デジモンアドベンチャー Re:Life   作:ステルス兄貴

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九話 深海の決戦

 

 

海のタグを手に入れるために水泳訓練の後に泳げるようになったゼロ丸とミコト。

 

しかし、問題は解決していなかった。

 

泳げることで水中バトルも可能となったのだが、水中ではゼロ丸に指示を出す事が出来ない。

 

だが、その問題を海の賢者であるホエーモンは解決してくれた。

 

声を出さずともデジモンに自分の意思を伝える事が出来る装置‥デジヴァイス01をホエーモンはタイチとミコトに授けてくれたのだ。

 

ホエーモンはタイチとミコトにデジヴァイス01を託すと役割を終えデジタマとなった。

 

ホエーモンの死を悲しむ間もなく、海のタグの番人‥マリンデビモンの手下、ゲソモンとオクタモンが襲い掛かって来た。

 

しかも彼らはミコトの弱点をエテモンキーより聞いており、その点を突いて来た。

 

ゴンがオクタモンに掴まり痛めつけられる。

 

敵の狙いはゴンを痛めつけ、ミコトにヒーリング過度に能力を使用させる事だった。

 

ミコトは激しい怒りと、絶対に仲間を死なせないという強い意志の下、デジヴァイス01をオクタモンへと突きつけた。

 

(ただ闇雲に力を放出すんじゃない……このデジヴァイスがあれば、私の癒しの力を効率的な「データ」として直接ゴンに転送できるはず……!)

 

ミコトの脳細胞がフル回転する。

 

病院のベッドの上で何度も読んだ、デジタル世界の仕組み。

 

ホエーモンが教えてくれた、この世界を形作る「0と1」の配列。

 

そのすべてが、彼女の直感となってデジヴァイス01へと流れ込んでいく。

 

(お願い……届いて、ゴン!!)

 

ミコトが画面のボタンを強く押し込むと、彼女の体から立ち上ったさくら色のオーラが、デジヴァイス01のレンズを通じて一本の鋭い光線(レーザー)へと収束された。

 

それは暗い海中を一直線に切り裂き、オクタモンの巨体をすり抜けて、捕らえられているゴンの胸元へとピンポイントで命中した。

 

「な、なぁにぃぃっ!? 離れた場所から治療を施しただと!?」

 

オクタモンが驚愕の声を上げる。

 

「ゲ、ゲソッ!? バカな、エテモンキー様の話では、あの小娘は力を使えばその場で倒れて動けなくなるはずゲソ!」

 

ゲソモンもまた、信じられないものを見るように目を剥いた。

 

ミコトはゼロ丸の背中で疲労感を覚える。

 

視界は少しだけチカチカと歪んでいる。

 

しかし――彼女の瞳はしっかりと見開かれていた。

 

(少し‥‥頭はクラクラするけど‥‥でも、昨日みたいな虚無感は無い。私は、まだ意識を保っている‥‥倒れてない!! 私‥自分の力をちゃんとコントロールできたんだ!)

 

「やったな、ミコト! 自分の能力をデジヴァイスのプログラムとして最適化(アレンジ)しやがったな!」

 

タイチがデジヴァイス01越しに、驚きと称賛の入り混じった声を上げる。

 

一方、さくら色の光のデータを受け取ったゴンは、全身の傷が瞬時に塞がるのを感じていた。

 

それだけではない‥傷が治るのと同時に、彼の胸元で揺れる、ホエーモンから託された「銀のメダル」が、ミコトの光と共鳴して凄まじい輝きを放ち始めたのだ。

 

「うぉぉぉぉぉっ!! 体の奥から、ホエーモン様の……ミコトちゃんの、みんなの勇気が湧き上がってくる!! 僕だって……僕だって、この海を絶対に守ってみせるんだぁぁぁーっ!!」

 

ゴンの小さな体が、爆発的な進化の光に包まれる。

 

その光はオクタモンの触手を力強く弾き飛ばし、暗い海底を真昼のように照らし出した。

 

光の中から現れたのは、ゴンの面影を残しながらも、身体は何倍もの巨体へと成長した、白毛に覆われた一角獣の姿――。

 

「ゴン、進化ぁぁぁーーっ!! イッカクモン!!」

 

「ゲ、ゲギャッ!? 成長期のチビがいきなり成熟期へ進化しやがったぁ!?」

 

オクタモンがその巨体に気圧され、思わず後ずさりする。

 

「ミコトちゃん、タイチ、お待たせ! ここからは僕の独壇場だよ!」

 

イッカクモンとなったゴンの力強い声が、デジヴァイスを通じてみんなの頭脳に響く。

 

「よし、形勢逆転だ!!」

 

タイチはニカッと不敵な笑みを浮かべ、左腕のデジヴァイス01へとコマンドを打ち込んだ。

 

「ゼロ! 水中だからって遠慮はいらねぇ! 周りの海ごとあいつらを消し飛ばせ! 攻撃力120%にデータ書き換え(リライト)!!」

 

「おうよぉ!! 陸でも海でも、俺の強さは変わらねぇぜ!!」

 

ゼロ丸が大きく口を開け、エネルギーを爆発させる。

 

水中であるため本来なら火炎系の技は減衰するはずだが、タイチのデータサポートとゼロ丸の気合がそれを凌駕した。

 

「食らいやがれぇぇっ!! ブイブレスアロー!!!」

 

放たれた超高温の熱線は、周囲の海水を一瞬で沸騰させ、巨大な水蒸気爆発を起こしながらゲソモンへと直撃した。

 

「ゲソォォォォーーーッッ!?」

 

水中で放たれた必殺の一撃に耐えられるはずもなく、ゲソモンは哀れな悲鳴を上げながら、海の藻屑となって消滅した。

 

「ひえぇぇっ!? ゲ、ゲソモンが一瞬で!?」

 

相棒を失い、完全に恐怖に駆られたオクタモンが必死に逃げ出そうと墨を吐き散らす。しかし、イッカクモンがその行く手を完全に塞いだ。

 

「僕たちの海から、出ていけぇぇっ!! ハープーンバルカン!!!」

 

イッカクモンの頭部の角から、燃え盛るミサイルが連射される。

 

それらはオクタモンが放った黒い墨を吹き飛ばし、その脳面へと容赦なく突き刺さった。

 

「ブギィィィッ!! ま、マリンデビモン様ァァァーーッ!!」

 

大爆発と共に、オクタモンもまたデータの塵となって消え去り、濁っていた海へと静かな透明度が戻っていった。

 

海底洞窟・エテモンキーの作戦室

 

「ウ、ウキキィィィーーーッッ!? バカな、バカな、バカなーーーっ!!」

 

モニターを叩きつけんばかりに、エテモンキーが金切り声を上げた。

 

「策略は見事だったはず!?なんであの小娘はピンピンしてやがるんだ!? 成熟期二体が、手も足も出ずにやられちまうなんて……!」

 

味方がやられた事で忌々しそうに自身の爪を噛み締めていた。

 

「まさか……デジヴァイス01をあそこまで瞬時に使いこなすとは‥‥力をただ分け与えるのではなく、データ転送として負荷を軽減させただと……!? どこまで小癄しい真似を……!」

 

「フン……成熟期のデジモンを二体斃したからと言って調子に乗りやがって」

 

暗闇の奥から、ついにその巨体が完全に姿を現した。

 

全身を禍々しい漆黒の鱗で覆い、悪魔の翼を背負った、この海の支配者――完全体デジモン、マリンデビモン。

 

その紅い瞳には、底知れぬ冷酷さと、タイチたちに対する明確な「殺意」が宿っていた。

 

「エテモンキーお前の姑息な罠など、最初から必要なかったのだ……奴らはもうすぐ、この海のさらに深い深淵、タグが眠る場所にやってくる。そこは息の根を止めるほどの水圧と光すら届かぬ完全な闇の世界……」

 

マリンデビモンは不気味に触手を蠢かせ、傲慢に言い放った。

 

「泳げるようになった程度で調子に乗るなよ、ガキども‥‥次はお前たちのその希望ごと、深海の闇で握り潰してやる……!」

 

ゲソモンとオクタモンとの激しい戦闘の気泡が消え去り、本来の静けさを取り戻したネットオーシャンの海底。

 

「やった、やったよ!!ミコトちゃん!! 僕、進化できたんだ……!!」

 

イッカクモンとなったゴンの太く力強い声が、デジヴァイス01を通じて響き渡った。

 

その巨体は以前の何倍もの大きさになり、白く美しい毛並みが水中で優雅に揺れている。

 

しかし、その瞳にある優しさと温かさは、間違いなくゴンのものだった。

 

「凄いよ、ゴン! すっごく格好いい!」

 

ミコトはゼロ丸の広い背中の上で、弾んだ声を返した。

 

激しい眩暈や、あの恐ろしい虚無感は襲ってこない。

 

少しだけ体が重く、息が荒くなっている程度だ。

 

(私、ちゃんとみんなと一緒に戦えた……誰かの犠牲の上に成り立つ力じゃなくて、みんなを前に進めるために、この力を使えたんだ!)

 

自分の手のひらをじっと見つめ、ミコトは涙が溢れそうになるのをグッと堪えた。

 

守られるだけだった自分が、確かに一歩、前へ進めたのだという確信が胸を包み込んでいた。

 

「へへっ、やるじゃん!!ゴン……いや、イッカクモン! 頼もしい相棒が増えてボクも大助かりだよ!!」

 

ゼロ丸が水中で親指を立ててニカッと笑う。

 

「ミコト、本当に体は大丈夫なんだな?」

 

タイチが泳いで近づきながら、左腕のデジヴァイス01の画面を鋭く見つめた。

 

画面には、ミコトの生命エネルギーのデータが一時的な低下から急速に安定へと向かう波形が表示されている。

 

「はい、タイチさん! 少し疲れましたけど、昨日みたいに倒れたりしません。この機械……デジヴァイスが、私の力を守ってくれたみたいです」

 

「ホエーモンが遺してくれたプログラム、伊達じゃねぇな……よし、敵の奇襲部隊は片付けた。一度海上に上がって、作戦を立て直すぞ!」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

イッカクモンの大きな背中にタイチとミコトが乗り、ゼロ丸がその横を泳ぐ。

 

水棲デジモンとしての完璧な推進力を得たイッカクモンの泳ぎは驚くほど速く、圧倒的な安心感を持って一行を光の射す水面へと導いていった。

 

バシャァッ!! と激しい水しぶきを上げて海面に姿を現した一行を、浜辺で待っていた面々が驚愕の目で見迎えた。

 

「ゴ、ゴン?ゴンなのか……!? お前、そんなに大きくなって……!」

 

ガーボが短い足をバタつかせながら、目を丸くして砂浜を駆けてくる。

 

上空から舞い降りたデビドラモンも、その紅い瞳を驚きに細めた。

 

「間違いない、成熟期のイッカクモンだ……あのゲソモンたちを退けただけでなく、成熟期に進化まで遂げるなんて‥‥」

 

「みんな、ただいま! ホエーモン様から力を貰って、みんなを守るために進化できたんだ!」

 

イッカクモンがザザーッと波をかき分けながら浜辺に上がると、村のデジモンたちが一斉に歓声を上げて集まってきた。

 

「すげえや、ゴン! お前、本当に村の英雄だよ!」

 

「カッコイイ!!」

 

「大きくなったな!!」

 

「すげぇ!!」

 

口々に称賛を贈る仲間たちの姿にイッカクモンは照れくさそうに頭の角を揺らした。

 

そんな喧騒の少し後ろで、タイチとミコトは水着のまま砂浜に腰を下ろし、自分たちの左腕に装着された『デジヴァイス01』を見つめていた。

 

「これがあれば、水中でもゼロ丸に的確な指示が出せる。それに、ミコトのステータスや力の残量もリアルタイムで把握できる……ホエーモンの言った通り、これはただの携帯コンピュータじゃねぇ。俺たちが戦うための最高の武器だ」

 

タイチの指が画面のボタンを軽快に叩き、データを分析していく。

 

「タイチさん……」

 

ミコトは、さくら色に輝く自分のデジヴァイスを胸元に抱きしめた。

 

「私、さっき戦っている時に分かったんです。敵は、私のヒーリングの力を警戒して、わざとゴンを傷つけて私に力を使わせようとしました。エテモンキーっていうデジモンは、私の弱点を知っていたみたいです」

 

タイチの表情から笑みが消え、鋭いテイマーの顔へと戻った。

 

「……やっぱりな。エテモンキーの野郎、お前が力を使い果たすと動けなくなるのをどこからか見て、それを突く作戦を立ててやがったんだ。胸糞悪い奴らだぜ」

 

「でも!」

 

ミコトは顔を上げ、タイチの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「もうその作戦は通用しません。私、このデジヴァイスの使い方をもっと覚えます。弱点があるなら、それを工夫して、プログラムで補えばいいんですよね?」

 

タイチは一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐに嬉しそうに口元を綻ばせ、ミコトの頭をクシャクシャと撫で回した。

 

「ハハッ、言うようになったじゃねぇか! その通りだ、ミコト。敵が姑息な罠を仕掛けてくるなら、俺たちはそれを超えるコンビネーションで圧勝すればいいだけだ!」

 

「痛っ、もう、タイチさん髪の毛がボサボサになります!」

 

ミコトが抗議の声を上げるのを、すぐ横で聞いていたゼロ丸が「全くだぜ、タイチはガサツなんだからな!」と茶化し、浜辺に明るい笑い声が響いた。

 

しかし、一同の視線が海原の遥か彼方へと向けられた時、その空気は再び引き締まった。

 

「……ゲソモンたちが言っていた『マリン様』。そしてエテモンキー。間違いなく、海のタグを守る本丸が底に潜んでいる」

 

デビドラモンが低く唸るように言った。

 

「僕は海中へは潜れない。ここから先は、僕の爪も牙も届かない世界だ。タイチ、ミコトゼロ丸‥‥お前たちだけで行くのか?」

 

タイチは立ち上がり、砂を払うと、海を見つめて拳を握りしめた。

 

「当たり前だろう。ここに海のタグがある限り、引くわけにはいかない。それに、俺たちにはもう、最高の水先案内人がいるからな」

 

その言葉に応えるように、イッカクモンが力強く吠えた。

 

「任せてよ、タイチさん、ミコトちゃん! ネットオーシャンの深海がどれほど暗くて冷たくても、僕が君たちを絶対に目的地まで送り届けてみせる!」

 

「私も、絶対に負けません。ホエーモンさんが遺してくれたこの海を、絶対にあの悪魔たちから取り戻します!」

 

ミコトの瞳には、波しぶきを反射した強い光が宿っていた。

 

「よし! 十分な休息を取ったら、いよいよネットオーシャンの最深部へ突入だ! ゼロ、ミコト、ゴン、準備はいいな!?」

 

タイチの声に、全員が力強い返声を返す。

 

彼らの絆は、デジヴァイス01という新たな力を得て、さらに強固なものへと昇華していた。

 

その先に待ち受ける、完全体マリンデビモンの圧倒的な恐怖と深海の闇がどれほど深くとも、今の彼らの心を挫くことはできない。

 

決戦の時は、刻一刻と近づいていた。

 

その夜、ネットサーフ村の夜空には、こぼれ落ちそうなほどの星々が輝いていた。

 

ゴンの家の中で、タイチたちは焚き火を囲みながら、静かに左腕のデジヴァイス01を見つめていた。

 

「よし……デジヴァイスの基本機能のチェックは完了だ。ミコト、体調は本当にもう万全なんだな?」

 

タイチが画面から目を離し、正面に座るミコトに視線を向けた。

 

「はい。さっき、デジヴァイスの解析画面を見てみたんです。私の力をただ『放出』するんじゃなくて、デジヴァイスを通して『データ化』して送信することで、体力の消費を十割から三割以下に抑えられるみたいです」

 

ミコトはさくら色のボタンをそっと押し、画面に表示される自分のバイタルデータを確認しながら微笑んだ。

 

(もう、みんなの足を引っ張るだけの私じゃない。この力が、みんなの盾に、そして矛になるんだ……!)

 

「へへっ、さすがはホエーモンのじいさんが遺してくれた特製マシンだぜ!」

 

ゼロ丸が長い尻尾を嬉しそうにパタパタと振る。

 

部屋の隅で大きな体を丸めていたイッカクモン(ゴン)も、力強く頷いた。

 

『敵の本拠地は、ネットオーシャンのさらに底にある海底洞窟だ。光も届かないし、水圧も凄まじい。だけど、僕の背中に乗っていれば、絶対にそこまで送り届けてみせるよ』

 

「ああ、頼りにしているぜ、ゴン。……さあ、明日は文字通り『深海決戦』だ。しっかり寝て、体力を蓄えておこうぜ!」

 

タイチの言葉に全員が力強く頷き、翌朝の決戦に向けてそっと目を閉じた。

 

 

翌朝、ネットサーフ村の浜辺は、これまでにない緊張感に包まれていた。

 

ガーボやデビドラモン、そして村のデジモンたちが総出でタイチたちを見送るために集まっていた。

 

「タイチ、ミコト、ゼロ丸、ゴン……絶対に、無事で戻ってきてくれよな!」

 

ガーボが涙を浮かべながら声を張り上げる。

 

「上空からの援護は届かないけど……太一たちの勝利を信じている」

 

デビドラモンが静かに、しかし熱い闘志を秘めた目でタイチたちを見据えた。

 

「おう! 二つ目のタグ、カチ込んで確実に奪い取ってくるぜ! 行くぞ、みんな!」

 

タイチの合図とともに、一行は一斉に海へと飛び込んだ。

 

イッカクモンの広い背中に、タイチとミコトがしっかりと捕まる。

 

その横を、ゼロ丸が力強い「竜かき」で並走する。

 

海面近くの青く澄んだ世界から、高度を下げるにつれて、周囲の景色は急速に濃い藍色、そして光を失った「漆黒」へと変化していった。

 

(……暗い。それに、昨日よりもずっと冷たくて、体に重い圧力がかかる……)

 

ミコトは思わず息を詰め、イッカクモンの白い毛並みに顔を埋めそうになった。

 

かつて味わったことのない、深海の圧倒的な孤立感と恐怖。

 

その時、左腕のデジヴァイス01が優しく明滅し、タイチの声が直接頭の中に流れ込んできた。

 

「ミコト、大丈夫だ。前を見てみろ」

 

「え……?」

 

ミコトが顔を上げると、先頭を泳ぐイッカクモンの頭部の角、そして胸元の銀のメダルが、まるでお互いを鼓舞するように眩い光を放ち、暗黒の深海を真っ直ぐに照らし出していた。

 

「へへん、この程度の暗闇、俺たちの絆の光で一発で吹き飛ばしてやるぜ!」

 

ゼロ丸の頼もしい声もデジヴァイスから響く。

 

「……うん! ありがとう、みんな!」

 

ミコトの心から恐怖が消え去り、デジヴァイスを握る手にぐっと力がこもる。

 

さらにタイチは、デジヴァイス01の画面を操作し、新しいコマンドを実行した。

「ホエーモンが言っていた『使い方次第で様々な機能が生まれる』ってのはこれのことだ! 簡易酸素バリアプログラム、起動(ブート)!!」

 

タイチとミコトの体の周りに、薄く頑丈な光の膜(バブル)が展開される。

 

これにより、深海の水圧が大幅に軽減され、膜の内部に満たされた空気によって、水中でも陸上と同じように会話ができるようになった。

 

「すっげぇ! 息が普通にできるぞ!」

 

「これなら、大声でゼロ丸さんに指示を出せますね、タイチさん!」

 

「よし、視界も呼吸もバッチリだ。……みんな、見えてきたぞ。あれが敵のアジト、海底洞窟だ!」

 

イッカクモンが前方を鋭く見据えた。

 

漆黒の海底に、ぽっかりと口を開けた巨大な不気味な洞窟。

 

そこから、禍々しい悪意のエネルギーがぶくぶくと泡となって溢れ出していた。

 

洞窟の内部へ侵入すると、そこは奇妙な空間だった。

 

いたるところに発光する禍々しいサンゴが群生し、紫色の不気味な光が空間を歪に照らしている。

 

そして、その最奥。結晶化した岩石の台座の上に、眩い光を放つ二つ目の『海のタグ』が鎮座していた。

 

「あった……! あれが二つ目のタグ……!」

 

ミコトが声を弾ませた、その瞬間。

 

「クックック……よくぞここまで来たな、陸の害虫ども。自ら死の庭へと飛び込んでくるとは、命知らずなガキどもだ」

 

洞窟の天井から、音もなく無数の漆黒の触手が垂れ下がり、水の流れを激しく狂わせた。

 

暗闇の奥から姿を現したのは、全身を禍々しい漆黒の鱗で覆い、悪魔の翼を背負った恐怖の完全体――マリンデビモンだった。

 

その四つの紅い瞳が、捕食者の冷徹さでタイチたちを凝視している。

 

さらに、洞窟の壁面に設置されたモニターに、あの忌々しいエテモンキーの姿が映し出された。

 

「ウキキッ! 待ち兼ねたぜ、テイマーのガキどもに、小癄かしい能力を持つ小娘! ゲソモンとオクタモンはただの捨て石よ! このネットオーシャンの最深部こそが、お前たちの本当の墓場になるんだぜぇーっ!!」

 

マリンデビモンが不気味に首を鳴らし、姿を現す。

 

その存在感と威圧感は、これまでに戦った成熟期デジモンとは文字通り桁が違っていた。

 

ただそこに存在するだけで、周囲の海水が恐怖で凍りつくかのような錯覚さえ覚える。

 

「フン……人間ごときがホエーモンの玩具(デジヴァイス)を少し弄った程度で、この海の支配者である私に勝てると思っているのか? その傲慢、切り刻んで魚の餌にしてやろう」

 

「勝てるかどうかじゃねぇ、勝つんだよ!」

 

タイチはマリンデビモンの圧倒的な威圧感に一歩も引くことなく、デジヴァイス01をビシッと敵へと突きつけた。

 

「自分で限界を決めるな、限界を超えようと努力していれば、いつかその壁を越えられる!……俺たちの特訓の成果、その身に刻んでやるぜ! ゼロ、ゴン、行くぞ!!」

 

「おうよぉ!! マリリンだかマリンだか知らねぇが、海のタグは僕たちが貰い受けるぜぇ!!」

 

ゼロ丸が鋭い牙を剥き出しにし、イッカクモンが激しく咆哮する。

 

ミコトもまた、さくら色のデジヴァイスに想いを乗せ、タイチの隣に並び立った。

 

「みんなの海を……未来を、絶対にあなたたちには渡しません!」

 

ネットオーシャンの最深部、絶望の冷たさが支配する暗黒の洞窟で、二つ目のタグを懸けた最大最高の決戦が、今まさに火蓋を切ろうとしていた。

 

マリンデビモンは漆黒の肉体を不気味にうねらせた。

 

彼の背中、そして首の付け根から生える無数の触手が、水流を弾いて鞭のようにしなる。

 

己の力に対する絶対的な傲慢さと、底知れぬ狂気を物語っていた。

 

「ウキキッ! そうだぜマリンデビモン、そいつらの骨を一本残らずへし折って、海の肥やしにしちまいな!」

 

モニターの中でエテモンキーが汚い声を上げて拍手する。

 

「言われずとも……まずはその威勢のいいトカゲから、じっくりと引き裂いてやろう。ネックハンギング!!」

 

前触れもなく、マリンデビモンの首から伸びる触手が爆発的なスピードで文字通り「延伸」し、ゼロ丸の首元へと襲いかかった。

 

「速っ……!?」

 

ゼロ丸は咄嗟に腕で防御するが、水圧を全く苦にしないその一撃は、ゼロ丸の巨体を易々と吹き飛ばし、洞窟の壁へと叩きつけた。

 

「ゼロ丸さん!?」

 

ミコトが悲鳴を上げる。

 

酸素バリアの膜越しでも、その衝撃の凄まじさが伝わってきた。

 

「ゲハハハ! 陸でどれほど強かろうが、ここでは私のスピードには追いつけまい!」

 

マリンデビモンの三つの紅い瞳が、嘲笑うように細められる。

 

タイチはデジヴァイス01の画面を素早く叩きながら、ゼロ丸のダメージをスキャンした。

 

「データはまだ緑(安全圏)だ! ゼロ、相手の攻撃は直線的だ。水流の動きを読め!」

 

「ゲホッ……へっ、ちょっと油断しただけだぜ! タイチ、あいつの触手、水の抵抗を全く受けてねぇ動きをしてやがる!」

 

ゼロ丸が岩の破片を振り払いながら、再び鋭い目を向けた。

 

「クックック、気づいたところで何が変わる? 『ギルティブラック』!!」

 

マリンデビモンが両腕を突き出すと、その漆黒の指先から、ヘドロのようにドス黒い、そして強力な腐食性を持つエネルギーの濁流が放たれた。

 

それは洞窟内の海水を汚染しながら、タイチたち全員を呑み込もうと迫り来る。

 

『ゴン、左へ回避! ゼロは上だ!』

 

タイチのデジヴァイスから、コンマ一秒の狂いもない指示が飛ぶ。

 

「任せて!」

 

イッカクモンとなったゴンは、強靭な鰭(ひれ)で水を捉え、タイチとミコトを乗せたまま鮮やかに濁流を回避した。

 

ゼロ丸もまた、特訓した「竜かき」で鋭く上空(水面方向)へと跳ね上がる。

 

「避けてばかりで何ができる! エテモンキーの言う通り、まずはその小娘からだ!」

 

マリンデビモンは濁流を避けたイッカクモンの動きを見逃さず、背中の巨大な触手を一斉に伸ばし、ミコトへと狙いを定めた。

 

(また私を狙って……!でも、今の私は昨日までの私じゃない!!)

 

ミコトは恐怖で目を瞑る代わりに、デジヴァイス01を真っ直ぐに突き出した。

 

『デジヴァイス、ゴンのスピードを一時的にブースト(向上)して! 「ハイドロ・アクセル」、起動!!』

 

ミコトの意志に応え、デジヴァイス01から放たれたさくら色の光がイッカクモンの全身を包む。

 

次の瞬間、イッカクモンの周囲の水流が劇的に変化し、彼の巨体はまるで魚雷のような速度で急加速した。

 

ドゴォォン!!

 

マリンデビモンの触手が、イッカクモンがたった今いた場所の岩肌を粉々に砕く。

 

一歩間違えれば直撃していたタイミングをミコトの的確なデータサポートが救ったのだ。

 

「何だと!? 私の攻撃を水中でおののくこともなく、完全に先読みしたというのか!?」

 

初めてマリンデビモンの声に明らかな動揺が混じる。

 

反撃のコンビネーション

 

「見たかよ、マリンデビモン! これが俺たちの特訓と、ホエーモンから託された力の結晶だ!」

 

タイチが不敵に笑う。

 

バリアの中で、彼の瞳は勝利の道筋を完全に捉えていた。

 

「ゴン、そのままマリンデビモンの背後に回り込め! ゼロ、上から一気に叩き落とすぞ!!」

 

「了解ぃぃっ!!」

 

イッカクモンが急旋回し、マリンデビモンの視界を激しく揺さぶる。

 

同時に、上空で待機していたゼロ丸が、水圧を利用した強烈な急降下を開始した。

 

「食らいやがれ! 武器なんかなくたって、ボクのこの拳が一番硬いんだよぉ!! 「ゼロナックル」!!!」

 

「おのれぇ~……陸の雑魚どもがぁっ!!」

 

マリンデビモンは無数の触手を盾のように掲げて防御態勢に入る。

 

深海の闇の中、ゼロ丸の熱い拳とマリンデビモンの禍々しい漆黒の触手が真っ向から激突しようとしていた。

 

ドンォォォーーン!!!

 

ゼロ丸の頑丈な拳と、マリンデビモンが編み上げた漆黒の触手の盾が激突し、深海に凄まじい衝撃波が走った。

 

周囲の海水が爆風のように吹き荒れ、禍々しいサンゴが次々とへし折れていく。

 

「くっ……! さすが完全体、バカみてぇに硬ぇな!」

 

ゼロ丸が歯を食いしばりながら押し込もうとするが、マリンデビモンの触手の盾はビクともしない。

 

それどころか、触手がまるで生き物のように蠢き、ゼロ丸の腕を絡め取ろうと巻き付いてきた。

 

「フハハハ! 威勢が良いのは口だけか! 圧倒的な『世代』の壁、その身で知るがいい!」

 

マリンデビモンの紅い瞳が残酷に輝く。

 

武器を持たぬその凶腕は、絡め取ったゼロ丸をそのまま深海の超水圧で圧し潰さんばかりにギリギリと締め上げ始めた。

 

「う、ぐぅぅっ……!」

 

「ゼロ!!」

 

タイチがデジヴァイス01の画面を見ると、ゼロ丸のダメージ数値が急速に跳ね上がっていた。

 

水中という環境も手伝い、完全体のパワーは圧倒的だった。

 

「ウキキッ! ざまぁ見やがれ! そのまま一気にその生意気なトカゲをバラバラに引き裂いちまいな!」

 

モニターの中でエテモンキーが狂喜乱舞する。

 

しかし、タイチの瞳から闘志の光は消えていなかった。

 

「ミコト、ゴン! 敵はゼロの拘束に集中している! 今だ、あいつの足元を崩せ!」

 

「了解っ! 僕に任せて!!」

 

イッカクモンとなったゴンが、その巨体からは想像もつかない俊敏さで海底の岩肌を蹴った。

 

胸元のメダルが眩しく輝き、深海の闇を切り裂く。

 

「これでも食らえぇぇっ!ハープーンバルカン!!!」

 

ゴンの頭部の角から放たれたミサイルが、水中を直進してマリンデビモンの足元へ着弾。

 

凄まじい爆発が海底を揺るがし、マリンデビモンの巨体が大きくよろめいた。

 

「ぬぉっ!? この弱虫のチビすけがぁ……!」

 

「今です、タイチさん!」

 

ミコトがデジヴァイス01を掲げ、凛とした声を響かせる。

 

「デジヴァイス、ゼロ丸さんの拘束データを一時的に遮断(クリア)! さらに、私の癒しの波動を攻撃力に変換(コンバート)して転送します!!」

 

ミコトから放たれたさくら色の聖なる光が、デジヴァイスを通じてゼロ丸の全身を貫いた。

 

その瞬間、ゼロ丸を締め付けていた漆黒の触手が、まるで焼き焦がされるように煙を上げて弾け飛ぶ。

 

「おおおっ……! 身体が軽い! 力が、さっきよりも漲ってきやがるぜぇぇ!!」

 

自由になったゼロ丸が、水中で獰猛に牙を剥いた。

 

「バ、バカな……!我が触手の呪縛を人間の小細工で破るなど……!」

 

マリンデビモンが初めて恐怖に顔を歪める。

 

タイチはニカッと不敵に笑い、左腕のデジヴァイス01に最後のコマンドを打ち込んだ。

 

「これで終わりだ、マリンデビモン! 自分で勝手に限界を決めて、あざ笑っていたお前たちに……俺たちの‥ミコトの‥ゴンの‥みんなの努力の塊を喰らわせてやる! ゼロ、出力150%リライト!! 水流の力を乗せてぶち抜け!!!」

 

「おうよぉぉぉっ!! ネットオーシャンの深海ごと、テメェを消し飛ばしてやるぜぇぇーっ!!!」

 

ゼロ丸が深く息を吸い込み、その胸に莫大なエネルギーを凝縮させる。

 

ミコトのサポート、タイチのデータリライト、そしてゼロ丸自身の負けん気が一つになり、水中で青白い大火球が膨れ上がっていく。

 

「や、止めろ! 私は深海の支配者……この冷たい闇の世界で、敗れるはずが……!」

 

迫り来る絶望的な光を前に、マリンデビモンが悲鳴のような声を上げた。

 

「くらえぇぇぇーーーっ!!!ブイブレスアロー!!!!!」

 

放たれた最大出力の熱線は、深海の超水圧をも力ずくで押し退け、周囲の海水を一瞬で沸騰させながら巨大な光の柱となってマリンデビモンを正面から貫いた。

 

「グギャァァァァァァーーーーーーッッッ!!!!!」

 

暗黒の海底洞窟が、眩い青白い光で満たされる。

 

マリンデビモンの巨体は、その光の中でみるみるうちにデータの粒子へと分解され、激しい水蒸気爆発とともに完全に消滅した。

 

「ウ、ウキキィィィーーーッッ!? マ、マリンデビモンが‥‥完全体の水棲デジモンがホームグラウンドで負けただとぉぉーーーっ!?」

 

モニターの中のエテモンキーが、信じられないものを見たように頭を抱えて絶叫する。

 

「おのれテイマーども……! 覚えてやがれ、次こそは絶対に血祭りにあげてやるからなァァァー!」

 

捨て台詞とともに、モニターの画面は激しいノイズを上げて真っ黒に消え去った。

 

激しい水流が落ち着き、再び洞窟に静寂が戻る。

 

マリンデビモンがいた洞窟には、光り輝く二つ目の『蒼海のタグ』が静かに浮かんでいた。

 

「やった……やったぜ、タイチ、ミコト……!」

 

ゼロ丸が少し息を切らしながらも、嬉しそうに拳を突き上げる。

 

「僕たちの海を……守れたんだね」

 

イッカクモンも、優しく目を細めて二人の子供たちを見つめた。

 

タイチはそっと海のタグを手に取ると、それを隣のミコトへと差し出した。

 

「ほら、ミコト。お前が諦めずに、自分の弱点を超えてくれたから手に入ったタグだ。お前が持っていてくれよ」

 

「タイチさん……」

 

ミコトは差し出された海のタグを受け取り、胸にそっと抱きしめた。

 

少しだけ疲れはあるものの、その顔に昨日までの青白い影はなく、達成感に満ちた満面の笑顔が咲いていた。

 

「はい! ありがとうございます、タイチさん……みんなで一緒に、海のタグを手に入れましたね!」

 

深海の底で、ミコトとタイチのデジヴァイス01が、彼らの確かな勝利と無限の可能性を祝うように、いつまでも優しく輝き続けていた。

 

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