最後のタグをかけたタイチとネオとの天空樹を巡る決戦。
その裏で、負傷したデジモンたちが集うホスピタウンは死神デジモン、ファントモンが率いるナイトメア・レギオンズの急襲を受けていた。
満身創痍の身体を押して絶望的な防衛戦の指揮を執ったミコトは、限界の果てに、かつての強敵・メタルグレイモンのデータとパートナーであるデビドラモンを融合させる奇跡の超進化を行う。
誕生した完全体・ギガドラモンの圧倒的な火力(ジェノサイドギア)により、狂気の白骨竜スカルグレイモンとファントモンを撃破しホスピタウンを救った。
己の命を削ってでも街と仲間たちを守り抜いたミコトは、完全勝利の安堵と共に、今度こそ深く、穏やかな眠りへと落ちていった。
そして、どれだけの時間が流れたのだろうか――?
「……ん……」
心地よい温かさに包まれながら、ミコトはゆっくりと重いまぶたを開いた。
視界に広がったのは、柔らかな陽光が差し込む白い天井だった。
開け放たれた窓からは、焦げ臭い硝煙の匂いではなく、清々しい草原の風が吹き込んでくる。
(私‥‥生きている‥‥?‥‥っ!?そうだ!?ファントモンとスカルグレイモンを倒して‥‥)
「ミコトちゃん! 気がついた!?」
「ミコト!」
ベッドの脇で丸くなっていたピヨモンが弾かれたように顔を上げ、窓の外を警戒していたギガドラモンが慌てて駆け寄ってくる。
二人の顔を見て、ミコトはふわりと安堵の笑みを浮かべた。
「ピヨモンさん……ギガドラモンも……おはよう」
「よかった……本当に、よかった……!」
ピヨモンがポロポロと涙をこぼしながらミコトの胸元に飛び込み、ギガドラモンは大きな頭をミコトの頬に優しくすり寄せた。
激闘の疲れは残っているものの、前のような命を削るような苦しさはもうない。
その時、病室の扉が元気よく開いた。
「よお、お姫様。随分と気持ちよさそうに寝ていたじゃねぇか!!」
聞き慣れた、けれどいつもより少しだけ掠れた声。
そこに立っていたのは、あちこちに包帯を巻き、服もボロボロになったタイチだった。
そして彼の背後には、見上げるほどに巨大で、雄大な赤い翼を持った「未知のデジモン」が立っていた。
青く引き締まったしなやかな筋肉。
全身から溢れ出るような圧倒的な力強さ。
しかし、その瞳の輝きと、口元に浮かべた人懐っこい笑みには絶対に見覚えがあった。
「タイチさん……! それに、その後ろにいるのは……まさか……」
「久しぶりだね、ミコト!」
太く、低い声だが、その陽気な響きは間違いなく彼だった。
「ゼロ丸さん……!? その翼‥もしかして完全体に……進化したんですか!?」
「ああ! 天空樹の頂上でネオの奴とやり合って、色々あってな。こいつはゼロ丸の完全体、エアロブイドラモンだ!」
タイチが誇らしげに親指でゼロ丸を指差す。
あの彩羽ネオとの死闘。
言葉にすれば一瞬だが、二人がどれほどの絶望を乗り越え、この完全体への進化を掴み取ったのか、タイチとゼロ丸の満身創痍の姿を見ればミコトにも痛いほど伝わってきた。
「ジジモンから聞いたぜ」
タイチはベッドの傍まで歩み寄ると、真剣な眼差しでミコトを見下ろした。
「俺たちが天空樹で戦っている間、お前たちも完全体に進化して、この街をデーモン軍から守り抜いてくれたんだってな」
「タイチさん……私……」
「ミコトちゃん、本当に凄かったんだよ!」
ミコトの言葉を遮るように、ピヨモンが胸を張って言った。
「フラフラなのに、デビドラモンを完全体のギガドラモンに超進化させて……街のデジモンたちに的確に指示を出して、すっごく強くて、怖い完全体デジモンをやっつけちゃったんだから!」
ピヨモンの報告を聞いて、タイチは「へへっ」と嬉しそうに笑った。
「すげぇじゃねぇか、ミコト、デビドラモン‥いや、今はギガドラモンだな。それに完全体への進化なんて、そう簡単にできることじゃねぇ。お前たちがこの街に残って、絶対に守り抜くって『覚悟』を決めたからこそ起きた奇跡だ」
タイチはミコトの頭にポンと手を乗せ、トレードマークのゴーグル越しに、優しく、けれど対等な「テイマー」へ向ける敬意を持った瞳でミコトを見た。
「お前がこの街で踏ん張ってくれたから……俺は後ろを振り返らずに、天空樹の戦いに集中し、全力を出せた。お前がみんなの命を繋いでくれたおかげで、俺たちは世界を救えたんだ。ありがとな、ミコト」
「あっ……」
その言葉を聞いた瞬間、ミコトの瞳からブワッと大粒の涙が溢れ出した。
ずっと、彼らの背中を追ってきた。
圧倒的な力を持つ二人の隣で、自分は何ができるのかと悩み、無力さに涙した日もあった。
けれど今、タイチははっきりと「お前のおかげで勝てた」と言ってくれたのだ。
「よかった……本当に……皆さん、ご無事で……勝てて、よかった……っ」
ミコトは両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣いた。
ギガドラモンがそっとメカメカしい翼でミコトを包み込み、タイチとゼロ丸はそんな彼女の姿をどこか眩しそうに、そして誇らしげに見守っていた。
――その時だった。
『ピピッ……』
ミコトの左腕に巻かれた『デジヴァイス01』の画面が、唐突にオレンジ色の光を微かに瞬かせた。
それはまるで、その中に眠る誇り高き鋼の恐竜(メタルグレイモン)が、一回り大きく、そして強くなったかつての宿敵・ゼロ丸の姿を見て、無言の激励を送ったかのような明滅だった。
「ん?」
それに気づいたエアロブイドラモン(ゼロ丸)は、ニヤリと好戦的で、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「へへっ。見ろよ、メタルグレイモン。ボクもとうとうお前と同じ完全体だ。お前にも、ミコトの嬢ちゃんにも、まだまだ負けねえからな!」
ゼロ丸がデジヴァイスに向かって、いつものように力強く「Vサイン」を突きつける。
その言葉にギガドラモンも「僕とミコトだって負けないぞ」と言わんばかりに、低く喉を鳴らして笑った。
涙を拭いながらその光景を見ていたミコトは、心の底から込み上げてくる温かい感情に、満面の笑みを咲かせた。
(タイチさん、ゼロ丸さん。それに、ギガドラモンにピヨモンさん……)
窓の外には、どこまでも高く、澄み切った青空が広がっている。
天空樹を巡る激闘は終わりを告げた。世界を救うための彼らの冒険は、ここからまた、新たな一歩を踏み出すのだ。
傷だらけだけれど、誰も欠けることなく、かけがえのない絆を手にして‥‥
窓から差し込む穏やかな光の中、ミコトはふと、タイチとエアロブイドラモン――ゼロ丸の身体に刻まれた、無数の生々しい傷跡に目を留めた。
ホスピタウンを襲ったファントモンたちとの戦いも壮絶だった。
だが、世界の命運を賭けた天空樹の頂上での戦いは、間違いなくそれを遥かに凌駕する激戦だったはずだ。
何しろ相手があの天才テイマー、彩羽ネオが相手だったのだから‥‥
ミコトはタイチたちが天空樹でネオとどんな激戦を繰り広げたのか気になり、
「タイチさん……天空樹の頂上で、一体何があったんですか?ネオさんはどんな戦い方をしてきたのでしょう?」
テイマーとしてやはりミコトはネオの戦術が気になった。
ミコトの問いに、タイチは一瞬だけ遠い目をした。
その表情に浮かんだのは、恐怖ではなく、かつてない強敵への戦慄と、奇妙な高揚感だった。
「ああ、あいつは……ネオはやっぱり、とんでもねぇ天才で、最悪のテイマーだったよ」
タイチはベッドの脇の椅子に腰掛け、ポツリポツリと語り始めた。
「頂上に着いた俺たちを待っていたのは、ネオと二体の成熟期デジモン‥‥クワガーモンとコカトリモンだった。俺とゼロ丸は、ネオの得意技である『ジョグレス(合体)』を警戒して、まずは合体される前に片方を集中攻撃で潰そうとしたんだ」
「それは……戦術としては正解ですよね。ジョグレスさせなければ、完全体の力は出せないはずですし……」
ミコトが頷く。
だが、タイチは苦笑混じりに首を振った。
「普通ならな‥だけど、ネオの計算は俺たちの先を行っていた。俺たちの攻撃を完璧に読み切って、一瞬の隙を突いてジョグレスを成功させやがったんだ。現れたのは、完全体のメガドラモンだ」
「メガドラモン……」
メガドラモンはギガドラモンと同格の、高い飛行能力と火力を備えたサイボーグ型の暗黒竜デジモン。
飛行能力を持たぬゼロ丸が戦うには、それだけでも圧倒的に不利な相手だ。
「でも、本当の地獄はそこからだった。ゼロ丸がメガドラモンに渾身の一撃を叩き込もうとしたその瞬間……メガドラモンが元の成熟期に『パーティション(分裂)』したんだ」
「えっ!? 直前で分裂したんですか!?」
ミコトが驚愕の声を上げる。
ゼロ丸の攻撃は空を切り、その隙を突いて、二体の成熟期デジモンは再びジョグレスしてメガドラモンへと戻り、ゼロ丸に致命的な反撃を叩き込んできたのだという。
「攻撃する瞬間に分裂してかわし、かわした直後にまた合体して殴る。ネオはそれを目にも留まらぬ速度で何度も、何度も繰り返してきたんだ。あいつはそれを『無限ジョグレス』って呼びやがった」
「あの時は本当に頭に血が上ったよ」
エアロブイドラモンになったゼロ丸が、当時の悔しさを思い出したらしく、大きな尾を床に叩きつけた。
「殴ろうとしたら二体に分かれやがるし、どっちを攻撃しても、もう片方がすぐに合体して防ぎやがるんだ。クソッ、思い出しても腹が立つ!」
「無限ジョグレス……完璧な連携と指示がなければ、デジモンの肉体がついていかない戦術です。なんて恐ろしいテイマー……」
ミコトは戦慄した。データと戦術を極限まで突き詰めたネオだからこそ成せる、冷酷で完璧なハメ技。
だが、タイチの瞳の奥の光は消えていなかった。
「だけどな、どんなに完璧に見える戦術にも、人間が生み出した戦術である以上、必ず『弱点』はある。俺とゼロ丸は、ボロボロになりながらも奴らの動きを凝視し続けた。そして、見抜いたんだ」
タイチがニヤリと不敵に笑う。
「無限ジョグレスの弱点は二つ。一つは、パーティションした二体が再びジョグレスする時、必ず二体の中央のポイントで合体するということ。そしてもう一つは、合体と分裂を繰り返すたびに、デジモン自身のHP(体力)が激しく消費されているってことだ!」
「中央の合体ポイント……! そこを狙い撃ちにしたんですね!」
(パーティションすると体力が減るって、私のヒーリング能力みたい‥‥)
「おうよ! そんでゼロ丸が、二体の成熟期デジモンの合体が完了する瞬間の一番脆い隙に一撃を叩き込んでやったのさ!」
タイチの言葉に、ミコトは「さすが」と胸を熱くした。
どんな絶望的なハメ技だろうと、戦いの中で解析し、打ち破ってみせる。
それが、100%無敵のテイマー、八神タイチなのだと。
しかし、タイチの顔からフッと笑みが消え、声のトーンが一段と低くなった。
「……だが、それすらもネオの計算の内だったんだ」
「えっ……?」
「無限ジョグレスが破られた時、ネオは微塵も動じなかった。クワガーモンとコカトリモンは、ただの『前座』……俺たちの実力を測り、消耗させるためにネオがデーモンの所から連れてきた使い捨てのコマに過ぎなかったんだ。天空樹に眠る、本来の五つ目のタグの番人は……奴らじゃなかった」
「あっ‥確かに、クワガーモンもコカリトモンも成熟期のデジモン‥‥」
タグを守るのは完全体のデジモン‥‥
クワガーモンもコカリトモンも成熟期のデジモンなので、タグの番人ではない。
「俺もゼロ丸もネオとのバトルでその事を忘れていた‥‥」
タイチの拳が、思い出の恐怖にわずかに震える。
「天空樹の頂きには一本の大木があったんだが、それが本来のタグの番人――完全体のジュレイモンだった。ネオは、ゼロ丸との戦いで傷つき、限界までHPが減っていたメガドラモンを、さらにそのジュレイモンとジョグレス進化させやがったんだ」
「完全体と完全体のジョグレス‥‥」
「ああ、奴はソレを『トリプルジョグレス』と呼んでいた」
「トリプルジョグレス‥‥確かに合計すると三体のデジモンのジョグレスになりますからね‥‥そして、完全体と完全体のジョグレスとなると、出現したのは‥‥」
「ああ、空間が歪んで、空が真っ黒に染まって……そこから這い出てきたのは、成熟期や完全体なんて生優しいものじゃねぇ。神の領域に達した、究極体のデジモン『デスモン』だった」
「究極体‥‥デーモンと同じクラスのデジモンですね」
ミコトは息を呑んだ。
完全体であるギガドラモンの凄まじい力を身を以て知ったばかりだからこそ、そのさらに上に君臨する「究極体」という存在の絶望感が、言葉の重みとなって心に突き刺さる。
「強かった……なんて言葉で言い表せるレベルじゃなかった。デスモンの放つ一撃一撃が、天空樹の頂上を消し飛ばすほどの破壊力で、ゼロ丸の攻撃なんて、かすり傷一つ付けられなかった。俺のデジヴァイスの計算画面が、見たこともない『勝率0%』の赤文字で埋め尽くされていくんだ……」
タイチは自嘲気味に笑い、包帯の巻かれた自分の手を見つめた。
「あの時……俺は初めて、本気で覚悟したよ。あぁ、ここで俺たちは負けるんだって。ゼロ丸と一緒に、ここで死ぬんだなって……」
「タイチさん……」
いつも前を向き、絶対に諦めないタイチが「死を覚悟した」という事実。
その戦いがどれほど凄惨なものだったのか、病室の空気が一瞬で凍りつく。
「だけどね、ミコト‥‥」
それまで静かに聞いていたゼロ丸が、大きな身体を乗り出し、タイチの言葉を引き継いだ。
その一対の紅き瞳には、デスモンすらも恐怖させたであろう、圧倒的な「意志の炎」が宿っていた。
「タイチは諦めかけた。勝率0%のデータを信じて、ボクを庇って死のうとしたんだ……その時、思ったよ。『ふざけんな』って‥‥データがなんだ、究極体がなんだ!ボクの命は、ボクの身体は、タイチとここまで勝ち残るためにあるんだ! ボクは死んでも……絶対にタイチを死なせねぇ‥って‥‥」
ゼロ丸の咆哮が、病室のガラスをビリビリと震わせる。
「ゼロ丸のその叫びが、俺の目を覚まさせてくれたんだ」
タイチが、愛おしそうにゼロ丸を見上げた。
「『死なせない』っていうゼロ丸の固い決意と、俺の『絶対に生き残る』って気持ちが重なった瞬間……デジヴァイス01が、今まで見たこともない黄金の光を放った。そして――ゼロ丸は、この『エアロブイドラモン』に超進化を遂げたんだ!」
完全体へと進化したゼロ丸の力は、凄まじいものだった。
究極体デスモンの圧倒的な破壊光線を進化した大翼で強引にねじ伏せ、大空を縦横無尽に駆け巡り、タイチとの100%の連携で、ついにその巨体を撃破したのだ。
「究極体を、完全体で打ち破るなんて……本当に、お二人は奇跡を起こしたんですね」
ミコトは感動に身体を震わせながら、二人の絆の深さに、改めて深い敬意を抱いた。
お互いを守りたいという、命懸けの「覚悟」‥‥それは、ミコトとギガドラモンがホスピタウンで起こした奇跡と、全く同じものだったからだ。
「……それで、ネオさんは……どうなったんですか?」
ふと気になって、ミコトが尋ねる。
デスモンが倒されたのなら、そのテイマーであるネオはどうなったのだろうか?
「デスモンが消滅した衝撃と、俺たちの戦いの余波で、天空樹の頂上は完全に崩壊したんだ。ネオは‥‥その崩壊に巻き込まれて、そのまま遥か奈落の底へ落下していったよ‥最後のタグは無事にゲットできたけどな‥‥」
タイチの言葉に、ミコトは小さく息を吐いた。
それほどの崩落に巻き込まれ、真っ逆さまに落ちたとなれば、人間の身体ではひとたまりもない――。
しかし、タイチの表情は全く晴れていなかった。
むしろ、獰猛なライバルを意識するように、不敵に口元を歪めている。
「だけどな……アイツがあれくらいで死ぬわけがねぇ」
「えっ……?」
「あいつは冷酷だけど、テイマーとしての執念は本物だ。これで終わるようなタマじゃねぇよ。ネオはきっと生きている。そして……デーモン軍の本拠地、『デーモン城』で、さらに恐ろしい戦力を揃えて、俺たちを待っているはずだ」
タイチはそこで一度言葉を切り、より一層強い光を瞳に宿してミコトを見据えた。
「それに……天空樹でネオの口から、もう一つ厄介な話を聞いちまった」
「厄介な話……?」
「ああ。デーモンの奴、このデジタルワールドを完全に征服した後には、その戦力をもって『人間界への侵攻』を企てているらしいんだ」
「えっ……!?」
ミコトは弾かれたように息を呑んだ。
「人間界への侵攻!?」
「ああ、ただ人間界と言っても俺が住んで居る世界かもしれないし、ミコトが住んで居る世界かもしれない‥‥天空樹の頂上での戦いで、一時的とはいえ次元の壁が歪んでゲートが開きかけた。二つの世界を隔てる壁は確実に脆くなっている。もし究極体クラスの化け物どもが人間界に雪崩れ込んだらと思うとゾッとするぜ‥‥」
究極体デジモンの強さは人間界における近代兵器とも互角以上に戦える強さを誇っている。
もし、そんなデジモンたちが人間界へと侵攻すれば人間界は滅茶苦茶になってしまう。
タイチの拳が、ギリッと音を立てて固く握り込まれる。
「だからこそ、俺たちで終わらせる‥いや、終わらせないといけない‥‥俺たちの世界も、ミコトの世界も‥そしてこの世界も……デーモンの好きには絶対にさせねぇ」
タイチの言葉に、エアロブイドラモンもニヤリと笑って頷いた。
「ああ。次あいつと会う時が、本当の決戦だ。今度こそ、ネオの鼻をあかして、この世界を平和にしてみせるぜ!」
二人の強い言葉を聞いて、ミコトは心の中の霧が綺麗に晴れていくのを感じた。
彩羽ネオという巨大な壁。
そして、その背後に潜む魔神デーモン。これからの戦いは、今まで以上に過酷なものになるだろう。
けれど、ミコトに迷いはなかった。
左腕のさくら色のデジヴァイス、そして隣で力強く佇むギガドラモンを見上げる。
「はい……! 私たちも、もう守られるだけの存在じゃありません。タイチさん、ゼロ丸さん。次のデーモン城の戦い――私たちも、一緒に戦わせてください!」
「おう! 頼りにしているぜ、ミコト、ギガドラモン!」
タイチが差し出した右手に、ミコトは自分の手を力強く重ねた。
窓の外の青空に向かって、エアロブイドラモンとギガドラモン、二体の完全体デジモンが、未来を切り開くための雄叫びを力強く響かせた。
ホスピタウンの出入り口。
見送りに集まった街のデジモンたちに見守られながら、ミコトたちは新たな旅立ちの時を迎えていた。
「ミコトよ、本当に行くのか?」
心配そうに杖を握りしめ、ジジモンは深く皺の刻まれた顔をさらに歪ませてミコトを見上げた。
「はい」
ミコトは迷いのない、真っ直ぐな瞳でしっかりと頷いた。
しかし、ジジモンの顔から不安の色は消えない。
彼はミコトの細い腕へ視線を落とし、重々しい口調で語りかけた。
「お主のそのヒーリングという力……確かに奇跡を起こしたが、あまりにも危険すぎる。天空樹の麓、そしてこの街の防衛戦で、お主は限界を超えて体力どころか自分の命を削ったんじゃ。今は元気そうに見えても、見えないダメージが確実に身体を蝕んでおるかもしれん。デーモン城での戦いは、これまでとは次元が違う。もし次に同じような無茶をすれば……お主は今度こそ、命を落とすぞ」
ジジモンの言葉に、見送りに来ていたピヨモンも不安そうにミコトの服の裾をギュッと握りしめた。
(ジジモン先生の言う通りだ……ファントモンたちと戦った時、身体の奥から熱が奪われて、意識が真っ暗な海の底に沈んでいくような……あの底知れない恐怖は、今でも鮮明に覚えている)
ミコトは自分の手のひらをそっと見つめた。
テイマーとしての未熟さを、自分の身を削ることで補うしかなかったあの時の絶望。
だが、ミコトはゆっくりと手を握り込み、顔を上げてジジモンへ柔らかく微笑みかけた。
「ご心配をおかけして、本当にごめんなさい、ジジモン先生……でも、大丈夫です。もうあんな無茶はしません。ううん……『無茶をする必要がない』んです」
ミコトが視線を横に向けると、そこには威風堂々たる姿で宙に浮かぶ鋼の竜――完全体・ギガドラモンが控えていた。
ギガドラモンは、重厚な金属の顎をガシャリと鳴らし、ジジモンに向かって力強く宣言した。
「ジジモン先生、ご心配なく。ミコトに二度とあのような悲壮な決断はさせない。僕がメタルグレイモンの想いと共に手に入れたこの鋼鉄の装甲と、ジェノサイドギアの圧倒的な火力は、ミコトを守り抜き、敵を跡形もなく粉砕するためにある。ミコトの命を削る前に、僕がすべてを終わらせてみせる」
かつての狂暴な暗黒竜の面影はない。
その瞳には、パートナーを何があっても守り抜くという、揺るぎない理性が宿っていた。
「それにさ、ジジモン先生!」
ポン、と。
ミコトの肩に、力強い手が置かれた。
振り返ると、ゴーグルを額に乗せたタイチが、いつものように自信に満ちたニカッとした笑みを浮かべていた。
「ミコトはもう、俺たちの背中に隠れて震えているだけの女の子じゃねぇ。パートナーを完全体まで進化させ、街一つを守り抜いた、立派な『テイマー』だ。俺が保証するよ」
「タイチさん……」
タイチの背後では、エアロブイドラモンへと進化したゼロ丸も「おうっ!」と力強く親指を立てている。
「心配すんなって、ジジモン! もしデーモン城でヤバいことになっても、ボクとタイチの『100%コンビ』が絶対にフォローしてやるからさ!」
「ははっ、違いねぇ! 俺たち二人のテイマーと、二体の完全体がいれば、怖いものなんて何一つねぇよ!」
明るく笑い飛ばすタイチとゼロ丸。
その眩しいほどの頼もしさに、緊迫していた空気がふっと和らいだ。
「……やれやれ。どうやら、わしの取り越し苦労だったようじゃな」
ジジモンは小さくため息をつくと、今度はどこか嬉しそうに目尻を下げた。
「ミコトよ。お主の瞳には、もう迷いはないようじゃ……さあ、行け、選ばれし子供たちよ。そして、ネオとデーモンの野望を打ち砕き、このフォルダ大陸に、いや、デジタルワールドに平和を取り戻してくれ!」
「ミコトちゃん、ギガドラモン! 絶対に、絶対に無事で帰ってきてね!」
ピヨモンが涙ぐみながら大きく手を振る。
ミコトはジジモンとピヨモン、そして街のデジモンたちに向かって深く一礼した。
「はい! 行ってきます!」
顔を上げ、ミコトはタイチたちと並んで歩き出した。
目指す先は、大陸の最奥にそびえ立つ禍々しい暗黒の塔――『デーモン城』。
(待っていてください、ネオさん。デジモンはただのデータじゃない。テイマーの戦術の駒でもない。私たちが……タイチさんとゼロ丸さん、私とギガドラモンが、それを証明してみせます!)
吹き荒れる向かい風の中、さくら色のデジヴァイス01を胸に抱きしめ、ミコトの瞳は決意の光に満ちていた。