過酷な道のりを越え、ついにデジタルワールドの秩序の要である白亜の巨城「ホーリーエンジェル城」へと辿り着いたミコトたち一行。
しかし、城の中庭で厳しい訓練によって倒れたアグモンを救いたい一心から、ミコトは再び自らの命を削る『サクラの力』を使い、気を失ってしまう。
目を覚ましたミコトたちに、城の主である大天使・ホーリーエンジェモンは驚くべき真実を告げる。
タイチとミコトが、それぞれ全く別の世界から召喚された存在であること。
そして、ミコトを包む癒やしの光は、彼女が入院していた初音島の枯れない桜が、彼女の無垢な優しさに応えて託した奇跡の『魔法』であること。
しかし、それは使うたびに彼女自身の体力と生命力を激しく消耗させる、あまりにも危険な力だった。
「お前が倒れてまで守らなきゃいけないような戦い方、俺は絶対に認めねぇ!」
無理を重ねるミコトを叱咤しながらも強く受け止めるタイチ。
そして、弱肉強食を是としていた無骨な戦士・レオモンもまた、自己を犠牲にしてまで他者を救うミコトの姿に真の強さを見出し、深々と頭を下げた。
元の世界では誰の役にも立てないと孤独を抱えていたミコトは、仲間たちの温かい言葉に、自分がこの世界で生きて誰かを救えるのだと気づき、涙を流す。
確かな絆と自らの存在意義を見出した彼女は、立派な『テイマー』としてタイチと共に、世界を滅ぼそうとする魔王デーモンの野望――『超究極体』の誕生を阻止する決意を固めたのだった。
――そして、現在。
大いなる決意を胸に、いよいよ魔王討伐への新たな冒険が始まろうとしたその時。
厳かな部屋の空気を引き裂くように、聞き慣れない奇妙な声が響き渡った。
「お待ちくださいゲロ!! ホーリーエンジェモン様!!」
ホーリーエンジェモンとテイマーたちの重要な謁見に突如として乱入してきた、その声の主とは一体――!?
「ホーリーエンジェモン様、宜しいのですか!?人間に‥ましてやこんなガキどもにあのデーモンが討伐できると御思いですか!?」
ズカズカと入って来たのは赤く大きなカエルみたいなデジモンで、頭には丁髷を生やし、両肩にはラッパみたいなモノが生えている。
「我々は人間の力など、必要ありませんゲロ!!レオがもっと厳しくチビモンスターたちを鍛えれば、デーモンなど一捻りゲロ!!」
赤いカエルのデジモン‥トノサマゲコモンのゲコビッチはタイチたちを睨みつける。
まぁ、彼にしてみれば自分たちが住む世界、そして自分たちの命運を異世界の子供に任せろと言うのが間違いである。
「ゲコビッチ、お前の懸念は理解できる。彼らの未熟さも、我らの世界が直面している悲劇の重さも、誰よりも理解しているつもりだ」
ホーリーエンジェモンの透き通るような声が広間に響く。
タイチは強く拳を握りしめ、ゲコビッチの横暴な視線を正面から受け止めた。
「ゲロゲロ……理解しているなら、なおさらです! あんなガキどもに頼るなんて、ホーリーエンジェモン様の‥城の面子に関わりますゲロ!」
レオモンは苦々しい表情でゲコビッチに忠告する。
「ゲコビッチ、口を慎め。彼らが選ばれたのは、運命という名の必然だ。それに、彼らの瞳を見ろ。デーモンの影に怯える我らよりも、ずっと深く『希望』を宿している」
レオモンの言葉にタイチは一歩前に出る。
その瞳には、かつての迷いは消えていた。
「……トノサマゲコモン、アンタが何を言いたいかは分かったよ。俺たちがガキで、頼りないってことだろう?」
「ほぉ~身の程をわきまえているではないかゲロ。その通りゲコ。ガキどもの出る幕はないゲロ。とっとと元の世界に帰れゲロ!!」
タイチの毅然とした態度にゲコビッチは眉をひそめる。
「だったら、背中で証明してみせるさ。あんたが守りたかったこの世界の未来、俺たちが必ずデーモンから奪い返してみせる。……あんたのその偏見、まとめて覆してやるから覚悟してろよ!」
「なっ!?この小僧、生意気なゲロ!!ならば、トノサマゲコモン、ゲコビッチ様の必殺技を受けてみるが良い!!この技を攻略できなければ、フォルダ大陸を救うなんて無理だゲロ――――!!」
ゲコビッチの両肩のラッパから重層な音が流れ出る。
「な、何この音!? こほっ、けほっ……!」
あまりにも不快な音にミコトは耳を塞ぎ、顔を歪めて激しく咳き込んだ。
前回の戦闘で自らの命を削る『サクラの力』を使った反動で、彼女の身体にはまだ深い疲労とダメージが抜けきっていないのだ。
「ミコト! 大丈夫か!?無理すんな!」
タイチが咄嗟にミコトの前に立ち塞がり、彼女を庇う。
「これはゲコビッチ様の必殺技、コブシトーンだ!!」
ガーボがこの音の正体をタイチたちに教える。
「ああっ!!タイチ!!足が!!」
ゼロ丸がタイチの足元を見て声を上げる。
なんと、タイチの足元のデータが分解されていくのだ。
「わはははっ!!この音波を浴びるとデータ化されて消滅するゲコ」
ゲコビッチが奏でる旋律は、もはや音楽とは呼べない。
間を歪め、物理法則すらもデータレベルで強制書き換えを行う「破壊の共鳴」だ。
タイチのブーツが、そしてハーフズボンの裾がパラパラとデジタルな砂となって空間に霧散していく。
「よろしいのですか?」
レオモンはホーリーエンジェモンにこのまま止めなくて良いのかを問う。
「慌てる必要はない。テイマーとパートナーの絆‥‥とくと見せてもらおう」
ホーリーエンジェモンは事の成り行きを静かに見守る。
「この野郎!!」
ゼロ丸が必殺技のブイブレスアローをゲコビッチに向けて放つ。
しかし、ブイブレスアローはゲコビッチに命中する前に分解されてしまう。
「かき消された!?」
「コブシトーンは攻防一体の技ゲロ。このホーンから出る音波は敵を攻撃すると同時に音のバリアとなって儂を守るゲロ」
「攻防一体の技!?」
「そ、そんなっ!?それじゃあ、正面からの攻撃は全く無意味じゃないか!?」
「ハハハハハ‥‥もう一息ゲロ!!消えろ!!消えろ!!」
「ゼロ!!上だ!!上を狙うんだ!!」
「っ!?そうか!?」
ゼロ丸は天井に向けてブイブレスアローを放つ。
そこには大きなシャンデリアがあった。
シャンデリアはゼロ丸のブイブレスアローを受けて落下していく。
しかもその下にはゲコビッチが居る。
「そうか、真上からならコブシトーンのバリアもない」
「ふん、甘いゲロよ!!そんな子供だまし、お見通しゲロ!!」
ゲコビッチはシャンデリアの落下地点から移動してしまう。
「避けられた!?」
「所詮はガキの浅知恵なんてこんなものゲロね」
「それはどうかな?みんな耳を塞げ!!」
タイチが耳を塞ぐように言うので、ミコトたちは両手でしっかりと耳を塞ぐ。
すると、
ガシャーン!!
シャンデリアが落下して物凄い轟音が鳴り響く。
するとその轟音にコブシトーンの音波がかき消されていく。
「コブシトーン、破れたり!!さあ、今度はこっちの番だ!!」
ゼロ丸が反撃に出ようとした時、
「そこまでだ!!」
ホーリーエンジェモンが止めた。
「どうだ?ゲコビッチ。少しは認める気にはなったか?」
「ほ、ホーリーエンジェモン様‥‥な、なんて奴ゲロ。コブシトーンを更に大きな轟音でかき消すなんて‥‥」
ゲコビッチもホーリーエンジェモンから止められてはこれ以上何も言えない。
「では、旅に出る為の装備を二人に渡そう‥‥」
そう言ってホーリーエンジェモンはタイチにはマントを‥‥
ミコトには長期の旅へ出るのにふさわしい服装を用意してくれた。
元々初音島の病室から突然このデジタルワールドに来たミコトの服装は長期の旅に耐えられるような服ではなかった。
ミコト自身もこの服装でよく此処まで来れたモノだと思っていた。
ホーリーエンジェモンから貰った服は、オリーブグリーンのフード付きジップアップジャケット、タートルネック風のクリーム色のカットソー。
動きやすそうなカーキ色のカーゴパンツに指先が露出したベージュ系のハーフグローブとミコトがこれまでの人生で着た事の無い服であった。
ホーリーエンジェル城の控え室にて、着替えるミコト。
貰った服は、どれもこれもミコトが普段着ているようなパジャマや病院衣とは違っていた。
オリーブグリーンのジャケットは少し重く、カーゴパンツは活動的で硬い。
ミコトは戸惑いながらも、一つずつ袖を通していく。
ふと、胸の奥に鈍い痛みが走った。
「うっ‥こほっ……」
(まだ少し、体が重い……ホーリーエンジェモン様が言っていた通り、あの力は私の体力と命を削っているんだ……)
それでも、タイチやデビドラモンに弱音は吐きたくない。
クリーム色のタートルネック風のカットソーは肌に優しく馴染む。
その上から、しっかりとした生地のフード付きジャケットを羽織る。
指先が露出したハーフグローブをはめると、不思議と拳に力が込めやすくなるのを感じた。
鏡に映った自分の姿は、ついさっきまでの『病弱な女の子』ではなく、どこか凛とした、デジモンたちと渡り合うための「冒険者」のそれだった。
「……これが、テイマーの姿」
ミコトは何度か小さく拳を握り、カーゴパンツのポケットに手を突っ込んでみる。
そこには、旅に必要な道具や、デジモンたちのための治療薬など、たくさんの荷物が入る余裕がある。
(私、本当に戦いに行くんだ‥‥守られるだけじゃない、みんなと背中を合わせる場所へ‥‥)
不安がなかったと言えば嘘になる。
けれど、心臓の鼓動は恐怖ではなく、未知の景色への高揚感で速くなっている気がした。
彼女は深く息を吐き、痛む胸を一度だけ手で押さえると、重い扉を開けて、タイチたちが待つ広間へと戻った。
カツン、とブーツの音が響く。
広間にいたタイチとゼロ丸、そしてレオモンがミコトの方を向いた。
「よっ、ミコト。なかなか似合っているじゃねぇか。なんだか急に『相棒』って感じになったな!」
タイチが茶化すように笑うが、その目はミコトの新しい姿を真剣に見つめていた。
ゼロ丸も驚いたように目を丸くし、大きく頷く。
「へぇ、いいじゃねぇか。そのオリーブ色のジャケット、お前のその『優しさ』を隠し持っている強さみたいで、結構渋いぜ」
ミコトは少し照れくさそうにジャケットの裾を整え、それからタイチとゼロ丸、そして自分を見守るホーリーエンジェモンの方をしっかりと見た。
「……ありがとうございます。少しだけ、自分が強くなれたような気がする」
彼女の瞳には、先ほどまでの迷いはない。
ただ、どこまでも澄んだ決意の光があった。
「この服が汚れてしまうくらい、たくさん歩いて、たくさん戦うんだよね。……もう、逃げたりしないよ。私、みんなの背中を、ずっと見守りながら、一緒に戦い抜いてみせる。……行きましょう、タイチさん」
ミコトの決意に満ちた言葉に、広間の空気が変わる。
それは、ただの少女が「一人のテイマー」として完成した瞬間だった。
ホーリーエンジェモンが満足げに小さく頷く。
彼らに与えられたのは、ただの服ではない。
それは、デーモンの支配を打ち砕くために必要な、覚悟という名の鎧だったのだ。
「今回の旅には引き続き、ガーボを道案内としてつけよう。ガーボ、何かと大変なことがあるかもしれないが、頼むぞ」
「は、はい。かしこまりました、不肖ガーボ、この命に代えましてもデーモン討伐への道案内に尽力致します!!」
「うむ、そういうことだ。タイチ、ミコト、ゼロ、デビドラモン‥君たちの健闘と武運を祈る。この世界を…平和へと導いてくれ」
「「おう!!」」
「「はい!!」」
ホーリーエンジェモンたちに見送られ、城を後にした、ゼロ丸、ミコト、デビドラモン、そしてガーボ‥‥デーモン討伐という選ばれた意味を持ち、それを目的とする彼らの長い旅が今始まろうとしていた。
ホーリーエンジェル城を出発して数日後‥‥
フォルダ大陸の平野の一角、大地を震わせるような重低音が響く。
そこには二体の竜型デジモンが向かい合っている。
「……手加減はしない。全力で叩き伏せる」
デビドラモンの四つの瞳が怪しく紅く明滅する。
それは獣の獰猛さと、戦闘機械のような冷徹さが同居した視線だ。
それに対し、ゼロ丸は余裕の笑みを浮かべ、足元の砂をわずかに蹴った。
「来いよ。お前のその『殺気』、ボクが全部受け止めてやる!」
「始め!」
ガーボの合図とともに、ゼロ丸が動いた。
だが、それはただの突進ではなかった。
瞬時に姿がブレる超高速移動による残像だ。
まだ空を飛べないが、これまでの様々な戦いを経験してきたからこその成せる業だ。
デビドラモンが黒い翼を翻して迎撃しようとした瞬間、視界からゼロ丸が消える。
「動きが……読めない!?」
ミコトが息を呑む。
ブイドラモンの動きは、完全に「次にくる攻撃」を隠蔽していた。
次の瞬間、デビドラモンの背後に蒼い光が閃く。
「そこだ!」
ゼロ丸の踵落としがデビドラモンの背中を襲う。
回避は不可能――そう思われた瞬間、ミコトが叫んだ。
「デビドラモン!!左斜め45度!!相手の姿を見ようとしないで、本能で動いて!!」
「……ッ!」
ミコトの声が、デビドラモンの「闘争本能」に直接火をつけた。
デビドラモンは思考を捨て、獣の勘だけで体を捻る。硬質な音が響き、ゼロ丸の蹴りが空を切った。
「ほう、ボクのフェイントを理論じゃなくて『勘』で避けたか‥なかなかやるじゃないか」
デビドラモンの動きを見てタイチがニヤリと笑う。
「ミコト、その調子だ!ゼロの動きを目で追うな。奴が次に『何をしたいか』という予兆を感じろ!」
「予兆‥‥」
「デビドラモン、今の攻撃の反動! 地面が少しだけ沈んだ! 次は跳躍(ジャンプ)!」
「合点だ!!」
デビドラモンが地面を抉り、垂直に跳ね上がる。
ゼロ丸が跳躍したその場所には、すでに黒い竜の影はなかった。
「降下する位置を予測して、その場所を『クリムゾンネイル』で先読み!」
デビドラモンはゼロ丸を追うふりをして、あえて自身の速度を落とす。
ゼロ丸が着地しようとしたその先を、正確に見定めていた。
「そこだ!!」
紅蓮の爪が空気を切り裂き、着地点を襲う。
ゼロ丸は空中で姿勢を制御し、ギリギリで避けるが、着地のバランスを崩す。
「隙あり!!」
デビドラモンが着地と同時に地面を蹴り、ゼロ丸の懐へ滑り込む。
そのまま零距離での衝撃波を叩き込もうとする――。
「……そこまで!」
ガーボが飛び出し、二人の間に割って入る。
デビドラモンの爪は、ゼロ丸の喉元でピタリと止まった。
「ふぅ……」
静寂が戻る。デビドラモンは肩を激しく上下させ、ゼロ丸もまた額に汗を浮かべていた。
「や、やった……! こほっ、こほっ……!」
ミコトが駆け寄るが、興奮からか少し激しく咳き込んでしまう。
デビドラモンが心配そうに身を屈め、大きな顔を近づけた。
「ミコト、大丈夫か? まだ城での無茶の反動が残っているんじゃないのか」
「ううん、平気。ちょっと息が上がっちゃっただけだよ」
ミコトはデビドラモンの硬い鱗を撫でながら、荒い息を整えて微笑んだ。
デビドラモンは気遣うように低く喉を鳴らし、誇らしげにミコトを見下ろした。
「……ミコト。今の誘導、悪くなかった」
「デビドラモンこそ……私の言葉に、完璧に合わせてくれたね」
二人の間に流れる空気が、先ほどとは明らかに違っていた。
ただ「指示を出す」だけの関係から、互いの思考がリンクした「パートナー」へと、確実な進化を遂げている。
「次は負けないぞ!!勝率ではまだまだボクの方が上なんだからな」
「その勝率もすぐに僕とミコトが塗り替えてやるよ」
ゼロ丸がそう言ってデビドラモンの肩を叩く。
デビドラモンも不敵な笑みを浮かべている。
模擬戦が終わった平野には、四人の絆という「目に見えないデータ」が、確かに積み上げられていた。
模擬戦の興奮がまだ残る平野で、四人は焚き火を囲んで腰を下ろした。
燃え上がる焚き火が、峡谷の静かな夜を赤く照らしている。
模擬戦の激しい熱気は冷め、代わりに少し冷えた夜風が肌を刺すが、焚き火の温もりが心地よい。
図らずもミコトは別の世界でこれまで経験した事の無いキャンプをする事となった。
ゼロ丸は大きな岩に背中を預けて目を閉じ、デビドラモンは少し離れた場所で、戦いで傷ついた翼を休めている。
「タイチさん、ゼロ丸さん。今の模擬戦どうでした?」
ミコトが恐る恐る口を開く。
まだ少し動悸が残っているのか、彼女の手は焚き火の炎で少し震えているようにも見えた。
タイチは手に持った木の枝で火を突きながら、ニッと不敵に笑った。
「どうだった、か……正直、驚いたぜ。最後のあの連携、俺の読みを完全に裏切りやがった」
「裏切られた?」
「ああ。てっきり、攻撃を仕掛けてくると思った瞬間に、まさかその手前で動きを止めさせるとはな‥ゼロの機動力を殺す、実に嫌らしい戦術だ」
タイチの言葉に、隣にいたデビドラモンが不敵に鼻を鳴らす。
「嫌らしいだと? あれはミコトの読みだ。僕はただ、その通りに動いただけだ」
「ミコト、お前……自分のデジモンを制御できるようになれば、俺たちをも超えるかもしれないな」
タイチの言葉に、ミコトは少しだけ頬を染めた。
「……そんな、まだまだだよ。ゼロ丸さんのあの加速、さっきまで目で追うだけで精一杯だったし……でも、デビドラモンの『心』が、以前よりずっと近くに感じるの。戦っている時、まるで自分の体を動かしているみたいだった」
「それがテイマーとデジモンの『シンクロ』だ」
静かに聞いていたガーボが口を挟む。
「データは嘘をつかない。しかし、データ以上の奇跡を生むのがテイマーの想いだ。今の二人には、それが確かに宿っていた」
「へっ、ガーボの言う通りだぜ。次は負けねぇからな、ミコト、デビドラモン!」
ゼロ丸が大きな身体を揺らして笑う。
その笑顔に、ミコトの緊張もようやく解けていく。
(……戦うのは怖い。でも、みんなとこうして笑い合えるなら。デビドラモンとタイチさんたちと一緒なら……)
ミコトは膝を抱え、空を見上げた。デジタルワールドの空は、現実世界よりもずっと星が近く、美しく見える。
しかし、その美しさの裏にデーモンという強大な悪意が潜んでいることを彼女は忘れてはいない。
「…ねぇ、タイチさん」
「ん?」
「私、すごく不安だった。私なんかが……こほっ……この世界を救えるのかって……でも……今、少しだけわかった気がする」
少し咳き込むミコトを見て、タイチは心配そうに眉をひそめた。
「おい、まだ咳が残ってんな。顔色も完全には戻ってねぇぞ。ホーリーエンジェモンの言っていた通り、お前のその『サクラの力』とやらは本当に命を削るんだな……」
「ごめんなさい、心配かけちゃって……」
「謝るな。だが、前みたいに自分を犠牲にするような使い方は二度とするなよ。無理だけは絶対にするな。旅はまだ始まったばかりなんだからな」
タイチは強い口調で釘を刺してから、焚き火へと視線を戻した。
「戦うってのは、命を奪い合うことだけじゃない。こうして誰かと背中を預け合って、明日を信じることなんだ。俺も、最初はそうだった。デジモンは戦うための駒なんかじゃない。一緒に生きる、かけがえのない仲間だ。その気持ちさえ忘れなきゃ、俺たちはどんな強敵にも勝てる」
静かな時間が流れる。
焚き火の爆ぜる音だけが、峡谷に響く。
四人は知る由もなかった。
彼らがこうして絆を確かめ合っている間も、彼らの旅路を見据える「悪意」が、すぐ近くまで迫っていることを‥‥
荒野の岩陰、暗闇に紛れる小さな影――ピコデビモンが、その醜い笑みを浮かべたまま、静かに飛び去っていった。
デーモン城への帰還の途につくその影を、ミコトは無意識のうちに振り返った。
「……?」
「どうした、ミコト?」
「ううん、なんでもない……ただ、ちょっとだけ風が冷たいなって」
ミコトは小さく微笑んだ。
その笑顔の裏で、彼女は「何か」を感じ取っていた。
これから始まる過酷な旅の予感。
それでも彼女は、デビドラモンの隣に座り直し、火を囲む仲間の温もりを確かめるようにして、瞳を閉じた。
明日もまた、戦いが待っている。
けれど今は、この絆を温めるだけでいい。
そんな穏やかな夜が、静かに更けていく。
「でも、ミコト、これからの旅はもっと過酷になる。デーモンは究極体だし、奴の部下にはきっと完全体のデジモンも居る」
「完全体‥‥」
「ああ、完全体ってのは、これまで俺たちが戦ったモンスターとはレベルが違う。だが、お前たちなら、その壁さえも『進化の糧』にできるかもしれない」
「はい!」
ミコトは頷きながら返事をする。
その声は、荒野の風を震わせるほど力強いものだった。
デジタルワールド 某所 デーモン城。
人間の子供たちはパートナーデジモンを連れてホーリーエンジェル城を出た。
その情報を偵察者がデーモンにすかさず報告を入れた。
「ピコデビモンから知らせがあった。二人の人間と二匹のデジモンが我が計画を阻止せんとしているようだな。ははは、人間とは愚かなものだ。我が力を理解しようとさえしないのだからな……」
「畏まりました、デーモン様。その無力さ、奴らに思い知らせてやりましょう」
デーモンの命を受けた側近たる一匹のデジモンがタイチたちの元へと向かった。
翌朝、一行は荒野を歩きながら旅を再開する。
「それにしても、デジタルワールドって思っていたよりもずーっと広いんだね……ふぅ……」
ミコトが少し息を切らしながら周囲を見渡す。まだ体力に一抹の不安が残る彼女の歩調に合わせるように、デビドラモンが風除けの位置を歩いていた。
どこまでも続く荒野は先が見えないくらい広い。
「そりゃそうだよ。フォルダ大陸全域でもどれだけあると思ってんだい? はぁ~全くホーリーエンジェモン様のご命令だとはいえ、とんでもない大役を押し付けられたもんだ」
「そんなこと言うなよ、ガーボ。ボクたち友達じゃないか、なぁ?」
「お城のお使いやっていたガーボなら、道案内くらいばっちりだろう?」
「お気楽だな、お前らは‥‥」
ゼロ丸とタイチの言動に呆れるガーボ。
「でも、フォルダ大陸の道を知っているガーボが居てくれると安心して旅が出来るよ」
ミコトはガーボをフォローする。
「そうだよ。ガーボにはガーボの出来る事があるんだから自信を持ちなって」
「ありがとう、ミコト、デビドラモン。君たちが唯一の心の支えだよ!」
そんな様子を微笑ましく見つめながら、タイチが尋ねる。
「なぁ、ここからデーモン城までどれ位あるんだ?」
「あのねぇ、まさか君たちこのまま直にデーモン城に突っ込もうなんて考えてんじゃないだろうね?」
「えっ? そうだけど」
「はあ~呆れた。いいかい?デーモン城はそんな簡単に入れるもんじゃないよ。行くとするならば、五つのタグが必要だ」
「タグ‥ですか?」
ミコトが小首をかしげると、ガーボは長くなるからここでお昼にしようと提案し、一行は地面に腰を下ろした。
デビドラモンが軽く吐き出した火で薪を熾し、昼食の肉を焼きながら、ガーボは語り始める。
「かつてデーモン城があった場所は、この世界を創造した「デジモンの神様」の住処であり、神様は人間の干渉を嫌って城に人間が入れない様に強力な結界を張ったんだよ。もうその神は居ないみたいだけど、そこへデーモンが居座って城を建てたんだ。そしてその結界は未だに効力がある」
「それがさっき言っていたタグに関係しているの?」
「そう。神様が唯一城に入るための方法として残したのが、フォルダ大陸の各所に散らばる五つのタグ‥地のタグ・海のタグ・幽のタグ・空のタグ・鉄のタグ‥だ」
「なるほど、その五つのタグをゲットすることが俺たちの旅の最初の目的ってことか‥‥」
「まぁ、そうなるね。勿論、デーモンもこのタグの存在は知っているだろうから、必ず妨害はしてくるだろう」
「何だか、ファンタジーの物語やRPGみたい」
ミコトは静かに感心していたが、デビドラモンは不意に鼻を鳴らした。
「そもそも、人間の干渉を嫌って強力なシールドを張ったというのに、その人間にシールドを解くためのタグを用意しておくなんて、なんだか矛盾している気がする‥‥」
「まぁ、この世界自体が人間の常識が通じない世界だからな。というか、タグ集めが必要なら、ちゃっちゃと集めてデーモンを潰しに行こうぜ!」
「待ってよ、タイチ。人間が入れないシールドなら、デジモンであるボクとデビドラモンが二人がかりで侵入してデーモンを倒せばいいじゃん!」
「それは無理だって‥デーモンは究極体で、僕たちはまだ成熟期‥‥しかも相手の根拠地ならきっと沢山のモンスターが待ち構えている筈だ」
ゼロ丸はこのままデーモン城に乗り込む気でいるが、デビドラモンは慎重な姿勢をとる。
「何だよ、デビドラモンまでそんな……! だったらボク一人で入って倒すよ!」
「いいや、デビドラモンの言うとおりだよ、ゼロ」
ガーボが真面目な顔で首を振った。
「今、デーモン城に入っても間違いなくやられるよ。城内にはデーモン以外の究極体デジモンだっている筈だ。タイチやミコトのサポートなしで入るなんて自殺行為だ」
「何だよ、さっきから黙って聞いてれば!ボクを馬鹿にするなよ! タイチから戦い方は学んできたし、必殺のブイブレスアローだってあるんだ!たとえ完全体デジモンだろうと怖くないぞ!!」
「落ち着いて、ゼロ丸さん。貴方が強いことは、タイチさんも、私も、ガーボさんもみんな分かっているよ。でも、大事な仲間だからこそ、みんなゼロ丸さんが無茶をして傷つくのを心配しているの」
「そっか。そうだよね。ごめん、みんな……」
この世界に残された時間があとどれくらい残っているのか不明な点がゼロ丸を焦らせたのかもしれない。
しかし、今ここで誰かが抜けるようなことがあれば、それこそこの世界を救う事が難しくなってしまう。
「そう言えば、タイチさんたちは完全体以上のデジモンとの戦闘経験はあるんですか?」
「いや、ないな‥そもそも完全体のデジモン自体、珍しい存在なんだ」
タイチは焚き火の炎をじっと見つめながら、少し苦い表情で首を振った。
「俺とゼロがここに来てから戦った相手は、せいぜい成熟期の上位クラスまでだ。完全体ともなれば、その力は成熟期とは次元が違う‥現に俺自身ゼロ丸を今日まで育てて来たが、ゼロ丸もまだ成熟期だしな」
「‥‥」
タイチの言葉に不安そうになるミコト。
「でも、これからの戦いの中で、俺もゼロも、ミコトもデビドラモンもきっと成長するさ。五個目のタグを手にいれた時なんか、ゼロもデビドラモンも究極体になっているかもしれないぞ」
タイチが励ましながら言うと、
「しかーし、そんなに上手く行くかな!?」
「「っ!?」」
不意に響いた奇妙な声にタイチたちが振り向くと、そこにはサイとトリケラトプスを合わせたようなデジモンに跨る革ジャンを着て、サングラスをかけた猿のようなデジモンが乗っていた。
サイとトリケラトプスを合わせたようなデジモン‥‥モノクロモンは勢いを殺すことなく自分たちに向かって突進してくる。
「あわわわ……! こ、こっち来る……!」
「危ない!」
ミコトは咄嗟にガーボの小さな身体を抱き寄せ、岩陰へと身を隠した。
一方、ゼロ丸とデビドラモンは、突進してくるモノクロモンを二体がかりで正面から受け止める。
「「むううん……そぉーい!!」」
見事な阿吽の呼吸でモノクロモンを仰向けにひっくり返すと、その背に乗っていた猿のデジモンはバク転、後方の岩へと華麗にジャンプし、着地を決めた。
「ほほほ、あんたたちナイスなパワーだな~なかなかやるじゃないか~♪」
「なんだ?お前は!?」
「オレ様の名前はエテモンのエテモンキー!!よろしくぅ~!!」
エテモンキーはスタンド付きのマイクでタイチたちに自己紹介をする。
「エテモンキー?」
「そう、このオレ様がここに来たのはデーモン様のご命令で、お前たちを消す為だ」
「お前、デーモンの手下か!?」
「まぁ、慌てなさんな。今すぐにお前たちを殺そうってわけじゃない。今日は挨拶を兼ねた自己紹介だ。お前たち、お城に入れるようにタグを集めて回るのだろう?」
「くっ、どうしてそれを……!」
「やはりな‥‥しかし、お前たちを城に入れる訳にはいかない!!そこで、我々は先回りして、タグがある五つのポイントに完全体のデジモンをそれぞれ番人として配置した!!」
「なっ!?」
「完全体のデジモンだって!?」
「つ~ま~り、五体の完全体デジモンを倒さなければ、お前たちはタグをゲットできないわけだ。どうだ?最高のショーだと思わないか?」
話を聞いていたミコトが、ふと疑問に思って尋ねた。
「あ、あの……一つ聞いてもいいですか? エテモンキーさん」
「なんだい?お嬢ちゃん」
「私たちにお城へ入られたくないのなら、どうしてその五つのタグを、最初から貴方たちが回収して隠したり、壊してしまわないのですか?」
「ふふん、もっともらしい疑問だね、お嬢ちゃん。オレ様たちだって出来るなら最初からそうしていた」
「そうしていた?つまり、出来ない理由があると?」
「タグは人間にしか触れられない。オレ様たちデジモンでは触ることも移動させることもできない。ならば、そのタグをお前たちが手に入れられない様に妨害するだけさ。アンダスターン?」
「人間にしか、触れられない‥‥」
ミコトは納得すると同時に、目の前で自分たちを小馬鹿にするエテモンキーへ、デビドラモンの四つの赤い瞳が怒りで細められるのを感じた。
「ふざけるな!!エテ公!!ブイブレスアロー」
「クリムゾンネイル!!」
ゼロ丸のブイブレスアローとデビドラモンのクリムゾンネイルが同時にエテモンキーを襲う。
しかし、その攻撃は寸前で目に見えないバリアらしきものに完全に防がれてしまった。
エテモンキーは手にしたマイクスタンドを高速で振り回しただけでゼロ丸とデビドラモンの攻撃を防いだのだ。
「なっ!? 」
「攻撃が防がれた!?」
「ふふん、どこから仕掛けようと無駄、無駄。随分と手荒い歓迎じゃないか。まぁ、楽しみは後に取っておいてやるぜ。シーユーアゲイン♪」
エテモンキーはモノクロモンに跨ると、嘲笑を残して瞬く間に去っていった。
成熟期と完全体の圧倒的な実力の片鱗を思い知らされ、平野には重苦しい沈黙が流れる。
「ボクのブイブレスアローが……」
「クリムゾンネイルが効かなかった‥‥」
「ゼロ……」
「デビドラモン……」
ミコトは、悔しさに身を震わせるデビドラモンの大きな翼にそっと手を添えた。
「ちくしょう、ボクは絶対に負けるもんか! あんな奴に負けるもんか!」
「ミコト、もっと鍛えてくれ。もっと強くなって、あんな完全体の奴ら、残らずコテンパンに叩きのめしてやる!」
「うん!一緒に頑張ろうね、デビドラモン!」
タイチもまた、愛用のゴーグルをくいと上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「よし、やるべきことは決まったな。完全体デジモンを叩きのめして、五つのタグを全部掴み取るぞ!」
それぞれの胸に、逆境を覆すための熱い決意が宿る。
フォルダ大陸の平野を吹き抜ける風の中、ミコトとデビドラモン、そしてタイチたちの、タグを探す本当の冒険の旅が今、幕を開けた。