四つ目のタグを求めて「メタルファクトリー」へと足を踏み入れたタイチたち一行。
そこで彼らを待ち受けていたのは、現実世界でタイチがよく知る無敗の天才テイマー・彩羽ネオだった。
デーモンの下で「超究極体」を育成する権利を得たネオは、かつて自身が捨てたにも関わらず一途に彼を慕い続けるメタルグレイモンをゼロ丸のデータを測るための「計測器(サンドバッグ)」として非情にも酷使する。
そしてデータ収集を終えるや否や、用済みとなったメタルグレイモンを冷酷にも自らの手でデリートしようとした。
その無慈悲な死の光線からメタルグレイモンを救ったのは本来敵である筈のミコトだった。
彼女はヒーリング能力の限界を超えて行使し、ウィルス種へと変異し身体が青黒くなったメタルグレイモンを本来のオレンジ色の姿(ワクチン種)へと見事に浄化する。
しかし、ダメージを負った完全体デジモンを、デジヴァイス01を通さずに生身でヒーリングさせた代償はあまりにも大きく、ミコトは鼻から血を流し、意識を失って倒れ込んでしまった。
自らの利益のためにデジモンを道具として使い捨て、その結果としてミコトを犠牲に追いやったネオの仕打ちに対し、タイチとゼロ丸の怒りはついに頂点に達した。
「……ミコト、少しだけそこで休んでいてくれ。すぐに終わらせるから」
冷たい工場の床に横たわるミコトの蒼白な顔を見つめ、タイチは静かに、しかし確かな怒りを込めて呟いた。
ガーボとデビドラモンが心配そうにミコトに寄り添うのを確認すると、タイチはゆっくりと立ち上がり、冷徹な視線を崩さないネオを真っ直ぐに睨み据えた。
タイチの全身から発せられる闘気は、普段の熱く真っ直ぐなそれとは違う。
触れれば火傷しそうなほどの、静かで、重く、底知れない怒りの炎だった。
「ゼロ……!」
「ああ、分かっているよ、タイチ!!」
テイマーの激しい怒りと完全にシンクロしたゼロ丸もまた、喉の奥で低い咆哮を鳴らす。
その青き竜の全身からは、平常時を遥かに超えるすさまじいデータ量がバチバチと音を立てて溢れ出していた。
「フン。相棒を無意味に傷つけられ、仲間の小娘が倒れたことで感情が昂ぶっているようだな。だが、幾ら怒りでステータスを一時的に底上げしたところで、俺の計算(データ)を覆すことなど不可能だ」
ネオは全く悪びれることなくパソコンを小脇に抱え直し、腕のデジヴァイス01を再び掲げた。
「デジモンは、あくまで最強の存在を生み出すための道具(パーツ)に過ぎない。俺の役に立てなかった後ろの鉄くずがどうなろうと、俺の知ったことではない」
「……ッ!ネオ!!てめぇっ!!」
タイチの怒号が工場内に響き渡る。
己の命を救ってくれたミコトを見つめ、呆然と立ち尽くすメタルグレイモンを背にタイチは叫んだ。
「行くぞ、ゼロ!!俺たちの本気の力、あいつのその見下した顔面に叩き込んでやれ!!」
「うおおおおおっ!!お前にボクの怒りをスキャンできるか!?」
ドンッ!! と床を蹴り砕くほどの凄まじい脚力でゼロ丸が飛び出し、ネオに向かって一直線に突進する。
テイマーとデジモンの絆など無意味だと切り捨てるネオと絆こそが無限の力を生み出すと信じるタイチ。
決して交わることのない二つの信念が、今、凄惨なメタルファクトリーの跡地で激しく衝突しようとしていた。
「ゼロの「怒りのデータ」を基本データに追加すれば良い。ふん、平均+25%の怒りか…この程度なら一分で十分だ」
右手の人差指を突き出して挑発の合図を出すネオ。
「何!?ゼロを一分で倒せるとでも言うのか!?」
「そうだ。たかだか成熟期程度の力しかないブイドラモンなど相手ではない」
ネオの背後からはオーガモンとデビモンが出現する。
「二つのデジヴァイス‥‥」
タイチが息を呑む中、ネオは両腕のデジヴァイス01を交差させるように構えた。
「行け、オーガモン、デビモン。あの薄汚いトカゲの体力を削り取れ」
「グガァァッ!」
「キキキッ!」
ネオの冷酷な指令に応じ、緑色の鬼と漆黒の悪魔が同時にゼロ丸へと襲いかかる。
「上空からデビモン、地上からオーガモンの同時攻撃か! だけど、その程度の連携じゃあ、俺たちは止められないぜ!!ゼロ、まずは飛行可能なデビモンからだ!!」
「了解!!」
ゼロ丸はオーガモンの迫り来る骨棍棒による打撃を紙一重でダッキングして躱すと、その勢いのまま大地を蹴り、上空から『デスクロウ』を放とうとしていたデビモンの懐へと瞬時に潜り込んだ。
「マグナムパンチッ!!」
「ゲギャァァァッ!?」
怒りに任せたゼロ丸の重い一撃が、デビモンの腹部に深々と突き刺さる。
そのまま吹き飛ばされたデビモンが工場の壁に激突するのを見届ける間もなく、タイチの的確な指示が飛ぶ。
「後ろだ、ゼロ!!そのまま尻尾でオーガモンを薙ぎ払え!」
「たぁぁっ!!」
背後から襲いかかろうとしていたオーガモンの顔面にゼロ丸の強靭な尻尾がクリーンヒットする。
「グハッ……!?」
二体の成熟期デジモンを相手にしているにも関わらず、ゼロ丸は圧倒的なスピードとパワーで戦況を完全に支配していた。
「どうした!?メタルグレイモンはもっと強かったぞ!?」
怒りによって限界を超えたその動きは、二体がかりの攻撃を一切寄せ付けない。
「いける! このまま一気に二体とも押し切るぞ、ゼロ!!」
「おうっ!! どんどん行くぞ!!」
タイチの鼓舞に応え、ゼロ丸は猛攻を畳み掛ける。
しかし——。
「ハァ……ハァ……ッ!」
激しいラッシュの後、ゼロ丸の動きに僅かな鈍りが生じた。
着地の瞬間、膝がガクンと折れそうになり、ゼロ丸は荒い息を吐きながら体勢を立て直す。
「ゼロ……?」
タイチがデジヴァイス01の画面を確認すると、ゼロ丸の体力ゲージが急激に減少していることに気づいた。
「しまった!!……さっき、メタルグレイモンを殴り続けた時の疲労が……それに、怒りで無意識にパワーを出しすぎたんだ……!」
メタルグレイモンがゼロ丸のデータ収集の「的」として利用された際、ゼロ丸はその目的に気づかずにメタルグレイモンとの決着をつけようとフルパワーに近い攻撃を何度も放っていた。
その蓄積された疲労と、今の怒りによる急激なエネルギー消費が、確実にゼロ丸のスタミナを蝕んでいたのだ。
「怒りによる出力上昇を確認。予測通りスタミナが枯渇したな。全て俺の計算通りだ。一時の感情で後先考えずに突っ込んだ結果だな」
ネオはパソコンの画面から目を離し、無表情のままタイチたちを冷徹に見据えた。
「なっ!?……お前、最初からゼロの体力を削るためにこいつらを……!」
「言ったはずだ。たかだか成熟期のデジモンなど、俺の相手ではないと」
ネオはダメージを負いつつも尚、立ち上がったオーガモンとデビモンを見ると、両手のデジヴァイス01を高く掲げ、二つの拳を頭上で突き合わせた。
「そろそろ時間だ。お前たちに本当の『絶望』というものを教えてやる……ジョグレス!!」
ネオの声が響いた瞬間。
オーガモンとデビモンの身体がホログラムのようにブレ始め、無数のデータ群へと分解されていく。
「なんだと!?」
「デジモン同士が……溶けて混ざっていく!?」
二体の成熟期デジモンのデータが中心へと吸い込まれるように融合し、禍々しい漆黒の光の渦がメタルファクトリーを包み込んだ。
そして、その強烈な光の中から、見たこともない恐るべき姿のデジモンが姿を現す。
白骨化した悪魔のような痩身。
その手には、先端に不気味な宝玉が埋め込まれた長い杖が握られていた。
「成熟期同士を融合させるジョグレス進化。完全体ウィルス種、スカルサタモンだ」
「か、完全体……しかも体力が元に戻っている!?」
圧倒的な死の気配と、成熟期とは比べ物にならない桁違いのデータ量を纏うスカルサタモンを前に、疲労困憊のゼロ丸とタイチは息を呑んだ。
たった一分‥‥ネオの宣言通り、戦況は最悪の形へと一変してしまったのである。
「ネイルボーン!!」
スカルサタモンの持つ杖の宝玉から、死の呪いが込められた漆黒の光線が放たれる。
「ぐあぁぁぁっ!!」
「ゼロッ!!」
疲労で足が止まっていたゼロ丸は回避すら叶わず、その凶悪な一撃をまともに受けて吹き飛ばされた。
強固なはずの青い皮膚が焼け焦げ、ゼロ丸は工場の壁に激突して力なく崩れ落ちる。
着弾した周囲の分厚い鉄壁がまるで紙屑のように消し飛び、完全体の持つ圧倒的な破壊力を見せつけた。
「ハァ……ハァ……くそっ……なんて重い一撃だ……!」
「計算通り。スタミナを枯渇させた成熟期など、完全体の前では赤子も同然だ」
ネオは倒れ伏すゼロ丸からすぐに視線を外し、工場の隅で意識を失って倒れているミコトへと向けた。
「さて、無駄な時間はここまでだ。タイチ……お前にとって最大の『絶望』となるエラーを発生させてやろう」
ネオが顎でしゃくると、スカルサタモンは不気味な笑い声を上げながら、無防備なミコトへとゆっくり近づいていく。
「なっ……ネオ、お前、何を……っ!」
「テイマーがモンスターを庇って倒れるなどという、下らない感傷の代償を払わせてやるだけだ。やれ、スカルサタモン」
「や、やめろぉぉぉっ!!」
タイチが絶叫し、駆け出そうとするが距離が遠すぎる。
「ミコトには指一本触れさせないぞ!!」
「ミコトは僕が守るんだ!!」
間一髪、ミコトの前に立ちはだかったのはガーボと彼女のパートナーデジモンであるデビドラモンだった。
主の危機に呼応し、デビドラモンは漆黒の翼を広げて威嚇の咆哮を上げる。
「クリムゾンネイル!!」
デビドラモンが血のように赤い鋭い爪を振り下ろし、渾身の一撃をスカルサタモンへと見舞う。
しかし——。
「キシャァァァッ!」
スカルサタモンが己の杖を軽く振るっただけで、恐ろしい衝撃波が巻き起こった。
「うわぁぁぁっ!!」
「ぐぁぁぁぁっ!!」
デビドラモンの必殺技はあっさりと弾き返され、そのまま薙ぎ払うような杖の一撃がデビドラモンとガーボを襲う。
二体はボロ屑のように壁際まで吹き飛ばされ、激しい衝撃と共に動けなくなってしまった。
同じウィルス種のデビドラモンでさえ、完全体であるスカルサタモンには一撃で戦闘不能にされるほどの実力差があった。
「デビドラモン! ガーボ!!」
一切の障害がなくなったスカルサタモンは、ゆっくりとミコトの頭上に禍々しい杖を振り上げる。
(くそっ……間に合え、間に合ってくれ!!)
タイチが必死に手を伸ばすが、死の杖は無情にもミコトへ向けて振り下ろされた。
——ガキィィィィンッ!!!
耳を劈くような金属音と、激しい火花が飛び散った。
「……え?」
タイチは目を見開いた。
スカルサタモンの凶悪な杖の一撃を受け止めていたのは……ミコトの身を呈した行動によってウィルス種からワクチン種へと浄化され、本来のオレンジ色の姿を取り戻したメタルグレイモンだった。
「グ、ガァァァァッ……!!」
メタルグレイモンは巨大な左腕のトライデントアームを盾にし、全身の装甲を軋ませながら、必死にスカルサタモンを押し留めていた。
「……メタル‥グレイモン……?」
「フン、主を裏切るか?所詮は失敗作のクズだな。まとめてデリートしろ」
ネオが冷酷に命じると、スカルサタモンは杖に更なる力を込め、メタルグレイモンの装甲を砕きにかかる。
(……い、痛い。それに全身が砕けそうだ……)
かつての彼なら、ネオに見捨てられたという絶望と痛みに耐えきれず、戦意を喪失していただろう。
だが、今の彼の心には、決して折れない不思議な熱が宿っていた。
(この子は……本来、敵である筈の俺のために、ボロボロになりながら命を救ってくれた。俺を『ゴミじゃない』と言ってくれた……!)
「俺は……ネオ様に見捨てられ、絶望し……それでも強さに縋りついた愚か者だ……!」
メタルグレイモンは血を吐きながらも、ミコトを背中で庇い、スカルサタモンを力強く睨み返した。
「だが!! この恩人の温かい心を……俺に本当の光を見せてくれたこの小さなテイマーを!!俺は絶対に死なせはしないッ!!‥‥ギガ・デストロイヤーッ!!」
ゼロ距離。
メタルグレイモンの胸部のハッチが全開になり、二発の超強力な有機系ミサイルがスカルサタモンの至近距離で炸裂した。
「ギャアアアアアッ!?」
まさかの至近距離からの同レベル(完全体)の反撃。
スカルサタモンは予想外の大ダメージを受け、爆炎と共に大きく吹き飛ばされ、工場の瓦礫の中へと叩きつけられた。
「やった……! メタルグレイモンがスカルサタモンに一矢報いた……!」
ガーボが歓声を上げるが、その直後、メタルグレイモンの巨体がグラリと揺れた。
ミコトのヒーリングを受けたとは言え、ゼロ丸から受けたダメージの蓄積に加え、今の一撃で残された全てのエネルギーを使い果たしてしまったのだ。
ドスンッ……!
地鳴りを立てて、メタルグレイモンがその場に崩れ落ちる。
そして、彼のオレンジ色の体から、光の粒子がボロボロと溢れ出し始めた。
まだ完全に傷が治っていない状態で無理をしたのがたたったのか、メタルグレイモンを構成するデータが崩壊し、消滅の時が近づいているのだ。
「メタル‥‥グレイモン‥‥」
ダメージを引きずりながらも、デビドラモンが心配そうにメタルグレイモンに歩み寄る。
自分のテイマーと似た境遇を持つメタルグレイモンにデビドラモンも深く共感していた。
「……デビドラモン‥と言ったか……?」
メタルグレイモンは、薄れゆく意識の中で、傍らに立つ漆黒の邪竜を見上げた。
「お前は……幸せ者だな……」
「……?」
「こんなにも優しく……俺たちデジモンの心を‥自分の命を懸けてまで信じてくれる……そんな素晴らしいテイマーが、お前の相棒なんだからな……」
メタルグレイモンは、己の体がデータの粒子となって消えゆくのを感じながらも、その表情はどこか穏やかで、満ち足りていた。
「羨ましいよ……俺も、あの小さな手のひらに……テイマーに‥信じてもらい‥たかった……な……」
「メタル‥グレイモン……さん……」
その時、微かな声が響いた。
メタルグレイモンがゆっくりと視線を下ろすと、鼻から血を流し、息も絶え絶えになりながらも、ミコトが這いずるようにして彼に手を伸ばしていた。
「ミコト!?無理をするな、お前はまだ……!」
タイチの制止を振り切り、ミコトは震える手で自身のデジヴァイス01を握りしめ、メタルグレイモンへと向けた。
「……消えちゃ、ダメです……」
ミコトの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「あなたは……立派な、デジモンです……私を護ってくれた……優しくて、強い……」
「……あ、あ……」
「だから……あなたの心は、私が預かります。絶対に、消させたりなんてしない……!」
ピッ、という電子音と共に、デジヴァイス01が眩い光を放った。
ミコトのデジヴァイスが、崩壊していくメタルグレイモンのデータを凄まじい勢いでスキャンし、その器の中へと回収していく。
「……初めてだ。こんなに……温かい気持ちは……」
光に包まれながら、メタルグレイモンは穏やかな顔で目を閉じた。
「……ありがとう……ミコト……」
最後にそう言い残し、メタルグレイモンは全てのデータ粒子となってデジヴァイス01の中へと優しく吸い込まれていった。
空っぽになった工場の床に、カチャリとミコトのデジヴァイス01が落ちる。
「……っ、ふぅ……」
ギリギリのところで彼のデータを保護しきったミコトは、安堵の微笑みを浮かべると、今度こそ完全に意識を手放した。
「……ククク、感動的な三文芝居だな」
瓦礫の中から、ダメージを受けながらもスカルサタモンを従えたネオが、忌々しげに、しかし余裕の笑みを崩さずに歩み出てきた。
「だが、所詮はデータの延命措置に過ぎない。スカルサタモンはまだ戦える。お前たちに勝ち目は——」
「黙れッ!!!」
タイチの怒声が、ネオの言葉を完全に遮った。
見れば、ボロボロだったはずのゼロ丸が、静かに、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら立ち上がっていた。
その青き竜の瞳には、かつてないほどの激しい闘志が燃え上がっている。
メタルグレイモンの想い‥‥
そして、ミコトの優しさ‥‥
それらを嘲笑うネオを、タイチとゼロ丸は決して許すつもりはなかった。
「ゼロ……お前の力、全部見せてやれ!!」
タイチの魂からの叫びに呼応するように、ゼロ丸の全身を覆う傷から凄まじい光が立ち昇る。
それは怒りであり、メタルグレイモンの遺志であり、そしてミコトの優しさに応えようとするテイマーとデジモンの『絆の力』だった。
「……エラーか?スタミナはゼロの筈‥‥この異常なエネルギー値は一体……?」
ネオが手元のパソコンの画面を見て初めて焦りの表情を浮かべる。
デジヴァイス01の画面には、成熟期の限界値を遥かに突破し、エラー音と共に跳ね上がり続けるゼロ丸の数値が表示されていた。
「ギシャァァァッ!!」
危機感を覚えたスカルサタモンが、メタルグレイモンの攻撃で負ったダメージを押して不気味な杖を構え、死の呪い『ネイルボーン』の漆黒の光線を放つ。
「そんなもの、もうボクたちには効かない!!」
ゼロ丸は迫り来る漆黒の光線に対して、一切の回避行動を取らなかった。
真正面から突進し、纏った圧倒的なオーラだけで死の光線を弾き飛ばし、一直線にスカルサタモンの懐へと飛び込む。
「なっ!?……完全体の必殺技を正面から打ち破っただと!?」
「データや計算だけで俺たちの絆の力が測れるかよ!! 行けぇぇぇぇッ、ゼロォォォ!!」
「うおおおおおおッ!! ブイブレスアロォォォォォォォッ!!」
ゼロ距離からのゼロ丸の口から放たれた極大の『V』の字を描く熱戦が、スカルサタモンのボディを真正面から貫いた。
「ギャアアアアアアアアアッ!?」
メタルグレイモンの『ギガ・デストロイヤー』で既に限界を迎えていたスカルサタモンの外皮は、その規格外の一撃に耐えきれず、絶叫と共に粉々に砕け散り、凄まじい爆発と共に完全な光の粒子となって消滅した。
「ハァ……ハァ……やった、ぜ……タイチ……」
スカルサタモンの消滅を見届けた瞬間。
ゼロ丸の全身から光が消え、糸が切れたようにその場にドサリと倒れ込んだ。
「ゼロ!!」
タイチが慌てて駆け寄る。
青い体は傷だらけで、息をするのもやっとの状態だ。
怒りと絆の力で限界を突破したものの、その代償は大きく、文字通りの満身創痍。
まさにギリギリの勝利だった。
「……成熟期でありながら完全体を打ち破るイレギュラーな力。タイチ、お前とあのブイドラモンの生み出すエラーは、俺の計算を狂わせる」
静まり返った工場に、ネオの冷ややかな声が響いた。
スカルサタモンを失ったというのに、彼に動揺や悲しみの色は一切ない。
むしろ、未知のデータを前にしてどこか楽しんでいるような、底知れない不気味さがあった。
「ネオ、お前って奴は……!」
タイチが倒れたゼロ丸を庇うように立ち上がり、ネオを睨みつける。
しかし、ネオは戦いを続ける素振りを見せず、ふところから何かを取り出し、タイチの足元へと無造作に投げ捨てた。
カラン……。
硬質な音を立てて転がったのは、銀色に輝く金属製のタグだった。
「これは……!?」
「四つ目のタグ……『鋼帝のタグ』だ。お前にくれてやる」
ネオはパソコンを閉じ、背を向けてゆっくりと歩き出す。
「なぜだ?……どうしてタグをあっさりと俺に渡す?」
タイチの問いに、ネオは足を止めずに首だけを僅かに振り返った。
「目的は『超究極体』による新秩序の構築。お前たちのようなバグは、完成した圧倒的な力で絶望と共に消去する。それが最も効率的だ」
冷酷な瞳が、タイチと倒れたゼロ丸、そして気を失っているミコトを一瞥する。
「残るタグはあと一つ。五つ目のタグは『天空樹』にある。そこで待っているぞ、タイチ。俺とお前、どちらの育成(データ)が正しいのか……あの場所で、完全なる絶望を与えてやる」
それだけを言い残し、ネオの姿は暗い工場の奥へと溶け込むように消えていった。
「……待っていろよ、ネオ。俺たちが絶対に……お前の間違った野望をぶっ潰してやる」
タイチは足元に落ちた鋼帝のタグを拾い上げ、強く握りしめた。
その拳の先には、まだ見ぬ最後の決戦の地、天空樹への険しい道のりが待ち受けている。
満身創痍のゼロ丸と、傷ついたミコト、そしてメタルグレイモンの想いを胸に、タイチの決意はより一層強く固まるのだった。
ネオの足音が完全に途絶え、凄惨な戦いの舞台となったメタルファクトリーに重く冷たい静寂が降りてきた。
「……行ったか」
タイチは張り詰めていた糸が切れたように深く息を吐き出すと、拾い上げた『鋼帝のタグ』をポケットにしまい、急いで仲間たちの元へと駆け寄った。
「ミコト……!」
タイチは倒れているミコトの傍らに膝をつき、その小さな手を両手でしっかりと握りしめた。
冷え切った手に自分の体温を分けるように強く、優しく。
「よく頑張ったな、ミコト……お前がメタルグレイモンを信じたから、あいつは最期に本当の心を取り戻せたんだ」
「……ごめん、タイチ……ちょっと、力……出しすぎた、みたいだ……」
ゼロ丸も薄く目を開け、かすれた声で呟く。全身の青い皮膚はひどく焼け焦げ、今にもデータが霧散してしまいそうなほど不安定に明滅している。
それでも、ゼロ丸の視線はメタルグレイモンが消えた空間へと向けられていた。
「……凄かったな、あいつ。最期のあの意地……間違いなく、立派な戦士だったぜ……」
すぐそばでは、デビドラモンが痛む体を引きずりながら、意識を失ったミコトを庇うように翼を広げて丸くなっていた。
「ミコトの鼻血は止まったみたいだけど、顔面が蒼白だ。それにゼロもデビドラモンもひどい傷じゃないか……」
タイチは手持ちの包帯や回復用の簡易アイテムを取り出し、懸命に応急処置を施していく。
しかし、完全体であるスカルサタモンから受けたダメージと、限界を超えて力を引き出した反動は、タイチの素人治療でどうにかなるレベルを遥かに超えていた。
(くそっ……俺の応急手当と手持ちのアイテムじゃあ、これ以上はどうにもならない。天空樹に向かうにしても、まずはちゃんとした治療が必要だ……!)
焦燥感に唇を噛むタイチの袖をガーボが控えめに引っ張る。
「タイチ、このままじゃみんな危ない……」
彼もまたスカルサタモンの攻撃で傷を負い、体中が煤けていたが、気丈に立ち上がっていた。
「ガーボ……ああ、分かっている。でも、こんな廃工場じゃあ、これ以上どうにも……」
「実は、ここからそう遠くない場所に『ホスピタウン』っていう町があるんだ」
「ホスピタウン?」
タイチが聞き返すと、ガーボは力強く頷いた。
「うん。その町は医療施設が充実している、いわばデジモンたちの病院の町だ。あそこなら、優れた治療能力を持つお医者さんデジモンたちがたくさんいるから、ゼロ丸やミコトの傷も絶対に治せるはずだ」
その言葉に、タイチの顔にパッと希望の光が差した。
「本当か!?ガーボ!!よし、天空樹に乗り込むのは後だ。まずはそのホスピタウンへ行こう!!」
タイチは迷うことなく決断する。
「ゼロ、もうひと踏ん張りできるか?」
「勿論だよ、タイチ」
タイチはありったけのハーブのデータをゼロ丸にアップリングしてゼロ丸の応急手当てを行う。
デビドラモンも、自身の痛みを堪えながら、フラフラと立ち上がり、背中にそっとミコトを乗せる。
「ごめんな、ゼロ、ミコト、デビドラモン……もう少しだけ頑張ってくれ。必ず助けるからな」
ネオが待ち受ける最終決戦の地、天空樹‥‥
そこへ向かうための準備として、一行は満身創痍の体を引きずりながら、ガーボの案内のもと、癒やしの町『ホスピタウン』を目指して歩き出した。
崩れかけたメタルファクトリーの跡地には、彼らの確かな足跡だけが残されていた。