デジモンアドベンチャー Re:Life   作:ステルス兄貴

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十六話 勇気の翼

 

四つ目のタグを求めて「メタルファクトリー」へと向かったタイチ一行は、天才テイマー・彩羽ネオと激突した!

 

自らのデジモンすら平気で使い捨てるネオの非情なやり方に対し、ミコトは自らの身を削ってメタルグレイモンの魂を救い出す。

 

二体のデジモンを融合させるジョグレス進化によって誕生した完全体スカルサタモンの圧倒的な力を前に絶体絶命のピンチに陥るが、メタルグレイモンの最期の想いを受け取ったタイチとゼロ丸は限界を突破。

 

見事スカルサタモンを打ち破り、四つ目の「鋼帝のタグ」を手に入れた!

 

満身創痍のタイチたちは、傷を癒やすために医療の町「ホスピタウン」へと向かう。

 

激化する戦いを案じたタイチはミコトを町に残そうとするが、「弱いからこそ出来る事がある」という彼女のテイマーとしての強い覚悟に触れ、再び共に戦い抜くことを誓い合う。

 

町を襲撃してきたデーモン軍を完全復活したゼロ丸が撃退するものの、敵の口から明らかになったのは、ネオが敷いた「役に立たないデータは消去する」という恐るべき恐怖政治だった。

 

これ以上、ネオの勝手な計算で傷つくデジモンを出させない!

 

冷たい新秩序の野望を打ち砕き、デジタルワールドを救うため、タイチたちは五つ目のタグが眠る最後の決戦の地「天空樹」へと歩みを進めるのだった——!

 

「流石、病院の町‥‥上質なハーブや薬が沢山有りましたね」

 

ホスピタウンを出る際、ジジモンからタイチたちは治療に使用するハーブや薬、包帯などの救急物資を貰った。

 

最後のタグがある天空樹で待つネオとの戦いは激戦が予測されるので、こうした救命アイテムは心強い。

 

やがてタイチたち一行はネオの指定した「樹」、つまり「天空樹」の麓まで到着した。

 

天空樹はまるでファンタジー作品や童話に出てくるかのように、その樹は凛々しく堂々と空中に聳え立っていた。

 

それを下から見上げながらタイチたちは一陣の風が吹く中で決意を固める。

 

「ここが天空樹‥‥最後のタグがあるステージか‥‥」

 

「この天空樹はデジモンワールドを創造した神様が降臨した神聖な場所だと言われているんだ」

 

「ネオの奴、随分とシャレた所を指定するじゃないか」

 

「でも、こんな高いとこまでどうやって行くのさ?ボク、デビドラモンみたいに空を飛べないから空中までは行けないよ?」

 

「大丈夫、タグを手に入れた者は光のエレベーターに乗ることが出来るんだ」

 

「光のエレベーター?」

 

「何それ?」

 

ガーボが光のエレベーターについて説明しようとした時、タイチの表情が一変する。

 

「こ、これはっ!?」

 

タイチが驚愕した声を出すので、タイチが見ている方へ視線を移すとそこには見るも無残なデジモンたちの死屍累々が転がっていた。

 

「ホーリーエンジェル軍だ!!」

 

「ひ、ひどい‥‥」

 

「一体、何があったんだ!?」

 

タイチは近くで倒れたエンジェモンの体を起こして呼びかけた。

 

「お、おい、大丈夫か!?一体何が起こったんだ!?」

 

すると後ろからガタガタと怯えながらその光景を眺めるものが居る。

 

ゼロ丸がそれに気づいて振り向くとそこに居たのは‥‥

 

「ピヨモン!!」

 

ガタガタと身体を震わせる一体のピヨモンが居た。

 

「ピヨモン、教えてくれ!?ここで何があったんだ!?」

 

するとピヨモンは恐怖に怯えながらも何とか理性を保ちやっとの思いで言葉を発する。

 

「と、突然人間と二匹のモンスターに襲われたんだ‥‥」

 

「人間と‥‥」

 

「二体のモンスター‥‥」

 

「ネオたちだ!!」

 

このデジタルワールドで自分たち以外の人間と聞いて浮かんでくる人物は一人しかいない。

 

「そいつらの前にボクらの部隊は手も足も出なかった‥‥」

 

「あいつめ‥‥」

 

「タイチ、ミコト!!まだ生きているモンスターが居る!!」

 

ガーボが倒れているモンスターを確認すると瀕死だがまだ生きているモンスターが居た。

 

「済まないがピヨモン、山の向こう側にあるホスピタウンまで行って救援を呼んできてくれ!!」

 

タイチはピヨモンにホスピタウンに行って救援を呼ぶように頼む。しかし、

 

「嫌だ!!」

 

「えっ?」

 

「嫌だ!!あんな恐ろしい奴らを敵に回すような真似なんてしたくない!!」

 

「ピヨモン‥‥」

 

目の前で仲間が次々とやられていく惨状を目の当たりにし、ネオに怯えてすくんでしまっているピヨモン。

 

だが、事態は一刻も争う。

 

無駄に時間をかければ助かる命も助からない。

 

ゼロ丸とタイチはそんなピヨモンの態度を見かねて、

 

「な、何言っているんだ!?君の仲間が傷ついているんだぞ!!」

 

「勇気を出してくれ、ピヨモン。今こそお前のその翼が必要なんだ!!」

 

ピヨモンを説得するが、

 

「君たちはあいつらの恐ろしさを知らないからそんな事が言えるんだ!!」

 

ピヨモンは頑なに態度を変えない。

 

「いいや、知っているさ!ボクたちはそのネオを倒しに来たんだからな!!」

 

自信満々に言うゼロ丸の一言がかえってピヨモンの癪に障った。

 

「笑わすな!!大体、翼もないくせに‥‥それに、貴方がつけているその変なゴーグルは何だ!?自分をパイロットか何かと勘違いしているのか!?」

 

「タイチ、ピヨモンが怖がるのも仕方ないよ。もし君たちと一緒じゃなかったら、僕もきっとネオのことを怖がっていただろうから‥‥」

 

「あっ‥‥」

 

ガーボの悲痛なフォローを聞いて、タイチはハッと我に返った。

 

目の前で圧倒的な暴力に蹂躙され、仲間が次々と倒れていく様を見せつけられたのだ。

 

そんな凄惨な地獄を味わったばかりのピヨモンに、「もう一度あの恐怖を思い出し、救援のために飛び立て」と言うのは、あまりにも酷な話だった。

 

「……ガーボの言う通りだ。ごめんな、ピヨモン。怖い思いをしたばかりなのに、無理なことを言って」

 

タイチはピヨモンの目線に合わせてしゃがみ込み、静かに謝罪した。

 

ゼロ丸もバツが悪そうに頭を掻く。

 

「ボクも……ムキになって怒鳴ったりしてごめんよ。キミが怖いのは当たり前だよね」

 

タイチとゼロ丸の素直な謝罪に、ピヨモンはビクッと身をすくませながらも、戸惑ったように二人を見つめた。

 

その間に、ミコトが倒れているデジモンたちのもとへ駆け寄っていた。

 

「デビドラモン、ジジモン先生から貰った薬と包帯を出して!」

 

「Ok、ミコト」

 

ミコトはデビドラモンが背負っていた荷物からハーブと包帯を取り出すと倒れているデジモンたちの応急処置を始める。

 

「タイチさん、ゼロ丸さん! このデジモンたちは私が応急処置をして命を繋ぎ止めます! だから、ピヨモンさんを責めないであげてください!」

 

必死に仲間を救おうとするミコトの小さな背中を見て、タイチは力強く頷いた。

 

「ああ、そうだな、頼んだぞ、ミコト!」

 

そしてタイチは再びピヨモンに向き直り、

 

「それから、このゴーグルだけどな……これはダテじゃないんだ‥‥『勇気こそが大空を飛ぶ翼になる』‥‥」

 

額のゴーグルをトンと指で叩いた。

 

「は?」

 

ピヨモンがタイチの事を訝しむと、

 

「タイチ、ミコト!!敵だ!!」

 

ゼロ丸が自分たちに迫る敵の存在に気づき、声を上げる。

 

振り向くとそこには腐った肉体と機械が混じったデジモン‥レアモンと呼ばれるグロテスクなデジモンが居た。

 

「へっへっへ、まだ生きている者が居たとはな‥‥ネオ様のご命令だ‥まだ息のあるモンスターを全て殺せとな。お前たちも今すぐ殺してやる‥‥」

 

「残務処理って訳か‥‥」

 

ピヨモンを庇うようにしてタイチたちはレアモンをにらみつける。

 

レアモンの言葉からこのデジモンの仕事が生存者の息の根を止める事だった。

 

「此奴、此処にいるデジモンたちを‥‥」

 

ミコトはレアモンを睨みつける。

 

「デビドラモン‥‥」

 

「分かっている‥ミコト‥‥」

 

「ミコト、此処はボクに‥‥」

 

ゼロ丸がレアモンと戦おうとするが、

 

「いえ、ゼロ丸さんはこの後、ネオさんとのバトルを控えているので体力の温存をしてください」

 

この後の天空樹でのネオとのバルトを控えている中で少しでも体力の温存を図ってもらおうと、レアモンの対処は自分とデビドラモンが行う事を伝える。

 

「ちょっと本気なのか!?そのレアモンに攻撃するってことはネオってやつに逆らう事を意味するんだぞ!?」

 

ピヨモンはレアモンと戦おうとしているミコトとデビドラモンに対して抗議するように声を荒げる。

 

「そういう事だ。オラに攻撃することはネオ様に攻撃するも同じ!へっへっへ、お前、死にたいのか!?」

 

レアモンはまさに虎の威を借りる狐のようにゲス顔を浮かべる。

 

「ふん、お前の脅しなんか怖くないぞ!!そうだろう?ミコト」

 

「ええ‥‥此処のデジモンたちは私たちが守る!!」

 

「生意気な小娘とたかだか成熟期一匹でオラに勝てると思っているのかぁ!?」

 

レアモンはヘドロのような体を波打たせ、腐臭を撒き散らしながらミコトたちへとにじり寄る。

 

しかし、ミコトの瞳に揺るぎはなかった。

 

ネオの恐怖政治の犠牲となったデジモンたちを守り抜く。

 

その確固たる意志が、テイマーとしての彼女を奮い立たせていた。

 

「デビドラモン、お願い!!」

 

「いくぞ!」

 

ミコトの指示を受けたデビドラモンが、地を蹴り一気にレアモンへと肉薄する。

 

「クリムゾンネイル!!」

 

そして、鋭く研ぎ澄まされた爪が、躊躇うことなくレアモンの巨体を十字に切り裂いた。

 

「やったか!?」

 

確かな手応え。

 

しかし、レアモンは不気味な嘲笑を漏らす。

 

「へっへっへ! 無駄だぁ無駄だぁ! オラの身体は腐った肉とガラクタの塊! いくら刻んでも、すぐに元通りだぁ!」

 

レアモンの言葉通り、ドロドロとしたヘドロのような肉体が瞬く間に膨れ上がり、引き裂かれた傷口が歪に再生していく。

 

「……腐敗データだからすぐに再生しているの!?」

 

「くっ、化け物め‥‥」

 

これにはデビドラモンも一歩後退し、表情を歪めた。

 

その後、デビドラモンが数発の追撃を加えるが、レアモンの体は傷つく端からすぐに修復されてしまう。

 

逆にレアモンが放つ腐臭と触手のようなヘドロの攻撃に、デビドラモンは徐々に後退を余儀なくされる。

 

「どうしたぁ!?どうしたぁ!?小娘!!もうお終いかぁ!?威勢が良かったのは最初だけかぁ!?」

 

「くそっ!!」

 

レアモンが強烈な腐臭を放つヘドロの触手を叩きつけてくる。

 

デビドラモンはそれを辛うじて回避するが、周囲の地面は酸で激しく溶かされていく。

 

「デビドラモン、落ち着いて!」

 

だが、ミコトの瞳は決して諦めてはいなかった。

 

彼女は焦ることなく、冷静にレアモンの動きとヘドロの再生パターンを観察する。

 

(あのドロドロの体……でも、必ずどこかに中枢となるデータがあるはず……あっ!)

 

テイマーとしての直感と、命を救いたいという執念が、ヘドロの奥深くで不規則に明滅する一筋の光‥デジコアを捉えた。

 

「……見えた! デビドラモン!!泥の奥深く、左胸の三番目の肋骨の裏側! そこにレアモンのデジコアがある!再生が追いつかないほどの正確な一撃で、そこを貫いて!」

 

「応ッ! ミコトの指示なら間違いねぇ!」

 

デビドラモンの目が真紅に輝く。

 

ミコトの的確なナビゲートを受け、一切の迷いなく空中へと跳躍した。

 

「クリムゾンネイル!!」

 

「グルルルルァァァッ!!」

 

一直線に突き出されたデビドラモンの真紅の爪が、レアモンの左胸のヘドロを強引に突き破り、その奥に隠されたデジコアを一撃で正確に粉砕した。

 

「ギャベェェェェッ!? ネ、ネオ様……万、歳……」

 

確かな弱点を突かれたレアモンは、今度こそ再生することなく、断末魔と共にポリゴン状のデータへと分解され、瞬く間に消滅していった。

 

「あの化け物相手に怯むことなく立ち向かうなんて……」

 

ネオの手下を鮮やかな連携で粉砕したミコトとデビドラモンの戦いぶりに、ピヨモンは信じられないものを見るような目を向けた。

 

「ふぅ~……これで安心ですね。さあ、皆さんの治療の続きをしましょう」

 

「お見事! さすがはミコトとデビドラモンだぜ」

 

緊張の糸を解き、再び倒れたデジモンたちの手当に戻るミコトたちを見つめながら、タイチはピヨモンのそばへと腰を下ろした。

 

「……さて、さっきの話の続きだけどな、ピヨモン」

 

タイチは額のゴーグルにそっと触れながら、静かに語り始めた。

 

「俺がまだ、幼稚園か小学校の低学年くらいだった頃の話だ……」

 

当時のタイチは、今の彼からは想像もつかないほど、臆病で迷える少年だった。

 

ある日、クラスの友達がいじめられているのを目撃したタイチは、恐怖ですくんでしまい、どうしていいのか分からなかった。

 

結局、助ける事が出来ず、いじめを見て見ぬ振りをしてしまったのだ。

 

(なんで、助けてやれなかったんだ…あいつは俺の友達なんだろう‥…?俺のバカヤロー……)

 

部屋のベッドに突っ伏し、何も出来なかった自分を激しく嫌悪し、自己嫌悪の渦の中で泣きそうになっていた。

 

そんな風に迷っていた時、ガチャリとドアが開き、今は亡き彼の祖父が部屋に入ってきた。

 

祖父はタイチの部屋に飾られていた飛行機のプラモデルに目をやると、優しく微笑みかけた。

 

「タイチ…お前、飛行機が好きなのか?それならこれをお前にやろう」

 

そう言って、祖父は年季の入ったひとつの飛行ゴーグルをタイチに差し出した。

 

「これ、何だいお爺ちゃん?」

 

「これは……友情と勇気のゴーグルじゃよ」

 

「は?」

 

唐突な言葉に、タイチはきょとんとした。

 

「このゴーグルはなぁ……ワシの友人のものだったんじゃ…そいつは友達思いの勇敢な少年だった。何度もワシを助けてくれたんじゃ…そいつは優れたパイロットになったが、病気で亡くなってしもうた。ワシはこのゴーグルを奴の忘れ形見としてずっと持っていた。そのゴーグルを見るたびにのう、ワシはあいつがしょっちゅう言っていた言葉を思い出すんじゃ」

 

祖父は懐かしそうに目を細め、力強い声でこう言った。

 

「『勇気こそが大空を飛ぶ翼になる』とな…」

 

その一言に、タイチは凄まじい感銘を受けた。

 

自分には力がない。

 

空を飛ぶような翼もない。

 

けれど、「勇気」さえあれば、見えない翼を広げて高く飛ぶことができるのだと。

 

「お前にこのゴーグルをやろう、じゃから決して勇気を忘れるなよ? 友達を守るために勇気を出さねばならん時がきっとやって来る」

 

「勇気…友達を守るための…」

 

「うむ」

 

大きくうなずいた祖父の顔を見て、タイチはギュッとゴーグルを握りしめた。

 

もう、見て見ぬ振りをする何も出来ない自分とはおさらばする。

 

祖父から、そしてその友人から、確かな思いは託された。

 

「ありがとう!!じいちゃん!! 俺、絶対に勇気を忘れない!!」

 

それは、デジタルワールドを救う伝説のテイマー・八神タイチが誕生した決定的瞬間であった。

 

「‥‥このゴーグルは、どんなに怖くても、友達のために一歩を踏み出すための『俺の勇気の翼』なんだ」

 

タイチの真っ直ぐな言葉が、ピヨモンの心に真っ直ぐに届く。

 

「だから、俺は信じている。飛べないゼロ丸だって、なんだって乗り越えていけるってな! なぁ、ゼロ!」

 

「当たり前さ! タイチの勇気とボクの力が合わされば、100%無敵だぜ!」

 

タイチとゼロ丸は、顔を見合わせてニッと笑い合った。

 

その姿を見て、ピヨモンの中で渦巻いていた絶望と恐怖が、少しずつ熱いものへと変わっていくのを感じていた。

 

「……勇気こそが、大空を飛ぶ翼……」

 

ピヨモンの足はまだ微かに震えていた。

 

けれど、その瞳にはもう怯えはなかった。

 

翼を持たないタイチたちがこれほどの勇気を見せ、大切な仲間を守るために戦っている。

 

「……飛べる翼があるボクが、ここで動かなくてどうする……っ!!」

 

ピヨモンは大きく翼を広げ、バサァッ!と力強く羽ばたいた。

 

「ホスピタウンなら、ここから全速力で飛べばすぐだ! ボクがジジモン先生たちを呼んでくる!!」

 

「ピヨモン……! ああ、恩に着るぜ!! 気をつけてな!!」

 

タイチとゼロ丸が大きく手を振ると、ピヨモンは力強く頷き返し、一陣の風と共にホスピタウンのある山の向こう側へと飛んでいった。

 

その小さな背中を見送りながら、タイチは再び決意の表情で天空樹を見上げる。

 

「……よし、俺たちもぐずぐずしていられないな。ミコト、行くぞ。あの台座にタグを掲げれば、上へと続く光のエレベーターが——」

 

タイチが振り返り、ミコトの手を引こうとした時、ミコトは一歩後ろへ下がり、静かに、しかし断固とした態度で首を横に振った。

 

「いいえ、タイチさん。私は……天空樹には一緒に行けません」

 

「えっ……? どういうことだよ、ミコト!?一緒に行くって、さっき約束したじゃないか!?」

 

タイチが驚いて声を上げると、ミコトは足元で今も苦しそうにうめき声を上げるホーリーエンジェル軍のデジモンたちに視線を落とした。

 

レアモンの襲撃前から倒れているデジモンたちに応急処置を施していたミコトであるが、まだまだ倒れ、傷ついているデジモンたちは大勢居る。

 

「ピヨモンさんが救援を呼びに行ってくれましたが、いつ戻れるかは分かりません。もしその間に、またさっきのレアモンみたいな別の追っ手が来たら……此処のデジモンたちは今度こそ本当に消去されてしまいます……私の役割は、ここに残って、この子たちを守りながら治療を続けることです」

 

「ミコト……」

 

「私は‥弱いです。ネオさんのところへ行っても、タイチさんやゼロ丸さんの足手まといになってしまうかもしれない。だけど、ここなら、私にしかできない戦い方ができます! だから……タイチさんは、ネオさんの野望を止めることだけに集中してください!」

 

真っ直ぐに自分を見つめるミコトの瞳にタイチは彼女がただ怖がっているのではないことを察した。

 

これはホスピタウンで誓い合った、「弱いからこそ、出来ることがある」という彼女なりの覚悟の証明なのだ。

 

「……分かった。お前の言う通りだな」

 

タイチはふっと表情を緩め、ミコトの頭にポンと手を置いた。

 

「ここは任せたぞ、ミコト。デビドラモン、ミコトと負傷したデジモンたちの護衛を頼む!」

 

「任せてくれ!!」

 

デビドラモンは力強く胸を叩き、主であるミコトの前に立ちはだかるようにして周囲への警戒を強めた。

 

「――ただしミコト、絶対に無茶はするなよ!」

 

タイチの力強い言葉に、ミコトは目を見開き、やがて嬉しそうに微笑んだ。

 

「はい!!」

 

「ゼロ、ガーボ、行くぞ!」

 

「「おう!」」

 

「タイチさんたちも気を付けて‥‥」

 

タイチがタグを台座にかざすと、天空樹の根本から遙か上空の頂へと向かって、眩いばかりの光の柱が撃ち抜かれた。

 

タイチ、ゼロ丸、そしてガーボの身体が光に包まれ、そのまま猛烈なスピードで上空へと昇っていく。

 

「タイチさん……ゼロ丸さん……どうか、ご無事で‥‥」

 

天へと消えていく光の筋を見送りながら、ミコトはすぐに反転し、倒れているエンジェモンたちのもとへと駆け寄った。

 

「さあ、みんな、しっかりしてください! すぐに楽にしますからね!」

 

タイチたちが天空樹の上層へと向かってから、どれほどの時間が経っただろうか?

 

天空樹の麓の静寂の中で、ミコトは必死に手を動かし続けていた。

 

「デビドラモン、次の包帯を……」

 

「う、うん‥‥あ、あれ?」

 

「どうしたの?」

 

デビドラモンが背負っていた救急物資の袋に手を突っ込んだミコトの手が、虚しく空を切った。

 

「も、もうハーブも薬も包帯も‥‥ない‥‥」

 

袋の中は完全に空っぽになっていた。

 

ホスピタウンを出る際にジジモンから貰った上質なハーブも、薬も、包帯も、激しい消耗戦の前に全て底を突いてしまったのだ。

 

「そんな……まだ、こんなに苦しんでいるデジモンたちがいるのに……っ」

 

周囲を見渡せば、応急処置すら終わっていないデジモンたちが、まだ何体も地面に倒れ伏している。

 

「それなら‥‥」

 

続いてデジヴァイス01でハーブのデータをアップリングするも、ハーブのデータは消耗品データなので、これも直ぐに無くなってしまった。

 

「だったら、これを使うしか‥‥」

 

ミコトはデジヴァイス01を握りつつ深呼吸をし、精神を集中させる。

 

「——ヒーリング!」

 

ミコトのデジヴァイス01から、じんわりと温かい、柔らかなさくら色の光が放たれ、エンジェモンの傷口を包み込んでいく。

 

ミコトのヒーリング能力は彼女の体力とひいては自らの命を削る諸刃の剣であるが、ネットサーフ村での戦いでデジヴァイス01越しならば直接ヒーリング能力を使用するよりもミコトの体力消費の軽減となるが、連続で大量に使用すれば、人間の肉体が持たないことは分かっていた。

 

「くっ……ハァ、ハァ……!」

 

ポタポタと、ミコトの額から大粒の汗が地面に滴り落ちる。

 

いくらデジヴァイス01で軽減できるとは言え、負傷者の数が多く、重傷者には強くヒーリングをかけなければならない。

 

「意識は‥まだある‥‥鼻血だって出ていない‥‥まだやれる‥‥」

 

しかし、現実は残酷だった。

 

次のデジモンのもとへ這い寄り、再びデジヴァイス01をかざした瞬間――ガタガタとミコトの手が激しく震え、さくら色の光がプツンと不自然に途切れてしまった。

 

「あ、あれ……?光が……出ない……っ」

 

視界が急激に狭くなり、世界がぐにゃりと歪む。

 

「うっ‥‥」

 

限界を迎えたミコトの身体は、糸が切れた人形のように、そのまま地面へと激しく膝から崩れ落ちた。

 

「ミコト! もうやめるんだ! これ以上は君の身体が本当に壊れてしまう!」

 

デビドラモンが悲痛な声を上げて、倒れそうになるミコトの小さな肩を必死に支える。

 

「だ、ダメよ……デビドラモン……あと少し……あと数体、まだ胸のデジコアが消えかかっている子が……!ここで私が諦めたら、その子たちは……!」

 

ネオの「役に立たないデータは消去する」という冷たい言葉が脳裏をよぎる。

 

そんな理不尽なルールに、命が奪われていいはずがない。

 

「ミコト!!」

 

「あと一人だけ……あと一人だけ助けたら休むから‥‥」

 

そう言いながらも休む気配もなく、ミコトは震える手でデジヴァイス01を突き出し、歯を食いしばって薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めた。

 

精神の底から力を絞り出すようにして、次から次へと重傷デジモンを見つけてはヒーリングを施していく。

 

(タイチさんたちは、天空樹でもっと恐ろしい敵と戦っている……私だって、ここで負けるわけにはいかない……!)

 

限界を完全に超えたヒーリングの光が周囲を激しく照らし、最後の負傷者の傷が塞がった瞬間、ミコトの身体から完全に力が抜け、今度こそ意識が闇に呑まれそうになった。

 

「ミコトちゃん!!」

 

「待たせたのじゃ、みんな!!」

 

かすむ視界の向こうで、バサバサと羽ばたくピヨモンの姿と大急ぎでこちらへ走ってくるジジモン、そしてケンタルモンたち警護隊の姿が見えた。

 

「救援が……間に合って、よかった……」

 

ミコトの口から安堵の声が漏れる。

 

ジジモンたちは手際よく負傷したホーリーエンジェル軍のデジモンたちを保護し、応急処置の完璧さに驚嘆の声を上げていた。

 

「ハァ……ハァ……デビドラモン‥行こう……」

 

傷ついたデジモンたちの治療と安全が確保されたのを見届けたミコトはデビドラモンの体に手をつき、ガクガクと震える膝を無理やり動かして立ち上がろうとした。

 

「タイチさんたちが‥上で戦って‥‥待っている……私も‥約束したから……最後まで見届けるって……」

 

一歩を踏み出しようとしたミコトだったが、その前にジジモンが厳めしい表情で立ち塞がり、彼女のデジヴァイス01を握る手をそっと押し留めた。

 

「ならん。ドクターストップじゃ、ミコトちゃん」

 

「ジジモン先生……でも、私は……」

 

「お前さんのバイタルデータはまた、危険域に入っておる。これ以上の進軍も、能力の使用も、医者として絶対に許可するわけにはいかん! これ以上無理をすれば、お前さんの命に関わるぞい!」

 

遮るようなジジモンの強い声音。

 

しかし、ミコトの胸に宿るテイマーとしての炎は、その制止を容易に受け入れることを拒んだ。

 

「‥嫌です!!」

 

「ミコトちゃん!!」

 

ミコトはジジモンの手を強く振り払い、声を荒げた。普段の彼女からは想像もつかないほど、激しく、感情を爆発させた叫びだった。

 

「私だって約束したんです!! 最後まで一緒に戦うって!! タイチさんやゼロ丸さん、ガーボを信じて、此処でこの子たちを守り抜いたら……その後は絶対に追いつくって、そう決めていたんです!! タイチさんだって私を信じて天空樹に行ったんです!! 私が戻らないと‥‥」

 

ミコトは歯を食いしばりながら意識を保ち、ふらつく足取りで天空樹の光のエレベーターへと向かおうとする。

 

幸い自分は二つのタグを持っているだから光のエレベーターは稼働する筈‥‥

 

「私だけ安全な場所にいるなんて嫌です……! 私はまだ動けます! タイチさんたちの重荷になんてならない……だから、行かせてください!!」

 

震える拳を握りしめ、必死に訴えかけるミコト。

 

そんな彼女に、最初に歩み寄ったのはピヨモンだった。

 

「ミコトちゃん、もう十分だよ!」

 

「ピヨモンさん?」

 

ピヨモンはミコトの足元にそっと寄り添い、大きな羽で彼女の震える身体を包み込むように優しく添えた。

 

「貴女のその『勇気の翼』は、ここにいるみんなの命を間違いなく救ったわ! レアモンを倒して、物資がなくなっても自分の身を削ってまで仲間を守り抜いた……貴女はもう、誰がどう見たって立派なテイマーよ! だから、これ以上自分をいじめないで!! 自分を大切にして!!」

 

「ピヨモンさん……っ」

 

「ミコト……」

 

今度はデビドラモンが、静かに、しかし深く諭すようにミコトの背中に大きな手を置いた。

 

「ミコト、ここはジジモン先生の言う通りにしよう。君の気持ちは痛いほどよく分かる。だけど、そのボロボロの身体で天空樹へ登って、もし君がそこで倒れたらどうなる? タイチたちだって、君を心配してバトルの集中を欠いてしまうかもしれない。それは、君の本意じゃないはずだ」

 

「デビドラモンまで……」

 

ミコトは言葉を詰まらせた。

 

パートナーであるデビドラモンの言葉は、彼女が目を背けようとしていた現実を優しく、的確に突きつけていた。

 

「そうじゃよ、ミコトちゃん」

 

ジジモンが再び、今度は諭すような温かい眼差しで語りかける。

 

「ホスピタウンの集中治療室で、しっかりとお前さんの身体をケアさせてもらう。それが今、お前さんがテイマーとして取るべき『最善の選択』じゃ……タイチくんたちのことは、信じるんじゃ。彼らは『100%無敵のコンビ』なんじゃろう?」

 

「みんな……」

 

周囲の温かい眼差し、そしてケンタルモンやグレイモンたちの敬意に満ちた視線に包まれ、ミコトはついに張り詰めていた糸を切らした。

 

本当は、最後までタイチたちと共に並んで戦いたかった。

 

けれど、ここで無理を通すことは、命を救ってくれた仲間たちの想いを無駄にし、タイチたちに余計な重荷を背負わせることに繋がってしまう。

 

テイマーとして、今は自分の身体を労り、信じて待つことが最善なのだと、彼女の聡明な頭脳が、そして心が、ようやく納得した。

 

「……分かりました。ジジモン先生、ホスピタウンへ戻ります」

 

ミコトは涙を拭い、小さく微笑みながらコクンと頷いた。

 

「うむ‥‥」

 

ケンタルモンたちの手によって、ミコトは静かに担架へと乗せられ、再び医療の町・ホスピタウンへと搬送されていく。

 

(タイチさん、ゼロ丸さん……私はホスピタウンで、皆さんと一緒に無事を祈っています。あの冷たい恐怖のルールを……ネオさんを絶対に止めてください……!)

 

胸元でデジヴァイス01を強く抱きしめながら、ミコトは心の中で遙か天空の頂で戦っている大切な仲間たちへと祈りを捧げた。

 

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