デジモンアドベンチャー Re:Life   作:ステルス兄貴

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五話 ディノバレー・完全体との初戦闘

 

 

ホーリーエンジェル城で自らの存在意義とテイマーとしての覚悟を固めたミコト。

 

ホーリーエンジェモンから新たな冒険の服を託された彼女は、タイチたちと共に魔王デーモンを討伐するための果てしない旅へと出発した。

 

道中、デビドラモンとの絆を深め、過酷な世界を生き抜く術を学んでいくミコトたち。

 

しかし、道先案内人のガーボから、デーモン城の結界を破るためにはフォルダ大陸に散らばる「五つのタグ」が必要であることを知らされる。

 

そこへ突如として現れたデーモンからの刺客、完全体デジモンのエテモンキー。

 

圧倒的な力でタイチたちのパートナーデジモンからの攻撃を防いだ彼は、五つのタグそれぞれに、強大な力を持つ完全体デジモンが番人として待ち構えていることを告げて去っていった。

 

完全体と成熟期――。

 

越えられない壁のような実力差を見せつけられながらも、ミコトやタイチ、そしてパートナーデジモンたちの瞳に諦めの色はなかった。

 

未知なる脅威を打ち破り、世界を救う希望の「タグ」を掴み取るため、選ばれし子供たちの本当の冒険が今、幕を開ける!

 

 

峡谷の岩肌は朝日で赤く染まり、昨日出会った完全体のデジモン――エテモンことエテモンキーとの邂逅が嘘のように、一行の足取りは軽かった。

 

しかし、空気を支配する緊張感は、昨日までとは比べ物にならない。

 

「ミコト、デビドラモン。昨日、俺が言った『完全体』という存在についてだが……」

 

タイチが唐突に切り出す。

 

その表情は、先ほどまでの陽気な彼とは別人のように硬い。

 

「単にパワーがあるだけじゃない。奴らはこの世界の『データ』を支配する力を持っている。俺たちの攻撃が届かない……昨日エテモンキーが防いだようなバリアを張る奴もいれば、一撃で地形ごと消し飛ばすような奴もいるんだ」

 

「地形ごと……」

 

ミコトの足が一瞬止まる。

 

彼女の脳裏に、病室から眺めていた「平穏な日常」と、今目の前にある「過酷な戦場」の境界線がよぎる。

 

デビドラモンは、ミコトの不安を察したのか、大きな体を彼女に寄せて歩調を合わせた。

 

「大丈夫だよ、ミコト。敵がどんな力を操ろうと、僕たちのやることは変わらないよ」

 

「うん。そうだね、デビドラモン」

 

ミコトは深く深呼吸をして、握りしめていた拳を解いた。

 

「タイチ! 見て、あそこ!」

 

先頭を歩いていたゼロ丸が、前方の峡谷の入り口を指差した。

 

そこには、苔むした巨大な石碑が立ち並んでいる。

 

「あれが……大地のタグがある場所?」

 

「うん。タグと一緒にデーモン軍の完全体デジモンが居るだろうけど、きっと完全体のデジモン以外にも居る筈だ」

 

「おい、ゼロ。準備はいいか?」

 

「当たり前だ!」

 

「ミコト、僕も準備はできている」

 

「う、うん……」

 

一行は谷の中‥ディノバレーへと足を踏み入れた。

 

飛沫を上げる滝の音が、岩だらけの谷底に激しく反響している。

 

谷なので岩肌ばかりと思いきや、谷の中心部は小さな小川が流れていた。

 

ここで休憩を取りつつ、ガイド役兼ホーリーエンジェモン城への連絡員であるガーボは、険しい表情で手紙を一筆したためていた。

 

『ホーリーエンジェモン様 我々はすでに困難の渦中です。ゼロとデビドラモンの攻撃が敵にまるで通用しなかったのです……これから先、完全体モンスターに敵うべくもなく……』

 

「タイチもゼロも、そしてミコトたちもとても落ち込んでおります……」

 

悲痛な報告を綴るガーボの耳に、場違いなほどに澄んだ笑い声が飛び込んできた。

 

「いやっほーい! 水が冷たくて気持ちいい!ほぉれ、ミコト!!」

 

ザバーン!と派手に水を跳ね上げるタイチ。

 

そのお気楽さに巻き込まれるように、タイチに水をかけられて「冷たっ!」とはしゃいでいるのは……普段は大人びて見えるミコトだった。

 

二人とも靴を脱ぎ捨てて裸足を水に浸している。

 

灰色がかった柔らかな茶髪が、谷を吹き抜ける風に揺れていた。

 

「あはは、タイチさん冷たいです! それ、お返しです!」

 

小さな手で頼りなく水をかけ返すミコト。

 

病室という「牢獄」にいた彼女にとって、こうして冷たい水に触れて声を上げて笑いながら遊ぶ行為自体が、現実ではあり得なかった特別な時間だった。

 

「やったな!!」

 

「あははっ、タイチさん、そこ、滑りますから!」

 

そんな二人の様子を見てゴン!と頭をぶつけてズッコケるガーボ。

 

「何言ってんだ、ミコト、冷たい水で頭を冷やすのも戦術のうちだぞ! ほら、ゼロも来い!」

 

「きもちいーっ! 完全に生き返るね、タイチ!」

 

「おい、二人とも!!ゼロも!! 緊迫感って言葉を知らないのかい!?」

 

ガーボは怒鳴るが、タイチたちの周りにはのんびりとした空気が漂う。

 

デーモンを倒すという重大な使命を背負っているとはいえ、タイチは小学五年生、ミコトにいたってはまだ小学二年生の子供なのだ。

 

それにミコトは生まれつき病弱で、家族とは離れ離れで、初音島にある病院という「牢獄」で世界を呪っていた。

 

戦いの中であれだけの冷静さと戦術眼を持つ勝率100%のタイチもミコトも、基本は等身大の子供だ。息抜きがあるからこそ、過酷な戦いを維持できる。

 

ガーボも二人の優しさを分かってはいるものの、このお気楽さには時々ついていけない。

 

何せ、あのエテモンキーにゼロの必殺技である「ブイブレスアロー」とデビドラモンの必殺技「クリムゾンネイル」を同時に防がれて、完全体デジモンとの圧倒的な差を見せつけられたばかりなのだ。

 

ゼロ丸はそんな事を忘れたかのようにタイチとミコトと一緒に水遊びをしている。

 

一方で、ミコトのパートナーであるデビドラモンは、静かに翼を閉じて座っていた。

 

本来は凶暴で邪悪とされる暗黒デジモンの筈なのだが、彼は「争いを好まない」ミコトのパートナーであり、力で敵わないからといって無駄に焦ることはない。

 

まぁ、黒いブイモンから進化したという点もあるのだろう。

 

そして、ミコトの身体の脆さを誰よりも知っているからこそ、彼はただ、主を守るための力をじっと蓄えている。

 

ミコトの穏やかな心が反映された、深く静かな眼差しをしていた。

 

ミコトはそっとデビドラモンの側に歩み寄り、その大きな黒い鱗に触れた。

 

「ごめんね。いつも、私を守るために無理をさせて」

 

デビドラモンは低く喉を鳴らし、大きな頭をミコトの小さな肩にそっと寄せた。

 

「何を言っているのさ、僕はミコトのパートナーなんだよ。ミコトを守るためなら、どんな敵にだって負けないくらい強くなってやるさ」

 

「うん。ありがとう」

 

しかし、楽しい時間と言うのは唐突に終わりを告げる。

 

ゼロ丸とデビドラモンの目つきが鋭く変わった。

 

滝の左側、ディノバレーの岩壁がビキビキと割れ、黒いティラノサウルスのような姿をしたデジモン――ダークティラノモンと、三つの首を持つデジモン――デルタモンが姿を現したのだ。

 

ディノバレーの洗礼とも言える、凶暴な恐竜型デジモンたち。

 

恐らく番人である完全体デジモンの部下なのだろう。

 

特にウイルス種として狂暴化させられたダークティラノモンは、その黒い皮膚を邪悪に光らせて、獰猛な咆哮を上げた。

 

「グルルルル……この谷に入るモノ……許さん……」

 

「主に近づくモノ……殺す……」

 

「タイチさん……」

 

「慌てるな、ミコト。完全体デジモンとの前哨戦だ。おちついて敵の呼吸を見ろ」

 

「は、はい」

 

タイチの瞳が、一瞬で冷徹な戦術家のそれへと変貌する。

 

その鋭さは、小二のミコトから見れば頼もしく、同時に少しだけ大人びて見えた。

 

「ダークティラノモンもデルタモンも成熟期のデジモンだ。ゼロは右の三つ首(デルタモン)、デビドラモンは左の黒い奴(ダークティラノモン)を頼む」

 

「はい!!」

 

「行くぞ、ゼロ! 懐に潜り込んでアッパーだ!」

 

タイチの的確な合図に合わせ、ゼロ丸が弾丸のように地を蹴り、デルタモンの顎を打ち抜く。

 

だが、デルタモンにはまだ首が二つあり、残った二つの首からは必殺のダブルレックスフォースが放たれる。

 

ゼロ丸はデルタモンの攻撃を左腕で防ぐ。

 

多少の痛みはあるものの、この程度でたじろぐゼロ丸ではなく、ガシッとデルタモンの腕を掴むと足払いし、一本背負いで投げ倒す。

 

同じ頃、デビドラモンも動く。

 

デビドラモンと同じ暗黒の力を纏うダークティラノモンに対して、デビドラモンはその紅い眼光を鋭く輝かせた。

 

精神を揺さぶる『レッドアイ』がダークティラノモンの脳をハッキングし、その巨体の動きを完全に縛り付ける。

 

「「今だ!!」」

 

「ブイブレスアロー!」

 

「デモニックハック!」

 

完璧なシンクロ‥二匹の成熟期の猛攻が同時に炸裂した。

 

投げ飛ばしたデルタモンに向かってゼロ丸は必殺のブイブレスアローを放ち、デビドラモンは口から暗黒の電撃をダークティラノモンに向けて放つ。

 

谷を揺るがす爆煙と共に、ダークティラノモンとデルタモンを退けた。

 

地べたに倒れ込み、激痛に苦しむ二匹の成熟期恐竜デジモンたち。

 

そんな彼らの様子を、額にヘッドカメラを取り付けたピコデビモンが見ており、何処かに映像を送信していた。

 

送信先は、滝の反対側にある洞窟から見ている者たち。

 

「うきき♪なかなかやるじゃないか……お呼びのようだぜ、トリケラモン」

 

それは昨日、タイチたちの前に現れた猿の完全体デジモン――エテモンキーであった。

 

トリケラモンの二体の部下がゼロ丸とデビドラモンに負けてしまったので、いよいよ本丸が出陣と言う訳だ。

 

「ふん、成熟期の分際でなまいきな……見てな、エテモンキー……奴らを血祭りにあげてやる」

 

トリケラモンは不敵な笑みを浮かべて立ち上がると、戦場へとゆっくりと、自信のある足取りで向かっていった。

 

その頃、タイチは先ほど左腕にデルタモンの攻撃を受けたゼロ丸の手当てをしていた。

 

ポケットから薬草(ハーブ)を取り出し、手際よく包帯と一緒に巻き付けていく。

 

その横で、ミコトが自分の手をかざして治療しようと身を乗り出した。

 

「タイチさん、私がヒーリングで……」

 

「ダメだ、ミコト」

 

タイチは鋭く、けれど優しくミコトの手を制した。

 

ミコトのヒーリング能力は強力だが、その代償はあまりにも重い。

 

極度の疲労、激しい立ち眩み、呼吸困難に発熱、そして鼻血や貧血……ミコトの壊れそうな身体を知っているタイチにとって、彼女を無防備にさせるような真似はさせられない。

 

「完全体デジモンとの戦いの前で、お前のヒーリング能力を使うのはリスクが大きすぎる。ゼロの傷は俺の薬草で十分対処可能だ」

 

「‥‥」

 

「……ミコト、別にお前の力を必要としていない訳じゃない。でも、お前の力は俺たちにとって最後の希望なんだ。分かってくれ」

 

「は、はい……」

 

タイチの真っ直ぐな瞳を見て、ミコトは静かに頷いた。

 

一方で、ゼロ丸はハーブを傷口に当てられ、気持ちいいのか、ほにゃ~と顔を緩める。

 

「あぁ~、気持ち良い~♪」

 

その様子を見てガーボはクスクスと心の中で笑う。

 

「しかし、よく見つけたな。こんな葉っぱ……」

 

ガーボはタイチからハーブを一枚受け取り、まじまじと見つめる。

 

「この世界に来てからガーボに会うまでに色々と試したんだぜ、薬になる植物を……」

 

「うん、うん、色々と試したね……」

 

タイチの言葉にゼロ丸は頷く。森で色んなキノコを食べて食中毒になりかけたり、ハーブを煎じて飲み薬にしては失敗したりと、二人は様々な経験をしてきた。

 

「でも、特にこの葉っぱはマズかったね」

 

「ああ、貼り薬としては、効果が抜群なんだがな……」

 

タイチがハーブについて、飲み薬としては使えず貼り薬の方が効果はある事を伝えた直後、

 

「おぇぇぇぇ~はやくいってよ~」

 

ガーボがハーブを食べてしまったらしく、吐いていた。

 

「まっ、兎に角モンスターをいつも元気に健やかに!!これもテイマーの大切な役目だ。ミコトもテイマーなら覚えておかないとな」

 

「はい」

 

パートナーの健康を万全にしてこそはじめて戦いにおいて勝利できる。

 

ごく当たり前と言えば当たり前なのだが、だからこそ逆に忘れられがちなことでもある。

 

「強くしたいからって無理をさせると、パートナーは壊れちまう。そうなるとテイマーとパートナーとの信頼関係にも傷がつく。パートナーは唯一無二の存在だと思うんだ」

 

タイチからテイマーの基礎知識の説明を受けた後、ミコトはチラッと倒れている二体の恐竜デジモンの姿を見る。

 

(まだ生きている……それなら助けないと……)

 

ゼロ丸の手当てが済んで、ミコトが先ほど倒した二体の恐竜デジモンを治療しようとしたその時、

 

「くくく……あの程度のバトルで傷を負うとは未熟なヤツめ……」

 

谷中に不気味な声が響き渡った。そして、

 

ドシン!!ドシン!!

 

物凄く質量を感じる大きな足音。

 

「そんな雑魚が……我々完全体や……デーモン様にまでたてつこうとは……片腹痛いわ!!」

 

滝の中から、モノクロモンよりもトリケラトプスに似た姿のデジモンが現れる。

 

大きさはモノクロモンやゼロ丸よりも遥かに巨大な体で、腕や足の筋肉も物凄く発達している。

 

「でたぁ!!完全体だ!!」

 

「で、でかい……」

 

「これが完全体……」

 

「ようやく大将のお出ましってところか……」

 

タイチたちに緊張と不安が包まれる。

 

何しろ、タイチにとって戦闘タイプの完全体らしいデジモンとの初邂逅だ。

 

トリケラモンと対峙しているタイチたちの様子をモニター越しに見るエテモンキーは、「ウキキ……さあ、楽しいショーを見せてくれよ、人間ども」 と、ほくそ笑んでいた。

 

「さあこわっぱども、かかって来い!貴様らとの格の違いを教えてやるわ!!」

 

「ふん、何が完全体だ!タグはボクたちがもらう!これでも食らえ!!」

 

「ま、待て!!ゼロ!!」

 

デビドラモンは作戦もなしにいきなり完全体へ殴りかかるゼロ丸を止めようとするが、ゼロ丸は止まることなくトリケラモンの鳩尾にハンマーパンチを叩きつける。

 

「やった!!まともにはいった!!」

 

急所である鳩尾に食らったのだから、ガーボがクリティカルヒットだと思ったが、

 

「くっ、くっ、くっ……痒いな。それが貴様の自慢のパンチか?」

 

トリケラモンはゼロ丸に殴られた箇所を、まるで蚊に刺された箇所を掻くみたいに手で掻く。

 

「そ、そんなっ!?」

 

「全く効いていない!?」

 

やけになったのか、何発ものパンチを繰り出すゼロ丸。

 

だが、何度パンチを入れてもトリケラモンにダメージを与えられない。

 

「これが本当のパンチだ!!」

 

サービス時間は終了と言わんばかりにトリケラモンがゼロ丸に拳を繰り出す。

 

「ガハッ……!?」

 

トリケラモンのパンチをくらい吹き飛ぶゼロ丸。

 

デビドラモンが巨体を滑り込ませ、黒い翼で衝撃を受け止めるが、肉が軋む鈍い音が響く。

 

「ぐっ……なんてパワーだ」

 

「驚くのはまだ早いぞ……!!これが必殺……トライホーンアタック!!」

 

容赦のないトリケラモンの突進。

 

その風圧だけで周囲の岩山が消し飛ぶ。

 

間一髪、ギリギリで避けたが、その威力は消し飛んだ岩山を見れば嫌でも納得する。

 

もしもあんな技を自分たちのボディに受けたら風穴が開き消滅してしまう。

 

「舐めるなよ、完全体を……俺たちは攻撃・防御・スピード、どれをとっても文字通りパーフェクトな存在だ……成熟期如きの若造が勝てるわけがない」

 

「どうやってあの皮膚を破る……」

 

奴の皮膚もトータモン以上の厚さと強度がある。

 

(トータモンと同じかそれ以上の皮膚の固さと強さ……皮膚……そ、そうだ!!)

 

「タイチさん」

 

ミコトが静かに口を開く。

 

彼女も過去に戦ったトータモンとの戦いで学んでいた。

 

正面突破が無理なら、絡め手で内側を突くしかないことを。

 

タイチとミコトの視線が交差する。

 

二人の間には、言葉以上の確かな作戦が共有されていた。

 

「デビドラモン!!ゼロ丸を持って空中へ行け!!そんでトリケラモンに向かってゼロを投げつけろ!!」

 

デビドラモンは迷わずゼロ丸をその大きな爪で掴み取ると空へと飛翔する。

 

そして、ある程度の高度に達すると、ゼロ丸は丸まり、空中で弾丸のような姿勢をとる。

 

「今だ、投げろ!」

 

「そらぁ!!完全体様、おあがりよ!!」

 

デビドラモンが自慢の腕力で、ゼロ丸をトリケラモンの喉の奥深くまで届くかの勢いで、全力で投げつける。

 

「自分から向かって来るとは愚かな!!その体、丸飲みにしてやるわ!!」

 

トリケラモンは苛立ちを隠せないように、ゼロ丸を噛み砕こうと大きくその顎を開いた

 

その瞬間を、タイチは見逃さない。

 

トリケラモンは獲物を飲み込んだと確信し、牙を閉じようとする。

 

だが、その直後、閉ざされた巨体の内側から、見たこともないほどの鮮烈な青い光が溢れ出した。

 

「ブイブレスアロー!!」

 

喉の奥から放たれたゼロ丸の必殺技が、トリケラモンの内部からその強固な外皮を焼き尽くす。

 

「う、うがああああああっ!? なんだ、貴様ら……っ!?しかも口の中が……おぇぇぇぇ……」

 

口から黒煙と火花を吹き出し、苦悶の表情で後ずさるトリケラモン。

 

どれだけ外皮が堅牢でも、内側からの超高温の炎には抗えない。

 

更にはゼロ丸が治療に使用した薬草(ハーブ)もトリケラモンの口の中に入り、その凄まじい苦みが襲い掛かる。

 

トリケラモンがよろめき、その巨体が轟音を立てて地響きをさせた。

 

初めて地面に膝と身体をつける。

 

「ガ、ハッ……ッ!!」

 

轟音とともにトリケラモンの巨体が湿った土を抉りながら地を這った。

 

あれほど誇らしげに掲げていた角が力なく震え、地面に深く突き刺さる。

 

「やった……!!」

 

ガーボが思わずその場に飛び上がる。

 

「くそっ……この俺が成熟期如きの攻撃で……」

 

トリケラモンは地面に顔を押し付けたまま、唸るように毒づく。

 

その声には、怒りよりも深い屈辱が滲んでいた。

 

進化の階段を駆け上がり、弱肉強食の世界で頂点の一角を占めてきたというプライドが、内部から焼かれる痛みよりも激しく奴を蝕んでいる。

 

「まだだ……まだ終わらんぞ……ッ!」

 

トリケラモンが震える四肢に力を込め、再び立ち上がろうと足掻く。その執念は禍々しい。

 

ゼロ丸が構えを取る。デビドラモンは常にタイチとミコトの盾となる位置をキープし続ける。

 

タイチの表情は鋭いまま変わらない。

 

(まだだ。こいつの闘志は死んでいない。このまま追撃を畳み掛けるか?だが、奴は瀕死……手負いの獣は何をするか分からない)

 

タイチが判断に迷ったその時、タイチの視界の端で、ミコトがゆっくりと一歩前へ出た。

 

「ミコト?危ない!!前に出るな!!」

 

タイチが制止しようとしたが、ミコトの瞳はトリケラモンの苦悶する姿をまっすぐに見つめていた。

 

その瞳に浮かんでいるのは、戦士の敵意ではない。どこか悲しげな、深い静寂に満ちた光だった。

 

「トリケラモン…さん…」

 

ミコトの声が、嵐のような戦闘の余韻が残る谷底に静かに響く。

 

トリケラモンが驚きで血走った目を上げ、ミコトを射抜くように見た。

 

「ふん、情けでもかける気か?貴様ら人間如きに、この俺様が味わって来た苦痛と苦労、努力が分かってたまるか!?……ぐっ……ガハッ……」

 

「分かりません。でも……」

 

ミコトは自分の胸元に手を当てる。

 

そこには、彼女が背負ってきた病という名の重圧が脈打っている。

 

「私も、自分の体が……いつも痛くて、思うように動かなくて……自分が何のために生きているのか、病院のベッドでずっと呪っていました。痛いのは、本当に苦しい……貴方の今の痛みと、私の痛みは違うかもしれない。でも、戦わなきゃいけないからって、貴方も本当は、こんな傷だらけになりたくないんじゃないんですか?」

 

「ふざけるなッ!!……俺は、デーモン様に仕えるモンスターとして……進化を……力を……!」

 

トリケラモンは激しく吠えようとした。

 

しかし、その瞬間、言葉が喉の奥で凍りついたように沈黙した。

 

巨体を震わせ、荒い息を吐きながら、トリケラモンはただじっと地面を見つめた。

 

その脳裏をよぎったのは、デーモン軍に身を置いてからの、血と硝煙に塗れた果てしない日々の記憶だった。

 

『失敗した者に用はない。消去しろ』

 

冷酷なデーモンの声‥‥昨日まで肩を並べていた仲間が、たった一度の敗北でデータへと分解され、貪り食われていく光景。

 

弱肉強食、適者生存‥‥強くならなければ消される。

 

その恐怖から逃れるために、狂ったように戦い、肉体を鍛え上げ、完全体という頂点へ這い上がった。

 

だが、その先にあったのは、ただ戦うだけの虚無と明日の命さえ保証されない容赦のない消耗戦だけだった。

 

(俺は……何のために、こんな傷だらけの肉体を手に入れた……?)

 

混濁する意識の底から、もう一つの記憶が不意に浮かび上がる。

 

それは、デーモンの闇に染まる遥か昔の光景。

 

まだ自分が幼く、進化の兆しさえ見えぬほどに弱かった頃、飢えと寒さで動けなくなり、見捨てられた荒野の片隅で、静かに死を待っていた自分を拾ってくれた者がいた。

 

『飯を食え。生きていれば、いつか自分の成すべきことが見つかる』

 

ぶっきらぼうだが、底抜くに温かかった師匠のデジモンの眼差し。

 

傷だらけの自分を抱き上げてくれた、あの大きな手の温もり。

 

ゆっくりと目を上げたトリケラモンの視界に、目の前に立つ少女の姿が映る。

 

自分を真っ直ぐに見つめるミコトの澄んだ瞳。

 

それは、かつて自分を救ってくれた師匠が宿していた、命を慈しむあの光と、あまりにも、あまりにも酷似していた。

 

「……痛み‥か。そんなものを気にして、強くなれるか!?」

 

トリケラモンはそう吐き捨てたが、先ほどのような殺気は完全に消え去っていた。

 

完全体としての傲慢な鎧の隙間から、戦いに疲れ果てた一匹のデジモンの本音が零れ落ちる。

 

タイチは、ミコトの言葉とトリケラモンの変化を見て、小さく鼻を鳴らした。

 

だが、その唇にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 

(……ったく、甘いぜ。だが、それがミコトの戦い方なら……)

 

「ゼロ、デビドラモン。警戒は解くな。だが、少しだけ様子を見るぞ」

 

トリケラモンはゆっくりと巨体を持ち上げると、巨大な前足を地面につき、一行の目の前で深く伏せた。

 

それは完全体デジモンとしての、確かな降伏の証だった。

 

「小さき人間……ミコト、といったか。……タグが欲しいのだろう?……ならばこの俺を倒せ。俺のデータが消滅すれば、守り人の力は霧散し、此処の大地のタグはお前たちの手に渡る」

 

「……っ!」

 

ミコトは驚愕で大きく目を見開く。

 

自分を殺してタグを奪えという言葉に、胸が締め付けられる。

 

「待て!!」

 

すかさずタイチが前に出た。

 

「俺たちは、戦いを終わらせるためにここに来た。お前を消滅させるために来たんじゃない……協力しろとは言わない。だが、デーモンの支配から抜け出し、お前自身の道を選べ!」

 

トリケラモンはその言葉に虚を突かれたように目を見開いた。

 

「デーモン様の支配を……抜け出す……だと?」

 

その時、谷の空気を切り裂くような高笑いが響いた。

 

「ウキキキキキ!!それは面白い冗談だねぇ~、タイチくん!!」

 

滝の上空から、革ジャン纏ったエテモンキーが姿を現した。

 

「そんな甘っちょろい友情ごっこ、このデジタルワールドじゃ通用しないんだよ! トリケラモン、迷いがあるなら俺が消去してやる!今のお前の発言は完全にデーモン様に対する裏切り行為だからな」

 

そう言ってエテモンキーは両手で構えを取ると、黒いダークエネルギーが集約し始める。

 

必殺技のダークスピリッツだ。

 

動けず、もはや戦えないトリケラモンにトドメを刺し、同時にタイチたちを葬るつもりなのだ。

 

「死ね!!裏切り者!!」

 

「トリケラモン、避けろ!!」

 

「‥いや、これでいいのだ‥‥」

 

トリケラモンはエテモンキーのダークスピリッツを避ける気配が無い。

 

タイチの叫びと同時に、ミコトが前に飛び出した。

 

彼女は倒れ伏すトリケラモンの前に立ち、無意識に手をかざす。

 

「やめて! 誰の命も、消させない!!」

 

ミコトの身体から溢れ出したのは、さくら色の光の奔流だった。

 

彼女の「誰かを守りたい」という魂の震えが、デジタルワールドの理を書き換えるかのような、浄化の波動。

 

光はトリケラモンを包み込み、そしてエテモンキーが放った暗黒の弾丸を霧のように消し去った。

 

「な、なんだ!?この光は……!? データが……俺の……デーモンの呪縛が……剥がれていく……!?」

 

トリケラモンの黒く濁っていた瞳が次第に澄んだ色を取り戻していく。

 

「なっ……デーモン様が書き換えた完全体のデータが、元のデータに収まっただと!? しかも俺の攻撃を相殺するなんて……くっ、相手が悪い! 今日は撤退だ!」

 

エテモンキーは捨て台詞を吐き、多数のピコデビモンが引っ張る気球で空から逃げて行った。

 

戦場に静寂が戻る。

 

だが、ミコトの足元はもう限界を迎えていた。

 

それでも彼女は震える足で、先ほど倒した二体の成熟期デジモン――ダークティラノモンとデルタモンの方へ歩み寄る。

 

「ハァ……ハァ……まだ……助けなきゃ……」

 

「ミコト、もう休め! お前が倒れたら……」

 

「この子たちも……苦しんでいる……痛がっているから……」

 

タイチの制止をミコトは優しく微笑んで遮った。彼女が二体に手をかざすと、再びさくら色の光が谷を包む。

 

するとダークティラノモンの黒い肌が弾け飛び、本来の健康的な赤い皮膚が露わになる。

 

体内に蔓延る邪悪なウイルスが浄化され、そこに現れたのは、誇り高い野生の咆哮を上げるティラノモンだった。

 

しかし、その光が消えた瞬間、ミコトの瞳から光が消えた。

 

「あっ……」

 

ミコトの鼻からポタポタと赤い雫が零れ、彼女の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 

「ミコト!!」

 

倒れゆく彼女を、デビドラモンが間一髪でその大きな翼で受け止めた。

 

タイチが駆け寄り、彼女の冷たくなった手を握りしめる。

 

「馬鹿野郎……だから言っただろう……」

 

ミコトの呼吸は浅く、荒い。

 

けれど、彼女の顔には疲労や痛みによる苦痛ではなく、この場の全ての命を救えたという穏やかな満足感が浮かんでいた。

 

デーモンの支配から解き放たれ、本来の姿と心を取り戻したトリケラモン、そしてティラノモンとデルタモンは、自分たちを救った小さな少女の前に跪くようにして、静かに頭を下げた。

 

谷底には、ただ少女の微かな息遣いと、新しく紡がれた確かな命の絆だけが残されていた。

 

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