すべての元凶たる魔王デーモンの野望を打ち砕き、デジタルワールドに平和を取り戻すため、敵の本拠地「デーモン城」へと歩みを進めるタイチとミコトたち。
しかし、彼らの前に、冷酷な天才テイマー・彩羽ネオが放った究極体を操る刺客「エイリアスⅢ」が立ち塞がる!
仮面の少年・シグマと究極体ピエモンが作り出した絶対的不利な異空間の中で、タイチとゼロ丸は「100%のコンビ」による言葉不要のアイコンタクトで見事勝利を収め、心を閉ざしていたシグマを救い出すことに成功した。
一方、別の戦場へと降下したミコトとギガドラモンを待ち受けていたのは、エイリアスⅢの紅一点・豪徳寺マリと究極体ロゼモンだった。
「完全体」と「究極体」という絶対的なクラスの壁、そしてミコトたちを足止めしてアルカディモンの育成時間を稼ごうとするマリの狡猾な罠によって、二人は絶体絶命の窮地に立たされる。
だが、密偵イガモンの決死のサポートと、諦めないテイマーの機転、そしてパートナーとの強い絆が奇跡を起こす!
ギガドラモンの渾身の一撃がロゼモンを打ち破り、ミコトたちは格上の究極体相手に大金星を挙げたのだ。
敗北と屈辱に塗れ、自暴自棄になるマリ。
だが、ミコトはロゼモンにトドメを刺すどころか、ヒーリングの力で傷ついたロゼモンを優しく回復させる。
「デジモンは道具じゃない。傷つけ合う必要なんてない」――その純粋で真っ直ぐな言葉と慈愛の光は、誇りを失いかけていたマリの心に静かな波紋を広げていくのだった……。
イガモンとマリのロゼモンを回復させたミコトは、最後に自らのパートナーであるギガドラモンにヒーリングをかける。
実はギガドラモンも少なからずダメージを負っていたのだが、彼は自らの治療を後回しにし、「ミコト、僕は後でいい。先に彼女たちを」と敵であったはずのロゼモンたちの回復を優先させていたのだ。
「ミコト、あまり無理はしない方が……」
ギガドラモンはミコトをやんわりと止めるが、
「大丈夫……デジヴァイス越しなら直接触れるより負担は少ないから。デジヴァイス、ヒーリング・プログラム起動!」
ミコトは傷ついている自らのパートナーにも優しくヒーリングを施す。
デジヴァイス越しとは言え、重傷のイガモンとロゼモン、そしてギガドラモンと、一度に何体も回復させるのは危険な行為だった。
戦闘が終わったという緊張からの解放も相まって、全処置を終えたミコトの身体はガクッと態勢を崩す。
「ちょっと、あんた。大丈夫?」
マリが心配そうにミコトに声をかける。
「大丈夫です……それよりもマリさんとロゼモンはこれからどうするんですか?」
「デーモン城に戻るわ」
「えっ?」
「貴女には負けたけど、ネオ君の指示通り時間稼ぎは出来たと思うし……それじゃあね」
マリがロゼモンと共にデーモン城へ戻ろうとした瞬間、
ガシッ!!
ミコトがマリの服の袖を強く掴んだ。
「えっ? なに? なに? どうしたの?」
「戻ってはダメ……」
「えっ?」
「戻れば、ロゼモンは死ぬかもしれない」
「ちょっと、いきなり変な事言わないでよ。ロゼモンは……その……あんたが回復してくれたし、もう大丈夫よ」
「違う……ネオさんの事だから、きっと貴女の事も利用している。あの人はデジモンも他の人も信じていない……このままデーモン城に戻れば、ロゼモンも貴女も危険かもしれない……」
メタルファクトリーにおいて、ネオはメタルグレイモンをゼロ丸のデータを取る為の完全な捨て駒としてしか見ていなかった。
その経緯から、ミコトにはマリもロゼモンも、ネオにとっては使い捨ての駒として見ているように思えてならなかったのだ。
そして、ミコトの予感は的中していた。
ミコトよりも先にタイチとのバトルに敗れたシグマとピエモンは、デーモン城へと引き上げていた。
「申し訳ありません、シグマ様……負けてしまいました。しかし何故、私を最後まで戦わせてくれなかったのですか?」
ピエモンは自らのテイマーであるシグマを肩に乗せながら、あのまま最後まで戦わせてくれなかった件について尋ねる。
「ピエモンは、ボクが孤独な時も辛い時もずっと一緒に居てくれた、最高のパートナーだからな……死なせるわけにはいかなかった……」
やはりどんなテイマーであっても、パートナーデジモンが一番大事だという根っこの思いは変わらない。
ピエモンは電子音声ではなくシグマの肉声で自分に対する思いを聞け、思わず口元を緩めた。
「ありがとうございます……」
シグマに深く礼を言った。
これが二人にとって、最後の会話になるとも知らずに。
城につき報告を済ませると、ネオは無言でピエモンをある場所へと導いた。
そこは超究極体デジモン……究極体という分類すら超越した規格外の存在、アルカディモンの育成スペースだった。
「ネオ、これは一体どういうことだ?」
「シグマ、誇りに思え。お前にアルカディモンの力を見せてやろう」
「それはどういう意味だ? ま、まさか……」
シグマは薄々でありながら、ネオの真の意図を察し始めた。
「ふふふ……アルカディモンが丁度、腹を空かせていてなぁ。『究極体を食べたい』と言っている」
「ギチギチ……ギチギチ……」
自分よりもランクが上のピエモンが眼前に居るというのに、アルカディモンはそれを恐れる様子もなく、ジッと見つめている。
幼年期の筈なのに、どこにも可愛らしさが感じられない。
底知れぬ不気味さだけが漂っていた。
ピエモンはネオの言葉を聞き、自分を低く見られたと腹が立った。
「見た目は幼年期……だが、超究極体だと……!? それでも私は究極体だ! 負傷しているとはいえ、幼年期の姿をした相手に遅れは取らん! 食らえ、トランプソード!!」
「貴様の方こそ、アルカディモンをそんじょそこいらのモンスターと一緒にしないことだな」
ネオがそう言い放つと同時に、なんとアルカディモンの背中から這い出てきた新しい触手が、ピエモンの心臓を一突きで串刺しにしていた。
幼年期レベルのモンスターにもかかわらず……ピエモンがゼロ丸との戦闘でダメージを負っていたにもかかわらず、究極体のデジモンを一撃で仕留めてしまったのだ。
「あがああああ!!」
どくどくとデータを血のように垂れ流しながら叫ぶピエモン。
「どうだ? シグマ。凄いだろう? アルカディモンはこうやって他のモンスターから生体エネルギーを吸い取ることでより強くなる」
「そ、そんな……」
目の前の悲惨な光景にシグマは唖然とする。
「し、シグマ……様……」
「ピエモン……! ピエモン!!」
シグマの仮面の下から涙があふれ出した。
ピエモンは完全にデータとなって消え、そのデータをアルカディモンが一滴残らず吸収していく。
「ハハハハ、見ろ。アルカディモンの奴、相当喜んでいるぞ」
ピエモンのデータを吸収したアルカディモンは身体つきが変わり、身長も一回り以上に大きくなった。
「凄いぞ!! ついに進化した!! ピエモンがかなり美味しかったようだぞ、シグマ!! ハーッハッハッハ!!!」
究極体のデータを糧とし、アルカディモンはついに成長期へと進化したのだ。
「あ、ああ……」
「ふん、貴様は無様にもタイチに負けた。もはや利用価値はない」
パートナーを失ったショックでへたり込んでいるシグマをその場に置き去りにして、ネオは冷酷に部屋から出て来た。
部屋の外では、もう一人のエイリアスⅢのメンバーが待っていた。
彼は部屋から出て来たネオに話しかける。
「ネオ、これからどうするんだ?」
「ふっ、アルカディモンは今、ピエモンを食って成長期に変化した。俺はここから奴を次のレベルに育て上げなければならない」
「次のレベル?」
「ああ、アルカディモンに必要な力を与えるためにな……この世界の頂点に君臨する奴を餌にするつもりだ」
「デジタルワールドの……頂点?」
「そう……ホーリーエンジェモンだ。こいつを餌にすればどんな敵もイチコロだ」
「それで、俺はその間、何をすればいい?」
「本当ならばあの目障りなバグテイマーどもを始末して欲しいんだが、その必要はもうなくなった。アルカディモンが成長期になった以上、奴らの足止めなどしなくてもこちらからホーリーエンジェル城に攻め込んでやる。お前はその間……『デジメンタル』の在処が発覚するのを待て」
「デジメンタル?」
「ああ。デジメンタルは単なる進化アイテムじゃない。アルカディモンのデータ構造を安定させ、次の進化段階へ移行させるために必要なんだ。その在処を特定出来次第、お前にはその場所に行ってデジメンタルを回収して来い。良いな?」
「分かった。ところでマリの奴がまだ帰って来てないが、どうするんだ?」
「ふん、あんな奴の事などもう知らん。俺からすれば連中を足止めさえできれば生きていようと死んでいようと、どうでも良いからな……まぁ、生きていたら、アイツのパートナーもアルカディモンの糧にしてやるさ。その程度にしか、あいつには利用価値がないからな」
「そうか」
同志である筈のシグマとマリをあっさりと切り捨てたネオであるが、最後のメンバーである彼はネオのこの反応にも特に反論を唱えたりはしなかった。
自分だってネオに切り捨てられる可能性があるにもかかわらず、彼は未だにネオと行動を共にしている。
自分はシグマやマリと違って、絶対にネオから切り捨てられないという自信や保証があると言うのだろうか?
それはネオ、そして最後のメンバーである彼にしか分からない。
ネオは彼と別れた後、大勢のモンスターたちが待機している大広間に姿を見せ、声高らかに呼びかける。
「さあモンスターども!! ホーリーエンジェル城へ攻め込む時だ!!」
「「「「「「オーッ!!!!!」」」」」
ネオはデーモン軍のモンスターたちを引き連れてデーモン城を出発した。
目的地はホーリーエンジェル城。
一方、ネオが軍団を引き連れてホーリーエンジェル城を目指している中、ミコトはマリとロゼモンを連れてタイチたちの元へと戻っていた。
敵である筈のテイマーとパートナーデジモンと一緒に戻って来たのだから、タイチたちは当初、ミコトが負けて人質になったのかと錯覚した。
「ミコト! 無事だったか!?……って、おい! なんでそいつらが一緒にいるんだ!?」
合流地点である岩場に姿を現したミコトたちの背後に、豪徳寺マリと究極体ロゼモンの姿を認めた瞬間、タイチは血相を変えてデジヴァイスを構えた。
「タイチ! ミコトが人質に取られている! 今すぐボクがぶっ飛ばしてやる!!」
ゼロ丸も即座に戦闘態勢に入り、鋭い爪を剥き出しにしてマリたちを威嚇する。
「ひっ……!」
先ほどの戦闘とミコトの不可解な優しさで完全に毒気を抜かれていたマリは、ゼロ丸の放つ圧倒的な闘気に思わず一歩後ずさり、ロゼモンの背中に隠れるように身を縮めた。
「待ってください、タイチさん! ゼロ丸さん! 違うんです!!」
ミコトは慌ててタイチたちの前に飛び出し、両手を大きく振って制止した。
「人質なんかじゃありません! マリさんとロゼモンは……もう、戦う意志はないんです」
「戦う意志がないって……まさかお前、究極体相手に勝ったのか!?」
タイチが目を丸くして驚く。
いくらギガドラモンが強力なサイボーグ型とはいえ、完全体と究極体では絶対的な壁があるはずだ。
とは言え、ゼロ丸も二度究極体のデジモン相手に勝っているので、決して不可能なことではない。
「フッ、当然だ。ミコトの的確な指示と僕の火力が合わされば、究極体と言えど恐るるに足らん」
ミコトの後ろから、ギガドラモンが誇らしげに鼻を鳴らした。
「真実でござる、タイチ殿! ミコト殿とギガドラモンは、見事な連携で究極体を打ち破ったでござる。しかも……ミコト殿は、倒れた敵を自らの身を削って回復させたのでござるよ」
ギガドラモンの背中から降り立ったイガモンが、深い敬意を込めた眼差しでミコトを見つめながら報告した。
「敵を、回復させた……?」
タイチはミコトの顔をまじまじと見つめ、それからマリの方へと視線を移した。
バツが悪そうに視線を逸らし、俯いているマリ。
(ミコトの奴、能力を使ったな……でも、物凄く疲労している様子はないから、デジヴァイス越しで使ったんだな)
タイチはふっと笑みをこぼした。
「なんだ、お前も俺と同じことやってんじゃんか」
「え……?」
「実はさ、俺たちもシグマとピエモンに勝った後、あいつとちゃんと『会話』したんだ。シグマの奴、最後は自分の肉声で喋ってくれてさ。どこかへ行っちまったけど……もう、ネオの手先じゃないと思う」
タイチの言葉に、マリはハッと顔を上げた。
「シグマが……ネオくんを、裏切った……?」
絶対的な忠誠を誓っていたはずのエイリアスⅢの崩壊。
マリの心の中で、ネオという絶対的な存在の輪郭がさらにグラグラと揺らぎ始める。
「裏切ったんじゃない。あいつは、あいつは自分自身の意志で歩き出したんだ」
タイチは真っ直ぐにマリを見た。
「お前はどうするんだ? ミコトに助けられて、それでもまだ、あんなデジモンを道具としか思ってない奴のところに戻るのか?」
「私は……っ」
マリはギュッとロゼモンの手を握りしめた。
(ネオくんは……いつも冷たかった。結局、同志とか言っても私たちのことも、チェスの駒としか見ていなかったかもしれない。もし、あのまま負けた姿でデーモン城に戻っていたら……)
『戻れば、ロゼモンは死ぬかもしれない』
ミコトが袖を掴んで必死に止めてくれた言葉が、脳裏に蘇る。
マリの身体が微かに震えた。
その時だった。
「ハッ! タイチ殿、ミコト殿! こうしてはいられないでござる!!」
イガモンが何かに気づいたように叫び、デーモン城がある方角の空を指差した。
「どうした、イガモン!」
「空を見るでござる! デーモン城の方角から、おびただしい数の邪悪なデータが……軍勢が動いているでござる!!」
イガモンの言葉に、全員が一斉に空を見上げる。
はるか彼方、紫黒の空をさらにドス黒く染め上げるような巨大な暗雲が、うねりを上げながら一方向へと進んでいくのが見えた。
「あの方向は……まさかっ!?」
「はい! ホーリーエンジェル城でござる!! ネオの奴、ミコト殿たちの足止めが失敗したと見たか、あるいは超究極体の育成にある程度の目処が立ったためか、強行軍に出たのに違いありません!!」
「なんだって!? じゃあ、急いで城に戻ってホーリーエンジェモンに知らせないと!!」
タイチが焦燥に駆られ、ゼロ丸の背に乗ろうとした。
「でもタイチさん、こっちにはまだレイさんが残っています。それにマリさんも居ますし、どうします?」
「あっ、そうか……うーん……」
タイチがどうするべきか悩んでいると、タイチとマリのデジヴァイス01に同時にメールが届いた。
差出人はシグマだ。
『ネオは僕のパートナーであるピエモンを殺し、アルカディモンを成長期に育てた。これからホーリーエンジェル城へ大量の軍団を差し向け、ホーリーエンジェモンまでをも餌食にしようとしている。急げ、ホーリーエンジェル城が危ない!』
そのメール内容を見て、マリはミコトの予見が完全に当たっていた事を悟り、ネオを見限る決意を固めた。
「よし、ホーリーエンジェル城には俺とゼロで向かう。ミコト、ガーボ、イガモン、レイはここで待っていてくれ。万一の事態に備えていつでも動けるようにしておくんだ。マリはエイリアスなんだろ? デーモン城に行って、城に残っているシグマから事の詳細を把握してミコトにメールしてくれ」
タイチはそれぞれの役割を伝える。
ホーリーエンジェル城に行くのは自分とゼロ丸にしたのは、ミコトがマリとのバトルで複数のデジモンにヒーリング能力を使用し、少なからず体力を消費していると判断したからだ。
「ミコト、レイ、ガーボ、お前たちはネオやその軍勢に見つからない様に隠れていろよ」
「分かりました」
「うん」
「はい」
そしてタイチとゼロ丸は、電光石火の如くネオに気づかれないようにホーリーエンジェル城へ向かった。
団体行動もあった為か、それとも余裕の進撃か?タイチとゼロ丸はネオの軍勢が到着する前にホーリーエンジェル城へと辿り着いた。
ホーリーエンジェル城ではアルカディモン誕生の知らせを受けて、万が一の緊急事態に備えていた。そこへ血相を変えてタイチとゼロ丸が飛んできたのだ。
「おーい!! みんな~!! 居るか!!」
「大変だ!! 大変だ!! 緊急事態!! 緊急事態!!」
「おお、タイチ、ゼロ!! 久方ぶりだな!! ゼロもすっかり様変わりして、ビックリしたぞ」
タイチとゼロを迎えたのは、完全体のパンジャモンに進化したレオであった。
「そんな悠長なこと言っている場合じゃねぇ!! ネオが軍団を大量に引き連れてこっちに向かっているんだ!!」
「なに!? それは本当か!?」
「こんな時に嘘は言わねぇよ!!」
「急ぎホーリーエンジェモン様に伝えなくては……」
レオと共にホーリーエンジェモンにネオの軍勢が近づいている旨を報告すると、ホーリーエンジェモンも驚愕の表情を浮かべた。
「何だと、それは誠か!?」
「ああ。俺が戦ったエイリアスⅢって刺客の一人がメールで知らせてくれたんだ。名前はシグマ……ピエモンをパートナーに持っていた奴なんだが、ネオはソイツのピエモンをアルカディモンに食わせたみたいだ。その結果、アルカディモンは今、成長期に進化したらしい。そして次はホーリーエンジェモン、あんたを捕食しようと軍団を引き連れてこっちに向かっている!!」
「……」
「きっとこの戦いは、デーモン軍団とホーリーエンジェモン軍との総力戦になるよ」
ゼロ丸が深刻な面持ちで意見を述べる。
「ふむ、だがタイチ。ガーボ、ミコト、デビドラモンはどうしたのだ?」
「そいつらには万が一に備えて、デーモン城付近の岩場に身を潜めて待機して貰っている。こっちの仲間になってくれたエイリアスⅢの一人、マリも仲間になってくれて、タグがなくてもデーモン城に戻れるからシグマに事の真相を問い質すようにしてもらっている。あと、ミコトのデビドラモンなんだけど、進化して今は完全体のギガドラモンになった」
「成程、ならばパタモン! 今すぐに全勢力をこの城に結集せよ!!! この城でいつでも迎撃できるように整えるのだ!!」
「了解!!」
パタモンが伝令として飛んで行こうとした時、横からゲコビッチが声をかけて来た。
「しかし、戦力の一点集中はいささか危険ではありませんか? 主力兵士は各エリアの防衛に回しております。防衛地点の守備も必要ですゲコ」
ゲコビッチのいう事も尤もであり、今ホーリーエンジェル城に向かっているネオの軍勢すべてがデーモン軍とは言い切れない。ネ
オの軍団そのものが囮で、各防衛地点のモンスターたちがホーリーエンジェル城へ集まれば、守っていた拠点は手薄となり、そこへ他の部隊が襲来する可能性もある。
現にホスピタウンにファントモン率いるナイトメアレギオンズが襲来したのがいい例だ。
ホーリーエンジェモンは小さく頷いた。
「ふむ、ならば各防衛拠点には最低限の守備隊を残せ。主力のみをここへ集めるのだ」
「承知いたしましたゲコ!」
「そして、私も出陣しよう……」
そう言うと、ホーリーエンジェモンは羽織っていた上着を脱ぐべく手をかけた。
「お待ちください、ホーリーエンジェモン様!! アルカディモンはあなた様の命を狙ってきておるのですぞ! 迂闊に出陣すれば、あなた様の御命は……」
「だからどうした? 私に言わせれば、タイチとゼロをはじめ皆が死力を尽くし、ネオの軍勢を迎え撃とうとしているのだ。ならばこの城の主たる私が迎え撃たなくてどうする? いずれにせよ何処にも逃げ場などないのだ。元より覚悟は出来ている」
「ホーリーエンジェモン様……」
「皆の者!! これから決戦である!! 総員死力を尽くし、何としてでもこの城を守り抜くぞ!!」
「「「「「オーッ!!」」」」
レオはこの城に居る戦闘可能なモンスターたちを力強く鼓舞する。
フォルダ大陸……デジタルワールドにおける最後の希望の地であるホーリーエンジェル城と、ネオの軍勢との決戦の時は、刻一刻と近づいていた。
一方、ネオの軍勢がホーリーエンジェル城に向かい、視界から完全に消えたのを確認し、ミコトたちは物陰から出て来た。
周囲には哨戒するデーモン軍のデジモンの姿も見えない。
「敵は……いないみたいですね」
周りを見渡して敵の存在の有無を確認するミコト。
「ええ。ミコト、私はこれからタイチの言ったように一旦デーモン城まで戻って、シグマに事情を確認してみるわ。ネオとアルカディモンが留守ならロゼモンが消される事はないだろうし、エイリアスⅢの一人だからタグがなくても入れる。そしてもう一人、秀人っていうエイリアスも居るから、そいつからも話を聞いて、確認が取れ次第メールするわ」
「秀人……」
マリの口から出た『秀人』という名前を聞いて、レイの表情が一変した。
「分かりました。気を付けて行ってきてください」
「ええ」
「では参りましょう、マリ様」
マリとロゼモンを見送った後、首から下げているペンダントを見ながら、レイはミコトに深刻な表情で話しかけた。
「ミコトちゃん……」
「はい。何でしょう?」
「さっき、マリが『秀人』って言っていたでしょう?」
「ええ……」
「彼はもしかしたら、私のお兄ちゃんの友人かもしれない……ううん、多分そう……」
「えっ!?」
「ネオは……私のお兄ちゃんなの……」
「……」
「何だって!?」
「あのネオが君のお兄さん!?」
レイの口から出た衝撃の事実に、ミコト、ガーボ、ギガドラモンは驚きを隠せなかった。
「それは間違いないんですか?」
「ええ……ネオなんて名前はそうそうないし、それに秀人って名前の人がネオと行動を共にしているとなると、やっぱり、ネオは私のお兄ちゃんで、秀人君は私のお兄ちゃんの友人で間違いないわ」
「そう……ですか……」
「ええ。最初に会った時、私言ったでしょ? 『現実世界だと怪我をしている』って……。私、交通事故で足が動けなくなって歩けない筈なの。でも、この世界に来てからどういう訳か事故の前みたいに歩けるようになっていたの……」
「……私も似たような感じです」
「えっ?」
「私は生まれつき体が弱くて入退院を繰り返していて……現実世界に居た時、離島の病院に入院していたんです」
「離島の病院……? 一人で? 家族の人は?」
「家族とはもう一年以上会っていません」
「そうなんだ……私もね、お兄ちゃん……事故の後、人が変わったように私だけじゃなくて周囲の人とのコミュニケーションを断ったわ。明るい顔も見せなくなって毎日毎日部屋にこもってパソコンとデジモンしかやらなくなって……それで気が付いたら私の前からいなくなって、皆バラバラになっちゃった。私と秀人君とお兄ちゃん、三人の関係に亀裂が入っちゃったってね……」
怪我や病気が原因で家族に会えない、家族が豹変してしまった……二人はそんな共通認識を覚えた。
「怪我や病気で、家族の絆はこうも簡単に壊れちゃうものなのかな……?」
ぽつりと呟いたレイの言葉は、乾いた岩場の風に吹かれて、どこか空虚に響いた。
ミコトはその言葉に、胸の奥がギュッと締め付けられるような痛みを感じた。
人間界での離島の病院――あの無機質で、消毒液の匂いしかしない白い天井ばかりを見つめていた日々が脳裏をよぎる。
離島の病院に入院する前、東京の病院に入院している頃は頻繁に見舞いに来てくれていた両親‥だが、終わりの見えない看病による肉体的・精神的な疲労は、確実に家族の心をすり減らしていった。
次第に両親の足は遠のき、遂には両親が離婚‥‥去り際に双子の兄から怒りの言葉がぶつけられる……ミコトは「自分がいるせいで家族が不幸になっているのではないか」という罪悪感に押し潰されそうになりながら、孤独なベッドの上で毎日を過ごしていたのだ。
(レイさんも……私と同じなんだ。現実世界では『壊れてしまった存在』として、自分を責め続けてきたんだ……)
ミコトは痛いほどにレイの気持ちが分かった。
だからこそ、真っ直ぐにレイの目を見つめ返す。
「レイさんのお兄さんは……ネオさんは、レイさんが歩けなくなったことで、現実世界に絶望してしまったんですね」
「……ええ」
レイは悲痛な面持ちで俯き、首元のペンダントをぎゅっと握りしめた。
「お兄ちゃんは元々、優しくて正義感の強い人だったの。最初はきっと、私を救いたかったのかもしれない。でも、現実では何も変えられないことに深く絶望して……。だったらすべてを自分で変えられる、思い通りにコントロールできる世界を作ろうとした。不確定要素を排除して、人間もデジモンも、ただ目的のための駒として扱うようになって……」
そこまで言うと、レイの大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「気づけば、お兄ちゃんは私を救うっていう最初の目的すら忘れて、自分の理想を守るためだけに戦っているんだと思う。全部、私のせいなの……! 私があんな事故に遭わなければ、お兄ちゃんがこんな冷酷な人になって、デジモンたちを傷つけることもなかった……秀人君だって、お兄ちゃんを止めるどころか、一緒になって……っ」
「レイ……」
泣き崩れるレイの足元で、ガーボが心配そうに彼女のズボンの裾を引っ張る。
レイの涙を見て、ミコトはたまらず彼女の前に歩み寄り、その華奢な両肩を優しく包み込んだ。
「レイさんのせいなんかじゃありません。誰だって、病気や怪我になりたくてなるわけじゃない……。それに、ネオさんの選んだ道は、レイさんを想う気持ちから始まったのかもしれないけれど、他の誰かを踏み台にしていい理由には絶対にならない」
ミコトの静かだが力強い声に、レイがハッと顔を上げる。
「私たちは、現実世界では自分の身体すら自由にできない、無力な存在かもしれない。でも……このデジタルワールドでは違う。私は今、自分の足で立って、こうして大切なパートナーと一緒に息をしている!」
ミコトは背後に控えるギガドラモンを振り返った。
凶悪な姿を持つサイボーグ型暗黒竜デジモンだが、その瞳はミコトへの絶対的な信頼と慈愛に満ちている。
「そうだね、ミコト」
ギガドラモンは重々しく頷き、レイに向かって低く優しい声をかけた。
「レイ。君が人間界でどんな状態であろうと、僕たちデジモンにとっては関係のないことだ。僕の目に映るミコトは、自らの危険も顧みず、治療を後回しにしてまで敵を癒し、僕を完全体へと導いてくれた、誰よりも気高く強いテイマーだ。そして君も……兄を救いたいと願う、立派な心を持った人間だ」
「ギガドラモン……」
「レイさん、泣かないで」
ミコトはレイの目元の涙を指でそっと拭った。
「私も、レイさんも……家族の絆が壊れてしまった悲しさを知っている。だったら、もう一度繋ぎ直せばいいんです。お兄ちゃん……あなたはもう、私を救おうとしているんじゃない。自分の理想を守るために戦っているだけだ、って。ネオさんの目を覚まさせて、優しいお兄ちゃんを取り戻しましょう。そして、秀人さんというお友達のことも……」
「ミコトちゃん……」
「タイチさんたちがホーリーエンジェル城を守り抜いてくれます。その間に私たちはマリさんからの連絡を待って、ネオさんとデーモンの野望を止めるための次の一手を打ちましょう。……一緒に、戦ってくれますか?」
ミコトの瞳に宿る、決して折れない強い意志の光。
かつて病院のベッドで死を待つだけだった少女の面影は、そこには微塵もなかった。
あるのは、デジモンたちと共に生き、未来を切り開こうとする「テイマー」としての逞しい姿だ。
レイは、涙を拭い、ミコトの言葉に大きく頷いた。
「……うん! 私、もう逃げない。お兄ちゃんが間違っているなら、私が止めなきゃいけない。ミコトちゃん、タイチ君……私に力を貸して!」
「はい! もちろんです!」
ミコトとレイは、互いの手をしっかりと握り合った。
(そうだ……私たちは、壊れたままなんかじゃない。この絆があれば、きっとどんな困難だって乗り越えられる)
ミコトの胸の中で、静かな、しかし熱い決意の炎が燃え上がる。
時を同じくして、ホーリーエンジェル城ではネオ率いるデーモン軍団との未曾有の総力戦が始まろうとしており、マリが向かったデーモン城の奥深くでは、残されたエイリアスⅢの秀人と孤独なシグマが、それぞれの思惑の中で静かに動こうとしていた。