魔王デーモンの野望を打ち砕くため、敵の本拠地「デーモン城」を目指すタイチとミコト。
二人の前に立ち塞がったのは、かつてデジモンを通じて心を通わせた親友であり、エイリアスⅢ最後の刺客・藤本秀人だった。
天才テイマー・彩羽ネオが目論むのは、妹のレイが事故で歩けなくなった現実を根底から作り直す新世界「ネオ・ワールド」の創世。
兄の説得に向かったレイであったが冷酷な兄によって幽閉される中、秀人はレイに対する深い罪悪感から悪魔に魂を売り、究極の聖騎士「オメガモン」と共にタイチたちの抹殺を図る。
完全体の領域を遥かに凌駕するオメガモンの圧倒的な力を前に、防戦一方となるゼロ丸とギガドラモン。
しかし、タイチとミコトの決して折れない心、そして間違った道を進む秀人を憂うオメガモンの「僅かな迷い」を突いた決死の連携攻撃が、ついに最強の聖騎士を打ち倒す。
戦闘後、命令を拒否してまで自分を正そうとするパートナーデジモンたちの無償の愛に触れ、秀人は心の奥底に封じ込めていた涙と共に呪縛から解き放たれた。
真のテイマーとしての誇りを取り戻した秀人はタイチたちと和解し、親友・ネオの暴走を止めることを誓う。
かつての最強の敵を最も頼もしい仲間に加え、タイチたちは哀しき魔王が待つデーモン城の深部へと、最後の決戦の歩みを進めるのだった――!
デーモン城の郊外でオメガモンとの戦闘が終わった頃、デーモン城では、ネオが手の中でキラリと光るデジメンタルを見つめながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「ふむ、戦いは終わったようだな‥‥」
(ヒデが勝ったにせよ、負けたにせよ、これで目的は果たした‥‥あとは‥‥)
ネオにとって秀人とタイチたちの勝敗の結果については既にどちらでもよかった。
彼が手中のデジメンタルを見つめていると、デビモンが入って来た。
「ネオ様、デーモン様が玉座の間でお呼びです」
「ふっ、良いタイミングだ‥‥」
ネオは早速、デーモンの待つ玉座の間へと向かった。
アルカディモンの誕生・育成からかなりの時間が経っていた。
タイチたちにとっては悪夢であるが、アルカディモンの育成は順調に進んでいた。
同じ頃、デーモン城のあるプライベートルームでは、レイが何とか脱出しようとしていた。
「うーん‥‥うーん‥‥」
何度も扉をこじ開けようとしても扉はビクともしない。
窓も開かず、天井にある通気口もジャンプで届く位置にはない。
いつまでも此処にいる訳にはいかない。
(どうにかしてお兄ちゃんを止めなきゃ‥‥)
どうしたものかと迷っていた。
するとその通気口から何者かの声が聞こえて来る。
「きっとこの部屋よ!」
「本当なの?って、押しちゃダメだって…!!」
何事かと天井を見張っていると、その通気口から何者かが蓋ごと落ちて来た。
「きゃー!!」
天井からの訪問者は自分の方を凝視している。
「だ、誰?」
目を凝らしてみると二匹の小さい小悪魔型デジモンが居た。
「ちょっと…落ちちゃったじゃないのよ!!早くどきなさいよ!!」
「ご、ごめん姉ちゃん‥‥」
二体の内、一匹の鼻水たらしている方がきょろきょろと見まわす。
「あれ?ここネオの部屋じゃないみたいだよ」
「何ですって!?あんた部屋間違えちゃったわけ!?」
「で、でもこの部屋だって言ったの姉ちゃんじゃん!!」
「あんた人のせいにする気!?」
「あ、あの‥‥」
姉弟喧嘩を始める二体のデジモンたち‥‥
そんなデジモンたちに向かって、レイは恐る恐る声をかける。
「「はっ!?」」
レイの声を聞き、彼女の存在に気づくと二体のデジモンたちは喧嘩を止めて一斉にレイの方へ振り向く。
「あ、あなたたち…一体‥‥」
「ふっ‥‥あたしたちはね‥‥」
姉のデジモンが名乗ろうとした時、
「あ――――っ!!」
弟が声を上げる。
「な、なに?」
弟のデジモンの行動に戸惑うレイ。
すると、弟のデジモンはレイに色紙を出した。
「あなたのサイン下さい!」
弟のデジモンの行動に思わずレイはずっこけてしまった。
「ちょっとプル、あんた!!ネオのサインが欲しかったんじゃないの!?」
「だって、この人はネオの妹さんだよ。ネオの妹の彩羽レイさんですよね?」
「ええ、そうだけど…どうしてあたしの名前知っているの?」
「実はコイツ、ネオの大ファンなのよ」
「えっ?お兄ちゃんの‥‥?」
「あたしはパル。こいつは弟のプル。そんで、此奴がどうしてもネオのサインが欲しいって言うからこうして直接部屋に行こうとしていたわけ」
「だってネオってクールで、ダークで怖くて強くてかっこいいんだもん」
「どーせ、サイン求めても色紙引き裂かれるのが落ちよ」
「いいの!!それでも嬉しいから!!」
「プロレスファンがレスラーに技をかけられて喜ぶのと同じね」
「‥‥」
「ったく、どこがいいのかしら?あんなデーモンの使いっパシリの‥‥」
「デーモン‥‥」
「そう、デーモン様はこの城の主よ。悪いけど、あんたの兄さん、デーモンの部下でしかないわ」
パルの話を聞いて複雑な表情のレイ。
「姉ちゃん…サイン…」
「分かったわよ、ネオの部屋に行くわよ!」
「ま、待って!!私も連れて行って!!」
「えっ?」
「お兄ちゃんが何を考えているのか聞きたいの!!だから…!」
(ふむ、彼女なかなか使えそうね。最悪の場合……レイを交渉材料にしてネオのサインを……!)
レイの頼みを聞き、パルはネオのサインゲットの為の悪知恵を頭の中で組み立てる。
「あのね、姉ちゃんね、何か企んでいるときはああやって尻尾を振るんだよ」
「余計なこと言わなくていいのよ!!このバカチンが!!」
「あいて!!」
「いいわ、ついておいで!!そのかわりあんたは下っ端!!あたしたちに逆らったら承知しないわよ!!」
「うん、分かった」
するとプルがレイの前でお辞儀した。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「こら、プル!!下っ端にいきなり頭を下げるな!!」
パルは弟の行動に対してツッコミを入れる。
こうして意外な協力者を得たレイは、この部屋からの脱出を図った。
一方、デーモン城の玉座の間では、ネオによるアルカディモンの育成についての報告が行われていた。
「それで、アルカディモンの育成はどうなっている。ホーリーエンジェル城では随分と好き放題暴れたらしいな」
ホーリーエンジェル城への侵攻では、デーモン城に無事帰還したのはアルカディモンとネオが乗っていたグリフォモンのみ‥‥
数多くのデーモン軍のデジモンたちが未帰還となるか逃亡してしまった。
これはデーモン軍にとって手痛い損失であった。
「すべては計画通りに進んでいるよ」
しかし、ネオはその損失さえも気にする様子はなく、デーモンに報告する。
「よかろう‥‥力を尽くすがいい‥‥お前の存在意義はアルカディモンの育成になるのだからな。そして全ては我が野望‥‥デジタルワールド制圧と人間界侵攻のため‥‥」
「フフフフ‥‥ハーッハッハッハ!!」
デーモンの野望を聞き、突如笑うネオ。
「何が可笑しい?」
「お前の野望のために俺が居るだと?俺は俺のために此処にいる。たかがデジモンの分際で笑わせるな」
「なんだと!?口の利き方には気をつけろよ!!小僧!!もう一度言ってみるがいい!!」
「何度でも言ってやるよ。あんたはただのデジタルモンスターだってな。それ以上でも…それ以下でもない!!」
ネオはそう言って凶悪な笑みを向ける。
彼の発言を聞き、デーモンはこれ以上ないほどに怒っていた。
「つけあがるなよ!!小僧!!」
デーモンはネオに飛び掛かろうとするが、そんなデーモンの前にアルカディモンが立ち塞がった。
一方、その頃レイが隔離されている部屋では、プルがレイを必死に天井の通気口に運ぼうとしていた。
「んしょ、んしょ」
「ほら、しっかり運びなさい!!」
するとレイは通気口に差し掛かったところで足をジタバタし始めた。姉がレイの足を叩く。
「あんたも足をジタバタさせないの!!は、ご、ごめんなさい!ちょっと強くたたいちゃったかしら…?」
「え?」
「あれ?あんた足に何の痛みもないの?」
「私、感覚無いから‥‥足‥‥」
「「えっ?」」
「人間界に居た時に事故に遭って‥‥この世界に来たら動くようになっていたんだけど、やっぱり感覚は戻っていないの‥‥」
「事故!?誰かにやられたんだね!?なんてひどい奴だ!!」
「パル姉、今叩いていたよね?思いっきり‥‥」
「事故だったんだよ‥‥アクシデント‥‥私の不注意だったからいけなかったの‥‥それなのに私の兄も友人も気に病んじゃって‥‥」
プチマモン姉弟は人間界で起きたレイの事故の話を唖然とした表情で聞いていた。
その頃、デーモン城の郊外では、タイチたちはリミッターを解除して無理して戦ったゼロ丸を治療ボックスに入れて治療を行っていた。
ギガドラモンは両腕の負傷で、ロゼモンも比較的に症状としては軽かった。
タイチたちは改めて秀人からレイの身に遭った事故に関する詳細を聞いていた。
「事故だったとはいえ、あの時、俺が声をかけなかったら‥‥そう思うと辛くてしかたなかった‥‥だからきっと‥‥俺は罪悪感から逃れたくて‥‥『デジタルワールドならあの頃の時間を取り戻せる』‥‥って言葉を信じてネオの囁きに負けてしまったんだ‥‥」
「……そうだったのか」
秀人の告白を聞き終え、タイチは沈痛な面持ちで呟いた。
事故の真相、そしてこの一年間、秀人が背負い続けてきた地獄のような罪悪感の重さは、タイチの想像を絶するものだった。
「謝って済むことじゃない。でも、俺は……」
秀人は拳を強く握り締め、震える声で言葉を継いだ。
「俺はもう、過去を振り返って立ち止まるのはやめる。レイが、車椅子の現実に負けずに前を向こうとしていたのに、俺やネオが彼女の心を置き去りにして暴走していたんだ……俺は、今のネオを『親友』だった頃のネオに戻したい。今度こそ、逃げずにあいつと向き合いたいんだ」
秀人の瞳には、先ほどまでの迷いや悲壮感はなく、確固たる決意の光が宿っていた。
彼はその場から立ち上がり、その視線を郊外にそびえ立つデーモン城へと向けた。
「俺はデーモン城へ行く。そして、ネオを説得してみる」
その言葉に、治療ボックスの横でギガドラモンの応急処置をしていたミコトが、不安げに顔を上げた。
「秀人さん……でも、妹のレイさんでさえ、お兄さんの説得には失敗して隔離されてしまったんですよ? 今のネオさんは、デーモンさえも利用しようとする狂気に取り憑かれています。友人の秀人さんが行ったとしても、聞き入れてくれるとは……」
タイチもミコトの言葉に頷き、厳しい表情で秀人を見つめた。
「ああ、ミコトの言う通りだ。あいつはもう、俺たちが知っている『天才テイマーのネオ』じゃねぇ。自分の妹を幽閉し、全世界をデータ化しようとするイカれた独裁者だぜ。友人のお前の言葉が通じる相手じゃねぇかもしれない」
タイチたちの忠告はもっともだった。
しかし、秀人の決意は揺らがなかった。
彼は自らのデジヴァイス01を握りしめ、静かに、しかし力強く言い放った。
「分かっている。言葉だけで済むとは思っていない。だが、今の俺にはオメガモンがいる。完全体のアルカディモンがどれほど強かろうが、究極体同士のジョグレス体であるオメガモンなら倒せるはずだ。……アルカディモンを斃すことが、ネオを傷つけることになるのは分かっている。それでも……あいつを止めるためなら、俺はもう逃げない」
悲しい決意ではあったが、それが秀人の導き出した「責任」の取り方だった。
秀人は歩き出す直前、ふと足を止め、タイチを振り返った。
「それと、タイチ」
「ん?」
「お前のパートナーデジモンのことだが……さっきの『ドラゴンインパルス』、あれは無闇に連発するな」
秀人の突然の忠告に、タイチは目を丸くした。
「えっ……? 何でだよ、あれがなきゃオメガモンには勝てなかったぜ?」
「データを見て確信した。あの技は、ゼロ丸自身の生命エネルギーを爆発的に燃焼させて放つ、命の前借りだ。古代種特有の進化エネルギーを限界まで引き出す技ゆえに、連続して使えば、命そのもの……寿命を削ることになる諸刃の剣だ」
「寿命を……!?」
タイチは衝撃の事実に息を呑んだ。
治療ボックスの中で眠るゼロ丸を見つめ、胸が締め付けられるような思いに駆られる。
「ネオはアルカディモンの育成のために、他のデジモンの命をデータとして喰らわせている。だが、俺は……俺はもう、パートナーが傷つく姿は見たくないんだ。タイチ、お前だってそうだろう?」
「……ああ。分かったよ、秀人。忠告、ありがとな」
タイチは複雑な表情ながらも、秀人の言葉を重く受け止めた。
秀人は一度深く頷くと、オメガモンを伴い、デーモン城へと向かって力強く歩み始めた。
かつての最強の敵が、今は最も頼もしい仲間として、ネオのもとへ向かう。
タイチたちは、その背中を複雑な思いで見送るしかなかった。
その頃、デーモン城の玉座の間では、誰も想像し得なかった最悪の事態が、静かに、しかし確実に進行していた。
「口の利き方には気をつけろよ!!小僧!!もう一度言ってみるがいい!!」
デーモンの怒号が、巨大な広間に残響する。
魔王としてのプライドを粉々に砕かれたデーモンの全身から、どす黒い殺気が膨れ上がる。
「何度でも言ってやるよ。あんたはただのデジタルモンスターだってな。俺の新世界(ネオ・ワールド)創世の、単なる礎に過ぎない」
ネオはデーモンの殺気を真正面から受けながら、冷酷な薄笑いを浮かべたままだ。
その傍らに控える完全体アルカディモンが、主への敵意を察知し、不気味な唸り声を上げる。
「つけあがるなよ!!小僧!!『ダークプロミネンス』!!」
デーモンは限界に達した怒りとともに、超高熱の暗黒炎をネオに向けて放った。
究極体のデジモンでさえ、一撃で滅ぼせる究極の技‥‥
しかし、ネオは微動だにしなかった。
「……ッ!?」
デーモンは目を疑った。
放たれた暗黒炎は、ネオに届く直前、アルカディモンが突き出した前肢によって、まるで霧を晴らすかのように霧散させられたのだ。
アルカディモンの能力『ドットマトリックス』‥あらゆるデータを分解・吸収するその固有技は、魔王の必殺技さえも「餌」に過ぎなかった。
「無駄だ。アルカディモンは既に、お前の力を凌駕しつつある」
ネオの冷ややかな声が、デーモンの戦慄を呼ぶ。
「ば、馬鹿な……!?ワシは魔王デーモンだぞ……!? たかが完全体のモンスターごときに……!!」
「完全体のモンスターか……ホーリーエンジェモンにも言ったことだが、アルカディモンをそんじょそこらのモンスターと一緒にするな」
ネオが不敵に嗤うと同時に、アルカディモンの姿が掻き消えた。
次の瞬間、デーモンの背後に現れたアルカディモンの鋭利な触手が、魔王の強靭な肉体を無数に貫いていた。
「ぐ、あああああああッ!!?」
デーモンの口から、血の代わりにデータ片が吐き出される。
「貴様……何を……ワシのデータを……吸収して……!?」
「言っただろう? 俺が創る新世界の礎になれって。アルカディモンは既に、究極体へ進化できるだけのデータを蓄えていた。だが、最後の一押しとなる、膨大で高密度なデータが必要だったんだ。デーモン、お前のデータ……アルカディモンの究極体への進化の『最後の材料』として、ありがたく使わせてもらうよ」
ネオの無慈悲な宣告とともに、アルカディモンの触手を通じて、デーモンの膨大なデータが、凄まじい濁流となってアルカディモンへと流れ込む。
「お、の、れ……人間……風情……がぁぁぁぁぁぁッ!!!」
魔王デーモンの怨嗟の声は、アルカディモンの体内に吸い込まれ、霧散した。
主を失った玉座の間‥‥そこに、異様な高エネルギー反応が渦巻く。
デーモンを吸収したアルカディモンの全身が、眩い進化の光に包まれた。
完全体の殻が内側から弾け飛び、より凶悪に、より洗練された姿へと変貌していく。
デーモンの膨大なデータを吸収したことで、アルカディモンの身体には本来存在しなかった悪魔的なデータ構造まで組み込まれていた。
外皮はより強固な漆黒の鎧となり、背中からは悪魔のような巨大な翼が展開する。
その顔面は仮面に覆われ、唯一覗く瞳には、全データを無に帰す冷徹な光が宿っていた。
アルカディモン、究極体。
タイチたちが恐れていた、最凶のデジモンの「完成」だった。
進化の光が収まった広間で、ネオは新たな力を得たパートナーを見上げ、狂気に満ちた高笑いを上げた。
「ハハハハハ……!! 素晴らしい……! これでデーモンも、この城も、すべて俺のものだ! さあ、いよいよ新世界の幕開けだ……!!」
天才テイマーの狂気が、デジタルワールドを真の地獄へと叩き落とそうとしていた。
その頃、秀人はまだ、自らの親友が超えてはならない一線を越えたことに気づかぬまま、オメガモンと共に城へと急いでいた――。
デーモン城に着いた秀人は、まさか城の主であるデーモンがアルカディモンに吸収された事を知らずにネオの部屋に向かっていた。
すると途中でシグマに話しかけられた。
「秀人…」
「シグマか。どうした?」
「これからネオの部屋に行くのだろう?マリから話は聞いている」
「ああ、ネオに戦いをやめるようにな。こんな戦いは間違っている」
「秀人、僕も行く。ピエモンをやられた身として黙っていられないからな」
「そうか…分かった」
そうして二人は静かにネオの部屋に入った。
言葉を交わさずともネオには分かっていた。
薄暗い部屋の奥で、ネオは手元のデジメンタルを弄びながら、静かに侵入者たちを迎え入れた。
「秀人‥‥お前、タイチたちに負けたようだな」
振り返りもせず、ネオは冷淡な声で言い放つ。
その背中に向かって、秀人は一歩踏み出した。
「ああ、お前の言う通り、俺はタイチたちに負けたよ……だが、負けたおかげで、俺はずっと見失っていた大切なものを取り戻すことが出来た。だからここへ来たんだ」
「……」
「頼む、ネオ。もうこんな戦いはやめよう。デジタルワールドを滅ぼして新しい世界を創るなんて、そんな狂った方法でレイちゃんが喜ぶわけがない!過去から逃げるんじゃなく、俺たちで一緒に未来へ進むんだ!」
秀人の必死の説得が部屋に響く。
シグマもまた、黙ってネオを見据えていた。
しかし、ネオの肩が微かに揺れ、やがてそれは抑えきれない冷笑へと変わった。
「くっ……フフフ……アハハハハハ!」
「ネオ……!?」
「未来へ進む? くだらないな。お前たちのような凡人には、この『ネオ・ワールド』創世という偉業の真意が永遠に理解できないらしい」
ネオは振り返り、その手の中で妖しく光るデジメンタルを秀人たちに見せつけた。
「いい機会だ、教えてやろう。俺がなぜお前たちを現実世界からこのデジタルワールドへ呼んだのか、その本当の理由をな‥‥」
「本当の理由……?」
「俺は人間界にいた時から、既にこのデジメンタルの存在に気づき、密かにデータを集めて構築しようとしていた。そんな時だ、デーモンから『アルカディモンの育成テイマー』としてこの世界へ喚ばれたのは。だが、アルカディモンは強大すぎるが故に、制御が極めて困難なバグのような存在だ。完全に制御下に置くためには、このデジメンタルという『制御装置』が必要だった」
ネオの口から語られる真実‥それは、秀人たちの想像を絶する冷酷な計画の全貌だった。
「俺は人間界のパソコンに置いてあったデジメンタルを、この世界へ転送した……だが、デジメンタルの器だけがあっても、それを起動するためのエネルギーが空だったんだよ。そこで、デジメンタルを満たすための強大な『戦闘エネルギー』が必要になった」
そこまで語ると、ネオは蔑むような目を秀人とシグマに向けた。
「お前たちが戦った回数、放った技の威力、受けたダメージ……そして何より、テイマーとしての感情の昂ぶり。俺はすべて記録し、分析していた」
「なっ……!?」
「テイマーの想いを受けたパートナーデジモン同士がぶつかり合うエネルギー……だから俺はお前たちエイリアスⅢを呼び出し、タイチたちのパートナーデジモンとお前たちを戦わせた。お前たちの無様な戦いはすべて、このデジメンタルを満たすための単なる実験、充電作業に過ぎなかったのさ」
「僕たちが……ただの道具として利用されていたとでも言うのか……!?」
シグマが仮面の奥で絶句し、秀人の顔色が変わる。
「ご苦労だったな、秀人、シグマ。お前たちがタイチたちと必死に殺し合ってくれたおかげで、デジメンタルのエネルギーは完全に満たされた。これでアルカディモンを完全に俺の支配下に置くことができる。ここに居ないマリもそうだが、お前たちはもう用済みだ。何処へなりとも消えろ」
まるでゴミでも見るかのようなネオの視線。
秀人はギリッと奥歯を噛み締めた。
かつてデジモンを通じて笑い合った親友は、もう目の前にはいない。
「……なら、レイはどうなんだよ!?」
秀人は怒りで声を震わせながら叫んだ。
「お前はレイのためにこの世界を創るって言ったじゃないか!? なのに、どうして彼女を、あんな危険なデジモンがうごめく世界にたった一人で放り込んだんだ!!」
「……あれは、俺でも予想外のイレギュラーだ」
「イレギュラーだと!?」
「俺が部屋のパソコンからデジメンタルを転送した時、偶然レイが画面を見ていたんだ。本来なら、新世界が完成した後に迎え入れる予定だった。デジメンタルと共に巻き込まれたのは、全くの予定外だったというだけのことだ」
悪びれる様子もなく、淡々と事実だけを述べるネオ。
その言葉に、秀人の堪忍袋の緒が切れた。
「予定外……? 実の妹が見知らぬ恐ろしい世界にたった一人で飛ばされて、どれだけ心細くて、どれだけ泣いたか……お前には分からないのか!?」
「……」
「答えろ、ネオ! お前は本当に、レイを大切に思っているのか!?」
秀人の魂をぶつけるような問いかけ。
しかし、ネオは面倒くさそうに視線を逸らし、冷たく言い放った。
「すべては新世界の創造ためだ。世界が書き換われば、そんな些末な過去の恐怖など、何の意味も持たなくなる。それに……デジメンタルは完成したが、アルカディモンを超究極体へ至らせるためには、まず奴自身が『究極体』として完成していなければならなかった」
「なんだと……?」
「そのための最後の『進化の材料』として……先ほど、デーモンを喰わせた」
「デーモンを……喰わせただと!?」
「ふざけるな……ふざけるなッ!!」
妹の恐怖を切り捨て、さらには魔王すらも単なる進化の餌として利用する狂気。
秀人の怒りは頂点に達した。
もはや言葉は届かない。
彼を止めるには、力ずくでその野望を打ち砕くしかない。
「お前はもう、俺の親友でもレイの兄でもない……ただの冷血な悪魔だ!!やれ、オメガモン!!」
秀人のデジヴァイス01が激しい光を放ち、部屋の空間を切り裂くように究極の聖騎士・オメガモンが顕現する。
「ガルルキャノン!!」
圧倒的な冷気の砲弾が、ネオ目掛けて放たれる。
しかし――。
「悪魔‥か‥ならば……その悪魔の真の力を見せてやろう。出ろ、アルカディモン!!」
ドズォォォォォォォォンッ!!!
ガルルキャノンの直撃を、ぬっと暗闇から現れた漆黒の影がまるで羽虫でも払うかのように片手で弾き飛ばした。
部屋の空気が一瞬にして凍りつき、圧倒的な絶望感が秀人とシグマを押し潰す。
「な、なんだ……このデタラメなプレッシャーは……!」
シグマが後退る。
そこに立っていたのは、タイチたちから報告を受けていた不気味な姿(完全体)ではなかった。
デーモンの悪魔的データを取り込み、より強固な漆黒の鎧を纏い、巨大な翼を広げた洗練された破壊の化身。
「ま、まさかっ!?……ウソだろ……?」
秀人の戦慄の表情を見て、ネオは極上のエンターテインメントを楽しむかのように歪んだ笑みを深めた。
「アルカディモンは完全体の領域はとうに超えている……味わうがいい、究極体・アルカディモンの力をな!!」
秀人は眼前の究極体に進化したアルカディモンを見て、顔を歪ませる。
一方こちらは、タイチたちはゼロ丸以外のデジモンたちの治療を終えて、あとはゼロ丸が回復するのを待っていた。
すると、遠くから凄まじい爆発音が聞こえ、閃光が見えた。
「今の爆発は!?」
遠くから望遠鏡で見たイガモンが報告する。
「ふむ、どうやらデーモン城の方角でござるな‥‥」
「デーモン城での爆発‥‥タイチさん、この爆発はまさか‥‥」
「ああ、オメガモンだろう」
「‥‥それじゃあ、やっぱり」
「秀人もネオの説得には失敗したみたいだな‥‥」
予想していた事とは言え、やはりネオは友人の言葉にも耳を貸さなかったみたいだ。
するとマリのデジヴァイス01が反応した。
「シグマからメールだわ!!」
「シグマは何て?」
「ええっと、ちょっと待ってね…はあ!?」
マリはシグマのメール内容を見て思わず声を上げる。
「えっ?どうしたんすかマリさん?」
「これ見てよ」
マリはタイチたちにシグマのメール内容を見せる。
そこに書かれたメールの内容は、
『秀人の説得は失敗に終わった。ネオは最初からデジメンタルの力を補充するためだけに僕たちをこの世界に呼んだらしい。さらに、アルカディモンはデーモンを吸収して既に究極体に進化してしまった。今はオメガモンが応戦している』
と、書かれていた。
「アルカディモンが究極体に進化!?」
「なんてこった‥‥」
タイチたちは顔面蒼白となる。
秀人の説得に失敗したことが絶望的だったのではなく、アルカディモンが究極体に進化してしまったことが絶望的である。
このままデジメンタルで超究極体に進化されてしまったら…不味いことになる。
タイチたちは急激に進行していた事態にどうしようかと議論する。
「ネオの奴、まさかこの短時間でアルカディモンを此処まで‥‥」
「タイチさん。完全体ならまだしも究極体になったアルカディモン相手じゃあ‥‥」
「まだゼロ丸は回復しきれていないけど、私のロゼモンは大丈夫よ。私とロゼモンがデーモン城に行って、オメガモンを助けに行くわ」
「‥‥よし、ならこうしよう。ミコトとギガドラモンはホーリーエンジェル城に行ってホーリーエンジェモンたちにこの事を伝えてくれ。ロゼモンはそのままオメガモンのサポートに回ってアルカディモンの足止めしてくれ。俺もゼロの回復が終わり次第、直ぐにデーモン城へ向かう!!」
「はい!!」
「分かったわ、後、シグマにもメールで伝えるわね」
「タイチ、オメガモン大丈夫かな?」
ガーボはオメガモンの事が気がかりな様子だ。
「大丈夫だって信じるんだ。秀人とオメガモンを‥‥」
タイチはガーボを励ます。
「う、うん。そうだね。オメガモンは最強の聖騎士デジモンなんだ‥‥アルカディモンが究極体に進化してもオメガモンの敵じゃない筈だ」
タイチの力強い言葉にガーボは不安げながらも小さく頷いた。
「ああ。あいつらはもう、過去の罪悪感に囚われた操り人形じゃない。真の誇りを取り戻した立派なテイマーとパートナーだ。相手がどんなにデタラメに強かろうが、簡単にはやられねぇさ」
タイチもまた、治療ボックス越しに爆発の閃光が瞬く城の方角を見据え、かつての強敵であり今は友である秀人とオメガモンを強く信じていた。
「それじゃあ、私たちはホーリーエンジェモン様たちに報告してきます! タイチさんたちも絶対に無事でいてくださいね!」
ミコトはギガドラモンと共に、救援を呼ぶべくホーリーエンジェル城へと急ぎ飛び立つ。
「待ってなさいよ、ネオ、あんたの思い通りにはさせないわよ! 行くわよ、ロゼモン!」
「ええ、行きましょう」
マリもまた、シグマたちを援護するためロゼモンと共にデーモン城へ向けて駆け出した。
仲間たちの頼もしい背中を見送ったタイチは、再び治療ボックスの中で静かに力を蓄える相棒へと向き直る。
究極体となった最凶の悪魔と、狂気に呑み込まれた天才テイマー。
かつてない絶望がデジタルワールドを覆い尽くそうとする中、少年たちはそれぞれの使命を胸に、別々の道から同じ未来を目指して突き進んでいく。