デーモンに勝利した日から数日後…デジモンたちは傷を癒しながら、各地の復旧を行いつつ、全員焚火を焚いて、豪勢なご馳走を食べて、歌って踊って…全員で馬鹿笑いしながらとにかく平和が訪れたことに安心した。
メンバーたちはそれぞれ皆で楽しみながらも個々の時間を大事にしていた。
ネオは…やはり犯してきた罪の数々からどこか晴れない顔で、それをそっと妹のレイが横目に見ていた。
タイチたちは折角の兄妹同士の時間だから邪魔しないようにと気を遣ってそっとしておいてあげた。
そしてそれが終わった後タイチたちは現実世界へ帰る準備をしていた。
ホーリーエンジェル城の一室でタイチとミコトはそれぞれ戦ってきた戦闘記録をノートに書き記したり、デジヴァイス01のデータを共有させていた。
「なぁ、ミコト」
「はい?何でしょう?」
「こうして戦闘記録書いていると…これまでの日々が思いだすよな‥‥」
「そうですね‥‥」
そう言いながら二人はこれまでの日々を思い出す。
まず何も分からないままデジタルワールドに召喚されて、いきなり目の前にパートナーデジモンが居て、そこから世界を救うために魔王デーモンの討伐なんて無茶苦茶な使命を任されて‥‥
こうしてみると小学生の自分たちがよく達成できたと思う様な体験であった。
「でも、この手帳に書かれている内容だけでは到底語り尽せない思い出ばかりです‥‥」
「そうだな。本当に色んなことあったもんなぁ‥‥お前が命の危険に晒されることもあった。けど、俺もまたお前が居たから気づけたことも多かった」
「タイチさんとゼロ丸さんにはお世話とご心配をおかけしました」
「‥‥なぁ、ミコト」
「はい」
「‥‥無理だろうけどさ、もし機会があったら…また、会おうな。折角こうして出会えたんだ」
「‥‥」
タグ集めの旅のはじめ、自分とタイチの住んで居る世界が違う世界である事はホーリーエンジェモンから伝えられていた。
つまり、この後、自分とタイチたちは異なる世界に戻ると言う事だ。
そして、戻れば恐らく二度と会う事が出来ない‥‥
それでも二人はこれを今生の別れだとは思いたくはなかった。
ミコトはペンを止めた。
窓の外では、夕暮れの光がホーリーエンジェル城の白い壁を優しく照らしている。
戦いは終わった。
デーモンも倒れた。
ネオもレイも前を向き始めた。
本来なら喜ぶべきはずなのに――胸の奥が少しだけ痛かった。
「……そうですね」
ミコトは小さく微笑んだ。
だがその笑顔には、どこか寂しさが混じっていた。
「私も……またタイチさんやゼロ丸さんたちと会いたいです」
タイチは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「だよな」
「はい」
「正直さ、最初は大変だったけどな」
「ふふっ、そうですね」
「デジタルワールドに来た途端、トータモンに追い回されるし」
「STARCITYの時、スターモンさんの挑戦を受けた時、一時はどうなるかと思いましたよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
その笑い声は、どこか懐かしく感じるほど自然だった。
いつの間にか。
気づけば。
タイチはミコトにとって、かけがえのない友達になっていた。
そしてタイチにとっても、ミコトは大切な仲間になっていた。
しばらく静かな時間が流れる。
やがてミコトがぽつりと呟いた。
「……少し怖いです」
「え?」
「元の世界に戻ったら……全部夢だったみたいになってしまいそうで」
タイチは黙って耳を傾けた。
「此処で会った沢山の出会いも‥皆との思い出も全て夢で‥無かった事になるんじゃないかと思って‥‥」
ミコトは胸元をそっと押さえる。
そこには生命の紋章が静かに輝いていた。
「私は此処での体験を忘れたくないんです」
「忘れねぇよ」
即答だった。
迷いも躊躇いもない。
タイチらしい真っ直ぐな言葉だった。
「えっ……?」
「忘れるわけねぇだろ」
タイチは笑う。
「だって俺たち、本気で生き残ろうとして、本気で戦ったんだぜ?」
「……」
「そんな思い出、一生忘れられるわけねぇよ」
ミコトの胸が温かくなる。
そうだ。
どんな世界に帰ろうと。
どんなに遠く離れようと。
ここで過ごした時間は消えない。
「それにさ」
タイチはデジヴァイスを取り出した。
「俺たちはデジタルワールドで奇跡みたいなことを何回も起こしてきたんだ」
「はい」
「だったらまた会うくらい、案外どうってことないかもしれないぜ」
ミコトは思わず吹き出した。
「それ、タイチさんらしいです」
「だろう?」
「でも……本当にそうかもしれません」
タイチは立ち上がり、窓の外を見た。
夕焼け空の向こうに広がるデジタルワールド。
何度も命を懸けて守った世界。
「絶対また会おう」
タイチは振り返った。
「約束だ」
ミコトは少し驚いた後、柔らかく微笑んだ。
そして自分も立ち上がる。
「はい」
二人は互いに手を差し出した。
ぎゅっと固く握り合う。
「また会いましょう。いつか‥‥」
「おう!」
その瞬間だった。
生命の紋章が一瞬だけ淡く光る。
誰にも気づかれないほどの微かな輝き。
そしてその光の奥底で――
(ククク……そうだな、決してこれは夢ではない‥‥)
まるで何かが嗤ったような気がした。
ミコトは一瞬だけ胸に違和感を覚える。
「……?」
「どうした?」
「いえ……何でもありません」
胸の奥が少しだけざわついた。
だがすぐに消える。
今はそれよりも大切なことがあった。
別れの時が近づいていること。
そして――また会うという約束。
ミコトはもう一度タイチへ笑顔を向けた。
その笑顔は、これまでの旅の中で見せたどの笑顔よりも穏やかで優しかった。
だが誰も知らない。
彼女の生命を繋ぎ止めるために植え付けられた魔王の種子が、その心の最も深い場所で静かに眠り続けていることを。
そしてそれが、やがて新たな運命の扉を開くことになることを――。
タイチとの再会の約束を交わした後、ミコトはホーリーエンジェル城の奥深く、ホーリーエンジェモンの執務室を訪ねた。
ドアをノックして、
「ミコトです。入ってもよろしいでしょうか?ホーリーエンジェモン様」
「ええ、構いませんよ。ミコト」
厳かながらも温かみのある声に促され、ミコトは部屋へ足を踏み入れる。
ホーリーエンジェモンは窓辺から振り返り、静かな笑みを浮かべて彼女を迎えた。
「いよいよ、お別れの時が近づいてきましたね」
「はい……その前に、どうしてもお聞きしておきたいことがあって伺いました」
ミコトはそっと自身の胸元に手を当てた。
そこには、淡い光を放つメダル‥もとい、『生命の紋章』があった。
「この紋章のことです。戦いの最中、私を助けてくれたこの光……これは一体、何なのでしょうか?」
ホーリーエンジェモンはミコトの胸元で静かに息づく光を見つめ、少しの間、目を伏せて思案するように沈黙した。
「……かつて、デジタルワールドには『デジメンタル』と呼ばれる古代の技術にして奇跡のアイテムが存在していました。それはデジモンたちの隠された力を引き出し、とてつもないエネルギーを生み出す伝説の代物だった……」
「アルカディモンの制御にネオさんが使用していた物ですね」
「ええ。ですが、貴女の胸に輝くそれは、デジメンタルそのものではありません。しかし、それと同等か‥あるいはそれ以上の『奇跡』の結晶と呼ぶべきものです」
「デジメンタル以上の‥奇跡の結晶‥‥」
ホーリーエンジェモンはゆっくりと歩み寄り、穏やかな声で告げた。
「ミコト。貴女自身の内に秘められた強い『生きる意志』……そして、貴女がこれまでの旅で触れ、心を通わせた『蒼海のタグ』と『幻夢のタグ』。その三つの力が深く呼応し、完全に融合したことで、貴女の魂を器として新たに形成されたもの……それが、その『生命の紋章』なのです」
「私の意志と、二つのタグが……融合……?」
ミコトは驚きに目を丸くした。タグは世界を救うための鍵であったはずだが、それが自分の一部として形を変えていたとは思いもしなかった。
「タグは単なるデータの結晶ではありません。持ち主の心とリンクする力を持っています。貴女が仲間を想い、未来を渇望したその真っ直ぐな心が、タグの力を新しい形へと昇華させたのでしょう」
(これが、私と皆の心の結晶……)
ミコトは誇らしさと嬉しさで胸がいっぱいになった。
彼女は気づいていなかった。
その純粋な光の奥底に、デーモンが遺した暗い種子が同化し、密かに息を潜めていることなど――。
流石のホーリーエンジェモンでさえも、その光の眩さに隠された僅かな歪みを見抜くことはできなかった。
「ありがとうございます。なんだか、この世界との絆を形として貰えたみたいで……とても嬉しいです」
「貴女が守り抜いた命の輝きです。どうぞ、これからも大切になさってください」
ホーリーエンジェモンは優しく頷き、ミコトに祝福を与えた。
いよいよ現実世界へのゲートが開く時が来た。
ホーリーエンジェル城の中庭には、人間たちとデジモンたちが一堂に会していた。
「ミコトちゃん……本当に、本当にありがとう。お兄ちゃんのこと……助けてくれて」
「レイさん‥‥」
「私、絶対にミコトちゃんのこと忘れないよ! だから、ミコトちゃんも私たちのこと忘れないでね!」
「うん……! 忘れないよ、絶対に‥‥」
涙ぐむレイの頭を撫でてから、ミコトは視線をネオに向けた。
ネオはかつての冷たい表情を消し去り、どこか憑き物が落ちたような顔立ちをしていたが、それでも自責の念は完全に消えていないようだった。
「ネオさん」
「……」
「色々なことがありましたけど……最後に同じ目的のために戦えて、よかったです。ネオさんたちとの時間も、私にとって大切な思い出です」
「……お前は、本当に底抜けにお人好しだな」
ネオは自嘲するように小さく笑った後、ふっと真面目な顔になり、ミコトを真っ直ぐに見据えた。
「……借りは返したつもりだったが、どうやらまだ足りなかったらしい。向こうの世界に帰っても……達者でな」
「はい! ネオさんも!」
「ちょっと! 私への挨拶がないじゃない!」
不意に明るく、そして少しツンとした声が割り込んできた。
マリだった。彼女は腕を組み、わざとらしく拗ねたような表情を作っている。
「マリさん!」
「ふんっ。あんたみたいな地味な子が、まさか最後まで生き残って世界を救うなんてね。私の美貌と才能の足元にも及ばないけど、まぁ……少しだけ、見直してあげたわ!」
言いながら、マリは隠しきれない寂しさを瞳に滲ませていた。
「ありがとうございます、マリさん。マリさんの明るさには、何度も勇気づけられました」
「も、もう! そうやって素直に言われちゃうと調子狂うじゃない! ……あんた、向こうの世界でもちゃんと可愛くしなさいよ! じゃなきゃ私が許さないんだから!」
「ふふっ、はい。努力します。ロゼモンも元気でね」
「はい。ミコトさんもお元気で‥‥」
二人が笑い合っていると、今度は足元からワチャワチャと賑やかな声が聞こえてきた。
「ミコト! タイチ! 本当に帰っちゃうの!?」
ガーボがポロポロと涙を流しながら、ミコトの足にしがみついた。
「ガーボ……泣かないで。また、いつか会えるかもしれないよ」
「……二人のこと絶対忘れないよぉ!」
「ガーボ、あんまり困らせるんじゃないぞ。でも……本当に世話になったな」
ゴンも寂しそうに目を伏せつつ、力強く頷いた。
「僕も、アンタたちみたいな人間に出会えて最高だったぜ! 向こうの世界でも元気でな!」
「ミコト殿、タイチ殿! 我らSTARCITYは、いつでもお二人の帰還を歓迎するぞ! ユーたちは永遠にマイ・ブラザーでシスターだ!!」
「ガハハ! 俺の角より硬い絆で結ばれた仲だ! 寂しくなんかないわい!」
スターモンがビシッとポーズを決め、トリケラモンが豪快に笑う。その奥から、杖をついたジジモンがゆっくりと進み出てきた。
「ミコトよ、タイチよ。そして人間の子らよ……。お前さんたちがこのデジタルワールドにもたらしてくれたものは、単なる平和ではない。我らデジモンと人間が、互いに手を取り合えるという『希望』じゃ」
ジジモンの深い言葉に、周囲のデジモンたちも静かに頷く。
「この先、何があろうと……我らはお前さんたちのことを語り継ごう。未来永劫、友としてな」
「ジジモン先生……みんな……」
ミコトの瞳からも、こらえきれずに涙が溢れ出した。
タイチもまた、隣で目を潤ませながら大きく手を振っている。ゼロ丸がタイチの背中を押し、デジモンたちが次々に別れの言葉を投げかける。
『ありがとう!』
『元気でな!』
『また会おうね!!』
やがて、ホーリーエンジェル城の広場を眩い光が包み込み始めた。
現実世界へと繋がるゲートが、彼らを迎え入れようとしているのだ。
「みんな……本当に、本当にありがとう!! 私、絶対に皆の事を忘れないから!!」
ミコトは涙を拭い、満面の笑顔で叫んだ。
タイチも、ネオも、秀人も、マリも、レイも。
それぞれの胸にデジタルワールドでのかけがえのない記憶を刻み込み、光の中へと溶けていく。
胸の奥で『生命の紋章』が温かく脈打っているのを確かめながら。
ミコトは、愛してやまないこの世界に、最後にもう一度強く手を振ったのだった。
「っ!?」
ミコトが目を開けるとそこはホーリーエンジェル城の中庭ではなく、あの白い空間‥‥
消毒液の臭いが漂う病室であった。
眼前のベッドテーブルの上には電源がつけっぱなしのノートパソコンがあり、時間は全然経っていなかった。
「あれ?服が‥‥」
ミコトは自分が着ている服がホーリーエンジェモンから貰った服ではなく、デジタルワールドへ飛ばされた時に着ていた服であり、
「デジヴァイス‥それに紋章も‥‥タイチさんから貰った手帳も‥ない‥‥?」
左腕に着けていたデジヴァイス01も首から下げていた生命の紋章も無くなっていた。
「夢?‥だったの?あのデジタルワールドでの体験全部が‥‥」
決して夢ではないと思っていたのだが、服は元に戻っており、デジヴァイスも生命の紋章もタイチから貰ったあの手帳も手元にはない。
勿論、自分のパートナーの姿も見えない。
もっとも究極体となったメタルメギドラモンが居たら大騒ぎになる。
(タイチさん……『忘れるわけねぇだろ』って言ってくれたのに……全部、私がこのベッドの上で見ていたただの夢だったの?)
あの体験も出会いも全て自分が見ていた都合のいい夢だったのではないかと思うと、ミコトの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
一緒に戦った記憶も、焚火を囲んで笑い合った記憶も、最後に強く手を握って約束したあの温もりも‥‥全てが消えてしまったような喪失感に胸が押し潰されそうになった。
その時、
「夢じゃないよ、ミコト」
不意に、足元から小さくも聞き覚えのある響きを持った声がした。
「えっ……?」
ミコトが慌ててベッドの下を覗き込むと、そこには見慣れない小さな影があった。
丸っこい体に、黒い皮膚、ぴょこんとはねた耳のような突起、それはどう見ても、デジモンの姿をしていた。
しかし、ミコトが初めて見る姿をしているデジモンがそこに居た。
そして、ミコトの目を釘付けにしたのは、その小さな黒いデジモンの周りに無造作に置かれていた物だ。
「これ……!」
自身の左腕に輝いていたデジヴァイス01。
ホーリーエンジェモンが真実を教えてくれた、生命の紋章。
そして、タイチとの思い出が詰まったあの戦闘記録の手帳。
それらは間違いなく、デジタルワールドからミコトと共にこの世界へやってきた本物だった。
「ほら、全部あるでしょう? ミコトが頑張って戦った証拠だよ」
黒い小さなデジモンは、短い手足でよっこらせとデジヴァイスを押し出すようにして微笑んだ。
「証拠……じゃあ、本当に夢じゃなかった。みんなと会えたのも、一緒に戦ったのも……」
ミコトは震える手で生命の紋章と手帳をそっと抱きしめた。
冷たいはずの物体からは、確かな温もりが伝わってくるような気がした。
タイチたちとは住む世界が違うため、もう二度と会えないかもしれない。
それでも、彼らと過ごした時間は確かにここにあるのだ。
安堵の涙を拭いながら、ミコトは目の前の小さなデジモンを不思議そうに見つめた。
「あの‥‥教えてもらって申し訳ないのですが……貴方は、どなたですか?」
「ええっ!? ひどいよ、ミコト! 僕の事忘れちゃったの!?」
黒い小さなデジモンはピョンと飛び跳ねて抗議した。
「僕だよ!!僕!!君のパートナーであり、一緒にデーモンと戦ったじゃないか! メタルメギドラモンだよ!」
「えっ!? あ、貴方が!? 嘘でしょう!?」
ミコトは思わず大きな声を出しそうになり、慌てて両手で口を覆った。
あの巨大な究極体、メタルメギドラモンが、こんな手のひらに乗るような可愛らしい姿になっているなど、到底信じられなかった。
「本当だよ! ミコトと一緒にデジタルワールドの色んなところを冒険して、一緒にご飯食べて、一緒に戦った僕だよ!今は幼年期のチビモンに退化しちゃったけど‥‥」
「た、確かに……その話し方や瞳の奥の感じは、間違いなく私のパートナーのデジモンだけど‥‥どうして究極体から幼年期に退化しちゃったの?」
ミコトが尋ねると、黒いチビモンはしょんぼりとした様子で耳を垂らした。
「僕にもよく分からないんだ。あのゲートを通ってこの世界に来る時、急に体の力が抜けちゃって……気づいたらこの姿になっていたんだ」
チビモンは自分の小さな手を見つめながら、少し不安そうに呟いた。
「ゲートを通った時に、何らかのデータの変換が起きて幼年期に退化しちゃったのかも‥‥」
「そんなっ!?それじゃあ、二度と究極体の姿に進化できないの……こんな小さく弱い体じゃあ、もうミコトを守ってあげられないよ……」
その小さな背中から伝わる不安と申し訳なさに、ミコトの胸はきゅうっと締め付けられた。
ミコトはベッドから降りると、床に座り込み、黒いチビモンをそっと両手で掬い上げた。
「ミコト……?」
「そんなこと、関係ないよ」
ミコトは優しく微笑み、チビモンを自分の頬へすり寄せた。
「究極体だろうと、幼年期だろうと、貴方が私の大切なパートナーであることに変わらないよ。それに、この世界にはデーモンみたいな凶暴なデジモンはいないから、無理に戦う必要なんてないんだよ」
「……本当に? 僕がこんなちっぽけでも、ずっと一緒にいてくれる?」
「当たり前でしょう。むしろ、このサイズなら誰にも見つからずにずっと一緒にいられるよ、チビモン」
ミコトの言葉に、黒いチビモンの顔がぱぁっと明るくなった。
「うんっ!僕、ずっとミコトと一緒だよ!」
失われたと思っていた繋がりは、決して消えてはいなかった。
生命の紋章を胸に、そして小さなパートナーを腕に抱きながら、ミコトは新たな現実での日々に向かって、力強く微笑んだ。
「ただ、この世界にはデジモンが存在しない世界だから私以外の人が居る時はぬいぐるみのフリをするか、ベッドの中に隠れてね」
「うん、分かった」
「明日は一緒に出掛けようね‥‥と言っても病院の敷地内だけど‥‥」
ミコトはクスクスと笑いながら、両腕の中の愛らしいパートナーをもう一度強く抱きしめた。
メタルメギドラモンの時の、あの硬く冷たいブルーデジゾイドの装甲ではない。
柔らかくて温かい、確かな「命」の感触がそこにはあった。
(夢じゃ、なかった……世界が違っても、姿が変わっても、チビモンは私のところに来てくれた……)
胸の奥が、熱い幸福感で満たされていく。
それと同時に、デジタルワールドでの過酷な戦いや、皆との涙の別れが、遠い昔のことのようでもあり、ついさっきのことのようにも感じられた。
ベッドテーブルの上のノートパソコンに目を向けると、画面にはまだCOLEOとのやりとりが残るチャット画面が映っている。
ミコトはチビモンをベッドの上にそっと下ろすと、パソコンをパタンと閉じた。
「さて、まずはチビモンを隠す場所を確保しないとね。看護師さんがいつ来てもおかしくないから」
ミコトは病室を見回した。個室とはいえ、隠せる場所は限られている。
クローゼット、引き出し、ベッドの下……。
「ぬいぐるみのフリ……?こう?」
チビモンはベッドの上で、短い手足をピンと伸ばし、目を大きく開けて硬直してみせた。
そのあまりに健気で、どこか滑稽な姿に、ミコトは思わず吹き出した。
「ふふふ‥上手、上手。でも、ずっとそのままだと疲れちゃうでしょう? 私が起きている時はカバンの中や、クローゼットの奥に小さなスペースを作るから、そこでリラックスしていて。私が眠る時は、ベッドの中で一緒に寝ましょう」
「うん!ミコトと一緒なら、どこでもいいよ!」
チビモンは嬉しそうにベッドの上をピョンピョンと跳ねた。
その姿は、かつてデーモン超究極体と激しい戦いを繰り広げた究極体デジモンの姿には見えなかった。
ミコトはカバンの中から、以前使っていた大きめのポーチを取り出し、中に柔らかいタオルを敷き詰めた。
「ほら、ここなら居心地がいいでしょう? 何かあったらすぐにチャックを閉められるし」
チビモンはポーチの中に潜り込み、居心地を確かめるように体を丸めた。
「わあ、温かくて気持ちいいや!ここ、僕の新しいお家だね!」
ミコトはチビモンが入ったポーチを、ベッドの枕元に近い、すぐに手が届く場所に置いた。
そして、サイドテーブルに置かれたままのデジヴァイス01、生命の紋章、タイチから貰った手帳を手に取る。
デジヴァイスは、光を失い、ただの機械の塊のように静まり返っていた。
生命の紋章も、今はその輝きを潜めている。
(タイチさん……私は、この世界でチビモンと一緒に生きていきます。いつか、また皆さんと会えるその日まで、この手帳に新しい思い出を書き続けていきます)
ミコトは手帳、デジヴァイス、紋章を備え付けのセーフティボックスへと入れる。
これらは、ミコトにとって何よりも大切な、デジタルワールドとの、そして仲間たちとの絆の証明だからだ。
ミコトがデジタルワールドから現実世界に戻った頃、とある山にあるキャンプ場にある祠の近くに七人の子供たちと七体のパートナーデジモンの姿があった。
彼らもまたミコトが旅をしたデジタルワールドとは異なるデジタルワールドを旅をし、現実世界へと戻って来た。
現実世界へ戻る前にデジタルワールドで子供たちに色々とアドバイスをしていたゲンナイから日本に八人目の選ばれし子供が居る情報を知る。
そしてその情報はこの時、子供たちがデジタルワールドで戦っていたヴァンデモンも既に掴んでいた。
八人目の選ばれし子供を抹殺するためにヴァンデモンは人間界へと向かい、子供たちも八人目の子供を守るため、そしてヴァンデモンの野望を阻止するために現実世界へと戻った。
現実世界で、サマーキャンプは季節外れの雪のために急遽中止となり、子供たちはお台場へ戻る途中、光が丘で途中下車をした。
その光が丘では、ヴァンデモン軍団の一体、完全体のデジモン‥マンモンが暴れており、選ばれし子供の一人、竹之内空のパートナーデジモン、ピヨモンが完全体のガルダモンに進化してマンモンを斃した。
ガルダモンとマンモンとの戦闘を見て、子供たちは四年前、光が丘で起きた爆弾テロが実はデジモン同士の戦いで会った事を思い出す。
そして、自分たち選ばれし子供の共通点が、四年前に光が丘でデジモン同士の戦いを見ていた事に気づく。
マンモンが単独で光が丘に居た事で、ヴァンデモンもまだ八人目の選ばれし子供を見つけていない事が予測され、子供たちはヴァンデモンよりも先に八人目を見つけなければならなかった。
そんな中、ヤマトは、
(俺やタケル同様、八人目はもしかしてミコトが‥‥)
(いや、アイツは俺たちが光が丘にいる時、東京の病院に入院していたからグレイモンと大きな鳥の戦いを見ていない‥‥)
(八人目の子供が光が丘であの戦いを見ていると言うのなら、ミコトは違うな‥‥)
ヤマトは少しだけホッとしたような、それでいて複雑なため息をこぼした。
過酷なデジタルワールドでのサバイバル、そして現実世界へと侵攻してきたヴァンデモン軍団との命懸けの戦い。
もしも、生まれつき体が弱く、長年ベッドの上で生活している妹がそんな過酷な運命を背負わされているとしたら、兄として到底耐えられなかっただろう。
その時、考え込むヤマトの横顔をじっと見つめていた空が、そっと声をかけてきた。
「ねぇ、ヤマト君」
「ん? どうした、空」
他のメンバーたちが「どうやって八人目を探すか」と光子郎のパソコンを囲んで話し合っている中、空は少し声を潜めてヤマトのそばに寄った。
「‥‥もしかしてヤマト君、妹さんのことを考えていたんじゃない?」
「っ!?」
図星を突かれ、ヤマトは僅かに目を見開いた。
空には以前、タケルの他に、もう一人離れて暮らしている妹――ミコトがいることを話したことがあった。
人の心の機微に聡い空は、ヤマトが何を懸念していたのかすぐに察したようだ。
「タケル君と同じように、ヤマト君の妹なら‥‥八人目の選ばれし子供が、ミコトちゃんって言う可能性もあるんじゃないかなって、私もちょっと思ったの‥‥」
空は気遣うような眼差しでヤマトを見上げた。
ヤマトは小さく首を横に振り、自らに言い聞かせるようにきっぱりと否定した。
「いや、それはないよ……さっき俺も考えたんだけど、ミコトは八人目じゃない」
「えっ? どうしてそう言い切れるの?」
「俺たちの共通点は、四年前の光が丘で、グレイモンと大きな鳥の戦いを見ていることだろう?」
「ええ、そうね」
「でも、ミコトはあの時……光が丘には居なかったんだ」
「えっ?」
ヤマトは遠い記憶を呼び起こすように、視線を落とした。
「あいつはあの頃、体調を崩して東京の病院に入院していたんだ。だから、あの爆弾テロの騒ぎ……いや、デジモン同士の戦いを、ミコトは見ていない」
「そっか……そういえば、ミコトちゃんは体が弱いって言っていたわね。確か今は離島の病院に入院しているんだっけ?」
「ああ。相変わらず外には自由に出られない不自由な生活だと思う。だからこそ、こんな命懸けの戦いに巻き込まれるなんてこと、あるはずがないんだ」
ヤマトの言葉には、確信というよりも、「そうであってほしい」という兄としての強い願いが込められていた。
ヴァンデモンは、八人目の子供を抹殺するためにこの世界へやってきた。
もしミコトが標的になれば、病室のベッドから逃げることなどできるはずもない。
だからこそ、ヤマトは皮肉にもミコトが病弱であの時の戦いを目撃していなかった事についてホッとしてしまう自分が居た。
(あいつはただでさえ、病気と戦って苦しい思いをしているんだ。これ以上、重い運命なんか背負う必要はない……)
ヤマトの張り詰めた心情を感じ取り、空は優しく微笑んで小さく頷いた。
「そうだね。八人目の子供がミコトちゃんじゃなくて、少し安心した……ヤマト君も、これで八人目を探すことに集中できるわね」
「ああ……タケルだけじゃない。ミコトが安心して暮らせるこの世界を守るためにも、ヴァンデモンより先に俺たちが八人目を見つけ出して、守り抜かなきゃならないんだ」
ヤマトは力強く頷き、傍らに控えるパートナーのガブモンも「俺も手伝うよ、ヤマト!」と同調した。
「うん! まずはみんなで、四年前の光が丘に住んでいた名簿を探すところから始めなきゃね」
「ああ、そうだな」
空が振り返り、太一たちの輪へと戻っていく。
ヤマトもその後を追った。
彼らは知る由もなかった。
ヤマトが「ベッドの上から動けない」と信じて疑わない病弱な妹が、自分たちよりも一足先に別のデジタルワールドへ召喚され、強大な魔王と死闘を繰り広げ、すでに世界を救って現実世界へと帰還していることなど‥‥
そして、ヤマトたちが必死に八人目の子供を探し、ヴァンデモンとの過酷な戦いへと身を投じていくのと同じ頃――ミコトは病院のベッドの上で、小さな黒いチビモンと共に静かな眠りについていたのだった。