デジモンアドベンチャー Re:Life   作:ステルス兄貴

30 / 32
三十話 第二次ホーリーエンジェル城攻防戦

 

新世界「ネオ・ワールド」の創世を目論む天才テイマー・彩羽ネオと彼が操る究極の魔神アルカディモン。

 

その圧倒的な「無(ゼロ)」の力『ドットマトリックス』の前に、タイチのパートナー・ゼロ丸は右腕と翼のデータを完全に初期化され、ミコトもまた仲間を救うために力を使い果たし倒れた。

 

かつてない絶望がホーリーエンジェル城を包み込む中、シグマはネオ自身が構築した防壁プログラムから『アンチ・ドットマトリックス』の理論を導き出す。

 

だが、その起動には莫大なエネルギーが必要だった。

 

そこへ、傷ついたゼロ丸と100%の魂の同調を果たしたタイチが現れる。

 

古代種のバックログを秘めた三つのVタグ、そしてミコトが最後の命を削って放った「さくら色の光」による護り。

 

テイマーとデジモンたちの決して折れることのない「絆」が奇跡を起こし、ゼロ丸のデータは新たなる次元の姿へと変革を遂げた。

 

一方、遠く離れたデーモン城では、ネオがその奇跡の光を冷ややかに見据え、アルカディモン率いる大軍団の最終侵攻準備を完了させていた。

 

「絆」による無限の可能性か?

 

すべてをデリートする「絶対の数式」か?

 

デジタルワールドの存亡を懸けた、かつての友同士による雌雄を決する最終決戦(ラストバトル)の幕が、ついに切って落とされる――。

 

 

ホーリーエンジェル城の中心部に位置する広大な円形の作戦会議室。

 

普段は静寂と神聖な空気に包まれているその空間は今、かつてないほどの緊迫感に支配されていた。

 

部屋の中央に浮かび上がる巨大なホログラムモニターには、ダークエリア方面からホーリーエンジェル城へと急速に接近するおびただしい数の「赤い光点」が映し出されている。

 

「じょ、冗談だろう?この数は‥‥?」

 

モニターを睨みつけながら、秀人が忌々しげに舌打ちをした。

 

ネオデビモン、デビモン、フライモン、クワガーモン、イビルモン、メガドラモン‥‥赤い光点の群れは、まるで巨大な津波のように、デジタルワールドの空を黒く染め上げながらホーリーエンジェル城へと向かってきている。

 

「ネオの奴、完全に本気でこの城ごと俺たちを消去(デリート)するつもりだ」

 

シグマが、手元のコンソールを素早い指さばきで叩きながら呟いた。

 

彼の目の周りには濃い隈ができている。

 

デーモン城から撤退してきてから一睡もせず、ゼロ丸の欠損データを修復するための解析作業に没頭していたからだ。

 

「敵の正確な総数は測定不能。先陣がこの城の防衛圏内に到達するまで、あと20分といったところか……絶望的な戦力差だ」

 

レオが腕を組み、重々しい声で戦況を分析する。

 

その言葉に、会議室に集まったデジモンたちの間に重苦しい沈黙が落ちた。

 

「みんな、下を向くな!」

 

その沈黙を切り裂いたのは、鋭く響くタイチの声だった。

 

彼が力強い足取りでホログラムモニターの前に立つと、全員の視線が集中する。

 

その瞳には、先ほどまでの焦燥はすっかり消え失せ、不屈の闘志が煌々と燃え上がっていた。

 

「確かに敵の数は桁違いだし、今のゼロは最前線には立てない。……だけど、ネオの奴は一つだけ大きな計算違いをしている」

 

「計算違い……?」

 

「ああ。あいつは『俺たちが絶望して縮み上がっている』と思い込んでいる。だからこそ、こんな力任せの大軍を正面から突っ込ませてきたんだ。だったら、その驕りを逆手にとってやる!」

 

タイチの言葉に、秀人の目がハッと見開かれた。

 

その時、重厚な会議室の扉が開き、車椅子の軋む音が響いた。

 

「私も……タイチさんの言葉を信じます」

 

マリに車椅子を押され、青白い顔ながらも凛とした表情を浮かべたミコトが、ギガドラモンと共に姿を現したのだ。

 

「ミコト!?お前、まだ絶対安静じゃあ……」

 

「秀人さん、ご心配なく。マリさんが一緒にいてくれますし、ギガドラモンは万全です。それに……寝て待っているだけなんて、今の私にはできません」

 

ミコトの強い決意を前に、誰も彼女を止めることはできなかった。

 

タイチは小さく頷き、ホログラムモニターの地図を拡大して全体へ指示を出し始めた。

 

タイチがホログラム上に、光のラインを引いていく。

 

「敵の先陣は間違いなく圧倒的な数で押し潰しにくる。秀人は、オメガモンの機動力と火力で、敵の軍勢を正面から真っ二つに割ってくれ! 奴らの陣形を乱すのが最大の目的だ」

 

「分かった」

 

「マリ、ミコト! オメガモンが割った敵の側面を、ロゼモンとギガドラモンで叩く! ロゼモンの鞭とギガドラモンの爆撃で、城に近づけさせるな!」

 

「はい」

 

「任せてちょうだい」

 

「レオ、防衛隊の指揮は頼む。城壁への直接攻撃を何としても防いでくれ。レイちゃんと他のデジモンたちを守り抜く最後の砦だ」

 

「承知した」

 

「シグマは引き続き、ゼロのデータを『初期化』したアルカディモンの能力……『ドットマトリックス』の解析を頼む。あいつのあの理不尽な技を破る方法が分からなけりゃ、逆転の目はない」

 

「うん。何とか急いでやるよ」

 

「完璧な布陣ね。でもタイチ、あんたはどうするつもり?」

 

マリが問いかけると、タイチはニヤリと不敵に笑った。

 

「俺は司令室で、全体の指揮を執る。勝率100%のテイマーの腕の見せ所だ。それに……」

 

タイチの視線が、モニターの奥――治療室の方向へと向けられる。

 

ゼロ丸の意識はまだ戻らないが、このまま意識が戻らず、決戦時も眠っている筈がない‥‥タイチはそう信じていた。

 

「俺は、絶対にゼロの復活を諦めない。シグマが突破口を見つけ出した瞬間に、あいつを前線に叩き込めるよう準備しておく」

 

「フッ……無茶を言う。だが、嫌いじゃないぜ」

 

秀人がゴーグルを直し、隣のオメガモンを見上げた。

 

「行くぞ、オメガモン。ネオの軍団に、聖騎士の力を見せつけてやろう!」

 

「応!」

 

「ギガドラモン、無理はしないで……でも、私たちも全力で戦いましょう!」

 

ミコトの言葉に、ギガドラモンが力強い咆哮で応える。

 

「タイチ君……」

 

部屋の隅で見守っていたレイが、祈るように両手を組んだ。

 

「お兄ちゃんを……アルカディモンを止めて!」

 

「ああ、任せとけ!」

 

タイチが力強く頷いたその直後、城全体にけたたましい警報音が鳴り響いた。

 

『警告! 警告! 敵軍団、防衛圏内に侵入! 繰り返す――』

 

「来たな……!」

 

タイチの眼光が鋭く研ぎ澄まされる。

 

「みんな、配置につけ! ホーリーエンジェル城防衛戦……いや、俺たちの反撃の開始だ!!」

 

タイチの号令と共に、テイマーとデジモンたちは決意を胸に、迫り来る黒い津波へと立ち向かうべく、それぞれの戦場へと駆け出していった。

 

 

デジタルワールドの淀んだ空を、さらなる深い闇が覆い尽くした。

 

ホーリーエンジェル城の上空。

 

かつては聖なる光に守られていたその場所に、今はネオデビモン、メガドラモン、フライモン、クワガーモン、そして無数のデビモンとイビルモンたちが、空を埋め尽くす黒い軍勢となって集結していた。

 

その数は、前回ホーリーエンジェル城を侵攻した時を遥かに凌駕している。

 

ネオが『ネオ・ワールド』創世のために用意した、規格外の軍団だ。

 

「絆、奇跡……ふんっ、くだらないバグ共だ。プログラムとデータで割り切れない要素など、この俺がすべてデリートしてやる。全軍、侵攻開始!!」

 

ネオの氷のような号令とともに、黒い波濤が一斉にホーリーエンジェル城へと押し寄せた。

 

「敵軍、防衛圏内に侵入! 迎撃を開始ゲコ!!」

 

ゲコビッチの悲鳴のような叫び声とともに、ホーリーエンジェル城の防衛システムが起動した。

 

空間を切り裂くような轟音と共に、オメガモンは戦場の中央に降り立った。

 

頭上を覆い尽くすほどのネオの軍団――数千、数万もの魔のデジモンたちが、一点に集う聖騎士の姿を見つけ、殺意に満ちた咆哮を上げながら雪崩のように押し寄せる。

 

「……掃討開始」

 

オメガモンの冷徹な宣告。

 

その右腕、ガルルキャノンが青白い輝きを放ち、絶対零度の冷気を纏った光弾を軍団の中心へ向けて放つ。

 

ドォォォォォンッ!!

 

直撃した瞬間、先行していた数百体のメガドラモン、デビモン、イービルモンが、爆発とともに瞬時に凍りつき、次の瞬間には氷の粉塵となって虚空に消えた。

 

だが、ネオの軍団は怯まない。

 

ネオの命令という絶対的なプログラムに支配された彼らは、仲間が消滅した跡地を埋めるように、次から次へとオメガモンに群がる。

 

「ガルルキャノン!」

 

オメガモンは目にも留まらぬ速さで旋回し、全方位へ連射を叩き込む。

 

火花が散り、鋼鉄の巨体が空を舞う。

 

ネオデビモンが巨大な翼を広げ、オメガモンの頭上から急降下攻撃を仕掛けるが、オメガモンは一瞥もせず左腕のグレイソードを振るった。

 

ザンッ!!

 

鈍い金属音と共に、ネオデビモンの巨大な翼が根元から両断される。

 

「グアァァァッ!」という断末魔を上げる暇もなく、オメガモンは追撃の回し蹴りでその巨体を後方の軍団へと叩きつけ、文字通り「壁」として利用した。

 

オメガモンは、自分を囲むように展開するネオデビモンたちの群れを冷ややかに見据えた。

 

無数に突き出される暗黒の爪‥その一撃一撃が、本来であれば究極体をも傷つける力を持っている。

 

しかし、オメガモンのマントは翻るたびに微細な防御障壁を展開し、敵の攻撃をことごとく無効化していく。

 

オメガモンはグレイソードを大地に突き立てた。

 

「!」

 

次の瞬間、オメガモンを中心に黄金の衝撃波が円状に広がる。

 

それは単純な物理攻撃ではない。

 

聖なる力が高密度で圧縮された、領域制圧技。

 

衝撃波に触れたネオデビモンたちは、自身の体内に蓄積されていた暗黒データが聖なる力によって浄化(中和)され、自壊反応を引き起こす。

 

阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

軍団の最前線は、わずか数分にして崩壊していた‥‥オメガモン一体の力によって‥‥

 

「ネオの軍団など、計算するまでもない。数が多いだけの烏合の衆だな」

 

オメガモンがグレイソードを肩に担ぐ。

 

その足元には、数千のデジモンたちが消滅した残骸が泥となって沈んでいた。

 

圧倒的、あまりにも圧倒的な「個」の力。

 

だが、戦場を見渡すオメガモンの赤く光る眼光は、軍団の奥底に潜む、真の敵を見据えていた。

 

軍団のさらに奥、アルカディモンの禍々しい影が揺らめいている。

 

オメガモンは戦場の中央で剣を構え直すと、再び戦場を支配する圧倒的な闘気を放った。

 

聖騎士の無双は、まだ始まったばかりである。

 

一方で城壁に設置された無数の砲台が光を放ち、デビモンとイビルモンの群れを撃ち落としていく。

 

だが、敵はあまりにも多すぎた。

 

数体のデビモン、イビルモンが撃破されても、後続がすぐにその場所を埋め尽くし、城壁へと取り付いていく。

 

「くっ、正面は俺が止める!!」

 

レオが剣を構え、城壁からデビモン、イビルモンの群れへと飛び込んだ。

 

レオの放つ剣閃がデビモンやイビルモンたちを次々とデータへと還元していく。

 

だが、レオ一人では、この圧倒的な数の暴力を止めることはできなかった。

 

「レオさん、無理はしないで! 私たちが援護します!!」

 

ミコトの声とともに、ギガドラモンが城壁の上空へと舞い上がった。

 

ギガドラモンの放つ有機体系ミサイルが城壁に取り付いたデジモンたちをまとめて圧殺していく。

 

「あんたたち、あたしの花園で暴れないでくれる!?」

 

ロゼモンの鞭が空を切り、イビルモンたちを次々と絡め取っていく。

 

だが、ネオの軍団の本命は、まだ動いていなかった。

 

デビモン、イビルモンの群れの後ろから、ネオデビモンとメガドラモンの精鋭部隊が進軍を開始したのだ。

 

彼らはデビモン、イビルモンの第一陣を肉壁とし、城壁へと確実に近づいていく。

 

「……シグマ、解析はまだか?」

 

タイチは司令室で、冷や汗を流しながらシグマの隣に立っていた。

 

モニターに映し出される戦況は、絶望的だった。

 

「……最悪だ。アルカディモンのデータ、回復が早すぎる。それに、この軍団の動き……単なる数じゃない。ネオ自身がプログラミングした、完璧な連携(フォーメーション)だ」

 

シグマの顔は蒼白だった。

 

彼が闪いた『アンチ・ドットマトリックス』の理論を起動させるには、まだ時間が足りなかった。

 

「……くそッ、このままじゃあ……!」

 

タイチが拳を握りしめた、その時だった。

 

上空の黒い軍勢を切り裂き、黄金の閃光が戦場へと舞い降りた。

 

「雑魚共が束になってかかったところで、聖騎士の盾を破ることはできん!!」

 

オメガモンはグレイソードを構え、押し寄せるネオデビモンの精鋭部隊へと突撃した。

 

オメガモンの剣閃はネオデビモンの装甲を容易く切り裂き、ガルルキャノンの光弾がメガドラモンを粉砕していく。

 

「秀人……!」

 

タイチはモニターに映るオメガモンの姿を見て、息を呑んだ。

 

前回はアルカディモンに敗れた秀人だったが、その瞳には、敗北の恐怖は微塵も残っていなかった。

 

代わりに宿っていたのは、タイチたちの決意を見届けて自身のジョグレスデータの再調整を行った秀人とオメガモンの不屈の闘志。

 

「俺は……もう二度と、仲間を傷つけさせはしない!!」

 

オメガモンの咆哮とともに、黄金の光が戦場を包み込んだ。

 

オメガモンの一撃一撃が、ネオの完璧な計画を乱していく。

 

上空でその様子を見ていたネオは、苛立ちを露わにした。

 

「……ヒデのオメガモンか‥‥アルカディモン、その聖騎士ごと粉砕しろ!!」

 

ネオの命令とともに、黒い軍勢の後方から、異形の魔神がゆっくりと姿を現した。

 

アルカディモン‥魔王デーモンのデータを吸収し、神にも等しい力を手に入れた究極体。

 

アルカディモンがその異形の腕を振るうと、禍々しいオーラが戦場を包み込んだ。

 

デビモンやイビルモンの成熟期クラスではアルカディモンのオーラに触れただけでデータへと還元され、そのオーラがオメガモンへと襲いかかった。

 

「ぐっ、この力は……!」

 

オメガモンはガルルキャノンでオーラを迎撃しようとしたが、オーラはガルルキャノンの光弾を容易く呑み込み、オメガモンへと直撃した。

 

「がはっ……!!」

 

オメガモンは激しい衝撃とともに地面へと叩きつけられた。

 

限界以上のパワーアップを遂げたゼロ丸ですら傷一つ負わせられなかったアルカディモンの圧倒的な暴力。

 

「ハハハ‥‥見たか!?これが神に等しいアルカディモンの力だ!! 貴様ら程度の力では、もはや俺の暇潰しにもならん!!」

 

ネオの狂気に満ちた笑い声が、戦場に響き渡った。

 

圧倒的な絶望‥ホーリーエンジェル城の全滅は、もはや時間の問題だった。

 

(俺のせいだ……、俺がもっと早く、ネオの奴を止めていれば……、俺の指示が、あと一瞬でも遅れていなければ……)

 

タイチは司令室で、悔しさに唇を噛み締めていた。

 

勝率100%テイマーの誇りは、アルカディモンという理不尽な暴力の前に無惨にも打ち砕かれてしまった。

 

だが、その時。

 

(……そんな、シケた顔しないでよ……タイチが下向いていたら……ボクまで、元気が出ないだろ……?)

 

治療室で眠るゼロ丸の声が、タイチの脳内に直接響いた。

 

タイチはハッとして顔を上げた。

 

ゼロ丸は眠り続けていた。だが、タイチは確かに、ゼロ丸の声を聴いた。

 

(へへ……ボクは、タイチのパートナーだぜ……? この程度の傷、気合いで……なんとか、出来るさ……だから、泣くな……タイチ……)

 

ゼロ丸の、痛々しいまでの強がり。

 

タイチの瞳から、堪えきれずに大粒の涙が溢れ落ちた。

 

(バカ野郎……っ! お前こそ、そんな体で無理して笑うなよ……!)

 

タイチは溢れる涙を乱暴に袖で拭うと、床に落ちたデジヴァイスを拾い上げた。

 

その瞳からは、先程までの絶望や焦燥は完全に消え去っていた。

 

代わりに宿っていたのは、かつての『勝率100%テイマー』としての、強く、決して折れることのない闘志の炎。

 

「……シグマ、理論は完璧か?」

 

「……ああ。ボクの理論に、お前の『勝率100%』の絆、そしてミコトの『さくら色の光』を掛け合わせれば……勝率は、100%に跳ね上がる!」

 

シグマの瞳にも、不屈の闘志が宿っていた。

 

タイチは司令室を飛び出し、治療室へと向かった。

 

絶望の淵に立たされてなお、テイマーとデジモンの絆の光は、決して消えてはいなかった。

 

ホーリーエンジェル城防衛戦は、デジタルワールドの歴史をひっくり返す、大博打の始まりへと変わろうとしていた。

 

ホーリーエンジェル城の東側、戦場を俯瞰できる「迎撃用観測デッキ」では、冷たい風が吹き込む中、車椅子に座るミコトは手元のコンソールとマイクを握りしめ、眼下で繰り広げられる死闘を見つめていた。

 

彼女の小さな両手からは、微弱ながらも温かな「さくら色の光」が放たれ、通信網を通じて前線で戦うデジモンたちへと降り注いでいる。

 

「レオさん、右翼にデビモンの群れが集中しています! 突破される前に、第3小隊を援護に回してください!」

 

「……了解した!」

 

通信機から聞こえるレオの力強い声に、ミコトはホッと胸を撫で下ろした。

 

(みんな、負けないで……タイチさんとゼロ丸さんが戻ってくるまで、絶対に……!)

 

だが、敵の指揮官である彩羽ネオの冷酷な計算(プログラム)は、城の防衛網を支える「心臓」がどこにあるのかを的確に見抜いていた。

 

「……ミツケタゾ。忌マワシキ、バグノ源」

 

突如、観測デッキの分厚い防弾ガラスが、まるで薄氷のように粉々に砕け散った。

 

強烈な爆風と共にデッキに降り立ったのは、熊のような輪郭に凶悪な爪と不気味な瞳を持つ異形の存在‥‥ネオが創り出した完全体の人造デジモン――カリスモンだった。

 

「ひっ……!」

 

その容姿を見て、ミコトは思わず息を呑んだ。

 

カリスモンの圧倒的な質量とプログラムされた純粋な殺意が、重圧となってミコトにのしかかる。

 

護衛についていた数体のエンジェモンたちが即座に立ち塞がったが、カリスモンが太い腕を一振りしただけで、いともたやすく壁へと叩きつけられ沈黙してしまった。

 

「無駄ダ。ネオ様ノ新世界ニ、貴様ラノ居場所ハナイ」

 

カリスモンが地響きを鳴らしながら、車椅子のミコトへとゆっくりと歩み寄る。

 

その巨大な爪が、容赦なく振り上げられた。

 

(ここまでなの……? ギガドラモンは前線で戦っている。マリさんも反対側の地点で防衛中で今は手が離せない……)

 

ミコトは逃げ場のない死の恐怖に震えながらも、決して目を逸らさなかった。

 

もしここで自分が悲鳴を上げれば、前線のレオたちの心が乱れてしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。

 

(……ごめんなさい、みんな)

 

ミコトがギュッと目を閉じ、衝撃に備えた、その時だった。

 

『――させんッ!!!』

 

鼓膜を震わせるほどの勇壮な咆哮と共に、観測デッキの床下から凄まじい衝撃が突き上げた。

 

鋼鉄の床を紙屑のように引き裂いて現れたのは、巨大な三本の角を持つ恐竜型デジモン。

 

「と、トリケラモンさん……!?」

 

ミコトの驚愕の声と同時に、トリケラモンの巨体が猛烈な勢いでカリスモンへと突進した。

 

「ゴールデン・トライホーン!!」

 

黄金に輝く三本の角が、カリスモンの巨体を真っ向から捉える。

 

「グガァッ!?」

 

完全に意表を突かれたカリスモンは、受け身を取る間もなく観測デッキの外へと弾き飛ばされ、城壁の下へと真っ逆さまに落下していった。

 

土煙が晴れる中、トリケラモンは重い足取りで向き直り、車椅子に座るミコトの前で、その巨大な頭を静かに垂れた。

 

かつて「ディノバレー」で、デーモンの放った邪悪なウイルスに操られ、暴走していた誇り高き恐竜軍団の長。

 

タイチとゼロ丸、そしてミコトたちの活躍によって呪縛から解放されたあのトリケラモンだった。

 

「……間に合ってよかった」

 

「トリケラモンさん……どうして、ここに……?」

 

信じられないというように目を見張るミコトに、トリケラモンは力強く鼻息を鳴らした。

 

「この世界の空が再び暗闇に覆われた時、我らの魂に、かつて我らを救ってくれたお前たちの光……「さくら色の光」が呼ぶ声が聞こえたのだ。あの時の借りを返すため、そして我ら恐竜族の誇りを守るため、ディノバレーの同胞たちと共に駆けつけた」

 

トリケラモンの言葉を裏付けるように、城の外周からは、ティラノモンやモノクロモン、デルタモンといった恐竜型デジモンたちの雄叫びが轟き始めていた。

 

彼らが遊撃隊としてネオの軍団の側面に突撃し、敵の陣形を大きく乱しているのだ。

 

ミコトの目から、安堵と感動の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

 

「……ありがとう。本当に……ありがとう」

 

「礼には及ばん。お前が放つその光は、我らデジタルワールドに生きる命の道標だ。ネオの冷たい数式などには、決して消させはしない」

 

トリケラモンはそう言うと、再びデッキの縁へと進み出た。

 

眼下からは、態勢を立て直したカリスモンが怒り狂いながらこちらへとよじ登ってくるのが見える。

 

「さあ、指揮を続けろ。この鉄壁の盾(トリケラモン)がいる限り、お前には指一本触れさせはせん!」

 

「は、はい……っ!」

 

ミコトは涙を拭い、再びマイクとコンソールに向き合った。

 

その瞳にはもう、微塵の恐怖もなかった。

 

かつて救った命が、今度は自分を護る盾となって繋がっていく。

 

この「絆」こそが、ネオの計算を凌駕する最大の武器なのだと確信したからだ。

 

「レオさん及び各部隊へ! ディノバレーからの援軍が到着しました! 私たちも反撃に転じます!!」

 

トリケラモンという心強い守護者を得て、ミコトの放つ「さくら色の光」は、より一層の強い輝きを帯び、絶望に抗う戦士たちを照らし出し始めた。

 

ひしゃげた鉄骨が悲鳴を上げ、観測デッキの縁に巨大な爪が深々と食い込んだ。

 

「ギ……ギギ……ッ」

 

不気味な駆動音と共に、城壁の下へと突き落とされたはずのカリスモンが再び姿を現した。

 

その双眸は赤い殺意の光を放ち、ひたすらに「バグ(ミコト)」の消去というプログラムに従って這い上がってきたのだ。

 

「排除……ネオ様ノ、完璧ナ世界ニ、不純物ハ不要……!」

 

カリスモンの両腕から、鋭利で巨大なエネルギーの爪が伸びる。

 

だが、その凶刃が車椅子のミコトへ届くより早く、誇り高き恐竜の巨体が鋼鉄の壁となって立ちはだかった。

 

「貴様の相手はこの俺だと言ったはずだ、魂無き操り人形め!!」

 

トリケラモンが地を蹴り、真正面からカリスモンへと激突する。

 

凄まじい質量のぶつかり合い。

 

カリスモンの凶悪な爪がトリケラモンの強靭な皮膚を切り裂き、火花とデータの破片が散る。

 

しかし、トリケラモンは一歩も退かない。三本の角をカリスモンの腹部に押し当て、力任せに押し込んでいく。

 

「ピィィィィッ!!」

 

カリスモンが機械的な甲高い咆哮を上げ、至近距離から強烈なブラスターを放った。

 

「グォォッ!?」

 

頭部に直撃を受けたトリケラモンが大きくたたらを踏む。

 

その隙を逃さず、カリスモンはトリケラモンを飛び越え、背後にいるミコトへと狙いを定めた。

 

「ターゲット、ロック……消去(デリート)!」

 

振り下ろされる必殺の爪。

 

ミコトは恐怖に息を呑みながらも、決して目を逸らさなかった。

 

次の瞬間、トリケラモンが自らの巨体を強引に捻り、ミコトを庇うように飛び込んだ。

 

ザシュゥゥゥッ!!

 

「トリケラモンさん!!」

 

ミコトの悲鳴が響く。

 

カリスモンの爪が、トリケラモンの分厚い背中の装甲を深く抉っていた。

 

ドクドクと光るデータが傷口から溢れ出し、恐竜の巨体がミコトの目の前で膝をつく。

 

「……計算通リ。有機生命体ノ『庇ウ』トイウ非論理的行動。全テハ予測ノ範疇……愚カダ」

 

カリスモンが首を傾げ、冷酷な機械音声で嘲笑う。

 

傷ついたトリケラモンへ、ミコトは震える両手を伸ばした。

 

彼女の手から「さくら色の光」が溢れ出そうになる。

 

「ダメ……私が治さなきゃ……!」

 

「――俺にかまうなッ!!」

 

血を吐くようなトリケラモンの怒声が、ミコトの行動を制止した。

 

「お前のその光は、この城を守る全軍を導くためのものだ! 俺一人の傷に、無駄使いしてはならん!!」

 

「でも、このままじゃあ……!」

 

「我らディノバレーの恐竜デジモンを侮るな。かつてデーモンの呪縛から俺たちを救ってくれたお前たちの光に比べれば、こんな傷、かすり傷にも等しいわ!!」

 

トリケラモンは激痛に耐え、前足を力強く踏みしめて再び立ち上がった。

 

その眼には、プログラムされた人工の殺意など足元にも及ばない、命を燃やすような猛烈な闘志が宿っていた。

 

ミコトはハッとした。

 

彼らは「護られる」ためだけに来たのではない。

 

誇り高き戦士として、共に戦うために駆けつけてくれたのだ。

 

ミコトは溢れそうになる涙をぐっと堪え、手元の光をトリケラモンの一点ではなく、再び戦場全体へと広げた。

 

「……は、はい! お願いします、トリケラモンさん!」

 

「応ッ!!任せろ!!」

 

ミコトの揺るぎない信頼を受けたトリケラモンの全身から、黄金のオーラが爆発的に立ち昇った。

 

それは「さくら色の光」の加護と、トリケラモン自身の誇りが共鳴して生み出された、規格外の闘気。

 

「むっ!?非論理的……出力異常(エラー)……!?」

 

カリスモンの赤い瞳が激しく明滅し、後ずさりする。

 

ネオの与えた計算式では測れないエネルギーの奔流を前に、人工の知能が初めて「混乱」を引き起こしていた。

 

「教えてやろう、操り人形。これが俺たちデジモンと人間を繋ぐ『絆』の力だ!!」

 

トリケラモンの三本の角が、太陽のように眩い光を放ち始める。

 

カリスモンもまた、全エネルギーを両腕の爪に集中させ、死に物狂いで迎撃態勢をとった。

 

「――トライホーン・アタック!!!」

 

トリケラモンが一直線に突進する。

 

カリスモンの爪とトリケラモンの角‥二つの力が激突した瞬間、観測デッキ全体が吹き飛ぶほどの衝撃波が巻き起こった。

 

「ガ、ガピィィィィィッ……!!」

 

勝負は一瞬だった。

 

命の熱を持たないカリスモンの爪は、誇りを纏った黄金の角に触れた瞬間に砕け散った。

 

そのままトリケラモンの渾身の一撃が、カリスモンの分厚い胸部装甲を完全に貫いていた。

 

「システム……崩壊……ネオ、様……」

 

ノイズ混じりの音声を最後に、カリスモンの巨体は細かなデータの塵となって空の彼方へと消滅していった。

 

「……ふぅっ」

 

大きく息を吐き、トリケラモンがその場にどっしりと腰を下ろす。

 

傷は深く、息も絶え絶えだが、その横顔には確かな勝利の誇りが刻まれていた。

 

「やりましたね、トリケラモンさん!」

 

ミコトが車椅子から身を乗り出し、満面の笑みを向ける。

 

「他愛のない相手だ……だが、敵の軍勢はまだ尽きてはおらんぞ。お前の光で、皆を勝利へと導くのだ」

 

「はい!!」

 

トリケラモンの頼もしい言葉に、ミコトは力強く頷いた。

 

鉄壁の守護者を得た観測デッキから、ミコトの放つ優しい光は、いっそうの輝きを増して戦場を照らし出していくのだった。

 

 

ホーリーエンジェル城の正門前。

 

数万に膨れ上がったネオの軍団が形成する「黒い津波」を前に、防衛隊の陣形は崩壊寸前まで追い込まれていた。

 

しかし、戦場の様相は突如として一変する。

 

『グオォォォォォッ!!』

 

地響きと共に戦場の側面に突撃してきたのは、トリケラモンの咆哮に呼応して駆けつけたディノバレーの恐竜型デジモンたちだった。

 

先陣を切るティラノモンたちが真紅の炎を吐き出してデビモンの壁を焼き払い、重量級のモノクロモンたちが戦車のような突進でネオデビモンの陣形を物理的に粉砕していく。

 

彼らには、ネオが組み上げたような計算高く無駄のないフォーメーションなど存在しない。

 

あるのはただ、かつて自分たちを救ってくれた者たちへの恩義と、故郷を脅かす者への剥き出しの闘争本能だけだ。

 

その「非論理的」で荒々しい猛攻が、完璧な統率を誇っていたはずの人造軍団の歩みを確実に鈍らせていた。

 

「今だ! 陣形を立て直せ!!」

 

最前線で剣を振るっていた獣人型デジモン・レオが、血路が開いたその一瞬を見逃さず、腹の底から裂帛の気合を響かせた。

 

「ディノバレーの勇者たちが切り開いた道に我らも続け! これより我々は防衛から反撃へと転じる!!」

 

レオが愛剣を天に掲げると、背後の防衛隊から「オォォォォッ!!」という地鳴りのような鬨の声が上がった。

 

絶望に呑まれかけていた彼らの瞳に、再び希望の炎が灯ったのだ。

 

レオは最前線へと飛び出し、立ちはだかるメガドラモンに向けて跳躍する。

 

「獣王剣ッ!!」

 

十字に振るわれた獅子の剣閃が、メガドラモンの頑強な装甲を十字に両断し、爆散させる。

 

その上空では、ミコトの無事を感じ取ったギガドラモンが、歓喜と闘志の入り交じった咆哮を上げていた。

 

『ミコトは無事だ……僕が、この空を制圧する!!』

 

ギガドラモンはその巨大な翼を広げ、両腕のハッチを全開にする。

 

「ジェノサイドギア!!」

 

放たれた無数の有機体系ミサイルが、ネオの軍団の中央にピンポイントで降り注ぎ、凄まじい爆発の連鎖を引き起こした。

 

さらに、その後方からは真紅の薔薇が戦場を舞う。

 

「ふふっ……年下の女の子や恐竜たちに、これ以上格好つけさせるわけにはいかないわよねぇ?ロゼモン?」

 

マリが不敵に笑いながら鞭を鳴らす。

 

「ええ、マリ! 私たちの真の美しさ、あの冷徹な坊やの軍隊に教えてあげましょう!」

 

ロゼモンが艶やかに微笑み、手にした鞭(ローゼス・レイピア)を振るった。

 

「フォービドゥン・テンプテーション!!」

 

ロゼモンから放たれた無数の美しい薔薇の花びらが、嵐となってネオデビモンたちを包み込む。

 

花びらに触れた敵は、その美しさと裏腹の破壊力によって次々とデータへと還元されていった。

 

「押し返している……!」

 

司令室のモニターで戦況を見ていたシグマが、信じられないものを見るように息を呑んだ。

 

「ネオの軍団の絶対数は依然としてこちらを圧倒しているはずだ。なのに、各個体の出力がネオの想定値を遥かに超えている……これが、痛みを知り、誰かを護るために戦う『命』の力……!」

 

冷たい数式(プログラム)で支配されたネオの軍団と、互いの絆を信じ、心を燃やして戦うテイマーとデジモンたち。

 

絶望的だった戦力差は、今や完全に拮抗し、局地帯では防衛隊がネオの軍団を押し返し始めていた。

 

「行けぇぇぇッ!! 俺たちの世界を、勝手に塗り替えさせてたまるか!!」

 

レオの叫びに応え、ディノバレーの恐竜たちとホーリーエンジェルの防衛隊が一体となって波状攻撃を仕掛ける。

 

戦場を覆っていた暗雲が、彼らの放つ光と熱気によって、少しずつ、だが確実に晴れようとしていた。

 

あとは、ただ一つ。

 

この戦場に「絶対的な勝利の象徴」が帰還するのを、彼らは信じて戦い続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。