デジモンアドベンチャー Re:Life   作:ステルス兄貴

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七話 水泳特訓

 

 

ディノバレーでの激闘の末、デーモンの呪縛からデジモンたちを解放し、見事一つ目の「大地のタグ」を手に入れたタイチたち!

仲間を守るために自らの限界を超え、倒れてしまったミコト。

しかし、その自己犠牲の精神と優しさは、敵であった完全体デジモン・トリケラモンの心をも激しく揺さぶり、彼を誇り高き戦士へと生まれ変わらせた。

トリケラモンの背に乗り、次なるタグを有する地、ネットオーシャンのネットサーフ村へと辿り着いた一行は、村の住人であるゴマモンのゴンと出会う。

ゴンから貰った秘薬で無事に回復したミコトは、タイチの「自分自身を大事にしろ」という真っ直ぐな言葉に触れ、ただ守られるだけでなく「自らも強くなる」ことを決意するのだった。

海のタグを守る次なる完全体の刺客――「深海の悪魔」との水中戦に備え、カナヅチのゼロ丸と共に水泳の猛特訓を開始したミコト。

タイチの青いTシャツを借りて、初めての海で声を上げて笑う彼女の心には、自らの命を輝かせるための確かな強さが芽生え始めていた。

だが、そんな穏やかな笑顔が弾ける海面の下……。

暗黒の深海から、恐るべき巨大な影が音もなく彼らに忍び寄っていた!

果たして、タイチとミコトたちは迫り来る深海の悪魔を打ち倒し、二つ目のタグを無事にゲットできるのか!?

ゼロ丸とミコトは日が暮れるギリギリまで水泳の特訓に励んだ。

ネットサーフ村のデジモンたちは物珍しさから浜辺でその様子を見ていたのだが、

「あんな奴らが泳げる訳ないじゃん」

「あまり村に迷惑をかけないでほしいな」

「そもそも海の悪魔は完全体なんだぞ。成熟期レベルが勝てる訳がないのに‥‥」

「無駄な努力なんかしても意味無いのに、何をそんなに一生懸命やっているんだか」

と、所詮無駄な努力と冷めた目で嘲笑っていた。

「おい、今何て言った?」

するとそれを聞いたデビドラモンがギロリと村のデジモンたちを睨む。

「さっきから黙って聞いていれば、泳げないだの好き勝手な事ばかり言いやがって‥‥確かにミコトもゼロ丸も今はまだ泳げない。だからこそああやって練習をしているんじゃないか!!そもそも、お前たちは水棲デジモンなんだろう!?泳げるんだろう!?だったら何で、自分たちで強くなろうとしないんだ!?自分たちの住処を荒らされて何もしない‥ただ黙って見ているだけなのか!?」

「だって‥‥」

「相手は完全体だし‥‥」

デビドラモンの言葉に気まずそうに視線を逸らす村のデジモンたち。

「お前らはデーモンの手下たちが怖いんじゃない‥‥手下たちと戦って傷つく自分が怖いんだ!!」

「「「っ!?」」」

デビドラモンの指摘にドキッとする村のデジモンたち。

 

「なんだ?図星か?ふん、強くなろうとする努力もしない、すぐ諦めた顔して傍観者か被害者面した奴らがミコトやゼロ丸の努力をバカにするな。そもそも無限の可能性を秘めているのが僕たちデジモンじゃないのか?」

「デビドラモンの言う通りだ。自分で限界を決めるな、限界を超えようと努力していればいつかその壁を越えられる筈だ」

ガーボもデビドラモンのその言葉に強く頷き、村のデジモンたちの前へと一歩進み出た。

「僕だって、最初は逃げてばかりだった。強い奴には敵わないって、戦う前から諦めていたんだ。でも、タイチやゼロたちを見ていて分かったんだよ。本当に恥ずかしいのは、負けることや傷つくことじゃない……『無理だ』って決めつけて、諦めて何もしないで逃げることだって!」

(思い返せば、僕も最初はそうだった……)

ガーボは、夕日に照らされながら必死に水を掻き、むせながらも何度も立ち上がるゼロ丸とミコトの背中を見つめた。

かつての自分も、強い敵が現れれば震えて逃げ隠れし、「どうせ勝てない」と諦めるのが当たり前だと思っていた。

しかし、タイチとゼロ丸に出会い、その常識は完全に打ち砕かれたのだ。

相手が完全体だろうと、どれほど絶望的な状況だろうと、彼らは絶対に諦めなかった。

その姿を一番近くで見てきたからこそ、ガーボの中にも熱い想いが込み上げていた。

「ふん、成熟期だからって偉そうに‥‥」

「お前たちだってなんだかんだ言って泳ぎの練習をしていないじゃないか!?」

「そうだ、そうだ、偉そうなことを言う前にお前たちこそ、水泳の練習をしてみせろ!!」

このまま黙って本心を突かれるのが悔しいのか村のデジモンたちが言い返す。

「お前ら言うに事を欠いて‥‥」

デビドラモンと村のデジモンたちの間に一触即発の事態になりそうになったその時、

「いや、デビドラモンの言う通りだよ!」

ゴンが村のデジモンたちとガーボたちの間に割って入った。

その小さな体は、怒りと、そして同族たちの不甲斐なさに対する情けなさで微かに震えていた。

(タイチたちがあんなに頑張ってくれているのに……僕たちは一体何を言っているんだ!)

ゴンは、夕日に照らされて波に飲まれながらも、決して諦めようとしないゼロ丸とミコトの姿を振り返った。

本来ならば、彼らはこの海に入る必要すらないのだ。

自分たちの問題ではないのだから。

それでも彼らは、この世界のために、そしてこのネットサーフ村を救うために己の弱点と必死に向き合っている。

その事実を棚に上げて自己弁護に走る村のデジモンたちにゴンはたまらず声を張り上げた。

「みんな、いい加減にしてよ!デビドラモンやガーボに言い返して、それで自分たちが正しいって思い込みたいだけじゃないか!?彼らは海の住人じゃない。それでも、僕たちの海を取り戻すために、あんなに頑張ってくれているんだぞ!?」

ゴンの痛切な叫びが、波の音とともに浜辺に響き渡った。

「本来なら、あの冷たい海に入ってデーモンの手下と戦わなきゃいけないのは、他でもない僕たち水棲デジモンなんだ……自分たちの村を荒らされたのに、悪魔たちの対処を他所から来た彼らに全部押し付けて、あまつさえその努力を笑うなんて……そんなのあんまりじゃないか!!」

ゴンのその言葉に、先程まで口答えをしていたデジモンたちの顔からスッと血の気が引いた。

しかし、現実の恐怖に縛られた村のデジモンの中には、すぐにはその正論を受け入れられない者もいた。

「う、うるさい! 綺麗事を言うな!」

一匹のデジモンが、自らの弱さを隠すように声を荒らげた。

「相手は完全体なんだぞ!? 下手に関われば村ごと海の藻屑にされるんだぞ!?」

その心無い反発の言葉にゴンは真っ直ぐに仲間たちを見つめ直した。

「僕はもう、見ているだけなんて嫌だ。戦う力がなくても、せめて彼らの力になりたいんだ!」

そう言い残すとゴンは勢いよく波打ち際へと駆け出していった。

「あっ、おい!!」

「ゴン!!」

仲間がゴンに声をかけるも、ゴンは振り返らず海の中に入る。

そして、溺れかけているゼロ丸とミコトのそばへ泳ぎ着くと、

「息継ぎのタイミングが悪いよ!僕が教えるから、もう一回やってみよう!」

と、自ら水泳の指導を勝って出たのだ。

その小さな背中を見つめていた村のデジモンたちの間に、重く、けれど確かな変化をもたらす沈黙が落ちた。

先ほどゴンに反発したデジモンも、波に飲まれそうになりながらもゴンの手に引かれて必死に前を向くミコトたちの姿から、目を離せずにいた。

「……俺たち、一体何やっていたんだろうな」

ぽつりと漏れたその呟きには、もはや言い訳の余地のない深い後悔が滲んでいた。

勝手に自分の限界を決めて、自分たちの代わりにデーモンの手下と戦ってくれる奴らを笑うなんて、最低だった。

彼らの瞳から「冷笑」の色は完全に消え去り、自分たちの行いを恥じるように、真剣な眼差しで不器用ながらも前に進もうとするゼロ丸たちの姿を見守り始めたのだった。

「そろそろ日が暮れる。今日は僕の家に泊まりなよ」

流石に夜の海での水泳訓練は危険なので、日没と同時に今日の水泳訓練は終わり、宿泊地にはゴンが自分の家を提供してくれた。

「そうか?助かるぜ、ゴン! ありがとな」

波打ち際から上がり、ずぶ濡れの体をブルッと震わせながらタイチが笑顔を見せた。

「もう、腕も足もパンパンだぁ……」

「ふぅ~……流石に疲れたね。でも、ゴンのアドバイスのおかげで、最後の方は少しだけ息継ぎのコツが掴めた気がするよ」

疲労困憊といった様子で砂浜にへたり込むゼロ丸と息を切らしながらも充実した表情を浮かべるミコト。

二人のその姿にゴンは嬉しそうに目を細めた。

ゴンの案内で村の中にある彼の家へと到着すると、冷え切った体を温めるための焚き火をつけて、水着を乾かす。

「さっきは‥その‥村のみんなが酷いことを言ってごめんなさい・‥‥」

ゴンは申し訳なさそうに視線を落とし、焚き火の炎を見つめながらポツリとこぼした。

「本来なら、僕たち水棲デジモンがこの海を守らなきゃいけないのに、泳げない君たちに全部任せきりにして‥‥その上、泳ぎの練習をしている君たちをバカにして笑うなんて、本当に恥ずかしいよ」

すると、タイチがゴンの頭にポンと手を乗せた。

「気にするなよ。最初から全員が勇気を持てるわけじゃないさ。大事なのは、そこからどう動くかだろ?」

「タイチの言う通りだ」

部屋の隅で静かに羽を休めていたデビドラモンも、同意するように頷く。

「お前のあの叫びと行動が、村の奴らの目を覚まさせたんだ。現に、お前が飛び出した後、あいつらの顔つきは明らかに変わっていたからな」

「うん! ゴンが助けに来てくれて、すっごく心強かったよ!」

ガーボも力強く頷き、ゴンに元気よく微笑みかけた。

(みんな‥‥)

温かい言葉の数々に、ゴンの胸の奥にじんわりと熱いものが広がっていく。

強いだけじゃない、彼らの持つ優しさと器の大きさに触れ、ゴンは改めて「この人たちの力になりたい」と強く誓った。

「……よし!」

タイチが立ち上がり、気合を入れるように己の両頬をパンッと叩いた。

「タグの番人の完全体デジモンを倒して二つ目のタグを手に入れるためには、水中での動きを完璧にする必要がある。明日も朝からみっちり特訓だぞ、ゼロ、ミコト!」

「任せとけって! 明日にはネットオーシャンをスイスイ泳げるようになってみせるぜ!」

「うん、私も絶対に諦めない。絶対に泳げるようになって、みんなで海を取り戻そう!」

ゼロ丸とミコトの瞳には、疲労こそあれど、一切の迷いや諦めはなかった。

ゴンの勇気ある行動と的確なサポートを得て、一行の絆はより一層深まっていた。

そんな中、

「お、お邪魔します。あの‥これ、さっきのお詫びというわけじゃないけど‥‥」

控えめなノックの後、ゴンの家の扉がゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは、夕方にゴンへ反発していたデジモンを含む、村の代表数名だった。

彼らは気まずそうに顔を合わせながら、手元に持っていた新鮮な海藻やこの村特産の魚介を使った煮込み料理を差し出した。

「さっきは最低なことを言って悪かった‥‥」

 

「弱くて何もできない自分たちが情けなくて、つい‥‥」

「ゴンが言った通りだ。守るべき場所があるのに守る努力を自分たちで放棄して、戦おうとしている君たちを笑うなんて‥デジモンとして一番ダサいことだったよ‥‥」

彼らはそれぞれ、これまでの自分たちの非を認めるようにボソボソと、しかし誠実に言葉を紡いだ。

彼らの顔からは先ほどのトゲのある冷笑は消え、代わりに『ゴンの様に自分たちも何かできるのではないか?』という、迷いを吹っ切ったような力強い光が宿っていた。

「これ、この村の名物料理で美味しいんだよ。明日の特訓の活力にしてくれ」

一体デジモンがそう言って料理を差し出す。

「でも、悪魔たちに食料を奪われたって‥‥」

ガーボがゴンの話で村の食料はデーモンの手下に奪われている事を思い出し、食料が奪われているのなら、ただでさえ自分たちが食べる分も困っているのではないかと思った。

「君たちがあの悪魔たちを倒してくれるんだろう?僕らは一緒に戦えないけど、君たちに協力はさせてもらうよ」

「あの悪魔たちが去れば、食料なんて直ぐに集める事は出来るからさ、大丈夫だよ」

そう言って料理を差し出すデジモンたち。

タイチはニカッと笑ってそれを受け取った。

「サンキュー! 腹が減っては戦はできないからな。これだけあれば、明日からもっとハードな特訓ができるぞ!」

その言葉に差し入れを持ってきたデジモンたちは苦笑しつつも、どこか誇らしげな表情を浮かべた。

 

「「‥‥」」

 

一方で、その特訓を受けるミコトとゼロ丸は複雑な表情を浮かべる。

村のデジモンたちは、かつて自分たちが否定した「努力」が、今は自分たちの手で未来を切り開く希望に変わったことを肌で感じていた。

差し入れの料理を囲み、村のデジモンたちとタイチ一行の間にあった心の壁が、焚き火の温もりと共に溶けていく。

この夜、ネットサーフ村には、敵と戦うための「真の団結」が生まれようとしていた。

 

翌日‥‥

この日も天気は快晴で絶好の海水浴場日和だ。

モン、モン、♪

デジモン♪

デジ♪

モン、モン、♪

ネットサーフ村の浜辺には昨日と同じ、水着姿のタイチ、ミコト、ゼロ丸、ゴンの姿があった。

そして念入りに準備運動をする。

「よーし、今日も水泳の特訓だ!!」

「「おー!!」」

準備運動を終えたタイチは、腕をグルグルと回しながら振り返った。

「よし!昨日の時点で基礎は少しずつ分かってきたはずだ。今日は効率よく特訓を進めるために二手に分かれようと思う」

「二手に?」

首を傾げるミコトにタイチは頷く。

「ああ。俺がゼロの指導に集中するからさ。ゴン、悪いけどミコトのコーチを頼めるか?」

「うん、僕に任せて! 昨日教えたコツをベースに今日は少し距離を泳げるように練習してみよう」

ゴンが頼もしく胸を張って引き受けると、ミコトはホッと安心したように微笑んだ。

「ありがとう、ゴン。よろしくね」

こうして、波打ち際を少し離れた二つの場所で、それぞれの特訓が始まった。

「いい? ミコトちゃん。水の中で息を少しずつ吐いて、顔を横に上げた瞬間に『パッ』と空気を吸い込むんだ。力むと沈んじゃうから、体はリラックスさせてね」

「水の中で吐いて……上げる時に吸う。わかった、やってみる!」

ゴンの指導は、水棲デジモンならではの的確さと優しさがあった。

ミコトは意を決して海に顔をつけ、バタ足で進み始める。

(ゼロ丸さんも頑張っているんだから、私もここで立ち止まっていられない!)

息継ぎのタイミングで顔を上げる。

昨日まではここで水を飲んでむせてしまっていたが、ゴンの「今だ!」という掛け声に合わせて顔を上げると、しっかりと空気を吸い込むことができた。

「ゲホッ……少し、飲んじゃった」

「惜しい! でも今のはすごく良かったよ! もう少しだけ顎を引いて、水面ギリギリで息を吸うイメージでやってみよう!」

「う、うん……!」

ゴンの根気強い指導のもと、ミコトは何度も何度も海へ顔を沈め、恐怖心に打ち勝ちながら、少しずつ確実に前に進めるようになっていった。

一方、その少し離れた場所では‥‥

「バカ! ゼロ、お前力みすぎなんだよ! 石っころみたいに沈んでいるじゃねぇか!?」

「無茶を言うなよ、タイチ!ボクは陸を走れても泳ぐようにはできてないんだよぉ!」」

タイチとゼロ丸の特訓は、もはや格闘技のような騒がしさだった。

成熟期のブイドラモンであるゼロ丸が派手に水しぶきを上げるたび、まるで小型の嵐が起きているかのようだ。

「言い訳すんな! いいか、水に逆らおうとするから沈むんだ。もっと力を抜いて、水を後ろに押し出すイメージだ。犬かきならぬ、竜かきでいけ!」

「竜かきってなんだよ!?」

「お前は幻竜型デジモンなんだから、竜かきだろうがぁ!!ほら、もう一回!!」

「ええい、やってやるぜ!」

ゼロ丸はヤケクソ気味に短い腕をバタバタと動かす。

最初はただ海水を叩きつけているだけで全然進まなかったが、タイチがすぐ横に泳ぎついてフォームを修正していく。

「そこで足を蹴る!!腕はもっと大きく回せ!!」

「こ、こうか!?」

「おおっ、そうだ!!その調子だ、ゼロ!!ちゃんと前に進んでいるぞ!!」

不恰好ながらも、ゼロ丸の大きな体が浮力を得て、少しずつ水面を滑るように進み始めた。

タイチの熱血スパルタ指導と、ゼロ丸の持ち前の負けん気と高い身体能力が噛み合い、急速に形になりつつある。

浜辺からは、ガーボやデビドラモン、そして昨夜差し入れを持ってきてくれた村のデジモンたちが、その様子を固唾を飲んで見守っていた。

「頑張れーっ! ミコト、ゼロ丸ー!」

「右手の掻きをもっと強くした方がいいぞ!」

村のデジモンたちからも、自然と熱の入ったアドバイスや声援が飛ぶ。

かつての冷笑は完全に消え去り、そこには村を挙げて彼らを応援する温かい一体感があった。

(この調子なら、いけるぞ……!)

タイチは塩水に塗れた顔を拭い、太陽が輝く海原のさらに奥深く――二つ目のタグと、それを守る完全体の敵が潜む海底を力強く睨み据えた。

そんなタイチたちの様子を浜辺にあるヤシの木からピコデビモンがジッと見つめていた。

ピコデビモンの額にはヘッドカメラが装着されており、その映像はネットオーシャンの海底洞窟‥‥海のタグが眠る完全体デジモンのアジトにあるモニターへ送信されていた。

「ウキキッ、どうやら奴らがきたようだな」

「まかせておきな、エテモンキー。海の藻屑が増えるだけさ」

エテモンキーの背後には三体のデジモンたちの影があった。

「だが油断するなよ‥特に危険なのはあのデジモンでもガキのテイマーでもない‥‥あの小娘だ」

エテモンキーは此処の番人の完全体デジモンへと警告をいれる。

「ん?あの小娘がどうかしたのか?」

「あの小娘は異常だ。ディノバレーでは俺のダークスピリッツをかき消し、あまつさえデーモン様の強力な呪縛のデータすら書き換えて手下どもを正気に戻しやがった。あれは人間の皮を被った『何か』だ。決してただのガキだと思うな」

エテモンキーは、モニターに映る不器用ながらも懸命に泳ぐミコトを睨みつけ、忌々しそうに吐き捨てた。

自分の必殺技であるダークスピリッツをかき消し、自身の主であるデーモンの呪縛ともいえるデータを書き換えたのだ。

エテモンキーは、その正体不明の力を何よりも恐れ、そして警戒していたのだ。

「ウキキッ、あの小娘さえ封じれば、泳ぎもままならないブイドラモンなど、まな板の上の鯉も同然さ!」

「フン……妙な力だか何だか知らねぇが、ここは俺たちの庭だ。水泳ごっこで浮かれているような連中に、この海の深淵は拝ませねぇよ。ましてやタグを奪われるなんて失態なんてもってのほかだ」

薄暗い洞窟の奥で、その完全体デジモンは傲慢に笑った。

モニターの逆光に照らされたその姿は威圧感を持って蠢いている。

「陸(おか)の連中がどれほど足掻こうが、水の中に入ればそこは俺が支配する死の世界だ。水圧、暗闇、息苦しさ……それらすべてが奴らの牙を抜く。あの小娘が力を振るう暇(いとま)も与えず、海の底へ引きずり込んでやるさ」

そのデジモンは、空腹を抱えた捕食者のような目を光らせた。

「いいか、絶対に仕損じるなよ。デーモン様は失敗を許さないお方だ。奴らがタグに指一本触れる前に、その命をネットオーシャンの肥やしにしてしまえ」

エテモンキーの念押しに、完全体デジモンは面倒そうに鼻を鳴らす。

「わかっているよ‥‥おい、ピコデビモン! 奴らが海へ漕ぎ出すタイミングを逐一報告しろ。一番無防備になった瞬間に、俺たちの‥海の流儀で歓迎してやる」

浜辺で特訓に励むタイチたちの背後で、冷酷な視線と悪意に満ちた包囲網が静かに、着実に狭まっていた。

「息継ぎのタイミングはもうバッチリだよ、ミコトちゃん!その調子!その調子!」

「ぷはっ!!……うん!!ありがとう、ゴン!!なんだか、水の中が少し怖くなくなってきたよ!!」

波に揺られながらミコトは明るい笑顔を見せ、ゴンも嬉しそうに頷いた。

ゴンの丁寧な指導のおかげで、ミコトは確実に恐怖心を克服しつつあった。

しかし次の瞬間、二人の真下の海面が不自然に黒く染まり、ぶくぶくと不気味な泡が立ち込め始めた。

「えっ?」

ミコトが水面の異変に気付き、疑問に思った時にはもう遅かった。

「ゲーソ、ゲソ、ゲソ!!」

突如として海中から現れたのは、巨大なイカのような姿をした成熟期のデジモン‥ゲソモンだった。

「きゃああっ!?」

「ミコトちゃん!?」

無数の触手の一本が水面を叩き割り、逃げる間もなくミコトの細い腰に巻き付くと、彼女の悲鳴ごと空中に高く吊り上げた。

「う、くっ……離してっ!」

ギリギリと締め付ける触手の力に、ミコトの顔が苦痛に歪む。

(しまった……敵の奇襲だ!?僕がミコトちゃんを守らなきゃ!)

ゴンは一瞬、かつての恐怖で体がすくみそうになった。

だが、昨夜自分が村のみんなの前で放った言葉と必死に頑張るミコトの姿が彼の背中を強く押した。

「ミコトちゃんを離せぇぇぇぇー!!」

ゴンは鋭い牙を剥き出しにし、弾かれたようにゲソモンへと飛びかかった。

ミコトを掴んでいる触手に噛みつき、どうにかしてミコトを解放させようと必死にもがく。

しかし、成熟期であるゲソモンからすれば、成長期のゴンの攻撃など痛くも痒くもなかった。

「邪魔だぁー!!」

ゲソモンは煩わしそうにもう一本の触手を鞭のようにしならせ、ゴンを容赦なく弾き飛ばした。

「ぐわああっ!」

「ゴン!!」

水面をバウンドするように吹き飛ばされたゴンを見て、ミコトが悲痛な声を上げる。

ゲソモンは邪魔者がいなくなったとばかりに、ミコトを捕らえた触手にさらに力を込め、海の底へ引きずり込もうとした。

その時だった。

「ミコト!ゴン!!……ちぃっ、敵の奇襲か!」

別の地点でゼロ丸に泳ぎを教えていたタイチの鋭い声が響き渡る。

「デビドラモン!上空から援護だ!ゼロ、お前の水泳特訓の成果をあのイカ野郎に見せてやれ!!」

「任せとけええっ!!」

タイチの指示と同時、空と海から二つの影が猛スピードでゲソモンへと迫った。

「クリムゾンネイルッ!!」

まずは上空から急降下してきたデビドラモンが、真紅の爪でミコトを捕らえているゲソモンの触手を鋭く切り裂いた。

「ギシャアアッ!?」

予期せぬ空中からの痛撃に、ゲソモンがミコトを拘束する力を緩める。

「きゃっ!」

空中に放り出されたミコトを、すかさずデビドラモンがキャッチし、安全な背中へと乗せた。

「ミコト、怪我はないか!?」

「う、うん、大丈夫……!」

「ギシャァッ!」

狙いであるミコトを奪い返されたゲソモンは、これ以上の水上戦は不利と悟ったのか、不気味に蠢く触手を束ねると、墨を吐き出しながら素早く海中深くへと潜り込もうとした。

「逃がすかよ! ゼロ、追いかけろ!!」

「もらったぁぁぁっ!!」

海面から凄まじい水しぶきを上げて飛び出したゼロ丸が、そのまま弾丸のように海中へとダイブした。

(ボクだって、やればできるんだ!!)

特訓で身につけた「竜かき」で力強く水を蹴り、ブイドラモン本来の爆発的な脚力と推進力を海中で見事にコントロールしていく。

「ゲギャッ!?」

水中の覇者たる自分が、陸のデジモンに追いつかれようとしている事実にゲソモンが驚愕の声を上げる。

 

迎撃しようと、残った触手を槍のように鋭く突き出してきた。

「右だ、ゼロ! 躱して潜り込め!」

波打ち際からタイチの的確な指示が飛ぶ。

「おうっ!」

ゼロ丸は水流を読み、身を捻って触手の刺突をスレスレで回避。そのまま一気にゲソモンの懐へと肉薄した。

水圧と抵抗をものともせず、ゼロ丸は強烈な頭突きをゲソモンの巨体にお見舞いする。

「ブイヘッドバァァァット!!」

「ゲギャアアアアッ!?」

ゼロ丸の渾身の一撃を海中でモロに食らい、たまらずゲソモンは大きく水面へと打ち上げられ、そのまま後方へと吹き飛ばされた。

「やった! ゼロ丸さんも本当に泳げるようになったんだね……!」

「へへっ、タイチのしごきのおかげさ!これくらい、朝飯前だぜ!」

海面から顔を出し、自慢げに鼻をこするゼロ丸。

その姿は、水に対する恐怖や苦手意識を完全に克服した頼もしい戦士の顔だった。

「大丈夫か!?ゴン!」

遅れて泳いで駆けつけたタイチが弾き飛ばされたゴンを抱き起こす。

「僕は平気……それより、僕が弱かったせいでミコトちゃんが危険な目に……」

「馬鹿野郎、お前が真っ先に飛び込んでくれたから、ゲソモンの気が逸れてミコトが海中に引きずり込まれるのを防げたんだ。立派だったぞ、ゴン!」

タイチに頭をポンと撫でられ、ゴンの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

「うん、ありがとう!!ゴン!!」

ミコトもゴンに礼を言う。

しかしゴンはすぐに力強く頷き、涙を拭ってゲソモンを睨み据えた。

「ちっ、覚えていろ! マリン様に歯向かう愚か者ども!!」

ゼロ丸の思わぬ海中での強さにこれ以上は不利と判断し、ゲソモンは捨てセリフを吐くと、今度こそ深海へと逃げ去っていった。

「マリン様‥‥」

ゲソモンの言い残した『マリン様』と言う名前を聞き、口にするミコト。

「成熟期のゲソモンが『様』付けをするんだ‥‥そのマリン様って奴がこの海のタグの番人って事だ」

デビドラモンが『マリン様』が完全体デジモンの名前だと判断した。

「マリン‥か……そいつは間違いなく水棲系の完全体だな。海中であいつとやり合うには、まだまだ俺たちの準備が足りねぇ」

ゲソモンが消えた海面を睨みつけながら、タイチは悔しそうに顔をしかめた。

「あっ……うっ……」

タイチの言葉を遮るように彼が抱き起していたゴンの小さな体がグラリと揺れた。

「ゴン!?おい、ゴン!!大丈夫か!?しっかりしろ!!」

慌てて支えるタイチ。

ゴンの脇腹には、先ほどゲソモンの触手で強打された際の痛々しい赤黒い打撲痕がくっきりと残っていた。

気丈に振る舞ってはいたものの、成長期の体で成熟期の一撃をまともに受けたダメージは、決して軽いものではなかったのだ。

「へ、平気だよ……これくらい‥かすり傷だもん……」

ゴンは必死に笑おうとするが、その顔は痛みに青ざめて、息も絶え絶えだった。

「ダメだよ、ゴン。すごく無理しているじゃない……!」

上空のデビドラモンの背中から浜辺へと降り立ったミコトが、濡れた砂を蹴立ててゴンのそばへと駆け寄った。

その瞳は、自分を助けるために傷ついたゴンへの申し訳なさと心配で揺れている。

「ミコトちゃん……?」

「動かないでね。今、治してあげるから……」

ミコトは砂浜に横たえられたゴンの隣に膝をつくと、痛む脇腹にそっと両手をかざした。

そして静かに目を閉じ、祈るように深く集中する。

すると、彼女の小さな両手から、淡く温かいさくら色の光がふわりとこぼれ始めた。

「こ、これは……?」

「光っているぞ……!?」

遠巻きに見守っていた村のデジモンたちが、信じられないものを見るようにざわめく。

ミコトの放つ優しい光がゴンの体を包み込むと、奇跡が起きた。

痛々しかった赤黒い腫れがみるみるうちに引いていき、浅かったゴンの呼吸も次第に穏やかになっていったのだ。

「す、すごい……! 痛みが、嘘みたいに消えちゃったよ!」

痛みが引いたゴンはパチクリと瞬きをし、元気よく飛び起きた。

しかし、その奇跡の代償は、今のミコトの体にはあまりにも重すぎた。

「よかった……これで、ゴンも、元気に……」

安堵の笑みを浮かべた直後、ミコトの顔からスッと血の気が引いた。

彼女の体からガクンと力が抜け、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちそうになる。

「っ……!?」

「ミコト!!」

砂に倒れ込む寸前、間一髪でタイチがその細い体をしっかりと抱きとめた。

「おい、ミコト! しっかりしろ!」

「……ごめんなさい、タイチさん‥少し……眩暈がして……」

タイチの腕の中で、ミコトは苦しそうに荒い息を吐いた。

額にはびっしりと冷や汗が浮かび、自力で立ち上がる力すら残っていないようだった。

(ただでさえ慣れない水泳特訓で、体力を限界まで削っていたんだ。その上、ヒーリングの力を使ったから……!)

タイチはミコトの異常な疲労の理由を即座に悟り、ギリッと悔しそうに唇を噛んだ。

「ミコト、大丈夫か!?」

海から上がってきたゼロ丸も、心配そうに大きな顔を近づける。

「ごめんね……ゼロ丸さん、タイチさん……私また力を使って‥‥みんなの迷惑と心配をかけちゃって‥‥」

「それは違うよ!!ミコトがゴンを治してくれたんだろう!?君がゴンを救ったんだよ!!」

自分を責めるミコトにゼロ丸は必死に首を振った。

「そうだよ、ミコトちゃん! 僕のせいで、ミコトちゃんが倒れちゃうなんて……ごめんなさい……!」

ゴンも泣きそうな顔で、ミコトの冷たくなった手を両手でぎゅっと握りしめた。

「誰も悪くねぇよ。みんな、仲間のために必死に動いた結果だ」

タイチはミコトの体をそっと自分の背中に背負うと、ゴンや村のデジモンたちに向かって優しく、だが毅然とした態度で告げた。

「今日はもう休もう。ゲソモンの奇襲があったってことは、敵に俺たちの動きが完全にバレているってことだ。これ以上の特訓は危険すぎるし、何よりミコトの回復を最優先にする」

「ああ、タイチの言う通りだ。完全体デジモンの『マリン』とやらの差し金なら、次は何が仕掛けられてくるか分からないからな」

デビドラモンも周囲の空と海を鋭く警戒しながら、タイチの判断に同意した。

疲労で意識が朦朧とする中、ミコトはタイチの温かい背中で静かに目を閉じた。

(みんなの足手まといには、なりたくない……絶対に、一緒に海を取り戻すんだから……)

その強い想いとは裏腹に限界を迎えた彼女の意識は深い眠りへと沈んでいった。

 

一方、海のタグが眠る海底洞窟では――

「ウキキッ……なるほどな。あの小娘、力を使いすぎると動けなくなるのか。こいつはいい事を知ったぜ……」

ピコデビモンが額のカメラを鈍く光らせながら、口の端を吊り上げて不気味に笑っていた。

 

そしてピコデビモンが撮影した映像を見ていたエテモンキーも同様の笑みを浮かべる。

ミコトの「弱点」という最大の収穫を得た敵の悪意が、静かに彼らへと忍び寄っていた。

「ウキキ……泳ぎを覚えた生意気なデジモンどもごと、次はあの小娘自身を餌にして、海の底へ引きずり込んでやる……!」

深淵の闇の中で響く邪悪な笑い声が、次なる波乱を予感させていた。

 

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