三つ目のタグ、『幻夢のタグ』を求め、不気味な廃村からナイトメア城へと足を踏み入れたタイチたち。
しかし、彼らを待ち受けていたのは、完全体デジモン・ヴァンデモンの恐るべき罠だった!
幻夢のタグが放つ「心の闇を抉る力」によって、現実世界での家族への劣等感や孤独な過去に付け込まれたミコトは、ヴァンデモンに洗脳されてしまう。
最悪のピンチの中、自分を犠牲にしてでもミコトを信じ、救い出そうとするパートナー・デビドラモンの熱い涙と叫びが、ミコトの閉ざされた心の闇を打ち払う!
過去のトラウマを乗り越え、血の繋がりを超えた「真の絆」を取り戻したミコトは、すぐさまヴァンデモンの戦闘データを解析!
ミコトの完璧なサポートと、限界を超えたデビドラモン、そしてゼロ丸の決死のコンビネーションが炸裂し、圧倒的な力を持つ完全体の壁を見事打ち破った!
こうしてタイチたちは、ヴァンデモンを撃破し、三つ目のタグ、『幻夢のタグ』を手に入れたのだった。
強敵と戦うごとに皆が少しずつまたお互いのことを知り合って関係が深まっていっている。
そんな中、今回訪れたのはある辺鄙な町だった。
「タイチさん‥‥あそこに町があります」
「町だって?」
ミコトが奇妙なものを見つけたとばかりに指をさすと、タイチたちはミコトが指をさす方向へと視線を向ける。
そこには確かに町があった。
町の出入り口には、『スターのいる町 STAR CITY』と書かれた看板があった。
現実世界にも観光所や賑やかな街があるように、このデジモンワールドにもそういう場所が存在しているみたいだ。
「"スターのいる町" STAR CITY?何じゃこれ?」
「デジタルワールドにも芸能人やアイドルみたいなデジモンが居るの?」
「うーん‥聞いた事ないな」
「ミコト、ゲイノウジン、アイドルって何?」
デビドラモンは芸能人やアイドルを知らないみたいでミコトに尋ねる。
タイチやミコトが住んで居る現実世界では芸能人、アイドルと言う言葉にその人たちがどんな活動をしているのかを当然知っている。
しかし、ガーボ曰くデジタルワールドには芸能人やアイドルと言う概念がないみたいなので、ガーボ、ゼロ丸も含めて説明する。
ミコトはデビドラモン、ガーボ、ゼロ丸に芸能人・アイドルが何たるモノなのかを説明する。
そして足りない部分は上手にタイチが補った。
「つまり、ミコトたちの説明では、アイドルと言うのは派手な衣装を着て歌ったり踊ったりして大衆から注目を浴びる存在なんだね」
「まぁ、そう言う感じだね」
「それで、この町にはそのアイドルが住んで居るって事か‥‥」
「どんなデジモンなんだろう?」
デジモンたちはやや気になる様子だ。
「‥タイチさん、寄ってみませんか?」
「えっ?この町にか!?」
「はい。町ならハーブや食料も買えると思うので‥‥」
ミコトの提案にタイチは少し考えるように顎に手を当てた後、ポンと手を打った。
「確かに一理あるな。これまでの戦いで、ハーブも食料もかなり消費しちまったし。それに、次のタグがどこにあるか、情報収集もできるかもしれない」
「賛成!!賛成ーっ! ボク、もうお腹と背中がくっつきそうなくらい腹ペコだよ~!」
ゼロ丸が両手を上げて大喜びでぴょんぴょんと跳ねる。
「ミコトがそう言うなら、僕はもちろんお供するよ。でも、どんな罠があるか分からないから、絶対に僕の傍から離れないでね」
デビドラモンはミコトを気遣うように、その大きな頭を彼女の肩にすり寄せた。
「ふふっ、ありがとう、デビドラモン。頼りにしているね」
ミコトはデビドラモンの頭を優しく撫でながら、ふわりと微笑む。
ヴァンデモンの呪縛を打ち破ったことで、ミコトの中には確かな芯の強さと、仲間への信頼が育っていた。
タイチを先頭に、一行は『STAR CITY』のゲートをくぐり抜けた。
――しかし、町の中に入った途端、タイチたちは思わず足を止めて唖然としてしまった。
「……なぁ、ガーボ。アイドルって、こういうもんなのか?」
「い、いや……僕にも分からないけど、なんだか異様な光景だね……」
町並みそのものはレンガ造りの家が並ぶ普通の町なのだが、至る所に異常な装飾が施されていた。
屋根の上にはド派手な星型のネオンサイン。
そして、建物の壁という壁、街灯の柱、さらには地面にまで、ある一体のデジモンのポスターが所狭しとベタベタと貼られていたのだ。
ポスターには、星型の体にサングラスをかけ、マントを羽織ったデジモンが、キザなポーズを決めている姿がデカデカと印刷されている。
そしてその横には、『銀河系No.1スーパースターデジモン! スターモン市長!』というキャッチコピーが踊っていた。
「うわぁ~……自己主張が激しすぎるぞ、この町の市長……」
タイチが呆れたようにポスターを見上げる。
「スターモン……成熟期のデータ種デジモンですね。データによると、宇宙の中心で生まれたと自称している熱血漢だそうですけど……」
ミコトがデジヴァイス01でポスターのデジモンをスキャンして、冷静に分析する。
「明らかにこいつ自分で自分をかっこいいって思ってやがる、ナルシストだな。そんな奴はこうしてやれ!」
そう言いながらタイチはポケットから黒の油性マジックを取り出してポスターに落書きを始める。
「どうだ?」
「「「あはははは!!」」」
「ちょ、みんな‥笑ったら失礼だよ‥‥クスっ‥‥フフフ‥‥」
「そう言うミコトだって笑っているじゃん」
出来上がったいたずら書きを見て全員が抱腹絶倒の大爆笑となる。
すると後ろから怒鳴り声が響く。
「コラ!!貴様ら、俺様のポスターに何をしている!?」
振り向くとそこにいたのはポスターと全く同じ星形の身体をしたデジモン‥‥スターモンが居た。
「す、すみません」
「オレ様のポスターって事は‥‥」
「あなたがこの町の市長である‥‥」
「そう!!俺様がこの町の市長であるスターモン様だ!!」
スターモンはドヤ顔でポーズを決めながら自己紹介をする。
「ふん、この町はまだ規模も小さいけどな、いずれ俺様のスターの魅力で、町をでっかくしてやるぜ!」
「スターの魅力‥‥」
「何というか…おめでたい奴だな」
「というか痛いよね」
「で、でも、スターモンさんはやる気があるみたいだし、ちょっと個性的な装飾の町だけど、平和な町みたいだし、良いんじゃないかな?」
デジモンたちはスターモンをへんなモノを見るような視線で見るが、ミコトはそんなスターモンを擁護する。
「そうかな?」
「まだネットサーフ村のゴンの方がカッコいい様な気がする‥‥」
しかし、ミコトの擁護も空しくやはりスターモンに懐疑的な視線を送るデジモンたち‥‥
すると、町中から次々とざわめきの声が上がり沢山のデジモンたちが建物から出てくると駆け寄って来る。
「ねぇ、握手してくれない?」
「うわぁー!!凄いのが来たよー!!」
「なぁ?俺様はいつも町の人気者なのだよ!!」
と、スターモンは得意がっていたが、彼の予想に反して町民のデジモンたちはスターモンの所ではなくタイチたちの元に駆けつけた。
握手をしてくれとキャッキャされて嬉しくないわけがない。
「うおおおっ! すげぇ! 本物のブイドラモンだ!」
「こっちはデビドラモン!? 生で見るとすっごい迫力だなぁ!」
「ねぇねぇ、あの吸血鬼のヴァンデモンを倒したって噂、本当なの!?」
「サインして!サインして!!」
駆け寄ってきたデジモンたちは、自分たちの町の市長であるスターモンには一切目もくれず、タイチやゼロ丸、そしてミコトやデビドラモンの周りを何重にも取り囲んだ。
「へ? 俺たち?」
「えっ、ど、どうして私たちのことを……?」
予期せぬ町民デジモンたちの大歓迎に、タイチとミコトは目を丸くする。
「いやー、エテモンキーの野郎が『ヴァンデモン様がやられたウキーッ!』って半泣きで気球に乗って逃げていくのを見た奴がいてさ! もうこの辺りのエリアじゃ、君たちの活躍はあっという間に噂になっているんだよ!」
「そうそう! 圧倒的な強さで悪いデジモンをやっつける、今一番のニュースターだよ!!」
町民デジモンの一人が興奮気味にそう説明すると、周囲のデジモンたちも「ワーッ!」と歓声を上げる。
「へへっ、ニュースターかぁ! まぁ、ボクの手にかかればヴァンデモンなんて目じゃねーっての! ほら、握手してやるよ!」
ゼロ丸は完全に気を良くして、鼻高々でデジモンたちに握手をして回っている。
タイチも頭を掻きながら「いやー、それほどでも……あるけどな!」と満更でもない様子で笑っていた。
「ちょ、ちょっと皆さん、押さないで……!」
「グルル……おい、ミコトから少し離れろ。怪我をさせたら承知しないぞ」
急な人だかりに戸惑うミコトを庇うように、デビドラモンが大きな翼で彼女の周囲にバリケードを作っていた。
町民デジモンたちに敵意がないのは分かっているが、パートナーが押し潰されないかとハラハラしているのだ。
和気藹々とした空気が広がる一方で……。
「…………」
その輪から完全に弾き出され、ポツンと一人取り残されたスターモンは、差し出した右手のまま石像のように固まっていた。
ヒュルリ……と、どこからか冷たい風が吹き抜け、スターモンの足元を枯れ葉が転がっていく。
(お、俺様が……このスターシティの市長であり、銀河系No.1スーパースターであるこの俺様が……完全に空気扱いだと……!?アウト・オブ・眼中だと!?)
ピキッ、ピキキキキッ……!!
スターモンの星型の顔面(?)に、怒りの青筋が凄まじい勢いで浮かび上がる。
サングラスの奥の目が、嫉妬と屈辱で血走っていた。
「お、己ェェェェェーーーッ!!!」
突如、スターモンが地面を大きく踏み鳴らし、火山が噴火したかのような大絶叫を上げた。
そのあまりの剣幕にタイチたちに群がっていた町民デジモンたちが「ヒィッ!?」と怯えて後ずさりする。
「この俺様を差し置いて、どこの馬の骨とも分からん余所者がチヤホヤされるなど……! このスターシティにおいて、俺様より目立つことなど万死に値する!!スターはこの世に二つはいらん!!」
「うわっ、キレた」
「まぁ、無理もないよね。完全に町のデジモンたちから無視されていたし‥‥」
ガーボとミコトが少しだけ同情まじりの視線を送るが、スターモンの怒りの炎はそんなものでは鎮まらない。
彼はビシィッ! とタイチとゼロ丸に向けて指を突きつけた。
「貴様ら!!ヴァンデモンを倒したからって調子に乗るなよ!!本来なら、アイツはこの俺様が倒す予定だったんだ!!」
「いや、そう言われてもな‥‥」
「こうなれば、真のスーパースターの座をかけて、この俺様と『スターバトル』で勝負しろ!!」
「スターバトル?」
「そうだ! 俺様がいかに美しく、強く、そしてスターであるかをその身に刻み込んでやる! もし俺様が勝ったら、貴様ら全員、一生俺様のバックダンサーとしてタダ働きしてもらうからな!!」
理不尽極まりない要求に、ミコトは慌ててタイチの袖を引いた。
負ければタグ集めの旅は此処で終了してしまう。
そんな事になればデジタルワールドがデーモンの支配下になってしまう。
此処で旅を終える訳にはいかない。
「タ、タイチさん! ここは適当に謝って……」
「面白ぇじゃん」
「えっ?」
ミコトの制止を余所に、タイチはニヤリと不敵な笑みを浮かべて前に出た。
その横で、ゼロ丸も拳と拳を打ち合わせてやる気満々の表情を浮かべている。
「売られた喧嘩は買う主義でね! こっちが勝ったら、上質なハーブとこの町で一番美味い飯を腹いっぱい食わせてもらうからな!」
「おう!!望むところだァ! 後悔させてやるぜ、エキストラども!!」
(あぁ……なんだか凄く面倒なことになっちゃった……)
スターモンとタイチの間にバチバチと火花が散るのを特等席で見上げながら、ミコトは小さくため息をつき、デビドラモンも「やれやれ」と呆れたように首を振るのだった。
「スタージュニア!!カモーン!!ピィッー!!」
スターモンがホイッスルを吹くとティラノモンとホーリーエンジェル城に居たゲコビッチに似たカエル型のデジモン‥ゲコモンが現れた。
「ステージとなるコロシアムは町の中央にあるついてきな」
スターモンはタイチたちを決闘の場へと案内する。
「タイチさん、良いんですか?あのデジモンたちはデーモンと何の関係もないデジモンたちですよ」
闘技場に向かう中、ミコトはタイチにデーモンと何の関係もないデジモンと戦う事について心配そうに尋ねる。
「大丈夫だよ。本気で倒すつもりはないし、ちょっと試したい戦い方があるんだ」
「試したい戦い方?」
「ほら、これだ…」
タイチはいつもバトルが終わるたびに記録している手帳を取り出す。
「それって‥‥」
「そう、今まで戦ったデジモンとの記録をこの手帳に書いてある。ここにある記録をこうやってデジヴァイス01でスキャンすると…ホラ!!」
ミコトがタイチのデジヴァイス01の画面を見ると、そこにはタイチがスキャンした戦闘記録がデータとして表示されていた。
「もう全ページスキャンしたからバトルの時、モンスターごとの作戦データを一瞬でゼロにアップリング出来るという訳さ」
「凄い、となるとコマンドを入力する時間も短縮する事が出来ますね」
「そういう事だ」
ミコトは納得した様子であるが、
「‥‥どういう事?」
肝心のゼロ丸はいまいち理解できていない様子だ。
「まぁ、実戦で証明するから!!‥‥それと、ミコトも‥ほら」
タイチはミコトに同じ形の手帳をもう一冊出して黒色のボールペンと一緒にミコトにも渡す。
「タイチさん…これは?」
「それは、お前にやるよ。戦闘記録ノートとペンだ。これからしっかり、お前の分のノートを作っていけ。後で、俺がこれまで記録して来た内容を見せてやる。それにこの手帳にはデジモンとの戦い方だけじゃなく、ハーブを始めとするデジタルワールドの植物や食べ物についての記録も書いてある」
そう言いながらタイチはニヤリと親指を突き立てる。
本当にどこまでこの人は優しくて寛大で、それでいて強いのだろうと思ってしまう。
(タイチさんが私のお兄ちゃんだったらよかったのになぁ‥‥)
そして、自分の兄たちと比較してしまう。
「ありがとうございます!!タイチさん!!」
「おう!」
そう言いながらタイチはミコトの頭を撫でる。
そしてやって来た闘技場‥‥
周囲には町民デジモンたちも見物のために集まっている。
「ようこそ、スターコロシアムへ!!」
到着早々相変わらずのドヤ顔で告げるスターモンだったが、
「コロシアム?ただの広場じゃん」
ゼロ丸が今回の決闘場の感想を述べる。
たしかに広場に大きな将棋盤が置いてあるような簡易的な決闘場で、コロシアムとはとても言えない。
「黙れ!!いずれこの闘技場もデカくなるんだ!!」
「で、最初のバトルはなに?肉弾戦?それとも水中戦?」
ゼロ丸は拳をポキポキ鳴らしながら舞台に上がる。
「第一回戦は‥‥『歌』だ!!」
「う、歌!?」
「えっ?歌?」
「歌って‥あの歌の事か?」
バトル種目を告げられて啞然とするタイチたち。
「そう、歌だ!スターと言えばまず歌で観衆の心を揺さぶり魅了せねばならん!!」
「えっと‥‥思っていたのと違うけど、平和そうな戦いだからいいのかな?」
殴り合いとかではなく歌唱バトルみたいなので、ミコトはホッとした。
「行け!!ゲコモン!!お前の歌を聞かせてやれ!!」
「ゲコゲコ」
舞台の上にゲコモンが上がる。
「[ゲ~コ~ゲ~コ~ゲ~コ~コ~♪ゲ~コ~ゲ~コ~ゲ~コ~コ~♪]
ゲコモンは早速歌い出す。
「良い曲だ~」
ゼロ丸はゲコモンの歌に聴きほれて感動のあまりに涙を流していた。
「おいゼロ!! 感動している場合か!?これは『歌のバトル』だぞ!?お前も歌い返して観客を魅了するんだ!!」
タイチが舞台の下から大きな声でゼロ丸に檄を飛ばす。
「おっと、そうだった!! 任せとけタイチ、ボクの魂の美声で、この会場に居る皆をボクの虜にしてやるぜ!」
涙を拭い、キリッと表情を引き締めたゼロ丸は、胸を大きく反らせて空気をいっぱいに吸い込んだ。
「よーし、いくぞー!!」
ミコトは「ゼロ丸さん、どんな歌を歌うんだろう?」と少しワクワクしながら見守っていたが、その数秒後、彼女は激しく後悔することになる。
「ボク~は~ブ・イ・ド・ラ・モォォォーーーーンッ!! むて~き~の~ド・ラ・ゴォォォーーーーンッ!! ギュババババァァァーーンッ!!!」
「「「「ギャアアアアアアアアッ!?」」」」
ゼロ丸の口から放たれたのは、歌というよりもはや物理的な『音波兵器』であった。
あまりの超絶音痴と、成熟期のフルパワーの肺活量が合わさった破壊的な超音波が、スターコロシアム全体に衝撃波となって荒れ狂う。
「ひゃあああっ!? み、耳が‥耳がビリビリするぅぅぅ~!!」
「ぐわあああ!? こ、これはヴァンデモンの『デッドスクリーム』以上のプレッシャーだ……!! ミコト、僕の翼の中に隠れるんだ!」
「こ、鼓膜が破れるぅぅーっ!!」
ミコトは慌てて両手で耳を塞ぎ、デビドラモンは必死の形相でミコトを庇い、ガーボは地面を転げ回って悶絶している。
周囲の町民デジモンたちも次々と白目を剥いてバタバタと倒れ込み、対戦相手であるはずのゲコモンに至っては、「ゲ……ゲコォ……」と泡を吹いて完全に気絶してしまった。
「あぁ~スッキリした! どう? ボクの歌、心に響いたでしょう!?」
一曲歌い切り、晴れやかな笑顔でマイクパフォーマンスのようにポーズを決めるゼロ丸。
「ゲコモン戦闘不能! よっしゃ、第一回戦は俺たちの勝ちだな!」
タイチはちゃっかりと自分の耳にティッシュを詰めて耳栓を作っており、被害を最小限に抑えていた。
「あぁ~卑怯ですよ!!タイチさん!!自分だけしっかり対策しているなんて!!……ゼロ丸さんの歌が破壊的だって知っていたんですね!?」
「さ、さあ、何の事やら~」
ミコトが涙目で抗議しながら、もらったばかりの手帳に震える手で『ゼロ丸さんの歌……超危険』とメモを書き込む。
そして、タイチはミコトから視線を逸らして誤魔化す。
「バ、バカな……! 俺様の専属バックコーラスであるゲコモンを‥‥あんな殺人的な騒音で倒すとは……!」
スターモンも星型の体をブルブルと震わせながら、なんとか立ち上がった。
「騒音とは失礼な!?ゼロは本気でソウルフルに歌い上げたんだぞ!! なぁ、ゼロ!」
「おうよ! なんならもう一曲歌ってやろうか!?」
「や、やめろォォーッ!! 第一回戦は貴様らの勝ちでいい!!」
スターモンは全力で両手を振ってゼロ丸のアンコールを阻止した。
これ以上歌わせたら、町民が全滅しかねないからだ。
「フン……だが、歌で勝ったくらいで調子に乗るなよ。所詮は運が良かっただけだ! 続く第二回戦は、アイドルの必須スキル……『愛嬌』だ!!」
スターモンがビシッと指を鳴らすと、今度は巨大な赤い恐竜型デジモン……ティラノモンが地響きを立てて舞台に上がってきた。
「行け、ティラノモン!貴様のキュートな恐竜スマイルで、あいつらの戦意を骨抜きにしてやれ!」
「ガウッ!!」
ティラノモンは雄叫びを上げると、その恐ろしい牙が並ぶ大きな口を器用に歪め、顔全体をクシャクシャにして両手でハートマークを作った。
「ガ、ガウゥ~ン……(てへぺろ☆)」
「「…………」」
巨大で凶暴な恐竜が、無理やりぶりっ子ポーズをとるという地獄のような光景に、その場にいた全員の思考が停止した。
「ど、どうだ!! このギャップ萌え!! 恐ろしい筈の恐竜が見せる愛嬌たっぷりのポーズに貴様らもメロメロだろう!?」
スターモンだけが一人で得意げに解説している。
「……ミコト。お前、あいつのポーズ見てどう思う?」
「えっと‥‥すごく、コメントに困ります‥‥というか、ちょっと怖いです‥‥色んな意味で‥‥」
ミコトは引き攣った愛想笑いを浮かべながら、手帳に『ティラノモンに愛嬌は……無理がある』と冷酷な評価を書き込んだ。
「よーし、ならこっちも愛嬌とギャグで勝負だ! ゼロ、お前の必殺『変顔』を見せてやれ!」
「任せな!! 喰らえええっ!!」
ゼロ丸は両手で自分の頬を思い切り引っ張り、目をひん剥いて舌をだらりと伸ばし、この世の終わりかのような凄まじい変顔をティラノモンの眼前で見せつけた。
「べっろぉぉぉーーーーん!!」
「ガ、ガウッ!?」
そのあまりの破壊的な変顔(愛嬌ゼロ)に、ティラノモンは「ヒィッ!」と悲鳴を上げてドン引きし、恐怖のあまり舞台の端から真っ逆さまに転げ落ちてしまった。
「ティラノモン場外! よし、第二回戦も俺たちの勝ちだ!」
タイチがガッツポーズを決める。
「な、なんだとォォーッ!? 貴様ら、アイドルの愛嬌対決で変顔をするなど、ルール違反だぞ!!」
「ルールなんて最初から言ってなかっただろ? 観客(ティラノモン)を圧倒したんだから、こっちの勝ちなんだよ!」
タイチの屁理屈に、スターモンはワナワナと体を震わせた。
「お、己ェェ……! 歌も愛嬌も、アイドルの王道から外れた邪道ばかり使いおって……! こうなれば、最後は俺様自身が相手をしてやる!」
スターモンがマントを翻し、舞台のど真ん中へと躍り出た。
「ついに来たか。ゼロ、気ぃ抜けよ! こっからが本番だ!」
「おう!!」
タイチはデジヴァイス01を構え、画面に表示された戦闘記録データを素早く展開した。
「ミコト、よく見ておけ。これが『戦闘記録データ』を一瞬でアップリンクする、俺の新しい戦い方だ!」
「はいっ!」
ミコトは手帳とペンを握り直し、真剣な眼差しでタイチとゼロ丸の背中を見つめた。
「行くぞ、ゼロ! 俺たちのコンビネーションで、あのおめでたいナルシストの目を覚ましてやれ!!」
「了解!! ぶっ飛ばしてやるぜ!!」
お遊びのショータイムは終わりを告げ、いよいよタイチ&ゼロ丸とスターシティの市長・スターモンによる、真の『スターバトル』の幕が切って落とされた。
「最後のバトル‥それは‥‥鬼ごっこだ!!」
「えっ?」
「お、鬼ごっこ?」
最後のバトルも血生臭い戦いではなく、意外な種目にタイチとゼロ丸は目が点になる。
「そうだ!!スターたるもの時としてパパラッチから素早く逃れるためのスピードが要求されるのだよ!!さあ、この俺に三分以内で触れられるかな?触れればお前の勝ちだ!ただし、ラストバトルだからな、この勝負に勝った方が真の勝者、すなわちスーパースターだ!!」
勝負の理由を説明しながらスターモンは電光石火の如くゼロ丸の周りを動き回る。
更に言うと既にスターモンチームが二連敗しているので、この時点でタイチたちの勝ちは決まっているのだが、スターモンはこの勝負に勝った方を問答無用の勝者と言うルール変更をしてきた。
「は、速い!?何て速さだ!!」
「トリケラモンといい勝負だ」
「デビドラモンもよりも早い?」
「い、いや、僕の方が早いからね、ミコト」
「よし、スピード勝負ならデビドラモンの時の模擬戦データをアップリンクだ!!」
タイチはアップリングデータをゼロ丸に送信する。
すると、ゼロ丸は何故かスターモンを追いかけようとはせずに、
「みんな、こっちにおいで!!!君たちにボクの直筆のサインをあげるよ!」
「「「「わーい!!」」」」
突然訳の分からないファンサービスをやり始めた。
「えっ?タイチさん、どういう事ですか!?スターモンを捕まえずにサインをプレゼントなんて!?」
「なんで、僕との模擬戦のデータをアップリングしてサインを配るのさ!?」
「間違った情報をアップリングしたんじゃないのか!?」
ゼロ丸の行動を見てミコトたちはタイチを問い詰める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ‥ええっと‥‥ああ!!しまった!!ゴンにあげるためにやったサインの練習‥‥デビドラモンとの模擬戦記録の余白に書いてあった‥‥こいつがアップリングされたんだ!!」
「何だって!?」
「タイチ!!君、戦闘ノートで一体何やってんのさ!?」
「ど、どうします?あと一分しかありませんよ!?」
あと一分以内にスターモンを捕まえなければ自分たちの負け‥‥
しかし、肝心のゼロ丸はスターモンを追いかけずに町民デジモンたちにサインをプレゼントしている。
このままでは負けてしまうかと思われたが、
「おいお前ら!!このスターの俺様を無視してサインとは何事だ!?俺様も直筆のサインをやるぜ!!」
ゼロ丸の行動を見たスターモンも動くのを止めて色紙とサインを用意した。
しかし次の瞬間、ポンとゼロ丸に肩を叩かれた。
「し、しまったあああああああ!!!この俺が負けた!!」
「おーい、みんな~何とか勝てたよ♪」
「……なんか締まらない勝ち方だったけど、お前が自分で言ったルールだ。俺たちの勝ちでいいんだな?」
タイチが尋ねると、スターモンは膝から崩れ落ち、両手で地面を叩いた。
「ああ‥俺様の完敗だ‥‥スピード勝負の最中にファンサービスを優先するその余裕‥‥そして、俺様のプライドを逆手に取ったその作戦‥‥見事だったぜ‥‥」
「いや、作戦っていうかただの事故なんだけどな……」
タイチが小声でツッコミを入れるが、スターモンの耳には届いていない。
「……ファンを惹きつける力も、貴様らに劣っていた……真のスターでなくなったこんな俺様は……もうスターを名乗る資格なんてない……市長も引退して、辺境のネットの海でひっそりとワカメでも拾って暮らすとするぜ……」
先ほどまでのドヤ顔はどこへやら、星型の体からすっかり輝きが失われ、どんよりと落ち込んでしまったスターモン。
そのあまりに極端な落ち込みぶりに、タイチたちだけでなく、町民デジモンたちも顔を見合わせている。
すると、ミコトが一歩前に出て、しゃがみ込んでスターモンに目線を合わせた。
「そんなことありません。スターモンさんは、町のみんなを楽しませようとして、あのステージを作ったんですよね?」
「えっ……? あ、ああ、そうだ。俺様のスターの魅力で、この小さな町を宇宙一のエンターテイメントシティにしてやろうと……」
「気持ちは凄く立派だと思います。でも、少しだけやり方が強引だったんじゃないでしょうか?さっきタイチさんが教えてくれた『アイドル』や『スター』って、無理やり見せるものじゃなくて……みんなを自然と笑顔にして、元気づける存在のことなんです」
「みんなを、自然と笑顔に……」
スターモンはハッとして、周囲を取り囲む町民デジモンたちを見回した。
今までは気づかなかったが、みんな自分の顔色を窺って、どこか窮屈そうにしていた。
「お、俺様は……自分の輝きを押し付けるだけで、観客(みんな)の心を見ていなかったというのか……?」
「そうだぜ!」
タイチが腕を組んで、ニッと笑いかける。
「本当のスターってのは、自分だけが目立つんじゃなくて、周りの奴らも巻き込んで明るく照らせるヤツのことだろ? お前、足はすげぇ速かったし、その無駄なまでのやる気は本物だ。やり方さえ間違えなきゃ、きっとこの町をでっかくできるさ」
「タイチの言う通りだよ! お前、すっごくイキイキしていたもん! ボク、次はお互い本気の鬼ごっこで勝負してみたいぞ!」
ゼロ丸も無邪気な笑顔でスターモンに手を差し出した。
「生きていればやり直す事も出来る。間違ったらそこから直せばいい‥‥君はこの町の市長だろう?これまで町の皆を守って来たんだろう?」
デビドラモンもスターモンを励ます。
「タイチ‥‥ゼロ丸‥‥ミコト‥‥デビドラモン‥‥」
スターモンは四人の顔を交互に見つめた後、差し出されたゼロ丸の手をギュッと握り返して立ち上がった。
そして、町民デジモンたちの方へと向き直る。
「みんな……すまなかった! 俺様は自分の自己満足のために、みんなに無理をさせていた! これからは『俺様』のショーではなく、『みんな』が笑顔になれるような町づくりをしていくと誓うぜ! だから……どうか、これからも俺様をこの町の市長(スター)でいさせてくれないか!?」
スターモンが深々と頭を下げると、広場は一瞬の静寂に包まれた。
しかし、すぐに町民デジモンたちが歩み寄ってくる。
「……まったく、最初からそうしてくれれば良かったんだよ」
「そうそう。でも、市長が本気でそう思ってくれるなら、私たちも協力するよ!」
「なんだかんだ言ってもこれまで町を守って来たのは市長だったしね」
「よーし! みんなの力で本当のSTAR CITYを作るぞー!」
『ワァァァァァァァァァッ!!』
町民たちの温かい歓声に包まれ、スターモンの目から大粒の涙が溢れ出した。
「グスッ……お前ら……サンキュー! サンキュー! 愛しているゼェェェ!!」
「ふふっ、良かったですね、タイチさん」
「ああ。まぁ、結果オーライってやつだな」
ミコトの笑顔にタイチも満足げに頷く。
「よーし! 真のスーパースターとして生まれ変わったこのスターモン様が、お前たちを最大級のおもてなしで歓迎してやるぜ! おいみんな! 最高のハーブと一番美味いメシを用意しろ! 今日は宴だァ―――ッ!!」
「「「「おぉぉ――――っ!!」」」」
「やった――っ!! メシだメシだーっ!!」
ゼロ丸が両手を上げて飛び跳ね、デビドラモンやガーボも嬉しそうにそれに続く。
アクシデントから始まった奇妙な『スターバトル』は、こうして誰も傷つくことなく(ゲコモンとティラノモンの精神的ダメージを除いて)、大団円を迎えた。
美味しい食事を満喫しながら、タイチたちはスターモンや町民デジモンたちから、周辺のエリアの噂や『タグ』の手がかりになるかもしれない情報をしっかりと集めるのだった。
四つ目のタグへの道のりは、まだ始まったばかりである。
スターモン主催の宴会が行われ、町民デジモンたちが用意されたご馳走に舌鼓を打っている中、
「あの‥タイチさん」
ミコトが太一に声をかける。
「ん?なんだ?ミコト」
「最初の歌対決ですが、データをアップリングするならどんなデジモンとの対決をアップリングしていたんですか?」
ゲコモンとの歌対決では、ゼロ丸の破壊的な歌声のおかげで乗り切ったが、もしもゼロ丸の歌ではなく、デジヴァイス01のアップリング機能を使って戦ったとしたらどのデジモンの戦闘データを使用するのか興味があったミコトはタイチに質問した。
「それなら、此奴だ。ホーリーエンジェル城で会ったトノサマゲコモン‥‥音を音で消す戦法だ」
タイチはトノサマゲコモンとの戦闘記録をミコトに見せる。
そのページを見たミコトは、
「あ、あの‥タイチさん‥‥もしも、このページの内容をアップリングしていたらゼロ丸さん、お腹を下していたかも‥‥」
「えっ?なんで?」
「だって、此処‥‥」
ミコトページの余白にタイチが書いた落書きを指さす。
「げぇっ!?」
ミコトが指さした部分を見た瞬間、タイチは思わず素っ頓狂な声を上げて手帳を取り落としそうになった。
そこに描かれていたのは、教科書に描かれる落書きの定番とも言える、実に見事なとぐろを巻いたウ〇チのイラストだった。
「あ、あはは‥‥これ、トノサマゲコモンのデータを整理している時、此奴の言動を思い出して腹が立って、つい‥‥」
冷や汗をダラダラと流しながら、バツが悪そうに頭を掻くタイチ。
さっきの鬼ごっこでは、余白の「サインの練習」がそのままゼロ丸にアップリンクされていきなりファンサービスを始めてしまった。
ということは、もしゲコモンとの歌バトルの時にこのページをゼロ丸にアップリングしていれば――。
(ゼロの頭の中に、ウ〇チのデータがダイレクトに送信されて……)
「……想像しただけで恐ろしいね」
「うん……ゼロ丸がバトルの最中にお腹を押さえてトイレに駆け込む姿が、簡単に目に浮かぶよ……」
いつの間にか背後に立っていたガーボが、心底ゾッとしたように腕をさすっている。
デビドラモンもタイチの手帳を上から覗き込み、
「ミコト、あまりそのような不浄な落書きを凝視しては体に毒だよ」
と、的外れな過保護ぶりを発揮してミコトの目を大きな手で覆おうとしていた。
「ふふっ、大丈夫だよ、デビドラモン。でも……本当に危なかったですね、タイチさん」
ミコトはクスっと笑いながらも、どこか呆れたような、それでいて少し楽しそうな視線をタイチに送る。
いつも完璧で、どんな強敵が来ても頼りになる偉大なテイマーのタイチ。
そんな彼が、実はノートの余白にウ〇チの落書きをしてしまうような、年相応の男の子らしい一面を持っていることが、ミコトにはなんだか新鮮で、より身近な存在に感じられて嬉しかったのだ。
「んぐんぐ……ぷはぁ! この町の肉、すっごくジューシーで美味いよ、タイチ!……ん?あれ?みんなしてボクの顔を見て、どうしたの?」
そんな一同の密かな戦慄など露知らず、当のゼロ丸はスターモンが用意してくれた山盛りの骨付き肉を両手で掴み、口の周りを油だらけにしながら満足げに咀嚼していた。
「いや、なんでもねぇよ! ゼロ、お前が今、健康に美味そうに飯を食えているだけで、俺は心の底からホッとしているぜ……! 」
「? よく分からないけど、タイチも食べなよ! ほら、このハーブのサラダもシャキシャキして美味しいよ!」
「お、おう、もらうわ!」
タイチは大きく息を吐き出すと、ガハハと笑ってゼロ丸から肉をひったくった。
「よしっ、決めた! ミコト、お前に渡したその戦闘ノートだけどさ、絶対に余白には落書きはするなよ! 特に変な絵は厳禁だ!」
「ふふ、分かりました。私はタイチさんみたいに、ウ〇チの落書きなんて絶対に書きませんから安心してください」
「うぐっ……! それはもう勘弁してくれ……」
いたずらっぽく微笑むミコトに一本取られ、タイチはがっくりと肩を落とす。
その様子を見て、ミコトとガーボ、そしてデビドラモンも声を上げて笑った。
「おいお前らー! スーパースターの俺様が直々に注いでやるジュースだ! 遠慮せずにガブガブ飲んでくれよな!」
宴会の中心では、すっかり機嫌を直したスターモンが、町民デジモンたちと肩を組んで大はしゃぎしている。
そのすぐ側では、昼間のバトルで散々な目に遭ったゲコモンとティラノモンも、すっかり元気を取り戻して宴会を満喫していた。
「ガウ、ガウガウ!」
ティラノモンは、もう無理に慣れないぶりっ子ポーズをする必要もなくなり、大きな骨付き肉を幸せそうに頬張りながら、他の町民デジモンたちと顔を見合わせて普通に楽しそうに笑っている。
また、ゼロ丸の超音波で泡を吹いて倒れていたゲコモンも喉を潤す特製ジュースを片手に、悔しそうに拳を握りながらも前を向いていた。
「今回は完全に不覚を取ったゲコ……でも、私にもスターモン様の専属バックコーラスとしてのプライドがあるゲコ! 次はもっと美声を磨くゲコ……! あのブイドラモンに負けないくらいのソウルフルな歌声になってみせるゲコ!」
その前向きな宣言に、周囲のデジモンたちからも「そうだぞ」 「頑張れよ!」 「応援しているぞ!」と温かい笑い声と拍手が送られていた。
賑やかな音楽、美味しい料理とその匂い、そして手を取り合う仲間たちの笑い声はこの STAR CITY の夜空に輝く星の群れのように、より一層強く、眩しく、お互いを照らし合っていくのだった。