魔王デーモンの野望を阻止すべく、敵の本拠地「デーモン城」へと乗り込もうとしたタイチとミコト。
だが、彼らの前に天才テイマー・彩羽ネオが率いる刺客「エイリアスⅢ」が立ち塞がる。
激闘の末、タイチとゼロ丸はシグマを、ミコトとギガドラモンはマリを撃破するという大金星を挙げた。
しかしその裏で、ネオは敗北したシグマのパートナー・ピエモンを生贄に捧げ、恐るべき超究極体デジモン「アルカディモン」を成長期へと進化させてしまう。
さらなる糧を求め、ホーリーエンジェル城へと進軍を開始したネオの大軍勢。
タイチとゼロ丸は防衛のため急行し、ホーリーエンジェモンが本来の姿である究極体「セラフィモン」へと進化してこれを迎え撃つ。
だが、あらゆる常識を覆すアルカディモンの吸収能力の前にセラフィモンの聖なるエネルギー、そしてゼロ丸の渾身の必殺技『ブイウィング・ブレード』さえもが奪われ、奴は最凶の「完全体」へと進化を遂げてしまった。
ネオは殿としてヴェノムヴァンデモンを残し、デーモン城へと引き上げていく。
タイチたちはゼロ丸、セラフィモン、パンジャモンの三身一体の猛攻でヴェノムヴァンデモンを撃破し、辛くも城を守り抜いたものの、ネオの次なる狙いが、アルカディモンを制御し超究極体へと至らせる伝説のアイテム「デジメンタル」であることを知る。
一方、デーモン城近くの岩場でタイチたちの帰りを待っていたミコトは、ネオの支配から脱したマリと合流。
そこへ、ネオの命令でデジメンタルの捜索に動いていた秀人と、伝説の聖騎士「オメガモン」が現れる。
オメガモンの姿を見て一同に走る衝撃――なんと、ネオの妹であり、ミコトと心を通わせていた少女・レイが胸に掲げていたペンダントこそが、ネオが探し求めていた「デジメンタル」だったのだ。
「お兄ちゃんの暴走を止めたい」という一心から、デジメンタルを手に秀人と共にデーモン城へ向かうことを決意したレイ。
ミコトは彼女の悲痛な願いと家族の手絆を信じ、その背中を見送った。
レイの想いは、冷酷に染まったネオの心に届くのか?
そして、完全体へと化けたアルカディモンの超究極体への進化を阻止すべく、ミコトとマリは合流を急ぐタイチと共に、デーモン城への決死の突入を覚悟する。
空高く舞い上がっていった秀人とオメガモン、そしてレイの姿が厚い雲の向こうへと完全に消え去った。
荒涼とした岩場には、吹き抜ける乾いた風の音だけが虚しく響いている。
タイチとゼロ丸の到着を待つ間、マリは腕を組み、隣で静かに空を見上げているミコトを横目でじっと見つめていた。
「ねぇ、ミコト。あんたに一つ、聞いておきたいことがあったんだけど‥‥」
マリが唐突に口を開く。
ミコトはゆっくりと振り返り、小首を傾げた。
「はい、なんでしょう?」
「あんたさ、さっき傷ついたイガモンや……私のロゼモンをどうやって回復させたの? デジヴァイス01に、そんな便利な機能なんて無いはずでしょう?」
マリの鋭い指摘に、ミコトは一瞬だけ言い淀んだが、隠すことでもないと判断し、静かに口を開いた。
「あれは……私自身の力なんです。手で触れる事で相手の傷を治すことができる……ヒーリング能力、みたいなものでして‥‥」
「はぁ!? あんた自身が能力者なの!?」
マリは目を丸くして大声を上げた。
ロゼモンの傍らに寄り添っていたイガモンやガーボも驚いたようにミコトを見つめる。
「な、なにそれ!?超便利じゃん!!回復アイテムいらずの歩く病院ってこと!? それならどんな強敵と戦っても死なないじゃない!」
興奮気味に身を乗り出すマリだったが、ミコトは困ったように眉を下げ、力なく笑った。
「……便利‥かもしれませんが、代償が大きすぎるんです。この能力を使うと、私の体力を著しく消費してしまって……無理をすると鼻血が出たり、意識を失ったりします。最悪の場合……命を削ることになります」
「……は?」
マリの顔から、スッと表情が抜け落ちた。
「直接触れなくても、デジヴァイス越しにヒーリングのエネルギーを送ることはできるんですけど、やっぱり体力を消耗するんです。さっきみたいに、イガモンとロゼモン、ギガドラモンに使ったみたいに連続で使ったりすると、すぐに倒れちゃうんですよね……へへ」
「‥‥」
照れ隠しのように笑うミコトを見て、マリは言葉を失った。
命を削る。
その恐ろしい言葉の意味を反芻し、徐々に理解が追いついてくると、マリの顔にドン引きしたような驚愕と、怒りに似た感情が浮かび上がった。
「……あ、あんた、馬鹿じゃないの!? なんで敵だった私のロゼモンにそこまでしたのよ!?一歩間違えたら、あんたが死んでいたかもしれないんでしょう!?」
「でも、ロゼモンはすごく苦しそうでしたし……放っておくなんて、私にはできませんから」
当然のことのように答えるミコトの瞳には、微塵の偽りも後悔もなかった。
マリは大きくため息をつき、乱暴に頭を掻きむしる。
彼女の常識からすれば、敵を自分の命を削ってまで助けるなど、正気の沙汰ではない。
ネオの冷酷なやり方を見てきたマリにとって、ミコトの底抜けのお人好しさと自己犠牲の精神は、あまりにも眩しすぎた。
「……ほんっと、大バカ。信じらんない」
マリはそっぽを向きながら悪態をついたが、その声はどこか震えていた。
そして、少しの間を置いた後、照れくさそうにボソッと呟く。
「でも……改めて言っておくわ。ロゼモンを助けてくれて……ありがとね」
「どういたしまして、マリさん」
ミコトが嬉しそうに微笑むと、マリは居心地が悪そうに咳払いをした。
「それに、私……マリさんやタイチさんたちとは、少し違うんです」
「違う? 何が?」
「私、皆さんが住んでいた人間界とは、『別の人間界』からこのデジタルワールドに呼ばれたんです。パラレルワールド、って言うんでしょうか……?」
「はぁ!? 別世界から来たってこと!? ちょっと、あんたどんだけ規格外なわけ!?」
マリが再び大声を上げたその時――。
「おーい! ミコト、無事かー!」
上空から、聞き慣れた元気な声が降ってきた。
ゼロ丸の背中に乗ったタイチが、勢いよく岩場へと着陸する。
「タイチさん! ゼロ丸さんも!よかった、無事だったんだ!!」
「という事は、ホーリーエンジェル城は守れたみたいだね」
「よかった‥‥」
無事を喜ぶミコトたちだったが、降り立ったタイチの表情は、どこか重く沈んでいた。
「タイチさん、ホーリーエンジェル城は‥‥」
「ああ、ホーリーエンジェル城は、なんとか守りきったよ。殿のヴェノムヴァンデモンも俺たちで倒した」
「本当!? やったじゃない!」
喜ぶマリだったが、タイチは首を横に振った。
「……でも、最悪なことに、アルカディモンが完全体に進化しちまったんだ。セラフィモンのエネルギーも、ゼロの浑身の必殺技も、全部奴に吸収されて……」
「なんだって!? シグマのピエモンを食っただけじゃ飽き足らず、ホーリーエンジェモンの力まで‥‥」
マリが絶句する中、タイチは焦燥感を滲ませて言葉を続ける。
「あいつ、マジで化け物だ。それにネオの奴、アルカディモンを『超究極体』に進化させるために、『デジメンタル』っていう伝説のアイテムを探しているらしいんだ! そっちも気をつけ――」
「タイチさん、実は……そのデジメンタルについてなんですが……」
ミコトが重い口を開き、タイチの言葉を遮った。
そして、タイチたちが到着するまでの間に起きた、衝撃的な出来事の一部始終を語り始めた。
レイがネオの実の妹であったこと。
彼女が肌身離さず持っていたペンダントこそが、ネオの探していた『デジメンタル』だったこと。
エイリアスⅢの最後のメンバーである秀人が現れ、彼がネオとレイの友人であり、伝説の聖騎士『オメガモン』をパートナーにしていること。
そして――レイが、兄を止めるためにデジメンタルを手に、秀人と共にデーモン城へ向かってしまったこと。
「なっ……なんだって!?」
すべての話を聞き終えたタイチは、愕然として声を荒げた。ゼロ丸も信じられないというように目を見開いている。
「じゃあ、デジメンタルはもうネオの手に渡る寸前ってことじゃないか!まさかレイちゃんが持っていたあのペンダントがデジメンタルだったなんて‥‥」
「そうよ。あのバカ妹、自分がお兄ちゃんを説得するなんて言って聞かなくてさ。ミコトも止めないで行かせちゃうし……」
マリが忌々しそうに腕を組むと、ミコトは悲痛な面持ちで俯いた。
「すみません……でも、レイさんはずっと現実世界で苦しんできたんです。家族の絆を取り戻すために、どうしてもお兄ちゃんと直接話がしたいって……レイさんの想いを、私はどうしても力ずくで止めることができませんでした」
タイチはミコトを責めることはしなかった。ただ、ギリッと奥歯を噛み締める。
「レイちゃんがネオの妹……でも、今のネオが妹の言葉で止まるとは思えない。メタルグレイモンやピエモンを平気で犠牲にするような奴だぞ。それに、あの『オメガモン』まで敵に回ったとなると……最悪の状況だ」
「タイチ、急ごう! ネオがデジメンタルを使ってアルカディモンを超究極体にしちゃったら、もう誰にも止められなくなる!」
ゼロ丸が焦りを露わにして叫ぶ。
タイチは顔を上げ、ミコトとマリ、そして彼らのパートナーデジモンたちを力強く見回した。
「ああ。レイちゃんを危険な目に遭わせるわけにはいかないし、アルカディモンをこれ以上進化させるわけにもいかない! 今すぐデーモン城に乗り込んで、ネオの野望をぶっ潰すぞ!」
「当たり前よ! 私とロゼモンのコケにされた恨み、たっぷり晴らしてやるんだから!」
「……はい! 絶対にレイさんを助け出して、ネオさんを止めましょう!」
タイチの決意に、ミコトとマリも強く頷く。
デーモン城へ向けて出発しようと、それぞれがパートナーデジモンの元へ駆け寄ろうとしたその時、ミコトがふと足を止め、タイチに声をかけた。
「あの、タイチさん」
「ん?なんだ? ミコト」
タイチが足を止めると、ミコトはその華奢な胸元に手を当て、先ほど天空へと消えていった白い聖騎士の残像を思い描くように、少し戸惑ったような表情を浮かべた。
「さっき、ガーボさんにイガモンさんも驚いていましたし、タイチさんも『最悪の状況』って言っていましたよね……あの『オメガモン』というデジモンは、一体どれほど強い存在なんですか?」
ミコトの問いかけに、タイチは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに合点がいったように小さく頷いた。
ミコトはデジモンが存在しない別の人間界からこのデジタルワールドにやってきたのだ。
この世界の住人や、デジモンのプレイ経験があり、テイマーである自分たちが本能的に理解している「あのデジモン」の絶望的な格の違いを知識として知らなくて当然だった。
「そうか、ミコトは知らないんだな……」
タイチの表情が、一段と厳しさを増す。横で聞いていたマリが、信じられないといった様子で肩をすくめて会話に割って入ってきた。
「ちょっとミコト、本気で言っているの? オメガモンって言ったら、デジタルワールドの長い歴史の中でも、滅多に姿を現さないって言われている伝説中の伝説、究極の聖騎士デジモンよ? エイリアスⅢの中でも、秀人の実力は私やシグマとは文字通り『桁』が違うの。その理由があのオメガモンなんだから!」
「伝説の……聖騎士」
ミコトが言葉を反芻する。
確かに、あのデジモンが姿を現した瞬間の空気の重さ、大気がビリビリと震えるような神聖なまでの威圧感は、今までに会ったどのデジモンとも違っていた。完全体であるギガドラモンが、本能的に怯えを隠せないほどに‥‥
タイチは真っ直ぐにミコトの目を見つめ、静かに、しかし力強い声で説明を付け足した。
「オメガモンはな、ただ強い究極体ってだけじゃないんだ。一説には、二体の強力な究極体デジモンが、世界を救おうとする人々の強い願いによって融合して生まれた姿だと言われている。右腕のメタルグレイモンの頭部からは、あらゆるものを焼き尽くす極大の火炎や弾丸が放たれ、左腕のガルルモンの頭部からは、すべてを凍りつかせる無敵の聖剣『グレイソード』が突き出される……攻守、スピード、知性、そのすべてがデジモンの限界を超えた、まさに『最強』の一角なんだよ」
「ニ体の究極体が……融合……」
ミコトの心臓が、ドクンと大きく波打った。
完全体であるギガドラモンを育てるだけでも、死線を何度も潜り抜けてきたのだ。
究極体というだけでも気が遠くなるような存在なのに、それがさらに2体分組み合わさり、一つになった存在。
完全体同士のジョグレスで生まれたデスモンもタイチの話を聞く限り、強力なデジモンだっただろう。
しかし、オメガモンはそのさらに上の究極体同士のジョグレスで生まれたデジモン‥‥
そんな規格外のデジモンが、これから向かうデーモン城で、ネオの味方として立ち塞がるかもしれないのだ。
(そんな……それじゃあ、レイさんはそんな恐ろしい存在と一緒に、お兄さんのところへ……もしネオさんが本当に冷酷な魔王になってしまっていたら、レイさんは……!)
レイの身を案じ、ミコトの拳が小刻みに震え出す。
それを見たタイチは、ミコトの肩をポンと優しく叩いた。
「でもさ、ミコト」
「えっ……?」
ミコトが顔を上げると、そこにはいつもの、太陽のように明るく不敵なタイチの笑顔があった。
「どんなに相手が伝説の聖騎士だろうが、完全体のアルカディモンだろうが、俺たちは絶対に退かねえよ。ここで俺たちがビビって止まったら、お兄ちゃんを止めようとしているレイちゃんや送り出したお前の覚悟が無駄になっちまう」
「タイチさん……」
「そうだぜ、ミコト!」
ゼロ丸が大きな拳を胸に当て、獰猛に白い歯を剥き出して笑った。
「オメガモンがどれだけ強かろうが、ボクとタイチの『100%のコンビネーション』なら絶対に負けやしないさ! 伝説なんて、ボクたちが真正面からぶっ飛ばして書き換えてやるクエ!」
ゼロ丸の言葉に、隣にいたガーボやイガモンもハッとしたように顔を上げ、その瞳に闘志の火を灯す。
ミコトは深く息を吐き出し、自らの胸に渦巻いていた恐怖を消し去るように、強く、強く頷いた。
「……はい! すみません、少し気圧されてしまいました。でも、もう大丈夫です。タイチさん、ゼロ丸、マリさん……行きましょう! レイさんの想いを、ネオさんの野望を……私たちが、この手で受け止めるために!」
「おう! 全員、ゼロとギガドラモン、ロゼモンに遅れずついてきな!」
タイチの号令が荒野に響き渡る。
伝説の聖騎士オメガモンの脅威を胸に刻みながらも、彼らの絆は微塵も揺らがなかった。
ミコトたちを乗せたデジモンたちは、轟音と共に大空へと飛び立ち、邪悪な暗雲が渦巻くデーモン城へと真っ直ぐに突き進んでいった。
一方その頃、秀人のパートナーデジモンであるオメガモンでデーモン城に辿り着いたレイ。
「レイ、念の為聞くが、あいつらは何であんなにもあっさりとレイを引き渡した?それに本来は俺たち側のマリまで反対するなんて‥‥」
「それは‥‥」
レイは言えなかった。
ミコトに事情を話し、兄を止めると誓ったのだが、それを親しい友人の秀人とは言え、軽々しく口にはできなかった。
秀人も流石にそれで答えが返って来るとは思わなかったし、取り敢えず何よりも今はデジメンタルの回収に成功したのだから一応の仕事は果たせたと言える。
デジメンタルの持ち主がレイだったことだけは完全な偶然であり、予想外の事だった。
しかし、秀人にとってみれば嬉しい誤算であった。
「ここがデーモン城だ。IDカードがなければ入ることは出来ない」
秀人が五つのタグの代わりとなるIDカードを門柱にあるカードリーダーに通すと、重々しい扉が開く。
「こっちだ。足元に気を付けろよ」
「心配しないで、大丈夫だから」
そして中に入ってレイはピョンピョン跳ねる。
「見てみて、私ジャンプできるの!」
現実世界では、もう歩く事も飛び跳ねる事も出来ない筈なのだが、このデジタルワールドでは、レイは歩く事もジャンプする事も出来る。
しかし、秀人はレイのそんな行動を見ても何も言わずさっさと奥に行く。
レイも直ぐに気を取り直して、秀人の後を追う。
やがて、ネオの部屋に案内人のデビモンが入って来る。
「ネオ様、秀人様がお戻りになりました」
「ご苦労だったな、ヒデ‥‥っ!?」
窓の外を見ていたネオは振り向いた時、目の前に居るレイと視線が合う。
これには流石のネオも驚きを隠せない。
「レイ…お前こんな所で何しているんだ?それにその足…」
その顔も、言葉遣いも、それまで見せていた冷酷なものとはまるで違っていた。
「悪の天才テイマー」ではなく、「レイの兄」としての等身大なネオがそこにはいた。
レイはずっと見ていなかったその優しい兄の表情に、熱い思いがこみ上げてくる。
「お兄ちゃん…会いたかったよ~!!」
「俺はデジメンタルがあると言われている所で、レイを発見した」
「デジメンタル…?」
そう言われてレイを見ると、胸元にペンダントがあった。
「そうか…分かったぞ、それがデジメンタルか」
「見た所、レイは八神タイチたちと行動を共にしていた様だ」
「タイチたちと?」
「私、ここに来ればきっとお兄ちゃんに会えると思って‥‥ねぇ、お兄ちゃん、この世界を破壊しようとしているって本当なの?」
「タイチに聞いたのか?」
「お願い、こんなこともうやめて!この世界のデジモンたちは人間と共に笑ったり泣いたりしてコミュニケーションを取っているわ…どうしてそんな風にデジモンたちを倒せるの!?お願い、元のお兄ちゃんに戻って、一緒に元の世界に帰ろう‥‥」
だがそんなささやかなレイの願いですら今のネオには響かなかった。
ネオの瞳から徐々に「兄」の光が消え、冷徹なテイマーの色彩が戻っていく。
「レイ、きっとお前はこの世界に来て疲れているんだよ。少し、休んだらどうだ?」
「待って!!私の話を聞いて、お兄ちゃん!!秀人君、貴方からも何とか言って、お兄ちゃんを止めて!!」
「レイ…俺はただ無条件のこの世界を壊したいんじゃない」
「えっ?」
「俺はこの世界を再建したいのさ、新世界‥ネオ・ワールドとしてな」
兄からのその言葉を聞き信じられないと言った表情になるレイ。
「何を考えているのよ!?こんなの間違っている‥‥二人ともどうしちゃったのよ!?あの楽しい頃に戻ってよ!!」
「レイを連れて行け‥‥」
「かしこまりました」
デビモンは抵抗するレイを抱え上げると、部屋の奥へと連れ去っていった。
「待ってよ、お兄ちゃん!!やめて!!」
妹の悲鳴が遠ざかるのを冷たい目で見送った後、秀人はネオに問いかけた。
「おいネオ、本当にこんな計画を続けるつもりなのか?」
「勿論だ。レイの足は現実世界では治ったわけじゃない‥‥こっちの世界に来た時のデータのイレギュラーにすぎん」
ネオは秀人を振り返り、その瞳に狂気とも言える確信の光を宿した。
彼の予測では本来下半身不随のレイがこのデジタルワールドで事故前の様に歩けるのはレイがこのデジタルワールドに来た際、彼女の身体がデータ変換された際にバグが起きた事で下半身不随の部分が欠如した事で本来歩けない筈のレイが歩けているイレギュラーであると推測する。
「そもそも、この世界にあいつが来たこと自体がある種のイレギュラーなんだ。俺がこのデジタルワールドを征服し、全世界をデータ化すれば‥‥デジタルは万能だ。もし、俺がデータ化された世界‥‥ネオ・ワールドの管理者になれば‥‥あらゆることが可能となる人間も、病気も、障害も、死さえもすべてを完璧に書き換えることができる‥‥もちろん、あの頃を作り直すこともな!!」
「楽しかった‥‥あの頃に‥‥」
「そうだ‥‥その為にもお前にはあのバグテイマー共を始末してくれ‥オメガモンだったらあの二人がかかって出てきたところで所詮は完全体だ‥‥オメガモンには絶対に敵わん」
「そうか…わかった…」
ネオの計画に込められたあまりにも重い執念に、流石の秀人も背筋に冷や汗が流れるのを禁じ得なかった。
デーモン城の薄暗い通路を、秀人は一人で歩いていた。
壁に灯る松明の炎が揺れるたび、彼の脳裏に一年前の眩しい記憶が鮮明に蘇る。
当時、秀人は中学一年生であった。
「彩羽ネオ?誰だ?そいつ?」
朝、彼が学校に登校した時、クラスメイトから転校生の存在について聞かされた。
「なんでも、昨日隣のクラスに転校してきた奴なんだってさ」
「へぇ~‥‥」
この時、秀人は隣のクラスの転入生の事なんて全然興味はなかった。
彼の興味はただ一つ、デジモンだけであった。
しかし、その日の昼休み、秀人はある生徒から話しかけられた。
「お前が藤本秀人か?お前がこの学校で最強のデジモンテイマーだと聞いたぞ」
「ん?それがどうした?‥って言うか見ない顔だな」
「昨日、転校してきた彩羽ネオだ。お前にバトルを申し込む」
(こいつが例の隣のクラスの転校生か‥‥)
当時、秀人はこの中学校の中でも最強のテイマーとして君臨していた。
そんな自分に挑むなんて身の程知らずな奴もいたものだと思った秀人は、
「いいぜ、受けて立つ」
そのバトルの挑戦を受けた。
結果は‥‥
「うわ!!ヒデのモンスターが負けたぞ!」
「信じられねぇ!ヒデはこの地区では最強のテイマーなのに!!」
「そ、そんな‥俺のオーグとメルーガが負けるなんて‥‥」
「ふっ、そんな弱いモンスターは消去を勧めるよ」
「‥‥」
ネオは秀人に冷たく言い残して去っていった。
愕然とした秀人は、どうしてもネオの強さの秘密を知りたくて、放課後に彼の後をつけた。
辿り着いたのは、度肝を抜かれるほどの豪邸だった。
「これがあいつの家なのか?す、凄い豪邸だ…いやいや、俺はただあいつの強さの秘訣が知りたかっただけだ、別に何か深い考えがあるわけじゃあ‥‥」
ネオの家のスケールのデカさにたじろぐが、自分を奮い立たせる秀人。
しかし、彩羽邸のチャイムを鳴らすことなく、ネオの家の前をウロウロしていると、
「あの‥ウチに何か用ですか?」
すると目の前にある女の子と鉢合わせになる。
「え?あ、あの‥‥」
突然見慣れぬ女子に話しかけられ、秀人はオロオロとするが、彼女は秀人の姿を見て一人納得した様子で、
「ああ、分かった。お兄ちゃんの友達でしょう!?」
「えっ?君、彩羽の妹?」
秀人をネオの友達認定していた。
「さっ、どうぞ、どうぞ」
「えっ?ちょっと‥‥」
ネオの妹は秀人の手を引いて、彩羽邸の中に彼を案内する。
「あっ、私、彩羽レイっていいます」
「お、俺は藤本秀人」
互いに自己紹介をした後、レイは秀人を兄の部屋へと案内する。
「お兄ちゃん、お友達よ~」
「友達?」
レイの言葉にネオは怪訝な顔を浮かべる。
転校したばかりの自分は友人を作った覚えはない。
部屋に入って来たのは昼休みにデジモン勝負でボコした同級生がぎこちない挨拶をして入って来た。
「や、やあ‥‥!」
「なんだ?お前か?それで何の用だ?俺の強さの秘訣でも知りに来たか?」
「あ、あははは…」 ←図星
(ねぇ、お兄ちゃん、こうして友達が来てくれたのって初めてじゃない?)
レイは小声でネオに話しかける。
「バカ言うな、こいつはデジモンテイマー、つまりライバルだ。まあ、あいつだったらきっといいライバルになるだろうな」
その日から、三人の騒がしくも温かい日常が始まった。
彩羽邸でお茶を飲みながら、ネオは秀人にデジモン育成の高度なコツを教え、ゲームをしたり、時には一緒に勉強をして、休日には三人でショッピングにも出かけた。
「最近お兄ちゃんすっごく生き生きとしているの。きっとテイマーの友達が居るからだわ」
「まあ確かにネオは凄く強いテイマーなんだけどね。俺、未だに勝てたことないんだよね……なぁネオ、俺がお前に勝てない理由って何なんだ?」
彼は自分がネオに勝てない理由を尋ねる。
「そりゃお前がそんなモンスター使っているからだろう。俺だったらそんな奴ら、とっくの昔に消しているぜ」
「でも、それが秀人君のいいところじゃない」
「やれやれ」
「秀人君の怪獣はどんなやつなの?」
「デジモンだってば」
「こんなやつだよ」
ネオのツッコミに笑いながら、秀人はノートに自分が育てているデジモンの絵を描いて見せた。
「‥‥ヒデ、お前絵が超へたくそだな」
「そうか?」
秀人は自分が描いた絵は自信満々で上手いと思ったのだが、彩羽兄妹は秀人の絵心の無さを知った。
三人の騒がしくも楽しい日々‥‥こんな日常がいつまでも続くモノと思われていた。
ある日の夜、ついに秀人のデジモンはオメガモンに進化することが出来た。
「進化した‥‥オメガモンならネオに勝てる」
嬉しさに胸を躍らせた秀人は、翌朝の登校時、前方を歩く彩羽兄妹を見つけて大声で呼びかけた。
「おーい!!ネオー!!」
「あっ、おはよう、秀人君」
レイが満面の笑みで振り返る。
二人はちょうど横断歩道を渡り終えるところだった。
「見てくれ!!俺のデジモン、究極体のオメガモンに進化したんだ!!」
「本当!? すごいっ!」
弾けたような笑顔を浮かべたレイは、秀人に駆け寄ろうと、弾むようにして手を振りながら道路中央へと一歩を踏み出してしまった。
その瞬間、猛スピードで交差点に突っ込んでくるトラックの影が見えた。
トラックは完全に信号を無視していた。
「レイ!!戻れ!!」
「えっ?」
ネオが悲鳴のような声を上げる。
レイがトラックの轟音に気づいた時には、もう遅かった。
「「レイ―‐!!」」
ネオと秀人の絶叫と急ブレーキをかける音‥‥
そして、ガシャン!という轟音が朝の通学路に響き渡った。
病院へ搬送されたレイは、奇跡的に一命は取り留めた。
しかし、医師から告げられた宣告は残酷なものだった。
下半身不随‥‥
レイの脚はもう二度と動くことが出来なくなった。
「かわいそうに治る見込みはほとんどないそうよ‥‥」
「まさか信号無視のトラックに轢かれるなんて‥‥」
「レイ‥‥ごめん‥‥」
「ううん、秀人くんのせいじゃないよ。私の運が悪かっただけ‥‥」
病室のベッドで両足に包帯とギブスを着けて横たわる小さなレイを前に、秀人は底なしの罪悪感に押しつぶされそうだった。
「‥‥ネオ」
秀人は罪悪感いっぱいだった。
(俺があの時、声をかけなければ……! 俺が呼び止めたりしなければ、レイはトラックに轢かれることも、下半身不随になることもなかったんだ……!)
「‥‥」
ネオは物凄い形相で、一言も発さずにただ黙っていた。
あの時、思いっきり自分に罵倒を浴びせてくれればよかった。
自分を思いっきり殴ってくれれば、どれだけ救われたか分からない。
しかし、ネオは秀人を攻めなかった。
ネオ自身、目の前で妹が傷つくのをただ見ているしかできなかった自分自身を、激しく呪うかのように‥‥
トラックの運転手は警察に捕まったが、それでレイの足が動くわけではない。
そして、この日からネオの中で、何かが決定的に壊れてしまった。
過去を振り返り、秀人はデーモン城の冷たい廊下で立ち止まった。
その手元には、二体のパートナーデジモン‥‥究極体のウォーグレイモン(オーグ)とメタルガルルモン(メルーガ)のデータが眠るデジヴァイスがある。
すべては自分の罪だ。
自分が奪ってしまったレイの自由、そして壊してしまったネオの心。
ネオが、現実では不可能な「レイの救済」をデータの世界に求め、暴走しているのだとすれば、それを止める権利が自分にあるだろうか?
たとえ全世界を敵に回そうとも、ネオの狂気にどこまでも付き合うことだけが、自分の背負った十字架であり彩羽兄妹への贖罪なのだ。
しかし、秀人の胸の奥底で、小さな、しかし無視できない葛藤の火が燻っていた。
(本当に……本当にこれでいいのか……?)
(ネオの世界書き換えで、すべてがデータになれば本当に救われるのか?)
( ……いや、レイが命をかけてここへ来て、涙ながらに望んだのは……こんな血に染まった世界なのか?)
押し寄せる迷いを振り払うように、秀人は厳しく頭を振った。
今更引き返せる道など、どこにも残されていない。
「いくぞ、オーグ、メルーガ!! 出撃だ!! ‥‥ジョグレス!!」
デジヴァイスから溢れ出た凄まじい光の奔流の中で、二体の究極体が交わり、混ざり合っていく。
光の渦の中心から現れたのは、絶対的な神聖さと威圧感を放つ白銀の聖騎士。
哀しき罪の意識と、揺らぐ決意をその背に背負い、最強の聖騎士・オメガモンが、迫り来るタイチたちを迎え撃つべく、静かにデーモン城の最前線へと出撃する。