別次元のデジタルワールドを救い、初音島の病院で穏やかな療養生活を送っていたミコト。
彼女は自身のパートナーデジモンに「ジーク」という特別な名前を与え、現実世界特有の「進化とエネルギー消費」のルールを学んでいた。
しかし、父と長兄が住むお台場が、強力な闇のデジモンが張った濃霧の結界によって完全に封鎖されてしまう。
愛する家族を救うため、ミコトは決死の覚悟で病院を脱走した。
ジークを究極体・メタルメギドラモンへとワープ進化させ、強大な闇の結界を強引に力業で打ち破り、お台場への強行突入を果たした。
だが、現実世界における凄まじいエネルギー消費に耐えきれず、結界突破と同時にジークは幼年期へと強制退化。
落下時の衝撃で貴重な食料などの物資も失い、バケモンたちが徘徊する危険な街へと放り出されてしまう。
心配性な兄・ヤマト(彼自身もデジモンを連れた選ばれし子供であるとは露知らず)に見つかれば激怒されると危惧したミコトは、家族の前に姿を現さず、陰ながら二人を守り抜くことを決意し、無人のコンビニエンスストアで息を潜めていた。
その頃、お台場を支配する完全体デジモン・ヴァンデモンは、「八人目の選ばれし子供」を捜索する裏で、結界を強行突破した者の気配――ミコトの内に眠る『魔王』が放つ極上の闇の波長を感知していた。
光の子供たちを追うヴァンデモン軍団の包囲網の中、己の内に潜む見えない運命と共鳴しながら、ミコトとジークの孤独で過酷なサバイバルが今、幕を開ける――。
無人のコンビニエンスストアの暗がりの中、ミコトは空になったパンの袋を丁寧に丸め、息を殺していた。
隣では、お腹を満たしたジークが、少しだけ血色を取り戻した顔でミコトの袖をギュッと握っている。
「……そろそろ、移動しましょう。ここにずっと隠れていても、パパやヤマトお兄ちゃんを見つけられないわ」
「うん。僕、もう歩けるよ」
そっと自動ドアの隙間から外を覗き込む。
灰色の霧に沈むお台場の通りは、相変わらず不気味な静寂に包まれていた。
だが、ミコトの身体には、視覚や聴覚とは全く別の『感覚』が、ひたひたと押し寄せていた。
トクンッ……、トクンッ……。
心臓の奥底で、デーモンがミコトの中に遺した『魔王の因子』が、チリチリと熱を帯びて脈打っている。
お台場全体を覆うヴァンデモンの闇の魔力。
そして、バケモンたちに捕らわれた人々の恐怖・不安そして絶望。
それらの負のエネルギーを吸収するように、魔王の因子が活性化し始めているのだ。
(……わかる。あそこの交差点に二体。左のビルの陰に、三体……)
ミコトは自分の胸元を押さえながら、冷や汗を拭った。
まるで頭の中に黒いレーダーが展開されたかのように、霧に潜む敵の配置が本能的に読み取れる。
敵の『闇』と同質のものを宿しているからこその、呪われた共鳴。
「ミコト、どうしたの? 顔色が……」
「大丈夫よ、ジーク。私、敵のいる場所がなんとなくわかるみたい。こっちよ、バケモンがいない裏道を抜けるわ」
このダークレーダーを駆使すれば、敵との無用な戦闘を避け、お台場内の自販機や放棄された商店から物資を補給する隠密サバイバルが可能になる。
だが、ミコトはまだ気づいていなかった。
自分が敵の闇を感知できるということは、強力な闇の眷属であるファントモンたちからも、自分の居場所が感知されやすくなっているという『諸刃の剣』であることに。
敵の巡回網を縫うようにして霧の中を進んでいたミコトは、ふと、前方の広場から激しい戦闘音を感知して足を止めた。
「ガアアッ!」
「ガルルモン、後ろだ! 囲まれるぞ!」
(あの声……!)
ミコトはハッとして、慌てて放置されたトラックの陰に身を隠し、広場を覗き込んだ。
そこにいたのは、金髪の少年――ミコトの長兄であるヤマトと、狼のような姿をした成熟期デジモン、ガルルモンだった。
その傍らには自分と同じくらいの女の子(ヒカリ)も居た。
彼らは数十体のバケモンの群れに囲まれ、必死の防衛戦を繰り広げていた。
ガルルモンが口から青い炎「フォックスファイアー」を吐いて応戦しているが、バケモンたちは霧から次々と湧き出し、ジリジリとヤマトたちを追い詰めていく。
「ヤマトお兄ちゃん……!?それにヤマトお兄ちゃんが乗っているあの大きな狼はどう見てもデジモン!?どうしてヤマトお兄ちゃんがデジモンに‥‥」
「あのガルルモンに乗っているのが、ミコトのお兄ちゃん?」
「うん、そう‥‥でも、あんなにたくさんのバケモン相手に……!」
自分の兄がどうしてデジモンに跨っているのか理解が追いつかないが、兄がピンチである事にはかわりない。
「ミコト、助けに行こう!!」
ジークが身を乗り出すが、ミコトは咄嗟にその身体を抱き留めた。
(ダメよ、見つかったら絶対怒られる……それに、私たちが前に出たら、ヤマトお兄ちゃんたちに余計な心配をかけちゃう!)
だが、目の前でヤマトが窮地に陥っているのを見過ごすことなど、できるはずもない。
「ジーク、お願い。ヤマトお兄ちゃんたちには見つからないように、一撃だけ……死角からバケモンたちの一角を減らして!」
「わかった! 任せて!」
ミコトは左腕のデジヴァイス01に手を添えて、胸元の『生命の紋章』に祈りを込めた。
淡い光がチビモンを包み込み、成長期のブイモンへと進化させる。
ミコトは更にジークを成熟期のデビドラモンへと進化させる。
『ブイモン進化ぁ!!デビドラモン!!』
デビドラモンはトラックの陰から弾丸のように飛び出すと、ヤマトたちの背後に迫っていたバケモンの群れのど真ん中へ、猛スピードで突撃した。
「クリムゾンネイル!!」
深紅の爪の一撃が、ガルルモンを包囲しようとしているバケモンたちの一角を切り裂く。
突如現れたデビドラモンの強烈な一撃に、バケモンたちの陣形が大きく崩れた。
バケモンとしてみれば、仲間だと思ったデジモンが自分たちにいきなり襲い掛かって来たのだから混乱もする。
「デビドラモンがバケモンを攻撃!?仲間割れか!?」
ヤマトが驚愕して振り返る。
しかし、デビドラモンはヤマトと目が合う前に、すぐさま深い霧の中に滑り込み、光と共にチビモンへと退化してミコトの腕の中に収まった。
「ガルルモン、今だ! 突破するぞ!」
「お、おうっ! フォックスファイアー!!」
崩れたバケモンの陣形の隙を突いて、ヤマトとヒカリはガルルモンの背中に乗りバケモンの包囲網を見事に突破し、霧の向こうへと走り去っていった。
「……よかった。無事だったね、ヤマトお兄ちゃん」
「えへへ、僕の一撃、すごかったでしょう!」
誇らしげにするジークを抱きしめ、ミコトは安堵の息を吐く。
だが、その背筋に、氷を当てられたような悪寒が走った。
遠くの霧の奥から、巨大な鎌を引きずるような、禍々しい気配が一直線にこちらへ向かってきている。
(見つかった!?……あれはっ!?ファントモン!? 今の一撃で、私の場所がバレたんだわ……!)
ミコトはジークをリュックに押し込み、全力でその場から駆け出した。
「はぁっ……はぁっ……!」
濃霧に覆われたお台場の裏通りを、ミコトは必死の形相で駆け抜けていた。
病み上がりの華奢な身体に、全速力の逃走はあまりにも過酷だ。
肺が焼けつくように痛み、足は鉛のように重いが、立ち止まることは許されない。
背後から迫る『死神』の気配――冷たい氷を背筋にねじ込まれるような悪寒が、絶望的なスピードで距離を詰めてきているのだ。
(早すぎる……! デビドラモンの一撃に気づいて、完全にロックオンされている……!?)
ミコトの心臓に巣食う『魔王の因子』が、警告の鐘を鳴らすようにドクンドクンと激しく脈打つ。
しかし、ミコトはデビドラモンの奇襲が敵の別動隊にバレたのだと思っていた。
「ミコト、無理しないで! 僕が戦うよ!」
リュックの中で揺られながら、ジークが焦燥に満ちた声を上げる。
しかし、ミコトは首を横に振った。
「ダメよ……相手は完全体のファントモン。今のジークじゃ、進化してもエネルギーがもたない。それに、ここで大きな戦闘を起こしたら、またヤマトお兄ちゃんたちが戻ってきちゃう……っ!」
ホスピタウンでの戦いで一度見たからこそ、相手の強さと今のパートナーデジモンとの力の差、そして兄に気づかれない様に戦う難しさから交戦はせずに逃げられる内は徹底的に逃げる戦術をとる。
その時だった。
ジャラッ……キィィン……。
前方の霧が不自然に渦を巻き、金属が擦れ合うような不気味な音が響き渡った。
ミコトは咄嗟に急ブレーキをかけ、アスファルトの上に無様に転がり込む。
「――キキキ……見つけたぞ。ヴァンデモン様がお探しの『極上の闇』」
(極上の闇?)
(そして、この霧の原因は、ヴァンデモンの仕業ね)
灰色の霧を裂いて現れたのは、巨大な鎖と大鎌を引きずるゴースト型デジモン・ファントモンだった。
ボロボロの布の奥から覗く巨大な単眼が、獲物を見つけた歓喜に歪む。
一方、ミコトはファントモンの言う『極上の闇』という単語に訝しみ、この霧と『闇』のデジモンの正体を知った。
「まさか、こんな小娘から、あれほどの禍々しい闇の波長が放たれているとはな。お前、一体何者だ?」
ファントモンがゆっくりと鎌を持ち上げる。
その切っ先から放たれる圧倒的な死の冷気に、ミコトは身震いした。
一度戦った事がある相手とは言え、やはり完全体デジモンの放つプレッシャーは、これまでのバケモンたちとは次元が違う。
(どうしよう……見つかった。このままじゃ、殺されるか、ヴァンデモンのところに連れて行かれる……!)
(あいつの元に連れていかれたらまた洗脳されるかもしれない‥‥)
幻夢のタグを入手する際、ヴァンデモンとの交戦経験を持つミコトであるが、ヴァンデモンと幻夢のタグの影響であの時、自分は洗脳されてタイチたちと戦う事になり、彼らに迷惑をかけてしまった。
今回もヴァンデモンの所に連れていかれたらあの時と同じ事をされるかもしれない。
そうなれば、自分は兄と無理矢理戦わされるかもしれない。
そう考えると恐怖で足がすくむ。
しかし、ミコトの瞳の奥には、決して屈しない強い光が宿っていた。
「私はただの人間よ。貴方たちみたいな化け物に、教える名前なんてないわ!」
「キキキ! 減らず口を叩く小娘だ。だが、貴様の体内に渦巻くその力……ヴァンデモン様の新たな糧として、最高にふさわしい。大人しくついてきてもらおうか!?」
ファントモンが大鎌を振り上げ、ミコトを捕縛しようと巨大な鎖を放つ。
「させるかぁっ!!」
その瞬間、ミコトのリュックからジークが弾丸のように飛び出した。
「ジーク! ダメっ!」
ミコトの制止も聞かず、ジークの身体が淡い光に包まれる。
『チビモン進化ァ! ブイモン!!』
黒い小竜へと姿を変えたブイモンは、迫り来るファントモンの鎖を間一髪で躱すと、路上の傍らにあった赤い消火栓に向かって全力で頭突きを放った。
「ブイモンヘッドォォォッ!!」
ガァァァンッ!! という激しい金属音と共に消火栓がひしゃげ、凄まじい水圧の柱が天高く噴き上がった。
吹き出した大量の水が霧と混ざり合い、視界を完全に奪う濃密な水煙の壁を作り出す。
「チィッ!? 小癪な真似を……!」
ファントモンが水しぶきに怯んだその一瞬の隙。
再び退化してチビモンに戻ったジークをミコトは素早く胸に抱え込み、噴き出す水柱の陰に隠れるようにして、すぐ横にあった地下駐車場の入り口へと転がり落ちた。
暗く冷たい地下階段を、足をもつれさせながら転がるように下りていく。
「はぁ……はぁ……っ、ここまで来れば……」
停電して漆黒の闇に包まれた地下駐車場に停められている車の影に入ると、ミコトはようやくその場にへたり込んだ。
ガタガタと震える身体を抱きしめながら、荒い呼吸を繰り返す。
「ミコト、大丈夫!? ごめん、僕……勝手に飛び出しちゃって……」
チビモンが謝りながらミコトの頬にすり寄る。
ミコトは冷え切った手で、その温かい身体をそっと撫でた。
「ううん……ジークの機転のおかげで助かったわ。ありがとう……でも、本当に危なかった」
一歩間違えれば命はなかった。
暗闇の中、ミコトは胸元で光を失った『生命の紋章』をギュッと握りしめた。
地上では、ファントモンがいら立ち紛れに周囲を破壊する音が微かに響いていたがやがてその音もなくなり、周囲は再び静寂に包まれた。
ミコトが地下駐車場に潜んでいる中、事態は動く。
何とかこれまで八人目の選ばれし子供であるヒカリを守っていたヤマトであったが、多勢に無勢‥しかもミコトを捜していたファントモンまで現れて戦況は不利となる。
ヒカリは自分のせいで周囲の人やデジモンが傷つくことに耐えられなくなり、ファントモンと共にヴァンデモンの元へと連れ去られてしまった。
地下駐車場の暗闇の中で、ミコトはジークを抱きしめながら静かに息を整えていた。
(ヤマトお兄ちゃんたちは無事かな……?私がもっと強ければ、足手まといにならずに助けに行けるのに‥‥)
己の無力さに唇を噛みしめるミコト。
デジタルワールドを旅していた頃は此処までの不安になった事は無かった。
それはタイチ、ゼロ丸、ガーボたち仲間が近くに居たからだ。
だが彼女はまだ知らなかった。
地上で彼女の愛する兄たちが、どれほど絶望的な状況に追い込まれ、そして反撃の狼煙を上げようとしているのかを――。
フジテレビ本社・球体展望室ではお台場の空を覆う濃霧の発生源であるこの場所で、冷酷な完全体デジモン・ヴァンデモンは、玉座から見下ろすように冷笑を浮かべていた。
その足元には、幼い少女――八人目の選ばれし子供である八神ヒカリと、彼女のパートナーであるテイルモンがいた。
「ヒカリ……ごめんね、私のせいで……」
「ううん、いいの。テイルモンは悪くないわ」
傷だらけのテイルモンを庇うように、ヒカリは気丈に振る舞っていた。
周囲の人間やデジモンが自分のせいで傷つくことに耐えられなくなった彼女は、自らの意思でファントモンに投降したのだ。
(私が我慢すれば……お兄ちゃんたちも、街の人たちも、みんな助かるんだもの……)
恐怖で震えそうになる膝を必死に押さえ込み、ヒカリは真っ直ぐにヴァンデモンを見据えた。
「よくぞ名乗り出た、八人目の子供よ。お前のその『光』が、私の偉大なる野望の唯一の障壁となる……ここで消えてもらおう」
ヴァンデモンがマントを翻し、死の制裁を下そうと手を掲げたその時だった。
「――ヴァンデモン様。恐れながら、ご報告がございます」
傍らに控えていたファントモンが、恭しく頭を下げて進み出た。
「何だ?ファントモン。邪魔立ては許さんぞ」
「いえ、吉報にございます。例の『極上の闇』を持つ者も、ついに判明いたしました。捕獲には至りませんでしたが、その者も八人目の子供と同じ小娘でございます……追い詰めるのは時間の問題かと‥‥」
その言葉に、ヴァンデモンはピタリと動きを止めた。
赤い瞳が、妖しい歓喜の光を帯びて細められる。
「そうか……あの古の魔王にも似た甘美な闇が、いよいよ私の手に入るというわけだな」
「はっ。いかがいたしましょうか?」
ヴァンデモンは一瞬思案したが、すぐに冷酷な視線をヒカリへと戻した。
「……いや、極上の闇の回収は後回しだ。今は、この八人目の選ばれし子供の抹殺が先だ。光を絶たねば、私の完全なる夜は訪れん」
「御意のままに」
(極上の闇……?)
(一体何のこと?)
死の恐怖に直面しながらも、ヒカリとテイルモンは顔を見合わせた。
あのヴァンデモンすらも欲する「極上の闇」を持つ者‥‥それは一体誰のことなのか見当もつかないが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
「さあ、死ぬがいい! 八人目の子供よ! ブラッディストリーム!!」
ヴァンデモンの両手から、血のように赤い鞭のようなエネルギーが放たれ、ヒカリめがけて襲い掛かる。
ヒカリがギュッと目を瞑り、死を覚悟したその瞬間――!
ドゴォォォォォンッ!!
展望室の分厚いガラス窓が、外からの凄まじい衝撃によって粉々に吹き飛ばされた。
「何事だ!?」
ヴァンデモンが顔をしかめ、放った攻撃の軌道を逸らす。
粉塵とガラスの雨が舞い散る中、巨大な影が展望室へと乱入してきた。
「ヒカリーーーッ!!」
「お兄ちゃん!!」
硝煙を切り裂いて現れたのは、ヒカリの兄である太一とグレイモン。
そして、その後ろからは、ヤマトとガルルモン、光子郎とカブテリモン、空とガルダモン、さらにはテイルモンの親友であるウィザーモンの姿があった。
「よくもヒカリちゃんを……! ヴァンデモン、お前の好きにはさせないぞ!」
ヤマトが怒りに顔を歪め、デジヴァイスを強く握りしめる。
彼はつい先ほどまでヒカリを守るために戦っていたが、力及ばずファントモンに彼女を奪われてしまっていた。
その悔しさと怒りが、彼の心を熱く燃え上がらせていた。
「テイルモン! 今助けるからな!」
「ウィザーモン……!」
ウィザーモンがステッキを振るい、ヒカリとテイルモンを縛っていた拘束を一瞬にして解き放つ。
「愚かな選ばれし子供たちよ……わざわざ死に急ぐために集まったか?」
ヴァンデモンは余裕の笑みを崩さず、周囲に無数のコウモリを召喚し始めた。
完全体の圧倒的な威圧感が、展望室の空気を氷のように凍てつかせる。
だが、子供たちの瞳に恐怖はなかった。
太一がゴーグルを直し、ヤマトと力強く頷き合う。
「ヤマト、ここは俺たちで決めるぞ!」
「ああ! 行くぞ、太一!」
二人の胸元で、勇気と友情の紋章が眩い光を放ち始めた。
その光に呼応するように、デジヴァイスがかつてない激しい輝きで鼓動する。
「グレイモン、超進化だ!!」
「ガルルモン、超進化だ!!」
『グレイモン超進化ァァァッ!! メタルグレイモン!!』
『ガルルモン超進化ァァァッ!! ワーガルルモン!!』
光の柱が天を突き破り、二体の成熟期デジモンが、強大な力を持つ完全体へとその姿を変えた。
機械化された巨竜と、鋭い爪を持つ二足歩行の獣人。
「さあ、反撃開始だ! 行けっ、メタルグレイモン!!」
「ワーガルルモン、あいつをぶっ飛ばせ!!」
太一とヤマトの叫びと共に、二体の完全体デジモンがヴァンデモンへと襲い掛かる。
さらに、光子郎のパートナーであるカブテリモンも、激しい光と共に超進化を遂げた。
『カブテリモン超進化ァァァッ!! アトラーカブテリモン!!』
「ホーンバスター!!」
「ギガデストロイヤー!!」
完全体デジモンたちによる、展望室を吹き飛ばさんばかりの総攻撃。
しかし、土煙が晴れた後に立っていたのは、マントにわずかな焦げ跡一つつけただけのヴァンデモンの姿だった。
「無駄だ。同じ完全体とはいえ、私が長い年月をかけて蓄積した闇の力の前では、お前たちの攻撃など児戯に等しい」
ヴァンデモンは冷酷に言い放つと、圧倒的な力でメタルグレイモンたちを次々と弾き飛ばしていく。
同じ完全体でありながら、その実力差は絶望的だった。子供たちの顔に焦りの色が浮かぶ。
その時だった。
『パタモン進化ァ!! エンジェモン!!』
タケルのパートナーであるパタモンが、六枚の純白の翼を持つ天使型デジモン・エンジェモンへと進化した。
成熟期でありながら、その身に宿す神聖な力は、闇のデジモンにとって最大の脅威となる。
「ヘブンズナックル!!」
黄金の光を纏ったエンジェモンの拳が、ヴァンデモンめがけて一直線に放たれる。
「ぐおおおおっ!?」
これまで完全体デジモンたちの攻撃を平然と防いでいたヴァンデモンが、成熟期のエンジェモンの一撃を受けて大きく後ずさり、苦悶の声を上げた。
明らかにダメージが通っている。
「ちぃっ……目障りな光の力め……!」
ヴァンデモンは忌々しげにエンジェモンを睨みつけたが、すぐにその視線を、床に座り込むヒカリへと向けた。
エンジェモンとの戦闘にかまけている場合ではない。
自らの野望を阻む最大の脅威――『八人目の子供』を完全に抹殺することこそが最優先だ。
「まずは貴様からだ、八人目の子供よ! ナイトレイド!!」
ヴァンデモンのマントから、無数の漆黒のコウモリが実体化し、凄まじい殺意と共にヒカリとテイルモンへと殺到する。
避けることもできず、ヒカリがギュッと目を瞑ったその瞬間――。
「ヒカリ、テイルモンッ!!」
ボロボロに傷ついていたはずのウィザーモンが、二人の前に立ちはだかり、その小さな背中でヴァンデモンの必殺技を文字通り『身を挺して』受け止めたのだ。
「……あ、ああっ……ウィザーモンッ!?」
「テイル、モン……よかった……間に合って……」
背中を深くえぐられ、崩れ落ちるウィザーモン。
テイルモンは信じられないものを見るように、親友の体を抱きしめた。
「どうして……どうして私を庇ったりなんか……!」
「お前は……俺の命を救ってくれた……俺に、生きる意味を教えてくれた……だから……今度は、俺がお前を……」
ウィザーモンの言葉が、徐々に消え入りそうになる。
その瞳は、涙を流すテイルモンと、ヒカリの顔を優しく見つめていた。
「ヒカリ……テイルモンを‥頼む……」
パァァァッ……。
最期の言葉を残し、ウィザーモンの体は光の粒子となって、夜空へと儚く散っていった。
「ウィザーモン……! ウィザーモォォォォンッ!!」
テイルモンの悲痛な叫びが、展望室に響き渡る。
ただ一人、自分を理解し、共に歩んでくれた親友の死。
その深い悲しみと、ヴァンデモンへの激しい怒りが、テイルモンの心を激しく揺さぶった。
「ヴァンデモン……許さない。絶対に、許さない……!!」
テイルモンの悲しみと怒りに呼応するように、ヒカリの手のひらで『光の紋章』がかつてないほどの神々しい輝きを放ち始める。
闇を打ち払う、純粋にして絶対的な光。
『テイルモン超進化ァァァッ!! エンジェウーモン!!』
眩い光の中から現れたのは、八枚の美しい翼と神々しい姿をした大天使型デジモン・エンジェウーモンだった。
「な、なんだと……!? その光は……!」
ヴァンデモンが、そして背後に控えていたファントモンが、その圧倒的な神聖力に怯え、後ずさる。
「みんなの力を、私に貸して!!」
エンジェウーモンの呼びかけに応え、エンジェモンをはじめとする仲間たちの技が、彼女の元へと集束していく。
集まった巨大なエネルギーは、一本の輝く光の矢となった。
「悪しき闇よ……光の裁きを受けなさい!! ホーリーアロー!!」
放たれた光の矢が、夜空を真っ二つに引き裂く。
その圧倒的な光の奔流は、ヴァンデモンの盾となろうとしたファントモンを一瞬で消し飛ばし、そのままヴァンデモンの胸部を深々と貫いた。
「ば、馬鹿な……!! この私が……選ばれし子供たちごときに……ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」
断末魔の叫びと共に、ヴァンデモンの身体は光に包まれ、完全に四散して消滅した。
お台場を支配していた恐怖の完全体デジモンは、ついに打ち倒されたのだ。
「……やった! ヴァンデモンを倒したぞ!!」
「ウィザーモン……仇は、取ったよ……」
太一たちが歓喜の声を上げ、ヒカリとテイルモンが涙を流しながら抱き合う。
過酷な戦いを終え、子供たちの顔にようやく安堵の表情が浮かんだ。
――しかし。
「……おい、おかしいぞ。ヴァンデモンを倒したのに……」
ヤマトがふと空を見上げ、険しい顔で呟いた。
その言葉に、全員の視線が外へと向けられる。
「霧が……晴れない?」
ヴァンデモンが消滅したにもかかわらず、お台場を完全に外部から遮断しているどす黒い灰色の濃霧は、薄まるどころか、むしろより重く、不気味に滞留し続けていた。
「どういうことだ……? ヴァンデモンの結界じゃなかったのか!?」
「それに……なんだか、さっきよりも嫌な空気が……」
光子郎と空が、不安げに周囲を見渡す。
勝利の余韻は一瞬にして消え去り、得体の知れない不気味な静寂が、再び子供たちを包み込んでいた。
終わっていなかったのだ。
いや、本当の『絶望』は、ここから始まろうとしていた――。
同じ頃、地下駐車場の暗闇の中で身を潜めていたミコトもまた、心臓の奥底でチリチリと焼けつくような痛みを覚えていた。
「っ!?」
「ミコト、どうしたの……?」
心配するジークの声に、ミコトは胸元をきつく握りしめる。
彼女の体内の『魔王の因子』が、地上から消え去ったヴァンデモンの闇を感知した直後――それを遥かに上回る、とてつもなく巨大で、底知れぬ『虚無』のような闇の波長が膨れ上がり始めているのを感じ取っていたのだ。
(何かが……何かがおかしい。ヴァンデモンの気配は消えたのに……霧の中の闇が、どんどん強くなっている……!!)
終わらない夜の霧の中で、ミコトは戦慄に体を震わせていた。
「ちくしょう!」
太一は傍に落ちていたヴァンデモンの仮面を力任せに蹴り上げる。
「ヴァンデモンを倒しただけじゃダメなのか…!?」
「そんな!じゃあずーっと閉じ込められたまま!?」
子供たちの中に動揺が走る中、
「あっ…!」
ピコンピコンと発せられる電子音に、光子郎が急いで背中のノートパソコンを下ろした。
「メール…ゲンナイさんからだ!」
光子郎の元へと集まってくる子供たち。
パソコンの画面では、ゲンナイのアバターがぴょこぴょこと動きながら、メールの受信を知らせていた。
『子達よ、喜べ!ヴァンデモンを倒すヒントを見つけたぞー!』
添付されたファイルと開くと、そこに書かれていたのはデジタルワールド古代文字で、ゲンナイによると、古代遺跡で見つかった予言の詩だという。
その内容が、
『はじめにコウモリの群れが空を覆った。
続いて人々がアンデッドデジモンの王の名を唱えた。
そして時が獣の数字を刻んだ時、アンデッドデジモンの王は獣の正体を現した。
天使たちがその守るべき者の最も愛する人へ光と希望の矢を放った時、奇跡が起きた』
という内容であった。
『では幸運を祈る!』
ゲンナイは伝える事を伝えた後、画面から消えた。
ゲンナイが『ヴァンデモンを倒すヒント』と言ったからには、ヴァンデモンは完全に倒していない事を意味する。
「ねぇ、この霧を晴らす方法は分からないの?」
「それが‥‥」
空の疑問に光子郎は顔を曇らせる。
ゲンナイのメールには予言の詩以外は書かれておらず、この霧を晴らす方法はなかった。
「お兄ちゃん、早くお父さんとお母さんの所へ行こう」
「そうだな」
太一やヒカリも、そして丈やミミもまた、自分の家や、両親の元へ一度戻りたい様子だった。
太一とヒカリ、空は家族が捕らわれているビッグサイトへ‥‥
丈、光士郎、ミミは自宅のマンションへ戻り、
裕明、ヤマト、タケルは海上からこの霧を突破できないかと船で東京湾に向かった。
ビッグサイトへ向かっている中、ヒカリが思い出すかのように太一に声をかける。
「お兄ちゃん……」
「ん? どうしたヒカリ。疲れたか?」
「ううん……あのね、ヴァンデモンのところにいた時、ファントモンが言っていたの。ヴァンデモンは、私以外にもう一人……『極上の闇を持つ者』っていう誰かを探しているみたいだった」
「極上の……闇?なんだ?それは?」
太一は眉をひそめ、隣を歩くアグモンと顔を見合わせた。
「分からない。でもファントモンは『八人目の子供と同じ小娘』って言って、ヴァンデモンは『古の魔王』って‥‥」
「八人目同様の小娘って、ヒカリと同じくらいの女の子がヴァンデモンに狙われていたって事?」
「そういう事になるな‥‥それに古の魔王って単語も気になるな‥‥」
「そうね‥‥」
空もヒカリの言葉に不吉さを覚える。
「でも、今はこの霧と母さんたちを助ける事を優先だ」
「ええ」
予言やヴァンデモンたちが言う不吉な単語は気にはなったが、今は捕らわれた両親たちの救助を優先した。
やがて、ヤマトとタケルを除く他の子ども達も集合し、集まった仲間達全員で一斉に、見張り役のバケモンたちを排除する。
幼年期まで退化していたデジモンたちも、成長期まで進化を果たした。
ビッグサイトの中は不気味なほど静かだった。
広い会場内には、お台場中に住む人たちが仰向けに寝て並んでいた。
自分の意思とは無関係に、ただそこに横たわるようにして、整然と並べられて眠っいたのだ。
「母さん!目を覚まして!」
「お父さんも!」
太一とヒカリは両親に声をかけるが起きる気配がない。
「お母さん!」
「パパ!ママ!」
そして空、続いてミミも声をかけるが親たちは起きる気配がない。
眠っている人たちの状態を確認する丈の兄のシン。
彼は医大生で、バケモンが襲撃してきた際、押し入れで寝ていた事で難を逃れ、家に戻って来た丈と合流してビッグサイトへ来た。
「脈拍は正常‥眠っているみたいだ‥‥」
少なくとも、みんな息をしている‥‥ただ、深い眠りから目を覚ませずにいるだけだ。
「丈。お前な、親の言うとおりの人生を歩む必要なんかないって」
「えっ…?」
不意にシンが、諭すように優しく丈に語りかける。
「実は俺もさ…国家試験受かったら、医者のいない離島に行こうと思っている。父さんは反対するだろうけど‥‥」
城戸家は家族皆が医者の家系であり、シンも今は医大生で親は城戸家が経営をしている病院に就職させるつもりなのだろが、シンは離島医療に携わるつもりであり、親の敷いたレールを走る事は無いと丈に語る。
「…私のせいでこうなったのね」
「私のせいでもある」
その時広い会場に響いたのは、ヒカリとテイルモンの会話だった。
「だーいじょうぶ。みんな眠っているだけよ。きっとすぐに目を覚ますから‥‥」
(そうよね、お母さん‥‥)
なるべく明るい調子で、空がヒカリとテイルモンを慰めるように声をかける。
同じ頃、お台場の海沿いでは、ヤマト、タケル、そして二人の父である裕明が、ボートに乗り込んで東京湾からの脱出を試みていた。
「くそっ……全然前が見えない! これじゃ船を出しても、どこかに衝突しちまうぞ!」
ヤマトが焦燥に駆られて叫ぶ。
ガブモンとパタモンも、船首から懸命に目を凝らしているが、灰色の霧は海上にまで厚く立ち込めており、視界は数メートル先すら絶望的だった。
「ダメだ、ヤマト。引き返そう! 霧が深すぎて、海からの脱出は不可能だ……!」
裕明の苦渋の決断に、ヤマトはギリッと唇を噛みしめた。
結界は解けていない。
お台場はまだ、海からも完全に封鎖された陸の孤島だった。
陸に戻った時、ヤマトたちは突如、成長期のギザモンの大軍に襲われる。
車で逃げようとしたが、ヤマトたちが乗った車にギザモンたちが張り付く。
絶体絶命な状況に陥った時、
『ぎぁぁぁぁぁー!!』
物凄い悲鳴と共にギザモンたちの姿は消えていた。
「な、なにが起きたんだ?」
車のドアを開けて見てみると、
「見て、アレ!!」
タケルが指をさしたその先にはコウモリの群れが飛んでいた。
「予言の通りだ‥‥『はじめにコウモリの群れが空を覆った』」
その光景を見て嫌な予感がした裕明はビックサイトへと車を走らせた。
予言の最初の言葉通り、コウモリの群れが空を被った頃、ビッグサイトの隅では、泉家の夫婦が光子郎にある秘密を語る。
それは、自分たち夫婦は光子郎の両親ではないと言う事だ。
光子郎の本当の両親は光子郎がまだ赤ん坊の時、事故でなくなっており、遠縁で子供が亡くなったばかりの自分たちが光子郎を養子として引き取り、今日まで育てて来たと言う。
「知っていました。聞かなかったフリしよう…それまで通りでいようとしましたが、僕にはできませんでした」
しかし、光子郎はその事実をかなり前に知っていた。
「どうにかしようって、すればするほど、おかしくなって‥‥最後には、本当の自分を見せないよう、パソコンにはまって‥‥」
「パソコンにはまったっていいんだよ!」
「お父さん?」
「それがお前の個性なんだから」
『生みの親より育ての親』の言葉の通り、泉夫婦は光子郎を実の子供の様に育てて来た。
そしてこれからもそうするつもりだ。
光子郎もこれまで通り、自分たち夫婦の子供でいてくれと言われ、泉家のわだかまりはこんな事態であるが解消することが出来た。
泉家のわだかまりが解消された時、ビッグサイトである変化が起きた。
仰向けに倒れたまま、閉ざされた瞼の下で眼球が異常な速度で動き、焦点の定まらない虚ろな表情を浮かべる人々。
そして、彼らの口から一斉に、低く、呪詛のような声が漏れ始めたのだ。
『……ヴァンデモン様……ヴァンデモン様……』
「な、なんだ!? 母さん、何を言っているんだ!?」
太一が青ざめた顔で母親の肩を揺さぶるが、母親は虚ろな声で同じ言葉を繰り返すだけだった。
隣にいる父親も、丈の家族も、空の母親も、そしてビッグサイトに囚われたすべての人々が、まるで何かに操られるかのように、一つの名を唱和し始めた。
『ヴァンデモン様……ヴァンデモン様……』
何千、何万という人々の無機質な声が、巨大な展示場内に不気味に響き渡る。
「こ、これって……!」
「肉体的には、まだ眠っている。だからまだ、寝言なんだけど‥‥」
横たわったままの人々の身体を観察して、シンがそう告げた。
しかし、寝言にしては全員が同じ言葉を言うのはあまりにも不自然だ。
光子郎が急いでノートパソコンの画面を開き、先ほどゲンナイから送られてきた予言の詩を指差した。
「『人々がアンデッドデジモンの王の名を唱えた』……この異常な現象は、予言の通りだというんですか!?」
「嘘でしょう?ヴァンデモンは確かに倒したはずなのに!?」
ミミがパルモンを抱きしめながら悲鳴を上げる。
光子郎のパソコンの画面の隅で、現在時刻を刻むデジタル時計が、無機質に時を進めていた。
「コウモリの予言も当たったんだよ!」
そこへ、ビッグサイトに到着したタケルがついさっき、空を覆うコウモリの群れを見たと言う。
「三番目の予言は何だった!?」
最初と二場目の予言が当たったと言う事は残りの予言も現実起きる可能性がある。
「そして、時が獣の数字を刻んだ時、アンデッドデジモンの王は獣の正体を現す…」
光子郎が、予言の続きをなぞる。
「何だよ、その獣の数字って!?」
「666…ヨハネの黙示録に出てくる数字のことだ」
太一の疑問に答えたのは裕明だった。
全員の顔が硬直していく。これから起こる事態に予測がつけられない。
「666ってことは…6時6分6秒…?」
太一が、自身のデジヴァイスを取り出した。
そのディスプレイには、無機質なデジタルの数字が並んでいる。
はっと息を呑む太一。
デジヴァイスに映し出された現在の時刻は、ジャスト午後六時を指していた。
「もうすぐだ!!」
「車で行こう!」
裕明を先頭に、ヤマトとガブモン、太一とアグモンが後に続く。
「まずは俺たちで様子を見てくる!母さん達を頼む!」
そう言い残し、彼らは足早に行ってしまった。
【 18 : 05 : 55 】
【 18 : 05 : 56 】
「みんな、気をつけて! 何かが起こる……すごく嫌な感じがするわ!」
テイルモンが全身の毛を逆立て、鋭い爪を構えながら周囲を警戒する。
【 18 : 06 : 05 】
そして、時計の針が、予言された『その時』を刻む。
【 18 : 06 : 06 】――午後6時6分6秒。
『そして時が獣の数字を刻んだ時、アンデッドデジモンの王は獣の正体を現した』
ズズンッ……!!
突如として、お台場全体を揺るがすほどの巨大な地鳴りが響き渡った。
ビッグサイトの天井のガラスがビリビリと共鳴し、床が激しく波打つ。
「うわあっ!?」
「きゃあああっ!」
立っていられず、子供たちはその場にしゃがみ込んだ。
地鳴りの中心――フジテレビ本社方面の空を見上げる。
晴れない濃霧が、まるで巨大な竜巻のように一箇所に集束していく。
「な、なんだよ‥‥?あれ‥‥?」
車の中から太一の口から、絶望の混じった呟きがこぼれる。
かつてのヴァンデモンが持っていた知性や冷酷な貴族らしさは欠片もない、ただ純粋な破壊と暴食の衝動だけを具現化したような、禍々しい巨大な魔獣のシルエットが霧の中に浮かび上がっていた。
同じ頃、地下鉄のホームで身を潜めていたミコトは、心臓を鷲掴みにされるような激痛に胸を押さえて悶え苦しんでいた。
「ああっ……! ぐっ、ううぅぅっ……!」
「ミコト!? しっかりして、ミコト!!」
パニックになるジーク(チビモン)の声も遠く聞こえる。
ミコトの体内にある『魔王の因子』が、地上で産声を上げた究極の闇――【ヴェノムヴァンデモン】の圧倒的な負のエネルギーと激しく共鳴し、暴走しそうになっていたのだ。
(ダメ……呑み込まれる……! あんなの、さっきのファントモンやヴァンデモンなんかと比べ物にならない……!)
頭の中に広がるダークレーダーが、あまりの闇の強大さに悲鳴を上げ、ショート寸前になっている。
完全体とは次元の違う、規格外のプレッシャー。
それは紛れもなく、進化の頂点である『究極体』の放つ絶望の波長だった。
「パパ‥‥ヤマトお兄ちゃん‥‥逃げて‥‥」
ミコトは地上で恐るべき魔獣と対峙しているであろう兄たちの無事を、ただ祈ることしかできなかった。