった。

 

「……?」

 

光子郎が眉をひそめる。

 

アンテナ表示が一瞬で消え、妙なノイズが走った。

 

(おかしい……ただの圏外という感じじゃあ……)

 

「光子郎、なにやってんだよ?」

 

「っ!?」

 

唐突に横から声をかけられ、光子郎はビクッと肩を跳ねさせた。

 

通路を挟んだ席から、一学年上のサッカー部の先輩――八神太一が身を乗り出して覗き込んでいる。

 

「た、太一さん!?な、なんでもありません!!」

 

慌ててノートパソコンの蓋を閉じる光子郎。

 

さすがにチャットのやり取りは見られたくなかった。

 

「なんだよ、その反応!?お前、またパソコン見ていたのか? 折角のキャンプなんだし、もっと外を見ろって!!外を!!」

 

バシバシと肩を叩かれ、光子郎は困ったように笑った。

 

「は、はぁ……」

 

けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

太一と話していると、少しだけ緊張が和らぐのだ。

 

(……HATUNEさんに、続きを送れませんでしたね)

 

閉じた画面を見つめ、ほんの少しだけ胸がざわついた。

 

「切れちゃった……まぁ、山奥だし仕方ないよね」

 

ジー、コーー……プーーー、シャーーー……。

 

部屋には、内蔵された14.4kbpsのモデムカードが発するダイヤルアップの接続音が虚しく響いている。

 

その日の昼下がり、ミコトの胸に急激な激痛が襲いかかった。

 

「うっ……!」

 

持病の発作だ。

 

いつもならすぐに手を伸ばすはずのナースコール。

 

だが、ミコトの手が止まった。

 

(このまま、タケルお兄ちゃんの言う通りに消えちゃえば、みんな幸せなのかな……?)

 

(COLEOさんと、またチャットしたかったな……)

 

意識が急速に遠ざかる中、ミコトは窓の外から見える枯れない桜を見つめた。

 

人々の純粋な願いを叶えるという、初音島の魔法の桜。

 

(だれか……だれでもいいから、私を必要として……私をここから連れ出して……!)

 

心からの悲痛な叫びに呼応するように、桜の木がカッと眩い桃色の光を放った。

 

嵐のような花びらが開いた窓から病室へと吹き荒れ、ミコトの身体を優しく包み込む。

 

その瞬間、発作の苦痛がスッと引いていくのと同時に――自らの血管を流れる血が、淡い桜色に染め変えられていくような、冷たくも熱い感覚が走った。

 

それは単なる治癒ではない。

 

病弱だった人間の肉体が、何か別の、人間離れした存在へと強引に『書き換えられていく』ような、不穏で恐ろしい感覚。

 

桜の木が、彼女の「生きたい、誰かと繋がりたい」という本質に魔法の力を授けたのだ。

 

奇跡はそれだけで終わらない。

 

ピピッ、ピピピピピ!

 

ノートパソコンの画面が見たこともないバイナリデータで埋め尽くされ、激しく明滅を始める。

 

御岳山のキャンプ場で、七人の小学生たちがサマーキャンプの地から消え去ったまさにその瞬間、異世界のゲートが、ミコトのノートパソコンを通じて開いた。

 

「きゃあっ!?」

 

液晶画面から溢れ出した白い高熱の光がミコトを飲み込む。

 

光が収まったあと、ベッドの上には桜の花びらだけが静かに残されていた。

 

次にミコトが目を覚ましたとき、そこは冷たい病室ではなかった。

 

「う、ううん……ここは……?」

 

肌を刺すのは、乾いた土と青草の匂い。

 

そして、どこか静電気を思わせる、少し焦げた電気とオゾンの匂い。

 

自然界ではあり得ない、人工的で無機質な空気。

 

見上げる空には、電子回路の模様が幾何学的に刻まれた巨大な月が浮かんでいた。

 

驚いたことに、少し動くだけで苦しかった身体が、今は羽のように軽い。

 

戸惑うミコトの前に、草むらを分けて一匹の生物が姿を現した。

 

全身を漆黒の鱗に覆われ、額に赤く『V』の紋章を刻んだ、小さな黒い竜。

 

その瞳には、ミコトと同じ「孤独の寂しさ」が宿っていた。

 

「あ、あなた……だれ?」

 

「僕は、ブイモン(黒)……キミを、待っていたんだ」

 

「私を……?」

 

「うん。僕はずっと一人だった……キミも一人だったんでしょう?」

 

初めて自分を必要としてくれる存在に出会えた。

 

ミコトの胸が熱くなる。

 

「うん……よろしくね、ブイモン」

 

だが、その小さな手を握りしめた瞬間、地鳴りのような唸り声が響き渡った。

 

現れたのは、全身を強固な金属質の甲羅で覆った、巨大な亀の怪獣――トータモン。

 

「グルアァァォォン!」

 

明確な敵意を孕んだ咆哮。

 

トータモンの甲羅の棘がミサイルとなって、すくむミコトへと放たれる!

 

「危ない、ミコト!」

 

ブイモンが前に立ちはだかろうとした、その時だった。

 

「ゼロ! 奴のミサイルを叩き落とせ!」

 

上空から鋭い少年の声が響き、青白い光線がミサイルを空中で粉砕した。

 

光線の主は、大きな蒼い竜――ゼロ丸。そしてその背から飛び降りたのは、青いシャツにゴーグルを頭に掲げた少年だった。

 

「えっと、助けてくれてありがとうございます。あ、貴方は?」

 

「俺は八神太一! こっちは相棒のゼロ丸だ」

 

「私は石田ミコトです。あの、タイチさん。此処は何処なんでしょう?」

 

「ここはデジタルワールドって呼ばれる場所さ」

 

「デジタルワールド?」

 

太一は不敵にニヤリと笑うと、ノート帳を取り出してトータモンに向き直った。

 

「細かい話はあとだ、まずはあいつを片付けるぞ! よし行くぞ、ゼロ!」

 

「任せてよ、タイチ!」

 

「な、何を言っているんだ!? まさかあいつと闘う気なのか!?」

 

青い獣の毛皮を被り、額から一本角を生やしたデジモン――ガーボ(ガブモン)が驚愕の声をあげる。

 

どうやらタイチたちとも先ほど知り合ったばかりのようだ。

 

「ああ、勿論だ。これ見てみろよ。俺たちは常に100%の完全勝利を収めてきたんだぜ!」

 

タイチが渡した戦闘データを見たガーボが、すぐに悲鳴をあげた。

 

「アホかっ!? なんだよ、これ!? 対グレイモン、対ヌメモン……みんなファイル島のモンスターばかりじゃないか!? ここ『フォルダ大陸』のモンスターは、ファイル島とは比較にならないほど強いんだぞ!!」

 

「そうか、聞いた事がある。新しいデジモンペンデュラムのデジモンなんだよな……俺、それ持ってないんだ」

 

「呑気な事を言っている暇か!?ホラ来た!!トータモンの必殺技、シェルファランクスだ!!」

 

トータモンから放たれた二発のトゲミサイル。

 

一発を避けたものの、体勢を崩したゼロ丸に、もう一発が直撃しそうになる。

 

「ブイモン、ゼロ丸さんを助けてあげて!」

 

「えっ!? でも僕、戦ったことなんて……!」

 

怯えるブイモン。

 

しかし、ベッドの上でずっと画面の裏の「本当の気持ち」を見つめ続けてきたミコトには分かった。

 

ゼロ丸が、タイチを守るために必死で、今本当に危ないということが。

 

「お願い、ブイモン!! あの子を助けてあげて!!」

 

ミコトが祈るように叫んだ瞬間、彼女の胸の奥から、淡いさくら色の光が無意識に溢れ出した。温かい光がブイモンを包み込む。

 

「――よ、よおし、男だったらガツンと行くぜ!! ミコトが言うなら、僕、やるよ!!」

 

勇気を爆発させたブイモンが地面を蹴り、ゼロ丸の前に割って入る。

 

「ブイモンヘッド!!」

 

強烈な頭突きがミサイルを正面から打ち砕いた。

 

だが、その瞬間――ミコトの肉体に異変が起きた。

 

(っ……!?)

 

指先が凍りつくように冷たくなり、心臓がトクンと鋭く痛む。

 

視界の端がチカチカと白く明滅した。

 

身体から大事な命の力がごっそりと引き抜かれたような感覚。

 

しかし、戦況の緊迫感に、ミコトはそれを必死で堪えた。

 

「いたたたた……! さすがに硬えなぁ、あいつ!」

 

頭に大きんたんこぶを作ったブイモンがトータモンを睨みつける。

 

「おいおい、大概無茶するなぁ! けど、助かったぜ、ミコト!」

 

危機を脱したタイチがニカッと笑う。

 

すかさずゼロ丸が飛びかかり、トータモンの首へパンチを叩き込んだ。

 

しかし、金属以上の硬度を持つ皮膚に弾き返されてしまう。

 

「タイチ……手が痛いよ……」

 

「うーん、パンチやちょっとした攻撃じゃ簡単に砕けないか……」

 

トータモンが再び咆哮し、周囲を踏み荒らす。

 

タイチとゼロ丸が翻弄される中、ミコトは必死にトータモンの動きを凝視していた。

 

生まれつき身体を動かせない分、彼女の「見る力」は誰よりも研ぎ澄まされている。

 

(どうして……あんなに重たい甲羅を背負っているのに、激しく動いても転ばないんだろう?)

 

トータモンが巨体を揺らし、再びトゲを放とうとする。

 

その瞬間を、ミコトの目が捉えた。

 

(あっ……トゲを撃ち出す瞬間だけ、全体の重心が後ろに寄る。それに、あの甲羅の隙間の奥……)

 

何度も観察するうちに、一つの違和感、そして確信へと繋がっていく。

 

「た、タイチさん!」

 

ミコトは思わず叫んでいた。

 

「あいつ、トゲを撃ち出す瞬間に、のけ反って動きが止まります! それに……その時だけ甲羅の隙間の中が少し赤く見えます。そこだけは、硬い皮膚がないんじゃ……!」

 

「何だって!?」

 

ガーボが目を見開く。

 

タイチはミコトの言葉にハッとし、トータモンの甲羅を凝視した。

 

「見つけた! 奴の体が覆われてない部分……シェルファランクスを撃つ瞬間の内部構造か!?」

 

「狙えば良いったって、あんな小さな隙間、近づく前に踏み潰されちゃうよ!」

 

焦るガーボの前に、ミコトが一歩踏み出した。

 

「なら、それはブイモンにさせてください! あいつの体は大きいから、小回りの利くブイモンが顔の前を引っ掻き回して、わざとトゲを撃たせるように陽動するんです。大きく体勢を崩して隙ができたその瞬間に、ゼロ丸さんが弱点を攻撃すれば……!」

 

初対面の二匹の能力を瞬時に把握した、的確な戦術プラン。

 

タイチとゼロ丸は、じっとミコトを見つめた。

 

「え、あっ……すみません、私、何か変なことを……」

 

「いや……」

 

タイチは不敵な、実戦主義者の笑みを浮かべた。

 

「面白いじゃねぇか! ぶっつけ本番だけど、その作戦、乗ったぜ、ミコト!」

 

「オッケー、タイチ! やってやろうよ!」

 

「ブイモン、お願い。気をつけてね」

 

ミコトがブイモンの手をぎゅっと握りしめる。

 

その瞬間、再び淡いさくら色の光が走り、ブイモンの傷を癒やした。同時に、ミコトの視界がまた一瞬、白く霞む。

 

「任せろ、ミコト!!僕のかっこいいとこ、見せてやるよ!!」

 

すばしっこいブイモンがトータモンの足元をすり抜け、顔の前で挑発を繰り返す。

 

翻弄されたトータモンは怒り狂い、強引にシェルファランクスの構えを取った。

 

のけ反り、甲羅の隙間の赤い肉質が完全に露出する。

 

「今です、タイチさん、ゼロ丸さん!」

 

「よーし、行け、ゼロ! 合わせろ!!」

 

タイチが激しく右手を突き出す。

 

「来たぁぁ! ブイブレスアロー!!」

 

ゼロ丸の口から放たれた鮮烈な光の矢が、露出した弱点へ違わぬ精度でクリティカルヒットした。

 

巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。

 

「よっしゃあ! やったぞ!」

 

タイチとゼロ丸がハイタッチを交わす。

 

「す、凄い……本当に倒しちゃった……」

 

ガーボが呆然と呟いた。

 

タイチはすぐにミコトの方へ向き直り、その肩を勢いよく叩いた。

 

「すげぇなミコト!! お前のおかげで、勝率100%の記録を守れたぜ! 最高の作戦だった!」

 

太陽のような屈託のない笑顔。

 

その信頼の目に、ミコトの心の中の不安がスッと消えていく。

 

「私……ずっと動けなかったから、何かをじっと見るのだけは、得意、だから……」

 

答えていたミコトの言葉が、不意に途切れた。

 

ドクン、と心臓がまた大きく脈打つ。

 

先ほどまで戦闘の昂揚感で麻痺していた代償が、一気に押し寄せてきた。

 

手足が鉛のように重くなり、冷や汗が止まらない。

 

「うっ……あ、れ……」

 

「ミコト!?」

 

ガクンと膝をついたミコトの身体を、タイチが慌てて支える。

 

その時、タイチは見た。

 

荒い息を吐くミコトの指先が、うっすらと異質な桜色に発光し、凍りついたように冷たくなっているのを‥‥

 

「無理するな。さっきの光……お前、自分の命を削るみたいにして力を使っていたみたいだったぞ‥それにお前の指、めちゃくちゃ冷てぇぞ」

 

タイチの指摘に、ミコトは弱々しく目を丸くした。

 

自分でも自覚のない、桜の力の代償。

 

しかしタイチはそれ以上深く追求せず、いつもの豪快な笑みを浮かべてみせた。

 

「まぁいいや! お前が何者でも、どんな力だろうと、一緒に戦った俺たちの仲間ってことは変わらねぇしな!」

 

その迷いのない温かい言葉が、ミコトの心の中のトゲを、また少しだけ削り落としていく。

 

「……はいっ」

 

「よし、じゃあ約束通り、ガーボ! 俺たちをホーリーエンジェル城に案内してもらうからな!」

 

「分かったよ……君たちの実力は認めるよ」ため息をつきながら歩き出すガーボ。

 

「ゼロ、ミコトをおぶってやれ」

 

「OK、ミコト。僕の背中に乗って」

 

ミコトは恐る恐る、ゼロ丸の大きな背中に身を預けた。

 

ゼロ丸の背中は驚くほど温かかった。

 

「ねぇ、ガーボさん。その『ホーリーエンジェル城』って、どんな所なんですか?」

 

ミコトがガーボにこれから向かうホーリーエンジェル城とはどんな場所なのかを問う。

 

「あそこはね、デジモンたちが聖なる力を求めて集まる、この過酷な大陸における最後の楽園なんだ」

 

「へぇ~デジモンたちの楽園か……」

 

タイチが空を見上げる。

 

その横顔に、一瞬だけ、いつもの自信とは違う寂しげな影が落ちた。

 

「……俺たちが求めている場所(元の世界への道)があるかは、分からねぇけどな」

 

(タイチさん……?)

 

ミコトはその言葉の真意をまだ知らない。

 

ただ、圧倒的な太陽のような少年の背中に、どこか自分と同じ「遠い場所を想う寂しさ」を感じ取っていた。

 

「なぁ、ガーボ‥俺たち腹減ったからその食料分けてくれよ~!」

 

「わがまま言わないの!! 城はもうすぐそこなんだから!!」

 

しかし、すぐにいつもの騒がしい空気に戻り、歩き出す一同。

 

ミコトは、隣を歩くブイモンの小さな手を、今度は力を使わずに、ただそっと優しく握り直した。

 

お城へ向かう、未知の道‥‥

 

病室に閉じ込められていた少女の、誰も知らないもう一つの冒険が、今ゆっくりと歩みを始めた。

 

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