お台場を外部から完全に遮断した、不気味な濃霧の結界。
愛する家族を救うため、初音島の病院を抜け出し密かにお台場へ突入したミコトとパートナーデジモンのジーク。
しかし、結界突破時の凄まじいエネルギー消耗によりジークは幼年期へと退化してしまう。
心配性な兄・ヤマトたちに余計な負担をかけまいと正体を隠すことを決意したミコトは、自身の内に眠る『魔王の因子』の共鳴を頼りに、地下鉄の暗闇で息を潜めていた。
一方地上では、選ばれし子供たちの決死の戦いが遂に結実する。
八人目の選ばれし子供であるヒカリのパートナー、テイルモンが超進化した大天使型デジモン・エンジェウーモン。
彼女の放つ「ホーリーアロー」の眩い光が、お台場を支配していた完全体デジモン・ヴァンデモンを打ち倒したのだった。
しかし、歓喜も束の間、お台場を覆う霧は一向に晴れる気配を見せない。
光子郎のもとへ届いたゲンナイからの『予言の詩』が示す通り、空を覆い尽くすコウモリの群れが現れ、ビッグサイトに囚われた人々は眠りに落ちたまま、何かに操られるように一斉に『ヴァンデモン』の名を唱え始めた。
次々と現実のものとなっていく不吉な予言に、子供たちと大人たちは戦慄する。
そして、時計の針が予言された「獣の数字」――午後6時6分6秒を刻んだその瞬間。
人々の恐怖や絶望といった負のエネルギーを全て吸い込み、ヴァンデモンは理性を失った破壊と暴食の化身、究極体【ヴェノムヴァンデモン】として最悪の復活を遂げた。
進化の頂点に立つ究極体が放つ、次元の違う絶望的な闇の波長。
それは、地下に潜むミコトの心臓に宿る『魔王の因子』と激しく共鳴し、彼女の身体を内側から焼き尽くすような苦痛を与えていた。
圧倒的な質量と恐怖で迫り来る巨獣を前に、太一やヤマトたちは愛する者たちを守り抜くことができるのか。
そして、暗闇の中で苦悶しながらも家族の無事を祈るミコトの運命は――。
かつてない究極の絶望が、お台場の夜を完全に呑み込もうとしていた。
「ガルルゥゥゥアアアッ!!」
お台場の夜を切り裂いたのは、生物のそれとは思えない、地響きのような咆哮だった。
フジテレビ本社の球体展望室を内側から突き破り、姿を現したその巨体は、ビルを遥かに見上げるほどの質量を持っていた。
ヴァンデモンの面影を残す不気味な顔が、その巨大な腹部に埋め込まれている。
「な、何よ?あれ……?大きすぎるわ……!」
ミミが恐怖に声を震わせ、パルモンを抱きしめる。
ビッグサイトから飛び出した太一たちの前に立ちはだかるのは、完全体とは次元の違う圧倒的な存在――究極体ヴェノムヴァンデモンだった。
「見て!」
タケルが指を指すその先で、つまりは怪物の腹の辺りで、爆発が起こっている。
「メタルグレイモンやワーガルルモンが、戦っているんだ!」
メタルグレイモンが放ったのであろう必殺技のギガデストロイヤーは、残念ながら相手には効いていないように見える。
もう一度、今度は顔の辺りで爆発が起こった。
残っていたビルの一部を崩しながら、怪物は一度倒れ込んだが、何食わぬ顔でまた立ち上がる。
太一とヤマトを乗せ、裕明が運転するミニバンが子どもたちの元へとすぐに帰ってきた。
あの怪物‥ヴェノムヴァンデモンを足止めするため、メタルグレイモンとワーガルルモンはその場に残り戦っている。
ヴェノムヴァンデモンはエサを求めて、ビッグサイトに収容されている大勢の人々を狙っているのだという。
「みんなを、どこかに移せないか!?」
ビッグサイトへ向かおうとしているヴェノムヴァンデモンの足止めも、いつまで続くか分からない。
焦った様子で太一が提案するが、それがどれほど困難を極めるものかは、誰もが理解していた。
「無理だよ、何万人といるんだぞ」
シンは今からではビッグサイトに居る人々を何処か別の場所に移すのは無理であると指摘する。
「ヴェノムヴァンデモンを倒すしか方法がないわね」
人々を動かすことが出来ないのであるならば、ヴェノムヴァンデモンを斃すしか方法はない。
他のデジモン達はこの場に残り、テイルモン、パタモンは今、ヴェノムヴァンデモンの足止めをしているメタルグレイモン、ワーガルルモンの元へ向かう。
太一やヤマト、タケル、ヒカリも一緒だ。
「光子郎」
不意に、政実が光子郎に呼び掛ける。
「私たちも行こう」
「…はい!」
もしかしたら、少しでも、何か手伝えることがあるかもしれないと思ったからだ。
太一、ヒカリ、ヤマト、タケル、泉一家、テントモンも向かった。
「パタモン進化…エンジェモン!」
「テイルモン超進化…エンジェウーモン!」
天使へと姿を変えた二体が、上空へと飛び立っていく。
裕明の運転するミニバンには総勢9名とテントモンが乗っていた。
定員オーバーなのは明白だったが、そんなことを気にしている余裕などない。
「今度は天使に変身したのね」
「変身やのうて、進化です」
光子郎の母、佳江の呟きに、テントモンが訂正を加えた。
光子郎のパソコンにはデジモンアナライザーが起動されている。
そのパソコンを覗き込みながら、政実が尋ねた。
「何だね、この成長期とか完全体というのは?」
「デジモンの進化のレベルを表しています。下は幼年期で、これから順にレベルアップしていくんです」
そこで、ヴェノムヴァンデモンのレベルが完全体の上のクラス‥‥究極体である事を知る一同。
完全体の更に上のクラスという事で、二体の完全体デジモンを相手にしてもヴェノムヴァンデモンを止める事は出来ず、二体は後方へと追いやられ、
いつの間にか成長期まで退化し、ころころと転がり込むように倒れてしまった。
「どうしたんだ!?」
「エネルギー切れだと思います」
やはり完全体を維持するのもエネルギーの消費量が多く、ましてや究極体のデジモンと戦っていただけあって、その消費量も多く、成長期に退化してしまったのだろう。
「ホーリーアロー!」
「ヘブンズナックル!!」
続いて二体の天使デジモンがヴェノムヴァンデモンの相手をする。
その間に予言の続きの解釈が行われる。
『天使たちがその守るべき者の最も愛する人へ光と希望の矢を放った時、奇跡が起きた』
天使たちはエンジェモンとエンジェウーモンである事は明白であり、
守るべき者は天使デジモンのパートナー‥つまり、タケルとヒカリを指す。
最も愛する人はそれぞれの家族‥太一とヤマトになる。
「二人に、光と希望の矢を放つ?それってお兄ちゃんたちが矢に撃たれないといけないって事?」
ヒカリが不安そうに言う。
「死んじゃうかもしれないってこと!? そんなの絶対にダメだよ!」
「タケル、大丈夫だ。お兄ちゃんは絶対に死なない」
ヤマトが優しくタケルの頭を撫で、真っ直ぐにエンジェモンを見据える。
「やってくれ、エンジェモン。お前を、そしてタケルを信じている!」
「俺もだ、エンジェウーモン! ヒカリを守るためなら、何だって受けて立つ!」
太一が拳を握りしめ、一歩前に出る。
二人の少年の、大切な者を守るための揺るぎない覚意。
その絆に呼応するように、エンジェモンとエンジェウーモンが静かに宙へと浮き上がった。
一方、地下駐車場の漆黒の闇の中。
ミコトは壁に背を預け、荒い息を吐きながら胸元をきつく押さえていた。
「はぁ、はぁ……っ……!」
地上のヴェノムヴァンデモンが放つ、狂気的な究極体の闇の波長。
それがミコトの内の『魔王の因子』を激しく揺さぶり、彼女の体細胞を内側から焼き尽くすような激痛となって襲い掛かっていた。
「ミコト! しっかりして! 意識を保つんだ!」
ジークが必死にミコトの顔を覗き込み、小さな手で彼女の頬を擦る。
「大丈夫……よ、ジーク……でも、わかるの……地上のあの闇……あれは、ヴァンデモンがさらに凶悪な姿に変わったものだわ……」
ダークレーダーが捉える光景‥そこには、圧倒的な巨躯に踏みつぶされそうになりながらも、決して退かない兄・ヤマトたちの気配があった。
(ヤマトお兄ちゃん、あんな化け物と戦っているの……?)
ミコトはデジヴァイス01をチラッと見る。
今すぐジークを進化させ、力になりたい。
だが、ワープ進化で結界を破った代償はあまりにも大きく、ジークのエネルギーは未だに成長期を維持するのすら危うい状態だった。
「ミコト、僕、もう一度メタルメギドラモンになるよ! あいつの闇なんて、僕が噛みちぎってやる!」
ジークが悔しそうに、小さな牙を剥き出しにする。
しかし、ミコトはそれを優しく抱きとめた。
「ダメよ、ジーク。今の状態で無理をしたら、貴方の命が消えちゃう……そんなの、絶対に嫌」
ミコトはきつく目を閉じ、自身の強い精神力を叩きつけた。
この感覚がよくわからないが、今は感覚を研ぎ澄ますための道具にする。
「私は表には出られない。ヤマトお兄ちゃんに、私の姿を見せるわけにはいかないもの……だけど、陰からならあいつの闇の障壁を一瞬だけ狂わせることくらいなら……!」
病み上がりの華奢な少女は、暗闇の中で、決して折れない瞳を開いた。
兄を、家族を救うため、彼女もまた独自の戦いを始めようとしていた。
地上では、張り詰めた空気の中、二人の大天使が武器を構えていた。
エンジェウーモンが天の弓に『光の矢』を番え、エンジェモンが黄金の杖から『希望の矢』を形作る。
「太一……!」
「ヤマト……!」
ヒカリとタケルの悲痛な叫びが響く中、二つの聖なる矢が放たれた。
「うおおおおおおおッ!!」
「ぐあああああああッ!!」
まばゆい聖なる光の矢が、太一とヤマトの胸を真っ直ぐに貫く。
激しい衝撃に二人の身体が浮き上がり、絶望的な光に包まれる――かと思われた、その瞬間。
ピキィィィィン……!!
二人のデジヴァイスが、これまでの限界を遥かに超えた、太陽のような輝きを放ち始めた。
勇気と友情の紋章が、お台場の夜空に巨大な光の刻印となって浮かび上がる。
その聖なる光の奔流は、アグモンとガブモンの身体を包み込み、進化の系譜を瞬時に駆け上がらせた。
『アグモンワープ進化ァァァッ!!』
『ガブモンワープ進化ァァァッ!!』
超進化をも飛び越え、一気に究極体へと至る奇跡の具現。
光の中から現れたのは、超金属「クロンデジゾイド」の鎧を纏った竜戦士、そして全身を無数の兵器で武装したサイボーグ獣。
『ウォーグレイモン!!』
『メタルガルルモン!!』
二体の究極体デジモンが、お台場の地に堂々と降り立った。
これまでにない強大なエネルギーの誕生に、ヴェノムヴァンデモンが初めて明確な『警戒』の咆哮を上げる。
「やった……本当に、奇跡が起きたんだ……!」
光子郎が感動に声を震わせる。
「行くぞ、メタルガルルモン! 奴を今度こそぶっ潰す!」
「応! ウォーグレイモン、合わせるぞ!」
お台場を、そして現実世界を救うための、究極体同士の神話的な決戦の火蓋が、今ここに切って落とされた。
「ウォーグレイモン! あのデカブツを一気にぶっ飛ばせ!」
「メタルガルルモン、俺たちの力を見せてやれ!」
太一とヤマトの叫びが夜空に響き渡る。
進化の光を纏い、究極体へと至った二体のデジモンは、圧倒的な速度でヴェノムヴァンデモンへと突撃した。
「ガイアフォース!!」
ウォーグレイモンが両腕を頭上に掲げると、大気中の全エネルギーを圧縮した超高熱のエネルギー弾が形成される。
太陽のように燃え盛る巨大な球体が、一直線に怪物の巨体へと放たれた。
「コキュートスブレス!!」
同時に、空を駆けるメタルガルルモンの口から、絶対零度の冷気が放たれる。
あらゆる生体活動を停止させる冷気の奔流が、ガイアフォースと交差しながら敵に迫る。
「グガァァァァッ!!」
超高熱と絶対零度。
相反する究極のエネルギーが直撃し、ヴェノムヴァンデモンの巨体が激しく揺らいだ。
フジテレビの周辺を覆っていた闇の霧が、爆発の衝撃で一気に吹き飛ばされていく。
「やったか!?」
ヤマトが期待を込めて声を上げる。
しかし、爆炎が晴れた後に姿を現した怪物は、わずかに後退しただけで、その表面を覆う黒い障壁によって致命傷を免れていた。
「……バカな!?あれだけの攻撃を受けて、まだ平然としているなんて!?」
光子郎がパソコンの画面を凝視し、戦慄の声を漏らす。
「ヴェノムヴァンデモンの周囲に、極めて高密度の『闇のバリア』が展開されています。こちらの攻撃の威力を、直撃の瞬間に相殺しているんです!」
「チィッ……だったら、バリアごと叩き割るまでだ!」
ヤマトがデジヴァイスを構えるが、ヴェノムヴァンデモンは不気味な咆哮と共に、腹部のもう一つの顔――『本体』の口を大きく開いた。
「ヴェノムインフューズ……!!」
腹部の口から、触手のような無数の破壊光線が乱れ撃たれる。
「ぐあっ!?」
「うおおっ!」
ウォーグレイモンのクロンデジゾイドの装甲が激しい火花を散らし、メタルガルルモンも空中で体勢を崩してビルへと叩きつけられた。
「ウォーグレイモン!」
「メタルガルルモン! くそっ、あの闇の壁さえ無ければ……!」
太一とヤマトがギリッと歯を食いしばる。究極体同士の戦いにおいて、ほんの僅かな隙や防御力の差が、致命的な結果を招きかねない。
「くそっ、なんてパワーだ……!」
激しい煙と火花の中、ウォーグレイモンの盾「ブレイブシールド」で追撃を防ぎながら、太一が歯を食いしばる。
かつてミコトが旅をしたデジタルワールドにおいて、タイチたちがホーリーエンジェル城で対峙したヴェノムヴァンデモン。
あの時も絶望的な強さだったが、今目の前にいる個体はそれとは比較にならない、文字通り「段違い」の力を秘めていた。
現実世界に満ちる何万人もの人々の恐怖、絶望、そしてお台場を完全に孤立させた濃霧の結界――それら全てを自らの血肉として吸い上げた今の奴は、底なしの魔力の化け物と化していたのだ。
「同じ究極体のはずなのに、押し負けている……!? 冗談じゃねぇぞ!」
ヤマトもまた、崩落したビルの瓦礫から這い上がったメタルガルルモンを見上げ、焦燥の汗を流す。
同じ完全体からワープ進化したはずの二体をもってしても、現実世界の絶望を喰らう巨獣の足止めが限界だった。
地上で繰り広げられる神話的な死闘の波動は、地下駐車場の漆黒の暗闇をも激しく揺るがしていた。
「あうっ……、う、あああああッ!!」
ミコトは冷たい床を転がり、あまりの激痛に喉を詰まらせていた。
(な、何、これ……あいつが放つ闇が、私の心臓を‥身体を中からズタズタに引き裂こうとしている……!?)
彼女は知らない。
自分の中に眠るその冷たくて悍ましい力が、かつて世界を脅かしたデーモンの遺した『魔王の因子』であるという事実を‥‥
ただ分かっているのは、自分の中にある「名もなき禍々しい何か」が、地上の化け物の闇と最悪の形で共鳴し合っているということだけだった。
「ミコト! ミコト、しっかりして!!」
退化したチビモンが、必死に彼女の胸元にすがりつく。
「大丈夫……大丈夫よ、ジーク……今、ヤマトお兄ちゃんたちが、あの化け物に押し潰されそうになっている……あんなに強いヤマトお兄ちゃんたちが、苦戦している……」
ミコトは苦痛で涙を滲ませながら、胸元の『生命の紋章』を限界まで強く握りしめた。
お兄ちゃんを死なせない。
家族を、みんなを絶対に守る。
その純粋で強固な意志が、彼女の内に潜む呪われた闇の共鳴すらも、強引に『道具』として従えていく。
ドンッ!! と、ミコトの精神力が、胸の紋章とデジヴァイスに叩きつけられた。
その瞬間、あり得ないはずの奇跡が起きる。
結界突破でエネルギーが枯渇し、成長期を維持するのすら不可能だったはずのジークの身体から、爆発的な、そしてどこか禍々しくも神聖な紅蓮の光が噴き出したのだ。
「ミコトの心が、僕の身体に、エネルギーを無理やり流し込んでくる……! やれる、これなら、あいつを噛みちぎれる!!」
チビモンの瞳が真紅に染まり、進化の系譜を一気に突き抜ける。
『チビモンワープ進化ァァァッ!! メタルメギドラモン!!!』
漆黒の地下空間が青蓮の光で爆破されたかのように裂け、お台場の夜空へと向かって、巨大な鉄竜の影が霧の中を突き進んでいった。
地上では、ヴェノムヴァンデモンがトドメを刺さんと、再び腹部の口から凶悪な破壊光線「ヴェノムインフューズ」を放とうとしていた。
「しまっ……! 間に合わない!」
太一が叫ぶ。
ウォーグレイモンもメタルガルルモンも、先ほどのダメージで一瞬の硬直を強いられていた。
だがその直前、地下から研ぎ澄まされたミコトの闇の波長が、ヴェノムヴァンデモンの『闇のバリア』に直撃した。
パリンッ……!!
「グォ……!? ガアアアアアッ!?」
突然、自慢の絶対防御壁が内側からノイズ混じりに叩き割られ、ヴェノムヴァンデモンが狂ったように絶叫し、攻撃が中断される。
「バリアが消えた!? 今です、太一さん、ヤマトさん!!」
光子郎の叫びと同調するように、お台場の分厚い霧の天井が、激しい雷光と共に真っ二つに引き裂かれた。
「――グルアァァァァァァッ!!!」
突如として上空から轟いたのは、生物の肉声を金属の軋みで増幅させたような、悍ましくも圧倒的な咆哮。
霧を割って降臨したのは、全身を不気味な超金属の鎧で包み、背中に禍々しい翼を広げた青蓮の巨大竜――メタルメギドラモンだった。
「な、なんだ!?あのデジモンは……!? ヴァンデモンの仲間か!?」
ヤマトが目を見開く。
そのデジモンが放つプレッシャーは、ヴェノムヴァンデモンとはまた違う、世界の崩壊を予感させるほどの狂気的な闇のエネルギーを孕んでいたからだ。
しかし、その青蓮の鉄竜は、ヤマトたちには目もくれず、完全に無防備となったヴェノムヴァンデモンへと牙を剥いた。
「味方……なのか!? 理由は後だ、合わせるぞ、ヤマト!」
「応! ウォーグレイモン!!」
「メタルガルルモン、最大火力だ!!」
千載一遇の好機に、三体の究極体が同時にその最大奥義を解放する。
「ガイアフォース!!」
「コキュートスブレス!!」
そして、上空のメタルメギドラモンが、その巨大な顎を裂けるほどに開いた。
胸元の赤いV字の刻印が、世界を焼き尽くすような紅蓮の輝きを放つ。
「ジェノサイドメギドフレア!!」
全てを物質レベルで消滅させる、超高温の魔の炎。
正面からの太陽の如き熱球、放たれる絶対零度の冷気、そして上空から降り注ぐ紅蓮の絶技が、ヴェノムヴァンデモンの巨体の中心で完璧に交差した。
ズドォォォォォォォォンッ!!!!!
お台場全体が、まるで昼間になったかのような凄まじい閃光に包まれる。
フジテレビ本社のガラスが全て粉々に吹き飛び、衝撃波によって周囲の濃霧が一瞬で完全に消し飛ばされた。
「グ、ガ……お、オレが……この私が……選ばれし子供たち……ごときに……」
バリアを奪われ、三つの究極体の直撃を受けたヴェノムヴァンデモンの巨体が、内側からボロボロと崩壊していく。
しかし、その肉体が完全に光の粒子となって消滅する直前――腹部に埋め込まれた『本体の顔』の赤い瞳が、あり得ないものを見るように上空、そしてその遥か地下の暗闇へと向けられた。
(……この、私の結界を狂わせた、悍ましくも甘美な波長……まさか、あれこそ私が捜し求めていた……『極上の闇』‥‥こんなところに……!?)
ヴェノムヴァンデモンは、自分を滅ぼした一撃の裏に潜む「本物の魔王」の因子の存在を完全に認知し、その驚愕の表情のまま、大爆発と共に今度こそ完全に四散した。
「……やった、のか?」
太一が呆然と呟く。
激しい光の残滓が消え去ると同時に、お台場を長い間苦しめていたどす黒い霧の結界が、嘘のようにサラサラと、朝の光に溶けるように晴れていく。
「勝ったんだ……! 僕たち、勝ったんだね!」
タケルがヤマトに飛びつく。
子供たち、そして泉夫婦や周囲の大人たちからも、堰を切ったような歓声と安堵の涙が溢れ出していた。
「太一、ヤマト! やったな!」
役目を終えて成長期へと退化し、太一たちの元へと笑顔で駆け寄ってくるコロモンとツノモン。
太一はしっかりとアグモンを受け止めながらも、ふと上空を見上げた。
「……なあ、アイツは? 最後に一緒に攻撃してくれた、あの青くてデカい竜みたいな姿をしてデジモンはどこにいったんだ?」
太一の言葉に、歓喜に沸いていた仲間たちもハッと我に返り、霧の晴れ渡った空をキョロキョロと見渡す。
「ええ……さっきまで、確かにあそこの空にいたのに……」
光子郎が不思議そうに目を細め、急いでパソコンのキーボードを叩き、デジモンアナライザーとレーダーを確認したが、首を横に振った。
「ダメです。あのデジモンの反応は一切ありません。あれほどの質量とエネルギーを持っていたはずなのに……まるで、最初から存在しなかったかのように完全に消滅しています」
「幻なんかじゃないさ。あいつの攻撃がなきゃ、あのバリアを破ってヴェノムヴァンデモンは倒せなかった」
太一が真剣な表情で上空を睨む。
「間違いなく味方……だったんだよな? でも、なんていうか……すげえ禍々しい力を感じたぜ」
「うん……僕も、あれを見た時、ちょっとだけ背筋がゾクッてしたよ……」
アグモンとテントモンが顔を見合わせて身震いする。
敵意は向けられなかったが、本能的な恐怖を感じさせる存在だったのは確かだった。
仲間たちが不思議そうに空を見上げる中、ヤマトだけは会話の輪から少し離れ、未だ煙が燻る夜空の‥あの青蓮の鉄竜が姿を消した辺りをじっと見つめていた。
(どこへ行った……? あのデジモン、それに……)
あの戦いの最中、あの悍ましい姿をした竜が上空に現れた瞬間、何故か自分の『友情の紋章』が、これまでにないほど切なく、愛おしいような感覚で激しく脈打ったのだ。
そして、あいつが消えた空の向こう、あるいは誰もいない街の片隅から、自分をじっと見守る「誰か」の、酷く懐かしい気配を感じたような気がしてならなかった。
(まさか……な。ミコトは今も、初音島の病院で大人しく寝ているはずだ……)
ヤマトは自嘲気味に首を振り、その思考を頭から追い出した。
妹がこんな危険な場所にいるはずがない。
気のせいだ‥ヤマトは自分に言い聞かせる。
だが、彼らはまだ知らなかった。
自分たちを救うため、自身の正体も、内に宿る闇の正体すらも知らないまま、ボロボロになりながら地下の暗闇で冷たい眠りに落ちていった、一人の少女の命懸けの奮闘を――。
冷たい暗闇の底に沈んでいた意識が、微かな温もりによってゆっくりと浮上していく。
耳を打つのは、遠くで鳴く鳥の囀り。
そして、窓の隙間から差し込む、柔らかくも眩しい朝の光だった。
「……ん、っ……」
ミコトは重い瞼をゆっくりと開けた。
視界に飛び込んできたのは、ひび割れた冷たいコンクリートの天井ではなく、見知らぬ白いクロスの天井だった。
身をよじると、シーツの擦れる微かな音がする。
自分がどこかの柔らかいベッドの上に寝かされていることに気づき、ミコトは弾かれたように上体を起こした。
「ここ……は……?」
周囲を見渡す。
そこは、生活感の抜け落ちたマンションの一室だった。
家具にはうっすらと埃が被っており、長い間人が住んでいないことが窺える。
窓の外には、忌まわしい濃霧が完全に晴れ渡った、抜けるような青空と東京湾の穏やかな海が広がっていた。
(お台場の……どこかの空き部屋……?)
ズキッ、と胸の奥が痛んだ。
その痛みに引かれるように、昨夜の記憶が濁流となって脳裏に蘇る。
狂気的な究極体の波長。内側から身体を焼き尽くすような激痛。
限界を超えたジークへの力の譲渡。
そして、地下駐車場の暗闇を青蓮の光で染め上げた、あの禍々しい鉄竜の姿――。
「そうだ、ジーク……! ジークは!?」
ミコトは慌ててベッドの周囲を探り、そして、自分のすぐ枕元で、小さな温かい塊が規則正しい寝息を立てているのを見つけた。
「……ジーク」
そこにいたのは、二足歩行の竜の姿をしたチビモンですらなかった。
力を完全に使い果たし、さらに一つ前の幼年期――黒いスライムのような姿をした『チコモン』へと退化してしまったパートナーが、疲れ切ったように丸くなっていたのだ。
ミコトは震える手で、その小さな身体をそっと抱き寄せる。
チコモンは微かに「きゅぅ……」と鳴き、ミコトの胸元へ温かい体温をすり寄せてきた。
(生きている……よかった……本当によかった……!)
安堵の涙が、ポロポロとシーツに零れ落ちる。
「……貴方が、ここまで私を運んでくれたのね」
ミコトは窓の外の青空を見つめながら、静かに呟いた。
成長期を維持することすら不可能だったはずの彼が、メタルメギドラモンという規格外の究極体へとワープ進化を果たした。
そして、ヴェノムヴァンデモンを撃破した後、霧が晴れて人々が動き出す前に、兄たちに気づかれないよう自分を抱え、この安全な空き部屋へと密かに送り届けてくれたのだ。
『ヤマトお兄ちゃんに、私の姿を見せるわけにはいかない』
最後の瞬間にミコトが強く願ったその想いをジークは、しっかりと汲み取ってくれていた。
「ありがとう、ジーク……無茶させて、ごめんなさい……」
小さなパートナーを抱きしめながら、ミコトは胸の奥の『生命の紋章』、そしてそのさらに奥に潜む『冷たくて重い何か』にそっと触れた。
あの激痛はもうない。
だが、自分の中に確実に【それ】が巣食っているという事実だけが、消えない呪いのように深く刻み込まれていた。
もし、この力の正体をヤマトや太一たちが知ったらどうなるだろう。
もし、この闇がいつか自分を完全に喰い破り、大切な人たちを傷つける存在へと変貌させてしまったら――。
「……ヤマトお兄ちゃん‥‥パパ‥‥」
窓の向こう、かつて戦場だったフジテレビ付近に渦巻いていた絶望的な気配は、もう微塵も残っていない。
選ばれし子供たちは、見事にこのお台場を、そして現実世界を救い出したのだ。
兄の無事を肌で感じ取り、ミコトの唇から震えるような安堵の吐息が漏れる。
「無事だったんだね……よかった……」
世界は救われた。
家族も守られた。
自分が何者にも知られず、たった一人で背負ったこの呪いの代償は、決して無駄ではなかった。
「……帰らなきゃ」
ミコトは涙を拭い、ベッドからゆっくりと降り立った。
まだ足元はおぼつかないが、ここで倒れているわけにはいかない。
自分は初音島の病院を抜け出してきたのだ。
大騒ぎになる前に、何食わぬ顔で病室に戻らなければならない。
彼女はチコモンを大切に上着のポケットに忍ばせ、誰もいない静かな部屋を後にした。
自分を蝕む『魔王の因子』という最悪の爆弾を、その小さな胸に抱えたまま‥‥